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NHKスペシャル 新シルクロード
「激動の大地を行く」シリーズ
放映日 2007/6/24
執筆日 2007/6/24
第4集 「荒野に響く声 祖国へ」 を視聴して
(本稿は、別途開設しているブログ “「新シルクロード」雑感” より転記したものです)
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本日(6月24日)のNHK「新シルクロード 激動の大地を行く」 の第4集は「荒野に響く声 祖国へ」であった。

番組は次のナレーションとテロップで始まる。
「一本の道に百を超える民族が生きるシルクロード〜草原の道、その道で祖国を激しく求める声を聞いた」。
「祖国のない私は母のない孤児だ」、「帰りたい、死ぬ前に、もう一度だけ」、「ひかれるのです‥‥もう一つの祖国に」、「なぜ自分はここに居るのか? 求めて止まない祖国はどこにあるのか?」。

番組の舞台は、1991年のソビエト連邦の崩壊により新しく誕生した中央アジアの「カザフスタン」とロシア内の「南ロシア平原」および「チェチェン」などである。

スターリン時代にソビエト全土で50の民族が中央アジアやシベリアに強制移住させられた。
その強制移住により祖国を失った人、或いは生き延びるために祖国を脱走して隣国に逃げた人、或いは祖国チェチェンに帰りたくても、帰れば家族が殺されるので帰れない人など番組ではシリアスな取材が並んでいた。
例えば、「カザフスタン人だけでも500万人を越える人が強制移住を強いられ、200万人以上が死亡した」とのナレーションからも伺えるように、その取材は真摯である。

朝鮮から強制移住させられた高麗人のインタビュー。
「家にするために穴を掘り、死者を葬るためにも穴を掘った」、「同胞達が眠るこの荒野の丘こそ自分たちの祖国」‥‥‥。

祖国に帰れないチェチェン人のインタビュー。
「祖国は皇帝にも共産主義にも民主主義にも攻められた」、「祖国に帰っていたら家族は皆殺されていたでしょう」、「戦争なんかしたくないのに、肉親を殺されたら戦かうしかない。でも戦えばテロ呼ばわりされてしまう」、「自分たちはやっかいものなのでしょうか?」‥‥‥。

一転して、取材場面はチェチェン独立派を掃討することに使命と誇りを持つ帝政ロシアの古都のコサック民兵組織へ。
そのコサック民兵の参謀へのインタビュー。
「人を殺すこと、特に一人目を殺すことは並大抵のことではない、だが‥‥‥」。
ナレーションが続ける、「高揚するナショナリズムと人知れず死んでいく若者達」、「愛国主義の行き着く先に何があるのか?」‥‥‥。 

ここまで内容が切迫してくると、もはやシルクロードのロマンとは全く無縁のものである。付け加えれば、ヨーヨー・マの異国情緒を強調したテーマ音楽は完全に不自然である。

番組は次のナレーションとテロップで終わる。
「シルクロード〜草原の道、4000kmに及ぶ旅の中で私たちは無数の声を聞いた。そのどれもが、もがき、怒り、時には諦めながらも祖国を激しく求めていた。人々が求める祖国とはどこにあるのか?」‥‥。
「祖国とは自分の心が強くなれるところ」、「民族間でもめごとがないところ」、「最後に眠りたいと思うところ」、「それは心の中だけにある」‥‥。
「その声は届くか?」。

本日の番組は、従来の「新シルクロード」とは趣が違う骨太のドキュメンタリーであり、プロデューサーの気迫が伝わる番組と感じた。取材場所は風光明媚な観光地でもなければ名所旧跡でもなく荒れ地が殆どである。そして過去の新シルクロードのように「やらせ」を感じる部分はなく、インタビューを受ける人の悲しみの感情も、静かにそして自然にあふれている。

年配の人には思い当たるかも知れないが、私を含めて若い頃「ソビエト連邦」を好意的に見ていた人も多かったと思う。しかし当時は悲惨な民族の強制移住などの情報は流れて来なかった。70年経ってやっと情報が日本のテレビなどでも流れてくるようになった。本日の番組取材の全てが正確かつ公平かどうかは分からないが、私が若い頃の情報よりは格段に正確と思う。それは最近の私の数少ない世界旅行の経験からも感じられることである。

弱小民族を犠牲にしたスターリンの「強制移住」は共産主義時代の悪例であるが、もし強力なソビエト政権がなければロシアはナチスドイツに蹂躙されていたかも知れないなどと考えると、今更ながらに「祖国」の概念は難しいと思う。歴史認識は立場により異なるからである。

「新シルクロード」の中国編ではナレーションが不自然で番組の構成にも無理を感じる部分があったが、日中共同制作では表現に限度があったのかも知れない。本日のロシア編は取材と言論の自由があったのではなかろうか。

世界遺産や名所などの観光旅行が可能で、「癒し」「グルメ」「ロハス」などが流行語となっている日本とは別世界があることを今回の番組で改めて考えさせられた。了
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