穴太遺跡
オンドルと考えられる特殊竈遺跡

穴太遺跡はJR湖西線唐崎駅北方に広がる遺跡である。渡来人集団の集落と考えられていて、朝鮮半島でよく見られる大壁造建物跡などの跡が見つかっている。

この中から特殊カマド跡が見つかった。7世紀前半のものである。長さ4mほどの石組みのもので、焚き口、燃焼室、煙道からなる。中国東北地区の「炊」や朝鮮半島の「オンドル」に類似する。炊が部屋の一部を温めるものであるのに対して、オンドルは部屋全体を温めるものである。

オンドルは高句麗で発生して、次第に朝鮮半島に広がるものであるが、冬の厳しい地域には合うものの、日本のように冬が比較的温暖で、夏高温多湿の地域では使い勝手が悪い。そのため日本ではオンドルのようなものが発達しなかったし、仮に外から入ってきても定着しなかった。そのため、オンドル遺跡は飛鳥などごくわずかしか発見されていない。その意味で、穴太遺跡の住人が渡来系であったことを表している。

ここから山手には渡来系とされる穴太飼い米古墳群、穴太野添古墳群があり、それぞれ大量の古墳が密集している。また、穴太遺跡には大津宮が出来たとき(667)に作られた穴太廃寺跡があるが、この寺院が出来る前にここに寺があったことが分かっている。渡来系の百済式瓦を用いた寺院である。大津宮の4つの寺(廃寺)の中で、崇福寺以外はほぼ同じ状況が確認されている。その点からも、この地に経済的に力のあった渡来人たちがいたことがわかる。

現在穴太遺跡に行ってもそれを示すものは何も残っていない。オンドル遺跡も最も状態の良いものが大津市歴史博物館に移設されて、展示されている。

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