« 紀行 | Main | わたくし的こと »


2007年7月25日
1度で何度も美味しい

旅に出るといつも決まって
旅先でしか手に入らない食材を
山のように買い込んでくる癖がある。
これはもう「買わずにはいられない」という強迫観念に近い。
 
あれもこれもどれもそれも
目に付く全てが欲しくなる。
どうやって料理するのか分からないようなものでも
店の人に聞いて、未知の味であれば迷わず買う。
買って試さなければ気が済まない。
最近は冷蔵や冷凍の宅配サービスがあるので
衝動買いにも拍車がかかる。
 
400リットル弱の冷凍冷蔵庫2基、120リットルの冷凍庫1基があって尚、
満杯であっぷあっぷ状態になることなどザラなのだ。
もちろん当たりはずれはあるのだが、
当たれば鼻高々だし、はずれても懲りない。
これがわたしの旅の楽しみの一つなのだから止められない、止まらない。
 
旅先で覚えた味を再現することも帰宅後の大きな楽しみだ。
行く先々で、これはと思う料理を片っ端から食べ歩く。
苦手な食材がこれといってないから
何でも美味しくいただける。
そして自分の舌が旨い、と反応したら
その味を徹底的に脳裏に叩き込む。
どうしても分からない食材は貪欲にリサーチして
自分のものにするのだ。
 
一度、旅に出かけると
最低でも1ヶ月はそれだけで遊べるという
大変、お得なワタクシというお話・・・。
 

 

Posted by mamedi5047604 at 18:06


2007年7月24日
日常に戻って・・・

祇園祭は、予想していたほどの暑さには至らず
覚悟していただけに、病み上がりの身体にはことのほか優しいものであった。
京都の夏はなべ底、と揶揄されるように
例年、祇園祭の蒸し暑さは筆舌に尽くしがたいものがある。
それが時折、小雨が降って地熱を冷まし
台風の余波か風が吹き渡って
涼しいとまでは言わないが
山鉾巡行を追って歩いても耐えられる程度であった。
どこまでも天を見方につけている、と言っておこう。
 
ぽじてぃぶしんきんぐ、ね。
 
しかし、往路の新幹線内で知った
中越地震の報には、少なからず驚かされた。
間隔をおかず、震度6以上の地震が同じ地域を襲うという
人間の常識をはるかに超えた
自然の驚異を見せつけられた思いだ。
能登半島沖の記憶もまだ新しいというのに・・・いや・・・
地震は連鎖であることを考えれば当然だろうか。

地震のエネルギーの大きさを考えれば、被害があの程度で済んだのは
人口密度の少なさゆえであろう。
しかし、今後の復興にはそれが壁となって立ちはだかることは間違いがない。
過疎化は今や、高齢化と同意語である。
 
そしてまた、今回の地震は日本人に重大な命題をつきつけた。
原子力発電所の安全、である。
未だ、全ての問題点が洗い出されたとは言えない状況の中で
間をおかずに処理していかなければならないことの多さに不安を覚える。
あの発電所で作られる電気は全て、東京を中心とした関東一円に送電されるという。
危険に晒される地元ではなく、だ。
この現象は、ゴミの処理問題など多くと共通している。
現代社会の抱える様々な問題があぶりだされた格好になった。

これら天(地?)が指し示してくれたと言っても過言ではない命題を
無視し続けるならば、日本の未来は暗い。
地震大国日本。
対岸の火事では在り得ない。
 
ストーマ持ちになった我が身を振り返ってみれば
災害に対応する準備は、今までのような漠然としたものであってはならない。
真剣に考えるべきときだ。
 
いや、ほんとにそうですってば!

Posted by mamedi5047604 at 15:54


2007年7月13日
自己嫌悪?

いやいやいや・・・それほどでも・・・。
 
ただ、たまにのことだけれど
自分の冷たさや身勝手さに
肩を落とすこともあるってこと。
 
実際、わたしはそういう人間なのかも知れない。
だとしても、それを認めるのは
気分のいいもんじゃないよね。
だから・・・気分が悪いんだな。
 
価値観の違いがあまりに大きいので
距離をおいた方がお互いのため、と言い切って
差し伸べてくれた手を振り払ったことがある。
黙って身を引くとか
居てもいないふりをするとか
方法はいくらでもあるだろうに・・・と
誰もがそう思うだろうが
そうやっても近づいてくる人を
どうやったら遠ざけることが出来るのか
わたしには分からない。
その場限りの綺麗ごとを言って
いや・・・普通に社交辞令の常套句だってある・・・
すり抜ければいいものを
馬鹿正直に言動に表すのは
わたしの稚拙な一面である。
 
その方が、これ以上傷つけなくて済むと思ったんだもん。
 
わたしはサービス精神の旺盛な人間だ。
相手が望む言葉を見つけ出して
話すことがとても好きだ。
それがみごとにヒットして
相手が喜んでくれたら
これ以上はない、というくらいに嬉しい。
 
けれど、会話はいつも愉しいことばかりとは限らない。
そうなった時、わたしは相手が望まないことを
口にしてしまうことがある。
本当は相手がどう言って欲しいのか分かっていても
相手が聞きたくないことを
言ってしまうことがある。
 
だって、わたしの意見が聴きたくて話したんでしょ?
 
自分の意見を聞かれて
自分の意見ではない言葉を
発することが出来ない。
 
どうしてかね?
 
誤魔化したことだってあるけれど、
そうすると言ってしまった嘘が
ずっと喉の奥にこびりついて
言えなかった真実の残酷さより
後味が悪いんだ。
 
嘘つき、ええかっこしぃ・・・
自分を自分が責め続ける。
 
嘘はいっぱいつく。
適当に誤魔化す事だって山ほどある。
なのに、どうしてそういう時にだけ
潔癖なんだろう?
 
取りこぼした時間を
もう一度、すくい上げることは出来ない。
 
振り払った手が
温もりを求めていると知って
心がざわつく。
 
あの日、勇気を振り絞って
わたしに電話をしてきてくれた声を聴く為に
今度はわたしが電話をかけようか・・・。
 
いやぁ〜、もう、わたしの出る幕なんてありゃしないよ。
 
だと、思えればいいのになぁ。
 
やっぱり・・・神に一発蹴り入れなきゃ
気が済まないな!
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:26


2007年7月12日
ブラッドタイプ・ハラスメント

血液型性格分類というものがある。
これは日本、中華人民共和国、大韓民国、中華民国にのみ見られる一種の流行で
この延長線上に
血液型占い、血液型相性、血液型ダイエットなどといった係累が続く。
これらを実しやかに話題として持ち出す人が存外に多く
常日頃、辟易しているのだが
「まぁ、まぁ、話しのネタってことで・・・
真理さんも大人なんだから
目くじらたてなさんな。」
と、いなされて今日に至る。
 
目くじら立てるのは大人気ない・・・
じゃ、たてなきゃいい?
いや、この際、大人なんかじゃなくていい。
 
血液型とその人の性格には
何の因果関係もない。
簡単に言えば、そういうことだ。
例えば、分かり易い例題としてしばしば用いられる話だが
骨髄液移植をするとなったとき
された側は骨髄液提供者の血液型に変わるのであるが
それで基本的な性格が一変することはありえない。
つまりA型の人間がB型やAB型、O型にも変わりうるのだが
几帳面と言われるA型の人が大雑把と言われる他の血液型の性格に
急変することはない。
(だいたい何の根拠があってA型が几帳面だなんて言い出したんだ?)
 
血液型性格分類とは
元々は統計学上の研究が発端であり
科学的に実証されなかったことで
世界に認められることなく葬り去られた一データに過ぎないのだ。
以前はテレビなどでもてはやされていた時期もあったようだが
科学者からの相次ぐ指摘によって
最近では自粛傾向にあると認識している。
NHKやTBSでは
既に「血液型性格分類」に対する警告番組を制作放映したはずである。
位置づけとしては、擬似科学・・・つまり
いかにも科学的根拠があるかのように見せかける
偽モノ、エセ、なんちゃって・・・科学と言われるものだ。
 
第一、血液型と一口に言うが
たかだかAOB式血液型だけで何を語るのか?っちゅう話しだ。
プラス、マイナスがあることくらい知ってる・・・だいたい
そういう返答が返ってくるのだけど
血液型というのは、一般人が考えるほど
そんなに大まかなものじゃないのだ。
だったら・・・骨髄液移植の話しに戻るが・・・
どうしてAOB式血液型の違う人間に
血液を製造する大元の骨髄液を移植できるのか、ということだ。
逆に言うと
AOB式が一致しても別の血液型が一致していなければ
骨髄液の移植は出来ないのである。
実は、こっちの方が重大なんだけどね。
 
わたしはドナーになれると信じ
なりそこなった苦い経験がある。
 
血液型は実に数万種もの分類に分かれているのだ。
そういう知識があって尚
血液型(AOB型)性格分類に拘る人は
いったい何の目的があって持論を主張し続けるのか
甚だ疑問なのである。
 
血液型に限らず
その人となりを判断することに
一つスケールのようなものを用いて推し量ろうとすること自体
非常に危険で、失礼であるとは思わないのだろうか?
実際に面接し、お互いの理解を深める努力があってこそ
人間関係というのは培われるものであり
成立するものだ。
血液型や生まれた月日を知っただけで
相手の何が分かろう?
 
わたしが血液型性格分類に嫌悪感を持つのは
こういったステレオタイプな思考が
様々な形で「差別」を生むことを知っているからだ。
現に題名に揚げたような血液型による差別が
日本社会にもたらされつつあることは
笑って見過ごすことの出来ない問題である。
 
ユネスコの総会で採択された
ヒトノゲムと人権に関する世界宣言の第2条には
「なんびともその遺伝的形質によらず、その人自信の尊厳と権利によって
尊重されるべき権利を有する。
その尊厳により、個人はその遺伝的形質によってのみ
判断されてはならず、またその人の独自性と多様性とが尊重されなければならない。」とある。
まして、血液型?
 
因みに、世界で冒頭に挙げた国以外の人に
むやみやたらと血液型を問うのはやめた方がいい。
間違いなく警戒されることだろう。
 
最後に・・・
わたしに血液型を問うても無駄だ。
わたしが答えようとしないことを批判的に見ることも
ブラッドタイプ・ハラスメントであると言っておこう。
 
わたしは自分の中にも存在するであろう
様々な「差別意識」といつも闘っていきたいと考えるものである。
 
ネットを検索したところ
まさしくわたしの言いたいことを網羅したページが見つかったので
詳しいことを知りたいと思う人はこちら

Posted by mamedi5047604 at 11:51


2007年7月11日
今時の若者

かれこれ30年余りも昔のこと
わたしは当時の大人たちに
「今時の若者」呼ばわりされていた小娘であった。
 
あ、大娘だった・・・。
 
その頃、若者たちは「三無主義」と揶揄されていた。
無気力、無関心、無責任という意味である。
学生運動華やかなりし頃で
今から考えると、とてもそんな評価は当てはまらないように思える。
恐らく、戦前、戦中の凄まじい時代を生き抜いてきた大人たちにしてみれば
学生運動の闘士たちも
苦労知らずに育った
坊ちゃん嬢ちゃんにしか見えなかったのかも知れない。
 
18歳で親からの独立を果たし、外へ飛び出したわたしは
学生運動の落ち武者たちと交わったり
アーティストの卵たちと交流したり
それなりに「今時」を楽しんでいた。
 
「君たち何年生まれ?」(き・きみたち、っておいっ!ふるっ!)
「昭和30年!」
「え〜〜〜〜〜っっ!宇宙人やぁ〜〜〜〜!」
そんな風に言われたこともあったんだよなぁ。
 
とは言え、この頃から
思いっきり辛党だったので
活動の場は居酒屋がほとんどで・・・23,4歳の頃には
「越の寒梅」がどうのこうのと能書きを垂れていたのだが
ヨーロッパにまで進出しつつあったファッション関係にはとんと疎く
25歳になるまで
ルイ・ヴィトンのバッグはイトーヨーカ堂のバーゲンで売っている
ビニール製の安物だと信じ込んでいたのであった。
 
シラフじゃとても語れない
あ〜んなことも、そ〜んなことも、したわよねぇ〜♪
 
その時に言われた「今時の若者はっ!」という言葉に
「自分たちだって昔は『今時の若者』だったんじゃないの?
それにさ、こういう若者を育てたのは、あんたたち大人じゃない!」と
嘯いていた生意気盛りの大娘だったのだ。
 
で、わたしって案外、核心を突いていたんだな・・・
だって、その通りなんだもの。
江戸時代の本を読んでも
「今時のわけぇ〜やつらは・・・」みたいな表現が出てくるし
明治の頃に書かれたものには
大人たちの常套句として登場する。
 
若者にはめまぐるしいスピードで流れていく時間に
歳を重ねた大人たちはついていけない。
だから、いつだって大人は若者を理解出来ない。
そして、わたしたちがそうであったように
今の子供たちを「今時の若者」に育てたのは
その親の世代・・・そう、わたしたちなのだ。
 
なんだか不思議だねぇ。
 
もちろん個人的に会話が出来れば
充分に理解可能ではある。
何故なら、わたしたちには「今時の若者」だった時代があり
その経験の上に今を生きているからだ。
しかも、餓鬼どもにはない豊かな想像力がある。
(餓鬼どもが持っているのは空想力であって想像力ではない)
 
ただ、気になるのは
「今時の若者」ときたら
やたらステレオタイプが多くてつまらないこと。
もっと個性的で型破りでハチャメチャで
ある意味、理解不能なくらいが面白いんじゃないのかなぁ。
発火点が低くてすぐ暴発するのも怖い。
誰が育てたんだ?
 
メビウスの輪っ!
 

Posted by mamedi5047604 at 12:44


2007年7月10日
追記

昨日の雄叫び(?)は
実際に口に出すことはなかったので
ナオトは露骨に不愉快な表情を浮かべたわたしにびびって
自分の部屋へ引き下がったのであった。
しかし、斉くんが帰宅してから
またぞろ話題をふっていた。
しつこい男だ。
ナオトの話に全く興味のない斉くんは
完全スルーの体制でケンモホロロであった。
ざまぁ見ろっ!
 
因みに、斉くんは
浄土真宗なんだそうだ。
学くんは気こう術とか言って
手かざしを信じている。
で、ヨッパちゃんは血液型性格判断を支持しているらしい。
(例の「あるある何とか辞典」がぽしゃってからテンションが低いが)
みんな自由だ。
 
ただ、空気が読めるか読めないか・・・。
 
もちろんわたしも例外ではない。
苦手な話題がその場を賑わしているな、と感じたら
その場から静かに消えるくらいの分はわきまえている。
 
この歳まで生きると
だいたい、どういう種の人たちがそういう話題に興じるかも知っているので
出来る限り、近づかないようにしているのだ。
不特定多数の集まりが苦手なのも
そういうところからきているのだろう。
 
これに懲りて、もう2度と
ナオトがわたしの前でそういう話題を持ち出してこないことを願うばかりだ。
 
まぁ、あれだけこき下ろせば
普通、言う気もおきなくなる、と思うが
あいつのことだから分からない・・・。
その点、ナオトは不屈の男だ。
に、しても・・・よく喋るなぁ〜。
黙ってられないそうだから・・・仕方ないのかねぇ。
 
こう見えて・・・わたしは優しい沈黙も
好きなのだが・・・。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 17:36


2007年7月9日
かつぐ

既存の宗教、神仏を一切信じない、と
公言してはばからないわたしだが
もちろん、そんなことはわたしの自由である。
たまに星占いを気にしたりもするし
縁起担ぎをすることだってある。
古い言い伝えや歴史の中には
常に宗教的なものが流れているから
そういったことを受け入れることもやぶさかではない。
第一、わたしはわたしの神様を信じている。
もう自由自在だ。
 
それと同じように他人様が何を信じようが信じまいが
一向に構わないと思っている。
むしろ、全く興味がない。
特に個人的な信仰に関しては
微妙な問題なので話題にしたくない。
これは極力避けるようにしている。
傾倒する占いに至っては・・・論外だ。
 
が、この他人様が同居人となったら・・・。
ハッキリ言って鬱陶しい・・・胡散臭い・・・怪しい。
 
世間にはそういったものが好きな人が大勢いるらしく
占いだの何だのを扱ったテレビ番組がいくつかあるようだ。
恰幅のいい、いつも尊大に構えているおばさんが
占いで辛口の卦を出すのが人気を呼べば
これまたちょっと小太りのおじさんが
金髪のゲイのおじさんとつるんで
人の前世を当てるという・・・のが、今や大流行なのだそうだ。
先日は、番組宣伝のためか
サッカーの選手が出演したとかで
ナオトがやたら話題にしたがって迷惑だった。
ケチをつけて会話を終わらせようとしているのに
「あのオバサンがやってるのよりは
よっぽどマシだと思いますよ!」と
馬鹿ナオトは話をやめない。
空気を読めよ!
 
何がマシなんだよ!
 
ぶぁ〜〜〜〜〜〜〜か!
 
人生はなぁ〜、1回こっきりなんだよっ!
わたしは何の生まれ変わりでもなけりゃ
2度と生まれ変わりもしないよっ!
だから、どんな風になったって
自分が自分である限り
存分に生き抜いてやろうと思ってるんだい!
 
だいたい、何かの因縁で
今の自分が左右されるのなんか
絶対許せないからねっ!
もし、神だのなんだのがいて
そいつが世界を牛耳っているって言うなら
1回、思いっきり蹴りいれなきゃ気がすまないからっ!
まじでっ!
 
来世だのなんだの言ってるから
自殺しようなんて思う輩が増えてるんじゃないの?
命はたった一つなんだって思えば
かけがえの無いものだって知っていれば
簡単に失うことは出来ないでしょうよ。
 
わたしから言わせれば
宗教は「死」を怖れる人間の編み出した精神安定剤だ。
昔、麻薬と言った人がいたけど
その通りだと思うね。
その頃は、もっと人は「死」に近かったわけだからね。
占いもその脈絡の中から生まれてきたものなんだよ。
 
けど、どんなに妙薬でも
使い方を間違えると
中毒になったり禁断症状が出たりするもんなんだ。
 
サッカー選手の前世が「やたがらす」ってなんだよ!
ったく、真面目な顔して言ってんじゃねぇよ!
「やたがらす」って架空の生き物じゃないかっ!
輪廻転生にもなりゃしねぇっ!
 
神聖なものを尊ぶ心は大切だと思う。
だから・・・
担ぐのは祇園祭りの神輿だけにしておいてくれ・・・。
 

Posted by mamedi5047604 at 13:09


2007年7月8日
説教

ナオトに説教を垂れた。
もちろん・・・人様に上からモノが言えるほど
偉くなったわけではない。
ないが、半世紀も生きていると
ちょっと知ったふうなことを口走ってみたくなるもんなのだ。
しかも、相手がナオトとくりゃ言いたい放題だ。
ほろ酔い気分も手伝って
いかさせていただきましたっ!
 
ナオトの生い立ちは知っている。
風呂に入れて、お尻の穴まで綺麗に洗い上げたこと数知れず。
それほど長い付き合いだ。
だから・・・見かけによらず彼が強情だったり
打たれ強かったりすることも
よぉく呑み込んでいるつもりだ。
嫌なこと面倒なことを
上手くすり抜けていくことも
それがどうやって身に付いたものかも
こちとらお見通しなんだよっ!
 
別に怒りモードが入っていたわけではなかったが
喋りだしたら止まらない。
しかもどんどんヒートアップしていく。
これはいつもの悪い癖だ。
加えて、ナオトの馬鹿ったれが
生意気にも中途半端な口答えなんぞするもんだから
わたしも譲れなくなってしまった。
いい加減なところで止めておこう、などという気持ちは
完璧に吹き飛んだ。
 
想像力とは何たるや
思いやりとはどういうことか
空気を読むことの重要性・・・云々かんぬん。
いやはや、思い出すと片腹痛い。
自分がどうか?ってことだよねぇ。
 
だからさ、ナオトにだから言えるのよ。
 
「頼むっ!一日も早く
彼女を作ってくれ!
きっとふられるに違いないから!
その時の彼女の捨て台詞は
『ナオトはわたしのことを全然分かってくれてないっ!』
『あんたって最低!』
『自分さえ良ければそれでいいのよね?!』のどれかに違いない。」
「げ・・・」
「だいたい24歳にもなって彼女が出来ないことが問題だっ!
10代には10代の恋愛、20代前半には20代前半の恋愛があるんだぞっ!
お前は10代の恋愛を既に放棄してしまっているが、
20代前半もタイムリミットは目前だっ!
わーぎゃーがおぉ〜〜〜!!!」
「出来るもんなら、とっくに作ってますっ!しくしく・・・」
 
いつもナオトを徹底的にやっつける斉くんが一言。
「可愛そう過ぎる・・・」

Posted by mamedi5047604 at 13:11


2007年7月6日
(続)息子の反抗期

後振りになるが・・・
突然こんな話題を持ち出したのには訳がある。
最近、わたしの周辺で
反抗期世代の子供を持つ親の話を
見聞することが多いのだ。
そして、そのほとんどが、
反抗する子供に悩まされている、というものだ。
 
口答えは言うに及ばず
小言を言われて逆切れして
親に向かって「くそばばぁ」などと
平気で暴言を吐くらしい。
 
わたしだってそれくらいのことは
毎日想っていた。
だから子供が親に対してそういう考えを持つことは理解できる。
が、決して面と向かっては言わなかった。
いや、言えなかった。
親はそれほど「恐い」存在であった。
日々、口うるさく注意はされたし
叱責もされていた。
親としてどうだろう?と思うような言葉の暴力も数知れず・・・。
それでも恐くて言えなかった・・・言えたらスッキリ出来たのかなぁ。
「うるせぇんだよっ!くそばばぁ!!」
それくらいのことを言い合える親子の方が
上手くいくのだろうか?
ここで疑問だが
「くそばばぁ」と言われた親は子供に何て言い返すんだろう?
「なにをっ?!」と蹴りの一発も入れに行くのだろうか?
そんな雰囲気じゃないんだけど。
すごく知りたい。
 
因みに、わたしは
驚くべきことに・・・何故なら、わたしを知る全ての人が驚くので・・・
口答えさえしなかったのだ。
 
わたしの父は冷静にいつもこう言った。
「養ってもらってるうちは親に従え。」
なるほど・・・そりゃそうだ!
そう思ってしまったのが親の思う壺だったのだろう。
父親は母より大きな存在で
更に逆らうことなど考えられなかった。
 
だから、わたしは一日も早く自立したかったのだ。
親に従わず、自分のやりたいようにやるには
親の養育からはずれなければならない、と固く信じていた。
 
これは「くそじじい」の陰謀だったに相違ない。
しかし、その目論見は外れた。
彼らは、わたしが本当に出て行くとは
思ってもみなかったのだ。
 
結局、娘の気質を最後まで把握しきれなかったところに
わたしの両親の敗因はあったのだ。
 
ただ、今でもわたしは
好きなことをやりたければ自立するべきだ、と思っている。
プチ家出とかしみったれたことをしないで
正々堂々と家を出ればいい、と思う。
自分で稼いで自分で食っていけばいい。
そして自分のやりたいことをやればいいんだ。
そうできるのにしないで、すねだけ齧り倒しているようなやつは
「くそがき」だ。
 
きっと本気でそう思っている母親の思考を感じ取って
息子は反抗しなかったのかも知れないなぁ。
安全志向だからなぁ・・・やつは・・・。
 

Posted by mamedi5047604 at 18:03


2007年7月5日
息子の反抗期

おちゃらけてばかりいて、落ち着きのなかった息子が
ふと気づくと無口になっていた・・・。
恐らく、あれが息子の反抗期だったんじゃないか?
と、今になって思う。
五月蝿いくらいにまとわりついて
暇があれば囀っていたはずの息子の姿が
いつの間にか、目の前から消えていた。
 
息子は一人っ子だったから
何をするにも相手になるのは身近にいる母親で
こちらが心配するほど「お母さんっこ」だったはずなのに
みごとに消えていなくなってしまったのだ。
 
一緒に出歩くこともなくなった。
一日に交わす言葉が挨拶程度のこともしばしば・・・。
 
それでも、そんなものなんだろうと
全く意に介さなかったが
あれで良かったのだろうか?
 
我が家のルールでは
プライベートの範囲はごく狭く
基本的に何処でも出入り自由であった。
もちろん、わたしの部屋、息子の部屋、斉くんの部屋など
各自の部屋は設けてあったが
ノックさえすれば部屋の主が不在でも
入って差し支えなかったのだ。
だから、そうなってからも
息子の部屋には毎日出入りしていた。
もっとも彼の部屋から出られるベランダが
我が家の物干し台だったのだ。
 
掃除は吐き気がするほど嫌い、と公言してはばからないわたしであるが
何故かほぼ毎日、掃除機をかけている。
息子の部屋も例外なく・・・。
机の上や引き出しの中の整理整頓は
時々、号令をかけて自分でやらせていたけれども
部屋が汚くなって困った、ということはなかった。
「それの整理もやってもいいけど
見られちゃ困るものもあるんでしょ?」と机を指差せば
「うん。」
これでおしまい。
 
思えば・・・たった一度の口答えもなく
彼は家を出ていった。
 
「お前さ、男たるもの
家出の一度や二度は経験しているもんだぞ!」と
男気大好きなダイバーKに煽られても
「え?なんで?」
 
ダイバーK:「なんで?って・・・だって、お前、お母さんになんか言われて
うるさいっ!とか、むかつく!とか、ないわけ?」
息子:「全然・・・」
ダイバーK:「え?」
 
いや、だってさ・・・わたし、うるさくないもん。
決して優しくはないけど、ね。
それにうちって、自由なんだよ。
自分で責任がとれるなら何をしようと自由。
だから逆らうとか、反抗するとか、必要ないわけ。
批評や批判はありだから
結構、辛らつなことは言われるけど
言われたくなきゃやらなきゃいい。
それでもやりたきゃ、やればいい。
 
掃除、洗濯、食事の支度・・・これらを
「やってもらって当たり前と思うな!」と
常々、全員に浸透させていたので
息子も漏れなくそう思っていたから
これも良かったかなぁ。
 
とは、言え・・・彼にとって母親とは
厳しく恐ろしい存在であったことは事実だ。
そう言っているのを聴いたこともあるし・・・。
だから逆らえなかったのかも知れないね。
 
でも、今は
こちらが傷んでいるときには
手をしっかりと握り締めてくれるからねぇ・・・
分からないもんだ。
 
今度、息子と呑むときには
反抗期のことを聞いてみよう、と思う。
本当のところはどうだったんだろう?
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:09


2007年7月4日
ナオト2周年記念

と、言ってもめでたくもなんともない。
 
ナオトが我が家に寄宿するようになって2年が経った。
1年目のナオトは「4月1日生まれのダミアン」だった。
今は・・・ただの「馬鹿」である。
元々、そうだっただけのことなので
彼が変わったわけではない。
ただ周囲が冷静に、より客観的になってきただけのことだ。
 
1年前までは、まだ期待もあったのだよね。
最近はほとんどないからね。
 
ナオトがうちに来た当初
わたしは「彼を躾けるつもりはない」と明言していた。
だから注意や忠告はしても
叱るつもりはなかった。
んが・・・現実はそんなに甘いものではなかった。
これでも抑えてる。
極力、抑えて、これだ。
 
自分の子供だったら・・・今頃、やつは原型をとどめていないだろう。
(因みに精神的にもね)
しかし、20歳を過ぎた大人だしねぇ。
 
最近のナオトネタ。
 
ナオトの口癖。
こちらが何か言うと「いやいやいや・・・それはですねぇ。」
 
「お前さ、その『いやいやいや』って言うのやめなよ。」
「え?いや、これ、口癖なんですよね。」
「また、言った。だから、その口癖を治せっつってんの。」
「いやいやいや、あ・・・いや・・・う・・・あれ?」
「それって、話し相手の言ってることを否定してるってことじゃん。」
「いやいや・・・」
「で、言われたことの言い訳をするのに使ってるんだよね?」
「・・・」
「だから、『いやいやいや』って言う代わりに
『そうそうそう』って言えばいいんだよ。」
「え〜〜〜、いやいや・・・それじゃ馬鹿みたいじゃん。」
「何言ってんの?馬鹿じゃん。」
「そうかも知れないですけどぉ〜。
目上の人には言えないですよ。
馬鹿にしてるみたいに聞こえちゃうじゃないですか。」
「だから、お前は馬鹿だっつうんだよっ!
『そうそうそう』なんて言えないでしょ?
だから、そこで言葉を1回飲み込んで
言われたことをすぐ否定するんじゃなくて
考えてみるのっ!
そういう比喩だよっ!」
「あっ、そっかぁ〜〜!なるほどぉ〜。」
「ほっんとに、お前は馬鹿だっ!」
「いいじゃないですか・・・今、分かったんだから・・・」
 
「今度から『いや』って1回言うごとに
罰金とろうかな。」
「え〜〜〜〜〜〜っっ!駄目ですよぉ〜〜〜!」
斉くん:「なに?真理さん。新しい金儲けの方法?いいね!」
 
それでも・・・ウォシュレットのトイレで立ちションはしなくなった。
洗濯物を部屋に溜め込まなくなった。
車の鍵と一緒のキーホルダーに付けたので家の鍵を忘れて出かけなくなった。
弁当箱はきちんと洗って返す。
 
まだ、部屋の電気もテレビもつけっ放しで寝るし
時々、財布(免許証入り)を忘れて外出するし
携帯電話をリビングに置きっぱなしにするけど・・・
 
牛歩の歩みだが前進はしているらしい・・・。
 
学くん:「もっと言ってもいいんじゃない?」
わたし:「いや、言いたくない。
言わないで部屋代上げる。」
学くん・斉くん:「あ〜〜〜ね〜〜〜〜。」

Posted by mamedi5047604 at 13:22


2007年7月3日
やっと・・・

日付に追いついてきた。
そう思った途端、書くことがやっつけになってきた感は否めない。
へへへへ
 
お尻の傷もだいぶ塞がってきた。
まだ、塞がってなかったの?
そう、まだなのよぉ〜。
もう、浸出液が出ることはないんだけれど
ちょっと開脚姿勢(若しくは股割り)をとると
薄く付きかけているところが切れてしまうらしい。
ぴっていう感じ。
音はしない。しないがそんな感じ。
ちょっと痛い。
若干、出血もする。
早く、完全に塞がってくれないかなぁ。
ケアは日々のシャワー洗浄。
三浦、和田両氏の指導を守っている(懐かしい名前だなぁ〜)
これだけは毎日欠かさない。
 
体力が戻ってきたので
泳ぎたくてうずうずしている。
もちろん祇園祭が終わってから、というつもりではいるのだが。
 
水着はウルトラマン系の競泳用。
以前使ってたものを着用し続ける予定だ。
もろにストーマの出っ張りがわかってしまうが
それは気にしない。
始めのうちは、クローズタイプのパウチを付けようと思う。
キャップ型もあるのだが
まだ完璧に排便のコントロールが出来ているとは思えないので。
そういったことを考えると
スイミングの前日は消化の良い脂分の少ないものを食べ
朝食は少しにして昼食前に泳ぐ、というパターンがベストのように思われる。
出っ張りが目立っても気にしないでいられるが
パウチが膨らんでいくのを見られるのは・・・ちょっと・・・
見るほうも嫌だろうし・・・ねぇ。
もっとも、プールの中に入ってしまえば見えやしないのだけれど。
 
年配のメンバーが多いプールだから
ストーマの知名度はあるような気がするけど
どうかしらん?
聴きたがりの親父に、また話しかけられるのは面倒だ。
「でっかいイボ」って応えようかなぁ〜。
「ストーマ、人工肛門です。」などと言おうものなら
根掘り葉掘り詮索してきそうなわる〜い予感。
あ・・・その点はオバちゃんの方が鬱陶しいかも・・・。
 
本当は色んな意味で
ストーマのことは知っておいてもらわなければならないのだ。
それはわかっている。
だから上に書いたことは半分冗談ね(半分かよっ!)
 
圧迫されている状態・・・水泳やダイビング・・・では
ストーマ装具がはずれて失敗する、という事故は
余り起こらないそうだ。
むしろ、飛行機などに乗ったときの方が
気圧の関係でパウチが膨らんで・・・というトラブルになりやすいのだとか。
それでも周囲の理解は必要。
 
障害者って、そういうことなんだねぇ。
 
さてさて、それにしてもスイミングは楽しみだなぁ〜♪
 

Posted by mamedi5047604 at 10:47


2007年7月2日
祇園祭

7月の声を聞くと
わたしの心はもう、祇園祭へと飛んでいく。
祇園祭・・・と言っても
山鉾巡業に代表される
あの煌びやかな祭りの方ではない。
これまで京都在住の人でさえ
知る人ぞ知る、であった
八坂神社の神輿祭りである。
 
詳しいことは過去ログで昨年の7月16日辺りを・・・。
 
関東世話役のマンボから連絡が入り
ホテルの予約が行われる。
京都の割烹、「一兆」の親父さんが
全てを取り仕切ってくれるのだ。
 
わくわく!
 
今年もサポータとして参加できること。
それが何より嬉しい。
女性ながら、Tシャツもらっちゃいました!
 
退院後初めての大きなイベントである。
ここに照準を合わせて来たんだよね。
 
新幹線の予約も取れた。
今年もナオトが参加する。
案外、期待されているらしい。
 
汗疹対策だけは万全にしないとね。
心騒ぐ月だ!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:48


2007年7月1日
ふと思う・・・

7月が始まった。
一つ季節を越えた。
 
このブログを読んで下さった方から
時折、励ましのメールや
感想のコメントなどをいただくのだが
その多くがわたしを
大変、前向きでポジティブな考え方の持ち主であるかのように
捉えておられるので面映い。
 
えっと・・・いつからそんな風になったんだっけ?
いやいや、なってないってば。
 
わたしが病気と向き合っているのは事実だけれど
だってこれは逃げられないからに過ぎないじゃん?
 
癌を告知されても
泣いたり騒いだりしないのは
そういう性格なんだっていうだけで・・・
例えば泣いたり取り乱したりしても
どうしようもない、無駄、疲れるだけだ、としか思えないから。
 
悩むことがないのは・・・悩む余地がないからだし・・・。
 
それに全部、自分だけのことだから
楽だっちゃぁ、楽なわけだ。
 
死ぬとなったら
怖いだろうし、びびるだろうけど
それも自分のことだから・・・。
 
過去を振り返れば
温泉が湧き出るくらいの穴を掘って
永久に這い上がれないほど
恥ずかしいことや後悔もあるけれど
結局、取り戻せない時間なら
今更どうってことはない。
鉄面皮に開き直るしかないさね。
 
そうして、わたしは
どんな時・・・どんな時代のわたしより
今のわたしが一番好きなんだ。
これは本当。
 
若くて、綺麗で(時効だから)、怖いもの知らずで
ちやほやされまくった10代や20代も
高慢で知ったかぶりの30代も
その後の40代も
それなりに必至で生きてきたから
面白かったけど
戻りたいとは思わない。
そういう積み重ねがあったから
今のわたしがいるわけで
そういう意味では大切な日々だったと思ってるけど、ね。
 
もしも、明日「死ぬ」となっても
しゃ〜あんめい!と思える
今の自分が好きだ。
 
で、もし許されるなら
もっともっと愉しいことを見つけ出して
可能な限りやらかしちゃおう、と思ってもいる。
 
けど、それはポジティブシンキングとはちょっと違う。
 
わたしは、何か大きな問題にぶち当たると
「全部自分が悪いんだ」と背負い込むタイプだ。
プライドを声高に口にするのは
実はプライドのない人間だからだ。
それはよぉ〜く知っている。
 
もっとも、自分でそう思うのはいいけれど
他人から指摘されるのは我慢ならないだろうなぁ。
 
ネガティブだけど負けず嫌いなんだな。
 
ストレスで胃に2回も穴を空けてるくらいだから
こう見えて「みの」君タイプなんだよね(参照『風呂上がりの夜空に』)
多分、もう空けないけどね。
面の皮と胃壁は厚くなる一方だから・・・。
 
あとは・・・これを読んでくださる皆さんに求めるものは
想像力だけです。
ほほほ
 
お陰様で、汗疹はほとんど気にならなくなりました。
感謝!

Posted by mamedi5047604 at 14:37


2007年6月30日
退院祝い

ほんの身内だけで
ささやかな退院祝いをした。
 
遠足の当日に決まって熱を出すような・・・そんなタイプの息子は
今時、麻疹になって来られなかった。
いるよね、そういう間の悪いやつって。
 
みんなで美味しいものを食べて
祝杯を挙げた。
 
生きてて良かった。
わたしがそう思うのはいつものことだけれど・・・
わたしが生きていることを
喜んでくれる人たちがいるって
なかなか、嬉しいもんだ。
 
まだまだこれから、快気祝いとか復帰祝いとか続く予定。
嬉しいが続くのは素敵だ。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 17:07


2007年6月29日
一人前

今、わたしが目指しているのは
一人前のストーマ持ち、である。
 
一人前のストーマ持ちとは・・・
ストーマから聞こえてくるガスの音にいちいち萎縮しない。
「あ、失礼!」とにこやかに笑える。
 
一人前のストーマ持ちは、汗疹になったりしない。
一人前のストーマ持ちは、フリーカットの面版ではなく
決まったサイズの穴が空いた面版を買える。
一人前のストーマ持ちは、キャップを付けて温泉に入れる。
プールにも行ける。
ダイビングも出来る。
海外旅行だって大丈夫だ。
そういうストーマ持ちにわたしはなりたいのだ。
 
しかし、まだまだ修行が足りない。
 
ナオトがオナラをした。
「あ、僕のストーマが!」
本気でぶん殴ろうかと思った。
そんなことくらいで怒るようじゃ駄目だな・・・。
 

Posted by mamedi5047604 at 16:57


2007年6月28日
復活はしたけれど

体調はすぐに戻ったが、気分的にすっきりしない。
どうも此処へ来て疲労がたまったようだ。
機嫌が宜しくないと、許容度が狭くなる。
 
どうでもいいことで、ウダウダ言ってるのとか
他人任せではっきりしないのとか・・・
話を聞いているだけでイライラしてくる。
自分でたったかしなさいよっ!
大人なんだからさっ!
もう少しで口をついて出てきそう・・・危ない、危ない。
 
そういうことだけ敏感に察知するナオトは
早々にリビングから逃げ出す。
ふん!こすいやつ!
 
こんな日は、早寝しかないねぇ。
 
ストーマ装具の交換日。
汗疹の炎症はほぼ治まっている。
良かったぁ!
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:00


2007年6月27日
汗疹は治ったけど・・・

とにかく汗をかかない。
これが汗疹を治す唯一絶対の方法だ。
エアコンとアイスノンを駆使して
数日間、汗知らずの日々を送った。
ストーマ装具も肌に一番優しいタイプにして
清潔と治療を考えて一日おきに交換した。
お陰であっと言う間に市からの補助金を使い果たした。
これからの2ヶ月は全部、自己負担だ!
(補助金の範囲内で納めようと思ったら
装具の交換は4日に1回くらいにしないと駄目)
しかし、その甲斐あって汗疹はみるみるうちに引いていったのだった。
そうして痒みもほどなく治まったのである。
なんてめでたいことなんだ!
ブラボ〜〜〜!!
 
地獄のようなカユカユから解放された喜びは
筆舌に尽くしがたい!
これで夜も熟睡できるぞ!
 
ああ、だけど・・・
わたしは10代の後半から
自律神経失調症で
体温を上手く調整できないという厄介な体質だったのである。
忘れていたわけじゃない。
だからこれまでエアコンなしの生活を
送ってきたんじゃないか。
車にだってエアコンを付けなかったんじゃないか!
(さすがにエルグランドには付いてまっせ)
 
この日、とても蒸し暑かったので
わたしは一日中、エアコンの効いた部屋に篭っていた。
掃除をするときは首と腹にアイスノンを巻いて
極力汗をかかないようにした。
 
なるほど汗は出なかった。
体は冷え切っていた。
そうして体温も下がっていったのだ。
夕飯を作り終え、一息ついていたら
一気に体調が悪化した。
吐き気と寒気・・・
但し、明らかに風邪の症状ではない。
試しに体温を測ってみたら35度。
う・・・お前は既に死んでいる・・・ひでぶっ!
 
文明の利器とは無縁の生活・・・それがわたしには一番合っているのだ。
せいぜいアイスノンが限度だね。
 
まぁ、一難は去ったかな?
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 22:23


2007年6月26日
愛情?

個体差というものがあるから一概には言えないと思うが
犬の感情表現は大変率直で分かり易い。
特に我が家の愛犬などは
その顔つきだけで、何を考えているのか
手に取るようにこちらに伝わってくるのである。
最近では愛犬の方も
人間の言葉や表情を理解するようになり
益々、濃密なコミュニケーションが出来るようになった気がする。
 
ところが・・・乳離れしないうちから親代わりで育てたというのに
猫という種族の「気持ち」はなかなかに理解しがたい。
 
2ヶ月近い入院生活から解放されて
自宅へ戻ったわたしを待っていたのは
予想通り、熱狂的な愛犬の歓迎ぶりと
全く予想外の冷ややかな猫たちの眼差しであった。
 
犬はわたしの帰宅を心底喜んでくれた。
そこには留守にしてしまったわたしに対する非難など
微塵も存在しなかった。
しかし、猫たちの心に巣食っていたのは
長い間、自分たちを放ったらかしにして
家を空けていたわたしに対する恨み辛みだったのだ。
 
さて・・・3週間が過ぎ
ギクシャクしていた猫との関係が
やっと復活してきたと思われたここのところへきて
1泊2日で再び病院へ出かけなければならなかったわけだが・・・
それは猫たちの逆鱗に触れるに充分だった。
 
小豆は閉じ込められたわけでもないのに
わたしの部屋の引き出しから
綿ニットのセーターを引っ張り出し
心行くまでなぶりものにしていた。
セーターは穴こそ空いていなかったが
見るも無残な状態で
ボロ雑巾のように床の上に放置されていた。
安箪笥の引き出しは
人間でもすっとは開けられないほど建て付けが悪く
どうやったら小豆のような非力な猫に開けられるものか見当もつかない。
執念としか言いようがないのだ。
 
金ちゃんはわたしの薬が入った引き出しの段めがけて
マーキングスプレー(おしっこ)をかけていた。
床から40センチはあるというのに・・・。
逆立ちでもしない限り無理な高さだ。
しかし、金ちゃんはやってのけた。
どうしてもわたしの薬にマーキングをしたかったのである。
しかも金ちゃんは
これまでの人生(猫生)の中で
マーキングなどしたことがないのだ!!
 
帰宅後
金ちゃんはわたしの旅行バッグの上に陣取って
一日中、動こうとしなかった。
まるで、バッグを押さえておけば
わたしが何処へも行けないかのように・・・。
 
そして・・・小豆も金ちゃんもわたしを見張っている。
そ知らぬそぶりのくせに
玄関の出入りには敏感に反応するのだ。
 
それってさ・・・愛情表現なの?
金ちゃんが「にゃぁ〜」と鳴いた。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 16:55


2007年6月24日
渋滞

月曜日、今度は婦人科の癌検診で
またもや相模原に行かねばならない。
午前中の予約なので前日入りすることにしていた。
で、ダイバーの車に乗せて行ってもらうことに・・・。
ラッキ〜♪
 
ところが・・・
梅雨の真っ只中でも
さすがに伊豆なんだねぇ。
熱海を過ぎる頃から渋滞が始まった。
 
わたしは平日にしか移動しないから
週末に絡んだ渋滞というものを
ほとんど経験したことがない。
それでつい忘れる。
そうだ、そうなんだよなぁ。
みんな、これを乗り越えてやってくるんだよなぁ。
 
渋滞を忌み嫌っている斉くんなんか
一度、東名町田インターの渋滞に巻き込まれただけで
「都会で人の心が病んでいくのは当然だ!」だの
「都会のお父さんが鬱になるのは当たり前だ!」だの
ぎゃーぎゃー大騒ぎだったんだけど・・・
それほどでもない、と思っているわたしだって
この渋滞を経験したら
伊豆に来たいと思うかなぁ〜?
思わないだろうなぁ。
 
もちろん、他に経路がないわけじゃない。
遠回りになることと、有料道路通行料が700円ほどかかるが
伊豆スカイライン、ターンパイクコースというのがある。
ここは渋滞がないので
きっちり逆算した時間で小田原に着く。
 
一応、渋滞嫌いのみなさんには
こちらがお勧め。
 
但し、空いているときには
遠回りの分、時間がかかるので
やはり海沿いの道を来るのがベストだ。
 
小田原まで3時間近くもかかってしまった。
運転者には申し訳ないが
ここで下ろしてもらう。
トイレの時間が自由にならない渋滞は
わたしにとってちょっときつい。
リハビリが進んでほぼ正常、とは言え
排尿の障害も若干残っているから・・・。
ごめんね。
 
けど・・・
「ジムに行きたいから。」って・・・
相変わらず、ダイバーKはマイワールドだ!
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:29


2007年6月23日
来客

いつから仕事を始めよう・・・等と
全く考えてもいなかったのだけれど
どうせ(?)我が家を利用する来客たちは
わたしに多くを望んだりしないだろうし
ましてわたしの状況をよく知っているのだから・・・ということで
週末、ダイバー二人がやって来た。
 
ナオトがちゃっかり便乗して
一緒に潜りに行きやがった!
あいつには、わたしを手伝おうなんちゅう健気な心根は
微塵もありゃぁしないのだっ!
本当は、本数で追い越されたのが癪に障ってるだけなんだけど・・・。
 
携帯アイスノンのおかげで
汗だくの掃除もお腹だけはひんやり冷え冷え。
先週いっぱい、掃除をしておいたので
軽く拭き掃除と掃除機かけだけで
何とか形はついた(ことにする)
ベッドメイキングも2床だけだから楽だった。
 
料理は毎日していることの延長で
好きなことは少しくらいボリュームが増えても苦にならず
いつもどおりにもてなす事が出来たように思う。
但し、夜はかなり早めに休まさせてもらった。
と・・・思ったら
ダイバーたちも同じ時間に寝てしまった。
歳だねぇ・・・。
 
いつもは無理してわたしに付き合っていただけ・・・だなんて
まじ?
 
このペースならやっていける。
うんうん、自信満々。
 

Posted by mamedi5047604 at 14:17


2007年6月20日
そんなことはなかった!

