草芝鎮(초지진:チョジジン)
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草芝鎮も徳津鎮(덕진진:トクチンジン)とならんで、防御のための施設である。1656年に作られたもので、1866年のフランスの侵入、1871年のアメリカの侵入の時もここで激戦をしている。アメリカとは徳津鎮で激戦をおこなったが、草芝鎮に上陸されてしまい、結局徳津鎮も占領されてしまった。
1875年の日本の軍艦による雲揚号事件(江華島事件)のときもここで戦闘が行われ、それが口実で江華条約につながった。雲揚号は淡水補給の名目でボートで塩河(염하:ヨムハ)を遡っていたところ攻撃を受けた。これに対して日本側は仁川(인천:インチョン)対岸の永宗島(영종도:ヨンジョン)を攻撃した。仁川国際空港のあるところだ。1973年復元。
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日本攻撃の弾痕の残る松 |
円形の鎮の中 |
以前の姿(説明板) |