テレビ番組
視聴評論
NHKスペシャル 新シルクロード
「激動の大地を行く」シリーズ
放映日 2007/6/17
執筆日 2007/6/17
第3集 「オアシスの道は険し」 を視聴して
(本稿は、別途開設しているブログ “「新シルクロード」雑感” より転記したものです)
本日(6月17日)のNHK「新シルクロード 激動の大地を行く」 の第3集は「オアシスの道は険し」であった。
番組の舞台は、1991年のソビエト連邦の崩壊により新しく誕生した中央アジアの「キリギス」と「ウズベキスタン」である。
ソビエト連邦崩壊により経済の破綻したキリギスとウズベキスタンに、安価な中国製品が「古代シルクロードの道」を通って大量に流通し、それにより経済が活気を取り戻しつつあることが主要テーマのようであった。
番組では、国境の原野に新しく出来た流通の町とそこに貧しく・厳しく生きる人々、大量の中国製品をキリギスやウズベキスタンに輸送する貧しいトラック運転手、キリギスやウズベキスタンのバザールで大量の中国製品が売られている場面、かつて独立時にキリギスとウズベキスタンの国境の町(オシュ)で凄惨な民族紛争が起こったが現在は仲良く暮らしていること、ウズベキスタンのブハラでウズベク族とユダヤ人が仲良く暮らしている様子などが取材されていた。
本日の放送では、前回放映の「シバの女王の末裔たち」や、前々回放映の「炎と十字架」のように、「古代シルクロードのロマンと現在の事象を不自然に結びつけた説明」はなく、その面ではナレーションは自然であった。しかし以下の点で説明にもどかしさも感じた。
これらの地域はソビエト時代には豊かだったが、ソビエト崩壊後に貧しくなったとのナレーションやインタビューが何度か出てくるが、時代背景の説明としては不足であろう。
ソビエト時代は、ソビエトの広大な領土の各地方にそれぞれ産業を強制的に割り当てていた。例えば、現在のウズベキスタンは綿花を主要産業としていたため他の産業は乏しかった。ソビエト全体では産業のバランスが取れていたかも知れないが、各地方で見れば1次産業、2次産業、3次産業はバランスが取れていなかった。このような産業構造のままで、各地方が国として独立すれば経済が混乱し貧しくなるのは当然であろう。これらの国は独立を望んだのではなく、ソビエトの崩壊に伴い否応なく独立した国である。
さらに、4年前にウズベキスタンに旅行したときに書物やインターネットで得た知識であるが、ソビエト時代に多くの民族を強制的に移住させたこと、現在でもソビエト時代の強権政治の流れを汲む権力者に富が偏り、汚職と貧富の差を大きくしていること等が、ソビエト時代の負の遺産として残っている。
また、なぜ中国製品がかくも激しく流れ込むかを番組で説明して欲しかった。経済の原則に従えば、中国製品がその国の製品より安いからであり、労働力も中国の方がキリギスやウズベキスタンより安価であると考えられる。上海や北京に旅行するとその高層ビル群や眩いばかりの照明に豊かさを感じるが、中国の地方の農村部は対称的に貧しく人口は多い。
加えて、キリギスやウズベキスタンではソビエト時代の負の遺産により産業バランスが悪くなっているため、なおさら中国の安価製品には太刀打ち出来ないのでなかろうか。例えば、靴を自国で作るより中国から輸入した方が安いと言うことは、キリギスやウズベキスタンでは靴の産業が発展しないことになる。中国の電化製品は安価であり、キリギスの大学で電気工学を学んでも自国では電気関係の職に就けないトラック運転手が取材されていた。
このように見ると、中国からの大量の流通により経済が活気づいているとのナレーションだけでは説明不足を感じる。
番組の全体の印象はキリギスやウズベキスタンの貧しさが強調されているようにも見えた。しかし感覚的な統計で恐縮だが、世界の人口の50%は栄養失調に苦しみ、80%は標準以下の居住環境に住み、70%は文字が読めず、1%が大学の教育を受け、そして1%だけがコンピューターを所有しているとのデータもあるので、日本や欧米の豊かさがむしろ例外的とも言える。その例外の面からの常識で番組やナレーションを理解することは一面的かも知れない。
なお、民族性の違いか貧しさの違いか分からないが、農耕民族のウズベキスタン人の方が遊牧民族のキリギスより顔に笑いが多いように感じられた。誤解であろうか。
番組の最後で、ウズベキスタンの古都ブハラでウズベク族と仲良く暮らしていたユダヤ人が、イスラエルの呼びかけでイスラエルに移住する場面があった。かつて2万人のユダヤ人がブハラに住んでいたが、現在は150人になってしまったとのこと。
アメリカなどの支援により豊かなイスラエルが、世界各地からユダヤ人を呼び寄せていること自体は批判出来ないが、呼び寄せられた若者がイスラエルで徴兵され、アラブとの戦争に駆り出されることを考えるとこれも複雑な問題である。
本日の「新シルクロード オアシスの道は険し」は、一見淡々としたドキュメンタリーに見えるが、複雑な問題を多く抱えている。了