釜山と日本
大庁公園と釜山港

釜山は韓国第2の都市であり、韓国の海の玄関口でもある。日本からも九州(福岡、小倉)、西日本(下関、大阪)から船が就航している。東京、大阪、福岡からは飛行機でも行くことができる。同時に対馬からわずか50キロ。古代から両者の間には密接な関係があった。双方の遺跡から共通するものが発見されている。

釜山が本格的に繁栄し始めたのは、朝鮮王朝時代(1392−1910)にここに和館(倭館)が置かれてからだった。文禄・慶長の役(1592から)の時はここから戦争が始まった

明治に入り江華条約が結ばれてからは日本の租界となり、そこをから町が発展した。さらに関釜連絡船と鉄道が結ばれてからは大陸への玄関口となった。戦後帰国もここからである。それとともに日本にいた在日韓国人の帰国も釜山が窓口となった。朝鮮戦争の時は釜山に臨時首都ができ、北から多くの人が移り住んだ。

こ のように釜山は日本と韓国のやりとりはすべて釜山を通っていったと言ってもよい。そのような釜山を見ることにしたい。

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