いやぁ〜〜〜、昼寝もたまにはいいもんだ。
 
じっくり眠ったら、すっきり目覚めた。
日々、早寝早起きを励行しているのだが
蓄積された疲労はいかんともしがたく・・・。
眠たい時には眠る!これだね!
そういう自由が許されている現状に感謝!
 
夜、いつもより消灯する時間がずれ込んでしまったが
それもまた良しとすべし。
 
お陰で本日、2階の拭き掃除も終了し
退院後、やっとやるべきことを終えたのだった。
家中に淀んでいた気になる匂いも
いつの間にか消えていた。
やれやれ・・・。
 
これで本当の意味で日常に戻れるというものだ。
 
手術から2ヶ月・・・余りにも色々なことがあり過ぎて
あっと言う間に今日まできてしまった。
それなりに精一杯やってきたから
自己満足はしている。
 
明日から、また新しい一歩を踏み出す。
そういう気持ちで今日はおしまい。
 

Posted by mamedi5047604 at 14:38


2007年6月19日
睡眠は最大の休息也

昼寝をするのがもったいない・・・
ついそう思ってしまうのだけれど。
 
そんなこともないかなぁ・・・。

Posted by mamedi5047604 at 14:11


2007年6月18日
疲労もピーク

車のETCシステムでも
身体障害者割引の手続きを取るべく
右往左往の一日だった。
ディーラーの営業マン、
はたまたエルグランドを売りつけた張本人・・・現在の店長だが・・・
までやって来て喧々諤々。
 
わたしの障害は4級と軽度のものなので
運転者が本人でなくてはならない。
だからETCシステムの障害者割引の規定が厳しい。
それで車の主要使用者に名前が掲載されていないと
基本的に認可が下りないというのだ。
ローンを組む関係上
使用者の名前がわたしでなかったことから
問題は発生した。
 
市役所、陸運局、自販の本社、ローン会社のカスタマーセンター・・・
電話かけまくり!
 
おかげで、新車を購入する際に
ローンを組むと
ローンが完済するまで
車の所有者はディーラーになる、ということが判明した。
どうしてそうなるのか?までは分からなかったけど・・・
ともかく、それは変だろう、と思った。
所有者なら税金払ってよ!ってことだよね。
 
ローンを完済しても
積極的に消費者の方が動かないと
所有者の変更手続きをディーラーはしない、ということも分かった。
益々、変だ!
 
出来るなら、ローンも払ってよ!
 
それがリースシステムらしいんだけど・・・
そっちにすりゃ、良かったわ!
 
まぁ、動き回った甲斐があって
ETC認可は取れたんだけどさ。
 
何度も言うけど
あたしゃ、病み上がりなんだよっ!
あ〜〜〜かゆかゆ!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 13:42


2007年6月17日
それにしても・・・

ナオトはのらりくらりとしているように見せながら
恐ろしいくらいに頑固だ。
いや、正確には頑迷だ。
ナオトの母親は生前
彼の言動に対してしばしばヒステリーを起こしていたそうだが
納得!
 
ありゃ、吹雪の中、ランドセルごと外へ投げ出したくもなるだろうし
教科書引き裂きたくもなるだろう・・・え?なるか?
ならん、ならん。
 
けど、他人のわたしにでさえああなのだから
実の母親にはもっと神経逆撫でするようなことを
言ったりやったりしていたのだろう。
若しくは「しない」とかね。
 
まぁ、色んな意味で
それが愛情確認であると言うなら
そうなのかも知れないけど・・・。
それとも存在証明なのかな?
いずれにしても歪んでいる。
 
「歪んでるねぇ〜。」
「そうなんっすよ。」
嬉しそうに応える筋金入りだ!
 
最近はこちらも言うことがきつくなってきた。
どうして赤の他人が産み育てた子供「たち」を
育てなおさなきゃならないのかしらん・・・
 
甘え方も人それぞれ・・・
まだ犬猫の方が分かり易いかも知れない・・・。
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 13:19


2007年6月16日
懲りないやつら

確かに・・・痒みのせいで
わたしの機嫌はあまりいいとは言えなかった。
しかし、空気が読めないヤツにも
責任の一端はある。
加えて、わたしの再三にわたる注意を聴こうとしない
あの反抗的な態度はなんなんだ?
意味が分からん!!
 
ヤツとはむろんナオトである。
 
今現在、わたしを怒らせるような言動を
故意にする大馬鹿者は
世界広しと言えどもヤツしかいない。
偏った趣味でもある?
わたしにはないぞ!
 
ナオトが庭の草刈をやってくれると言う。
それは本当に有難い申し出であった。
庭担当の斉くんは最近とみに多忙で
当てになりそうにもなかったし
梅雨の勢いで庭の茂みは濃くなる一方だったのだ。
 
職場から草刈用の装備まで用意してきて
やる気満々のナオト。
と、そこまでは良かったのだ。
ところが・・・
年に数回しか使わない我が家の草刈機は
手入れもそこそこに倉庫に放置されているせいか
あちこちにがたがきているらしかった。
燃料タンクのプラスチック部分が劣化して
蓋が破損してしまっていたのだ。
草刈機の燃料は混合油を使う。
ガソリンほどではないが揮発性の高い油だ。
 
「真理さん、蓋が壊れちゃってるんですけど・・・
アロンアルファあります?」
「アロンアルファで大丈夫なの?」
 
アロンアルファは瞬間強力接着剤である。
切れた鎖を瞬間的に接着し
人間がぶら下がっても大丈夫、という
インパクトのあるコマーシャルで有名な接着剤だ。
が、引張る力には威力を発揮するが
捻じる力や横にずれる力には弱い。
案の定、修復されたと見えた蓋は
捻じって絞めた途端、脆くも割れた。
 
「ほら、駄目じゃん。」
「もう一度、やってみますよ。
瞬間接着剤だっていうんで、すぐに絞めちゃったのが
いけなかったんだと思います。
ガムテープで止めれば大丈夫なんじゃないかな?」
「え〜〜〜、そんないい加減なことでいいわけないよ。
蓋が閉まらなかったら危ないじゃん。」
「大丈夫ですよ。」
制止するわたしを無視して庭に出て行くナオト。
何故だ?
 
たまたま居合わせた学くんに救援を頼む。
しかし
「俺が出る幕じゃないんじゃない?」
はぁ?なにを?
「とにかくちょっと言ってきてよっっ!」
わたしの強い口調に負けて渋々腰を上げる学くん。
 
「一応、それじゃ駄目だって言ったけど
大丈夫ですよ、の一点張りで
全然言うこと聴く気はないみたいよ。
なんで意地になってんのかわけ分かんねぇけどさ。」
おいおい!
どいつもこいつも使えねぇっっ!
「なんで?
なんで強く止めてくんないのっ?
危ないでしょうよっっ!」
「ヤツだって大人なんだからさ。
こっちが止めてんのにやるって言うのを
無理やり羽交い絞めにして止めろって言うわけにいかんでしょうがっ!」
むかっっ!
ヤツのどこが大人なんだっつ〜〜んだよっ!
っつ〜か、お前も大人じゃなかったなっっ!
頼んだわたしが悪かった。
 
けど、こんな風に怒りたくなかったんだよね。
 
あたしゃ、こう見えても病み上がりなんですぜ!
 
むかむかしながら庭に出る。
「ナオトっ!
とにかく作業を中止しなさいっっ!
今すぐっ!
言い訳は聞きたくないっ!
とにかく安全確認が出来ないうちはやっちゃ駄目!」
隣のヒッキーが益々引きこもっちゃうような声で怒鳴る。
「お前に大丈夫だなんて言う資格があるとでも思ってんの?
信用性なんて皆無だと思えっっ!ぼけっ!
今まで、それでどんだけ心配かけてきたのよっ!かすっ!
どんだけ失敗してきたのよっ!あほっ!
これまで無傷だったのが不思議なくらいだろうがっ!馬鹿っ!
お前の運なんて、もう使い果たしてないと思えっっ!」
 
わたし:「だいたいさぁ、なんでわたしを怒らせるのか
意味分かんないよ。
あんたに何のメリットがあんの?
悪いけど、ストレスが癌に最も悪い影響を与えるんだからさ。
母親のみならず、わたしまで殺すのやめてくんない?」
学くん:「げ・・・そ・それはちょっと・・・言いすぎなんじゃ・・・」
ナオト:「これで斉くんまで癌になったら、俺人生考え直しますよ。」
わたし:「ばぁ〜〜〜か!その前にお前が失せろ!消えてなくなれっっ!」
学くん:「・・・」
ナオト:「・・・」
 
その後、二人はこそこそと蓋をいじりまわし
針金とガムテープと2液接着剤を駆使して何とか使えるようにした。
 
ナオト:「ほら!これなら完璧ですよっ!」
屈託のない笑顔で蓋を見せにくる馬鹿ナオト。
 
結果的に庭は綺麗になった。
そして3人は仲良くランチを食べた。
 
懲りないやつらである。
 

Posted by mamedi5047604 at 11:52


2007年6月15日
動物病院へ行く

わたしが入院中にまめぢの狂犬病予防接種と
年に一度の血液検査、フィラリアの薬の時期が来たので
斉くんに依頼して済ませてもらっていた。
が、7種混合ワクチンの接種がまだだったので
それを受けにかかりつけの動物病院に行く。
 
年々、ワクチンの数が増えていくような気がする。
獣医学会も日進月歩ということか。
感染する病気が予防できるに越したことはない。
 
ついでに金ちゃんの耳を見てもらうことにする。
ストレスのせいか、金ちゃんは左の耳下を掻きむしっていて
傷が出来ているのだ。
 
この2匹は、実に優等生で
車に乗せても大人しくしているし
(むしろまめぢは喜んでいる)
動物病院でも静かに診察を受けてくれる。
 
まめぢは自分で診察台の上に飛び乗るし
注射の時には前足を差し出すという
人間の子供にも自慢出来る優秀さだ。
待合室の床を這いずり回って臭いを嗅ぐ癖は
ご愛嬌といったところかねぇ。
 
金ちゃんもじっと静かに診察を受ける。
注射をされても耐える。
猫にしては稀有な存在だ。
 
しかし・・・いかに優秀なペットたちでも
2匹を獣医に連れて行くというのは
重労働であった。
汗だくだ・・・。
 
だからさ、懲りない女だね!
汗かいちゃ駄目なんだってばっっ!!
 
因みに金ちゃんは
外耳炎でしょう、とのことだった。
点耳薬を付けて様子を見ることになった。
たいしたことがなくて良かった。
 

Posted by mamedi5047604 at 11:17


2007年6月12日
ストーマネタは続く

そりゃ、あんさん・・・
初体験の連続だもん!
 
以下、ある意味シモネタ。
苦手な方はスルーしてちょ。
 
当初は「こまりちゃん」などと命名し
もてはやしていたストーマだが・・・
日常生活に戻ってみれば
そんなに甘いもんじゃないぞ、ということが
身に沁みて分かってくる。
 
はなっから覚悟していたんだけどね。
でなきゃ、「障害者手帳」なんてもらえないんだって。
 
もちろん馴れというのもあるんだと思う。
まだまだ初心者。
独り立ちして2週間のストーマ持ちだ。
戸惑ったり、失敗して当然。
それでも骨盤死腔炎のおかげで
ストーマケアの学習期間が
普通のケースの3倍程度オマケで付いてきた。
だからこうやってヘラヘラしていられるんだな。
 
ヘラヘラしながらも日々格闘している編。
 
その一・・・
ストーマケアとイレウス防止に服用している
マグミットと大建中湯という薬のせいか
ちょっと食べ過ぎるとすぐ下痢を起こす。
どちらも便を柔らかくする効果があるのだ。
これも入院中、外食をするたびに経験していたから
殊更、驚くほどのことではないが・・・
 
下痢をすると何が困るって
便の量が格段と多くなってしまうのである。
水分が吸収されていないから、かさが増えるんだね。
便の量が多くなると
トイレの回数が増えるのは
自前の肛門と同じ。
パウチに溜まった便を捨てなければならない。
パウチは余裕をもって作られてはいるが
原則は3分の1程度溜まったら捨てること、となっている。
でないと、重みで面版ごとはずれてしまう危険がある。
これが外れると悲惨だ。
パウチに溜まった便もさることながら
ストーマから噴出する便までもぶちまけることになってしまう。
自前の肛門ならば
どんなに弱っていても何とか食いしばれる可能性もあるが
ストーマには出来ない。
 
まぁ、素っ裸でいるわけじゃないから
服で少しはフォローできるはずだけど・・・。
願わくばそういう悲劇のヒロインにはなりたかない。
 
ストーマからの排便をコントロールすることは不可能だ。
が、排便する感覚はある。
「あ、出た」って言うか「あ、出てる」・・・
ただ、滅多に「あ、出るかも」はない。
本当にたまぁ〜にあるかな?
で、睡眠中にも「あ、出てる」は気づくわけだ。
それが下痢になると、ほぼ「あ、出た」になってしまい
気づいたときにはパウチの限界ギリギリなんてことになってしまう。
危ないったらありゃしないのだ。
 
不便と言えば・・・
 
その二・・・
そんなこんなで万が一のために
外出時には着替えも持って歩かなきゃならない。
少なくとも下着の替えは必須アイテムだ。
ストーマ装具の予備は当然!
元々、大荷物を持って歩く癖があるわたし・・・
更に膨らんで、ちょっとした外出にも
小旅行並みの荷物を抱えて行くことになる。
 
因みに・・・「そんなに何持ってるの?」と聞かれることがあるけど・・・
ティッシュ、ハンカチ最低2枚、アルコールティッシュ、携帯用染み抜き
携帯用ソーイングセット、携帯用爪きりセット、リップクリーム
痒み止め、解熱剤、虫除けティッシュ、胃薬、ナプキン、携帯電話、老眼鏡
メモ帳、筆記用具、アドレス帳、財布、カード入れなど等。
これにストーマ装具一式、下着となったら・・・わぉ!
本当は、この他にも電子手帳があったらいいな、とか
携帯電話のカメラなんて使えないから小型のデジタルカメラが欲しいな、とか
荷物は増えることはあっても、少なくなることは永久にありえないのだ。
 
その三・・・
下痢に限らず
不便を感じるのはトイレ。
パウチの中身を捨てるのに
普通のトイレでは位置が低すぎる。
便座に座ったまま作業が出来る人もいるらしいが
わたしには無理だった。
ストーマの位置にもよるだろうし
体の大きさも関係するのだろう。
和式のトイレの際にはしゃがんで捨てるしかない。
家のトイレの場合は膝をついてするのだが
外のトイレでは和式同様、しゃがむことになる。
わたしは左足にリンパ浮腫を持っている。
毎日のケアーで左右違わぬ太さを維持しているが
しゃがむ、正座の姿勢はご法度だ。
弾性ストッキング装着時には
その体制になること自体困難である。
立ったままじゃ、跳ね返りが厳しいしねぇ。
結局、スクワット状態でやるしかない。
今は体力があるから出来るけどさ・・・歳とったらどうすんだろ?
オストメイト専用のトイレを
一度、試してみようと思う。
わたしの行動範囲では
小田急沿線の主要な駅か
東名のサービスエリアにしかないのだけど・・・。
 
その四・・・
ストーマそのものの違和感と
ストーマ装具の接着面に出来た汗疹。
これは明日に続く。
 

Posted by mamedi5047604 at 20:28


2007年6月11日
ガス発生!

前日に続いて
ストーマのガス話題である。
 
ガスは出て欲しくないときに限って出る。
なんちゃらの法則ではないが、これは事実だ。
あの後もエレベーターに乗ると
決まって出るようになってしまった。
わたしの事情をよく知らない人と会話をしなければならない時にも
ストーマこまりはむずむずとガスを出したがる。
つまりは緊張すると出るってことかな?
こいつぅ〜〜〜〜!
なんて言ってらんないってば・・・。
 
「すいません、ストーマ持ちなもんで・・・」
これが通用するならいいんだけどねぇ。
 
「人工肛門なのでガスを我慢出来ません。
ガスは蓄便袋(正式名称)に出していますので
決して漏れて臭うことはありませんからご安心下さい。」という
プレートでも作ろうかな?
 
で・・・音もそうなんだけど・・・
 
ガスって意外と出るもんなんだよねぇ、出るときには。
前日の音の長さでも分かるとおり
出るときには相当量出るのだ。
普通の量なら、パウチには脱臭剤付きの通気穴があって
そこから徐々に外へ排出されるようになっているのだが
追いつかない場合もあることが判明した。
 
ストーマの出っ張りが目立たない服装をしているが
パウチがパンパンに膨らんだら
傍目でもわき腹に何か仕込んでいることは丸分かりだ。
 
この日は、車の運転中に
音無しのガスが出続けて
みるみるうちにパウチが膨らみ
ちょっとドキドキした。
風船がお腹の上で膨らんでいく感じ・・・。
割れるわけはない、とは思いつつ
「わわわ・・・」
 
隣の席に乗っていた友人が
感づいたかどうか・・・。
 
そんなにガスの出る食べ物は食べてないぞ。
 
ガスでパウチが弾け飛んだら・・・怖すぎる・・・。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 12:29


2007年6月10日
ストーマ持ちの悩み

なんの悩みもなく
「障害」を持って生きられるとは
さすがのわたしも思っちゃいなかった。
 
しかし、こういう形でくるとはねぇ・・・。
 
ストーマ装具の下に発症した
重症の汗疹も悩みの種だが
思わぬ伏兵が現れた。
ストーマから出る「ガス」の音である。
 
それが半端な大きさじゃないのよ。
 
入院中は食欲がなく
食事も一人でもそもそ食べることが多かったから
お腹にガスが溜まることも少なかった。
だからたまに出ても
可愛らしいもんだったし
医療スタッフはみんな心得ていてくれるから
気兼ねする必要はなかった。
見舞い客だって気心が知れてる人ばかりで
「ごめんね。」の一言で済んだのだ。
 
ところが・・・
いざ、外へ出るとなったらそうはいかないじゃないの。
 
食欲も戻り
会話を楽しみながら食事をする、という
いつもの生活が始まると
比例してガスはお腹に溜まっていく・・・。
根っからの縄文人だから
ガスの発生し易い豆類は大好物で
それに拍車をかける。
 
繰り返すが
ストーマは我慢しない。
便もガスも送り出されてきたら自動的に出す。
持ち主の意思に全く頓着せず
傍若無人に出すっ。
こまりちゃんは奔放な女なのだ!
 
便はいいさ。
誰にも気づかれることはないから。
 
それはエレベーターの中で起こった。
ガスが出そうになるのが分かることもある。
そういう時は、ストーマの上に軽く腕を置いて抑えると
音が小さくなったり
またはしなくなることもあるのだ。
で、その時も
「あ・・・」と感じたので
わたしはストーマに右手の手首を乗せたのだった。
 
「ぷぅ〜〜〜〜〜〜っっ!ぶぶぶぶぶぶりぶりぶり・・・」
え・・・?
「ぶるぶるぶるぶる・・・」
ぶるぶるってあぁた・・・
「びびびびび・・・」
次はそうきたかっ!
「ぶぶぶぶぶぶ・・・」
まだ出るかっっ!
「ぷす・・・」
・・・。
 
エレベーターの中には
わたしの他に数人の乗客が乗り合わせていた。
誰もがみんな顔を見合わせている。
素っ頓狂な表情だ。
そりゃそうだろう。
音は明らかにお尻よりかなり上の位置から聞こえていた。
が、どう考えてもオナラの音色である。
だがしかし、オナラにしちゃぁ、あんまりにも長すぎる。
 
犯人は?
 
もうこうなったら開き直るしかない。
「あ、すいません。
ストーマなもんで・・・」
ストーマなんつったって
何人の人が理解してくれたか分かったもんじゃないが
とにかく謝るしかない。
 
恥ずかしいとか惨めだとか
そんなふうには全然思わなかったけど
居心地は確かに悪かった。
臭うことはないから
お耳に障っちゃうだけなんだけどね。
 
あるストーマ持ちの女性が
会議中のガス放出にはとても困った、と
何かの記事に書かれていたのを思い出した。
 
困ったことには食事中
食べたことによって押されてガスが出易くなったことだ。
外食することは楽しみの一つなのだがなぁ。
う〜〜む。
BGMのかかっている店なら何とか誤魔化しようもあるけれど
静かな店じゃぁ、そうはいかないぞ。
 
「済みませんね、
ストーマ持ちなもんで・・・」
蒲田行進曲のフレーズだな・・・。
 

Posted by mamedi5047604 at 11:19


2007年6月9日
保険金

40代も半ばにさしかかろうとした頃
ふと、自分は癌になるかも知れないと思った。
(思ってたら検診に行けよっ!)←当時の自分に突っ込んでみる・・・
 
両親はわたしより元気に健在だったが
叔父と従姉妹が白血病で夭折し
母方の祖父が胃がんで亡くなっていた。
そして80を前にして父も前立腺に癌を発症した。
(まぁ、それくらいの歳にもなれば、ねぇ・・・)
 
血縁に癌患者がいなくても
今のご時世、いつ何時自分が癌になっても不思議はない。
そうして、わたしにはいつだって金がない。
宵越しの銭は持たない
酔い越しの記憶も持たない・・・主義のわたしが
もしも、癌になったら
治療費はいったいどうするって言うのさ!
そこで、掛け金が少なくて済む
掛け捨ての癌保険に加入したのであった。
 
わたしは保険の外交員じゃないから
どこそこの保険がいい、などと言うつもりは毛頭ない。
だが・・・もし、貴方が資産家でないなら
医療保険と癌保険くらいには
加入しておくべきだと、わたしは思う。
(特定疾病特約なんかも付けておくと完璧)
 
確かに何がしかの健康保険に加入していれば
病気の際の治療費の自己負担は10万円以下で済むように
この国の社会保障は出来ている。
だが、差額ベッド代やあの素晴らしい入院食は自己負担である。
しかも、その高額医療補助金が出るのは
病院に支払った後、申請書が郵送され
実質的に振り込まれるのは2ヵ月後だ。
(制度が変更された地域もあるらしいが)
 
わたしのように、個室じゃなきゃ
ノイローゼになってしまうぅぅぅ〜、という性格の人ばかりじゃないとは思うが
例えば、人気のある病院で治療を受ける場合
無料ベッドに空きがなければ
差額ベッド代の付く部屋しかない、と言われることが
かなりの確率であることを覚えておいて欲しい。
緊急手術が必要な時には
有無を言わさず有料部屋に入れられる。
 
医療の発達は入院期間を驚異的に短縮せしめた。
それでも癌ともなれば
2週間は覚悟しておかなければならない。
集中的な抗がん剤投与では
定期的に1週間くらいの入院を
半年ほども余儀なくされることがある。
 
地獄の沙汰も金次第って言うけど
これは本当だからね。
 
闘う相手は癌だ。
他のことに気をとられている余裕なんかない。
金のことで悩むのは辛いよ。
(癌になったならないに限らずだけど・・・。)
 
この日、保険金が振り込まれたという通知がきた。
診断書を郵送した日数を考えると
3日以内に振り込まれたことになる。
有難い。
これで入院治療費は全て賄える。
これから5年間、あの病院まで通院し検査を受ける費用も確保できたわけだ。
 
わたしの保険では
癌の一時金は1回しか下りないし
通院日は出ない。
しかし、今はもっと手厚い保障の付いた保険はいくらでもある。
まだ未加入の人がいたら
この機会に是非考えてもらいたいものだと思う。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:27


2007年6月8日
やっと・・・

猫たちがわたしを許す気になったらしい。
 
帰宅時の猫たちの反応が冷ややかなものであったことは
ここに述べたとおりである。
ほんと寂しかったんだってば!
 
「気が狂ったようだ。」と言われていた金ちゃんでさえ
わたしをスルーしていくのだから・・・。
あれはどう考えてもわざとだとしか思えない。
わたしの存在を認識しながら
あえて傍に寄ろうとしないのだ。
 
夜はともに寝るのだが
チュパチュパもしない。
 
小豆に至っては完璧に無視するのだ。
 
では、猫たちがわたしを忘れてしまっているのか?と言えば
決してそんなことはないのである。
 
この日から、小豆が自らわたしの膝の上に駆け乗って
「顔を洗って!」と来るようになった。
小豆の顔は恐ろしいくらいに汚れていた。
鼻の周りに黒いラインが入ったのかと見まごうほどだ。
 
金ちゃんの食欲が戻った。
こけた頬が元のふっくらとした丸顔になった。
 
しっかしさぁ〜、わたしだって好きで家を空けたわけじゃないんだから・・・
もうちょっと、別の対応ってあるんじゃないの?
 
因みに、この2匹を甘やかし放題に育てたのは
誰あろう、このわたしなのだった・・・。
子育てって難しいのね。
 
人間の息子とまめぢは
上手くいったけど・・・。
 
まめぢの散歩に出かけたら
森の木蔭にアオバズクがいた。
小型の梟だ。
大きな目でじっとこちらを見ていた。
優しい顔をしていた。
まめぢがバタバタ走って来るもんだから
すぐに森の奥へと飛んでいってしまったが・・・
梟は音もなく羽ばたくというが
本当のことだった。
 
なんだか無性に嬉しかった。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 16:23


2007年6月7日
というわけで・・・

良く言えば・・・
リラックスした・・・若しくは情緒の安定した・・・
 
穿った見方をすれば
老獪になった・・・感動の薄れた・・・鈍磨した・・・
 
わたしは
ごく自然に日常生活へと埋没していくのであった。
 
とにもかくにも
掃除だ!
掃除っ!
 
掃除をすることが何より嫌いだ、と公言してはばからないわたしが
こうやって掃除に明け暮れているのって
ちっとも自然なんかじゃない。
やっぱり可笑しいよ。
そんな声を自分の中に聞く。
 
いや、まじで汚いって・・・。
 
猫が2匹増えた。
人間も一人多い。
季節が冬から初夏に変わっている・・・。
全ての原因はそこにあるのだな。
 
しかも、増えた猫のうちの一匹は
正しく悪魔であった。
留守番をさせられることに我慢がならなかった小豆は
暴れ放題だったらしい。
 
あっと言う間に
一日が過ぎる・・・。

Posted by mamedi5047604 at 16:02


2007年6月6日
いや・・・

そんなことはなかったはずだ。
前回は、もっと感動的な帰宅だった。
んでもって、初日だって
普段どおりに過ごしたけれど
こんなふうに味気なく時間は過ぎていかなかった。
こぉ、なんて言うか・・・
生きる喜び、みたいな・・・
当たり前が当たり前であることは素晴らしい!みたいな・・・
そんな感動に浸っていたじゃないか!
 
なんなんだ、この違いは・・・。
 
確かに、今回の手術は
前回に比べると
半分以下の軽いものだったということは大きい。
体力の戻りが全然違う。
お尻の件さえなかったら
術後十日で退院していたのだ。
だから、それほど違和感なく日常生活に戻れた。
 
しかし、待てよ。
切除したものの大きさは
今回の方が大きいんじゃないか?
使用頻度(?)だって
話にならないくらい存在がでかいぞ。
おまけにいかに等級が軽いとは言え
わたしは障害を持つ身になったのだ。
 
あれ?
 
経験を積んで生きていくって・・・
こういうことなのかなぁ。
なぁ〜んか違う気がするんだけどなぁ。
 
初めて自宅で一人でストーマ装具の交換をする。
見事に失敗!
汗疹に塗った軟膏が完全に乾いていなかった為
面版が上手く貼れなかった。
これをしっかり貼ることが
ストーマ装具装着の基本だ。
面版が一枚無駄になる。
 
ふと・・・思う。
こういう失敗って
気に病む人・・・というか
ストーマ持ちになったことを好しとしない人・・・は
気持ちが荒むのだろうなぁ。
わたしはストーマになったことを
それほど気にしていないから
「ちっ!どじった!」くらいにしか感じていないけど。
 
汗疹は少しだけ改善されたような気がする。
 
こまりちゃんの状態は良好だ。
っつ〜か・・・なんかダレてない?
たかだか2日しか経っていないのに
緊張感がまるでない。
 
そっか・・・緊張感がないんだな・・・
わたしにも・・・。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:20


2007年6月5日
行動開始

いつものように起きだして
いつものように朝食を作り
いつものように弁当も作って
いつものように二人を送り出す。
 
まめぢの散歩に出かけ
暫くぶりの木々に挨拶をして
無事に帰宅したことを報告する。
 
洗濯機を回して・・・さて・・・
愛しの我が家を見回せば・・・・
 
汚いんだよな〜〜〜〜!!!これが・・・
いたるところ埃だらけだ。
猫毛がフェルト状になってさえいる。
シンクやガス台も薄汚い。
しかも、尚最悪なことに
家全体が臭うんだよ。
なんて表現すればいいんだろう?
ともかく臭い!
窓を全開にしてるんだけど
なかなか抜けないのだ。
 
無理をするつもりはないが
この状態の中にいることは
ストレス以外の何者でもないから
掃除するっっ!!
 
ともかくキッチンだ!
ここが汚れているのは許せない!
 
因みに、留守番の二人は
「結構、綺麗でしょ?」
 
価値観の相違だ・・・。
 
午前中いっぱい
出来る範囲でキッチンを掃除した。
午後からは、市役所に出向いて
障害者手帳の交付を受けに行く。
これをもらわないと始まらない。
 
車の運転も久しぶりなので
慎重に安全運転を心がける。
入院生活というのは
ある意味、温室の中で生息するようなもので
人間の集中力を萎えさせてしまうのだ。
退院したてのうっかり事故が多いことは
余り知られていないが注意しなければならない。
 
社会福祉課に行き
交付通知書と引き換えに
赤い表紙の手帳を受け取る。
障害者4級。
これでわたしも今日から身障者だ。
とは言え・・・軽度の等級ではあるが。
 
これをもらわないとどうなるか?
まず、ストーマ装具の補助金がもらえない。
毎日のことだし、生活必需品だから
このお金がもらえるかどうか、は大きい。
また、様々な福祉サービスも受けることが出来ない。
等級が低いから、それほど大きなサービスはないが
有料道路の通行料割引や
JRの運賃割引は受けたい。
 
あわせて、ストーマ装具の補助金申請と
有料道路通行の割引手続きも済ませる。
手帳を受け取っただけじゃ駄目なんだよぉ〜。
 
帰り道、携帯電話の営業所に寄って
サービスの申請をする。
基本料金が割引になるのだ。
 
空っぽの冷蔵庫を埋めるべく
買い物も済ませて帰宅する。
 
正直言って・・・感動の薄い・・・忙しい一日だった・・・。
 
あれ?
前のとき、こんなだったっけ?
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 13:59


2007年4月5日
ぷくぷく・・・

今度の手術は思いっきり消化器官を切り取ってしまうわけだから
絶食期間が前回より長引くと予想される。
尚且つ、ストーマに慣れるまで
また、2度目の開腹手術ということで腸閉塞のリスクも考えると
退院してすぐに今までのような食生活に戻るとは考えにくい。
大腸手術経験者のサイトで
10キロくらい簡単に痩せてしまう、との噂も耳にしたので
諸々のことを考え合わせ
思う存分、食欲に任せて食べていたら
さすがに少し太りだした。
 
想定より手術の日程がずれ込んでいることもあって
食欲無制限の日々は続いている。
 
いいのかっ?自分!
 
本当に10キロ痩せるんだろうねぇ・・・。
いや、5キロは痩せてもらわんと困るのだよ。
 
食べれば食べるほど胃は拡張し
食べる量は増えていく。
そろそろ自粛しようかなぁ。
 
手術に向けて体力をつけておかなければ・・・
なんて都合のいい口実も
そろそろ店じまいしないとまずいんじゃないの?
 
これ以上ぷくぷくしたら
ナオトのことを笑えない。
 
かつてないほど、ウェストのくびれがなくなってきた。
あ・・・やばっ!
 
ダイエットする癌患者ってどぉよ・・・。
明日から腹筋でもすっかな。
腹筋する癌患者っていうのも・・・どぉ?
 
・・・どぉって問われても、困るわなぁ・・・
スルーしちゃって・・・。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 22:57


2007年4月4日
宙ぶらりん

昨夜は酔った勢いで繰言をゆるゆると
大変お目汚し致しました。
ご容赦を。
 
この季節、山菜を食べるのが楽しみで
毎年、長野は南信州の伊那谷まで出かけて行く。
高遠城跡公園に咲く
みごとなコヒガンサクラを愛でた後
飯田に立ち寄って
友を呼び出し
馴染みの居酒屋で山菜のお浸しや天ぷらを肴に
飲んだくれるのである。
 
もう、何年続いているだろう。
 
引き寄せられるようにしてたどり着いたかの地で
わたしは何本もの
印象深い桜の樹たちに巡りあい
愉快で温かな人情に出逢ったのだ。
 
今年は無理だろう、と思っていたのだけれど
高遠のHPを見たら
例年より早い開花が予想される、とのこと。
来週には見ごろになるのだそうだ。
え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
物凄い誘惑・・・。
 
電話かかってこなかったら
行っちゃうよ、あたし・・・。
止めても無駄だからね。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 12:20


2007年4月3日
酔って候

少し酔っている。
友達がお土産にくれたワインを1本空けて
ターキーの水割りを3杯飲んで
いい気分♪
 
夕暮れには、恐ろしいほど鮮やかに染まった空が
今は穏やかな月が浮かんでいる。
 
執行猶予の一日が
今日も終わろうとしているんだな。
 
腫瘍のある部分が微妙な位置なので
調子の悪い日は不快な症状に悩まされる。
もっともこれがなかったら、検査に行こうとは思わなかっただろうから
逆にありがたいことなのかも知れない。
 
ふ・・・なんて、謙虚なのだろ。
 
夜になって小康状態になった。
電話、こないな・・・。
 
そうだ・・・昨日の記述に付け足そうと考えてたんだけど
さ・・・
わたしは「普通」に親に感謝もしてるし
多分、親を愛してるんだな。
いや、親、好きだったなぁ〜〜〜!
大昔は!
 
が、今となっては、
今後、2度と親に逢えないとなっても
全然、寂しくも何ともないのよ。
だって、10余年連絡取らなくても
どうってことなかったしね。
いや、むしろ気楽だった。
ほんと・・・人生の中で一番、気楽な時期だった。
何故って・・・何故だろね?
よく分かんないけど・・・本当は分かってるのか?・・・
ともかく、前回の癌のときにも
全く連絡取ろうという気も起こらなかったくらいだからさ。
あのまま死んじゃっても
それはそれで仕方ないかな、と・・・
それすら考えてなかった。
 
想像力をとやかく言うわりには
なんてことやってんだ?って・・・いう話なんだけど・・・
 
ま、それはそれよ。
しんどいときに関ってる今より
あの時の方が
どれほど楽だったか・・・。
今回、あの人たちの相手をするエネルギーが
ストレスそのものだもん。
 
皆さん、子供への過干渉、過保護、支配欲は
捨てましょうね。
親子関係、歪みますぜ!
それが愛情から発生していると思えても
子供にとってどうよ?というのは立ち止まって考え直した方がいいよ。
と、酔っ払いは愚痴る。
 
自分の子供が
様々な問題行動起こしてるんだったら
やっぱ、親としての自分に問題があるんだと
思えよっ!ってことさ。
 
へっへっへっへ
 
あ・・・
でもね
うちの親って
所謂、世間的には
なかなか見栄えはいいんですよ。
社会的にもレベル高いんじゃないの。
少なくとも、わたしなんかよりずっと
まともな人間ですよ。
 
そういうのって関係ないから・・・親としてってことには。
 
さて、寝ようっと。
 
毎年、観に行っている
伊那の高遠の桜が
来週、見ごろだという話で
来週も連絡なしだったら(北里から)
行っちゃおうかな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 22:44


2007年4月1日
桜咲く

伊豆の桜たちは
まるで咲き急ぐように開花し
瞬く間に散ってしまった。
ぼんやりと桜に見惚れる暇もなかった。
 
異常気象と言われる今年の春が
桜の花時計を狂わせてしまったに違いない。
 
咲くそばから散ってしまったせいか
我が家の庭の桜たちも
あの重厚な存在感が物足りなかったように思う。
 
それでも東京から駆けつけてきた友と一緒に
桜のトンネルをくぐり
花びらの舞う中で
のんびりとビールを呑みながら
時を過ごせたことは良かった。
 
また来年も咲くじゃないか・・・という言葉に
軽く同意は出来るけれども
心のどこかで
今この時の一瞬一瞬を
大切にしたいという気持ちは強い。
 
時が誰にも同じ質感で
同じ重さで
同じ速さで流れるものでないことは
子供の頃の記憶と今の自分を
照らし合わせてみれば分かることだ。
各々の経験によっても
時はそれらを変えていく。
 
桜の下をそぞろ歩きながら
ふと・・・自分が夢の中にいるような錯覚に囚われた。
何処に目覚めつくのか
それは意識の外であったが。
 
桜の花に惑わされて
爛漫に酔う・・・

Posted by mamedi5047604 at 15:16


2007年3月31日
やっとこさっとこ

ナオトがパソコンを買った。
 
思い起こせば・・・
無線ランを買って来て、わたしのモデムに繋げ
(許可もなく!)
自分のノートパソコンを起動させようとしたら
スイッチオンの瞬間に
「うぃ〜〜〜〜〜ん」と唸って
ノートパソコンがお亡くなりあそばしたのが1昨年冬。
(笑えたなぁ〜、あん時は)
 
その後、調子が悪いディスクトップを
何とかセッティングするも起動せず
北海道の父親から
使っていないマックのデスクトップパソコンを送ってもらったのだった。
しかし、使っていなかっただけあって
OSが古いままで
買って来た無線ランに繋げる機能がない。
つまりはインターネットに接続できない、ということが判明した。
加えて、様々な周辺機器も接続ができない。
もちろんバージョンアップすればいいだけの話なのだが
有料なのだ。
 
ここでナオトは躓いた。
(ケチ!)
いかほどかかるのか、わたしは知らないが
ナオトはマックを諦めたのだった。
そこで、不具合を承知で
ディスクトップのパソコンに再チャレンジ。
季節は初夏になっていた。
 
すると・・・パソコンが起動したのだ。
「スイッチを入れると動くことは動くんですよ。」
とは言っていたのだが・・・。
パソコンのことに疎いわたしは
まぁ、とりあえず起動して良かったね・・・
としか答えを返すことは出来なかった。
 
そして、また冬がきた。
パソコンは起動しなくなった。
気温によって起動したりしなかったりするパソコンなんて
聞いたことがない、と周囲に言われつつ
ストーブをガンガンに焚いて室温を上げ
真夏並みの暑さにする。
するとどうだろう。
パソコンは起動したのである。
得意満面のナオト。
(いいのか?それで・・・)
 
帰宅してから11時過ぎまで
部屋を閉め切ってストーブを焚く。
以前はオイルヒーターを使っていたのだが
オイルヒーターで一気に室温を上げようとすると
恐ろしいほどの電気を食うことが分かって
石油温風ヒーターにしたのだった。
 
ナオトには下宿代として月々一定の金額を納めてもらっているが
前年度比で明らかに増えている電気代については
その超過分を支払ってもらう取り決めになっている。
何故なら、彼は
全ての電気製品をつけっ放しで寝てしまうからだ。
いくら注意しても改善しないので
だったら好きにしていいから
電気代は払ってくれ!ということになったのだった。
(だって、電気代が月4万ってありえないでしょーよ!)
 
しかし、石油温風ヒーターは
室内の酸素を使って燃えるのだから
一定の間隔で換気をしないといけない。
が、換気をしてしまうと室温が下がる。
ドアーが軋むほど室温を上げないとパソコンは動かない。
 
「頭が痛い。」とナオトが言い出したときは驚いた。
「あんた一酸化炭素中毒の一歩手前だよ、それ!」
頑固に否定するナオト。
(否定する意味が分からない)
だが、さすがに命は惜しかったらしい。
一時期、家でのパソコンは諦めていたようだった。
職場のパソコンは自由に使えるのだから
そう不自由はしないのである。
 
わたしのパソコンを使わせてやれば?
冗談よしのすけ!
 
わたしとナオトが
パソコンを巡って仲たがいを起こしたことは
今になってみれば笑い話だが
当時わたしは本気で怒っていたのだった。
 
「ところで、お前さ、なんで真理さんに
あんなこと言っちゃったの?」
先日、学くんと息子とナオトが
3人で呑みに行った折
学くんがナオト聞いてみたそうである。
「え?お母さんにそんなこと言ったの?まじっっ?」
心底、驚く息子。
「それが・・・なんでか自分でも分かんないんですよねぇ。
今、思い起こしてみても
あんな恐ろしいことを
どうして言っちゃったのか・・・。
時々、僕って自分でも予測できないことを
つい口に出しちゃうことがあるんですよ。」
「ふぅ〜ん。
まぁ、気をつけたほうがいいな、それ・・・。」
息子は爆笑していたそうだ。
 
ナオトがわたしにどんな暴言を吐いたのか
それは謎である。
 
その件については
わたしがナオトに言いたいことをぶちまけて
ナオトが陳謝することで一応の解決を見たのではあるが
わたしはその日以来
自分のパソコンに
ゲストではサインイン出来ない設定にしてしまった。
つまり、わたしがいない時に
勝手にパソコンを立ち上げることは出来ないのだ。
(実は一回だけじゃなかったんだけどね、
やつがむかつくことをしたのは・・・)
 
「お前さ、なんでもそうだけど
人のものを借りようとか
人に便宜を図ってもらおうとかするんじゃなくて
まず、自分で何とかしろよ!
社会人なんだからよ!
そういうせこいところがむかつくっ!」
酔った勢いの斉くんに散々意見されたのが先日。
 
そしてついに、ついに
ナオトは新しいパソコンを買ったのだ!
しかも最新で機能も満載で
ディスクトップの価格だけでわたしのパソコンの
倍以上もする代物を!
(メーカー品ではないのに!!)
 
「車のタイヤも山がなくてやばいんですよね・・・。」
知るかっ!そんなもん!
「あんたさぁ、優先順位ってこと知らないの?
車は自分の命も人の命もかかってるんだよ。
整備不良で乗って事故でも起こしたら承知しないわよっ!」
 
馬鹿過ぎる・・・。
 
今朝、10時前にのこのこ起きてきて
朝ごはんを食べながら
「いやぁ〜、まだ慣れないからあれなんですけどね。
いいもんですねぇ・・・
パソコンがすぐ起動するって言うのは・・・。」
そっちかよ!
そこなのかよっ!
 
呆れてものも言えない・・・
 
まぁ、ナオトが大馬鹿もののお陰で
落ち込まずに済んでいるっていう部分もあるんだけどね・・・。
因みに、これを鵜呑みにするなよ!(ナオトが読んだら)
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:09


2007年3月30日
宙船

この4年間
自分で言うのも何だけど
わたしは本当に頑張った。
 
告知を受けてから
セカンドオピニオンを受け
病院を決め
前治療、手術、術後のリハビリ、後治療・・・
そして数々の後遺症や
再発、転移の恐怖との闘い。
数え上げたらきりがないくらい
わたしはよく頑張ってきたのだ。
 
だから、あと1年で
少なくとも再発転移の恐怖からは
卒業できると信じられたとき
どんなに嬉しかったか・・・。
想像できるだろうか?
 
後遺症とは
まだまだ格闘していかねばならないのであったが
精神的に癌から解放されることは
心の底から湧き上がるような喜びだったのだ。
 
あと1年・・・。
実質的には、あと10ヶ月・・・。
早川教授には、昨年暮れの検診で
既に「完治」とのお墨付きまでもらっていた。
 
それが・・・あの一瞬に
木っ端微塵に叩き潰されてしまったのであった。
 
「直腸がんです。」
 
いやぁ〜〜〜、くらった、くらった。
 
転移再発じゃないだけマシ・・・という、呪文を唱え
わたしはわたしをなだめすかした。
まだ、チャンスはある。
 
なんのチャンス?
 
事態を把握すればするほど
わたしはわたしと闘わなければならなかった。
 
「こんなに頑張ってきたのに!」と地団駄踏んで怒り狂うわたし 
「また同じ、いやそれ以上の苦しみを味逢わなけりゃならないの?」と怯えるわたし
「なんのために?どうして?そんなにしてまで生きたいか?」とやさぐれるわたし
毎日、毎日、何人ものわたしが
わたしを責めさいなんだ。
 
世の中には
わたしなんかより
もっと過酷な現実を
生き抜いている人は大勢いる。
再発転移、重複、末期癌・・・どんな状況であっても
諦めず、怯まず、闘っている人はいる。
しかし、そういうことで
わたしはわたしを納得させることは出来なかった。
何度も言うが、わたしはちっぽけな小心者に過ぎないのだ。
 
どのわたしが言うことももっともなことで
どのわたしもわたし自身だから
いちいち説得しながらも
わたしの心は揺れ動いていた。
 
けれど、その振幅が
わたし本船を転覆させてしまうほど
大きな揺れに至らなかったのは
周囲の友人や知人の
温かな気遣いや
思いやりや優しさや励ましや・・・そういった諸々の
支えがあったからこそだと
強く感じている。
綺麗ごとでもなんでもなく
わたしの気持ち一つでは
ここまで乗り切ってこれなかったろう、と思う。
 
そして、これからの一歩を踏み出すことも
出来なかっただろうと予想する。
 
確かに、選択肢は一つしかない。
それでも、自ら大きく踏み出そうとする一歩と
引きずられるようにして踏み出さざるを得ないような一歩では
全く別ものであると信じる。
 
昨日、他部臓器への転移はない、という検査結果を得ることが出来た。
素直に嬉しかった。
これから始まる闘いの前哨戦は一先ずドローという結果。
気分的には一勝と同じだ。
 
わたしは負けない!
 
                          友へ
                          あなたも負けないで!


