いろいろと宣徳寺にまつわる話はあるが、「どういうことなのだろう?」と首をかしげたくなること
もたくさんある。
 たとえば、以前使われていた井戸(現在はポンプで庭の水まきなどに使用)には洗濯岩と呼
ばれる大きな石がおいてあるが、これはいつ頃まで使われていたのか?等。
 ここでは、そんな「宣徳寺」にまつわる謎話、うわさ話、おもしろ話、へーーな話を取り上げ、調
査することで、疑問解決。気分も晴れやかになれれば幸いである。
藤榮の先祖は?
 過去帳などから推察するしかないが、開基にあたるのは天正10年に往生を遂げた人物であることに
間違いはないようだ。境内にある墓地の一つは、この開基が葬られた際につくられており、法名の書かれ
た墓碑から、その時代を生きてきた人物に間違いないと思われる。
 先祖は落ち武者であろうという意見があるが、定かではない。
今後とも調査を進めていく。

 
今の本堂はいつ頃建てられたのか?
 今の本堂が建てられたのは、およそ200年近く前になると思われる。歴史的に、それ以前の書物が少
なく、推測の域を出ないが、かなり古い建物であることは間違いない。
 併設されている鐘楼は、それに比べるとかなり新しいもので、昭和に入ってからのものである。建築当時
の写真が東口さんのお宅にあった。
18代藤榮惠龍在職中に完成している。
太鼓堂。明治時代に建立されたと記載があった。
 本堂は何回か修復を行って現在に至っているが、父が5歳の頃、昭和27年から28年にかけて大きな
修復工事を行ったようだ。その当時は戦後間もない頃で、日本が敗戦の余韻さめやらぬ時代だった、よく
大工事が行えたものだと、今さらながら感心させられる。
『太鼓堂』の外観。2階建てで建築当時を偲ばせる。内部には太鼓が設置されている。
『太鼓堂』内部。大太鼓が設置されてあるが、今は当時の面影を示すのみであり、使用されることはない。100年の歳月が、太鼓の皮を劣化させた。
『太鼓』に刻まれた『平(早?)瀬源次』の名。どような人物だったのだろう??