このご法話は現在放送中です。
まず最初に、人間と動物について考えてみたいと思います。
学校では、人間は火を使い、道具を使い、言葉を持っているから、人間は万物の霊長であると教えられました。
なるほど人間は、手を持ち、道具を使い、いろんな機会を発明し文明を築いてきました。ですから、他の動物とは違うようです。
確かに、文明を築いたのですが、その本質は、人間がより快適に、より便利になる事の実現でしょう。
人間の欲望実現のために、自然を破壊し、動植物を殺し、果ては、地球の命さえも危険にさらしてしまいました。自らの欲の実現のために、何でもするのが人間であり、文明の本質でしょう。
最近では、無惨な事件が多発しています。非情な事件が起きますと、『あれは人間のする事か』といいますが、人間だからするのです。一体人間とは、何なのでしょうか?私とは何者なのでしょうか?
人間と動物の違いは、人間だけが『命』の問いを持っているということです。生まれた『命』そのものが、
この問いを持って出てきたのです。それが、人間です。
皆さんは今日まででおそらく一度や二度は「人間は何をするために生まれてきたのか」、「人間はどこから来たのか」、「死んだらどうなるのか」などを考えたことがあると思います。どうしてそんな事を考えるのかと申しますと、これこそが人間である証拠です。
「どこから来て」、「何をしに」、「どこへ行くのか」これが命の問いです。
この三つの問いを持って生まれたのが人間です。
蓮如上人は、『八万の法蔵をしるというとも、後世を知らざる人を愚者とす』、『あながちに、もろもろの聖教をよみ、ものを知りたりというとも、一念の信心のいわれを知らざる人は、いたずら事なりと知るべし』と教えています。これが命の問いです。命の応えをお知らなければ、すべては『いたずら事』になってしまいます。
淡路市 宣勝寺 住職 田近 早弓
浄土真宗淡路組の門信徒の皆様には、お念仏御相続のお日々をお過ごしのことと思います。
専修寺に寺院では佛の教えに一端として、ご法話を聴聞したり、読経の後『領解文』(りょうげもん)を
唱和しています。
門信徒の皆様、領解文を唱和したことはありますか?
専修寺では、毎月15日夜、親鸞聖人のお逮夜の行事の法話の後、総代様の音頭・御領解出言と申し、一同で唱和します。
又、各家庭への月忌参りの読経の後、奇数月の月忌は『ご文章』、遇数月の月忌は『領解文』を
唱和いたします。
過ぎし思い出として、昭和57年2月11日に亡くなられた92歳の全盲のお婆さんは、暗記をされており、一緒に領解文を唱和されたことを思い出し、子孫もそれを受け継いで、今も一緒に唱和いたしております。
領解文の教えは本願寺第八世、蓮如上人が制定されたもので、4つの点を柱に、念仏の教えを間違って受けとめることのないように、浄土真宗の意義が簡潔にまとめられております。
その4つの点とは、1.安心(あんじん)― 自力のはからいを離れた他力信心の因であることと教えています。2.報謝(ほうしゃ)― 他力信心に基づく念仏は、仏恩報謝(ぶっとんほうしゃ)の称名であること。3.師徳(しとく)― 釈尊・宗祖、親鸞聖人や、よき教導者に対する感謝 4.法度(はっと)
映画、テレビなどでよく見る昔の時代劇などでの、立て札には法度と書かれておりますが、これは決まり・約束・罪人へのおきてを表しておりますが、領解文の法度は『念仏者としての心がけ』など、まとめられております。
この機会に、領解文を唱和され、念仏以外のさまざまな行や計らいをまじえて念仏を称えるなどの自力の心を捨て去って、一心に『阿弥陀さま、私の人生の一大事である、往生浄土について、阿弥陀如来のお救いにおまかせいたします』と我が身のこととして受け止めたいものであります。
淡路市 専修寺 住職
『領解文について』
『核兵器廃絶への願い』
8月、広島・長崎の原爆の日を迎えます。
世界で唯一の被爆国として、「世界のどこにも、二度と核爆弾が投下されてはならない」、と世界中のNGOと連絡しあい、核兵器廃絶への活動を続ける日本のNGOがあります。
その調査によると、核を保有していると認められている、アメリカ・ロシア・イギリス・フランス・中国の五カ国と、インド・パキスタン・イスラエルを含めると、この地球上には今なお、二万発近い核弾頭があるということです。
何かのはずみに偶発したらどうなるのでしょう?まさに、核戦争がいつ起こるか知れない社会に私達は生きています。
一方、先に挙げた核を保有する国以外は全て、核を持たない国です。最近北朝鮮の核疑惑が日本をはじめ東アジアに緊張をもたらしています。小泉首相は、アメリカの核の傘に守ってもらうのだと・・・。
そのために強引に自衛隊をイラクに派遣しました。
先ほどの日本のNGOは、数年前から、「軍事力によらない安全保障の仕組み」を作ろうと、韓国のNGOと協力し、世界中のNGOとともに「東北アジア非核地帯構想」というものを世界に向け提案しています。「非核地帯」とは核兵器のない地域ということです。
核を持たない日本、韓国、北朝鮮が、お互いにその領土内での核兵器開発・実験・製造・所有・輸送など一切を禁止するという協定を結び、そのうえで周辺の核を持つアメリカ・ロシア・中国に対し、日本・韓国・北朝鮮に核攻撃や威嚇をしないことを約束させる。そして、この6カ国の約束が守られるため、国連などが監視するというものです。
世界には、このような非核地帯がすでに4つもあり、世界の陸地の50%以上がすでに、非核兵器地帯になっており、地球の南半球は全て、核戦争が起こらない非核地帯です。
『世の中安穏なれ 仏法ひろまれかし』と願われた親鸞聖人の願いを生きる念仏者として、この運動に大きな関心を寄せ、私に出来る行動を起こしたいと思っています。
PR 私達は憲法第9条改悪に反対します!
