観竜寺

観竜寺(관룡사:クァンニョンサ)は火旺山城の山麓にある。寺伝では583年、新羅真平王のときに創建したという。寺の名前は寺を造るときに池から竜9匹が天に昇っていくのを見たからだとされる境内には多くの建物があるが、薬師殿の前に三層石塔がある。新羅時代に完成した様式であるが、塔の規模が小さくなり、作り方も貧弱である。そのため、新羅末期から高麗初め(10世紀)に作られたものと考えられる。

薬師殿内部には石造如来像がある。1.1mほどのもので、高麗時代、13-14世紀のものと考えられる。高麗仏は新羅仏ほどの彫刻美はない。すでに新羅末期の9世紀になるとそれまでの仏像と比べて繊細さが失われ、全体に硬くなる。それとともに大仏像が作られるようになる。高麗初期は新羅の様式を受け継ぎ、大仏像も作られるが、後半になるほど硬直化して小さくなる。仏像の表情も生き生きした躍動感のようなものは感じなくなる。薬師殿の如来像も表情が硬い。

大雄殿のあるところから15分ほど昇っていくと、竜船台(용선대:ヨンソンデ)である。山麓に船のように飛び出た岩である。上に石仏があり、下から見ると船の上に仏像が載っているように見える。多少繊細さが失われつつある統一新羅後半、9世紀の作品とされる。

近くの火旺山には伽倻時代の山城がある。1592年、豊臣秀吉の朝鮮侵攻のとき逃げ城として再建し、慶長の役のときに義兵で名高い郭再祐(곽재우:クァクチェウ)がここで日本軍と戦おうとしたこともある。

三 層石塔 石造如来像 竜船台 竜船台の修行僧

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