カラーン・モスク
写真−18
ブハラ
2003年7月22日
なぜ侵略するのか ‥‥
今回の旅行で見学した建造物は殆どがチムール帝国以降のものである。それ以前の建造物はアレキサンダー、あるいはアラブ軍、あるいはモンゴル軍などにより何回も徹底的に破壊され、ただ遺跡から当時の文明の破片が発掘されるのみである。
これほど素晴らしい建築技術と高度な芸術を有する文明人同士が、何故侵略し殺戮し合うのだろうか。答えは複雑である。
人間には先ず本能的な欲望として征服欲があり、それが達成されると金銀財宝に囲まれたあくなき快楽の欲望がさらに強くなる。そして偉大なる支配者の快楽の欲望を少しでも満たすために、建築、彫刻、服飾、舞踊、料理などの芸術が栄える。私が今見学している数々の素晴らしい芸術作品は偉大なる支配者の欲望の副産物である。
このように考えると、芸術家は支配者の欲望を満たすためだけに存在していたことになり空しい。しかし芸術家自身も同様な欲望を持っていたかも知れないので真面目に考えるのが馬鹿らしくなってくる。一握りの人以外の大多数は征服欲も快楽も満たされないのである。
もう少しプラス思考をしよう。ある民族が他民族の隷属から脱出し、爆発的に発展する時に民族全体としての素晴らしい文明と芸術が栄える。こう考えると目の前の遺跡が少し輝いて見える。
話は変わるが、砂漠の中のオアシス都市は攻略されやすい構造と思う。いくら都市全体を城壁で頑強に囲っても、包囲され食料を絶たれ、水路を破壊されたら身動きできない。頃合を見計らって侵略軍は火を放ち一気に攻め込んでくる。映画で見るシーンである。包囲を破って逃げても着の身着のままでは直ぐに砂漠で日干しになってしまう。
仮に元寇で日本が負けてモンゴル軍が日本に攻め込んできたらどうなったであろうか。日本はオアシスに固まって生活しているのではなく山間部などに分散して逃げることが可能である。モンゴル軍は京都などの都市を破壊し財宝は奪っただろうが、そのうち退却せざるを得なかったであろう。一部が日本人に同化したかも知れない。