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
肩乗り小豆と

Posted by mamedi5047604 at 12:03


2007年3月29日
春の夕暮れ

我が家の庭にある二本の桜が
5分咲きになった。
近所の顔馴染みの桜たちも
次々と花をほころばせている。
 
この別荘地に自生する桜たちは野生だ。
だからソメイヨシノは1本もない。
 
車で10分ほど走った
伊豆高原の駅から大室山に続く桜並木は
全国的にも有名で
3キロ以上にも及ぶソメイヨシノのトンネルは圧巻である。
あれはあれで実に見事なものなのだが
わたしは、この別荘地に人知れず咲く
野生の桜たちにより強く心引かれるのである。
オオシマサクラやヤマザクラは
それぞれに個性を持っていて
1本として同じ花はない。
 
我が家の庭にある桜はヤマザクラだ。
抱きあうように寄り添う2本の木が
満開になったさまを初めて見たとき
わたしはこの家に住もうと決めた。
 
あれから10余年・・・
今年も桜の花は咲く。
 

Posted by mamedi5047604 at 09:03


2007年3月25日
能登半島地震

今朝、震度6強という大きな地震が
能登半島を襲った。
どんなに恐ろしいことだったろう。
被害に遭われた住民の方々に
心からお見舞いを申し上げたい。
追って、募金などの救援活動が始まることだろう。
早速、手配したいと思う。
 
まだ、情報が充分に集まっておらず
刻々と入る被害状況に気を揉んでいる。
震度6強で家屋の倒壊等の被害がないはずはない。
 
明日は我が身・・・だ。
 
今、亡くなった方が一人確認された、とのことだ。
痛ましい。
 
今日はこれから北里に向かう。
 

Posted by mamedi5047604 at 11:06


2007年3月19日
腫瘍マーカー

先月、婦人科の定期健診で受けた血液検査の結果が
他の細胞検査などの結果とともに
北里から郵送されてきた。
隔月ごとに検査に行かねばならなかった頃までは
検診の際に前回の検査結果を教えてもらっていたのが
検査の間隔が4ヶ月に延びて
郵送という形になって4回目のことだった。
 
今まで、全ての結果に異常なし、であったのが
初めて、腫瘍マーカーのひとつに
プラスの反応が出ていた。
「腸の病気のせいで若干ですがプラスの反応が出ました。
頑張ってください。」
担当医がコメントを書いてくれていた。
 
今頃、出てもねぇ・・・。
 
昨年11月の検査結果は
確かに正常値圏内であったが
実はそれまでの倍の数値を示していたのである。
それに誰かが気づいておれば
4ヶ月は早く癌が発見されたかも知れない。
なんて・・・今更、ぐだぐだ言っても始まらないのだけれど。
それに、自分で気づいて申告してりゃ良かったって話だし。
 
とにかく、患者はその他大勢の中の一人に過ぎない
自分の立場を自覚しておくべきだ。
だから、常に正しい自己主張をしなければならない。
くだらないことをグチグチ言い募ると
医者から嫌われるのはマイナスでしかないから論外だが
認知してもらっておくことは大切だと思う。
 
順調だった子宮頸がんの予後が
仇となってしまったわけだが
自分の身体は自分で管理しなければならない、という
そのことだけは思い知った。
 
予防的検査が有効な癌の検査は
やるべきだと思う。

Posted by mamedi5047604 at 10:43


2007年3月18日
鬼の霍乱

恐らく人生で2回目なんじゃないか?
インフルエンザに罹った。
大昔、小学生の頃に一度罹ったことが
あったようなないような・・・。
 
今、身体の中に飼っている怪物より
この流行性感冒の方が
よっぽど分かりやすくわたしを叩きのめした。
ノックアウトである。
熱に弱いわたしは
ほとんどベッドの中で身動きもとれなかった。
 
泣きっ面に蜂とはこのことを言うのだろう。
 
それでも友人がくれた関西落語を
i podで聞きながら
偲び笑いを漏らしていたら
処方されたタミフルで
頭が可笑しくなったのか、と
様子を覗かれてしまった。
 
週末、お馴染みのダイバー連が集まって
激励会をしてくれたのだが
とんだお土産を持たせたのではないか、と
ちょっと心配である。
なんせ前日、至近距離で生ものを肴に飲んだのだから・・・。
感染率は高いよなぁ。
 
わたしが感染したのは
きっと北里だろうと思う。
 
そうそう、ついでに・・・
ダイバーKが仕事で使っていて
廃棄が決まったノートパソコンを
貸してくれた。
エアーエッヂの設定やら何やら
ダイバー連がやってくれた。
わたしは熱で朦朧としていたので
きちんとお礼も出来なかったが・・・。
その土産がインフルエンザA型じゃ
洒落にならないよねぇ・・・ごめんね。
そして、今
病床でこれを打っているのが
そのパソコンである。
 
なかなか素敵。
 

Posted by mamedi5047604 at 21:05


2007年3月17日
余裕がなくなるということ

今のわたしに精神的安定だとか余裕だとか
哀しいかなあるはずがない。
多くの方がご存知のように
わたしはごく小心者の凡人に過ぎないのである。
声と態度は大きいけれど
それは気持ちの裏返し・・・。
そんなわたしが2度目のがん告知をされて
しかも今度は進行がんだと言われて
平常心でいられるわけがない。
いや、それ以上に
あの過酷な手術とその後を
再び、ほぼ同じに繰り返すのかと思うと
身の毛もよだつ。
 
しかし、平常心ではないからと言って
誰もが取り乱したり、悲嘆にくれたり
恐れおののいたりするものでもない、と思う。
 
事態を重く受け止め
今後予想しうる最悪の結末を思い描いたとしても
己のなすべきことの選択肢が一つしかないなら
行くしかない、ではないか。
泣いたり、喚いたりして
気が晴れる人もいるのかも知れないが
わたしはたまたまそういうタイプではないだけなのだろう。
 
強がって、気を張って
耐えている健気な人間像をわたしに持つなら
それは大いに見当違いというものだ。
 
しかし、弱っているのは事実だ。
ヤルナライマカモ・・・
 
だからヤラレマイと
最大限に防壁を築いている。
余裕がなくなるということは
こういうことなのだな、と
しみじみ思う今日この頃・・・。
 
いや・・・余裕がないから
不必要に攻撃的になってしまうかも知れないしね。
ほら
攻撃は最大の防御って言うじゃなぁ〜い?
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 20:13


2007年3月16日
報告

今回のことに関して
わたしが自分の状況なり心境を
かなり赤裸々にここに綴っていることを
中には疑問視する人もいるらしい。
確かに、プライベートなことではあるが
だからと言って隠さなければならないようなことでもない、と
わたしは思っている。
こういう生き死にに関る事柄は
ごく親しい身内にのみ漏らすものだと
考える人が少なからずいることは知っているけれども
こういう場で自分が癌であることを公表することは
カミングアウトといった類のものではない、と考える。
 
今や癌は珍しい病気ではない。
誰にでも罹患しうる病気の一つだ。
 
もちろん、結構さもしい根性もありで
みんなから優しい言葉を投げかけて欲しいし
応援も激励もして欲しい。
それに対して・・・「何が悪い」くらいに開き直っているわけだ。
もう、こうなったら甘えられるもんなら
とことん甘えてやるっ!
 
今までの検査の結果。
筋肉組織まで浸潤した進行がんであることは間違いないとの結果が出た。
進行がんとは血液やリンパ液の流れに乗って
全身に癌が運ばれている可能性を指して言う。
もちろん、健康な人の体内でも
常にがん細胞は出現しているわけだが
ほとんどのがん細胞は人間に本来備わった免疫力で
死滅させられているのである。
それがたまに化けるのが上手くて
免疫細胞から逃れることが出来た細胞が
粘膜に定着すると癌になる。
一度、定着した癌はそれだけに繁殖力も強く
転移、再発の高確率を生む。
わたしの癌はそれだ。
 
今のところ、肝臓、肺に転移は見られないとのことだ。
不幸中の幸いだろうか。
CT検査だけの所見なので確定ではないが
直腸周辺のリンパ節にも
目だった腫れは認められないそうだ。
こればっかりは開けてみなければ分からないらしいのだけれど
余り、希望的な観点でものを言わない担当医がそういうくらいだから
まずまず安心して良いのだろう。
2度目だけれど、彼の性格は慎重派であると踏んでいる。
 
但し・・・癌の位置がひじょうに悪い。
レントゲンやCT、内視鏡の画像等全てを開示してもらって
詳しい説明を受けたが
素人目にも癌は肛門と直腸の境目にあることが分かる。
肛門から4センチ以上はなれていれば
肛門温存の手術が可能・・・と言われる中で
ぎりぎり4センチあるかないか、といった状態だ。
 
北里では直腸がんにおいて
一般的に肛門温存手術を率先して行っている。
それには、まず、放射線と抗がん剤治療を行い
癌を出来るだけ小さくすることから始める。
中にはこの治療だけで
癌が消失することもあると言う。
ところが、わたしは前回の癌治療で
予防的骨盤内照射、という放射線治療を受けてしまった。
 
人間は一生のうちに照射可能な放射線の許容量が決められている。
これを越えると被爆ということになってしまうのだ。
逆に癌発生率を一気に上げてしまうことにもなる。
よってその数値が問題になっていたのだが
放射線医との話し合いで
「治療に適応する量を照射することは出来ない。」ことが分かった。
よって
「抗がん剤だけでは意味のない治療なので
手術前の治療は行わない。」との結論が導き出された。
「このままの状態で摘出手術をします。
そうなると肛門の筋肉を残して手術することは困難だと思われます。
人工肛門(ストーマ)になります。」
覚悟していた通りだ。
 
静岡県立がんセンターでの
セカンドオピニオンを申し出ると
担当医は穏やかに笑顔で
「是非、受けに行って下さい。
多くの先生の話を聞くことは大変いいことだと思います。
それに静岡がんセンターはとても優秀な先生が揃っている病院です。」
と言い放った。
 
こいつ・・・自分の見立てに相当自信持ってやがるな・・・。
と、内心思ったけど・・・ね。
資料と紹介状を次回の検査のときまでに用意してもらえるよう申請して
一応、入院の予約を入れることにする。
「出来るだけ早く手術をしたいので
予約を入れて行って下さい。
もし、転院するならキャンセルすればいいだけのことですから。」
 
「手術とその後の後遺症など
リスクの伴う懸案があったら教えて欲しい。」
という質問には
丁寧に答えてくれた。
 
1.前回、大掛かりな手術をしているので
腸の癒着が予想され
手術は開けてみないとどれくらいの時間がかかるか分からない。
通常は4時間であるが、それ以上は覚悟して欲しい。
(手術時間が長くなればなるほど
身体にかかる負担や
血栓による肺梗塞、心筋梗塞、脳梗塞のリスクは高くなる。
まぁ、これは運を天に任すしかないわなぁ)
2.膀胱周辺の神経組織に触るので
排尿訓練が必要な困難症が残る可能性が大きい。
(またかよっっ!やっとコントロール出来る様になったのになぁ。)
3.腸の癒着が益々大きくなり
腸閉塞のリスクが高くなる。
(やだな・・・それ)
4.直腸周辺のリンパ節郭清術では
一般的にリンパ浮腫は起こりにくいが
前回との合わせ技で今、起こっているリンパ浮腫が進む可能性がある。
(はいはい、弾性ストッキングはきますよ)
 
あとはリンパ節に転移がないことを祈るばかりだ。
もし、何処であろうと転移があった場合
間違いなく抗がん剤の投与を受けなくてはならない。
 
ストーマ持ちになることは・・・
なってみなけりゃ分からない。
 
生きていれば色んなことに遭遇する。
それをどうやって楽しめるかが鍵だと思う。
人生は有限だ。
泣いても笑っても
その人の持っている時間の量は変わらないだろう。
だったら笑っていた方が
なんだかお得な気がするのだ。
つまりは質の問題なんだよね。
 
上質な生き方をしていきたいじゃない?
ね!

Posted by mamedi5047604 at 12:43


2007年3月14日
思ったほど

思ったほど絶食は辛くない。
匂いには敏感になってしまうが
映像として見るぶんには
さほど影響を受けない。
 
元々、他人を羨むとか
他人と同化したいと思う性質ではないので
それが救いとなっている。
 
ただ参っているのは下剤。
ただでさえお通じは天下一品。
前回の手術でも誰よりも早く自力で出したわたしだ。
飲んだ30分後から効果覿面。
トイレにこもりっきりとなる。
 
錠剤と粉末と座薬・・・
そんなにしなくても大丈夫だってば・・・
しかし、処方されたものを飲まないで不具合が生じると
検査が長引いたり一からやり直し・・・という事例をわたしは知っているだけに
真面目に薬を遣う。
 
腸に大が詰まっていて
オペが出来ない、っていう人がいたからねぇ。
 
「便が水みたいで色もあんまりない状態がベストですからねぇ。」
 
けっ!
匂いもなくなりましたっ!
 

Posted by mamedi5047604 at 12:34


2007年3月13日
やはり・・・

謎の入金は母であった・・・。
どうコメントしていいのか分からないので
スルーする。
 
これから癌を把握するための検査が続く。
 
進行がんである可能性が高いので
転移などのチェックも念入りに行われるのだ。
 
体中、輪切りで撮影されるのは
初めてではないので
かなり余裕がある。
 
この4年間でも何回かやっているし・・・
ただCTという高度な放射線検査が
身体にどんな影響を与えるのか
考えるとぞっとする。
 
もしかしたら・・・骨盤内放射線治療のせいで
今回の癌を発症させたという可能性も
充分に「あり」なのだ。
確率としては低いがゼロではないのである。
 
宝くじ、買おうかな・・・
 
一般的にCT検査の場合
アレルギー持ちでなければ
造影剤を体内に点滴で抽入して検査をする。
この造影剤も曲者だよね。
つまり・・・検査にも常にリスクは付きまとうわけだ。
 
胸の単純レントゲン検査・・・CTも撮るのになんでさ・・・と思いつつ。
腹部CT検査。
大腸造影検査。
これが今回の検査項目である。
 
さてさて、一つずつやっつけていくかな。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 12:20


2007年3月12日
謎の入金

郵便局の講座に謎の入金があった。
通帳を持っていなかったので
振り込んだ相手が誰なのか確認出来なかったのだけれど
多分、親に違いない。
しかし・・・この額ってなぁ〜、なんだかなぁ〜。
見舞金のつもりかな?
見舞金にしても少ないよな・・・。
やつらのすることは、時々、よく分からない・・・。
当分、見なかったことにしよう。
 
ったって、親だったら、黙ってるはずないもんな。
どんな金額でも「振り込んだ」って
自己主張するよな。
今晩、また電話がかかってくるんだろうか。
面倒臭いなぁ。
 
明日から、検査のために北里に行く。
病院近くのホテルに滞在して
絶食の生活だ。
癌の出来た部位が下部消火器ということで
検査のほとんどは絶食が前提となる。
何が哀しいって、元気なのに食事が出来ないことほど哀しいことはない。
しかも、丸2日もかけて下剤を飲まなければならない。
 
それで今日は普段食べないようなものを食べた。
しかも一人で、だ。
ふっふっふっふっふ
ミニストップの季節限定商品
プリンパフェである。
どうだっ!思い知ったか!
それがことのほか美味しかったのだ。
ざまぁみろっ!
 
ダイバーKから電話があって
ノートパソコンを貸してくれる、とのことだ。
嬉しい。
エアーエッジは以前のものも使える、とのことだったが・・・
なんとわたしは捨ててしまったことに気づいた。
だって・・・2度と使うようなことにはなるまい、と
思ったんだもの・・・しくしく・・・。
新たに購入しなければならない。
 
ああ、今夜は何を食べようかしら?
 
 

Posted by mamedi5047604 at 16:45


2007年3月11日
ワイルドやねぇ〜

そうだ・・・と思いついて
以前の入院で友達になった看護師に
電話をかけてみる。
 
彼女は去年、結婚した。
 
一度、新婚家庭にお邪魔する話もあったのだが
都合がつかずに今日に至る。
 
また同じ病院の世話になるのだし
病棟は違っても顔見知りがいるといないじゃ大違いだ。
 
仕事中だと空振りになってしまうので
予めメールを入れる。
彼女の方からかかってきた。
「今日はお休み?明け?」
「いいえ〜〜、病院に行ってきたんですぅ〜。」
「え?」
「なぁ〜んかねぇ〜、妊娠しちゃったぁ〜。」
九州出身の彼女は
彼女自身のおっとりとした口調に九州の訛りが加わって
のんびりとした喋り方をする。
「きゃぁ〜〜〜!おめでとうっっ!」
「う〜〜ん、でもねぇ〜、係長になんて言われるかぁ〜。」
相変わらず過酷な勤務体制で働いているのだ。
「つわりは?」
「気持悪いけど、病気ってわけじゃないしぃ・・・
毎日、見てる患者さんたちの苦しみを考えたら
こんなことくらい平気って思えるから大丈夫ですぅ〜。」
なるほど・・・。
 
「どうしたんですかぁ?」
 
この度のことを伝える。
「え〜〜〜〜っっ!」
驚くのは無理もない。
が、さすがに現役癌病棟の看護師は違う。
すぐに落ち着きを取り戻す。
 
今までの経過を話すと
「直腸ストーマはかなり管理が楽で、水泳も出来るし
肛門温存に拘らなくてもいいと思う。」という意見や
「外科のドクターは優秀だから大丈夫!」
(婦人科は駄目だけどぉ〜〜〜、と言っていた。おいおい)
という情報まで教えてくれた。
「直腸がんの手術は早いし、楽ですよ。
けど、また海老澤さんが来るのは嬉しい〜〜〜!」
え・・・そっち?
「こんなこと言っちゃ怒られちゃいますよね、えへ・・・。」
ったく・・・。
 
県立静岡がんセンターの話をすると
「あそこはメチャメチャ評判がいいですよ。
看護師も最高級の人材ばっかりだし・・・。」とのこと。
昨日も友達と話していて
セカンドオピニオンの予約だけでも取っておくべきだ、と
いうことになったのだけれど
「ただ、2ヶ月待ちは厳しいなぁ。」と看護師も言う。
それなんだよね。
人気のある病院の欠点とは言え
癌を抱えたまま2ヶ月も放置される不安はあまりに大きすぎる。
 
一応、予約だけは取っておくつもりだが・・・。
 
「また新しい情報が入ったら連絡して下さいね。」
「うん、またよろしくね〜。」
と電話を切った。
 
喜ばれることはやぶさかではないが
どぉだろなぁ〜〜〜・・・
 

Posted by mamedi5047604 at 10:55


2007年3月10日
1週間

こうして、わたしの1週間は
何事もなく静かに過ぎていく。
いや、正確にはそんなささやかな日常にも
絶えず事件は起きていて
わたしは退屈している暇もない。
 
それはとても素敵なことだ。
 
始めの2週間は
不安や焦燥感に襲われて怯えたり
塞ぎこむこともあったけれど
この1週間はそういう葛藤から一切解放されて
全くの平常心でいられた。
 
それは、友の贈ってくれた
たった一言のお陰で
自分がどう在りたいのか
確信することが出来たからだと
こころの底から感謝している。
 
気持が弱ると
不思議なもので
「こんなにわたしは弱っているの!」と
周囲にアピールしたくなるのは
どうしたわけだろう。
いつもは強気であることを誇りにし
負けず嫌いを自慢げに吹聴しまくっているくせに
途端に「悲劇のヒロイン」気取りで
同情をかおうという下心が沸き起こるから困ったもんだ。
もちろん、そういう慣れないことは
上手く出来もせず
中途半端な空回りに終わるのが常なのだが
今回のことは一般的にも同情を引き易く
危うく、「可愛そうな自分」に耽溺するところであった。
 
しかし、持つべきものは友。
 
甘い罠に陥りそうになって
ジタバタ足掻いているわたしを
一気に引き上げてくれたのである。
 
実のわたしはつまらない人間でも
素晴らしい友を持つことが出来た、という点において
上出来の人生を歩んできたと言える。
 
この日も、そのうちの一人が
訪ねて来てくれる。
 
リニューアルされた彼女の笑顔に安心する。
 
しかも・・・相変わらず、笑わせてくれるよなぁ〜。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:06


2007年3月9日
血も涙もあります!

わたしは自分のことでは滅多に泣かない。
何故なら、それほど感動的な生き方をしているわけではないし
間違っても可愛そうではないし
同情すべき人間でもないからだ。
 
今やシーズン真っ盛りの卒業式でも
わたしは泣いたことがない。
 
しかし、自分以外のことに関して
わたしは驚くほど涙もろい性質である。
 
映画を観に行っちゃあ泣く。
漫画を読んでも泣く。
テレビのドキュメンタリーを観ても泣く。
 
誰かが一生懸命頑張っている姿に泣き
優しさに泣き
美しさに泣く。
 
マスメディアから溢れる
あまりに悲しい出来事や辛いニュースにも涙を流す。
 
琴線に触れる何かに感動し、泣くこともしばしばだし
もらい泣きも得意中の得意だ。
ただ、あざといお涙頂戴には興ざめである。
 
自分のことで泣くことがあるとすれば
それは悔し泣きくらいだろうか。
 
負けず嫌いだからと言って無敗であるわけではないから。
勝率はいいとこ3割程度だろう。
自分の力でどうにもならない理由で負けることが何より悔しい。
実力で負けることは仕方ない。
その点では潔いと自負する。
しかし、世の中、アンフェアーなことの方が多いもの。
だから、心の中で地団駄踏んで
涙腺からショッパイ涙を溢れさす。
こればっかりは抑えられない。
思わず零れた悔し涙に悔し泣きすることもある。
どんだけ負けず嫌いやねん!
 
前回のような状況で(3/8ブログ参照)
袋叩きのような目にあっても
決して屈していない自分は「勝ち」だから
当然、涙なんかは出ないのだ。
 
例えば、どんなにひどく罵られようと
罵詈雑言を浴びせられようと
それが事実でなければ
悔しくも何ともないのである。
自分が自分を知っているから「負け」ではない。
もちろん、真実を知ってくれている誰かが
いてくれるに越したことはないのだけれども・・・。
 
わたしの心が「氷」のようだ、と感じるなら
それは、凍りつかせるような笑えない話をするからだっつ〜の。
 
実は熱い(暑苦しい?)おんなだよ!あたしゃ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:30


2007年3月8日
氷の女

まだ20歳そこそこの小娘時代(わたしにもそんな時代はあったのさっ!)
ある年配のご婦人に
「あなたは氷のような女だっ!」と
罵られたことがある。
いったいどういう状況で?
いやね、その小娘だったわたしを
年配の男女が数人で取り囲み
ねちねちと虐めたと思いねぇ。
 
彼らは、最初の夫の親族である。
慣れない正座をさせられて
2時間あまりも
うだうだうだうだ・・・ああでもなければこうでもない、と
つつきまわされていた可愛そうなワタクシ。
けど、どんなに難癖をつけられようと
他人の言葉に傷つかないわたしは
むしろ平然と話を聞いていたわけだ。
それが恐らくは彼らにとって
ふてぶてしく映ったものであろうし
実に「うるせぇやつら・・・」くらいにしか
わたしも感じていなかった。
 
あんまり口答えをするのも何だから
(隣で泣きじゃくる馬鹿夫の立場もあるし
それに、これ以上話しが長くなるのも嫌だったので)
黙って聴いていたのだけれども
いい加減うんざりしていたのは事実だった。
もう、あの時点で
馬鹿夫には愛想が尽きていた。
ここでケツまくって
そんなに大事な息子なら
のし付けて叩き返してやるよっ!と
立ち上がったら面白かったんだが
主導権を握って結婚してしまったのは
わたしの方だったので
それじゃあまりにも責任感がなさ過ぎる・・・と
思いとどまったのであった。
 
婚姻届に判を押してくれた皆様にも
申し訳が立たないし、などとも考えた。
 
6歳も年上の大人のはずの彼が
ひぃひぃ泣いているのを苦々しく見ながら
やっと一通り、話が一巡したところで
「皆さんのお言葉はありがたく参考にさせていただきます。
が、わたしが結婚したのは●×家という家ではなくて
ここにいる△雄さんなので
そこのところはご承知おき下さい。」
と、わたしが言い切ったとき
彼の大叔母に当たるひとに
件の言葉を吐き捨てるように言われたのだ。
 
へ〜〜〜。
そういう見方もあるんだ・・・。
 
まだ泣きじゃくる馬鹿夫を引きずって
わたしはその場を後にした。
たった一人、叔父という人が追いかけてきて
「こんな頼りないやつだけれども
息子のように可愛がってきたんで
どうか宜しく頼んだよ。」と言ってくれなかったら
途中で捨てていったかも分からない。
 
あの時、大人たちは
小娘であるわたしの涙を見たかったのだろう。
泣いて許しを乞うたなら
渋々でも許すふりをして
色々、条件を押し付けてやろう、と企んでいたに違いない。
もちろんただ虐めに虐め抜いて
自分たちが反対した結婚をまんまと遂げてしまった小娘に
鬱憤を晴らしたかったこともあったろう。
それが、泣くどころか
平気の平左で聞き流し
捨て台詞を吐いて立ち上がったもんだから
一言何か言わずにはいられなかったのだね、きっと。
 
ったく、大人げないったらありゃしない。
え?そっち?
 
昨日、ついに泣き落とし作戦に出てきた母に
淡々と言葉を繋いでいる自分に気づき
そんなことを思い出した。
 
やっぱり、こういうときには
嘘でも泣いた方が可愛げがあるってもんなんだろうか?
甘えた方がいいんだろうか?
(この場合、経済的なことなんだけどね)
でも、譲れないものってあるわけさ。
 
ひたすら慰めの言葉を選びつつ
申し出を辞退して電話を切った。
 
その後で、落語を聴きながら
大爆笑しているわたし・・・。
 
父よ、母よ(パパ、ママ)
諦めて!
こんな娘になったのも元はと言えば
あんたらのせい。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:16


2007年3月7日
強い風のあとは・・・

大気が澄み切って
遠く房総半島がくっきりと見える。
年に数えるほどしかないのだけれど
伊豆七島が全部見えることもある。
 
随分、前のことになるが
城ヶ崎海岸の駅前でペンションをやっていた頃
三宅島で教師をされていたという方が
「島影をスケッチしたくてね。」と
一人で何日間かお泊りになったことを思い出す。
2度おいでになったのだが
いずれの日にも三宅島は見られず
「まぁまぁ、また今度・・・。」と
のんびり笑っていらっしゃった。
長い教員生活をリタイヤし
思いで深い三宅島に行ってみたいが
島までの距離は遠く
せめて島影だけでも・・・ということだった。
 
東京で展示会を催され
招待状をいただいたのだが
行きそびれてしまった。
翌年、わたしの出した年賀状に
奥様から丁寧なお返事が返ってきた。
 
伊豆七島が見えるたびに
その方のことを想う。
 
そう言えば・・・別のお話・・・
その頃、女性のお客様に
「水平線に見える陸地はなんですか?」と訪ねられ
「房総半島だよ。」と応えたら
「随分、近くはっきり見えるんですね。」と驚かれたので
「天気のいい夏の夜には、TDLの花火が見えるんだよ。」と言ったら
「え〜〜〜〜っっ!本当ですかぁ〜〜〜!」と感激された。

もちろん、嘘である。
見えるわきゃぁ〜〜ねぇべよ。
 
島って海に浮かんでいるもんだ、と信じてる人もいたっけ・・・
確か東京都にある某総合国立大学出身のエンジニアだったが。
ひょっこりひょうたん島じゃないんだからさぁ。
ありえねぇ・・・。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 18:41


2007年3月6日
くそばばぁっ!

と負け犬の遠吠えをした後味の悪さに
昨夜はまんじりともせず朝を迎えた。
こんなときにこんなこと(親のこと)で
心を乱すのは愚の骨頂だ。
そうは思っても、なかなか「気にしない」ではいられない。
(昨夕、母から電話がかかってきたのだった)
 
そしたら・・・そうしたら・・・
先ほど、宅急便が届いた。
伊那谷に住む友達からだった。
予告は受けていたものの
包みを開けて・・・添付された手紙を開く。
 
『あなたをバージョンアップする支援物資を贈ります。
これは、人体のナチュラルキラー細胞を活性化させ
場合によっては治癒力をほぼ倍加したデータも認定されています。
全世界で認められ、副作用もない
その人体治癒力支援物資とは・・・
お察しの通り「笑い」です。』
 
バインダー用紙に書かれた手紙の書き出し・・・
(無断掲載ごめん!)
届けられたのは「笑い」の素だった。
詳しくは述べないが・・・。
 
「笑い」が「薬」になることは聞いていた。
けどね・・・この薬効き過ぎちゃってさ・・・
なんだか涙が出てきちゃったんですけど・・・・。
 
いやいや、いかん!
笑いに集中すっぞ!
 
因みに、おまけ(?)のCDも
楽しいっっ!
これを聞きながら、プールへ行ってきますっ!
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:23


2007年3月5日
嬉しい話

先日、秋田能代の天洋酒店店主浅野さんから
1本の電話をいただいた。
 
浅野さんが由利本荘にある酒蔵
由利正宗を訪ねたときのこと・・・
その日、浅野さんは例のごとく蔵見学の希望者を案内して
由利正宗まで出張ったわけだが
ちょうど高橋杜氏を取材する現場に立ち会うこととなったのだそうだ。
 
高橋杜氏を敬愛する浅野さんは
取材に対して杜氏がどんなことを話されるのか
耳を澄まして聞き入っていたらしい。
 
そうしたところ・・・
「先日、蔵見学にいらした
伊豆でペンションをやっておられる女性が
『これ(雪の茅舎黒ラベル)を呑むと、お腹が空いてくるんですよねぇ。
美味しい肴が欲しくなる。
これはそういう酒なんだ』と言ってくれたことが嬉しくて・・・。
そういう酒を造りたいと、目指してきたから。」
なんと、高橋杜氏がそうおっしゃったというのである。
 
もちろん、この「伊豆でペンションをやっている女性」と言われているのは
正しくワタクシのことだ。
 
何が嬉しいって、
わたしの言葉を高橋杜氏が覚えて下さってたばかりか
その言葉を心に留めておいて下さってたこと。
加えて、わたしの言葉が
もしかしたら杜氏の心の琴線に触れたかも知れないってこと。
 
それは高橋杜氏だからというだけじゃなく
自分の発した言葉が
誰かの胸に残っている、としたら
これはとてもすごいことなんだと思う。
(いい意味で、に決まってるけどね、むろん・・・)
まして、わたしもファンクラブの会員になっている高橋杜氏に・・・
感動的ですらあるね、もう!
 
そして、この時期に
そういう嬉しいことを思い出してくれて
電話をかけてくれた浅野さんに
ちょっとウルウルしそうなくらい感激した。
 
こういう優しさに滅法弱い。
 
この地球上の点にもならないような微粒な存在であるわたしが
奇跡のような友情という線で結ばれていること。
それが見える一瞬がある。
だからやめらんないんだなぁ。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:19


2007年3月3日
ひな祭り

だなんてこと・・・すっかり、さっぱり忘れていた。
そもそも、日付そのものに注意を払っていなかった。
美しくないなぁ・・・。
 
昨年は、長い間、倉庫にしまいっぱなしのお雛さまを
来年こそは出してあげよう、なんて
ふと思ったりしていたのに・・・。
今はそんな心の余裕がまるでなくなっている。
 
ほとんど、いつものわたしだけれど
ほんの少しどこかで違っているのも事実だ。
無理はしていない。
空元気なわけでもない。
別に強がっていることもない。
強気な態度はいつものことだし
よく笑い、よく喋り、よく食い、よく飲む。
 
では、何処が何が違うのか?
強いて言えば、つまらないことで
心がつまずきそうになる・・・かな?
引っかかるかな?
 
顕著な例としては、友達が楽しそうにGWの計画を建てているのを見て
なんだか寂しいと感じている自分に気づいた。
 
人間は人間であるが故に孤独な生き物だ。
わたしの煩悶は決して他者に理解しえないものだし
その逆もまた真実だ。
では、この葛藤を分かってもらえたらそれで
わたしは満たされるのか?と言えば
その答えも「NO」だろう。
 
取り乱さない自分は正しいと思う。
泣かない自分が好もしい。
愚痴を垂れない自分を評価する。
けど、それは100パーセントじゃない。
 
人間って複雑で単純で
単純で複雑だ。
 
来週は、今のわたしが今までのわたしでいられる最後の1週間かも知れない。
それは単に肉体的なことに過ぎないかも知れないけれど
わたしにとって、特別な意味をもつ時間だ。
大切に過ごしたい。
 
まぁ、所詮、自分だけのことなんだから
頑張るってったって自分のことでなんだから
当たり前なんだよね。
 

Posted by mamedi5047604 at 16:58


2007年3月2日
ダイハツドラリオン

シルクドソレイユの前回日本公演「アレグリア」に感動したわたしは
次の機会も是非シルクドソレイユの公演を観たいと思っていたので
「ダイハツドラリオン」が来ると決まったときに
早速、チケットの手配をしたのだった。
 
今回の作品のコンセプトは
西洋と東洋の融合、自然界への共鳴
そして命の賛歌・・・である。
作品全般の流れの中心、パフォーマンスの象徴的存在となっている「ドラリオン」は
ドラゴンとライオンの融合体だ。
地、緑、水、炎・・・自然界を織り成すそれぞれが
自己主張し、絡み合い、最後には溶け合う、という演出も素晴らしい。
 
徹底してプロフェッショナルなパフォーマンスは
芸術としても高く評価されるべきだろう。
 
同じ人間の身体とは思えない・・・とは
練馬の猫拾いことたぁちゃんの言葉だが
さて、あそこまで究極に鍛え上げられた肉体は
果たしてわたしたちのそれと「同じ」と言えるものかどうか。
ただ、わたしたちの中にも
潜在的な力は備わっているはずで
分かった気になって侮ってはならないのだ。
 
再度、命の淵を歩かなければならなくなったわたしにとって
大変、勇気付けられるショーだった。
 
あっという間の2時間(休憩時間を入れると2時間半)
実に楽しかった。
 
これから全国の主だった都市を回る、とのことだが
もう一度、東京公演をやらないかなぁ。
 

Posted by mamedi5047604 at 16:21


2007年2月24日
餓鬼でやんす

朝のひと時・・・時間が空いた。
 
婦人科の定期健診と消化器科の画像診断と
肝臓、胆管のエコー検査(消化器科依頼)が
今回の病院メニューである。
なんだかすっかり病院フリークになったみたいで
嫌だなぁ・・・。
生検の結果は来週半ばにならなければ
出ないとのことだから
最終的な治療方針が決まるのは
それ以降ということになるのだろう。
 
どのみち、手術は免れないわけで
(ポリープがあるから)
それが開腹にならないことを
ただただ祈るばかりだ。
出来れば内視鏡も上手な人にやって欲しいなぁ。
麻酔をかけるのも善し悪しだという気がするし。
 
入院したら、まず絶食は決定的で
過去に2度ほど絶飲絶食の入院経験はあるのだけれど
睡眠、排泄の欲求以外
全ての欲求を絶たれた人間が
どのような精神状態になるものか・・・と言うと
始めのうちはイライラする。
普通の空腹時を想像して欲しい。
で、次第に萎えていくんだな。
へなへなっとね・・・。
思考能力も著しく低下するから
無駄なことを考えなくて済むんだけどね。
 
今のうちに食うだけ食っておこう、という
飢餓感に襲われている。
餓鬼さながらだ。
違うのは、餓鬼はガリガリにやせ細って
お腹だけぽっこり脹れた姿をしているが
わたしはいかにも健康そうに
みっしりと肉が付いていることだ。
 
デンジャラスなダイエットをしに行くと思えばいいのかな・・・
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 08:06


2007年2月23日
光を我にぃぃぃ〜〜〜!

ご存知のように、関東地方(伊豆は東海地方だけどね)は
本日一日雨模様であった。
で、雨の苦手なわたしは
気分が滅入るのに任せて
鬱々と時間をもてあましていたのである。
 
人間、無駄に暇だと碌なことを考えないものだ。
意味もなく過去を振り返ってみたり
固まりかけたかさぶたを
掻き毟ってみたりする。
 
小心者のくせに
今回の症状をネットで検索し
思いつく病名のサイトを覗く。
 
すぷらった〜♪
 
なんかこうさ、もっと能動的なことが
出来ないもんかねぇ。
 
斉くんとナオトが揃って休みだったので
昼間から七輪を出して
酒を呑み始める。
これが能動的な行為なのかどうか・・・
甚だ疑問ではあるが
少しずつ、硬くなっていた心が解れていく。
 
膝の上にまめぢが寄りかかって
足には金ちゃんが前足を乗せ
小豆が抱っこをせがむ。
「真理さんの周りが動物ランドになっている。」
ふふ
和みの空間しちゃってるじゃん。
 
鬼平犯科帖も16巻に突入。
 
では、ちょっくらやるべきことをやりに行ってきます。
月曜日には戻る予定。

Posted by mamedi5047604 at 21:37


2007年2月22日
ゆっくりしよう!

のんびりしよう!
日常の何気ない生活を大切にしよう。
そう思い定めている。
 
昨日も述べたように
さほど動揺しているわけではないので
苦労もなく、自然にいつもの自分でいられることが
なんとも有難い。
 
今回は予め母にも検査のことを伝えてあったし
前回より万全の体制である。
さすが、と言うべきか
わが母は淡々とわたしの報告を聞いていた。
 
今日は昼頃まで天気が良く
暖かい一日であるとのことで
見ごろを迎えている河津さくらを観に行った。
朝10時前なら、駐車場も楽に確保できるし
人出も少ないので8時には家を出る。
 
柔らかな光の満ち溢れた川沿いに
低くみっしりと咲いた河津さくらは
いつになく可憐でみごとであった。
画像をアップしたので
スライドショーで観ていただければ幸いである。
「河津さくら」
 
帰路は中伊豆を経由して
修善寺の山あいにある自然食の蕎麦やで
山菜や椎茸の天ぷらと鹿さし、おろし蕎麦を食べた。
いつものお婆ちゃんの店にも寄って
野菜を買ってきた。
プールの脇を通過するとき、ちょっと心が痛んだな。
 
せっかく買ったウルトラマン水着のためにも
絶対、復活してやるっっ!
 

Posted by mamedi5047604 at 18:31


2007年2月20日
なによりも

腹が減ってることが恨めしい・・・
どうしてこうも意地汚いのだろう?
 
下剤を飲む。
水を出来るだけ多く飲むよう指示されていたので
2リットル近く飲む。
空腹を水で満たそうとするつもり?
 
案の定、トイレに通うこと数十回。
午前2時から4時半まで・・・。
お陰様で、お腹の中はすっからかんになりましたとさ。

Posted by mamedi5047604 at 22:03


2007年2月19日
腹減った・・・

検査のための説明書を読んでいたら
消化の良い食べ物と悪い食べ物の例が掲載されていた。
消化の良い食べ物・・・すうどん、そうめん、お粥、豆腐、卵、白身魚・・・
病人食そのものだ。
しかも「すうどん」って・・・。
もしかしたら「そうめん」も「すそうめん」?
 
悪い例・・・海草、豆、根菜類、茸、竹の子等など・・・
「特に」と列挙されたもののほとんどが好物であった。
検査2日前あたりから、消化の悪いものは避けて欲しいとある。
特に便秘がちな人は
注意が必要とのことだ。
便秘とは無縁だけど・・・
昨夜の胡麻がね、気になるところだね。
 
今朝はご飯に具のない味噌汁。
昼は野菜ジュースのみ。
今夜は「す」ではなかったが
卵とじのうどん・・・。
目の前で斉くんとナオトが
かたやき餡かけそばを美味しそうに食べているのを見ながら、だ。
しかもそれは、わたしが作ったのだっ!
 
明日、午後8時以降、絶食開始。
しかも大量の下剤を服用しなければならない。
朝も同じく。
よって長時間の移動は難しい。
明日から現地入りすることになる。
 
もぉね、お腹が空いて力が出ない。
検査が終わったら
がぶり寄りで食ってやる!
 
と、思ったら
万が一、ポリープや潰瘍の小さいものがあった場合
検査の段階で切除するらしい。
そうなったら4〜5日は上記のような食生活を
続けなければならないそうだ。
 
はぁ・・・溜息が出る。
 
十二指腸潰瘍穿孔のときは
丸々一ヶ月、絶飲絶食だったのを思い出した。
なんてったって、あれが一番辛かった。
一滴の水も飲めなったのだ。
それがストレスになって
また穴が空くんじゃないか、と思ったほどだ。
 
多分、ああいうことがあって
(その前からそうだったけど・・・)
食には貪欲なんだろうなぁ。
飢餓反応って言うの?
 
あ・・・駄目・・・眩暈がしてきた・・・
寝る。
寝て空腹を忘れるしかない。
 
それでは、行って参ります。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 22:13


2007年2月18日
ある意味、晴れ女

雨降りも二日目になると、もういけない。
心の中にまで湿気が沁みてきて
鬱陶しくて仕方がない。
おまけに一日中、霧に閉じ込められてしまうと
その閉塞感に居た堪れなくなる。
 
完全にスポーツハイになっている脳内も
禁断症状に疼いているのだ。
ドーパミンを始めとした脳内物質が
興奮と達成感による恍惚を求めて止まない。
 
ああ、イライラするぅ〜〜〜!
 
で、買い物を口実に家を飛び出した。
たった一個の電球を買うという名目で・・・。
 
犬を連れてこの辺をぶらつくのでも
構わないように思えるが
雨の中をそぞろ歩くなんて真っ平なのだ。
こうなってしまうと
もう、気分は駄々をこねる子供みたいなものだ。
 
カメラのバッテリー電池が
充電出来なくなってきたのを思い出し
それも購入する。
って・・・一個7000円もしたんだっけ?
いてててて
寿命は通常2年と言われているものを
4年も使ってきたのだから・・・と自分を説得する。
 
量販店で猫のドライフードも買う。
 
ついでにスーパーに寄って
小松菜や葱やあれこれ・・・。
結局、普通の買い物をすることとなる。
 
ふと、スーパーの専門店売り場に入っている
和菓子屋の店先で足をとめる。
綺麗な乳白色の
羽二重餅に包まれた苺大福が目に停まったのだ。
 
知人が真夜中に思い立って
苺大福を作ったと
ブログに載せていたのを思い出した。
彼女は時々、そうやって
心のバランスを取るのだと言う。
趣味のお菓子つくりで
波立った気持ちを静めることが出来るのは
なんて美しいことだろう。
「だからね、出来上がったお菓子は
綺麗じゃなきゃ駄目なの。」
もちろん腕前は本格的なのである。
 
作ることは出来ても
それで心が静まるはずもないわたしは
・・・余計に苛立ちが募るだけ、という気がする・・・
せめて綺麗なお菓子を食べて
脳にブドウ糖でも補給するか。
 
季節の桜餅(道明寺で作ったもの)も一緒に包んでもらう。
 
帰宅してナオトと二人
熱い煎茶をいれて食べる。
ほのぼのした春の香りに酔う。
 
「あ〜〜〜、なんかかえって胃を刺激しちゃって
食欲がぁ〜〜〜〜〜!」
ダイエットで昼食を抜いていたナオトが叫ぶ。
 
絞め殺すぞ!わりゃ!
 
猫たちの同居計画も
無残な結果に終わり
斉くんに非難され・・・。
 
ああ、ほんに思うようにはならないもんだよ。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 09:42


2007年2月17日
お湿り

午後から雨になった。
柔らかな優しい雨だ。
火曜日にちょっとまとまって降ったけれど
これだけ晴れの日が続いた後だったので
もう少し、お湿りが欲しいところだった。
 
雨振りは好きじゃない。
苦手だ。
でも、今日は窓の外を見ても
恨めしく思わないで済んだ。
心も感想気味だったかな。
 
だってぇ〜〜〜〜〜〜〜〜
プールに行けないんだもん!←そっちかよっ!
もぉね、禁断症状が出てね・・・しくしく
ちっくしょう〜〜〜!
 
「痔」の薬はひじょうに効いている。
出血は完全に止まった。
便意もなくなった。
かと言って、全ての症状が治まったわけじゃない。
だからお気楽とまではいかないのだが。
 
先日の「これまで・・・」に書き忘れたけれど
・・・つまり忘れてしまうほどのこと・・・
そう言えば、一昨年の秋から年明けまで
わたしは乳癌の疑いがあって
検査を繰り返していたのだった。
マンモグラフィーで引っかかって
エコー検査をして
結局、注射針で組織を取って組織検査までした。
それでもグレイと言われ
ついに、北里でセカンドオピニオンを受け
やっとのことで無罪放免されたのだ。
 
あの時もこの感覚に似ていた。
「え〜〜〜〜っ!今度は乳癌?」とは思ったが
とりたてて落ち込みもしなかったし
ほぼ普段どおりに暮らしていた。
 
で、今回はもっと心が鈍磨していて
「いやぁ〜、ほんと色んなことがあるもんなんだねぇ。」と
焦りもせず完全に普通の営みを続けている。
これでプールに行けるなら
なんの変化もない←まだ言うか!
 
わたしの場合、子育ても済んでしまっているし
思い残すのは犬猫の心配だけで
それも周囲の人間関係を考えれば
まず大丈夫だろうし
たいがい好き勝手をして生きてきたから
腹をくくるのも簡単なのかも知れない。
 
誰のことも羨ましいと思わず
誰のことも恨まず・・・あ・・・ちょっぴり恨んでるかも・・・
ここまで生きてこれて
本当に幸せだったもんなぁ。
欲を言ったらきりがないからね。
 
もちろん、まだ許されるなら
もっともっと色んな体験をして
色んなことを知って
愉快に楽しく生きていきたい。
だから貪欲に頑張っちゃう。
 
出逢いの数より多い別れの数はない。
今日よりも明日、わたしはもっとわたしを好きになれる。
奇跡が煌く時の中で生きていることを謳歌する。
 
ああ、それにつけても・・・
掃除は嫌だなぁ〜。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 16:25


2007年2月16日
ある意味シモネタ

確信犯だったわけだから
今更、皆さんにご心配をおかけしていることへの
お詫びを書き連ねても白々しいだけなので・・・
ご容赦!
 
「痔」の薬がことの他効力を発揮し
便意も出血もぴたっと止まって
昨夜は爆睡出来たワタクシ。
やっぱり直腸の炎症だけなのかしらん。
 
わたしは楽観主義者ではないので
何か考える時にまず
最悪なことから入っていくのが常である。
小心者なのだ。
しかし、かと言って悲観論者でもないので
いつまでもその思いに囚われて
時間を過ごすこともない。
 
「なんとかなるさ。」と開き直るわけでもない。
どうにもならないことの方が
思うようにいくことより
はるかに多いのは骨身に沁みて知っているのだ。
言ってみれば「なるようにしかならない」と
思い切っているだけなのである。
 
自分の能力を超えた範疇で
起こっている出来事に
悪あがきしてみても始まらない。
 
どんな状況にあっても
時は澱みなく流れていく。
どうせ同じ時間を過ごすなら
出来る限り納得いく質量を持たせたい。
それが許されているということは
本当に恵まれているということだ。
 
で、今朝
友人からメールがきた。
以下原文のまま・・・
友達:「今日はうんち出た?色は?型は?」
わたし:「神棚も落ちんばかりのみごとさで、艶、色、硬さと
申し分なし。太さまで戻ってきたような←便が細くなっていた」
友達:「ばちあたりめっ!」
 
床の間から、神棚にレベルアップしたわたしのうんち・・・
どこまで行くのかなぁ〜♪
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 11:55


2007年2月15日
とりあえず

炎症を抑える座薬を処方され
検査の日を待つことになる。
来週ね。
一番早い順番でそれだってさ。
 
それまでは大人しくしてなきゃねぇ。
 
「検査までは泳いだりしない方がいいですよね?」
医師:「・・・(びっくりした顔)・・・そりゃ、そうだと思いますが・・・。」
わたし:「ですよねぇ〜〜〜〜。」
 
ちっ!
 