『本願寺九条の会』
洲本市 浄光寺 住職 梅林 雅道
9月になりました。毎年お盆が終わる頃になると山口県に住む妹が、子どもを連れて帰って参ります。
2歳になったばかりの女の子ですが、その子が何かする度に、ぱっとお寺に花が咲いたようににぎやかになるのでした。妹は、
『実家に帰ると、みんなが子どもの面倒を見てくれるから、助かるわ』と、ほっとした様子でそういいます。
確かに山口県のお寺では、両親とこの子の三人ぐらし、お父さんは出かけることが多いので、お母さんだけでは、どうしても目が行き届かない時もあるのでしょう。たくさんの人の目が届くということは、子どもにとっての『安心』の度合いが違うことなのだと、教えられました。
阿弥陀様は『智慧』と『慈悲』の仏様であるとお聞かせ頂きます。中でもその広大無辺な『慈悲』の光は十方に放たれ、私達を遍く照らし続けてくださっています。
これは喩えるならば、たくさんの人の目が子ども一人の為に注がれ、この子のことを助けようとするがごとくです。
『あなたのことをいつも見つめて照らしておりますよ』と、そして、
『決して見放したり見捨てたりはしませんよ』と、お誓いくださったのが、親様である阿弥陀さまなのです。
時に『親の心子知らず』で、自分勝手な私であります。ですが、そんな私である、そんな私だからこそ、我が親ならば、救わずにはいられない必ず救うと、常に先に手をさしのべてくださっているのです。
観無量寿経の『念仏衆生 摂取不捨』のお心に触れて、阿弥陀さまの広く深い思いに感謝する日暮らしをさせていただきたいものです。
洲本市 宣徳寺 副住職 藤榮 亮匡
『見守る眼差し』
仏前でのお勤めは、朝夕2回一日のはじめとおわりにというのが原則です。お勤めの作法といっても、特に難しく考えることはありません。
お仏壇のお花の水を換えたり、汚れていればまずきれいにします。輪灯や金灯籠ななどに点灯(明かりをつける)し、ローソクに火をつけます。そしてお香を供えます(燃香)
線香は立てずに、香炉の大きさに合わせて2,3折りにして火をつけ、香炉に寝かせます。そして、念珠をつけ合掌・礼拝。経本を軽くおし頂いて、勤行に入ります。リンは経本に定められた箇所で打ちます。
勤行が終わると、再び経本を軽く押し頂いて閉じ、経机または、膝の上に置き、合掌・礼拝します。こういう順序になるでしょう。
『お勤めの作法』
ところで、お勤めに関しては、何よりその心構えが大切です。浄土真宗ではお勤めすることにより、亡き人やご先祖に廻向『(えこう)ここでは追善廻向(ついぜんえこう)』するというのでは決してありません。
あくまでも『仏様への感謝、仏恩報謝(ぶっとんほうしゃ)と仏徳讃嘆(ぶっとくさんだん)』のために行うものです。ですから、亡き人やご先祖は、その仏様(阿弥陀様)のすばらしいお念仏と、そのことを喜ぶことの出来る、人間としての生命(いのち)を伝えてくださった方として、偲ぶことです。
また、お勤めは可能な限り、家族全員そろって行ってください。朝は、特に忙しい時間帯です。しかし、そうしたときこそたとえ数分でも、お勤めの時間をもって欲しいものです。
こどもたちにとっては退屈な時間かも知れません。しかし、そういう日々の連続の中で、感謝の心が育まれていくのではないでしょうか?
南あわじ市 万寶寺 副住職 藤本 教秀