大連駅

東清鉄道が大連まで鉄道を通したとき、駅はロシア街の入り口に作られた。日露戦争によって使用できる状態でなかったので、満鉄は仮設の駅舎を作り対応した。新駅建設計画もあったが、財政問題でなかなか実現に至らず、新駅が竣工したのは1937年のことであった。場所は市街地が西に発展したため、それまでの大連駅から400m離れたところであった。

東京上野駅とよく似た外観をしているが、飛行場でよく見られるように乗降客と下車客で徹底的に人の流れを分けた作りになっている。乗降客は長いスロープを通って2階に入り切符を買ってホームに降りる。一方下車客はホームから地下に降りて改札をでて、そのまま地上にでる。この構造は基本的に現在も変わっていない。

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