わたし:「他には?なんか特別あります?」
医師:「いや、別に・・・普通でいいですよ。」
ふぅん・・・普通?普通って?
 
で、普通にしていることにする。
 
座薬はステロイド系の「痔」の薬だよっっ!
で、効果は?
微妙〜〜〜〜♪
 
さて、読者の皆さんの中には
実際に懇意にお付き合い願っている方も大勢いらっしゃるわけですが
どうかご心配には及びません。
検査も受けていない状況から
こんな記事を掲載する自体、どうよって話しなんですが。
まぁまぁ、その辺は目をつぶってですね
経過を見守って欲しいとお願い致します。
本人、いたって元気ですから。
プールに行けない分、家で読書三昧ですかね。
それはそれで楽しいのだ!
 

 
 

Posted by mamedi5047604 at 16:50


2007年2月7日
厄年には保険に入ろう!

もし、生活に困っていないなら
(って、本当に困ってたらネットなんかしてらんないよね)
厄年になったら
保険を見直してみよう。
 
特に35歳過ぎたら
癌保険や高度障害保険など
癌や成人病に手厚い医療保険への加入は必須である。
だいたいこの辺りから
人間の身体にはガタがきはじめる。
40歳の声を聞くとそれは顕著に現れるものだ。
自覚のあるなしに関らず。
 
わたしは保険屋さんじゃぁないので
どんな保険がいいのかなんて分からないけれど
実に様々な保険が販売されているので
自分のライフスタイルに合った商品を選ぶといい。
 
いざというとき
地獄の沙汰も金次第。
綺麗ごとではなく、本当にそうなのだ。
家族を扶養しているなら尚のこと・・・。
 
今時、自家用車の任意保険に加入してないなんて人は稀だろう。
それと同じ感覚で自分への保険も考えるべきだ。
保険などというものがなかった時代
厄年になったら自分を律して
生活を改めて見直す、ことが求められたのではないかしらん。
 
前回、「運」がどうたら・・・書いたけど
少なくともわたしたちは
滅茶苦茶「ついている」んだと思うよ。
明日、誰かを殺さずに生きることが出来るでしょう?
明日が来ることを自然に想定できるでしょう?
だから、「ついてない」なんて言っちゃ駄目!
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 21:11


2007年2月6日
大殺界ってなぁに?

地元の友人たちが集まって
居酒屋「あきしろ」で宴会が催された。
声をかけてもらったので出た。
 
ほとんど年下のメンバーで
中には20代という顔ぶれの中
「大殺界」の話題が出たのだった。
 
そりゃね、わたしだって
新聞くらいは眺めるし
細木なんたらっていうオバサンの存在くらいは知っている。
けど、「大殺界」ってなにさ。
厄年のほかにも
なんかあるの?
 
へぇ〜。
そんなの信じてると
不自由でしょうがないだろうねぇ。
 
ナオトを見ていれば
分かり易いと思うのだが・・・
ついていないヤツというのは
だいたいにおいて注意力が散漫で
学習能力に欠ける。
後悔はしても反省のないタイプが多い。
自分の失敗を運のなさにしてみたり
責任を他人に転嫁して
その過ちに気づかない。
 
わたしは厄年というものの
正式な年齢を把握していないが
どうも節目の年齢であるらしいところから察して
心身ともに、自分を見つめ直すきっかけであるように思う。
 
20歳を過ぎれば
完全に親の庇護からはずれ
自分の能力が試されるときだ。
これからの人生の土台をしっかり築き、
足元を見よ!というのが
この時期の厄年なのではないか。
 
また、30代前後には
家族を持つことにもなるだろう。
責任が重大になってくる年齢だ。
しっかり気を引き締めてことにあたれ、ということじゃない?
 
40代には、健康面での自己管理を徹底し
一度、メンテナンスをしてみるべき、との訓え。
休まず働き続けた臓器が
そろそろ傷み始める頃だ。
 
厄年、大殺界、とことんやれな・・・
とにかく運気が下がっているなんて
他人に言われる筋合いじゃぁないだろうに。
先人の訓えとして受け入れるなら
もっとポジティブに発想しないと損だと思うんだけど。
 
誰かが言ってたけど
人生、良いことも悪しきことも
バランスなんだとわたしは思う。
どちらも同じくらい
経験するようになっているんだよ。
それをどう捉えて生きていくか、っていう問題でしょ?
 
大殺界だからドツボに嵌るんじゃなくて
ドツボに嵌るようなことをするから嵌っただけだ、と
わたしは思うけどなぁ。

Posted by mamedi5047604 at 15:50


2007年2月5日
ブログ

友達がブログを閉鎖してしまった。
毎日、更新されていたわけではないけれど
わたしは彼の文章が好きで
彼の暮らしぶりが好きで
いつも読むのを楽しみにしていたので
とても残念だ。
 
最近のブログ流行に
自嘲的な意味も含めて
皮肉な言葉を数行・・・
翌日、ブログは消えていた。
寂しいな。
 
確かに、彼の指摘は間違っていない。
わたしもそう思わないでもない。
けど・・・。
 
わたしは続けていこうと思う。
例え、誰も読んでくれる人がなくても・・・。
 
意味なんてなくていいしね。
 
書き散らかした駄文を公共に晒すことの恥ずかしさも
プライバシーの切り売りだと揶揄されることも
分かった上で此処に在り続けようと思う。
 
此処に在ることが
きっと好きなんだね。
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:34


2007年2月3日
父の誕生日、そして・・・

父と母の結婚記念日である。
わたしにとって節分は
暦の節目という意味合いよりも
そちらの方が強い。
 
昔、子供の頃実家では
毎年、この日になると
一般家庭としては珍しいくらい大々的に
豆まきが行われた。
豆を撒くのは父と決まっていて
母が煎った大豆を升に入れて
さして広くもない家を子供たちを引き連れて
練り歩くのである。
窓や引き戸に来ると
わたしと弟がそれを開ける。
すると父が大きなよく通る声で
「鬼はぁ〜〜外!福はぁ〜〜内!」と叫ぶのだ。
わたしたちは出来るだけ急いで戸を閉める。
でないと、せっかく逃げ出した鬼が
また入って来てしまうのだ・・・?
けれど、福も入りきらないうちに
閉めてしまったんじゃなかろうか、と今になって思う。
トイレの窓でさえ例外ではなかった。
 
思春期ともなれば
それが恥ずかしくてならなかった。
近所に筒抜けであろう父の声が
もう少し何とかならないものか・・・
それまでは気にもならなかったが
案外、窓っていっぱいあるんだなぁ、と恨めしかった。
 
その後、父と母は連れ立って
何処かへ出かける。
わたしたちには夕食が用意されていて
珍しく弟と二人きりで過ごすのだった。
 
わたしたちは、少ないお小遣いの中から
二人に何かプレゼントを買わなければならなかった。
それは無言の圧力のようなもので
表面上は自主的に、ということだったけれど・・・。
スルーは許されなかったんだよな。
手作りのものを喜ぶ両親ではなかったし
品を選ぶのは大変だった。
 
踏み絵かよっ!
 
今は、一方的に疎遠関係になって
思いっきりスルーしまくっている。
電話の1本もかけない。
ひっそりと息を潜めて
この日が過ぎるのを待つのだ。
 
が・・・最近、母が頻繁に電話をしてくるようになって
関係が微妙になってきた。
スルーしていいのか?
え〜〜〜〜ん
 
現実逃避にプールに逃げる。
 
父は82歳になった。
 

Posted by mamedi5047604 at 14:18


2007年1月31日
ゆっくりとのんびりと・・・

連休をもらった斉くんが
「起こさないで。」と言っていたので放っておいたら
10時過ぎまで寝ていた。
昨夜9時過ぎに寝たのに、である。
 
わたしはいつもより
ほんの少し遅く起きて
ナオトを送り出した後
のんびり家事を片付けていた。
 
相変わらず空は穏やかに晴れ渡っている。
 
「昼食はなんにしますか?」
「スパゲッティーでいいよぉ。」
いいよぉ、じゃなくて
して欲しいだべ?
 
それじゃ、ワインでも飲みながら
スパゲッティでも食べましょう。
 
冷蔵庫の中の在り合わせで
カルパッチョとスパゲッティと前菜をチョコチョコっと作って・・・
白、赤2本のワインを空け
ほろ酔い気分でいい感じ。
食後、斉くんがまたぞろ寝に行く。
 
たまにはこんな日があっていいんだよねぇ。
 

Posted by mamedi5047604 at 14:48


2007年1月30日
アレルギー対策

洗眼と吐くほどのうがい。
これが効果的であることが実証された。
うがいが駄目なら
鼻を洗う薬まで買うつもりだった。
 
そんなにしてまでプールに行きたいのか?
うん、行きたい。
泳ぎたい。
好きだねぇ・・・ほんとに。
 
黙々と泳いでいたら
同じ歳くらいの男の人に
「どれくらい泳がれるんですか?」と
聞かれてしまった。
指を2本立てて「これくらい?」と聞くから
「いいえ。」と言ったら
3本にして「3キロ?」と聞く。
「はい。」と言ったら
思いっきり苦笑いされた。
ほっとけっ!
 
「多分、凄く目立ってると思うよ。」
と斉くんが言う。
学くんなどは
「絶対、変な人だと思われているに違いない。」とまで言ってくれる。
この半年、わたしが誰とも口を利かないで
ただひたすら泳いでいることが
不自然だ、と言うのである。
 
一応、目があった人には
会釈と挨拶ていどはしてるんだから
いいじゃないさ。
なんでプールに来てまで愛嬌を振りまかにゃぁいかんのだ?
 
美容院と病院(癌病棟は除く)では
寡黙な人、で通っているんだわい。
いつでも何処でも誰とでも
喋り倒していると思ったら大間違いぢゃっ!
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:24


2007年1月29日
4月1日生まれのダミアン健在!

可愛そうに・・・なのか・・・
自業自得なのか・・・
学くんが風邪を引いたらしい。
ナオトなんかと明け方まで呑んでるからだよっ!
 
ダミアンの呪いは続いている。
 
ナオトにも風邪の嫌疑がかかる。
帰宅後、直ちにシャワーを浴びることを命じる。
とにかくわたしに風邪をうつさないでおくれ。
と、斉くんも同じことを考えている。
当然だよね。
 
我が家には、エアロビクス・ステッパーなるものがある。
古道具屋巡りを趣味とする学くんが
町田のリサイクルショップで見つけてきてくれたものだ。
アメリカのエクサー社製で
新品を買えば48000円もする、という代物だ。
それを2000円で買った!と
学くんが鼻を膨らませて持ってきたのだった。
 
リンパ浮腫の予防には
ふくらはぎの筋肉を鍛錬することが効果的だ。
本当は寝っころがって出来る運動の方が安全なのだが・・・。
 
早速、中くらいの負荷でやってみる。
一日10分から15分で
かなりの運動量になると言う。
なるほど・・・10分を過ぎる頃には
全身から汗が吹き出てくるではないか・・・。
きっつぅ〜〜〜!
 
その後、充分なストレッチ。
これはさぼっていたので
まじできついっっ!
ひぃ〜〜〜!
 
婆ちゃん、骨ばきばき・・・
 
プールへ行けない日は
これでエクソサイズだな。
 

Posted by mamedi5047604 at 14:11


2007年1月28日
呆れた・・・

相模大野へ行っているナオトから
何回もメールや電話があったのだが
ちっとも気づかず
早寝のワタクシ・・・。
 
この頃、5時でも随分と明るくなった。
春遠からじってやつだねぇ。
 
後に、ナオトの要件がなんだったか知って
呆れ果てた・・・。
相模大野に住む学くんのメルアドか電話番号を
知りたかった、というのだ。
何故?
そりゃぁ、呼び出して夕飯奢ってもらおう、という魂胆よ。
 
学生ならともかく
社会人になって4年。
少なくない給料もらってるんだからさ。
わざわざ休日の学くんを呼び出してまで
たかるか?普通・・・。
 
我が息子も一緒だったらしい。
はじめ息子は渋っていたという。
そりゃ、下手すりゃ鬼母にしばかれるもんね。
で、息子が直接学くんに連絡を取り
まんまとはめられた学くん。
若いのに頼られて、まんざらでもなかったらしいから
結果オーライだけど・・・。
 
ナオトは明け方まで
学くんに付き合わされたそうだ。
ひっひっひっひ
ざまあみろ!
 
「しかし、俺・・・朝5時まで
ナオトに何語ってたんだろ?」
 
・・・知らん、知らん!

Posted by mamedi5047604 at 13:57


2007年1月27日
緩々とした日々

ナオトが相模大野の社員寮へ
泊りがけで出かけてしまった。
あいつの行動はいつも思いつきだから困る。
 
寮に置いてあるマックのパソコンを取りに行くのだと言う。
それは北海道の父親から借りているもので
今、使いこなすためには
有料でバージョンアップせねばならないのだそうだ。
で、変なところに吝嗇な彼は
物置に使わせてもらっている社員寮に
置きっぱなしにしてあったのだ。
バージョンアップするお金がもったいない、というわけ。
 
現在使っているウィンドーズのパソコンが
いよいよ駄目になってきたので
交換するつもりなんだろうか?
ウィンドーズのパソコンは
既に1年ほど不具合が続いているのに
(だからマックを送ってもらったはず)
温めたら起動した、とか何とか
とにかく騙し、騙し遣い続けてきたのだ。
 
いざとなったら、職場のパソコンや
わたしのパソコンを使えばいいや、くらいの感覚なのだろう。
ざけんなよ。
そういう魂胆なら、もう貸さないぞ。
と、ちょっと脅した。
結構、本気なんだけどね。
 
服も買いたいのだそうだ。
靴も・・・。
どういうのがいいでしょう?って・・・
 
サイズが合っているのが基本だから。
痩せることを想定して
きっつきつのを買うのは「馬鹿」だから!

Posted by mamedi5047604 at 13:40


2007年1月26日
なんのアレルギーだろ?

イベント続きで、プールに行く機会が
週に1回になってしまって
この日、久しぶりに泳いだのだった。
身体は正直だ・・・重い・・・。
なかなか水に乗れない。
それでも3キロ、やっと泳ぎきった。
 
帰宅後、例によって
鼻水が止まらなくなってしまった。
くしゃみもとめどなく出る。
 
目を洗う薬を買って
プールから上がったらすぐ洗眼するようにしたら
一時、治まりかけていたのに
また逆戻り・・・。
どうやら目の粘膜だけでは駄目なようだ。
 
わたしはどうも粘膜系統が弱いらしくて
アレルギー性の結膜炎やら鼻炎やら
横浜に住んでいた頃は随分と悩まされたものだ。
それが伊東に移り住んで
嘘のように治まったのである。
しかし、素養はあったわけだね。
 
とにかく、対策を考えなければならない。
両鼻にティッシュ詰めてる図は
あまり見ていていいもんじゃない・・・
やっている方はもっと苦しい。

Posted by mamedi5047604 at 13:28


2007年1月16日
2007年カレンダー

発送致しました。
遅くとも、本日中にはお手元に届くかと思います。
期待はずれだ、とか
え・・・なに・・・これ・・・とかいうご不満は
一切受け付けません。
どうかお納め下さい。
裏はメモ用紙にも使えます。
大切な資源ですから、無駄にしないようにしましょう!
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 13:56


2007年1月14日
しっかり泳いで・・・

しっかり食べて・・・
マッチポンプ状態。
なので全然痩せない。
まぁ、いいけど・・・。
 
斉くんがシモヤケになった。
毎年のことである。
仕事がら、明け方から市場で水仕事をするから
どうしても冷えるのだろう。
時には冬場でも氷を扱う。
ゴム長靴もすぐに劣化して水が沁み込むのだそうだ。
 
「痒い、痒い。」と騒ぐから
シモヤケ用の軟膏を買ってきた。
以前は唐辛子が効くと聞いたので
タカノツメをガーゼで包んで
靴の中に入れたのだけれど
それは掻き毟ったところに激痛が走るのだとかで
すぐ中止された。
 
赤く腫れた足の指に
軟膏をすり込む斉くんを見ながら
ナオトが言う。
「シモヤケってなんですか?」
 
え????
シモヤケ知らないの?
 
馬鹿?
 
「シモヤケってね、軽度の凍傷でさ
赤く腫れて痒くなるのよ。
あなた小さい時にやったことない?」
「赤くなる?痒い?
ないですよぉ!」
 
い・いまどきの子供はシモヤケを知らないのだろうか?
ナオトは小学時代から北海道暮らしだ。
それでシモヤケになったことがないとは・・・どういうこと?
 
「僕の知り合いでシモヤケになった人なんかいませんよ。」
 
 
食糧事情の関係なのかなぁ。
 
「それは可笑しいでしょ?
俺たち3人とも同じもの食べてるんだよ。」
そっか・・・確かにそうだ。
 
そして幼い頃には、冬になると足を掻き毟っていた
わたしにも、シモヤケは出来ない。
 

Posted by mamedi5047604 at 22:42


2007年1月13日
眠いっっ!

とにかく眠い一日だった。
 
低血圧、低体温のわたしに
早起きは辛い。
恐らく、起床3時間は条件反射的に行動しているだけで
全く思考していないに違いない。
いや、実はほとんど記憶すらない。
 
弁当作って朝食作って
機械的に洗濯機回して・・・
8時を回ったところでやっと
新聞に目を落とす余裕が生まれる。
 
低血圧はともかく
低体温はよくないらしい。
冷え性でないことは救いだが・・・。
平常35度台というのは
発ガンに適した体温なのだ、と
知人がブログに書いていた。
もちろん、だから「癌」になったとは思っていないが
体温が低いとエンジンのかかりが遅いのは確かだ。
 
冷たい飲み物を飲むのがいけない、のだとか・・・
ふぎゃ・・・毎夜のキンキンに冷えた生ビールは
もってのほかということか。
ああ、無理っっ!
あの一杯のために生きているのだもの・・・。
 
そんな風に逡巡していたら・・・
早寝早起きが当たり前になってきて
体温が少し上昇してきたのだった。
 
眩暈がして気分がすぐれず
体温を測ってみたら35度2分なんつぅことがなくなった。
36度を少し越すことの方が多い。
これは水泳の影響もあるものと思われる。
 
あとはストレッチをもっと心がけたい。
身体、がっちがちだものね。
 
 
巷では猟奇的殺人事件が横行しているらしい。
最近の流行は「バラバラ」だ。
桐野夏生氏の「OUT]を思い起こす。
あれは「井の頭公園バラバラ殺人事件」にヒントを得て
書かれた作品であった。
未解決のままなんだよね、あの事件。
 
自殺のあとは「バラバラ」か。
死ぬな!殺すな!
もっとボロボロになってヨレヨレになって生きろ!
容疑者のあまりに希薄な現実感に
小説よりも嘘臭さを感じてしまう。
 
生き抜くってことは綺麗ごとじゃない。
けど・・・生きるってすっごく面白くて
ワクワクすることの連続だ。
子供の頃には持っていたはずの気持ち・・・何処で
何時、失くしてしまったんだろうか・・・。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 21:50


2007年1月12日
初泳ぎ

年末年始の仕事疲れを残したまま
泳ぎに行くのは愚の骨頂・・・と分かっていたので
1週間を置いて初泳ぎに行ってきた。
 
久しぶりのプールに人は少なく
1コースを使って自由に泳ぐことが出来た。
前回から2週間が経っている。
こんなに間を空けるのは初めてだ。
思いっきり身体を伸ばして
気分もリフレッシュ。
 
今年はインターバルを少なくして
もう少しタイムアップを図りたい。
 
それと、プールに行けない日は
ストレッチ運動をすること。
 
これが目標だな。
 
3000メートルを泳いで尚
余力を残せる体力にまで持ってこれた成果は大きい。
今年も頑張ろう!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:30


2007年1月11日
日常

日常が始まるということは
着心地のいい服を着ていく作業に似ている。
肌にしっくりと馴染む衣服をまとうことは
人が得た生活の知恵だ。
清潔で自分の身の丈に合った日常を送ること。
これこそが人間の在るべき姿なのではないか、と思う。
 
冬の穏やかに晴れた伊豆は
陽だまりに広がる蜜柑畑が
独特の風情をかもし出している。
その向こうに紺碧の海が
光をたたえて優しく優しくたゆたっている。
 
北海道に帰省していたナオトが
「やっぱり北海道はいいな。」と呟いていた。
それは本当にそうなのだろう。
わたしがこの景色を愛するのと同じように・・・。
自分の在りかを持つことは必要なのだ。
 
先日、海に逝った漁師が
陸に戻ってきた。
消えた娘を捜して
海中を彷徨ううちに
ブラックアウトしてしまったものだろう。
だとしたら、苦しみはなかったはずだ。
家族の元に返ってこられて良かった・・・。
そう思おう。
斎場に上がる一筋の白い煙に合掌する。
 
向かいに建つ教会から
赤ん坊の泣き叫ぶ声が聞こえる。
ベビーホテルに預けられた子供の声だ。
今年も事故のないことを祈る。
 
隣の引きこもり青年は
今年も一人きりの正月を送ったようだ。
賑やかな我が家にむいた窓だけ
雨戸を開けてカーテンも開けて・・・。
何時になったら、心の窓を開けるんだろう。
五月蝿いと文句を言うことが
君の存在証明なのかね。
 
母からの電話。
このポジショニングが危うくなってきそうで・・・
しくしく。
 
時が静かに流れ始める。

Posted by mamedi5047604 at 10:21


2007年1月10日
10日目

新年が始まってもう10日も経ってしまった。
なんだか、あっと言う間だ。
つい3日前まで、仕事をしていたから
時間の感覚が希薄なせいかも知れない。
曜日もイマイチ判然としない。
ボケが始まったか?
あながち「ありえない」とも言い切れない。
やっべ!
 
持ち主がボケを気にしていたら
携帯が本格的にボケだして
充電が一日も持たなくなってしまった。
使い切らないうちに充電すると持ちが悪くなると聞いたので
注意していたつもりだが
たった1年で、この有様だ。
町田のDoCoMoショップで電池交換してもらおう、と思ったら
在庫がない、と言われ
本日、伊東のショップへ行ってきた。
さすが、田舎のショップには電池がちゃんと確保されていた。
 
田舎は過疎化が進んでいるから
年寄りが多い。
年寄りはそうそう携帯を新機種に変えたりしないものなのだ。
ものの10分も経たないで電池を交換してくれた。
貯まったポイントで電池交換代は賄えた。
 
ぼんやりと一日を過ごす。
残りの洗濯を済ませ
本を読んだり
買い物に出たり・・・。
 
北海道の実家に帰省していたナオトが帰ってきた。
わたしのキャリー付き旅行ケースを持って
わたしのフード付きボアコートを着て行ったナオト・・・
父親に叱られたそうだ。
「自分で買えよ!!」
はははは
ま、そんなこたぁどうでもいいと思うんだけどね。
 
みんなに寿司をご馳走したり
妹にお年玉を上げたり
かなり散財してきたらしい。
実はナオトってとっても身内贔屓なのだ。
 
一応、わたしにもお土産を買ってきてくれた。
リクエスト通り、ロイズのチョコレート。
ホワイトとキャラメルとオーレ。
ありがとうございます。
洋酒の友にしよう。
 
あ・・・眠い・・・
 
そして、その後
某関内のクラブで飲んでいた
親父の酔っ払いが電話をかけてきやがって
わたしの大切な寝入りの儀式←読書
は、ぶち壊されたのであった。
 
もぉ、どうでもいいから
今度、奢れ!
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 22:08


2007年1月9日
変なやつ・・・

「もの食う・・・」にも書いたとおり
町田に行って息子に逢ってきた。
 
北里に近いこともあって
町田はわたしにとってすっかり馴染みの町である。
定期健診の折には必ず立ち寄るので
滅多に行かない伊東の繁華街より
見知っているのではないだろうか。
 
今を遡ること30年前に一時期住んでいたこともあるので
一層、親しみ深く感じるのかも知れない。
 
息子はここから更に新宿よりの
各駅停車しか停まらない小さな駅から
歩いて15分ほどのワンルームマンションに住んでいる。
 
これほど町田に通っているわりには
この町で息子と逢うのはこれが2度目である。
(息子のマンションに行ったことは
引越し直後のたった一度しかない。
今後も多分行くことはない。)
 
別に避けているわけではないのだが
さりとて、改めて連絡を取って逢うとなると
なんとなく面倒で・・・
いや、正直に言ってしまえば
その発想すらなかった。
 
たまにメールをやり取りしても
お互い「便りのないのが良い便り」と言い合う親子だし
離れていることに寂しさや不安を感じることもない。
元気でやっていてくれれば
それでわたしは満足。
恐らく息子もそう思っているのだろう。
 
今回はちょっと大人になった息子に
興味が沸いた、というのが本音である。
それと・・・正月休みに帰省した息子から
あまりに貧しい食生活の実態を聞いて
機会があったら飯でも食わせにゃ・・・という
親心が疼いたせいか。
 
「出かけにシャワーを浴びようと思ったら
急に断水しちゃって・・・
下の管理人室に行ったら
張り紙がしてあって
今日の1時〜6時まで断水するって・・・。
参ったよ。
ライフライン絶たれちゃいらんないから
良かった〜。」
髭も剃っておらず、ぼさぼさの頭を毛糸の帽子で隠し
なんだかヨレヨレの寝起き姿は
昔の息子に戻ったようで・・・
先日の驚きは何だったんだろう?と
がっくりしたワタクシ・・・。
錯覚かよっ!
まぁね、そんなに人間変わるもんでもないか・・・。
 
食事は美味しく楽しく
斉くんには申し訳ないが親子で真昼間から
ビールをジョッキに2杯空け
かなり盛り上がった。
 
お土産にケーキを買ってやって(自分たち用にももちろん!)
100円ショップに立ち寄る。
いやね、町田のダイソーは3階建てのビル丸ごと
100円ショップなのだよ。
中にはそれ以上の価格のものもあるんだけど
品揃えの抱負さは一見の価値がある。
ここでプリントの入った紙ナプキンを買い込む。
デンマーク製で厚手のプリントナプキンが
10枚100円は滅多にない掘り出しものなのである。
朝、来客に出す焼きたてのパンの籠に敷くのだ。
 
すると・・・
 
レジの傍にあった棚に
瀬戸物の高さ30cmもあろうか、という招き猫と
福袋を抱えたタヌキの置物があったのだが
そこで立ち話をしている斉くんと息子を見る。
斉くん:「招き猫、どぉよ!」
息子:「へへ・・・」
他愛もない会話である。
が・・・
息子が置物を物色し始める。
??
息子:「これ、買おう。」
え???
タヌキ?
 
斉くん:「100円ショップで
840円のタヌキの置物を買う男・・・。」
 
分からん・・・。
謎は深まるばかりだっ!
 
別れ際、ケーキの箱と大きなタヌキの包みと
わたしが家から持ってきた食料品の紙袋を抱えた息子は
「これからブックオフ寄って帰るわ。」と笑顔で言った。
わたし:「その荷物抱えてブックオフ行ってどうすんの?」
息子:「ははは、これじゃ立ち読みできないじゃんね。」
 
むむむ
 
変なやつだ・・・やっぱり・・・
 
タヌキの置物の意味は?
いつか謎は解けるのか?
つづく・・・のか?
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 09:15


2007年1月8日
もの想う、愛読者プレゼント発表!!

暮れに募集した「カレンダー」プレゼント。
予想通り、応募者数がプレゼント数と大差なかったので
応募者全員に差し上げたいと思いまする。
で、だったら希望のをプレゼントしよう、と。
 
「まめぢ」「足袋」「金ちゃん」「小豆」「Mix」の5種類。
まぁ、ご要望とあれば「富士山」とかもOK.
発送は今月半ば以降となります。
 
縄文しすたぁ〜斑ちゃんだけ、住所が分からんので
メールされたし!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:19


2007年1月7日
休め、休め・・・

仕事明け・・・とは言え
やらねばならないことは山とある。
第一にリネン類の洗濯物の始末である。
洗濯機をフル回転させても
一日では終わらない。
 
天気が良ければいいが
外に干せない天候では
手のつけようがない。
シーツは天日でからっと干したい。
 
それが・・・昨日の雨に続いて
この強風。
それも台風並みの風ときたもんだ。
家が軋む。
これじゃぁ、シーツどころか
普通の洗濯物すら干せるものではない。
 
やめ、やめ!
 
きっとお天道さまが休めとおっしゃっているのだ。
 
真っ青な空に一月の太陽が輝いている。
風を貫いて日射しは強い。
リビングの中は陽だまりになって
猫も犬も悠々と寝そべっている。
はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜力が抜ける。
 
鬼平(8巻も半ばでごんす!)を読んでいたら
いつの間にかうつらうつらしていた。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:03


2007年1月6日
仕事が明けた

思い返せば、今を遡ること20余年前から
わたしに盆暮正月の休みはなかった。
それを特別なこととも思わず
今日までやってこれたのは
なんと幸せなことだろう。
 
病気をしたせいで
たった一度だけ
仕事のない正月を迎えたことはあったけれども
松の明けないうちから
その後の治療が始まったので
心が休まる間は少しもなかった。
 
仕事をしている自分が好きだ。
仕事が無事明けて
こうやって寛いでいる自分も好きだ。
何か目に見える形が残るわけではないけれど
出会いが積み重ねられていくことが
楽しくてたまらない。
 
知らない人が知っている人になっていく。
そういう繋がりが自分の中にどんどん増えていく。
それだけで素晴らしい。
 
人はみんなそれぞれ人生のドラマを持っていて
少しずつそれをわたしに見せてくれる。
幼い頃の美しい思い出だったり
一番輝いた瞬間の切り抜きだったり
ワクワクするような冒険の一こまだったり・・・
価値観の違いも感覚の違いも
許容の中では面白い。
 
さて、緊張とハイテンションの日々のあと
今度は思いっきり愉快なイベントが待っている。
 
こうして、蟻生活をぽっちりと
キリギリスをガッツリと・・・だから貧乏なんだろうなぁ・・・
メリハリがあるっちゃぁ、あるんだが。
ま、いっか♪
 
るんるんるんるん
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:13


2007年1月5日
馬鹿がつくほど真面目なこと

わたしは大きななりをしているくせに
(声も大きいし、態度もでかい)←クレームが来る前に自己申請
とても小心者で臆病だ。
だから、時々知人から笑われることがある。
もちろん、本の少し馬鹿にされて笑われるのだ。
 
「真理さんは心配性なんだからぁ〜。」
「そんなに真面目に考えなくても大丈夫ですってば!」
 
けどね、その小さな慢心が
心の隙間が
気の緩みが
取り返しのない不幸を招くことだってあるんだよ。
 
わたしは反省はしても後悔はしたくない。
だから、どんなに嘲笑を浴びても
根拠のない安心感に浸るのは嫌なんだ。
負けず嫌いだから、馬鹿にされると
ちょっとしたことでも
マジ切れするくらいむかついてるんだけど
じっと我慢するのだ。
 
正月休みが明けて
翌朝から漁が始まるという4日。
自分の漁船に家族を乗せて
船釣りを楽しんでいた漁師が
海に転落した11歳の娘を助けようと
冬の海に飛び込んで行方不明となった。
他の漁船に救助された娘も搬送先の病院で息を引きとった。
 
事件のない平和な田舎町は騒然となった。
仲間の漁師たちは休みを返上して
次々と海へ船を漕ぎ出す。
2キロの沖合いは、陸から見れば目と鼻の先だ。
白い帆を掲げた漁船が漁師が遭難した海を
右往左往するのが見える。
 
ライフジャケットを着ていたら・・・
 
たったそれだけのことだった。
たったそれだけのことで
2人は死なずに済んだんだ。
 
漁師が海に出るのに
ライフジャケットなんか着るもんか。
ちょっとその辺に船を出すのに
誰がライフジャケットなんか着るか。
そういう声が聞こえる。
 
プロ失格だ。
親失格だ。
 
漁師は海で働くプロフェッショナルではないか。
プロは職場での事故を恥とするものだ。
 
わたしは、どんなに馬鹿馬鹿しいと思えても
自分の子供には
ライフジャケットを着せたと思う。
それが親のあり方だと信じる。
 
失わずに済んだはずの命が
海に消えてしまったこと・・・
とても哀しい。
 

Posted by mamedi5047604 at 12:24


2007年1月4日
今年の抱負

う〜〜〜〜ん、難しい。
それを公にするのはどうにも難しい。
何故って、公表したら
どんなにしんどくても絶対意地になって
やってしまう自分がいるから。
 
「健康で!」くらいにしとけば?
 
いやぁ〜、それだって
本気になって掲げたら
今の生活やってられませんって!
 
まず、週に一日二日は休肝日を設けなきゃ
「健康」の御旗の元では
恥ずかしくてお天道様を拝めないだろうし
腹八分目は当然のごとく
夜更かしなんてもってのほか
日々のストレッチだって欠かせない。
自分のことは自分が一番分かっているから
「何をなすべきか」も知っているわけで
他人の目は誤魔化せても、ってヤツだ。
 
駄目、駄目。
 
滅多なことは口走れない。
 
死んでも「毎日少しずつ掃除をする」なんて嫌なこったしなぁ。
 
そうだ!!
この1年をかけて
来年の抱負を考えよう!
うんうん、そりゃ良い考えだ。
 
わははははは
 
今年の抱負
「来年の抱負を決める」

Posted by mamedi5047604 at 10:22


2007年1月3日
亥=豚

亥とは豚のことだそうである。
干支の本場(?)中国では、亥年を「豚年」としている。
西遊記に出てくる猪八戒は豚の妖怪だ。
大陸の人々にとって豚は
猪よりもぐっと身近な存在らしい。
豚は猪を品種改良して飼いならした動物だが
養豚も随分早くから始まっていたようだ。
 
日本でも一時期、中国の影響で
豚を飼い始めたことがあったらしい。
が、野山にいる猪を狩った方が楽だったので
養豚は根付かなかったそうである。
後に仏教が入ってきて
食肉を嫌う風習が広まったことも原因だとか。
 
なぁるほどねぇ。
 
じゃ、今年は「豚年」なんだね。
グローバルな見地から言うと・・・。
 

 

Posted by mamedi5047604 at 14:50


2007年1月2日
お年玉

田舎でも正月元旦の新聞には
1センチほどの厚みの折込チラシが入る。
初売りの広告チラシである。
斉くんの勤めるスーパー併設のショッピングモールも
無休で営業している。
よって斉くんに正月休みはない。
 
電気屋や量販店も近頃は休まない。
 
それもこれも
コンビニの影響だ、と言われている。
便利だけれど・・・。
 
数年前、掃除用に買い求めたMDウォークマンの調子が
最近、どうも芳しくない。
突然、演奏が止まったり
同じ曲を何度も繰り返したりする。
 
大嫌いな掃除を
少しでも快適にするために
お気に入りの曲を編集してMDに収め
それをヘッドフォンで聞きながら掃除をしているのだ。
そうでもしなきゃやってられないのだ。
今では、これなしでは掃除が出来ない!ところまで来ているのだった。
 
因みに、わたしは普段の生活にBGMを必要としない。
家の中で一人になった途端
オーディオだけでなく
テレビやラジオもスイッチをOFFにしてしまう。
パソコンを前にしている時にも
もちろん音なしの世界である。
窓の外の小鳥たちの囀りや
遠くに響くレールの音
風の声
聞こえるはずのない潮の唸り・・・
・・・これで天気予報までしてのける。
 
家電の稼動音も聞こえるし
まめぢや猫たちの物音も
むろん耳に入ってくるが
そういった雑音は生活の一部に過ぎない。
別に耳を澄ませてこれらの音を聞いているわけではないのだ。
 
それでいて、日本語には
どうしても反応してしまう。
そちらに意識がいってしまうのだ。
 
音楽も聞こえてくると耳を傾けずにはいられない。
 
つまりは「ながら」が出来ないのである。
 
掃除機をかけ「ながら」音楽を聴いているのは
正確には「ながら」ではないように思う。
音楽を聴くことによって
掃除という現実から逃避しているのである。
この場合、音楽はその為の重要な必須アイテムなのだ。
 
「まだ買って4年しか経っていないのに・・・
掃除機のコードに引っ掛けたりして
何度も落としたからかなぁ。」と言ったら
「普通、2年ほどでみんな買い換えるでしょ?」と
倹約家の学くんに言われてしまった。
「今時、MDなんて・・・ね。」
 
そう言えば、ナオトはi podなんやらを持っているし
ダイバーKは携帯電話だ。
ヨッパちゃんも・・・。
丸一日かけっぱなしにしてても
聞き終えないほどの容量が録音できるんだそうな。
気が付いてみると
我が息子も最新のi podを持っていた。
 
わたしは掃除機をかける1時間・・・プラスα
音楽を再生できる携帯機が欲しい。
だからMDでも不便は感じてこなかったのだけれど・・・。
 
電気屋のチラシを見ていたわたしは
顔を上げると目の前にいた息子に言った。
「ねぇねぇ、お母さんにお年玉ちょうだい!」
 
一同、いったいこのオバハンは何を言い出したんだ?とばかりに
わたしの顔を怪訝そうに眺める。
が、そんなことには動じない。
再度息子に言う。
「お母さんにお年玉ちょうだい!
デジタルウォークマンみたいの買って!
安いやつでいいから!」
 
ダイバーK:「この間、真理さんのミニSDに
いっぱいダビングしてあげたでしょ?
あれじゃ駄目なの?
んもぉ、たまぁ〜に帰ってきてるのに、○○が可愛そうじゃない。」
わたし:「だってダイバーKみたいに携帯を2個も3個も持ってりゃいいよ。
けど、わたしの携帯は電話とメールのためだけにあるんだからさ。
音楽なんて聴いてたら、すぐに電池がなくなっちゃうもん。」
 
ナオト:「僕がネットで買った999円のやつ上げましょうか?
今ならヘッドホン付きですよ。」
わたし:「やだ!そんな壊れかかってるやつ。
そんならまだ、このMDの方が聴けるよ。」
 
学くん:「おっと、出ました!真理さんの我がまま!
まぁ、○○も親孝行するチャンスかも知れないから
買って上げればいいんじゃないのぉ?」
わたし:「でしょ?でしょ?」
 
ナオト:「だって真理さんは100曲も入れないんでしょ?
だったら999円ので充分じゃないですかぁ。」
わたし:「うるさい!お前はだまっとれ!
所詮、お前は赤の他人ぢゃ!」
ナオト:「げっ!」
 
わたし:「血は水よりも濃いのだ!」
 
おもむろに息子が口を開く。
息子:「いいけど・・・。
ただ、そんなに金持ってきてないから
誰かに立て替えてもらわないと買って上げられないよ。」
わたし:「わーい!わーい!
いいよ、安いのでぇ。
この4980円ので、いい!
SDは自分で買うから!」
ナオト:「だったら、これ(999円のSDプレイヤー)でいいじゃん・・・」
わたし、ナオトの頭を引っぱたいて・・・「黙れ!他人!」
息子:「そんなの駄目だよ。音、最悪だよ。
やっぱi pod系がいいと思うよ。」
 
一同:「あ・あ・i podぉ〜〜〜〜〜?!」
 
まぁね、信じられないような低賃金で自活生活をしている息子に
そんな高価なものを買ってもらうわけにはいかないし・・・。
 
みんなでいそいそ(他の連中も何故か付いてくる)と
最寄の安売り電気屋へ出かける。
 
わたし:「これ、これ!
これでいいよ!」
それはi pod shuffle という機種で
クリップ型をしたごく小さなデジタルオーディオだった。
1万円を切っている。
 
ナオト:「ねぇ、ねぇ、俺とさ、半々で買わない?」
息子:「いや、いいよ。これなら俺、今の持ち金で買えるし。」
ナオト:「・・・」
 
息子:「はい、これ。」
手渡された白い小さなケース。
 
えっと・・・正直に告白すると・・・
泣きそうなくらい嬉しかった。
息子が成人になって、社会人になって
初めてくれたプレゼントだった。
・・・ねだったんだけど・・・
 
多分、ねだらなければ
息子は一生・・・は大袈裟か・・・
わたしに何かをプレゼントしてくれるようなタイプではない。
決して、吝嗇でもなんでもなく
そういう気が全くまわらない性格だ。
もとより、母親に何かプレゼントをする、という発想そのものが
彼にはなかっただろう。
 
何故なら、わたしはそういう母親だったから。
 
一皮剥けた息子と
二皮くらい剥けた母親。
 
ナオト:「僕も途中で、やっぱ○○一人で買った方が
いいのかなぁ、って思って・・・。」
わたし:「うん。そうなの。
でさ、ナオトには別のものおねだりするから、安心して。」
ナオト:「げぇ〜〜〜〜〜っっ!」
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 09:31


2007年1月1日
謹賀新年

ここ数年、毎年同じ顔ぶれで新年を迎えている。
昨年からナオトとダイバーKが加わったわけだが
全く違和感がないのは
通年、見慣れた顔だからだろう。
 
雑煮を食べ、黒豆をつつき
来客の娘さんにお年玉を包む。
たぁちゃんの末娘だ。
長女は介護施設の職員をしており
次女は老人ホームで栄養士として働いているので
年末年始関係なく仕事が入っているのだそうだ。
 
たぁちゃん:「どうせ、男と初詣でも行くんでしょうよ。」
ははは
 
因みに、末娘ちゃんにも
彼氏がいるんだそうな。
携帯電話の待ち受け画面を見せてもらった。
あちゃ・・・
こちらが赤面するような
ラブラブ画像である。
 
たぁちゃん:「全く!いちゃついた写真でしょ?いやぁ〜ねぇ〜。」
ははは
 
たぁちゃん:「この間、ご飯食べに連れて行ったら
結婚したいとか言ってんの。
好きにして下さい、って感じよぉ〜。」
ははは
 
実は、以前から年下の彼氏がいたことは
本人から打ち明けられて知っていた。
「けど、母ちゃんがうるさいから言ってないんだ。」
当時はそう言っていた末娘ちゃんなのであるが・・・。
 
そうねぇ・・・まだまだ、あなたには
可愛いネンネでいて欲しいのよねぇ。
たぁちゃんの気持ちがなんとなく分かるので
内緒にしておいたのだけれど
ついに紹介したらしい。
と、思ったら・・・
あれ?画像の彼氏君は以前の子じゃないんじゃ・・・
 
ふぅむ・・・
 
それにしても、高校3年生の年下って・・・
 
結婚って・・・
 
最近の子供たちって
もっと現実的なのかと思ってたけど
わたしたちの頃と
そう変わらないんだなぁ・・・発想自体は・・・
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 09:13


2006年12月31日
息子の帰省

息子が1年ぶりに帰ってきた。
相変わらず痩せており、背ばかりひょろひょろと伸びているところは
見慣れた風貌のはずだったのだが・・・
 
ナオトが最寄の駅まで迎えに行ってくれる、というので
任せることにした。
 
「ただいま」
そう言いながらリビングの扉を開けて入ってきたのは
まさに「違う」雰囲気をかもし出している息子であった。
え・・・
そこに居合わせた一同が息を呑む。
いや、大袈裟ではなく
息子の変化は誰もが驚くほど明らかだったのだ。
 
「なによ!
すっげぇ〜、いい男になってるじゃん!」
学くんが声に出す。
恐らく、皆同じことを感じていたに違いない。
 
親馬鹿との謗りは免れないだろうが
敢えて文字にすると
それは事実であった。
 
あの、だっさださで
ぼーーーーーーーっとしてて
もっさぁ〜〜〜としてて
時々、意識が幽体離脱してるんじゃないか?と
いうような息子の姿は
もう何処にも見当たらない。
 
俯き加減で首からマフラーを解く顔には
信じられないことではあるが
「憂い」まで見てとれるのだっっっ!!!!
 
いやぁ〜〜〜〜〜〜〜
参った!
 
もちろん、大人たちの考えは一致した。
 
あれは女が出来たのだ。
絶対にそうだ。
現在進行形なのか、どうか・・・それは定かではないが
息子が「恋愛」を経験したことは
99.9999%疑いのない実感であった。
 
息子:「なに?
免許取りに行くって言ったら
『彼女が出来たんじゃないか?』って
噂してたんだって?
ナオトが言ってたよ。」
ふっ・・・←な・なんだ!その余裕の笑みはっっ!
 
わたし:「で、なに?
本当のところは、どうなのさ?」←狼狽している
息子:「まったく。」ふっ・・・←またもやっ!
 
微妙に否定も肯定もせず
立ち去る息子・・・。
 
学くん:「いやぁ〜〜〜〜、彼も大人になりましたなぁ〜っ!」
わたし:「いえいえ〜、ほんとお陰様でねぇ。
     やっぱりナンですなぁ。男子を『男』にするのは
     母親ではなく『女』の存在っていうことになりますなぁ〜。
     勉強になりますわぁ〜。」
 
 

Posted by mamedi5047604 at 08:50


2006年12月30日
年末だというのに・・・

フセイン元大統領の刑が執行されたらしい・・・
さて、これでまたイラクは混迷していくのだろうな。
年明けを待たずに、一騒動あるに違いない。
テロなど起こらなければいいけれど。
アメリカ主流で進められた改革に抵抗する人々も多いから
このまま終わるとは思えない。
 
いつになったら平和が訪れるのだろう。
いつになったら戦争の愚かさや残虐さに
人類は気づくのだろう?
 
