レポート
私が見た しのだ選挙
■枠を超えて
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<04年2月3日更新>
「街で、職場で、お茶の間で しのだ人気爆発の予感」
しのだ事務所のニュース・青空ネット(10月3日)の見出しである。「これにはちゃんとしたワケがある」と解説し、篠田と前助役を比較した。
@54歳―65歳 Aさわやかな笑顔―しかめっ面 Bまちづくり記者―お役人 Cしがらみなし―手垢あり。
実際、篠田の人気は上々だった。
篠田自身このころ「会社回りでもイヤな顔をされたことは一度もない」とみんなに報告している。
拉致問題もあって、市民の選挙への関心は低く、篠田の知名度は上がらなかったが“篠田セールス運動”は時間とともに事務所の枠を超えて放射状に広がり、売り込みの手法も多彩になっていった。
だれもが「名前と顔を知ってもらえれば負けない」と信じていた。
◇
顔写真2枚で勝負したボランティアがいる。
「政策なんて票にならない」という体育会系?の彼は、人に会うたびに「どっちだ」と篠田と前助役の写真を突き出して選択を迫った。「100%篠田だったよ」と今も笑う。
「いや、やっぱり政策は大事だ」とするグループは「民間の知恵と活力を生かす市政に変えよう」と正攻法で説いて回った。
「決め手はこれだよ」。前助役陣営の候補選びを批判する市議らは「篠田こそ長谷川市長の後継にふさわしい」と、こっちを重視した。
篠田の同窓有志、勤めていた会社のOB有志、若手の経済人有志らが、それぞれの得意技を生かして奔走したことはいうまでもない。
カンパの大半もこの人たちが集めた。
私は2カ月、しのだ事務所に泊まり込んで、これらを見聞した。
だが、事務所の外で展開された“実戦”には、もっと生臭い局面も多くあったはずだ。
(負けたら報復も…)。そんな最前線で、だれが、いつ、どのように篠田のために戦ったのか。その全容は1年たった今もつかめていない。
これもまた、タテ組織とヨコ集団の違いということなのだろうか。
(敬称略)
(しのだ昭応援ボランティア・小泉)
あんたは どっちだ