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近江神宮御鎮座70年小史
 平成22年11月7日、近江神宮は昭和15年の御鎮座より満70年を迎えました。

 大化の改新以後の、天智天皇の皇太子として、また天皇としての政治は明治維新にいたる1200年の基礎を形作り、奈良平安時代以来、歴代天皇のなかでも特別の位置に置かれ、歴代天皇のご即位の宣命にも、必ず天智天皇のことに触れられる習わしでした。近江神宮は天智天皇敬仰史1300年の上に立脚する御社といえます。 

 ことに滋賀県・大津市の発展は天智天皇が近江大津宮に都をおかれたことに始まるとして、県内では格別に崇敬が深く、明治20年代以来、天智天皇をお祭りする神社の創建の運動が沸き起こってきました。

 まず明治28年、時の大津町長(当時はまだ町でした)が有志を募って、当時の滋賀郡滋賀村大字錦織字御所ノ内(現在の大津市錦織)の地に「志賀宮址碑」を建設しました。ついで明治33年大津宮創立の最初の企画が始まり、41年大津市制施行10周年に際して、時の市長が大津宮跡に天智天皇奉祀神社の創立を熱望する旨を発表し、請願運動を開始しました。
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 それ以来歳を重ねるごとに御創建への運動が高まり、並行して天智天皇の古都・近江大津宮の探索・究明への努力がはらわれました。そして昭和12年10月12日、近江神宮奉賛会を組織、翌13年5月1日、昭和天皇の御聴許をいただき近江神宮創立の旨を発表、同年6月10日地鎮祭執行、延べ13万人にのぼる県民の勤労奉仕をいただいて工事は進められました。その間近江神宮奉賛会総裁に高松宮殿下にご就任いただくという光栄に浴することになりました。かくして昭和15年竣工の運びとなり、その年11月7日、勅使御参向のもとこの大津宮跡に御鎮座祭が厳粛に斎行されました。

 当時はまだ近江大津宮のあった地はわかっていませんでしたが、あたかも戦後付近の発掘により志賀宮址碑建設地は大津宮の中心部、近江神宮境内は大津宮の一角に間違いないことが確定的となった地でした。
大津市錦織・志賀宮址碑
御鎮座記念祭に近江八幡市・大嶋奥津嶋神社より奉献される「むべ」(藁苞の上の赤い実)
↓ 御創建当初の近江神宮
近江神宮御創建前史
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 近江神宮境内造成・社殿建設と並行して造成された近江神宮外苑に、昭和二十五年に大津競輪場が設けられ、それ以来六十年にわたって県営ならびに市営(近年はすべて市営)競輪が行われてきました。

 特に五月末から六月初めのころに行われた高松宮杯競輪は競輪界ではステータスの高いレースでしたが、全国的な公営競技の不振とともに、高松宮(記念)杯自体は黒字であったのですが、年間通算すると赤字がかさむ状態となり、大津の競輪は本年三月をもって事業廃止となりました。

 高松宮杯競輪は、元来近江神宮外苑として設けられた競技場で開催することによって近江神宮の財政に寄与するためとして、高松宮殿下のお声掛かりにより始められたもので、時代の趨勢とはいえ、まことに残念なことです。競輪場の一角には今も「近江神宮外苑運動場」の門柱が残されており、今後の動向が案じられます。
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