世界平和を祈ろう!
せめて・・・
 
新しい年が
世界の子供たちに
笑顔を届けてくれますように!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:11


2006年12月29日
やれるだけのことはやった・・・

つもりになろう・・・。
 
リビングの窓ガラスは拭いた。
カーテンを全部洗った。
もぉ、それでいいじゃん・・・。
 
自慢じゃないが、レンジ周りはいつも磨いているから
手を入れる必要なし。
 
ベッドメイクも終わったしねぇ。
 
料理だけは手抜きしないから・・・。
 
フィギュアスケートなんぞ見ながら和やかな夕食。
明日もこの調子で・・・。

Posted by mamedi5047604 at 14:01


2006年12月28日
じたばったするっなよっ!

タラタラと掃除をしながら←嫌々だから
 
ラムシチュウを作る←現実逃避
 
ついでに、フォトショップのカレンダーテンプレートで
ペットたちのカレンダー作り←完全逃避
 
フォトマット用紙で作っているから
なかなか上出来←自画自賛
 
プリントやっている間に
時間つぶしで掃除←本末転倒
 
あ!カレンダー欲しい?←偉そう
 
欲しいひとは、メール下さい。
抽選で5名様に差し上げます←抽選するほど応募してきてもらえるかどうか
住所、氏名を申告できる方に限りますが・・・。
 
まめぢ、足袋、金ちゃん、あづき、Mixの5種類
どれが当たるかはお楽しみ。
締め切りは1月10日(水)
発送は1月半ばになります←それまで忙しいから
 
ではでは・・・
明日から仕事開始。
黒豆も煮なきゃならんからね。
掃除は手抜きでも料理に手は抜かない!!

Posted by mamedi5047604 at 21:57


2006年12月26日
爆弾低気圧

「もの食う・・・」に書いたとおり
4月1日生まれのダミアンのせいなのか
日本全国、大荒れの天気で
各地に甚大な被害をもたらした。
もっとも、あやつに
それほどの力量があるとは思えない。
いいとこ、己が周辺に
何かちょっとした事件が起こるくらいのものだろう。
 
この日は、年末年始の献立を決定し
仕入れ項目を書き出して
雨の中、車を走らせた。
 
その前に
今年、大変お世話になった
ダイビングショップのオーナー夫妻の自宅へ挨拶に行く。
電話でお伺いを立てておいたのだけれど
緊急に用向きが出来たとのことで
玄関先で失礼させていただいた。
 
それから年賀状を出しに郵便局へ。
失敗した葉書の交換もしてもらう。
 
ダイバーKに代行を頼まれていたので
工務店の社長にもアポイントを取って挨拶に行く。
「正月用の大根あっか?ないなら、明日抜いて持ってってやるぞ。」
わ〜〜〜い!
 
市役所にも拠らねばならず
銀行にも・・・
ひぃ〜〜ん。
田舎は何処も離れているのだよぉ。
 
そしてやっと本来の目的である仕入れに向かう。
 
市内を走り回っただけなのに
5時間以上もかかった。
 
ナオトの奢りで夕飯の支度をしないで済んだのは
本当に有難いことであった。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 12:33


2006年12月25日
クリスマス

そりゃぁね・・・日本政府にクリスマスは関係ないっちゃぁ、それまでだ。
けどさぁ、何もクリスマスの朝いちで
死刑執行するこたぁ、ないんじゃないのかなぁ。
それも4人も・・・だって。
前法務大臣がクリスチャンであることを理由に
死刑執行を拒否したあてつけかねぇ。
 
このまま死刑執行をしないでいると
収監されている死刑囚の数が100人を越えてしまうんだそうな。
制度として死刑があるのは事実で
死刑が確定している囚人がいるのも事実で
それを放置するわけにはいかないのは、その通りだろう。
 
けど、とわたしは思う。
とある国では、クリスマスに恩赦も出るというのにねぇ。
 
国民の多数が宗教色のないお祭り騒ぎに浮かれている朝
4人の囚人が国家の名の元、頚を折られたのであった。
 
死刑制度に対する是非論は
最近、どうも肯定に傾きかけているような気がする。
それだけ、残忍な凶悪事件が増えているということだろうか。
 
以前わたしは、死刑制度には強く反対していた。
冤罪という悲惨な事実・・・
死刑という国家的殺人を許すべきではない・・・
また、犯罪の抑止力としての位置づけには
死刑を廃止した国のその後の調査結果で
余り意味を成さないということが立証されている・・・云々。
 
でもねぇ・・・
 
幼い子供を残虐非道な手口で殺すような輩を見ると
「お前さんは死ぬしかないねぇ。」と
心の中で思ってしまう。
いや、死んでも尚、償いきれるとは思えないのだ。
人間の命をまるで塵芥のように踏みにじるようなやつが
逮捕されて尚、後悔の色もないと聞けば
極刑もやむを得ない、と・・・。
 
それでも、死刑が執行されたという発表には
気持ちが塞ぐ。
 
執行した現場の職員も
クリスマスどころの気分じゃなかったろうなぁ。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:38


2006年12月24日
クリスマスイヴ

前倒しで、昨日来客とクリスマスパーティーをしたので
本日、明日、ともに特別なイベントの予定はない。
もとよりクリスチャンではないから
宗教的行事もない。
 
息子が小さかった頃には
何が何でも・・・という意気込みで
クリスマスのお祭り騒ぎを演出したものだが
親をやっていた時代の美しい思い出だったのだと
最近になって気づく。
息子は随分長い間
サンタクロースの存在を信じてくれていたから
イベント企画担当大臣としては
実にやりがいを持ってことに当たらさせていただけたわけだ。
子供のくれたものって大きかったんだねぇ。
 
そう言えば、伊那谷のサンタさんは
今年どうしたかなぁ。(過去ログのどっか参照)
 
自分が子供だった頃
クリスマスと言えば誕生日に次ぐくらいの一大イベントで
全身全霊でもって待ちに待ったものだ。
が、酒を呑むようになってからは
「酒が飲めるぞ♪」の歌詞にもあるように
ちょっとしたことにこじつけて宴会を催すので
年々その価値も薄れてきて
今や街の賑わいを目にしなければ
忘れてしまいそうになる。
もちろん、それは誇張に過ぎない。
身体が覚えているのよねぇ〜♪
 
一年に一回はローストチキンを焼かなきゃ!
 
で、今年はもう焼いたので
おしまい!
 
ほぼ徹夜で年賀状を作成する。
腱鞘炎が治まったので
今年は、宛名書きとコメントは手書きにする。
決して綺麗とは言えない字だけれど
「書いたっ!」という満足感が違う。
中には年一回のご挨拶しかない人たちもいるのだもの。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 08:07


2006年12月23日
自己総括

ここに拙い文を書き出してほぼ一年。
思いついた言葉をよくよく考えもせずに
ただ気の向くままに書き散らかしてきてしまった。
けど、まぁ、ブログってもなぁ、そんなもののような気が
勝手にしてるので、それはそれでいいことにする。
文章構成能力の至らなさも
語彙の不足も
表現の稚拙さも
一切がっさいひっくるめて「こんなもの」なんだろうと思う。
 
ただ、時々その内容において
自分で自分が恥ずかしいと言うか
「お前、そりゃどう考えても矛盾もいいとこ!」
「偽善者〜〜〜〜!!」と
己の頭の中で突っ込み大会が始まることがあって
それはかなり凹む。
 
つい先日も、ここに書こうと思った内容が
余りにも偽善的だったので
一日中逡巡して断念した。
でも、書きたい。
ああ、書きたい。
 
で、またもや己の頭の中で
討論会が始まる。
漫画みたいに「いいカツオ君」と「悪いカツオ君」が
耳元で囁く・・・などという可愛いものではない。
自己総括である。
 
結論!
「楽になろうよぉ〜。」
そうだ!
自分に甘くなるって決めたんじゃなかったっけ?
緩くていいんだってば。
開き直ることにする。
 
わたしは犬を飼うなら血統の分かる犬を飼うことを推奨する。
(血統証云々は別にして)
牛を食べるなら、黒毛和牛・・・出来れば三田牛が好きだ。
豚はもち豚が好きだし
鶏は比内鶏か軍鶏がいい。
とにかく地鶏のしめたて、が好きだ。
ああ、そうだともさっ!
 
服やバッグや靴や時計や
そういうブランドに執着はないが
じゃぁ、なんの拘りもないのか?と問われれば
そんなことはないのである。
 
ふふん!
 
さて、これでよし。
 
 
アフリカやアジアの各地には
恵まれない子供たちが大勢いて
わたしたちの僅かの善意で一日に何人もの子供たちが救える・・・
それは事実だ。
わたしなら、1日1本ビールを減らして
その分をユニセフに送れば
年間数千人の子供たちのワクチン代になるだろう。
 
けれど、何故、みんな(わたしも含めて)
助けるのは海外の子供たちなんだろう?
命の危機度合いで考えているからなのか・・・。
 
日本にだって
恵まれない子供はたくさんいる。
今日もどこかで虐待や育児放棄によって
多くの命が危険に晒されている。
そういう子供たちが運よく
生きながらえたとしたらどうなるか?と言えば
犯罪者予備軍になっていくことは間違いない。
 
親を含めた周囲の大人たちに疎まれ
蔑まれ、様々な形で虐待を受けた子供たちは
生き延びた時点で
社会から「落ち零れ」「社会のダニ」として
嫌われ疎外されるのだ。
心を深く病んだ子供たちは
「引きこもり」という名の座敷牢に自らを追い込んでいく。
そういう身近な子供たちは
助けなくていいのだろうか?
 
それどころか、少年法はどんどん厳しく改正されて
更生できる可能性を削られているのが現状だ。
いかに厳しい罰則で縛っても
極刑でない限り、あの子らはこちら側に戻ってくる。
発達心理学は既に死んだのか?
今こそ、子供たちを支援サポートする
しっかりしたシステムと専門家が必要なのではないのか?
 
そのためには世論と力とお金が必要だ。
そういう動きが感じられないのは何故だろう・・・。
 
毎日、毎日
何の理由もなく虐待され続けることが
子供の心にどんな影響を与えるものなのか
ほんの少しでいいから想像して欲しい。
 
愛に飢えた子供たちの多くは
未熟なうちに性を体験する。
性的欲求を満たすことで
他の得られない欲求を埋めるためだ。
10代での妊娠や出産も少なくない。
望まない妊娠や出産は
新たな悲劇の火種となる。
 
虐待を受けて育った子供は
親となったとき同じような虐待の刃を自分の子供に向ける。
時には、それが虐待であると気づかない場合もあるのだ。
何故ならそれは、自分にとって日常の風景だったから・・・。
 
より可愛そうなもの、弱いものに
施しを与えることによって優越感に浸るのは
気持ちいい。
しかし、みんなが忌み嫌う街角のヤンキーたちだって
決して「自己責任」であんなふうになったわけじゃない。
 
子供たちの復讐が始まっている。
 

Posted by mamedi5047604 at 12:50


2006年12月22日
ふと、昔のこと・・・

むかぁ〜し、むかし・・・
わたしは、たくさんの子供たちと
接する機会に恵まれた。
 
自閉症と言われた子
目の見えない子
耳の聞こえない子
知的障害と言われた子
肢体障害と言われた子
心身障害と言われた子
情緒障害と言われた子
そして
問題児と言われる子たち・・・
 
子供たちはわたしに
色々なことを教えてくれた。
それは
わたしがいかに
何も知らなかったか、を教えてくれた。
 
それから暫くの間
わたしは更に
問題児と言われる子供たちと
多くの時間を持つ機会を得た。
 
彼らはわたしの想像を超えた問題を
抱えきれないほど持っていた。
それらのほとんどは
彼らの「親」の問題であることを
わたしは知ったのだった。
 
彼らは「言葉」を知らなかった。
誰も、彼らに「言葉」を教えなかったから・・・。
彼らはごく小さな世界の中で生きていた。
誰も彼らを受け入れなかったから・・・。
彼らは勉強も出来なかったし
素行も悪く
喫煙、飲酒・・・そして多くは
シンナーを常用していた。
 
生活保護、若しくはその制度からはみ出したぎりぎりの経済状況・・・
無知からくる、あるいは偏屈なプライドからくる制度の拒否・・・
要するに彼らは、皆、貧しかった。
 
少年Aの場合
中学2年生のある日、学校から帰ってみると
団地の部屋はがらんと何もなかった。
なんにも・・・
あったのは冷蔵庫がひとつ。
そして、その冷蔵庫の中にキャベツが一個・・・。
幼い弟の姿もなかった。
 
彼は待った。
母が・・・父が・・・自分を迎えに来てくれることを・・・。
父がどこかに借金を作っていることは知っていた。
時々、すごんだ借金取りがやって来ることがあったから・・・。
何かよんどころない事情があったに違いない。
それで家族は一時的に身を隠したのだ。
彼はそう思った。
 
1週間。
キャベツを齧りながら
彼は団地の狭い部屋で待ち続けた。
何処にも外出はしなかった。
家族が迎えに来てくれたときに
もし居合わせなかったら・・・。
 
登校しない彼を心配した学校の教師が
家庭訪問をして彼を発見した。
 
児童相談所に連絡された彼は
祖母の下へ引き取られた。
しかし、彼が中学を卒業するのを待たず
祖母は亡くなった。
彼は一人ぼっちになった。
その後、彼は重篤なシンナー常用者になった。
彼はカタカナも使いこなせなかった。
 
わたしが知り合ったときには
ラーメン屋の従業員に落ち着いていたけれども
数年後、そのラーメン屋が潰れ
彼の消息は途絶えた。
 
少年Bの場合
彼の両親は彼が物心つく前から
喧嘩が絶えなかったようだ。
父親は腕のいい職人だったが
人間関係が上手く結べない性格が災いし
トラブルが元で職を転々と変えていた。
無職となることも多く
その間は酒びたりの日々を送った。
そんな夫に愛想を尽かし
母は何度か離婚を考え
それはまた実行に移された。
だが、どういうわけか2人はその度に復縁している。
そういった複雑な両親の元で彼は育った。
父親の暴力によって血まみれになった母をかばって
逃げ惑った記憶は今も鮮明だ。
 
彼が高校生のとき離婚したのを最後に
両親は復縁することはなかった。
 
彼の母は一年365日
一日も休まず働き続けた。
中卒だった母親の得た仕事は
掃除婦であったり、工場のラインの単純作業ばかりで
時給・・・良くて日給・・・
月に10万円そこそこ。
母親の苦労は身に沁みて知っていた。
が、彼はシンナーに溺れ、暴走族の一員になった。
それでもなんとか高校を卒業出来たのは
母のそんな姿を見ていたからだろう。
 
今、彼は社会人として自立している。
彼の母はそんな彼の姿に安心しつつ
脳梗塞で亡くなった。
離縁した父親は生活保護を受けている旨
行政から再三連絡がある。
息子なら面倒を見てやれないか?と・・・。
彼は拒否し続ける。
もう、父親に自分の生活を侵されたくない。
 
少年Cの場合
彼の父親は刑務所を出たり入ったり・・・。
わたしと知り合った頃、彼の父親は
市の清掃局の臨時職員であった。
彼は父親のことで様々な場面で疎外されることが多かった。
逆に父親のことでハクがつくこともあった。
彼は不良グループの中心的存在となっていった。
シンナーに溺れ
学校内で暴力事件を起こす。
 
この子はわたしが塾で教えた生徒だった。
負けず嫌いな性格を逆手にとって
「テストで結果を出そう!」と煽ったら
まんまと乗ってきた。
小学生の漢字から教えなければならなかった。
それでも次のテストの時に
70点を取ってきた。
それは一桁の点数しか取ったことのない彼にとって
飛び上がらんばかりに嬉しい出来事であった。
テストの答案用紙を額に貼り付けて
真っ先にわたしに見せると走って塾にきた彼の笑顔を
わたしは一生忘れない。
「真理さんよぉ、俺って偉い?天才?」
 
後から聞いたところによると
彼の担任は、彼にカンニングの嫌疑をかけ
職員室に呼び出して追求したとのことだった。
 
「関係ねぇよ。
だって真理さんはおれっちがそんなことしねぇの知ってんべ?
だったらそれでいいじゃん。」
力いっぱい抱きしめたら
照れながら抱かれたままでいた。
 
卒業間際、最後まで塾の教室の片隅で
作文を書き続けていた。
わたしへの手紙が課題だった。
 
やっと入った高校で
彼は再び暴力事件を起こし
少年刑務所に入ったと知った。
そして、ほんものの塀の向こう側に行ったとも・・・。
 
もっともっと
色んな子供たちがいた。
 
勉強はできねぇし、頭わりぃし、下品だし、よわっちぃし
すぐに拗ねるし、ひがむし、切れるし・・・
日本語さえろくすっぽ喋れやしない。
丁寧語を口に出来るのは
縦社会に呑みこまれた方が楽だから・・・
その処世術に過ぎない。
育ちが悪い?まさしく!!
いつでも犯罪に走る準備は万端さ!
消息の途絶えた子供たちは
きっと今、親と同じ道をなぞっているに違いない。
多分、そうなんだろう。
 
本当に貧しくて底辺にいる子供たちがいる。
この日本にもいる。
それを知った数年間だった。
 
ふと、思い出した彼らのこと・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 22:15


2006年12月21日
年の瀬

年の瀬とは、きっとなんの因果関係もないのだろうけれど
昨日は著名人の訃報が相次いでニュースに流れた。
 
青島幸雄氏、岸田今日子氏・・・
わたしたちの年代には馴染みの深い人たちだ。
 
青島幸雄氏
「スーダラ節」・・・子供の頃、親に下品だ、と言われながらも
振り付け付きでよく歌った。
「青島だ!」も気に入って「真理だ!」に変えてキメ台詞にしていたこともある。
渥美清氏と交互に演じた「泣いてたまるか」というテレビドラマは
小学校低学年だったにも関らず
大いに笑ってちょっぴり泣いた。
コント作家、作詞家、タレント、俳優、小説家、議員、都知事・・・
何処までやるんだろう?と思うほど多才な人だった。
 
岸田今日子氏
ムーミンの頃はあまり知らない。
映画、舞台での活躍が多かったそうだが
わたしにとっては、テレビドラマで時折見かける不思議な女優だった。
特に、「傷だらけの天使」の謎の女性
「動物のお医者さん」の祖母役など等。
それでも幾つか記憶に残る。
 
両氏とも母と同年代である・・・こりゃ、いよいよかな・・・。
 
そして、もう一人。
お笑いコンビ「カンニング」の中島忠幸氏。
特別興味を持っていたタレントではないが
「白血病」だったことで気になっていた。
従姉妹がこの病気で亡くなってから
どうもこの病名に反応してしまう。
先日、相方の竹山隆範氏が
「復帰は間近い。」とのコメントを出していたので
良かったね、と斉くんやナオトと話したところだった。
同じ時期に別の白血病を発病した女性歌手が
昨年亡くなってしまっていたので尚更だった。
厳しい闘病生活であっただろう・・・。
まだ35歳。お子さんは2歳になったばかりという。
 
ご冥福を祈りたい。
 
馬鹿ナオトの事件で
神経をすり減らしたわたしは
そんなこんなが重なって
ちょっとブルーな気持ちになった。
 
そうそう、そう言えば・・・
亀田興毅君というボクサーが
初のタイトル防衛戦に勝った日でもあったのだよね、昨日は・・・。
疑惑の判定と言われた前回のタイトルマッチで
全国からバッシングを浴び
ただでさえヒル役を演じていた彼は
正真正銘「嫌われキャラ」になってしまって
随分、メディア賑わしていたっけ。
 
その時にも感じたことだけれど
あれは彼そのものに責任があるのではなくて
興行主であるボクシングジムの会長や
スポンサーについているテレビ局に
大きな問題があるんじゃないのか、と・・・
今回も強くそう思ったことだった。
 
トレーナーである父親にも
もちろん色々突っ込まれる要素はあると思うが
マイナーになりつつあるボクシングという格闘技を
K−1とかプライドとかヒーローズに負けないくらい
注目される格闘技に盛り立てるためには、
そしてその中でナンバー1として成り上がるためには
アレくらいのパフォーマンスは
取り立てて非難に値するようなものでもないと思う。
だから前回の試合で、ああいう判定が出たことは
彼にとってもボクシング界そのものにとっても
大きなマイナスであったと思うのだ。
 
彼のパフォーマンスに関して言えば
かつてのプロボクサーも
多かれ少なかれ、みんなやってきたことではないか。
だいたいボクサーに「優等生」像なんて
求めちゃいけないのである。
ボクシングはハングリーな精神がなければ闘えない
現代社会に唯一残された格闘技なのだ、とわたしは思っている。
 
ぶっちゃけた話、裕福できちんとした家庭に育って
頭も良くて、みんなに好かれる子は
プロのボクサーなんかにゃなれない。
 
実力で勝ち上がればいい、名を挙げればいい
それが真の格闘技だ!
そりゃ正論だけれど・・・
 
本当にそんな正論が通用するような世界なのだろうか?
興行というのは、ずっと昔から
そんなに清々とした世界ではなかったように思う。
 
知名度がなければ客が入らない。
商売にならない。
だから派手なパフォーマンスで話題を作って
まずは注目されよう!というのは順当なセオリーだ。
 
現に今いる日本のプロのボクサーで
亀田兄弟以外に
フルネームで名前挙げられる人が何人いる?
よほどのボクシング通でなければ
一人の名前も出てこないだろう。
それが今のボクシング界の現実なのだ。
 
そういう人の試合を見に行くことは限りなくありえないだろう。
で、だからそういう人につくスポンサーもないし
メディアも乗ってこない。
悪循環・・・。
 
わたしは数あるプロの格闘技の中で
ボクシングが一番好きだ。
(さっき友人のブログを見たら、同じことを書いてあってびっくりした。
奇遇ね♪)
詳しいわけでも通でもないが
世界タイトルマッチが放映されれば
つい見入ってしまう。
そしてわたしは「ある意味」愛国者なので
絶対に日本人を応援してしまうのである。
(友人は前回の件でテレビ局にいたくご立腹で
2度とあのチャンネルを観ない、と宣言し
今もそれを貫いていらっしゃる・・・頑固親父)
 
結論
昨日の試合の勝利は正当だったと思う。
素直に彼の健闘を誉め讃えたい。
そして一日も早く周囲の大人たちから独立し
夢の3階級制覇に実力で挑戦していって欲しい。
いくらプロは「金」だって言っても
彼を取り巻く大人たちの横暴さは目に余る。
 
お父ちゃんもさぁ、子供たち学校に行かせてやんなぁ。
何にも知らなきゃ、操り易いかも知れないけど
いつかしっぺ返しが来るよ。
第一、子供たちの権利を奪っているっていうことで
立派な虐待なんだよ、それって・・・。
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:06


2006年12月20日
またまた、事件ですっ!

今回の主人公はわたしではない。
またしても
ナオトである・・・。
 
ナオトを揶揄して
「エープリルフール生まれの呪われしダミアン」だと
わたしは常々、本人に警告を発しているのだけれども
ヤツには学習能力がないのか
それともわたしを舐めているのか(?)
同じような失敗をやらかしてくれるから
始末に悪い。
(ナオトは4月1日生まれ。
ダミアンはご存知悪魔の生まれ変わり)
 
もちろん呪いでも何でもない。
本人の不注意と想像力の欠如が引き起こした事件であるのだが。
 
今年の初頭
ヤツが車で事故を起こしたことは
ここでは詳しく述べなかった。
あの時は、わたしのナオトに対する認識がまだ甘くて
ナオトの落ち込みように
哀れみを感じてしまったものだ。
それから時を経て
ナオトの様々な失敗、失態を目の当たりにし
わたしも考えを改めた。
いい加減にさらせっ!
 
詳しいことは恥ずかしくて言えないが
またもや車で事故を引き起こしたのだ。
人身じゃなかっただけが救いだが
同情の余地は全く無い。
帰宅後、叱責(罵声)を浴びて
凹むナオト。
ついでにゼットもかなり凹んでいるらしい。
これで少しは懲りろよな!
わたし:「今年一年
事故で始まって事故で終わらせるつもりかっ!お前はっ!」
ナオト:「ひぃ〜〜〜ん、あと2週間だったのにぃ〜〜〜。」
わたし:「そういう問題じゃないっ!」
 
友人から、シュトーレンというお菓子が届く。
ヨーロッパではクリスマス週間が始まると
このお菓子を薄く切り分けて
少しずつ食べながら
クリスマス当日を待つ、という。
ナオト:「これ食べていいですか?」←もう、立ち直っている
わたし:「ばぁ〜〜〜か!
これはクリスマスを迎えられる良い子だけが食べられるお菓子なんだよっっ!」
ナオト:「はぁ〜〜〜〜〜〜〜。」←落ち込んだポーズ
馬鹿につける薬はないと言うけれど・・・

大きな事故を起こす前に
自覚せぇよっ!!
まじでっ!

 

Posted by mamedi5047604 at 22:06


2006年12月19日
なんもかんも忘れて

泳ごじゃないか!
よいやさの、よいやさっ!
よいやさの、よいやさっ!
気持ちをクリアにしたいときは
身体を動かすのが一番だ。
いそいそとプールに向かう。
 
最近は、まるでプライベートプールのように
一人1コース使い放題の状態で
誰に気兼ねすることなく泳げるところが嬉しい。
屋内の温水プールであっても
プールのイメージはやはり「夏」なのだろうか。
利用者は減る一方である。
年末を迎えて、みんな忙しいのかも知れない。
アクアビクスの教室も生徒数がめっきり減った。
 
時折、7コースのプールにわたし一人ということがあって
それはさすがに居心地が悪い。
監視員とマンツーマンというのも気詰まりだ。
冬休みが始まると
学生の集中練習や合宿が始まるので
今のうちだけのことかも知れないのだけれど。
 
タイムがなかなか伸びない。
3000メートル1時間30分〜40分で頭打ちだ。
「楽しく」なければ意味がないので
無理をする気は毛頭ないが
フォームが良くなれば
もう少しタイムアップ出来るのではないか?と
泳ぎながら研究中。
それでも、体力は目に見えてついてきた。
泳ぎ終わったあとの疲労感が以前とは全く違うのである。
プールから上がるときも
つい先日までプールサイドにある手すりまで
コースを横切って行っていたのが
ここ数日は、コースからダイレクトに上がれるようになった。
進歩してるんだよなぁ。
 
これで、もうちょっと体型が変われば
言うことないんだけどなぁ。
あれだけガンガン食べていれば無理かな・・・。
 
欲張っちゃならねぇ。
欲張り婆さんは碌な目に遭わないと
昔から相場は決まっているのである。
ツヅラは小さくてもいいんだからね♪
 

Posted by mamedi5047604 at 21:34


2006年12月14日
トイレの使い方で分かる思いやり

相変わらずのいい加減な記憶で申し訳ない。
いつだったか、アエラに
「離婚」を扱った特集記事が載っていたのだが
「あなたが離婚を実感したのはどんな時だったか」という
アンケートの答えが幾つか紹介されていた。
その中に、男性で
「洋式便所で思いっきり立ちションをした時。
もう、五月蝿いことを言われないで済むんだと思った。」と回答した人がいて
思わず笑ってしまったものだ。
 
きっと彼の別れた妻は
「何回言ったら分かるの?
洋式トイレは座って用を足してって言ってるじゃないっ!
掃除する身にもなってよっ!」と
トイレの掃除をする度に・・・いや
自分がトイレに入る度に
口やかましく、彼に言い立てたのに違いない。
その耳障りな声に彼は辟易していたことだろう。
 
もちろん、逆に考えれば、この男
何回注意されても懲りず
洋式便所で立ちションをして
便器の周囲に小便の飛沫を飛ばして
平然としている鈍感なヤツだったのである。
掃除する立場に思いを巡らすことが出来ない
想像力の欠如した野郎だったとも言える。
つまり思いやりのない男だったわけだ。
 
ある友人がブログの中で
洋式便所の立ちションを控えているとの
報告をしていた。
半ズボンを履くことが多い彼は
立ちションをすると小便の跳ねが
予想以上に飛び散ることを実感したからだそうだ。
友人は愛妻家で知られている。
しかし、本当は立ちションの方が
排尿時の爽快感があるらしい。
 
話はちょっと逸れるが
シャワートイレを購入した際に
ホームセンターの担当者が
「シャワートイレで立ちション禁止は当然。」と
言い切ったことが印象的であった。
「いくら自動で水を流して洗浄すると言っても
飛沫が飛ぶことを考えれば
遣う人に対しての心配りで
立ちションなどしないのが常識。」
 
因みに、我が家は2階だけにシャワートイレを設置してあるが
立ちションは禁止である。
しかし、1階のトイレは
来客も使うので自由に使わせている。
 
洋式便所での立ちションが是か非かという話題ではない。
わたしが思うに、立ちションしたって構やしないが
飛沫が飛び散るのはどうしたって避けられないのだから
立ちションしたきゃ
自分で掃除しろ!というだけのことだ。
目には見えなくても
小さな飛沫はそこかしこに飛んで
時間が経つに従い臭ってくる。
立ちションしたら、ティッシュでさっとふき取るくらいの
エチケットは持てよな、ってこと。
 
友人は、トイレ掃除をすることにしたらしい。
その代わり、清々と立ちションをするのだそうだ。
彼は実に正しい。
細かいことではあるが
人の品性というものは
こういうところに表れるものだなぁ、と思った。
 
まぁ、「思いやり」を持って行動しろ、と言ってみたところで
そう言わなきゃならない時点で
既に「思いやり」のない相手なんだろうけど・・・
 
かの離婚男のトイレは
きっと小便の匂いを
芳香剤かなんかで誤魔化してるんだろうな。
んでもって、便器にはインクを流したような水を溜めてんだろう。
そのくせ、水の周囲には尿石がこびりついているに違いない。
 
蛇足だが
飲食店でトイレの汚いところに
旨い店はない!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:17


2006年12月13日
ゆるゆる

わたしは、特にポジティブな思考の持ち主ではない。
さりとて、ネガティブでもないし・・・
まぁ、時と場合によって揺れ動く
ごくありきたりな人間だ。
 
身体は大きい方だが
気持ちは極小さいので
ちょっとしたことですぐにびびる。
そのくせ鈍感で気づかないことも多い。
その辺がバランスなのだろうと思う。
これで色々なことに気が回ったら
神経が参ってしまうに違いない。
 
昔は感受性が強くて
我ながら持て余していたものだが
最近はそれも弱まり
アドレナリンの流出量が随分と減ったような気がする。
それに連れて正義感みたいなものも
綺麗さっぱりなくなった。
ばっさばっさと切って捨てていた人たちには
心からお悔やみを申し上げたい。
悪かったねぇ、言いたいこと言っちゃって・・・。
正しいことを言うのは簡単なんだよね。
間違ったことを認めて許すことの方が
どれだけ難しいか、やっと分かってきたんだよ。
 
自分に厳しく、他人に優しく・・・とも
思わなくなった。
自分にも他人にも優しいのが一番じゃん。
 
さて、ゆるゆると
ゆるゆるゆると生きましょう
 
 
 
追悼
しくしく・・・まさお君が死んじゃった。
テレビ番組に出演していた犬(イエローラブ)で
まめぢと同じ歳だったんだよね。
最近、息子に主役の座を譲り
スタジオでのんびり座っている映像を
ついこの間観たばかりだったのに・・・合掌!
 

Posted by mamedi5047604 at 10:42


2006年12月12日
酔眠前

ビールの樽が空になり
仕方がないのでバーボンをソーダ割りにして飲む。
 
毎度のことなのにビア樽の残量をチェックし忘れた結果だ。
中が見えないので、持って重さを確かめなければならないのだが
どうもそれが後手後手に回ってしまう。
「缶ビールでもストックしておけばいいんじゃないんですか?」と
ナオトがしたり顔で言うけれど・・・
缶ビールを冷やすスペースが
我が家の冷蔵庫の何処にあるんだよっ!
 
470リットルの冷凍冷蔵庫には食料品が
390リットルの方には日本酒が(冷凍部分には食料品)
目一杯詰め込まれているじゃないか。
もちろん整理されてないのも事実だが・・・。
ああ、これも年末に向けて何とかしなくちゃならない。
 
このほか、120リットルの冷凍庫もあるのだが
こちらの方は着々と整理は進行しつつあるのだ。
何故なら、近々大物を仕入れる予定だから。
 
とにかく、缶ビールなんぞ冷やす場所はない。
 
「何威張ってるんですか?
だってビール飲むのは真理さんでしょう?」
げ・・・痛いところを突いてくるじゃねぇかい、え?
 
いいんだよ〜だ!
今日はプールで泳いだから
もぉ、眠いんだよぉ〜〜〜!
 
今日も色んなことがあったよねぇ。
けどさぁ、わたしが一番食いついたニュースは
東京のハズレにある日の出町で小熊が捕獲されたってやつ。
高尾山でも・・・。
 
あんな所までツキノワグマが南下してきのだ。
初めてのことだと言う。
どちらの小熊も栄養失調で餓死寸前だったそうだ。
現在は猟友会の家で保護され、健康状態が回復したら
山に返す予定らしい。
 
今、野生動物が暮らす山々は
大飢饉状態だそうだ。
それが原因で今年はやけに「熊出没」の話題が多い。
餌を求めて里へ降りてきた熊だちが
人間に脅威を与えているのだ。
実際に驚いた熊に襲われ
怪我をしてしまった不幸な事故も相次いでいる。
 
元々、ツキノワグマは肉食ではない。
猿や猪のように雑食性だ。
だから好んで人間を襲って食ってやろう、などという野心は
これっぽっちもないのだ。
では何故人間を襲うのか?と言えば
想定外の人間との接近に驚いた・・・
小熊同伴の牝熊だったので神経が過敏になっていた・・・
空腹だった・・・。
 
今回の山の大飢饉は
どうやら人間のせいばかりとも言えないようなのだが
本来、人間を怖れるはずの熊たちが
ついには都心に近づきつつあるのは
山を荒らし、環境を破壊し、野生動物のテリトリーを侵食し続けた
人間の行動がもたらした結果であることは明白だ。
 
山伝いに伊豆まで来るかなぁ。
 
そう言えば、今年どんぐりを見かけない。
我が家の裏に立っている椎の木にも
一つも実がならなかった。
山栗も少ない。
 
どうなっちゃったんだろうなぁ・・・日本。

Posted by mamedi5047604 at 21:54


2006年12月11日
骨の軋む音

以前、発達心理学についての著書を読んでいたところ
身体の著しい成長は、その他の発達を抑制する、とあった。
特に、身長の伸びる時期は
骨とその周辺の組織全てが成長しなければならないので
成長ホルモンの分泌も激しく
身体にかかる負担(ストレス)は相当なものであり
その時期に、他の発達を望んでも無理である、とのことだった。
但し、身体の充実・・・つまり、筋肉を鍛えたり、脂肪を蓄えたりすることは
それほどの影響はないらしい。
 
単純に物理的なことを考えただけでも
1年間に10cm以上も身長が伸びる、ということがあるが
どういうことを意味するものか。
これは身体の全ての位置、基準が変わることなのである。
重心さえも大きくずれる。
それを上手くコントロールし使いこなすまで
意識せずとも人は自己の適応能力をフル回転させなければならない。
 
更に、未成熟な骨格は
所々、発達を見越して繋がっていないものだが
それらが繋がり、
加えて腱、筋、皮膚組織なども同時に成長しなければならないのだから
これはもう身体の大事業であることが分かる。
 
身長の伸び率の低い子供の方が
様々な発達が早いことが分かっている。
 
俗に言う、「寝る子は育つ」と言うのは本当で
身長の伸び率の高い子供は
その時期、ゴロゴロと寝ていることが多い。
 
わたしも経験があるのだが
身長が伸びた時期
体のバランスを使う運動が全く出来なかった。
鉄棒、マット運動など
自分の手足を思うように操ることが出来ず苦労した。
「どんくさい」「運動音痴」などと言われた。
また、だるくてだるくて
隙あらば寝転がっていたものだ。
母にはしょっちゅう「だらしがない!」と罵られた。
学習にも波があって
クラスのトップになったかと思うと
下位に落ち込むなどざらだった。
「やれば出来るのに、やらないのは怠けているからだ」と言われた。
面白くなかった。
小学校高学年から中学にかけて、である。
150センチ代から170センチ近くまで一気に伸びた。
女性では珍しいことかも知れないが
中にはそういう資質を持った子供もいるし
男児には多いはずだ。
 
わたしの息子は、少なくとも180センチに育つDNAを持っていた。
わたしが170センチあり、父親は185センチあった。
中学の最終学年から急に伸びだして
高校時代はとにかく竹の子のように伸びていった。
最終的に186センチを越えたのだが
受験期に成長期が重なったことは
結果を求める方が酷であった。
 
個人差という言葉があるが
我が子を育てるというということは
こういった発達における格差までも考慮して
成長を見守っていかなければならない。
息子の子育て時にこのことを把握していれば
もっと対処の仕様があったのではないか、と思う。
もちろん、これは親として自分が無知であったこと
想像力が貧困であったことの反省を込めて。
 
噛み砕いて言うとね
身長がぐんぐん伸びている時期に
やいのやいの言ったって
子供は勉強なんて身にならないし
無理をさせるとストレスが高じて
様々な障害を生みかねない、ってこと。
まして、思春期であることが多いから
問題行動を起こすきっかけにもなる。
そういう時期は、それと見極めたら
カルシウムとビタミンを充分に与えて
軽い運動などをさせること。
身長は努力だけではなかなか伸びないものだからね。
経済的に許せるなら
子供の成長に合わせた受験を考えるのがベストだと思うよ。
 
「ほんとにあんたは、いつ見てもゴロゴロ、ゴロゴロ
寝てばっかりいてっ!」とか
「ダラダラ、ダラダラ・・・もっとしゃきっとしなさい!しゃきっと!」とか
言ってませんかい?
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:36


2006年12月10日
なかなかやりおる

ナオトのことである。
 
土曜日、急遽上京せねばならないことになったわたしが
朝から家事でバタバタしていたら
率先して電車の時刻を調べてくれた。
(携帯電話iモードの乗り換え案内は便利だ!)
 
雨模様でろくな傘を持っていないわたしに
折りたたみの傘を貸してくれた。
(晴れ女は傘がない!)
 
最寄の駅まで送ってくれたのもナオトである。
国道に出たら週末の渋滞が始まっていたのだけれど
裏道を駆使して何とか予定の電車に間に合わせてくれた。
 
それよりも何よりも
わたしが留守の間に
家中に掃除機をかけてくれたらしい。
食器も洗ってあった。
まめぢや猫たちの世話もしてくれていた。
 
やっとニューロンが繋がったのだろうか!
素晴らしい!
気まぐれなのだとしても
なかなか出来ることじゃない。
 
全ての作業は
いかに手抜きでやったとしても
1時間ではとてもとても出来ることではないのだ。
彼の貴重な休日の数時間を
遣ってくれたことが何より嬉しい。
 
ありがとう!ナオト君!
 
しかし、翌日・・・土産の菓子を食べ過ぎて
「なんか具合が悪くて・・・胸焼けかなぁ・・・。」
ってね、あぁた・・・
そこらへんも、もうちょっと成長するといいね。
 

Posted by mamedi5047604 at 13:01


2006年12月9日
訃報は突然やってくる

前々から覚悟はあったとしても
「訃報」というのは、そういったものだ。
徐々ににではあるけれど
親御さんが亡くなったという話しを
周囲に聞くことが多くなってきた。
誰かが言っていたが
この季節になると年賀の辞退通知が舞いこんできて
特にしみじみ感じられる。
 
幸いにして我が親は
2人とも健在であり
当分、逝きそうにもない。
父が前立腺癌と膀胱癌を併発しているようだが
どちらも治療の成果が表れており
転移も増殖もしていない。
80を越えて生きれば
癌の一つや二つ、抱えていても不思議じゃないだろう。
人事のようだが、
手術もせず、過激な化学療法や放射線治療もなく
よって入院もせずに済み、日常生活を送っているのだから
余り心配をする気にならないのだ。
一時期、精神的な落ち込みで食欲が減退し
著しく痩せて母を不安がらせていたが
今はそれらも回復し
週に一度は横浜の自宅から御殿場まで
ゴルフに出かけていると言う。
心配のしようもないのだ。
 
若い頃は、今思えばわたしと同じ
自律神経失調症に悩んでいた母も
更年期を過ぎた頃からメキメキと丈夫になり
ダイエットのことなど考えなくなった辺りから肥え始めて
75歳の現在、なかなか恰幅のいいお婆さんである。
よく食べて、よく動くことが健康法だと心得
女学校時代の友達や老姉妹と共に
しょっちゅう旅行に出かけている。
これまたわたしが心配するなどおこがましい。
 
老いた両親が、元気に自立して生活していてくれるほど
有難いことはない、と思う。
 
呪いだ、祟りだ、結界だ!と
騒いで逃げていられるのも
今の両親があるお陰だ。
出来ることなら、いつまでも
逃げさせて欲しいと
不肖の娘は心底願う。
けどなぁ・・・不死身じゃないだろうからなぁ。
 
父上が亡くなって
哀しみや思い出に浸る間もなく
喪主としてセレモニーを取り仕切る友人を見て
今までにないほど、身近に感じ入ったのだった。
 

Posted by mamedi5047604 at 12:13


2006年12月8日
追いついたわい・・・

つまらないことをグダグダと書き連ね
遂に現実に追いついた(謎
別に全て埋める必要はないのだけれど
性格的にどうも空欄が許せない。
他人には甘いが自分には厳しいよぉ〜〜。
もちろん最終的には己に一番甘いに決まってるんだけどねぇ。
 
もっともっといい加減な人間になろうと思う。
自分に緩く、他人には更に緩く
そんな性格になれたらいい。
つまらない自尊心はどんどんこそげ落として
本当に大切なものだけを持っていければ
それで充分だ。
けど、それって案外難しい。
 
自分がルールブックであることは
わたしの基本形だけれど
時々、自分をスタンダードだと勘違いすることがあるから怖い。
自覚せよ!ってことだよね。
自己の認識は最重要課題だ。
あとは想像力をたゆまず養って・・・。
 
なに豊富語ってるんだ?
うぅむ・・・眠いんだな。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 22:40


2006年12月7日
鬼よ笑え!

先週、学君の幼友達が
鉄道の事故で亡くなった。
42歳だった。
地下鉄の保線の仕事をしていて
試験列車にはねられて死亡した。
監視に立つはずの人は
外に停めた車の中で待機していたそうだ。
列車は70メートルも前に気づいてブレーキをかけたが
間に合わなかった。
 
本日、友人の父上が亡くなった。
少し前から危ないとは聞いていたのだけれど。
肝臓を壊していた。
うちの親より、十ほど若いのではないか。
お酒が好きで、だいぶ召し上がったそうである。
在りし日のそんな逸話も思い出される。
 
訃報が続く。
 
週末お手伝いに行ってくる。
友人は雨男だ。
多分、冷たい雨になるのだろう。
 
プールに行く。
3000メートル泳ぐ。
別のコースでスイミングクラブの生徒さんが
記録会のための練習をしていた。
今年最後の記録会のようで
熱のこもった練習だった。
さすがに基礎からしっかりとトレーニングを積んでいるだけあって
フォームも綺麗だし、スピードも乗っている。
う〜〜〜〜ん
わたしも昔はあんな風に泳げていたのかなぁ。
今は?
全然!
駄目駄目だ。
腹筋が弱くなっているから、全体のバランスが取れていない。
足の筋力がとにかくない。
もっともっと泳ぎこんで
自分の思うようなフォームに持っていけたらいいなぁ。
 
来年は、それを目標に泳ごう。
それは引いてはタイムの短縮に繋がるから
自分のフォームを客観的にチェックすることは出来なくとも
結果が全てを物語ってくれるというものだ。
 
来年のことを先んじて口にすると鬼が笑うと言う。
だが、将来に向けて自分の未来を語れるということは
物凄く幸運なことなのだと思う。
少なくとも、命の危険は感じていないはずだ。
それが当たり前だと思える人間は
人類のほんの5パーセントにも満たない。
 
鬼を大笑いさせてやろう。
わたしは生きていくつもりだから。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 21:28


2006年12月6日
紅葉

昨日、仕事が休みの飲み仲間が
夫婦仲良く中伊豆修善寺の紅葉林に出かけたと
わざわざメールで自慢してくれたので・・・
と、本当はそういうわけでもなく
新聞を見て密かに行こうと予定していたのだが・・・
天気もまずまずなので
カメラを担いで出かけることにした。
 
修善寺の寺町を流れる川沿いと
山の上にある紅葉林が
紅葉の盛りだと言う。
実際は盛りを過ぎてしまっていて
散ってしまった木も随分あったのだけれど
紅葉林は2000本ほどの紅葉が植えられていて
それはみごとだった。
 
後日、画像をアップしたいと思う。
 
紅葉には秋の夕日が合うのだなぁ、と感じ入る。
あの金色の長い光が
紅葉の赤に映えるのだ。
これまた、わたしの語彙並びに表現力では対応しきれない
美しさであった。
 
だからさぁ、来なさいよ!

Posted by mamedi5047604 at 16:47


2006年12月4日
放射線科

放射線科の検診である。
ここは婦人科腫瘍外科ほど待たされない。
検診の内容も
甲状腺の大きさを触診され
下腹部の硬さ診て
聴診器を当て腸の動き具合を聴くと言う
簡単なものだ。
心身ともに負担の軽いものなので
気持ちにも余裕が生まれる。
 
但し、そこで気を抜くと
時々、がつ〜んとやられる。
 
外来待合室が
CTの検査室と隣接していること。
また、外来の奥に放射線治療室があること、だ。
 
北里大学病院は大きな病院なので
CT、レントゲン、核医学シンチ等など
放射線検査の部屋はいくつもあって
それだけを集めても伊東の市民病院よりはるかに規模が大きい。
それでも検査待ちの人はいつも溢れかえっており
完全予約制であっても
緊急の患者が救急医療外来から漏れると
こちらの検査室に回されてくることもあるわけだ。
 
今回はうめき声を上げる初老の男性患者が来て
待合室はぴーんと張り詰めた空気で
息苦しいほどであった。
 
また、力なく眠ったままの幼児が
土色の顔でストレッチャーに寝かされたまま
検査の順番を待っているのを見るのも辛かった。
 
奥の放射線治療室は
放射線の管理上
そこに集結させられており
治療を受けに来る人は
どうしても外来の前を通ってゆかねばならない。
かつてわたしもそうだったように・・・。
外見上、普通に見える人ばかりなら
どうと言うこともないのだが
そうとばかりは限らないから
目を伏せることもある。
それは患者さんの容姿に目をそらすという意味でないことは
申し述べるまでもない。
 
近頃、ロシアの元スパイが亡命先のイギリスで
猛毒の放射能物質を盛られ暗殺されたが
死ぬ直前の彼の様子は
髪の毛が抜け落ち、げっそりとやつれていた。
抗がん剤は「毒」をもって「癌」を制すものだが
放射線治療はそれと同じではないので安心されたい。
放射線のエネルギーによって
がん細胞を焼ききる、若しくは破壊することにより
治療を行うものである。
放射線治療を受けたからと言って
放射能に汚染されているわけではないのだ。
 
毒性という意味で言えば
抗がん剤である。
わたしも投与を受けたシスプラチンという
プラチナ由来の薬などは
そのまま投与されたら耳かき一杯で即死すると言う。
 
今回もありがたいことに
「異常なしですね。」と申し渡され
病院を出ることが出来た。
 
あ〜〜、しんど!

