三川内・皿山


文禄慶長の役のときに平戸に連れてこられた、 巨関と息子の今村三之丞が、よりよい陶土を求めて窯を開いた場所である。28代平戸藩主、松浦隆信がここに藩用の窯を開くことを命じ、次の鎮信のときに三 之丞が代官兼棟梁に任ぜられた。その息子の弥次兵衛のときに、より白い白磁を作ることに成功した。江戸時代は、唐子絵は平戸藩御用窯の指定図柄だった。

そのような歴史的背景からか、皿山には平戸のつく号の窯元が多い。また、皿山を開くのに功績のあった今村弥次兵衛と高麗媼はそれぞれ、陶祖神社釜山神社に祀られている。




皿山 平戸がつく号が多い。 三川内焼(早岐駅)

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