防火壁(厳原)
天保15(1845)年の銘

厳原市内を歩くと、武家屋敷あとの石塀のほかに、住居の境や道路沿いに高い石塀がみられる。火にあおられたような跡があるものも見られる。防火壁である。どれも高さ3m、幅1.5mほどになる。

厳原は江戸時代に何度も大きな火災を経験している。1726年(享保17)には厳原市内北部の1219戸が焼失してしまった。このような火事を防ぐために町境に作られたと言われる。他の都市でも作られたが、現存しているのは厳原だけである。防火壁にはところどころ作られた年を示す文書が彫られている。現在残っているものは少しであるが、町の景観に色を添えている。

防火壁(→に銘がある)
町境の防火壁 享保17年の火災の説明図
 
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