王宮跡と主山山城
碑石

池山洞古墳は主山の南側の稜線に築かれたが、その主山の東側の小高い丘には、王宮跡と伝えられるところがある。特に遺構が確認されているわけではないが、地勢などから有力名場所とされる。場所は「高霊郷校」の裏の広場で、「大伽耶国城址」の碑石が建てられている。

日本時代、高霊は「任那日本府」の有力な候補地とされた。ここには「任那大伽耶国城址婢」があった。これは1939年、南次郎の筆によって作られたものだが、解放後も、「任那」「南次郎」の名前を削ってここにおかれていた。しかし、独立記念館の開館に伴って、そちらに移すこととなって、新たに現在の碑が建てられた。

主山は頂上部に山城がある。大伽耶にいくつかある城のうち最も重要な山城である。

王宮跡と主山山城 高霊郷校

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