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当サイト“肥前佐賀武富一族”をご覧いただき、ありがとうございます。


武富家は、肥前国(現在の佐賀県・長崎県)において、繁栄してきました。
古くは、島原の有馬家、五州二島の太守と呼ばれた龍造寺家、
そして、江戸期の佐賀藩主鍋島家に仕えてまいりました。

その後、明治維新の原動力となった“薩長土肥”四藩の一つである、
肥前佐賀藩からは、大隈重信をはじめ、江藤新平、副島種臣など、
多くの優秀な人材が明治新政府に登用されました。
それらの中でも、二度に渡って、総理大臣をつとめた大隈重信の
政治的同志として閣僚に列した“武富時敏”は、一族を代表する人物で
あります。
しかし、早稲田大学を創った大隈などと比べると、
どうしても知名度は低く、お膝元の佐賀でさえ、
武富時敏の政治的実績があまり評価されていません。
(資料等もあまり、残っていません。)

私は、佐賀で生まれたわけでもなく、もちろん生活をした事もありません。
しかし、佐賀人の血を引く者であり、同じ“武富”を名のる者として、
武富時敏に光を当てて、世に出してあげたいと思ったのが、
このサイトを創ったきっかけです。

他人からみれば、ただの自己満足と映るかも知れませんが、
人それぞれ、皆、苗字があり、その苗字には歴史がある訳で、
先祖たちが遺した事績を伝承していくのも、子孫のつとめであると、
私は考えています。


                             2005年3月
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