石 塔
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そばに家型の碑
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大
前氏供養塔 |
1598年、豊臣秀吉による慶長の役の時、鹿児島県串木野に陶
工たちがつれてこられた。一部は西鹿児島駅近くの高麗橋
付近に住んだ。その5,6年後美山に彼らが移ってきた。言葉や風習が異なっていることが理由とされる。九州につれてこられてから400年目を記念して、美
山池のそばに韓
国式(新羅式)の石塔が建てられた。日本ではこの形式の塔は地震が多いことも
あって、あまり作られなかったが九州には比較的多い。そのような形で建てられた塔
がすぐそばに1基ある。大前道友の供養塔とされ、13世紀初頭のものである。