Posted by mamedi5047604 at 14:54


2006年12月3日
クリスマスかぁ・・・

田舎の別荘地暮らしは
お祭り騒ぎとは無縁の世界だ。
最近、そう言えば、近所のキリスト教会から
賛美歌の歌声が目立って聞こえてくるなぁ、という具合で
それさえも気にしなければ
「クリスマス」なんて本当に忘れてしまいそうになる。
 
それでも当日には
ちょっとしたイベントはやるんだけどね。
 
それが、都会に出るとどうだろう!
何処もかしこもクリスマス一色だ。
イルミネーションが殊更きらびやかに点滅し
派手なディスプレイが街を彩る。
目がチカチカしちまうぜ・・・。
いやぁ〜〜、もう芯から田舎もんだわ。
 
キリストさんもこんなに華やかに祝ってもらえるとは
想像だにしていなかっただろうなぁ。
 
まめぢにも
クリスマスのデコレーションをして欲しいと
来客の依頼があるんだけど・・・
東急ハンズへ行きそびれた。
だって、めっちゃ混んでるんだよぉ!
あんなとこ行けるかいっ!
近所の100円ショップだな・・・。
 
最近は普通の家にも
飾りつけをしているのを見かける。
アメリカさんの真似?
通る人にも見えるようにディスプレイしてあるのだ。
綺麗で楽しいけどねぇ。
 
子供がいたらやってたかな?
 
さて、屋内用のデコレーショングッズは
実は我が家にもあるのだよ・・・
もう随分出してないけれど。
今年はどうすっかなぁ〜。
 
クリスマスが終わったら
これらの飾りが全て取り払われ
一気に正月商戦に雪崩れ込むのかと思うと・・・
コートの襟を立てた。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:30


2006年12月1日
師走だ!

ただでさえ忙しくてバタバタしていると言うのに
世間も慌しい12月が始まった。
だいたい、時節のことだとか
天候のことを話題にするようでは
もうお仕舞いなのだ。
 
枯葉の舞い散る風の中を
中伊豆に通う。
いつものプールには姉妹店(?)があって
天城の山の中に
伊豆市市営のプールがもう一軒あることは知っていた。
本日、そのパンフレットが置いてあったので
貰ってきて目を通す。
へぇ〜〜〜!
天城温泉プール(そのプールの名前)って
源泉かけ流しなんだぁ〜〜っっ!
身体に良さそう。
行ってみようかしらん。
 
しかし、更に15分ほど山の中に入らなければならないからなぁ。
 
源泉かけ流し、って
水温はどのくらいあるんだろう?
興味津々。
 
そして本日も3000メートル泳ぐ。
 
話は変わるが・・・ナオトがどんどん膨れていく。
ついに65キロを越えたらしい。
「怖くて体重計には乗れませんっ!
だいたい、同じものを食べている真理さんが
週に6キロも泳いでいるわけですよね?
それでも痩せていくわけじゃない。
肉体労働の斉君も
太らないけど痩せない。
それだったら
ほとんどディスクワークしかしない僕が
太っていくのは当たり前なんじゃないですか?
もぉっっ!」
何を逆切れしてるんだい?
だったら、バームクーヘンなんか人並みに食べるんじゃないよ〜〜〜だ!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 18:38


2006年11月30日
光陰矢のごとし、てなことを申しましてな

11月が終わる。
あっと言う間だった気がする。
一年を振り返ってみると
殊更、時間の流れが速いと思えるわけでもないのに
現在に近づくほど加速度を増すように感じるのは何故だろう。
 
11月はわたしにとって
誕生月であるという点において
特別な意味を持つ月である。
しかし、実は他にも人生の様々な出来事がまつわり
11月を起点にしてわたしの時間が動いていると言っていいくらいだ。
 
日照時間の関係で
軽く冬季鬱症も始まるし
気分は沈みがちになる。
もっとも、それで「普通」?
・・・ほっとけ!
 
日々、ご機嫌でいたいんだいっ!
 
さて、12月は少しずつ大掃除を進め
(こういうのは大掃除とは言わないのだろうか?)
年賀状の作成に取り掛かり
そのうちクリスマスの準備が始まり・・・
わわわわわ
今から考えるのは止めておこう。
 
明日は明日の風が吹く。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:57


2006年11月28日
変なおばはん

週に6キロ・・・6千メートル・・・を目安に
時間をひねり出しては中伊豆にある温水プールに通っている。
かれこれ半年近くになるか。
目標はほぼ達せられていると言えるが
本当はもっと頻繁に通うことが出来たらなぁ、等と
贅沢なことを考えたりもしている。
 
なにせ場所が場所だけに
半日仕事になってしまうので
なかなか思うようにはいかないのだが。
 
まぁ、遠場にあるお陰で
知り合いに逢うこともなく
実に気軽に利用出来るという恩恵に与っているのだから
贅沢だ、というわけだ。
 
寂しがりやで人が好き・・・の割には
社交辞令的な付き合いは大の苦手で
近所付き合いとか、昨今流行の公園デビューに続くもの、とか
子供の学校の父母会の交流とか・・・
考えただけで胃が痛くなる。
これは比喩ではない。
十二指腸潰瘍持ちのわたしは
神経に触ることが起こると本当に持病の癪を起こすのだ。
(都合いいなぁ〜〜〜♪)
これを理由に、父母会の役員をただの1回もやらなかった。
わっはっはっは
きっとド顰蹙の嵐が吹いていたのだろうが
2度も胃穿孔で入院した「ひ弱」なわたしに
誰もクレームを言わないでいてくれたのねん。
(陰口も聞こえなければ知らんふり)
 
もっとも、よそ者のくせにこれっぽっちの遠慮もなく
己の主義主張を平然とのたまう存在は
慣習の流れの中でヌクヌクと執り行われる
平和な村社会には無用だった、とも言える。
スルーよ、スルー。
 
プールにおけるわたしは
笑顔で元気よく挨拶はするけれど
無駄口を一切きかず
ただ黙々と泳ぎ続ける
風変わりなオバハンに徹している。
黙々と泳がなければ
1時間半で3キロは
今の実力では泳ぎきらない。
 
顔なじみ同士
和やかに会話する風景を横目に
ひたすらガシガシ泳いでいる。
監視員の「?」の視線も
最近は慣れてきた。
 
あ・・・風変わりなオバハンに徹しているんじゃなくって
「地」ね、「地」

Posted by mamedi5047604 at 09:50


2006年11月27日
覚書によれば・・・

いつになったらこのブログが
リアルタイムに追いつくのか?という疑問が書いてあった。
さぁて・・・本日、12月5日。
 
エルグランドの定期点検の呼び出しがあったので
ディーラーに行ってきた。
やっと馴染んできて
自家用車という愛着が湧いてきた昨今。
以前は、大きすぎる車体をもてあましていた。
今でも細い道には入りたくないけれど・・・。
こんな車で当たり前か。
普通乗用車同士、すれ違うのがやっと、の道に
この車を乗り入れること自体間違っている。
 
点検の待ち時間
池波正太郎シリーズ
「剣客商売」に続いて
代表作「鬼平犯科帳」を読む。
あっと言う間に時が過ぎる。
 
外出ついでに買い物をして帰宅。
 
家事をこなしてペットの相手をしていたら
すでに日暮れ・・・
この季節、一日が短すぎる。
 
思い返せば、本年下半期
一日の短さに憤慨する日々であった。
スイミングが加わっただけでこの有様である。
この他、実はまだまだやりたいこと
やらなきゃ、って思うことがいっぱいあるんだけど・・・
何時出来るの?
 
他人様には
「時間は作るものだ」なんて言ってるくせに。
晩酌をやめればいい、ってことは分かっているんだ。
夕飯時に飲むから、それ以降
なぁ〜〜んにも出来ない。
やる気が起きない。
もちろんそれが狙いで飲むんだけどね。
 
急ぐな、焦るな。
ゆっくりゆっくり歩いて行こう。
 

Posted by mamedi5047604 at 22:43


2006年11月25日
ネットの友達

わたしがパソコンを衝動買いしたのは
今から5年ほど前の春まだ浅い2月のことだった。
バレンタインデーにインターネットが繋がった。
そこから始まったネットの世界は
見るもの聞くもの全てが目新しく
毎日がワクワクして
丸一日、パソコンを立ち上げていることも少なくなかった。
 
間もなくホームページを開設し
いつしか、ネットで知り合った様々な人たちが
わたしを訪ねてくれるようになった。
 
当初、ネット繋がり、というだけで警戒の色を隠そうともしなかった斉君も
実際に逢ってみて
「ペンションのお客さんだって、初対面から始まる。」という
わたしの言葉を理解するようになったようだ。
もっとも周囲の誰もが
わたしのネット生活を「意外」だと感じたようだ。
ただでさえ、友人知人が多く
暇なく動き回っているわたしが
それ以上の間口を広げることに疑問を持ったものだろう。
 
途中、入院生活を余儀なくされ
ネット生活がわたしの大きな支えとなってくれてからは
「パソコンやってて良かったねぇ〜。」と
誰もが口を揃えるようになったのだけれど。
 
その初期の段階から
ほぼ同時期にネットを始め
仲良くさせてもらっている友人が遊びに来てくれた。
最近、メッセンジャーを立ち上げることが少ないので
滅多に連絡も取り合わないのだけれど
変わらぬ笑顔に話も弾む。
 
楽しいひと時であった。
 
人が好きだなぁ・・・。
間口、広げて良かった♪
 

Posted by mamedi5047604 at 14:44


2006年11月24日
忙しかった

スケジュールが入っている日に限って
やりたいことが次々に思い浮かび
無理やり時間をやりくりしようとするから
馬鹿みたいに忙しくなってしまう。
分かっちゃいるけどやめられない。
 
沖縄に行っている(しつこいようだが)暇人の依頼で
人に逢わなければならず
移動距離だけでも大変だと言うのに
午前中からプールへ行った。
週末に向けて、中伊豆のお婆ちゃんの店へ
野菜を仕入れに行く、という大義名分もあったのである。
いつもより距離を減らして
2キロで止めておいたのは、自分への言い訳。
とんぼ返りに伊東へ。
富戸漁港まで行って、今度は伊東市内へ。
 
帰宅後は掃除とベッドメイキング。
まめぢの散歩に行く頃は
とっぷりと日も暮れていた。
黄昏時は猪やヒッキーにも注意しなくちゃならないから
結構、デンジャラスな別荘地だったりするんだよね。
マスタードスプレーを携帯して(まめぢは護衛にはならん)・・・。
 
猪と言えば・・・そろそろ猪鍋が美味しい季節だなぁ。
猟師さんが持ってきてくれるんだよ。
フレンチではジビエとも言うけど・・・伊豆地方では
猪肉、鹿肉は狩猟が解禁になれば
よく食べられる冬の味覚だ。
もちろん、猟師さんに知り合いがいない場合は
買わなきゃならない。
するとちょっと値が張る。
人脈って大切だよねぇ。
 

Posted by mamedi5047604 at 11:09


2006年11月23日
勤労感謝の日

巷は祝日である。
祝日ではあっても週半ばの休日では
なかなか遠出しようとする人はいない。
伊豆は閑散としている。
 
世の中には「忙しい」が口癖なのに不思議と週末二日は休み
今回も金曜日に有給を取って4連休とし
沖縄に行っているようなヤツもいるというのに・・・。
そういうヤツにはそのうち天罰が下るに違いない。
 
しかし、この世の不条理というものは
名もなく清く生きている
このわたしに天罰を下すのであった。
うぅぅむ・・・朝食で食べたムロ鯵の干物の骨が喉に引っかかったのだ。
痛い、というほどではないのだけれど
気になって仕様がない。
唾を嚥下するたびに違和感がぁ〜〜〜。
いぐいぐ、いぐいぐ。
 
ご飯粒を飲むといい・・・そうなんだけど
ご飯粒の最後の一粒を
このムロ鯵の干物と一緒に口に流し込んでしまったのだ。
(お茶漬けだった)
 
不貞腐れながら、モゾモゾとベッドに寝転がり
本の世界に現実逃避。
遂に「剣客商売」全15巻及び番外編3冊を読了。
気が付いたら、骨は無事取れたようだし
まぁ、これはこれで満足の一日だった。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:38


2006年11月22日
卸売り団地

伊豆半島の付け根に卸売り団地がある。
此処は一般人も自由に出入りし買い物が出来る。
多くは業務用だからサイズは大きいが
量単価は安い。
それにプロ仕様の品物が揃っているのだ。
 
例えば、出汁には欠かせない昆布。
利尻や羅臼の一等検品をキロ単位で売っている。
寿司屋用の焼き海苔も上物が100畳単位で売られている。
これを小分けでスーパーなどで買うと
目の玉が飛び出るほど高価なのだが
この単位で買うと普及品並みの価格になる。
 
魚屋に関しては、ちょっと首を傾げるけれど・・・。
そもそも、この卸売り団地に鮮魚部門が
加入することに無理があるのだもの。
一般客を狙って出店しているのだろう。
生きたすっぽんを売ってるから
時々、覗いちゃうんだけどね・・・。
でも、すっぽんの首を刎ねて〆るところから、っていうのは
無理だということは分かっているから、もう買わないよ。
あれはスプラッターだったな・・・。
 
生肉は肉そのものより、内臓部分を扱っているのでよく利用する。
和牛のタン一本(かなり高価)とか
センマイの刺身用の塊とか
ミノの塊とか・・・
豚の耳、喉の骨、カシラ肉、子袋などもある。
ロースハムの一本売りは豪快だ。
 
12月に入ると、年末年始の買い物客でごった返すので
早めに行くことにした。
昆布、出汁用の鰹削り、海苔、肉類などなど。
エルグランドで良かったね♪の買い物をする。
 
此処へ来ると、必ず寄るところがある。
卸売り団地からの帰り道・・・韮山と大仁の間・・・に
手打ちラーメンの店があるのだ。
以前は、イチゴ畑の広がる片隅に
「満珍軒」という名前で暖簾を出していた。
初老の夫婦に娘さんの3人で切り盛りし
かなり流行っている店だった。
醤油味は好みの味じゃなかったし
ご飯ものは米の炊き加減が柔らか過ぎて嫌いだったけど
野菜ラーメンという名前のタンメンが美味しくて・・・。
毎回、それを食べて帰るのが楽しみだったのだ。
で、何故過去形になっているか、と言うと・・・
 
ある時、店のカウンターの中に一人加わった。
それは娘さんの夫のようだった。
正式な中華料理を修業してきた人らしく
メニューにラーメン屋らしからぬ料理の名前が並ぶ。
それでも4人は和気藹々と立ち働いていたものだ。
田舎のラーメン屋だから昼食時に
本格的中華料理を注文する者は見かけたことはなかったけれど
夕飯時にはそういった料理も出るようで
暫くはそんな状態が続いていた。
 
一つ嬉しかったのは
それまで野菜ラーメン以外、注文すべきメニューがなかったところへ
餃子が追加できたことだった。
麺が手打ちだから餃子の皮も当然手打ちなのだが
今までの具がありきたり過ぎて
注文する気になれなかったのだ。
娘婿(勝手に決めている)の餃子は肉汁がたっぷりで
味付けも上品・・・ショウロンパオを食べているような美味しさがある。
野菜ラーメンと餃子、これが定番となった。
 
と、ところが・・・
いきなり店が閉まってしまったのだ。
2ヶ月とか3ヶ月に1回しか行けないので
行ってみたら店の扉が閉ざされていた・・・という悲しい出来事だった。
もうね、頭の中と口が野菜ラーメンになっていたんだよねっ!←分かる?
 
とぼとぼと帰るしかなかった・・・。
 
その3ヶ月後・・・期待はせずに店の前を通りがかったら・・・
え?え?え〜〜〜〜っっ!
以前の店の駐車場の奥に
真新しい店が建っているではないか!
暖簾には「満福軒」とある。
しかし、どっからどう見ても同じ敷地だ。
昔の店の中を伺うと「満珍軒」の暖簾が綺麗に仕舞われていて
什器備品もそのままになっている。
 
あれ?
「火曜日のみ営業」の札が・・・。
以前、突然の閉店にがっかりして帰ったときには
こんな札はなかったぞ。
 
「満福軒」に入る。
あ!若夫婦だ!
野菜ラーメンと餃子を注文。
うんうん、この味!
変わっていない。
変わっているのは婿さんが白いコック帽を被っていることか。
ラーメン屋にはそぐわない気がするけど・・・。
斉君がランチセットメニューなるものを頼む。
これも以前の店にはなかった。
好みの麺類に半チャーハンと餃子3個がセット価格になっているのだ。
「お!」
斉君が黙ってチャーハンの皿をわたしの前に寄せる。
「うむ。」一口食べる。
「おお!」
ご飯が固めに炊けていてチャーハンが旨い!
 
醤油味は相変わらずだったけど
チャーハンの出来は上々だ。
「これなら中華丼とかも美味しいかもよ。」
昔、中華丼を頼んで「失敗」した経験を持つ斉君が満足そうに呟く。
 
定休日は・・・火曜日。
で、以前の店は火曜日のみの営業・・・。
ん?
いったい何があったんだろう。
 
新しい店に親夫婦の姿はもちろんない。
 
「ご飯の炊き方でもめたのかなぁ?」←わたし
「まさか・・・」←斉君
 
それぞれ頭の中でストーリーが始まった。
帰りの車の中は無口な2人だった。
 
因みに・・・満福軒のメニューは
昔、3人で店をやっていた頃の
「ラーメン屋」メニューになっていたのだよね。
真相はいかに!
 
火曜日に来るっきゃないな。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:44


2006年11月21日
身体と心は

密接に繋がっている。
って、そんなベタなぁ・・・。
けど、それを忘れていることが意外に多い。
しかも、「心」の方に重きを置いている場合がほとんどだ。
 
多分、このタイトルに違和感を覚えた人が
少なからずいるはず。
「心と身体」に直すとしっくり来る?
ね、やっぱり「心」が最初に来る・・・。
 
思春期の子供たちに自殺が流行していて
今時の子供たちは
「心」と「身体」がバラバラになってしまっているのだな、と痛感する。
「心」だけが暴走すると
生きたいと頑張っている・・・絶対に死にたいとは動いていない身体を
無理やり、制御し、支配して
死へ突き進む。
その瞬間まで、必至に生きようとする「身体」を
「心」が殺してしまっていいものか。
なんて惨いことだろう。
 
本当に「心」だけで命が絶てるものならば
やってみるがいい。
自分の意思がそんなに強いと思うなら
息を止めて窒息できるか?
念じて心臓を止められるか?
胃から腸から、食べたものを吸収しないことが
己の思うままに出来るのか?
もし、そう出来るなら
「身体」も「心」とともにあろうとするのだから
「自死」もやむを得ないのかも知れないが・・・。
 
いやいや・・・そんな話をするんじゃなかった。
 
この日は、とりとめもない
つまらない、どうでもいい雑念が
頭の中をグルグルと駆け巡り
身体の動きが思うようにいかない一日だったのだ。
火曜日だから
当然のようにプールに行ったのだが
ちっとも上手く泳げない。
変なところに力が入っているのか
それとも力が入らないのか・・・。
呼吸もタイミングをはずす。
水を飲む。
水に乗れないから、スピードも出ない。
 
こういうときはどうすればいいか。
 
もう、泳ぎこむしかない。
ただひたすら泳ぐ。
すると身体が中心になっていくのが分かる。
身体が心をコントロールしていくようになるのだ。
これは不思議だけれど本当だ。
多分、ランニングでも他のスポーツでも
同じことが起きるのではないか、と思う。
 
2000メートルを越え
3000メートルに近づくと
疲れも感じなくなって
自然に動いている身体だけがそこにある。
いつの間にか雑念は消え去り
それが何だったのかさえ忘れている。
 
スポーツの良さは、そこにあるのかも知れない。
 
身体に心を任せてみるのも
いいもんだよ。
 

Posted by mamedi5047604 at 17:09


2006年11月20日
一日

パソコンの前に陣取って
写真の整理をやろう!と・・・思っていたけれど
やっぱりフラフラと本の方へ引き寄せられる。
意志薄弱だなぁ。
 
もう、すっかり老眼鏡とは
切っても切れない間柄になってしまった。
朝の新聞に始まって
パソコン、携帯のメール・・・読書・・・。
始めは慣れずに
かけなくても何とかなったので
面倒くさいから裸眼でいいや、などと
やっていたら頭痛になった。
コマメに眼鏡をかけること、と自分に言い聞かせ
今や鎖で繋がっている。
 
「あなたは鼻が低いから眼鏡をかけるようにだけはなるな。」
と、シビアな母に言われながら育った。
小学生の頃は集団に溶け込めないタイプで
読書に明け暮れた日々を過ごして仮性近視になり
母から読書を禁じられたときには
本当に辛かった(けど、隠れて読んでいた)
それが治って、両目とも2.0の視力のまま
45歳まできたことは本当に幸運だったと思う。
闘病生活の過酷な肉体的ストレスが
一気に視力を低下させたことは残念だけれど
年齢から言えば順当なのだろう。
 
年齢を重ねる、ということに
どうしても馴染めなかった時期もあったように思うのだが
知らず知らず「そういう自分」になっていくのは
不思議でもあり、時の優しさを感じることでもある。
 
わたしは癌という病気によって
人生に一つのはっきりとした節目をつけられてしまったから
案外、諦めがつきやすかったのかも知れない。
もう、更年期も越してしまったのだから・・・ねぇ。
更年期障害も病後(手術後、治療後)の格闘の中で
まとめてやっつけてしまわなければならなかった。
辛くなかったと言えば嘘になる。
ヒステリーも起こした。
口にしてはいけない言葉を
わざと吐き出して
自己嫌悪に陥ったこともなかったわけではない。
 
しかし、「生きる」ということが
どれほど素晴らしいものなのかを知ってしまったから
毎日をよりよく楽しく生きていくことに夢中になれた。
これから、そういった山を越えなければいけない同年代の友には
申し訳ないような気分さえする。
 
歳をとること、時間を積み重ねることは
決して枯れていくことではないし
萎えていくことでもない。
若い頃とは違った力や瑞々しさを持てるから。
もし、不安になっている友がいたら
そう言って約束しよう。
 
元気で活き活きした婆を目指して
今日も行く!

Posted by mamedi5047604 at 15:46


2006年11月19日
やっとこさっとこ

トテチテタ〜♪
信州旅行の写真をまとめた日だ。
 
ともかく暇さえあれば、プールに行ってるし
プールに行けば最低でも2時間半は家を留守にしなければならないし・・・。
家でのんびりしてるかと思えば本に嵌ってしまう。
週末には仕事があるから
金曜日以降はその準備もあって
パソコンに向かっている時間がなかなか取れないのである。
それでもパソコンは・・・と言うより
このホームページはわたしの趣味の一つで
4年半前の開設から何度もリニューアルをして
続けてきた大切なスペースだ。
 
ネットを通して知り合った方たちも多い。
 
最近はミクシィというサイトにも手を広げてしまったが
あちらはあちらでメモ代わりに使わさせてもらっている。
いや、だってね、メモでもしておかないと
忘れちゃうんだよねぇ。
 
それにしても・・・整理のつかない写真の山を
今年中に何とか出来るのか?という疑問が沸き起こる。
げ・・・
ひまわりだって・・・コスモスもある・・・やべ、ススキもだ。
 
う〜〜〜〜ん。
 
晩酌の習慣をやめれば・・・なんとか時間が作れるか?
いやいや、それは無理と言うものだ。
ま、いっか。
のんびりのんびりやっていこう。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:04


2006年11月18日
ぼ〜っとしながら

仕事もしたんだよ。
 
そんでもって、本日(18日)は
朝9時からダイビングのため富戸港に向かった。
11月も半ばを過ぎて
ウェットスーツでダイビングをするなんて
まぁ、どうかと思うけど
インストラクター(兼ガイド)のダイバーKも
ウェットでなんとかいける、と言うからさ。
いや、それほど潜りたいっていうのが本音。
 
しかし、貧乏にも程がある。
今年、14本目のダイビングだと言うのに
器材の一つも買わないで過ごしてきたんだから・・・
我ながら呆れるね。
が、ダイビングショップのオーナー夫妻は
暖かくわたしを迎えて下さるわけよ。
それに甘えきってるのが現状。
毎回、借りるウェットスーツは
既に私物化されていると言っても過言ではない。
何故か「でぶ2」という名前のスーツなんだな、これが・・・。
 
スーツの着脱にも慣れてきたし
器材の装着も自分で出来るようになった。
これだけ潜るのは
それが目的でもある。
ダイビングは「全て自己責任」だから
本来、自分のことは自分でしなきゃ駄目なのだ。
しかし、間が空いてしまうと
なかなか覚えられない。
エントリーの手順・・・潜行のタイミングや
海中での中正浮力の取り方など等。
頭じゃなくて身体に覚えこませなきゃならないことだらけで・・・。
どちらかと言うと頭で考えることを優先しがちなわたしは
回数をこなしていくしかないように思う。
 
今回はダイバーKの野郎が
今度の連休に沖縄に行き腐るとかで
カメラを荷造りしてしまったから写真を撮ってもらえなかった。
そうそう、彼はインストラクター兼、ガイド兼、お抱え海中カメラマンなのだ。
こうなると恩人も師匠もない。
 
水温は18度Cと温かく
皮下脂肪が適度(?)についているわたしには
我慢できない水温ではなかった。
が、陸に上がると急激に体温が奪われるわけ。
気温は14度C。
5分もすると一気に寒さで震えがくる。
一本目から上がると思わず走り出して
漁港の脇にある(ダイビングセンターの前にある)
温泉丸に飛び込む。
飛び込むっつったって
エントリーポイントから漁港までは
歩いて10分くらいかかるんだから・・・。
温泉丸というのは古い漁船を改造して
そこに温泉を引き湯船に仕立ててある優れもの。
ダイバーには無料で提供されており
1艘はウェットスーツを着たまま入浴できる。
もう一艘は水着のみ入浴可。
もちろん混浴だが・・・だからどうだってもんでもない。
 
ダイビングそのもので言えば・・・
透明度も悪くなかったし、魚影も濃かったし
毎回、何か違うことが起こるから
ダイビングに飽きるなどということは決してない。
それに、ダイバーKはどんどん場所を移動して
色んなところに連れて行きたがるけど
わたしは、もっと同じ魚やポイントを観察しなけりゃ気が済まないタイプなので
見るたびに何でも新鮮に見えてしまう。
クマノミだけを45分間ずっと見てろ、と言われれば
喜んで観察しているだろう。
「それでもいいよ。」と言ったら直ちに却下された。
「それじゃ俺がつまんないでしょ〜がっ!」
「置いてってくれていいのに・・・。」
「まだ、そんなわけにはいきませんっ!」
「あら・・・。」
新米は辛い。
 
前回、その美しさに目を見張ったヒメハナギンチャクは
まだ同じ場所にひっそりと咲いて(?)いた。
寒くなったら溶けてなくなってしまう、と聞いていたウミトサカも健在で
オルトマンワラエビが住み着いていたし
ホソフウライウオという珍しい魚もカップルで浮遊していた。
なんて文字で書いても分かんないよね。
もちろんネットで検索すれば今時は綺麗な画像で紹介もされているんだろうけど
なんかそれじゃつまらない。
最低でも生写真で見せたいんだよなぁ。
返す返すもダイバーKの野郎が・・・。
 
今回、一番の事件は
カスザメ・・・(これはダイバーKとダイビングショップのオーナーの見解が分かれ
ドチザメじゃあないか、とかオオセじゃないか?とか・・・。一応、カスザメで落ち着いた)
の死骸が海底にあったこと。
1メートル20以上はあったんだよ。
だから1メートル50には見えた。
死骸と言ってもまだ新しく
遠めには今にも動き出しそうで緊張した。
ダイバーKはがっかりした様子だったが
わたしにしてみれば
あんなでっかい鮫系の魚が
こっちに向かってきたら・・・びびる。
自然界を舐めちゃいけないよってね。
 
海の中で人間は無力だ。
第一、器材をつけていなければ生きていけないし
器材をつけていても(いるからこそ)
10メートルの深さから一気に浮上したら逝ってしまう。
どんなに小さな魚たちよりも劣る生き物なのだ。
そういう謙虚さを忘れちゃならん。
 
あと1回・・・12月の頭に潜れるかなぁ・・・。
 
「真理さん、随分はまっちゃいましたね。」
うむ。
けど、それ以上に
まともに潜れるダイバーになりたいのだよね。
 
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 13:55


2006年11月17日
ぼ〜っとしていた

珍しい一日だった。
無為に時間を過ごすなんて
滅多にないことで・・・
 
慣れていないから
自分を取り戻すのに苦労した。
 
まぁ、そういうこともあるだろ・・・。

Posted by mamedi5047604 at 23:00


2006年11月16日
子供は・・・

親の人生の免罪符ではない。
 
子供のために生きるのは
親として当然のことだけれど
子供を言い訳にして自分の人生を組み立てるのは
間違っている。
 
自分の人生は自分で責任を持つしかない。
 
あなたの命はあなたにしか生きられないように
わたしの命はわたしにしか生きられない。
 
もし生まれ変わったら・・・そんな仮定が成り立つほど
自然は甘くないと思う。
生まれ変わりなんてない。
たった1回だけの奇跡を今、わたしたちは生きている。
誰も皆、奇跡の一瞬を生きている。
 
正しさだけが全てじゃないさ。
いや、正しさは時として何よりも禍々しい刃であるかも知れない。
 
晴れ時々嵐
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 22:38


2006年11月15日
色気よりゃ食い気だろうよ!

化粧はしなくても旨いもんは食いたい。
眉毛がゲジゲジでも全く気にならないが
まずいものを口にするのは許せない。
鼻毛出てるよ!と言われたら恥ずかしいが
「げ!まじ?」で誤魔化せる。
しかし、空腹をとりあえずファーストフードで・・・
などと言う誤魔化しは絶対に効かない。
 
今までもそしてこれからも
きっとこのスタンスは変わらないのだろうと思う。
 
「いい女」であるより(あった試しはないが)
「違いの分かるヤツ」になりたい。
10年若返ることが出来るか
10年分好きなものが食えるか・・・
2者択一なら迷うことなく
後者を選ぶ。
 
蕎麦打ちに挑戦。
やってやろうじゃん!

Posted by mamedi5047604 at 22:21


2006年11月14日
伊豆の秋

伊豆は寒暖の差が少なく
美しい紅葉は望めない。
木々の葉は立ち枯れとなって
干からびたように葉を落とす。
 
それでもモミジやウルシの燃えるような赤は
金色の夕陽に映えて美しい。
 
夏には、幼い頃の思い出を彷彿とさせた中伊豆への道が
今はすっかり秋色に染まって
セピアにくすんだ山々・・・と言っても
数百メートルの高さもありはしない・・・が
レンガを組み合わせたように浮かんでいる。
風に舞う木の葉が走る車にまとわりついて
そのまま後ろに渦を巻く。
 
どうやらわたしは
プールまでのドライブを楽しむ習慣が身についたようだ。
ほんの一瞬だったり
とるに足らないほど小さな事柄だったり・・・
けれどもそれが
宝石のように煌くことがあって
珍しく一人であることが残念でならない。
あまりに美しいそれらを
共に感じあえる相手が欲しい。
寂しさとは違った想い・・・。
 
ありゃりゃ、人恋しい秋だったりする?
 
しかし、泳いでいるときは
誰にも居て欲しくはないから
ふとした気持ちの落とし穴なんだろう。
もう、そんな罠に嵌って「恋」なんかしない。
ああ〜〜〜、それでいいのかぁ〜〜っっ!?
 
夕食時・・・どうもそれでいいらしい・・・。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 21:37


2006年11月13日
あんれまぁ・・・

今日は何日だ?
遂に2週間・・・まぁ、いっか・・・。
 
久しぶりにゆっくりと過ごした(らしい)。
湯船に浸かって歯を磨いて
うつらうつら、まどろんでもみた(らしい)。
2週間も前のことだから、メモを読んで思い起こしている。
 
我が家の風呂場には小さな浴槽用の枕があって
これに頭を乗せてのんびりするのが、わたしは好きだ。
湯船の温度は常に一定に保つよう器械が取り付けてあるので
いつでも快適な入浴が楽しめる、という訳だ。
スイミングとダイビングを始めるまで
弾性ストッキングを脱いでリラックス出来るのは
寝るときを除けば入浴時だけだったので
この器械には大変お世話になった。
 
わたしはいつも半身浴をしながら
ゆっくりと20分くらいかけて歯を磨く。
そうするうちに身体の中から温まって
頭から汗が流れ落ちてくるほどになる。
この方法をとるようになってから
湯冷めをしなくなったように思う。
 
歯を磨く・・・と言えば・・・
わたしには虫歯がない。
もう何度も自慢げに吹聴して回ってるから
知っている人も多かろう。
これは遺伝的要素も絡んで
持って生まれた素質によるところが大きい。
必ずしも「歯磨き」効果とは限らない。
何故なら、わたしの歯磨きは
入浴時の一日1回きりだからだ。
それも怠惰に電動歯ブラシ任せ。
以前は手動で磨いていたけれど
もっと短くて10分もかけなかった。
それでも虫歯の一本も出来ないところを見ると
これはもう個体の持つ素質としか言いようがない。
 
毎食後、例え外出先でも歯磨きを怠らない人
というのが増えていると聞くが
ご苦労なことだ、と思う。
もっともこういう人たちは
口臭にも敏感だということだ。
 
わたしは虫歯が一本もない上に
処置歯もないので
内部からの臭気はどうか分からないが
自分の口臭が気になったことはない。
ああ、酒臭いのはしょっちゅうかも知れないけどね。
 
以前、テレビの健康番組で
出演していた歯科医が
「虫歯と唾液の関係」について話していた。
口の渇きやすい人は虫歯になり易い、というのだ。
虫歯は赤ん坊の頃に主に親から口内の細菌が感染し
その菌によって発生するものがほとんどだ、と言われるが
唾液が多いとその発生率が下がるというのだ。
 
そう言われてみれば
わたしは唾液が多い。
睡眠時、うつ伏せに寝ると
水に溺れる夢を見ることがある。
自分の口から零れ出た唾液に
窒息しそうになってそんな夢を見るのである。
汚い?
自分の唾液が汚いもんか。
枕カバーは洗濯すりゃぁいいのだ。
 
また、歯を磨くときに
口に溜まる唾液が溢れ出て
ダラダラと垂れ流し状態になる。
これはいつも決まってそうなので
人前で歯を磨くことが出来ない。
洗面台に覆いかぶさって磨くことになるからだ。
だから風呂場で歯を磨くことは
わたしにとって理にかなったことなのである。
 
もう一つ、口内の風通し・・・も重要なポイントなのだそうだ。
口内に新鮮な空気を循環させることは
細菌の発生を抑えることになるという。
だから大きな口を開けて笑う、というのは
虫歯の予防にもなるのだ。
これも、なるほどと納得出来る。
嘘?
ほんと!
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 16:10


2006年11月12日
こういうテーマパークは・・・

問題が多い。
伊豆高原駅前にある「ドッグフォレスト」という施設である。
あるペット用品(フードも含む)関連の企業が設立した犬のテーマパークだ。
公共性の高い「動物園」や「水族館」とは違うから
企業主体となれば、どうしても利益優先となるのは仕方がない。
しかし、先だっては、広島の件もある・・・
経営状態の悪化は即、犬たちの生き死に関る。
 
因みに、この会社・・・社員220人中170人がアルバイトである。
全国に11箇所もの事業所があるのに
正社員は半分にも満たないのだ。
まぁ、余計なお世話だと言われりゃその通り!
 
ここの経営状態がどうなっているのか・・・それは分からないけれど・・・。
 
この施設では、「見学料」を払って
「子犬の販売施設」も見学することが出来る。
(なんだよっ!それっ!)
ブリーディングも行っているのだ。
が、ぶっちゃけ生体販売である。
母親と同胎の兄弟たちも見ることが出来る!が謳い文句だが・・・。
一般のペットショップとの差別化のつもりか?
一見、違いが分からない。
って、元々、ペットショップもやってる会社だもんな。
 
母親の状態も・・・見せない方がいいんじゃない?と思うくらい
出産やつれしている。
 
そこで、「卒業犬の里親募集」というポスターを見た。
繁殖に使った牝犬を
繁殖には使えなくなったから
誰かに引き取ってもらってお払い箱にしよう・・・という
いや、どう善意に判断しても、そうとしか思えない内容の
ポスターなのである。
ほとんどの犬が7歳。
しかも、避妊手術もしていない。
それもこれも、みんな里親になってくれる人任せにしようという・・・
わぁ〜〜〜、ご都合主義やねぇ〜〜〜〜!!
 
おいおい、いい加減にしろよっ!
今まで散々、お金を稼いでもらってきたんだろう?
最低、避妊手術くらい負担しろよっ!
と、思ったが・・・接客に応じるのは
どう見ても「アルバイト」だ。
みんな犬が好きで、この仕事に就いたんだろうねぇ。
 
7歳にもなったシニア犬・・・しかも繁殖専用であって
基本的な訓練が入っているわけでもない。
避妊手術もしていない。
大型犬が半数いる。
いったい誰が引き取ってくれると言うのか?
ねぇ、ねぇ!
引き取り手がいなかった場合
あの子達はどうなるの?
ここの左メニュー「こいぬ村の里親募集」参照。
 
それが、みんな引き取られて「幸せ」に暮らしてるって言うんだけど・・・
嘘っぽい・・・。
だって、わたしが行ったとき20匹近くいたぜ。
 
むぅぅぅぅん!
 
個人がぎゃぁぎゃぁ騒いでも
屁とも感じないだろう企業を相手に
物言えるとすればそれは
行政だったりするんじゃないの?かなぁ〜。
法律が改正になったけれど
「ざる」じゃないのか?「ざる」じゃさぁ〜!
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 22:36


2006年11月11日
信州紀行 V

これは8日から9日にかけてのことである。
 
いやぁ〜、飲んだ、飲んだ。
例によって浴びるほど飲んだったわい!
途中、もう一人の友人、昆虫学者(サンタさん)も来てくれて
他に客もなし、ってな状態だったせいもあって
館長(この店の店主)も加わって大盛り上がり。
7時頃から午前1時までガンガンに飲んだ。
 
山に昆虫採集で入ることの多いサンタさんは
今年の秋は4回ほど熊と遭遇したらしい。
けど、熊はなんてことないんだそうだ。
それより、熊を狙ってやって来る猟師の方が怖いんだって。
150キロあるサンタさんがダウンジャケットなんぞ着こんで
茂みの中をうろうろしていると
見間違われて撃たれることは有り得ることだ。
で、今年の春には危なかったそうで
遂に量販店に行って
「大安売り」という真っ赤な地に白で染め抜いた幟旗を購入し
背中に刺して山の中を移動することにしたという。
う〜ん・・・見てみたい。
 
以前にも話題にしたが
サンタさんは、通称サンタモドキと言って
飯田の町の良い子(一部限定)には知られた存在だ。
長い髭と150キロの巨漢は(本人は筋肉だ、と言い張っている)
ただでさえ目立つのだが
これがクリスマスの頃になると
赤い衣装よろしくサンタクロースに変身して
プレゼントを配りに4輪駆動車を走らせるのだ。
見かけは○○だが、心優しい叔父さんなのだ!
でも独身なのだ!
 
一方、友人は5時過ぎには店に来ていたようで
わたしたちが到着したときには
既に出来上がっていた。
毎回、わたしたちより早く着いて
先に始めているのが彼のスタイル。
しかし、更に飲んだので
翌日は使い物にならなかったらしい。
少なくとも7合以上、日本酒をやっつけてたからなぁ。
彼はネットでイラストを請け負うプロの絵描きである。
めっちゃチャーミングな(けど、かなりマニアックに違いない)奥様がおり、
可愛いが破壊童子と呼ばれる3歳児の息子と
最近、とみに女の子らしく成長し
絶対美人になっちゃうぞ!っという小学生の娘ちゃんの父親でもある。
(父かなりびびっている)
頭の回転の良さと語彙の豊富さは
口から先に生まれてきたようなわたしでさえ歯が立たない。
やっぱ口先だけじゃ駄目なのねぇ〜。
 
で、一緒のペースで麦焼酎を飲んでいた斉君は
翌朝、激しい二日酔いで
危うく使い物にならないところであった。
が、ともかく身体に残っていたアルコールを排除し
なんとか復活を遂げた。
 
わたし?何故か大丈夫だった。
不思議だ。
蓼科の温泉に寄って、新蕎麦を手繰って・・・という
メニューが残っているので
二日酔いなんかになっている暇はないのだ。
 
今回は奥蓼科温泉まで行く。
 
それはこじんまりした温泉で
男女とも露天風呂2つだけ、という素朴なもの。
しかし、施設は大変清潔で綺麗だったし
鉱泉特有の柔らかな泉質にも満足した。
料金は500円。
安い。
冬場は雪の中になるらしい。
が、洗い場は屋内になるので安心だ。
 
蕎麦は「もの食う・・・」に記した通り。
 
画像をスライドショーにしてみた。
ここ
をクリックしてみて!
 
しっかし、実に楽しく面白く充実した旅であった。
世界に飛び出すのも良いけれど
日本も素敵なところはまだまだいっぱいある。
そして出会いはいつも飛び切りに素敵だ!
うんうん!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 21:35


2006年11月9日
信州紀行 U 続編

「北斎館」を出ると11時を回っていた。
昼食の予約を取ろうと小布施中央に位置する
「蔵部」という店に向かう。
これは「もの食う・・・」に記した通りだ。
 
席が空き次第、携帯に連絡をくれる、というので
だいたいの目安時間を聞いて
他を散策することにする。
 
「日本のあかり博物館」
これは小布施が菜種油の一大産地であったことに由縁するそうだ。
1000点近い灯火具を展示してある。
中でも面白かったのは
闇を作って、灯火具によってどんな明るさになるのか体感出来る
部屋が設えてあったことだ。
行灯や和蝋燭の明かりがいかに暗いものであったか驚かされる。
ここを出たところで携帯が鳴った。
GOOD TIMING!
 
昼食後、高井鴻山の住まい跡を資料館として展示している記念館に行く。
高井氏自身も妖怪画などを多く残している。
北斎に与えたアトリエ「碧い軒」も見ることが出来る。
高井家は農家でありながら商家としても栄え
姓を得るほどの名家であった。
 
小布施は、町おこしの一環として
民家の庭を一般公開する「オープンガーデン」を始めことでも知られる。
なるほど街路といい、そこかしこの庭先といい
綺麗に整備されている。
栗の名産としても知られているだけに
栗を使った菓子の販売が目に付く。
 
昼食をとった「蔵部」を経営する
枡一酒造という酒蔵が
小布施の復興の大きな原動力となった。
しかし、その中心となった人物は
日本人ではなく
海外からの留学生であったことは有名な話だ。
アメリカ娘のセーラが信濃の小さな町小布施を変えた・・・と
まぁ、そんなところか。
 
さて、小布施を堪能した後は
温泉である。
エルグランドの旅はトイレも風呂も
外の施設に頼るしかない。
高速のサービスエリアやコンビニのトイレが整備されたことで
そっちの心配はほとんどなくなった。
風呂は?
これはもう、日帰り温泉が盛んになって
全く問題がない。
 
今回は秘境の温泉を訪ねることにした。
小布施から群馬に向かって山奥のどん詰まり・・・
高山郷にある七味温泉というところだ。
途中の温泉場を過ぎてから渓谷沿いの山道を
対向車が来ないことを祈りつつ進む。
滝があったりして景勝地なのだが
いかんせん駐車する場所がない。
「熊出没注意!」の看板に野生の猿が座っていたりする。
所々、大きな岩が転がっていて
舗装はされているのだが
ちょっと心細くなってきた頃
ようやく数件の温泉旅館が見えてくる。
 
しかし、不安を克服してここまで来て良かった!!
僅か500円の入湯料で
素晴らしい眺めの露天風呂に入ることが出来たのだ。
(男風呂は道路から丸見えだったそうだが)
山奥だけに紅葉のピークは終わってしまっていて
それが少し残念だったが
金色の木々が残っていて、それが西日に映えて美しい。
しかも泉質は草津の湯に匹敵するという。
白く濁った硫黄泉で身体の芯から温まる。
但し、貴金属には注意しよう。
シルバーの指輪をしたまま入浴したら
一瞬うちに真っ黒に変色してしまった。
もっとも、磨けばすぐに元に戻るけど・・・。
いんや、いんや、良かったってば!
 
