大津京年表
天智天皇と大津京関係年表
年号 干支 西暦 歴 史 事 項
6 中大兄皇子(のちの天智天皇)が中臣鎌足(のちの藤原鎌足)らと共に、蘇我
入鹿を誅し、蝦夷を自死せしめ蘇我氏の専横を砕く。孝徳天皇が即位され、中大
兄皇子は、皇太子として執政。大化の年号をたてる。左大臣に、阿部内麻呂、右
大臣に蘇我倉山田石川麻呂、内大臣に中臣鎌足を任ず。12 難波長柄豊碕
宮に遷都。
1 改新の詔を宣す。公地公民の制・行政組織と交通制度・戸籍、徴税、班田収授の法・田調などの税制の四箇条を制定。 3 東国国司・国造を考課、違反したものを正す。官司の直営田(屯田)を廃止。中大兄皇子、私有の部民と屯倉を天皇に返上す。薄葬・奴婢・婚姻・祓除の制を定める。 8 品部を廃止し、冠位制・男身の調の制を命ず。 9 高向玄理を新羅に派遣し、人質を取り、任那の調を廃止。この年、僧道登、宇治橋を造る。
この年、七色十三階の冠位を制定。高向玄理、新羅王子金春秋(のちの武列王)らを人質として帰国。渟足柵(新潟県沼垂)を設置。
4 古冠をやめて、新冠位を施行(左右大臣のみ旧制)。磐舟柵を設ける。
2 冠位十九階を制定。八省百官を設置。 3 蘇我日向、蘇我倉山田石川麻呂に叛心ありと讒言。翌日、石川麻呂は山田寺で自死。讒言者蘇我日向を筑紫太宰帥に遠ざける。
2 穴戸(長門)より献上された白雉により改元。
1 紫冠を中臣鎌足(鎌子)に授与。 10 孝徳天皇、崩御。 12 高向玄理、唐で客死。
1 皇極天皇、飛鳥板蓋宮に重祚。この冬、飛鳥板蓋宮焼失。飛鳥川原宮に移る。
この年、両槻宮を田身峯(多武峰)に造るため、香具山と石上山の間に渠を掘り、舟二百で石材を運ぶ。世人、狂心の渠という。百済の尼法明、護摩詰経を誦し、中臣鎌足の病をなおす。
5 中大兄皇子、初めて漏刻(ろうこく)を造る。9 百済の使、新羅・唐の攻撃により百済が滅亡し、鬼室福信らが抵抗中であることを伝える。 10 百済の鬼室福信、唐人捕虜百人余を献じ、救援と人質の王子余豊璋の返還を求む。天皇これに応ずる。
12 天皇、百済救援のため難波宮に移る。この年、救援の船を駿河国に造らせる。
1 天皇、中大兄皇子、大海人皇子、難波より西征の船出。御船、伊予の熱田津の石湯宮に碇泊。 3 御船、娜大津(博多)に至る。 7 斉明天皇、朝倉宮に崩御。中大兄皇子称制。長津宮に移り、西征を指揮される。 8 阿曇比羅夫・阿倍比羅夫らを百済救援の将軍に任ず。 9 百済王子余豊璋に兵五千を添えて、百済に送る。 11 天皇の殯を飛鳥の川原で行う。
1 鬼室福信に矢・糸・綿・稲種などを送る。 3 唐・新羅、高句麗を討つ。
高句麗、日本に救援を求める。日本はこれに応ず。唐・新羅、高句麗の侵略を断念す。 5 阿曇比羅夫らに船師百七十艘を率い、余豊璋を百済に送らせ、王位を継承させる。
3 上毛野稚子・阿倍比羅夫らに兵二万七千人を与えて新羅を討伐させる。 5 百済王余豊璋、鬼室福信を疑い殺害。 8 日本・百済軍、唐・新羅と白村江(はくすきのえ)で戦い大敗。豊璋は高句麗へ逃亡す。 9 百済の州柔城降伏、百済滅亡。日本軍、百済の遺民とともに帰国。この年、中臣鎌足、山階(興福)寺を創建。
