素敵なこの人
大分県立病院ボランテイア代表 赤峰 信子さん
大分県立病院が現在地に移転して平成5年6月にボランテイアが結成されました。結成当初から赤峰さんはボランテイアをしています。ピンクのエプロンが似合う明るい笑顔の赤峰さん。自身も乳ガン患者という体験をふまえて患者さんの心の支えになり、親身に話しを聞き、時には話題にしにくい、でも大事な「性」の話もします。患者さんもご夫婦で耳を傾けてくれます。赤峰さんはボランテイアグループの代表でもあり、患者さんの要望をくみ取り病院に伝えるというパイプ役にもなっています。病院では治療は100%できるとしても心のケアができにくい状態なので、精神的なサポートをするのが赤峰さんのボランテイアとしての仕事です。
介護士の資格を持っている赤峰さんは介護の指導をしている時、「たとえば乳ガンの場合は石けんをつけてこんな風に胸をさわればしこりの有無がわかりますよ。」と説明している時に自分の胸になんとしこりを発見したのです。すぐさま県病外科を受診しました。しこりの大きさはかなり大きかった。全摘するしかなかった。ステージ2期は過ぎていた。主治医の医師から「バカが!ボランテイアをしていて乳ガンのことは知っているのにこんなになるまで。」と言われた。口は悪いが、心は温かい主治医の一言。「わしにまかせとけ。」その一言で救われた。先生を信頼するしかない。先生にすべておまかせしようと思った。
平成7年10月29日のことだった。
「告知を受けてからベッド待ちで、入院の順番を譲ったこともあり、手術まで間があった。やっと入院でき手術。両親の世話もあって忙しくて休む暇もなかったので、神様が休養をくれたと思ってゆっくりとベッドで横になった。疲れていたのでよく眠った。夫がささえてくれた。好物の寿司を毎日のように病室に届けてくれた。病室の仲間も皆いい人ばかりで明るかった。入院中もゲエゲエしている人に洗面器を持って行ってあげるなど、持ち前のボランテイア精神で人のお世話をよくした。退院してすぐ温泉に行った。さすがにタオルを肩から掛けていたが、人前で入浴するのは気にならなかった。 だが、乳房喪失感は否めなかった。なにも悪いことをしていないのにと悔しかった。」と当時を振り返る。退院後、やよい会のお世話をするようになり平成8年8月より会長を引き受けた。「退院したあとに本当の寂しさや不安が起きる。術後のケアが大切。そのためにやよい会がある。一人で悩みや苦しみを抱え込まないで、会に参加して 皆でお話すれば心の立ち直りが出来るのでは。」と語る赤峰さん。
長いことボランテイアを続けてこられた赤峰さんは、そろそろ卒業しようかなと思うこともあるが、いまだにやめられないと言う。「ボランテイア、それは支える心、支えられる心。ボランテイアをさせてもらうことは私の生き甲斐。いろんな人との出会い、ふれあい、語り合い。金銭ではない豊かさを味わえた。ボランテイアをしていなければ人への思いやり、生かされていることに感謝するということに気づかなかった。」
「継続は力なり」という言葉が好きだという赤峰さん。だからこそ、こんなにながくボランテイアを続けて来られたのでしょう。
赤峰さんが代表を務める県立病院のボランテイアグループが平成18年7月に大分市社会福祉協議会から県立病院でのボランテイア活動に積極的に取り組まれ地域社会の発展に尽くされたということで表彰を受けました。
赤峰さんから乳ガン患者さんにメッセージをいただきました。乳ガンを恐れないで。前向きに取り組んだら乗り越えられる。ガン=死というマイナスな暗い考えは持たないで。やよい会というコミュニケーションの場があるので一人で悩まないで同じ道を歩いて来た人達と語り合って欲しい。
福祉、介護に熱心に取り組んでいる赤峰さんは手話もできて、耳の不自由な方のお手伝いがあるため連日のように県病に来ています。県病で赤峰さんを見かけたら声をかけてください。頼りになる、力強い、明るい笑顔が返ってきますよ。