武家屋敷にて
武家屋敷館の入り口を入るとすぐ右手が受付になっているのだが、人の気配がしない。呼鈴があったので鳴らしてみるが、誰も出てくる様子もない。どうしたものかと思っていると、門の外にバイクが止まった。「済みません」といいながら女性が入ってきて、料金を受け取り中に入れてくれた。どうやら、近所の主婦のようだ。町から頼まれて受付をしているのかもしれない。
勝山の武家屋敷は、高梁と違って家老に次ぐ高級武士の家である。基本的な作りはよく似ているがさすがに広く、格の違いを感じさせる。立派な造作だが、それだけ維持管理は大変だっただろうな、などと思ってしまう。座敷に座って庭を見ながら、かつてのあるじ達に思いを馳せる。歴代当主もこうして庭を眺めた事だろう。庭の木々は覚えているだろうか。木と話が出来たらな、とふと思った。
武家屋敷館を後にして、元来た方へと戻る。途中、手押しポンプ式の井戸があった。トトロのシーンを思い出す。これも経験と息子達に押させてみると、すぐに水が出て来た。どうやら、現役の井戸のようだ。
さらに進んで、駐車場の前を通り過ぎ、「御前酒蔵元」へと向かう。古い格子戸の歴史を感じさせる酒屋である。向かいは白壁の土蔵であり、2階が「西蔵」というレストランになっているようだ。その入り口の脇に「寅さんロケ地」の石碑があった。ここは「男はつらいよ」第48話のロケ地だったのである。高梁市で出会った寅さんとの縁が、ここにもあった。映画ではオープニングの舞台となっている。寅さんが「御前酒蔵元」で無料の利き酒をし、つい飲み過ぎてふらふらになるという設定だ。蔵元に入ると、実際に利き酒が出来るようになっている。無論、車を運転をする以上酒を飲む事は出来ず、代わりに吟醸酒を土産に買う事にする。ふと後ろを見ると、ロケの様子を綴ったパネルがあった。当日の賑わいぶりが感じられてなかなか興味深かい。じっと見ていると、この町のどこかにまだ寅さんが居るような気がしてきた。
御前酒蔵元の入り口。老舗らしい味わいのある店構えである。
ロケはこのあたりで行われた。当日は大変な人出だったようだ。
「寅さんロケ地」の碑。石碑まで出来てしまうとは、さすがは寅さん。
勝山は舟運によっても栄えた。旭川を遡る舟の終着の港であり、物資の集散は勝山に富をもたらした。写真は高瀬舟の船着き場。
「男はつらいよ」は第48話で終わった。ここは最後のロケ地の一つになった訳だが、当時寅さんのロケを誘致しようという委員会が全国に存在した。それほどの人気を誇っていたのだが、その秘密の一つは、この映画がその土地の魅力をとことん引き出してくれることにあるのではないだろうか。高梁もそうだが、ここ勝山も映画の中の町はとても魅力的に映る。実際良い町なのだが、そこに寅さんのキャラクターが加わる事によりそれが一層活性化され、明確に描き出されている。山田洋次監督の力量と言って良いのだろうが、だからこそ日本中がこぞって誘致を試みたのであり、ロケ地となった町は今でも誇りにしているのである。こんな映画はそうそうあるものではない。もっと続きを見たかったと思うのは、私1人だけではないだろう。今度の旅で寅さんに出会えたのは収穫だった。
御前酒蔵元の位置
高瀬舟船着き場の位置
寅さんロケ地「御前酒蔵元」