つづく
 

Posted by mamedi5047604 at 14:59


2006年11月6日
日々の思考

ひとが複数になれば
そこには必ず「関係」という繋がりが生じるものだろう。
精神的、肉体的、その他諸々・・・ひとはみんな違うから
「関係」というバランスを取ろうとする。
そのバランスの歪みが「いじめ」であり「差別」だ。
 
弱いものは更に弱いものを求める。
自分が最下層であることを避けるためには
どうしても自分より「下」の存在を作り出さねばならないからだ。
そこに「いじめ」が発生する。
しかし、弱者は単体である場合にその自覚はない。
どこかに強者の存在がなければ弱者も在り得ないのである。
弱者も強者も相対的な存在でしかないからだ。
絶対的存在でない限り
ほんの小さなきっかけで立場は簡単に逆転してしまう。
「いじめ」の悪循環だ。
 
いじめの原因は「いじめる側」にある。
しかし、いじめられる理由は「いじめられる側」にある。
原因も理由も同等に見つけ出し対処していかなければ
いじめを根絶することは出来ない。
いじめる側もいじめられる側にも
彼らを「弱者」たらしめる「強者」の存在があるはずだ。
それを明白にし彼らを弱者という立場から解放してやることが
何より重要な課題なのだ。
 
学校という社会を形成しているのは
未熟な子供たちだ。
子供というただそれだけで
彼らは「弱者」という立場に簡単に追い込まれてしまう。
 
もちろん、彼らにプライドを持たせ
絶対的価値観を築かせることが出来れば
それに越したことはない。
自分を誰とも比べない。
自分は自分である、と信じる。
本当に「強い」ということがどういうことなのか。
それを理解すれば己の「弱さ」も見えるだろう。
自己の「弱さ」を知ることは
他者への「優しさ」を育む。
 
まずは親が教師が
真に「強きもの」でなければならないのだが・・・
 
簡単に死ぬな。
簡単に自分を殺せるなら
簡単に他者をも殺せるだろう。
誰も殺してはならない。
殺さない、殺されない。
これが生きる最低の基本形だ。
 
本当の孤独なんて滅多にあるもんじゃない。
本当の孤独は天才のみが知る苦悩だ。
凡人が「誰も自分を理解してくれない。」と嘆くのは馬鹿だ。
己を充分に知りもしないくせに
他者が理解してくれると思うのが馬鹿でなくてなんだろう。
理解されてもそうと気づくことすら出来ないのだから。
 
自分の思うように生きられると思うな。
努力や祈りが必ず報われると思うな。
人生は挫折の連続だ。
けれどいつか「これだ!」と思える瞬間はある。
努力をすれば必ずそういう瞬間に巡り合える。
誰かを正しく愛せば、あなたを愛する人はきっと現れる。
何より、生きるということは覚醒と発見の喜びに満ちている。
それだけで人生は充分に楽しい。
それだけで人生は美しい。
 

Posted by mamedi5047604 at 21:58


2006年11月5日
休めるときに休む

休む=読書
 
遂に「剣客商売」も14巻めを迎えてしまった。
番外編を入れてもあと数冊しか残っていない。
読みきるのは名残惜しい気がする。
良い作品に出会うと、こういう気分になることが珍しくない。
池波正太郎作品があと2作品も控えてくれているのは救いである。
 
友人じゃないが、この作品は
これからも何回か読み返すに違いない。
 
わたしは面白かった本を何回も読み返すのが好きだ。
古くはルーシー・モンゴメリー作品で
擦り切れるまで読んで、今あるのは2代目だ。
文庫本だと耐久力に難があるので
出来ればハードカバーの本がいい。
が、ハードカバーは値が張る。
 
昔から古本屋に通って
お目当ての作品のハードカバーを
安く手に入れようと随分腐心したものだが
今はネットで検索出来るので実に助かっている。
古本屋巡りも楽しいが
田舎住まいを決めてからは
そう簡単に出来なくなってしまった。
初めて読む作品は文庫本にした方が無難なのだが・・・。
 
お気に入りの本たち
これから読もうとする本たち
が本棚をどんどん占拠していく様を眺めるのは
至福のときである。
今度はあれを読み返そう、とか
今度はあれから手をつけるか、とか・・・。
 
しかし、わたしにはやりたいことが多すぎる。
今週は当分、読書も出来ないだろうから
今日という日を大切に過ごそう。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 23:17


2006年11月4日
うぅぅぅぅ・・・

書きたいことは山のようにあるのに
古い順に過去の日記を埋めていかなければならないのは
ちょっと辛い。
が、このブログの仕組み上
新しく書いたものをトップに持ってくる、という技が使えないので
こういう書き方をしないと
古い記述が日の目を見ないという危惧が
充分に考えられるのだ。
 
訪問者もたいして多くないわたしのHPで
記事を読んでいただく、という奇跡のようなことは
大切にしなければならない。
その割には、HPを紹介して下さるという申し出を
辞退することが多いのは何故だろうね?
う〜〜ん・・・複雑な乙女・・・いや、ババァ心。
 
ダイビング後、仕事を連続二日やっつけるのは
ちょっと無謀だったかなぁ。
来客に手伝ってもらってるようじゃぁなぁ〜。
いやいや、好意は有難く受け取る!
掃除、ベッドメイクをしっかり手伝ってもらった。
感謝の一日。
その分、きっちりみんなと楽しい夕べを過ごした。
それが一番大事!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 23:02


2006年11月3日
ダイビングですよん♪

注)以前のブログもそうだが
グレイの文字をクリックしていただくと画像に変わる。
 
今年のマイブームは言うまでもなく
水泳とスキューバダイビングである。
どちらもチャンスさえあれば何時でもしたい。
やる気満々!
 
しかし、スキューバダイビングには
様々な制約がある。
まず、ガイドが付いてくれなければ潜ることが出来ない。
しかもわたしのライセンスでは
普通の「ガイド」では駄目なのだ。
インストラクターの資格を必要とする。
 
そして安からず費用がかかる。
最低でもタンク代は用意しなければならない。
本来ならばガイド代もかなりかかるはずだ。
 
そんなことを言い出したら
器材を一切持っていないわたしは
全てレンタルなのだから、本来その費用も加算されて然るべきなのだ。
それを知り合いのショップだからということで
何もかも考えられないほどの格安料金で潜らせて「いただいて」いる。
感謝しなければ・・・。
 
にしても貧乏人には
費用捻出の努力を要することに
変わりはないのである。
 
水泳もプールまでの距離を考えると
簡単に行けるものでもないし。
 
はぁ・・・びんぼって、びんぼって・・・
 
なんつって、チャンスにはすぐに飛びつく。
前後の見境がない。
どぉわってぇ〜〜〜!
チャンスを掴むんじゃなかったら
この手は何のためにあるのさぁ〜〜〜!
 
11本目のダイビング。
11月とは言え気温は20度。水温も22度と高い。
場所はいつもの伊東富戸。
ヨコバマからのエントリーである。
わたしの嫌いな垂直潜行・・・。
何とかイントラに助けてもらって潜ってみる。
晴れ女は海にも強い。
透明度は18メートル。
イソギンチャクがお出迎え。
 
いきなりソラスズメダイの群れに遭う。
大群だ。
こっちのが綺麗に見えるかな?
このダイバーはわたし・・・。
 
イソギンチャクの中にはミツボシクロスズメダイが群れている。
もう少し成長したら沖の方へ行ってしまうそうだ。
の可愛い姿も今のうちしか見られない。
 
ウミトサカを発見。記念撮影。
ここにはオルトマンワラエビが住んでいる。
今回は2匹いた。
夫婦?かなぁ。
 
前回、見たけど写真を撮ることが出来なかった
ヒメハナギンチャク
本当にこんな感じで光っている。
綺麗だ。
海の中って不思議だなぁ。
大きさはこんな感じ。にやけてるのはワタクシ。
 
カサゴもいるし、お馴染みのクマノミもいる。
小さなゴンズイの子供たちもいた。
ミノカサゴも常連だ。
これはナオトとハタテダイの群れ。ちょっと妬ける。
 
12本目。
条件は同じ。
ハタテダイに似ているけどツノダシ
こちらの方が大きい。
テトラポットの傍まで行ったら
ネンブツダイの群れが漂っていた。
動きがないのでどよ〜んと浮いているように見える。
この大群は凄い。
 
テトラポットの隙間に
これは大きなゴンズイの塊を発見。
これをゴンズイ球と呼ぶ。
ちょっと気持ち悪い?
 
それでは、これは鯵の群れ
美味しそう・・・。
なんか生簀の中を写しているみたい。
しかし、海の中だ。
活きの良さは比べ物にならない。
こっちの勝ち!
こんなにいっぱいいるのにねぇ。
後ろから着いて泳いでるのは食えない→ナオト
こいつは煮ても焼いても食えない!
 
このほか、わたしたちは見逃してしまったが
イントラは海がめを見たそうだ。
 
そして、わたししか見なかったものには
ヒラメやミナミハコフグがいた。
ミナミハコフグは3センチにも満たない小さなフグで
黄色に茶色の斑点がある大変可愛い魚だった。
見られたことはラッキーらしい。
 
今年、無理をすれば・・・つまり寒さに耐えられるのなら
もう2本は潜れるかも知れない。
脂肪も必要だな・・・ダイエットするより楽だ。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 18:54


2006年11月2日
と、いうことでプール

連休が始まる前に
どうしてもプールに行きたくて
色々段取りを考えた。
3000メートルを2000メートルに減らせば
時間的にも体力的にも余裕が出るのではないか。
 
中伊豆の野菜売りの店にも
仕入れに行きたかったから
それも自分への口実となった。
 
2000メートルはウォーミングアップに毛の生えたようなもの。
それでも泳がないのと泳ぐとでは
気持ちが全く違ってくる。
実際、ちょっと無理をしてでも行って良かった。
いつでも泳ぎ始めるとそう感じる。
 
野菜と卵を仕入れて
山を越え戻ってくる。
途中、市内でその他の食材を買う。
帰宅後、一休みして
ベッドメイクだけでもしておこう。
そうすれば、翌日からの来客を迎える準備も
楽にこなせる・・・予定だったんだよな。
 
んがぁ〜しかぁ〜し!
 
まぁ、そっからは「もの食う・・・」に書いたとおり。
 

Posted by mamedi5047604 at 12:30


2006年10月31日
帰路

町田から横浜線で桜木町まで行き
京浜東北線に乗り換え石川町で降りる。
中華街へ行くときには
一番後ろの車両に乗ると良い。
降りたホームのすぐ左の階段を下ると
中華街に近い改札口に出る。
 
信号を渡って延平門(西門)をくぐり
中学校と高校の間の西門通りを
中華街大通りに向かって歩く。
駅から5分ほど歩いた左側にある台湾烏龍茶の専門店が
わたしの行きつけの店のひとつ
天仁銘茶(銘という字が違う〜)である。
ここの凍須烏龍茶が好きだ。
緑茶に近い製法で作られており
甘みがあって香りが良い。
ジャスミン茶も美味しい。
茶葉には奢って100グラム2000〜3000円のものを買う。
普段遣い出来る袋売りの安価な烏龍茶も揃っている。
店内では高級茶を試飲させてくれる。
 
善隣門をくぐると中華街大通りである。
大通りと言っても一方通行の細い道だ。
歩道も決して広くない。
以前は電信柱が立ち並び
もっとごちゃごちゃしていた。
火災があって防災上の点から
全ての電線を地下に埋めてしまったのは少し前のことだ。
すっきりとはしたが、中華街らしさが削がれた気がするのは
たまにしか行かない観光客の視点だろう。
 
すぐ右側に中華菓子や点心を販売する香港飯店がある。
わたしが横浜に住んでいた頃
この店は気軽に入れる中華料理の店だった。
山下町に職場のあった父が昼食によく利用していたので
わたしも随分、連れてきてもらったものだ。
パイコーメンと海老そばが美味しかった。
 
パイコーメンは醤油味のラーメンで
細うちの卵そばの上に
豚の骨付きロース肉を豪快に揚げたものが載っている。
香辛料の効いた豚の衣と
さっぱりとした醤油味が絶妙であった。
今でもここのパイコーメン以上に旨いパイコーメンに巡りあわない。
 
海老そばは
野菜と大振りの海老を炒め合わせた餡が
たっぷりとかかった塩味のラーメンだ。
パイコーメンより、このそばの方がはるかに濃厚であった。
これは父の好物だった。
 
先代が引退後、今の形に店舗を改装した。
給仕をしてくれていた先代夫人が
店番をしているところを何回か見かけたが
最近は若い孫世代の男女が湯気の向こうから笑いかけてくる。
時々、ここでチーマーカオ(胡麻揚げ団子)を買う。
 
2本目の路地を右に曲がると香港路である。
その道なり右側にある「安記」
ここが2軒目の行きつけ。
朝9時から開いている。
中華街に働く料理人たちも利用するお粥の店として有名だ。
大通りに別のお粥専門店があるが
わたしはここのお粥の方が好みである。
 
店は狭くて薄暗い。
中華街というイメージとは程遠い。
老婦人と中年の婦人が2人で店番をしている。
気さくな2人なので中華街のことなど質問してみるのも良い。
お粥の種類も豊富なので
いつもどれを注文しようか迷う。
モツ(牛のハチノス)炒めも評判だ。
海鮮粥(三杯粥)とモツ炒めを頼む。
二品で満腹になる。
モツ炒めをテイクアウト出来ないか聞いてみる。
モツは足が速いので傷み易いが
「ちょうど保冷剤があるから
これと一緒に包んであげるよ。」と言ってくれた。
口調は決して丁寧とは言えないが
とにかく親切なのだ。
 
大通りに戻って市場通りの角に
源豊行という中華材料専門店がある。
市場通りにも食材を売っている店が所狭しと並んでいるが
価格は何処も似たりよったりである。
ここは中華街の別のところにも大きな店舗があって
主に料理屋に卸しているので
業務用のものを小分けにして一般向けに販売している。
安価なオリジナルラベルの商品がねらい目だ。
 
一通りの食材はこの近辺で手に入る。
市場通りには八百屋や乾物屋なども軒を連ねている。
今やスーパーでも香菜やターサイなどは売られているが
20年ほど前は、ここまで来ないと手に入らなかった。
干し鮑や干し海鼠など・・・一般家庭では馴染みの薄い品もあるので
覗いて見るだけで面白い。
ただ、安記のママさんだけでなく
華僑の人たちはかなりぶっきらぼうな応対をすることが多いので注意したい。
 
朝陽門(東門)に程近い
上海路手前の左側に華正楼(ろうの字が違う〜)新館がある。
北京料理の高級店だ。
この店の斜め前に本館がある。
本館は個室が基本でコース料理のみを扱っている。
それを単品のオーダーにも応えられるようにと建てたのが新館なのだ。
これまた父が仕事の接待で利用していた関係で
本館は家族揃っての外食によく来た。
 
で、新館が出来たとき、オープン前のお披露目パーティーに
父の代役として何故かわたしが出席したのであった。
「きっと食べ放題だぞ!」
という父の言葉に二つ返事で出かけたのだが
良かったのかなぁ・・・。
フカヒレの姿煮と北京ダックをお腹いっぱいに食べた。
大食漢のわたしが、満腹になるほど食べたのだ・・・。
今考えると恐ろしいことだ。
挨拶に席を回っていた若い支配人はとてもハンサムだった。
「いかがですか?」
ビールなんか勧められちゃって・・・ぐびぐび呑んじゃったもんなぁ。
ほっんとに色気のない女であった、昔っから。
後で彼がわたしをとても気に入ってくれていたらしい、と聞いたけど
近頃ではすれ違っても気が付かない。
ちぇ!
 
確かにこの店の料理は全体に高い。
他の店の三割高と見ていい。
が、フカヒレと北京ダックの味は
何処の店にも負けない、と思う。
そしてその価格は同じレベルの品なら
決して他店より高価だとは思わない。
安くて美味しいと評判の
裏通りの店にも入ったことがあるが
フカヒレの値段はほとんど変わらなかった。
そして味には雲泥の差があった。
新館には麺類もご飯ものもメニューにはある。
が、そういうものを食べるならここである必要はない。
それこそ「安くて旨い店」へ行くべきだ。
 
華正楼でのお勧めはフカヒレのスープ(姿煮なんかもったいない!)と
前菜5点盛り。
そして北京ダック。
澄んだスープ類も美味しい。
因みに上記3品でかなり満足する・・・わたしは。
誰かさんの骨折見舞いの帰りに食べたっきりだ・・・寂しい。
 
大通りを戻って中山路向かい側の角に
金陵酒家がある。
ここは肉料理の専門店。
自家製炭火窯で焼いたチャーシューやアヒルの丸焼きなど
店内でも食べられるが
わたしはいつも中華街の土産にテイクアウトする。
だいたい100グラム600円前後。
食べてみれば違いが分かる。
 
このほか、華僑のひとに人気の水餃子の店や
点心の店など・・・
紹介したい店は山のようにあるが
今回はこれまで!
 
腹へってきた・・・。

Posted by mamedi5047604 at 14:18


2006年10月30日
ウルトラソウルが効いたのか?

何に?
多分、いつもよりは酒臭くなかったはず・・・
そっち?
 
産婦人科腫瘍外来は、毎度のことながら大盛況である。
わたしの予約時間は10時だが、待合室の様子から見て
2時間待ちは覚悟しておいた方がいい。
以前は見知った顔も多かったが
最近はほとんど見かけることもなくなった。
ある意味気楽ではあるが・・・。
 
病院に来るまでの抵抗感とは裏腹に
一度中に入ってしまえば
気持ちは簡単に切り替わる。
開き直り?
そうかも知れない。
自分自身のことだけで言えば
わたしはまだまだ余力を残している。
もう一度、同じ闘いを繰り返さねばならないとしても
もう一度闘い抜くだけの力がある。
恐らく、わたしは負けない。
 
自分の痛みや喪失感ごときで
敗北を認めるほど軟じゃない。
と、強がってみる。
 
1時間半待って、わたしの番が回ってきた。
内診を終え、次回の予約を取って採血に行く。
「じゃぁ、次回は2月ですね。」
ん?
大きな検査はしなくていいの?
いつもならここで
CT検査と核医学シンチ、エコーの予約を
各科の受付に行って確認してこなければならないはずなのである。
レントゲンも撮らなくてよいの?
 
このドクター、大丈夫?
 
大丈夫らしい。
本当に免除らしい。
細胞検査と血液検査だけでいいのだ。
ふぅ〜ん・・・そうなんだ・・・へぇ〜〜。
 
・・・。
 
しみじみと柔らかな感情が湧いてくる。
 
こうして4年目の検診が終わった。
 
勝つまで気は抜かない。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 21:28


2006年10月29日
町田に向かう

月曜日は定例の検診日である。
相模原にある北里大学病院に行かなければならない。
わたしが子宮頸癌を告知され
抗がん剤治療を経て
広汎性子宮全摘出とリンパ節郭清術を受けたのが
4年前の11月のことであった。
 
毎年、この時期になると
節目の大きな検査を受けるのが慣わしとなっている。
 
通常の検診は4ヶ月に一度となった
産婦人科腫瘍外科の内診及び組織検査と
腫瘍マーカー、肝臓機能、白血球値を測るための採血。
それと放射線科の頚部、腹部の触診と問診である。
 
大きな検査とは
胸部レントゲン、骨盤内CTスキャン、肝臓エコー検査
腎臓核医学シンチの4つだ。
手術後、リンパ節への転移が認められ
放射線治療も受けたので
わたしの身体は100年かけても浄化されないほど
放射能で汚染(?)されている。
その上、レントゲンだのCTだの、はたまた核医学シンチだのと・・・
やれやれ、といった心境だ。
これといって目に見えるようなダメージはないが
放射線の後遺症がどれほどのものか、は
この身体が覚えている。
 
あと一年・・・この月を無事迎えることが出来たなら
一応、癌との勝負に勝ち名乗りを上げてもいいことになる。
生きている限り、定期的な検診は欠かせないのだが
それは一般の人と変わりのないことだ。
 
毎回、どんよりと重い気持ちを引きずりながら
北里へ向かう。
わたし自身の記憶の重さなんかではない。
共に励ましあい、助け合って闘った仲間のうち
帰らぬ人なった幾人かの記憶が重いのだ。
人の強さと弱さを正面から突きつけられて
目をそらすことも許されず
怒りと慟哭を
心に刻印せねばならなかった日々・・・
白い病棟の影が視界に入ると
全てを鮮明に想起する。
救いは・・・別れのときに彼女たちがくれた
あの淡い笑顔だろうか。
 
「真理さん、頑張ろうね!」
そう言ってわたしの手を包んでくれたあの温もりが甦る。
 
頑張ってね、じゃなかった・・・ね。
一緒に頑張ろう、そう言って別れたんだよね。
しかし、彼女たちに勝ち目がないことは
彼女たち自身にも分かっていたことだった
そして、わたしも知っていたのだ。
 
ええいっ!
湿っぽくなっていけねぇや!
 
だから・・・前日は美味しいものをガンガン食べて
美味しいお酒をじゃんじゃん呑んで
カラオケを全開バリバリで歌う。
上手くなんか歌えないけど
B'zの「ウルトラソウル」を熱唱しちゃう。
 
あの日、病室で繰り返し、繰り返し聞いた
そして歌った、わたしの応援歌。
萎えそうになった気持ちを奮い立たせるために
子供みたいに歌った歌。
 
ウルトラソウル

どれだけがんばりゃいい誰かのためなの?
分かっているのに決意(きもち)は揺らぐ

結末ばかりに気を取られ
この瞬間(とき)を楽しめない メマイ…

夢じゃないあれもこれも
その手でドアを開けましょう
祝福が欲しいのなら
悲しみを知り独りで泣きましょう
そして輝くウルトラソウル

おのれの限界に気づいたつもりかい?
かすり傷さえも無いまま終りそう

一番大事な人がホラ
いつでもあなたを見てるI can tell

夢じゃないあれもこれも
今こそ胸をはりましょう
祝福が欲しいのなら
底無しのペイン迎えてあげましょう
そして戦うウルトラソウル

希望と失望に遊ばれて鍛え抜かれる Do it…

夢じゃないあれもこれも
今こそ胸をはりましょう
祝福が欲しいのなら
歓びを知りパーっとばらまけ
ホントだらけあれもこれも
その真っただ中暴れてやりましょう
そして羽ばたくウルトラソウル

ウルトラソウル


げ・・・また酒臭いかも・・・

Posted by mamedi5047604 at 16:46


2006年10月28日
遊びの合間に仕事なのか

仕事の合間に遊んでいるのか・・・
それともずぅっと遊びの延長なのか・・・
微妙〜〜〜〜っ!
 
何回も言うようだが、掃除以外は遊んでいるときと変わらないくらいに
楽しい!
だが、掃除は何回繰り返しても好きにはなれない。
どうしてだろうかねぇ。
 
もしも願いが叶うなら
わたしは掃除好きになってみたい。
そうすれば掃除が苦にならないだろうから。
 
タレント(女優?)の誰それは
掃除上手で有名らしい。
最近、テレビに出演しては
掃除の仕方やコツ、
自分で考えたアイディアグッズ等を紹介している。
なるほど・・・としきりに感心はするものの・・・
いざ自分がやるとなると
腰が重くて動かない。
しかし、彼女は楽しそうだ。
あんな風に掃除が好きになれたら
どんなにか素晴らしいだろう。
そうなったら、わたしの仕事は完全に
遊びの一部になってしまうのだろうな。
だが、現実は思う通りにいかない。
毎日、己を叱咤激励しつつやっと掃除機だけはかけている、という有様。
 
それもこれも
犬猫たちが落とす毛を始末するためだ。
一日でも掃除機かけをさぼると
とんでもない状態になってしまう。
本当は一日に一度じゃ足りないくらいなのだ。
うんざりしちゃうよな、まったく。
と、飽きもせず、毎日ペットたちに愚痴る。
 
もちろん・・・無限に時間があるのなら
やってやれないことはない。
やりだしたら案外、夢中になったりして・・・。
しかし、一日24時間は決まっている。
であれば、もっと他にやりたいことはいっぱいある。
優先順位から数えれば
掃除は一番最後。
 
ぶつぶつぶつぶつ・・・
口の中で呪詛を繰り返しながら
わたしは今日も掃除機をかける。

Posted by mamedi5047604 at 15:40


2006年10月27日
いつになったら追いつくの?

分からん・・・。
今日は11月5日。
 
吟醸酒メッセの帰り、新橋駅前の焼き鳥屋に引っかかって
4時過ぎから8時まで呑んだくれる。
その後、伊豆急の最終に間に合う新幹線に乗るまで
まだ間があったので
品川駅前のビックエコーに入り
ギリギリまでカラオケをする。
 
同伴の学君は
さだまさしと尾崎豊、ハマショーを熱唱し
斉君はモンパチとサザン、デフテックを歌う。
学君は力みすぎる傾向があるが上手い。
本人も自信満々である。
斉君もサザンはなかなか聞かせてくれる。
が、いかんせん英語能力がないのでデフテックは途中で歌えなくなる。
モンパチも思うようにキーが合わず挫折。
 
わたしは音域が狭いので
中島みゆきしか歌えない。
それでもタバコを止めたせいか
病院通いで(?)カラオケに行く機会が増えたせいなのか
中島みゆきなら歌えるようになった。
 
斉君が悔しがる。
なんでだ?
 
ラストに学君、斉君お得意のアリス「チャンピオン」をデュオで。
これがね、ちょっといいのよ。
意外な組み合わせなんだけど・・・。
3人の歌謡ショーのフィナーレにはふさわしい。
 
学君に見送られながら
余裕で新幹線に乗り熱海に向かう。
ところがどっこいしょ
東海道線が夕方から事故のため不通で
その影響で伊東線も運転を見合わせている、とのこと。
伊東線は東海道と繋がっており
一時間に一本の割合で直通の電車が走っている。
それでいて単線なので
東海道のダイヤが乱れると
伊東線内で電車が詰まって動けなくなってしまうのだ。
 
ジタバタしても仕様が無い。
諦めて電車が動くのを待つ。
一時間後、ようやく伊東行きの電車が来た。
これが最終だと言う。
時刻を見ると伊豆急線はとっくに終わっている。
でも、伊東線あっての伊豆急線だもの
伊東駅で待っててくれてるよねぇ・・・げっ!待ってないし!
 
後でタクシーの運転手さんに聞いたところ
「乗客なんて5人ほどしか乗ってなかったのに
時間通りに出発してんの。
ばっかじゃねぇの、ってみんな言ってたんだよ。
俺たちゃいいよ。こうやって商売になるからさぁ。
けど、不親切な話だよなぁ。」
まったくだ!
 
まぁ、タクシー代はJRが負担してくれたからいいんだけどね。
もちろん伊豆急線の各駅までしか出してくれない・・・当たり前か・・・。
その先は各自でタクシーを乗り継ぎ自宅まで帰る。
 
寝ぼけたナオトに出迎えられる。
「タクシーで帰ってきたんですかぁ?」
既に12時を回っていた。
起こして迎えに来てもらうわけにはいかないから、さ。
 
と、いうわけで金曜日・・・。
さすがに疲れていてプールどころではなかった。
一日中、ゴロゴロしながら読書。
遂に「剣客商売」も12巻に突入。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:09


2006年10月26日
吟醸酒メッセ

「もの食う・・・」にも書いた通り
この日は、日本吟醸酒協会の主催する
「秋の吟醸酒メッセ」に行ってきた。
場所は東京赤坂のプリンスホテルである。
 
2日前にすぐ傍の全日空ホテルと
サントリーホールに行ったばかりなので
久しぶりという感覚がないのは当然だ。
 
7年前の秋、飲み友達のKさんに紹介されてから
ほぼ毎年顔を出している。
 
今年は全国から63の蔵元が参加していた。
出品数は200以上に上る。
メッセの会場には
業者かマスコミ関係者でなければ入れない。
一般の人は、その後同じ会場で開催される
「吟醸酒を味わう会」というのがあるので
興味のある方は覗いてみるといい。
 
基本的に「利き酒」をすることが目的だが
もちろん呑むのもあり、なので
会費4000円と時間制限があるものの
酒飲みには美味しい企画なのではないか、と思う。
こちらは、出品数が若干減るけれども
4合瓶の日本酒が1本お土産に付く。
但し、どこの蔵のどの酒になるかは開けてからのお楽しみ。
自分で選ぶことは出来ない。
また、どちらの会にも
酒肴は用意されていないので
予めお腹に何か入れておくことをお勧めする。
 
利き酒とは言え、数十種の酒を口に含めば
口の粘膜を通してアルコールは確実に吸収される。
そして旨いと感じた酒はやはり呑んでしまう。
すきっ腹だとかなり効く。
中にはすっかり出来上がっているひとも見かけるが
飲み会じゃないのだから、あれはちょっと見苦しい。
 
どの酒も、その蔵の自慢であり誇りだ。
杜氏や蔵人たちが丹精込めて生み出した酒たちだ。
どれがいいとか旨いとか
そんなおこがましいことは言えない。
ただひとの口は我がままで
好みというものがある。
わたしは秋田山内杜氏の醸す酒が好きで
普段呑む酒はほとんど秋田の酒と決めている。
こういう時こそ、冒険してみるのも面白い・・・
と、毎年意気込んで行くのだが・・・
結論から言うと
わたしが普段呑んでいる酒は
わたしの好み云々ではなくて
ものすごく、とてつもなく、旨い。
これは「感じた」とか「思う」とかではなく
わたしのプライドをかけて断言する。
 
今回、一升3万円の酒、というのを呑んだ。
旨かった。
これがわたしが呑んだ中ではぴか一だった。
だが、わたしの普段呑んでいる一升2300円の
山廃純米酒の方がはるかに美味しい。
美しい。
 
上品で控えめな香り。
山廃独特の臭みや嫌味は全く無い。
口に含んだときのたおやかさと
酒らしい甘みは格別だ。
しかし、その甘さはべたつくことなく
静かに喉の奥へ落ちていく。
それは酒に含まれる酸によるものなのだが
決して出しゃばってこない。
余韻はあくまでも微かで短い。
舌を刺激するような雑味とは無縁だ。
だからすぐに二口目が欲しくなる。
 
そうしてどつぼにはまる・・・え?
 
呑み飽きしない酒・・・まさしく!
 
一升3万円の酒を自慢げに出していた
あの酒蔵の専務・・・
この酒を呑んで何を感じるかなぁ。
飲ませてみたいなぁ。
 
来年はどうだろう?
懲りもせず、また行くんだろうな。
うふ♪
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:55


2006年10月25日
そうだった!

1週間前のことを思い出すのは容易じゃない!
 
この日は宿を出てその足で横浜駅に向かったのだった。
かつて横浜駅はわたしにとってホームグラウンドであった。
学校帰りに毎日、そこらへんをうろうろしていたもんだ。
5番街を過ぎたスーパーや
S線地下のハンバーガーショップでアルバイトをしていたこともあった。
もちろん校則違反であったが
あんまり気にしてなかったなぁ。
それと言うのも、どういうわけか
親がこと「アルバイト」に関してだけは
妙に理解を示していたからだと思う。
親が味方についていれば、わたしに怖いものなんて
何にもなかったのだ。
それが怖いっちゅうねん!
 
その後、断続的にではあるが
30歳まで横浜を拠点として暮らしてきたので
行き慣れた場所ではある。
そりゃ20年も経てば随分と変化もしているけれどね。
 
「もの食う・・・」で記したように
味噌ラーメンを食べ
滝のような汗をかき
休む間もなく
デパ地下へ行って
某店のバームクーヘンと
某店のカスタードパイを買い
某店のイタリアパンと某店のハムを買った。
なんだよ、某某って・・・。
 
こういうのって店名を出した方がいいのかねぇ。
 
横浜駅から飛び乗ったのは特急であった。
1000円増しだけど「時は金なり」
 
バームクーヘンが大変好評であった。
 
翌日はまた東京だ!
忙しいのぉ。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 22:14


2006年10月24日
クラッシクコンサート

こう見えて、わたしはクラッシクが好きである。
これは両親の影響によるものと思われる。
わたしの両親は、休日になると
クラッシクのレコードをBGMに読書をするのが趣味であった。
いやはや、人は見かけによらないものだ。
両親のことではない。
わたしのことである。
つまり、わたしはそういう環境の中で育ったのだ。
 
だからどんなジャンルの音楽よりも
クラッシクがわたしの源流にある。
 
が、だからと言って
わたしがクラッシクに精通している、ということでは全然ない。
知識もなければ技術もない。
自慢じゃないが、わたしが演奏できる楽器と言えば
学生時代に学校で習い覚えた
ハーモニカや縦笛くらいなものだし
フォーク世代にありがちなギターを掻き鳴らした記憶がある程度のもので
それすらもたいして上手くもないのである。
声が大きい、というただそれだけの理由で
合唱部のコンクールに借り出されたことがあったせいで
楽譜は多少読めるけれども
あみんの「待つわ」さえハモルことは出来ない。
 
保母の国家試験を受ける際に
保育実習科目でピアノ練習曲バイエルの
何番だったかまでを弾かなければならないという課題があった。
これには泣かされた。
試験までの3ヶ月、日々8時間ほどの練習を重ね
なんとか規定曲と自由曲数曲を弾けるようにまでなった。
しかし、付け焼刃の悲しさか
はたまた、それがトラウマになったものか
今は伴奏付きでチューリップも危ういのではないか。
 
そんなわたしだが、先にも述べたように
源流はあくまでもクラッシクなので
耳にするのは好きなのである。
 
特に好きな曲目は
リストのハンガリア狂詩曲とベートーベンの「月光」だ。
 
さて、今回は友達が
プラチナチケットと言われている
イングリット・フジコ・ヘミングのコンサートチケットを手に入れたと言う。
「一緒に行かない?」
もう即効で首の縦振り運動。
「行く!行く!」
モスクワ交響楽団とのコラボレーションである。
 
サントリーホールは初めてだ。
さすがに洋酒メーカーのコンサートホールだけあって
メインロビーにはバーカウンターが設えてある。
ほぉ〜。
が、友達が「飲んだら眠くなるかも知れない」などと言い出したので
コーヒーを飲むことにする。
 
イングリット・フジコ・ヘミングは
話題の演奏家なので知っている人も多いと思うが
簡単な説明はこちら
 
で、本題は当然「感想」と続くはずなのだが・・・。
 
それがね、表現が難しいのだよ。
音楽というものを知らない人間が音楽の感想を述べることが
こんなに困難であるとは思いもよらなかった・・・。
 
ずるをして・・・外見から入ると・・・
顔の大きなヨタヨタ歩く派手なお婆さん。
友人などは「妖怪よれよれお婆」とか言ってるしね。
それが不貞腐れたように照れたように、客席に向かって一礼し
ピアノに対峙した途端、空気が変わるのだ。
黒い紋付の袖から(着物をアレンジした衣装であった)出た白く大きな手。
その手が静かに鍵盤の上にかざされ・・・瞬間、ピアノから音がほとばしる。
音が見える・・・そう、見えるんだ。
全身に鳥肌が立つ。
 
彼女自身は荒ぶることなく、
淡々とピアノを弾いているようにしか見えないのだけれど
その迫力たるや!
まさしく魂が震えるほどの衝撃なのだ。
 
「ラ・カンパネラ」は殊更に素晴らしかった。
教会の鐘の音を表して作曲されたバイオリン曲に
リストが深い感銘を受けて
ピアノ曲としてアレンジしたと言われているものだ。
ピアノ奏者にとって超が付くほど難曲とされている。
技巧的なことはよくわからない。
分からないが
伝わってくるものの激しさに打ちのめされそうになる。
 
ショパンのピアノ協奏曲も良かった。
 
フジコ氏がヨーロッパを拠点として演奏を重ねていたとき
著名な音楽家が彼女を評して
「リストとショパンを弾くために生まれたピアニスト」と言ったそうだ。
 
もし機会があったら、また是非彼女の演奏を聴いてみたいと
心の底から願わずにはいられなかった。
今度はソロでたっぷりと!!
 
付け加えると、モスクワ交響楽団の演奏も素晴らしかったのだ。
特に指揮者のユーリ・シモノフ氏はとてもチャーミングであった。
見てくれじゃぁないよ。
タクトの振り付けがだよ。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:56


2006年10月23日
ぬか喜び

伊豆は温暖な気候のせいか
11月初旬頃まで蚊に刺されることがある。
虫刺されアレルギーを持つわたしも
さすがに蚊程度なら塗り薬をつけておけば
痕も残らず治ってしまうのだが
問題はまめぢ(犬)のフィラリア対策である。
屋内飼いのまめぢも
毎年、春には血液検査を受け
フィラリア予防薬を処方してもらう。
月に1個、チュアブル状の薬を投与することになるのだ。
この期間が「蚊のいる間」と決まっている。
 
フィラリアは蚊が媒介する寄生虫で
卵の状態で運ばれる。
恒温動物の血液に抽入されると孵化し
やがて心臓に集まって宿主を弱らせ
やがて死に至らしめる。
人間も稀ではあるが感染することがあるそうだ。
豚と犬に重篤な症状が出やすい。
20余年前に月一度の投与で
完全に予防する薬が出来てから
飼い主にとって、飼い犬のフィラリア予防は
今や常識となっているのである。
薬を嫌う犬には注射という手段もあるらしい。
まめぢの場合、口に入るものなら
好き嫌いなく食べるタイプなので
経口投与に何の問題もない。
 
で、この日はその薬をもらいに
かかりつけの獣医まで足を運んだ。
 
ついでに小豆の避妊手術の相談をする。
小豆が我が家に来て、そろそろ一年が経つ。
満一歳になろうと言うのに
発情の気配はまるでない。
それでも避妊手術はした方がいいそうだ。
来月、日を見て手術を受けさせることにする。
「仲の悪い足袋ちゃんが少しは変わるかも知れないしね。」
獣医助手の女性が言う。
彼女は犬の躾け教室の講師として全国に名の知れたひとでもある。
へぇ・・・そういうもんなんだろうか。
「もぉ、本当に殺さんばかりの勢いで襲い掛かるんですよ。
で、小豆が脱糞しちゃって・・・それくらい怯えて・・・。
最近では変わりばんこに部屋から出してやってるんですが・・・。」
「あら、ま!そんなにぃ?
雄と雌なのにねぇ。たまぁ〜にだけどそういう相性の悪い子達っているのよねぇ。
あ、そうだ。
これ、試してみたら?」
 
それは以前、マーキング防止用に買ったことがある薬で
「フェロモン剤」というもの。
猫の母親が出す匂いと同じ成分で作られているそうで
その匂いをつけたところには
マーキングや爪とぎをしない、というものなのだ。
説明書にもあるが
仲の悪い猫同士や
猫の嫌う他の動物との関係緩和にも効き目があるという。
 
帰宅早々、試してみることにする。
 
足袋の全身に薬を塗る。
小豆の体にも塗る。
足袋を斉君にしっかりと抱いてもらい
わたしは小豆を抱く。
ご対めぇ〜〜〜〜ん!
 
ウワォ〜〜〜〜〜〜ッッ!
シャ〜〜〜〜〜〜ッッ!!!
 
駄目じゃん・・・。
第一、匂いを嗅ぎあう暇もない。
 
「だいたいですね。
こんな小瓶一本で何とかなるわけないじゃないですか。」
 
むっ・・・。
いいぢゃん、ちょっとくらい期待持たせてくれたってさ。
 
小豆の避妊手術は最後の切り札になり得るのだろうか?
 

Posted by mamedi5047604 at 13:38


2006年10月22日
ダイビング

これを書いているのは28日・・・。
 
やっと10本目のダイビングである。
大昔、潜った回数は入れないことにしている。
だって・・・あんまりにも大昔なんだもの・・・。
 
今回のメンバーは、友人Aとその職場仲間のMちゃん。
いつもお世話になっているダイビングショップの常連さん。
インストラクターでありガイドのダイバーK。
そしてナオトとわたし・・・計6名である。
こんなに大人数で潜るのは初めてだ。
 
Mちゃんはこの秋にダイビングの資格を取ったばかり。
だが、初歩の資格を取得後、続けてその上の資格も取っている。
2年前に資格を取ったものの1年以上ブランクのあるAや
新米同様のわたし、正真正銘新米のナオトよりは
ずっとレベルが高いものと思われる。
わたしと同じ身長と言うが
歳が若く現役時代が近いせいか
筋肉のつき方が違うのでずっと長身に見える。
くるくる動く瞳が印象的。
帰国子女の彼女はハキハキとした物言いが小気味良い。
 
ダイビングショップの常連さんは
悪漢黒ちゃんという愛称で親しまれているベテランダイバーだ。
まぁるく膨らんだ胴体の上に
これまたまん丸の顔がちょこんと乗っている。
ごま塩の髪を角刈りにして一見強面なので「悪漢」などと呼ばれているようだが
とても優しい叔父様である。
 
友人Aは一言で表現するなら、天然素材。
判断力や緻密さ、細やかな心配りが要求される国際的な仕事をしている・・・。
職場では恐らくテキパキと働いている・・・に違いない。
う〜〜〜〜〜〜〜む。
一歩現場を離れると、きっと全部がオフになってしまうのだろう。
そうだ、そういうことにしておこう。
彼女のようなひとが無事に生きていける日本って
安全で平和な国なんだなぁ、と思わせるキャラクターの持ち主である。
 
この日は、今までのダイビングにはないうねりが
富戸港の中に入っていた。
天気は曇り。
コンディションはそれほど良いほうではない。
それよりもエントリーポイントに行って驚いたのは
ダイバーの多さであった。
大学のサークルだろうか?
揃いのウェットスーツを着た若者たちが溢れかえっている。
「うわ・・・こりゃ凄いな。」
海の中もこんな状態では
透明度も望めないだろう。
 
それにしても・・・
その中にあってわたしたちの目立つこと!
わたしとナオト、黒ちゃんのウェットスーツである。
黒ちゃんはまだいい。
古いウェットスーツながらきちんとメンテナンスしてあるので
小奇麗に見える。
ただ黄色にオレンジというカラフルな配色が今風でないだけだ。
わたしとナオトときたら、ダイビングショップのレンタルなのだけれど
緑色だの藤色だの・・・これまた一昔前の色合いで
それがすっかりくすんでしまって、みすぼらしいことこの上ない。
しかも所々に穴が空いていたり擦り切れていたりするボロだ。
極めつけは肩の辺りから腕にかけてマジックインクで
ダイビングショップの名前を殴り書きしてあること。
もっとも・・・そういう外見上のことに頓着しないわたしは
全く気にならないのだけれど。
気にしているのはナオトである。
「初心者の頃は目立った方がいいんだよ。
何かあった時にイントラに見つけてもらいやすいんだから。」
「・・・でも目立ち過ぎですよ・・・恥ずかしい。」
「だったら買いなさい。
知り合いがネットの通販でフル装備5万円で買ったんでしょう?」
「だって、僕なんかマスクとシュノーケルだけで28000円の買ったんですからねっ!」
何を興奮しているんだか、さっぱり解らない。
 
最近は、ダイバーを主人公とした映画やテレビドラマが人気だったせいか
その主人公が着用していた色にちなんで
ウェットスーツはほとんどが黒地である。
資格取得後、すぐに器材を揃えたMちゃんとAも
黒地のウェットスーツを着用している。
「もし、自分も作るなら絶対黒ですねっ!」
「ふぅん。」
この先、器材を揃える予定のないわたしは気のない返事をするだけだ。
ナオトの知人が購入したという格安の器材でさえ
わたしには高嶺の花だ。
まして日ごろお世話になっているダイビングショップで購入するとなったら・・・
いやいや、考えまい。
 
「先頭は僕で後ろから黒さんについてきてもらいますから。」
エントリーはロープを伝っての潜水となった。
これよ、これ!
これなら何の抵抗もなく、耳抜きも出来て一人で潜れちゃうのだ。
ふっふっふっふ
確かに人は多かったが、思ったよりも透明度は高かった。
こんな感じ。
ただ、いつもに比べると若干魚影が薄いような気がする。
まぁ、これだけ人間がうじゃうじゃいるんじゃ
魚たちも落ち着いて餌探しでもないだろう。
タカノハダイ
それでも海に潜ればダイバーKの本領発揮。
ひとを避けて静かなポイントへ案内してくれる。
カサゴとソラスズメダイ
わたしの好きなハタタテダイも群れている。
それぞれ名前に「タイ」が付くけれど「鯛」とは無関係だ。
ウミスズメ
これも雀とは関係ない・・・って、解ってるよね。
 
毎度お馴染みクマノミのカップル。
尾びれが黄色い方が雄だ。
この魚もわたしのお気に入り。
クマノミは棲家に近寄ってきた怪しい侵入者に
警戒しているのだろうが
逃げないところがラブリーに感じてしまうんだよね。
キュウセン(ベラの仲間)も映っている。
オオスジイシモチの幼魚。
 
ミノカサゴもお約束か?
しかし、こんなに大きなヒラメが泳いでいく様は
なかなかお目にかかれない。
本当に美味しそう・・・。
イワシやアジの幼魚の群れを追うイナダも見ることが出来た。
 
このほか、タツノオトシゴを真っ直ぐ伸ばしたような
タツノイトコなる魚も見たし、チョウチョウウオやタカベの群れも綺麗だった。
海底で紫に蛍光するヒメハナギンチャクという
イソギンチャクの仲間も幻想的であった。
 
さて、海の中はかように
陸の上にある現とは別世界をわたしたちに垣間見せてくれる。
これに嵌ると病みつきになっちゃうわけだね。
が、自然の摂理に従えば決して在り得ない状態なのだから
その辺の自覚はしっかり持っていなければならない。
いや、実際、海中20メートルから
何かの拍子で急浮上しちゃったら
それだけで一巻の終わりである。
臆病なわたしは常にそこのところで緊張しているといっていい。
 
午後から2本目のダイビングをして砂地まで潜った頃
多分、午後一時を少し回ったところだったと思う。
小さな岩場にハタタテダイの群れを見つけた。
「わーい!」
と、その時だ。
 
カンカンカンカン・・・ドゴゴゴゴ〜〜〜〜〜ン!!!
 
金属を打ち鳴らすような音の後に
何かが爆発するような大きな音が海の中に響き渡った。
 
「え?なに?」
 
カンカンカンカン・・・ドゴゴゴゴ〜〜〜〜〜ン!!!
まただ。
衝撃波のようなものはないが
明らかに異常な音である。
カンカンカンカン・・・ドゴゴゴゴ〜〜〜〜〜ン!!!
音は繰り返し鳴り続ける。
ダイバーKを見る。
げっ・・・焦ってるじゃん!!
不安げに辺りを見回している。
水中で聞く音は左右同時に音波が耳に届くので
聞こえてくる方向を特定するのは難しい。
しかも遠くの音がすぐ傍で聞こえるという特質を持つ。
カンカンカンカン・・・ドゴゴゴゴ〜〜〜〜〜ン!!!
えーん、まただよぉ〜〜〜!
おっかないよぉ〜〜〜!
 
どれだけびびったかって言うと・・・
生まれて初めておしっこちびりそうになった。
 
海底から出ている岩を掴む。
落ち着かなきゃ・・・。
 
以前、伊東沖で海底火山が噴火したことを
覚えている方も多いことだろう。
その直前に海底調査で潜ったダイバーと知り合いで
話を聞いたことがあるのだけれど
「大きな地震の前には海の底から
金属を打ち鳴らすような音が聞こえる。」と言っていたのだ。
それを思い出してしまった。
もしかしたら、東海地震が起こるのかも知れない。
よりによってこんな時に・・・。
ああ、もぉ駄目だ。
海の中にいれば地震の被害には遭わないと言うけど・・・
上がる陸が大変なことになっていたら・・・
津波で沖に持っていかれたら・・・
 
頭の中はフル回転で最悪なことばかりを考える。
 
ふと下を見ると
砂地で餌を捜すヒメジを見つけた。
いつもと変わらないのんびりした間の抜けた顔で
顎に付いた触手を動かしている。
あれ?
こんな小さな魚が怯えもせずにいるのだったら
大丈夫なんじゃない?
 
