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2006年10月5日 |
中国東北紀行その4 |
9月29日。4日目になる。さすがに疲れが出てきて、肩や背中が張ってきた。考えてみたら、2日目の移動距離が500q。東京−大阪を見学を取り入れながら一気に走り抜けたようなものだ。昨日は移動距離こそ200qだが、内容は濃密だった。確かにガイドさんが言うように中国では短距離なのだろうが、絶対的な距離は相当である。しかしながら、「点と線」であることには違いない。数字の感覚は日本と中国でかなり違うようだ。人口にしても少ない街(郷、鎮クラス)で数万という数字が語られる。日本なら2万を超えたら市くらすだ。 朝食後、バスで桓任へ向かう。通化市内は太平洋戦争末期、ソ連軍の侵攻によって関東軍司令部を移した街である。今でもそのときの建物が残っている。軍事関係の施設なので撮影禁止だが、上から見ると航空機の形をしている。町中は市場が人でごった返していた。通化市を抜け出て、20分ほどで通化県の中心地に入る。通化市のベッドタウンとして発達していて、市内よりも活気がある。 ![]() ![]() ![]() ![]() 城をあとにして市内に入る。食事は今までの中で一番脂っこい。というより油の中に食べ物があるような感じだ。今までもそうだが、食事は五月雨しきに出てきて、いつが終わりかはっきりしない。それどころかデザートの果物が先に出たりする。この辺は感覚の違いだろう。桓仁は満族自治区である。満族はの家は高床式であるというが、残念ながら気づかなかった。 ![]() ![]() トイレ休憩にサービスエリアに入るが、まだ未開業だった。トイレだけ借りる。ここも工事がほぼ終わったばかり…とういうことは…。途中通過した撫順は炭鉱の露天掘りで知られる。炭鉱こそ見えなかったが、燃料に石炭を使っているのだろう。黒い煙がでていて街は煤煙の底に沈んでいた。撫順の入り口には火力発電所があるが、これも石炭で発電しているとのことだった。 ![]() 夕食を食べた後、世界第2位の規模のコリアタウンへ行く。ちょっと危険な所もあるので、ガイドもついてくる。街はハングルが溢れている。その中でピョンヤン館へ行く。北朝鮮の直営店だ。中にいるウェートレスはとてもキレイだった。ショーの女性も。記念に北朝鮮の国旗をかたどったバッジを買った。ピョンヤン焼酎の4合瓶が80元なのに対し、このバッジも80元…。ちなみに朝鮮の焼酎は25度である。普段少しきついと思って飲むのだが、中国の白酒が50度近くあるので、やたら薄く感じた。瀋陽は清国皇帝が即位し、第2代皇帝まで生活した街である。世界遺産の宮殿跡と王陵跡がある。都が北京に移ってから満州時代までは奉天と呼ばれ、様々な見所があるが、次回の楽しみにとっておくこととする。 |
Posted by hajimet at 22:13
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