2 冠位二十六階を制定。氏上・民部・家部を定む(甲子の宣)。5 唐の百済鎮将劉仁願、郭務棕ら、筑紫へ来て表函と献物を進上。日本側は入京を許さず。この年、対馬・壱岐・筑紫などに防人・烽(狼煙)を置き、筑紫に水城を造営。
大化元 乙巳 645
大化二 丙午 646
大化三 丁未 647
大化四 戊申 648
大化五 己酉 649
白雉元 庚戌 650
白雉五 甲寅 654
斉明元 乙卯 655
斉明二 丙辰 656
斉明六 庚申 660
斉明七 辛酉 661
天智元 壬戌 662
天智二 癸亥 663
天智三 甲子 664
3 都を近江大津に遷す。 11 大和に高安城、讃岐に屋嶋城、対馬に金田城を築く。
1 天智天皇御即位式。 2 倭姫王(古人大兄皇子女)立后。 4 百済、調を進む。 7 近江国に官牧を設置。越国、燃土(石炭)と燃水(石油)を献上。高麗越路から調を進む。栗前王を筑紫に拝す。 9 新羅使来朝、国交回復。この年、大海人皇子、皇太弟となる。草薙剣を盗み、新羅に逃亡を企てた道行が捕わる。勅を奉じて近江令を撰定していた中臣鎌足が、その業をほぼ終了。 11 新羅王に絲綿韋などを賜う。この年、崇福寺創立。
10 天皇、鎌足の家に病を問う。天皇、大海人皇子を使とし、中臣鎌足に大識冠と大臣の位を授け、藤原姓を与える。翌日、鎌足没す。この年、河内鯨らを遣唐使に任命。唐使、二千人来朝。
2 庚午年籍を作成。盗賊、浮浪を禁ず。 4 斑鳩寺炎上。この年、水碓を造りて冶鉄す。
1 大友皇子を太政大臣に、蘇我赤兄を左大臣に、中臣金を右大臣にする。冠位・法度の事を施行(一説に近江令)。高麗使を遣して調を進上。百済の鎮将劉仁願、使を送り上表。学職頭鬼室集斯ら、百済の遺臣に位を授与。唐使李守真ら、表を進上。 4 漏刻(水時計)を新設し、鐘鼓を打って時を知らせる。 6 栗隈王を筑紫率に任命。 8 天皇不豫(一説に八月) 10 天皇は後事をすべて大海人皇子に託す。大海人皇子はこれを固辞、出家。大海人皇子、吉野での修行を望み、許される。 11 五人の重臣が大友皇子に繍仏像の前で宣誓。近江宮にて火災。大友皇子と重臣、天皇の前に誓う。
12 天智天皇崩御。
5 朴井雄君、近江朝廷が天智陵造営と称し、美濃・尾張より徴発した人夫達に武器を執らせているという旨を大海人皇子に報告。 6 大海人皇子、吉野から脱出して東国へ向かう。近江より脱出した高市皇子、これに合流。迹太川(朝明川)のほとりで大海人皇子は天照大神を遥拝。大津皇子、近江より脱出して合流。 7 大海人皇子の軍、美濃より近江・大和へ侵攻。近江朝廷の軍、瀬田で敗北。大友皇子、山前で自死される。 8 中臣金は断罪、巨勢比等・蘇我赤兄らを流罪に処される。 9 大海人皇子、伊勢、伊賀を経て、飛鳥の岡本宮に入る。冬、飛鳥浄御原宮が完成、岡本宮から移る。
天智六 丁卯 667
天智五 丙寅 666
この冬、百済の男女二千人余を東国に移す。
天智四 乙丑 665
2 百済の男女四百人を近江国神崎郡に移す。 8 百済の遺臣らに筑紫国の大野・椽(基肄)と長門に城を築く。 9 唐使劉徳高ら、筑紫に至って表函を献上。のち入京を許可。 12 唐使帰朝。
天智七 戊辰 668
天智八 己巳 669
天智九 庚午 670
天智十 辛未 671
弘文元 壬申 672
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