5回ほど続いた大音響は
その後ぱったりと止んでしまった。
後で聞いて驚いたのは
Aとナオトは、ちっとも驚かなかったし
怖くもなかったという事実。
ダイバーK も黒ちゃんもかなり焦ったらしいし
Mちゃんなどは泣きそうだったと言うのに・・・。
天然キャラって無敵なんだな。
 
さて、海の中で聴いたあの音は
陸では聞こえなかったそうだ。
そして富戸の海に潜り続けて20年のダイバーKも
初めて聞く音だと言う。
主のような存在のダイビングショップのオーナーは
過去に1回聞いたことがあるらしい。
が、それが何時だったのか、どんな状況だったのか
さっぱり覚えていない・・・元々、いい加減なひとだからなぁ。
 
東海地震の前触れなのか
海底火山の噴火なのか・・・。
謎は深まるばかり。
 
海の中ってデンジャラスだ!!
 

 

Posted by mamedi5047604 at 10:43


2006年10月21日
と、言うわけで・・・

また普段通りの生活に戻った。
ここで完全に「戻る」ことが出来るのが
わたしの良いところであり、懲りないところである、とも言う。
が、ナオトには戻ってもらっちゃ困る。
少なくとも同じことを繰り返してはくれるなよ!
 
で、まだ余韻の残るここ数日は
きっと気の効く「良い子」だったりするのだろうな。
 
わたしはナオトの保護者じゃないんだから
躾けるつもりはない!などと
あんなに口外していたのに
結局、母親の視線になってしまうのは
想定内のことではあったけど・・・。
 
甘やかすのは猫だけにしとこうかね。

Posted by mamedi5047604 at 14:20


2006年10月20日
っつ〜ことで・・・

「もの喰う・・・」の続きなのであるが・・・。
 
わたしは決して孤独に耐えられるタイプではない・・・と思う。
祖父のような生き方も死に方も出来ないだろう。
頑固婆になるには気持ちが弱すぎる。
(なりたくないし・・・)
 
それにね、プールに行って泳いだら
あ〜ら不思議・・・。
怒りがどっかへ飛んでちゃった!
はははは
スポーツハイの禁断症状だったのかな?
 
で、先ほどナオトを呼びつけて
言いたいことを言っておしまいにした。
 
まぁ、きっかけはつまらないことだったけど
「言ったことは言うべきこと」だったので
結果オーライ・・・かな。
 
これで少し反省してくれればいいけれど・・・どうだろう?
難しいよね。
人間が変わるってさ。
 
他人同士が密接な関係を繋いで暮らしていく、という
我が家の形態は確かに特異ではあると思う。
しかし、これがまた嵌ったときの楽しさは格別だったりするんだよなぁ。
 
さて・・・仕事開始である。
では!

Posted by mamedi5047604 at 18:44


2006年10月19日
うだうだうだうだ・・・

ともしてられないので・・・
週末の献立を考え、仕入れに行って
そんなこんなで夜になってしまった。
ギリギリまでプールに行こうかどうしようか迷っていたのだけれど
遂に思い切れず断念したのであった。
フットワークわりぃ・・・。
 
本日は「小豆の日」
一日交代で自由に走り回れる日とあって
気が違ったんじゃないか?と思うほど
文字通り家中を飛び回っている。
朝からカマキリを2匹も捕まえてきた。
彼女が出られる屋外は2階のベランダのみであるのに
どうしてああも易々とカマキリなんぞが捕まるものか
不思議で仕様がない。
それも丸々と肥え太った大きなカマキリだ。
卵を産み付けるために家の壁に近寄ってくるせいだろうか?
 
洗濯物を干していたら
開け放った窓からオオスズメバチが部屋の中へ紛れ込んできた。
で・でかっ!!
親指ほどの大きさがある。
あ・・・わたしのね。
羽音がまた物凄い迫力だ。
いやだなぁ。
小豆が即、反応する。
馬鹿者!足袋でさえ顔半分が倍くらいに膨れ上がったのだぞ。
お前になんか仕留められるものか。
反対に目でもやられたら、いかに猫とは言え危ないだろう。
不細工な上にガチャメじゃどうにもならない。
 
逸る小豆を抱きかかえ部屋の外に出してドアーを閉める。
おもむろに履いていたスリッパを脱いで
べちっっ!
レースのカーテンの向こう側にいたからね、余裕でアタック出来たのだ。
刺されたらアレルギー体質のわたしは
ちょっとやばいかも知れない。
けど、わたしのテリトリー内に入った一匹のオオスズメバチであれば
敵ではないね。
一撃でオオスズメバチは天に召されていった。
 
ああ、また殺生してしまった・・・。
 
死骸を観察。
すげぇ・・・。なんて綺麗な複眼をしているんだろう。
顎のみごとさはカマキリどころの話じゃない。
サーベル状の針も昆虫とは思えない鋭さだ。
お腹を押さえて出し入れ自由。
完成度の高いシルエット。
なんか・・・かっちょいい。
死んでいるところしか、こうやってまじまじと眺めることが出来ないのが
とても残念だ。
 
これを焼酎か蜂蜜に漬けて売っているのを見たことがあるけど・・・。
やめとこ・・・。

Posted by mamedi5047604 at 16:24


2006年10月18日
エルちゃん・・・

今度はパンクである。
朝、出かけようと思ったら
前輪右側のタイヤがぺちゃんこになっている。
昨夜、斉君がゴミ捨てに行ったときにはなんともなかったそうだ。
チューブレスタイヤだからパンクしても傷が小さければ
すぐに空気が抜けることはない。
だから、その間にパンクしたとばかりは言えないが・・・。
何時何処で?は分かりようもない、ということか。
 
っつ〜か、ゴミ捨てにエルグランドに乗っていくか?
まぁ、我が家のゴミなのだからして致し方ない部分もあるが・・・。
 
で、何はともあれ、パンクしたタイヤをスペアータイヤに取り替えよう
と、いうことになった。
さて、ジャッキが何処に収納されているか・・・げ・・・しらね。
スペアータイヤは?・・・む・・・しらね。
そう、わたしはエルグランドのことをなぁ〜〜んにも知らないのである。
いいのか?それで・・・いいわけないよね、これで・・・。
 
エルグランドのマニュアルを探す。
見当たらない。
この間、この辺で見かけたような気がするんだけど・・・。
自分に自分で言い訳をしながら捜すも見つけられず
結局、ディーラーに電話をかける。
クレームだけでなく、こんなことでもディーラーの手を煩わす
迷惑なユーザー・・・ええ、ええ、どうせそうですよっ!←完全な開き直り。
ジャッキとスペアータイヤの在り処を発見。
こんなところに隠してあったのね・・・。
いや、まじで隠してあんのっ!
以前までの乗用車とは違うところなんだってば!
 
力仕事は斉君に任す。
 
実は斉君がコンタクトレンズを買いに行くというので
エルグランドを発動させようとしたのである。
目的地は以前紹介したことのある町田のコストコだ。
コンタクトレンズが、交通費をかけて行っても
伊東で買うより、町田辺りのコンタクト屋で買った方が安いというカラクリは
未だに解せない謎である。
全く同じメーカーの同じ商品なのにねぇ。
 
斉君、久しぶりの休日だというのに
夕方には、職場から転送されてくるファックスに目を通して
明日売る品物を発注しなければならないらしい。
魚屋で売る商品は何も市場で買う鮮魚だけではないからだ。
だから、いつもよりも早めに家を出ようとした矢先の出来事であった。
 
思ったより手際よくタイヤを代える斉君を横目に
もう一度ディーラーに電話をかける。
「タイヤを交換したいんですが・・・。」
すると、ミニバンのタイヤは在庫がない、とのこと。
一般的にタイヤは自動車専門の量販店かガソリンスタンドで購入するものらしい。
そんなことも知らなかったの?
いや、知ってた。
知ってたが、純正品はやっぱりディーラーに相談した方がいいのかな?と思ってさ。
 
国道沿いにあるオートバックスに向かう。
同じメーカーのタイヤを買って交換してもらう。
全行程1時間半。
やれやれ・・・。
これじゃ、町田でゆっくり昼食をとる・・・という計画は
変更せねばならないだろう。
 
東名に乗ったところで学君から携帯にメールが入る。
別にたいした用件ではなかったが
話のついでにタイヤのパンクの件を返信する。
すると・・・
「それってさ、タイヤを交換しなくても
修理をするだけでよかったんじゃないの?」
 
え?え?
なに?
修理・・・。
 
そう言えば・・・チャリンコのタイヤも
パンクしたら自転車屋に持って行って修理してもらったよなぁ。
中学くらいの頃は自分でも修理したよなぁ。
それと同じこと?
 
「オートバックスとかに行くとさ
タイヤの修理キットって売ってるのね。
それを買って来て自分でやるか・・・自信がなかったら
工賃がかかるけどオートバックスでやってくれるから。
要はカーナビとか買って取り付けてもらうのと一緒だからさ。」
これは仕事中だというのに
学君がわざわざ電話をかけてきてくれて、の会話である。
 
「でも、もぉ遅いの・・・買っちゃったから。」
「うん、まぁ、仕方ないね。
もっともそれが一番確かな選択ではあるんだけどさ。
しかし、ディーラーもオートバックスの人も
誰も修理のことを教えてくれなかったのかぁ。
まぁ、タイヤ下さいって言われればそっちの方が優先するもんなぁ。
で、原因はなんだったの?」
「釘が刺さってた。」
「あ〜〜〜、それじゃ、まじで修理で済んだな。
次回からはそういう選択肢もあるって覚えておいた方がいいよ。」
「はい・・・。ご教授ありがとうございました。」
「うむ。」
 
無知とは罪である。
権利は主張しなければ認められない、のと同じように
肝に銘じたことであった。
世間はそんなに甘いもんじゃない。
慌てて対処するのはわたしの悪い癖だ。
他にも選択肢がないかどうかを確認し、慎重に考えて行動する。
この作業を怠ってはならない。
へ〜〜〜い!
お勉強になりやした。
 
東名を降りて国道16号に入ると
いつものことながら大渋滞。
コストコに到着したのは既に2時。
斉君がコンタクト屋付属の眼科で検診をしてもらい
コンタクトレンズを処方してもらうまでざっと1時間。
その間に買い物を済ませてしまう。
 
年会費を払わなければ入場できない大型スーパー。
アメリカから来たこのスーパーは
その特異性で話題になったが
上手く買い物をすれば元を取れるどころか
かなりお買い得な商品が取り揃えてあるのだ。
どれもビッグサイズで小家族には向かないかも知れないが
何家族かで分けるという手もある。
 
まずはまめぢの餌。
アイムスのシニア用チキン15キロ・・・ネットでの最低価格より安い。
アメリカ製食器洗浄機用の洗剤・・・日本のものの半額近い。
クレージーソルト269グラム・・・これも半額。
強力粉3キロ・・・これも半額。
キッコーマン丸大豆醤油1.8リットル・・・30パーセント引き。
メープルシロップ1.89リットル・・・半額。
もちろん、スーパーなどの特売に負ける価格設定のものもある。
例えば明治十勝バター4個・・・これは一個が198円くらいになることもあるので
270円はどうかな。
しかし、いつあるか分からない特売日まで待てない・・・となったら
買いである。
その他、カナダドライのクラブソーダ1ケース、ギネス1ケース
ライム10個等など・・・
あっと言う間に馬鹿でかいカートは満杯になる。
 
ついアメリカ製の恐ろしく大きな袋に詰まったポテトチップスを
買ってしまった。
サワーオニオン味なんだもん!
すきなんだもん!
 
「真理さんさぁ、こういうの食べるとすぐに胸焼け起こすんだから
気をつけたほうがいいよ。」
目ざとく見つけた斉君に警告を受ける・・・って目だってるけどね。
「分かってます。」
 
せっかく町田まで出たのに
結局、何処にも寄らないで帰宅しなければならない時間になってしまった。
渋滞のことを考えると遅いくらいである。
3時半。
 
「もの喰う・・・」にも書いたが・・・
昼食とも夕飯とも分からないスパゲッティを食べたのは
6時近かった。
しくしく・・・。
 
またもやエルちゃんに振り回された一日であった・・・のか?
 

Posted by mamedi5047604 at 12:42


2006年10月17日
復活はしたけれど・・・

念のために今日は大人しく
家で読書三昧を決め込んだ。
秋の爽やかな一日、風通しもよく日当たりのいい部屋で
小豆を抱きながらひがな本を読む・・・
なんて贅沢なんだろう。
足元のまめぢが時折面を上げて
満足そうにわたしの手に濡れた鼻をこすりつけてくる。
ガーネット色のお茶が
光を集めて揺らめいている。
レースのカーテン越しに
小鳥の囀りが聞こえてくる。
少しうつらうつら夢見心地の時間もあった。
 
しっかし、夢中になっている本はと言えば
池波正太郎の「剣客商売」だっちゅうんだからねぇ。
色気もへったくれもあったもんじゃないや。
いやぁ〜、血沸き肉踊る!
しかも話の合間、合間に出てくる江戸料理の旨そうなこと!
晩酌が楽しみになろうってもんでさぁな。
うふっ・・・。
 
明日も晴れるかなぁ〜♪

Posted by mamedi5047604 at 16:34


馬鹿は風邪を引かない

はずなのだが・・・。
昨日からどうも鼻声だ。
頭もどんよりと重い。
 
食欲だけは全く衰えを知らないが・・・。
 
うぅ〜〜〜〜ん。
 
明日はプールに行きたいなぁ。
けど、今週末も来客だし
仕事明けにはダイビングもする予定だし。
それまでに鼻づまりは治しておかないと
耳抜きが出来なくてしんどいからなぁ。
 
ここは一つ我慢すっかなぁ。
 
と、それでも明日に望みを繋いで
一日ゴロゴロ本を読む。
米原万里氏の「旅行者の朝食」を読了し
桐野夏生氏の「光源」を読み進む。
どうもぱっとしない。
そうだ!
池波正太郎氏「剣客商売」があったじゃないか!
がっはっはっはっは!面白い!
一気に3巻まで読み進む。
 
げ・・・全18巻・・・止められるのか?途中で!
自信ないなぁ。

Posted by mamedi5047604 at 12:38


2006年10月16日
抜け落ちた日

この日、何をしていたのか?と言えば
仕事明けでただひたすら
ぼ〜っとしていたのではあるまいか。
 
まだ、ナオトの件では怒っていたし
前夜の出来事にもちょっと含みがあったので
きっと疲れていたに違いない。
 
しかし、どうして抜け落ちたのだろう?
謎だなぁ。

Posted by mamedi5047604 at 14:09


2006年10月15日
大人気ない

恐らく・・・多くの方がお気づきのことと思うが・・・
わたしには「大人げ」というものがない。
こんなにいい年をして、大きななりをしているくせに
「負けず嫌い」であることを
声高に自負しているくらいだから
押して知るべしだ。
 
だが、こればっかりは生まれながらの性質というもので
どうにも矯正の仕様がないらしい。
それでも歳を重ねるごとに大分丸くはなってきている、と思うのだが・・・。
 
昨日、記したネタというのは他でもない。
このことである。
今、わたしは「大人げ」なく
実際「子供じみた」ことで腹を立てている。
こんなことで真剣に怒るなんて
エネルギーの大いなる無駄遣いだ、と知っている。
「大人げ」ないどころか
馬鹿げてさえいる。
 
しかし、一度「舐めてんじゃねぇよ。」と思ったら
止まらないんだな、これが・・・。
困ったもんだ。
 
もしかしたら、こんな風に不機嫌さを継続させている自分に
腹を立てているのかも知れないね。
意地を張ったら張り通すからなぁ・・・。
それで人間関係が台無しになっても
「それならそれで仕方ない。」と開き直るからたちが悪い。
 
相手は自分の歳の半分も生きてない餓鬼だぜ、おい。
 
「馬鹿を相手にするのは止めな。」
「俺もそう思いますがね。」
「それって舐めてるんじゃなくて、甘えなんじゃないの?」
「そうそう、馬鹿だからそれが旨く出来なくって
ああいう行動になっちゃった、とか・・・。」
大人げある周囲がフォローする。
 
「やだ!
じゃあ、あいつの行動を認めるわけ、あんたらは!」
「・・・」
「謝意も反省もないヤツを許すほど
わたしの心は広くないっ!」
「・・・」
 
触らぬ神に祟りなし・・・どの顔にもそう書いてある。
 
けっ!
 
ああ、しかし・・・本当に下らないことなんだけどね。
きっと事の次第を知ったら
みんな呆れるだろうなぁ。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 11:53


2006年10月13日
じ・じけんですっ!

いや・・・なんか・・・
わたしの周囲ってネタに困らない・・・
が、今夜は無理。
詳細は後日!

Posted by mamedi5047604 at 21:03


2006年10月12日
飲み食い以外に

金はかけねぇ・・・と豪語してはいるが・・・
たまにたまぁ〜〜〜〜に
ついうっかり鏡をまじまじと見てしまうことがあって・・・
老眼になったとは言え
鏡くらいの距離は軽く1.5の視力で見えてしまうんだな、これが。
 
昔は小さな雀斑が
顔の中心にはっきりと点在していたのが
今は境目がぼんやりとしたシミとなって
どんよりと広がっている。
顔全体がくすんで見えるのは皮膚のたるみのせいか?
笑い皺は益々深くなり
元々、中途半端な二重が眠そうだ。
 
やだやだ・・・。
 
歳を重ねることに抵抗する気はもうない・・・か?
言い切れるか?
いや、まだだな。
まだ、抗っていたい。
 
で、だ。
プールに行くか、美容院に行くか・・・
真剣に悩むこと1時間。
もちろん家事雑用諸々をこなしながらだけどね。
何ゆえに美容院なのか?
もぉね、限界だったのだよ、この髪。
自分でカットする才覚はわたしにはないもの。
伸び放題、広がり放題。
結ってあるときはまだマシだが
解いたなりは山姥みたいだ。
 
普段はそんなこと気にしないんだけどねぇ。
最近、プールへ行くようになったら
上がった後の処理が大変で・・・
ダイビングの後も・・・
 
わたしが通う(と言っても2年ほど行ってないが)美容院は
いつでも予約がいっぱいで
フリーは午後から数名しか取らない。
今日という日の命運を一本の電話にかける。
なんて大袈裟な問題じゃぁないけどね。
そしたら、予約が取れちゃったときたもんだ。
あ〜こりゃこりゃ♪
 
美容院に行くたびに思うこと。
うっかり直視してしまった己の見目姿にがっかりして
何とかしようと思い切って来たのに
数時間もの間、視界の中に一番見たくない自分の顔を
入れておかなきゃならないのは苦痛だ。
美容師と話すときでさえ
自分のマヌケ面が映っている。
しかも・・・お愛想笑いなんかしちゃって・・・。
他人に髪を触られることも実はとても苦手なのだ。
 
わたしの後ろに立つなっっ!
・・・ゴルゴ13かっ!お前はっ!
 
飲み食い以外に金を遣うと
どうしてこう無駄に捨ててしまったような気になるのだろう?
 
ああ、実際無駄に捨ててるからに違いない・・・ちっ!
そして時間も・・・。
 

Posted by mamedi5047604 at 21:29


2006年10月11日
慌しい

代理出産問題は最高裁の判断に委ねられることになった。
既に2歳になった双子の処遇を優先することはもっともだと思うが・・・
やはり代理出産には反対だ。
両親においては、様々な問題も含め、その後の対処も熟考した上で
日本では認められていない生殖を試みたのであろうから
双子の行く末を案ずる気持ちもあまり働かない。
まぁ、大丈夫じゃろ。
可愛そうな子供は他にいっぱいおる。
 
けどね、「本当にボランティアの精神でお腹を貸してくれる人はいるんです!」
って・・・あぁた・・・
無償でやってくれる人なんているわけないでしょうがっっ!
 
かの国が二回目の核実験をした、という速報が
公共の電波に流れ
世界中をも駆け巡った。
どうやら誤報だったらしい。
危ない、危ない。
こういう時にこういう誤報が一番危険だ。
受けて側も情報を鵜呑みにしてはならない状況だということを
痛感させられた出来事であった。
 
箱根の仙石原には銀色のススキの穂が風に波打ち
崩れるはずの天気を快晴にして
わたしは秋の中にいた。
いいのか?
いいのだ!
 
心は決して穏やかではないけれど・・・。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:15


2006年10月10日
社会は不穏でも・・・

庶民の日常は、まだ静かに流れている。
某隣国の悪あがきで
新しく総理大臣になった男は
腹の底でほくそ笑んでいるに違いない。
「これで憲法改正に弾みがつくかも知れない・・・。」
 
戦争を知らない世代のくせに
戦前の国粋主義者の亡霊が執り付いているかのようだ。
DNAかね?
俄か言葉で愛想を振りまく、その妻の嘘くさい笑顔も嫌いだ。
 
武力に対して武力でしか対抗できないのなら
プロフェッショナルとしての政治家なんかいらないじゃないか!
弱者の思いを汲み上げられない政策なんて
誰にでも考えられるわい!
 
さて、ストレスを溜め込まないために
泳いでくるかね。
 
秋の日射しは低く長くなっている。
プールの半分くらいまで差し込んだ光に
水が温く揺らめく。
泳ぐ、泳ぐ・・・
 
こんな日々がずっと続いてくれないものかなぁ。

Posted by mamedi5047604 at 18:18


2006年10月9日
いつか来た道・・・

困窮した鼠は、もう本当に行き場を失っていて
どうすることも出来なくなってしまったようだ。
止めを刺すかのような大洪水は
数十万と言われる死者を出したとされる。
引き続く農作物の被害と
これから始まる長い冬を思えば
今後も何万という単位で人々は飢えて命を落としていくのだろう。
 
真っ先に消えていったであろう・・・
そして消えていくであろう
子供やひ弱な人たちのことを思えば
胸がずしんと重くなる。
が、国は弱者を見捨てるような政策しか打ち出そうとしない。
それは、ある人たちから見れば
いつか目の当たりにした風景なのではないだろうか。
いつか通り過ぎた景色ではないか。
 
日本も通ってきた道だよね。
 
鼠は猫に噛み付こうと必死だ。
どうせ潰えてしまうなら
せめて一撃を・・・いやぁ、そんな潔さなんて
微塵も持ち合わせてはいないだろうよ。
国民の命を削ってまで
最期の切り札を張ってきたわけだ。
猫に振り向いて欲しいばかりに・・・。
 
猫にとって
痩せ細り、放っておいても野垂れ死んでしまうような鼠には
何の魅力もないに違いない。
石油という美味しいオマケも付いていない。
遠くで吠えていることを
時々、視界に入れるくらいだ。
猫には抱えている問題がまだまだあって
実はそれどころじゃないのである。
 
しかし、猫の鈴は鳴らされた。
それくらいには確かになったはずだ。
 
猫はどうするつもりだろう。
取り巻きとしては気になるところだ。
真っ先に生贄になるに決まっているからね。
そうなったら格好の「口実」になる?
ああ、「口実」に使われちゃうのね・・・。
叩き潰すことは簡単だものね。
 
これも、いつか来た道・・・。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:06


2006年10月8日
ダイビング

思考なんてしていない。
ただ、潜ることに夢中だ。
まだまだ、身体に力が入りすぎていて
潜行前は、プールの学君を笑えない有様だ。
 
リードしてくれるインストラクターは
海での信頼度は100パーセントなのだけれど
どうも忘れっぽいのが玉に瑕で
わたしが正真正銘の「高所恐怖症」であることを
すっかり失念しているらしい。
 
だからさぁ、垂直潜行は怖いんだってばよ!
力むな!て言われたって
どうしても身体がこわばっちゃうんだよ。
ロープ伝いに緩々と自分のペースで潜らせておくれ。
でないと、何時まで経っても
自分の力じゃ潜れないよ。
 
だって「恐怖症」なんて
簡単に克服できるもんじゃないのだからね。
 
等と不平不満を抱えながらも
潜ってしまえば、いい気なもんで・・・
 
だって・・・この綺麗さ!この世界ですよっ!
もぉね、最高!!
スライドショー

Posted by mamedi5047604 at 09:21


2006年10月4日
エルグランド退院

この日、斉君は
1ヶ月ほど前から市場の魚屋仲間と約束して
横浜のニッサンスタジアムで開催される
キリンカップ、ガーナ対日本のサッカー観戦に行く予定であった。
前日になって
メンバーのうち一人が急に行けなくなったと連絡が入った。
「誰か代わりに行くやついねぇ?」と、いうことらしい。
チケットは買ってあるので
誰も行けないとなると7000円が無駄になる。
 
そこで、白羽の矢が立ったのはナオトであった。
無類のサッカーファンだし
この話しが出たときから
羨ましそうにしていたからである。
「どうする?行く?」
ああ、見えてナオトも一応社会人。
しかも、今の職場では現場の責任者である。
そう簡単に休むわけにはいくまい。
と、思ったら即座に
「はい!行きます!」
本の数秒だけ「どうしようかなぁ。」と迷うふりをしたが
即効で仕事仲間に電話して了解を取っていたから
完全に行く気満々だったんだな、ありゃ。
 
もし、エルグランドが間に合ったら
それに乗って熱海まで行き
そこから電車に乗って新横浜まで出ることになっていた。
と、突然聞かされたが・・・
何時、貸すって言ったよ!
貸して・・・とも言われた覚えはないぞ。
そして、エルグランドは間に合わなかったのだった。
けけけ
 
魚屋仲間の一人が
エルグランドに触発されて
エスティマを新車で買ったんだそうで
その車が動員されることになった。
「いいじゃん、慣らし運転になって。」
「けどさぁ、あの車じゃ、ナオトに運転させるわけにいかないじゃん。
持ち主も初対面のしかもナオトに運転頼むなんて
ありえないよ(信用ないってこと)
エルグランドなら、何回も運転してるから
任せてもいいかなって思うけどさぁ。
せっかく、みんな酒飲めるかと思ったのに・・・。」
全然、納得出来ない理論だ。
 
昼ごろ、2人が出かけてしまったので
わたしはまっしぐらにプールへと向かった。
ほほほ
夕飯の心配もしないで悠々と泳げるわい。
二日連続で3キロ泳ぐのは初めてだった。
さすがにラスト500メートルはきつかった。
 
エルグランドは
「水曜日には修理が完了すると思いますので・・・」
という話しだった。
それでプール終了後、ディーラーに電話を入れてみる。
「はい、出来てます!」
しめしめ、プール帰りに寄れる。
 
今回は洗車までしてもらって
エルグランドはわたしを待っていた。
 
いったいいくらかかるんだろうね・・・お前は・・・
見分不相応な買い物をすると
こういうツケが回ってくるものなのかねぇ。
ふぅ・・・
 
すっかり顔なじみになった整備のお兄ちゃんが
にこやかに車を出してくれる。
「どうぞ!」
「で、おいくらに・・・。」
 
す・すると、どうだろう!!
お兄ちゃんの口から信じられない言葉がぁっ!!
 
「いえ、代金は結構です。」
 
ぎゃはははははは
単純に大喜びする貧乏人←もちろんワタクシ
天は我を見放さなかった!←大袈裟
神様、ありがとう!←日ごろの不信心宣言も何処へやら
 
神:「知らん、知らん。わしゃ忙しいんじゃ、お前のことなんぞ知らんぞ。」
 
横浜では、雨にも祟られず
斉君とナオトは楽しんできたようだ。
オシムジャパンはまだまだ試行錯誤の状態だし
海外組が一人も入っていないチーム編成で
試合そのものは歯がゆいものだったらしいが
まぁ、いいじゃないの。
機嫌の良いわたしはそう思ったのだった。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 12:56


2006年10月3日
火曜は何の日プールの日

「石踏んじゃった事件」の後遺症で
エルグランドの入院生活が延び
しかも新たに修理代が発生するかも知れない・・・という
重圧(?)を跳ね除け・・・
代車のブルーバードをぶん回して中伊豆へ出かけるワタクシ。
周囲からは、とても「へこんでる」とか
「落ち込んでいる」とか
そんな風には見えないらしい。
気持ちよく3000メートルを泳ぎ
予定通り買い物へ。
帰宅したのは5時過ぎ・・・つ・疲れたぁ〜〜〜。
疲労感が出るタイミングがずれるのは
歳のせいなのだろうか?
 
もぉね、婆ちゃん、骨ばきばき・・・
 
ここのところ日替わりで
足袋と小豆を放している。
小豆は閉じ込められることに慣れていないので
どうにも納得がいかないらしい。
しかし、部屋の外には「恐ろしい」足袋がいることを知っているので
諦め始めたようだ。
金ちゃんは、その性格の良さゆえに
ずっと自由の身になったので
ご機嫌だ。
 
しかし、以前にもちらっと漏らしたけれど
金ちゃんも小豆のことを
快く思っていないのだ。
まめぢや足袋となら
追いかけっこをして遊んだり
グルーミングしあったりするのに
小豆とは絶対にしない。
寝るときも
小豆がわたしの脇に寝ていると
ベッドから離れたところで寝ている・・・。
小豆がしつこく金ちゃんにまとわり付くから、という理由だけでは
片付けられない「何か」が
そこにはあるような気がしてならない。
ただ、金ちゃんは鷹揚なので
足袋のような攻撃に出ることはなく
なるべく小豆を避けて行動している。
 
斉君が帰宅して
何を考えたのか
小豆を抱いて足袋と対面させた・・・
わたしは現場を目撃していなかったのだが
足袋は斉君に抱かれた小豆に猛然と飛び掛ったそうだ。
小豆、失禁・・・。
「駄目だ、こいつ(足袋)まじだ!」
「ばっかじゃないのっ!
そんなこと、この間分かったことじゃないのさっ!
自分が切れて『2度と一緒にしない方がいい』って言ったんじゃないっ!」
「・・・」
わたしに激しく叱責され
しょんぼりと雑巾がけをする斉君であった。
一度、ねじれてしまった関係は
時間を追うごとに益々悪化する一方だ。
 
当分、交互に出すという現状を維持していくしかないのだろう。
 
あれほど嫌われる雌猫っつ〜のも
珍しいねぇ〜。
 

Posted by mamedi5047604 at 09:26


2006年10月2日
後遺症・・・呪い?・・・それとも・・・罰?

エルグランドの入院に際して
わたしがディラーに提出した覚書・・・?の
第4項目め・・・
前輪付近で鳴る音について。
 
他の懸案に関しては
なんとか原因を突き止め
それなりの対応をしてもらうことが出来たのだが
これだけがなかなか確認すら取れなくて
随分、手間も時間もかかってしまった。
遂に音の出ている場所と原因が分かった、と
ディラーから電話がかかってきたのは日曜日のことだった。
 
担当の整備のお兄ちゃんは
人は良さそうなのだが説明ベタ。
わたしは性格も悪いし器械音痴・・・。
そこで、器械にゃ滅法強い
(性格はどぉだろ?)
学君を同伴して
修理箇所の説明を聴きにディラーに向かった。
 
学君は整備のお兄ちゃんと一緒に車の下に潜り
詳しい説明を聞いてくれる。
いかに説明ベタなお兄ちゃんとは言え、さすがプロ
学君の質問には速やかに答えている。
学君の質問もまた的確なのだろう。
 
その後、学君から噛み砕いて、噛み砕いて説明してもらい
問題点を把握することが出来たワタクシ・・・。
 
つまりは、例の「石踏んじゃった事件」に
原因があったというのだ。
 
あの時の衝撃は、想像以上に大きなものだったらしく
前回の修理の時には気づかなかった部分で
若干の不具合が生じ
それが音の発生源になっていると言う。
 
がっび〜〜〜〜〜ん!!
 
「エンジンを回してあったまらないと音が鳴らないのは
オイルの粘着度が減って
摩擦が起こりやすくなってくるからだと思います。」
 
解決策は2者択一・・・。
そのうち一つはかなり究極。
で、取りあえずもう一つの方を選んで
修理を依頼することとなった。
 
今回の修理で
これまでは全て保障期間内の不具合だったから
無料でなされてきたわけだが・・・
 
あの石っころの呪いはまだ続いていたのかっ!
それとも、日ごろのふてぶてしい態度←もちろんワタクシ
への罰なのか?
 
ひぃ〜〜〜〜ん
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 21:26


2006年10月1日
代理母

某元格闘家とタレントの夫婦が
アメリカで自分たちの精子と卵子を使って受精し
アメリカ人女性に代理出産を依頼した。
その後、夫婦は出生した双子の男児を実子として
品川区に届けたが区側はそれを拒否。
家裁に抗告するも却下され
東京高裁に抗告したところ
この度、高裁は「出生届けを受理するべき」との判断を下した。
 
出産届けの受理を拒んでいる品川区は
現在、最高裁に抗告すかどうか検討中である。
 
この判決について
あくまでも生まれた子供の利益を最優先にする、
という点においては
評価されるべきところもあるだろう。
代理母は実母としての責任(権利も含めて)を全く望んでいないし
DNAの視点に立っても
双子は、この夫婦の実子であることに間違いがないと
医学的に証明されている。
しかも夫婦は双子を実子として育てることを強く望んでいる。
 
が、どうにも釈然としないのは
「代理出産」という事実そのものに対する違和感が
拭い切れないからだ。
 
己の血族やDNAに固執する人は多い。
それは個々の価値観の相違だから
あえて議論の対象とは考えていない。
けれども、何らかの理由で・・・
今回の場合、妻が子宮頸がんによって子宮を全摘出した・・・
妊娠出産が望めないとき
他人の、生身の人間の身体を借りてまで
人工的に子供を産ませるのは
あまりにも傲慢過ぎるのではなかろうか。
 
それは期せずして明らかになった
臓器売買とどこが違うのか。
 
金さえ出せば、人は人の臓器を売り買いすることも
レンタルすることも自由自在に出来るのか?
許されるのか?
 
妊娠や出産によって母体が負うリスクは
いかに医学が発達しようとも決して小さくない。
もし、母体に命に関わるトラブルが発生した場合
いったいその責任は誰がとると言うのだろう。
 
癌により子宮を失った妻なればこそ
他人の子宮に対する思いやりがあって欲しかった。
臓器を摘出するという大きな喪失感
哀しみ、苦しみを経験したからこそ
もっと別の道を選択して欲しかった。
 
東南アジアでは
幼い子供たちの人身売買が
貧困家庭の親を通して行われることがある。
その子供たちの中に
臓器売買の対象となる子供らが少なからず存在することは暗黙の事実だ。
特に、ある国は
子供の脳死移植を認めていないから
闇のルートをたどって
生体間移植をしに、その国にやって来るという。
ひどい話だ・・・。
 
いかに本人の同意、若しくは積極的な意思が働いたとしても
臓器の売買はなされるべきではないし
代理出産も許されるべきではない。
何故なら、これらは上記の闇の生体間移植と紙一重だと
思えてならないからだ。
紙一枚隔てていれば
手は汚れない?
そういう生き方、おかしいだろうよ。
 
無駄に金があるって
ろくなもんじゃないね。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:42


2006年9月30日
毎度・・・

馬鹿馬鹿しいお噺で・・・
と、きたらナオトネタである。
 
お気づきのことと思われるが
この一年と3ヶ月
わたしのブログにはナオトの話が
ふんだんに散りばめられている。
何故か?
答えは簡単。
ナオトはわたしにとって
気になって仕方のない存在だからだ。
ナオトは正真正銘の馬鹿だから
全く気づいていないと思うが
今現在、この世でナオトのことを
本気で気遣っているのは
わたしであることは間違いない。
自信をもって言える。
 
そう言ったら、ダイバーKが
「真理さんに心配されてもねぇ・・・
やっぱ、恋人やお姉ちゃんに心配してもらわにゃ。」と
的外れなことを呟いた。
「そうだよね。
可愛い彼女の一人も出来て
気にしてもらえるようじゃないと。」と
同じくどこかがずれてる学君が応えた。
「いやっ!可愛くなくていいんだ!
あいつに可愛い彼女なんてもったいないっ!」
急に鼻を膨らませてダイバーKが喚きだす。
わけの分からん奴らだ・・・。
 
時々、ナオトが亡き母親の思い出で
母親に激怒されたエピソードや
折檻されたことを面白おかしく話してくれるのだが
思わず納得してしまう・・・。
 
自分の実の子にだって
わたしはこんなに心配したことはない。
 
ナオトの美点は
学習能力が全くない代わりに
天真爛漫で物事を気に病んだりしないこと・・・くらい・・・か?
少しは気に病めっ。
 
先日、自室の網戸をカッターで切って
猫の出入り口・・・のようなものを製作したナオト。
わたしを呼んで自慢する。
「真理さん、見て下さいよ。
まぁ、まだ改良の余地はありますが
これで小豆はベランダに出入り自由ですよ!」
お前ね・・・誰に了解を得たんだ?
勝手に網戸を切っていいわけがなかろう?
百歩譲って、小豆可愛さのあまりの所業と
そのことに目を瞑ったとして、だ
この家の中で、お前ほど「虫」が苦手なやつは
いないのじゃぁないのかい?
 
改良の余地だらけの猫の出入り口は
カブトムシだってスルー出来そうな代物だ。
 
朝、東京へ出かけるナオトを駅まで送る。
「今朝、毛虫を踏んじゃって参りましたよ。」
「へぇ。」
「さっき風呂に入ったらチクチクして・・・。」
「え?素足で毛虫踏んだの?」
「決まってるじゃないですか。」
「はぁっ?どこで?」
「自分の部屋でですよっ!」←さも当然とばかりに威張っている
「な・なんで、あんたの部屋に
毛虫なんかがいるのさっ?」
 
「お前さ、毛虫は平気なんだ?」
ナオトと同じくらい虫嫌いの学君が聞く。
「平気なわけないじゃないですかっ!」←ばっかじゃないの?と言わんばかり
・・・馬鹿はお前だ・・・
 
「どうしてそういう大切なことを
すぐに言わないの?
薬があったのにぃ!
東京に行ってかぶれがひどくなったらどうするのよっ!」
「まぁ、歩けなくなることはないと思うんですけど・・・。」
そういう問題じゃないんだよっ!
 
帰宅後・・・駅までの送迎についても一悶着あり・・・
ついに言いたくもないが説教(?)するはめに陥った。
 
「お前はさ、下らないことをべらべら喋る前に
まずは必要なことから話しなさい。」
「それから、自分が間違っていた、と思ったらすぐに謝る!
謝ったら一切弁解や言い訳はしない!
どうしてそうなったのか理由が知りたかったら
こっちから質問するから
余計なことをグダグダ並べるんじゃない。
言い訳が長すぎて謝罪の意思がどんどん希薄になって
仕舞いには全く感じられなくなるんだよっ!」
 
まだまだ言い足りなかったが
恐らく3つ以上のことを言っても
頭に入らないだろうから・・・
まぁ、二つでもどうか分からないんだけどね。
 
「本当にナオトだきゃぁ、しょうがねぇなぁ!」
学君と斉君が口を揃える。
いえいえ・・・あなたたちも
我が家に来たばかりの頃は
別の意味で「たいしたもん」でしたよ。
 
「変わんなかったじゃん・・・」
「え〜〜〜〜〜〜っっ!!」声を合わせてブーイング!
「いやっ!俺はあんな馬鹿じゃなかった!」
「待ってよ、真理さん!
俺とあんなヤツを一緒にしないでよっ!」
「馬鹿にも色んな毛色がいるんだよっ!」
「・・・」「・・・」
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 13:17


2006年9月28日
今度はガスボイラー

外付けのガスボイラーに不具合が発生して
部品を交換しなければならなかった話はしたよね。
新品を買って4年しか経ってないのに
壊れるなんて・・・しくしくしくしく
当初の説明では落雷のせいでショートしたらしい、とのことだったんだけど
結局、結露によるものか水気でファンモーターが壊れてしまったのだった。
部品交換及び修理費で2万円・・・おーいおいおいおい
あんまりにも納得がいかなかったから
メーカーに直接修理説明の連絡を入れるように言ったのだった。
 
「専門的なことは分からないけれども
使用しているのは、そういう素人のわたしなのだから
出来る限りわたしに分かるように説明して欲しい。
プロパンガスの使用には、それくらいの注意が必要だと思う。」
メーカーの説明はこうだった。
「結露か、若しくは・・・どうしたって外部に取り付けてあるものなので
完全防水してあるわけではないから
風雨によって侵入したと思われる水分によって
ファンモーターを動かしている基盤が腐食してしまった。
今回はそれを交換した。
もし、今後今回と同じようなことが起こった場合は
詳しい調査も含め、修理も無料でさせていただくので
了承していただけないか。」
 
むぅ〜〜〜〜ん
なぁ〜んかなぁ。
しかし、まぁ、今回だけはよしとするか・・・。
 
でね、一件落着と思ったわけよ。
ところがどっこししょ。
10日ばっか前にね
ボイラーからとんでもない音がし始めたのさ。
お湯の出も一定じゃなくなり・・・。
再度、ガス屋に電話。
今度は副支店長が来た。
 
「ほら、あの音・・・。」
「え・・・。」
バタンバタンバタンバタン!
 
それから裏に回ってボイラーを調べた副支店長君
大慌てで職人さん呼んで
「水が漏れてましたっ!」
代替品と交換してうちのボイラー持って帰ってった。
「真に申し訳ありません。
すぐに原因を調べて修理します。」
が・・・待てど暮らせど連絡がない。
 
電話しちゃったよぉ〜ん。
 
話し合いの結果・・・
前回の修理代もなしでいいって。
新品と交換してくれるって。
ま、当然っちゃぁ、当然だよね。
ほほほ
え?ただ「怖いわねぇ〜。」くらいのことを言っただけだよ。
ほんとに・・・。
 
その話を夕食の時に話したらさ
斉君が
「あ〜、またやっちゃった?」
「え?どういう意味?」
「これが初めてじゃないってことですか?」
「そうなんだよね。ずっと前はさ、車のエンジン
総とっかえさせたの、無料で!」
「え〜〜〜〜っっ!まじっすか?」
「なんでよ。だってわたしの言ってることは正しいでしょ?
なんか間違ってる?」
「いや、全然間違ってない。正しい。」
「言い方が凄いとか?」
「いや、言い方も意外と普通だ。
ただし、言ってる内容がねぇ・・・なんつ〜んだろ・・・
軽い、脅迫?」
「し・失礼しちゃうわねっ!どこがよっ!」
「なぁ〜んか分かりますねぇ。」
「これでまた何人泣いたことか・・・。」
「可愛そうにねぇ・・・。」
「て・てめぇら!!」
 
権利は主張しなければ認められないのだっ!

Posted by mamedi5047604 at 13:24


2006年9月27日
エルちゃん再入院

ETCが作動しなくなって、エルグランドを修理に出す際
今まで気になっていたところを
一度全部点検してもらおうと
一覧表を作って整備の兄ちゃんに渡した。
そうしたら、なにやら支店長まで出てきて
なんとなく皆さん真剣モード・・・。
 
あら・・・文面がきつかったかしら・・・。
 

エルグランド点検依頼項目と気になる点

 

1.ETCの不具合について・・・突然、機能が不能になった場合の危険性は多大。料金所でのETC通過ゾーンにおける追突死亡事故も増えつつある昨今、出来うる限りの整備はユーザー並びにディラーの責任と考える。

 

2.シガーライターソケットの不具合について・・・ETC機能に直結するので、故障の原因を徹底的に調べ、結果を報告願いたい。

 

3.フットブレーキが戻る際に発生する音・・・以前にはなかった。

 

4.走行中、前輪付近でする音・・・何かが擦れるような音。そもそもするべき音ではないので、何らかの問題があるはず。

 

5.エンジン発動時になるスピーカーの雑音・・・スピーカーやオーディオ関連だけの問題ではなく電気系統にも問題があるかも知れないので。

 雑音そのものも不快である。

 

以上5
 
原文そのままなんだけど・・・そうでもないでしょ?
で、ETCに関してはライターソケットのショートが原因で
これは携帯の充電器が関係しているらしい、とのこと。
相性が悪いと、そういうことも起こりうるというので
今後、使用しないことにした。
フットブレーキは部品を丸ごと交換。
オーディオも全とっかえということになった。
これ、全部当然無料ね。
 
で、前輪部分でなる音だけが
「確認が取れない」ってことで
整備の兄ちゃんを助手席に乗せて斉君にドライブしてもらった。
先日のスピーカーの雑音の時みたいに
途中でひよるのは良くないと思い
音がなるまで伊東市内をぐるぐる回る。
音が鳴るまで30分かかった。
「やっと鳴ったねぇ〜、良かった♪」
変なところで喜ぶワタクシ・・・。
「では、暫くお預かりして修理します!」
 
今、代車で来ているのはブルーバード。
アベニールと変わらない大きさなので
妙に乗りやすい。
今度こそ、完治して帰ってきてね、エルちゃん!
 

Posted by mamedi5047604 at 13:01


2006年9月26日
スポーツハイ

土砂降りの雨が降っているというのに
山越えをしてプールに出かけた。
 
よくよく考えてみたら
火曜日と木曜日以外の日は
そうそう行けそうにもない。
だから、頑張っちゃうのである。
好きなことのためなら
お尻も気持ちも軽やかだこと!
 
1回3000メートルが標準になってきた。
2000を越えると、余計な力が抜けて
水に乗るのが楽になるのだが
頭の中は空っぽになる。
自分が何メートル泳いだのかさえ分からなくなる。
ちょっとスポーツハイになってるのかも・・・けけけ。
 
天候のせいか、それほど混んでいなかったのだが
各コースは埋まっていて
一つ隔てた隣のコースに年配のご夫婦が陣取っていた。
あまり他人に興味のないわたしは
マイペースで泳いでいたのだが・・・
視界に物凄いスピードで駆け抜けていくビート板を発見!
その老夫婦の爺さんだ。
げ!は・は・はやっっ!
ビート板がウィリーしちゃってるよ!
あの爺さんはただものではないっ!
わたしはポカーンと爺さんに見とれていた。
 
あっと言う間に50メートルを泳ぎきった爺さんが
こちら側に戻ってくる。
「すっげぇ〜〜〜。」思わず呟いてしまった。
 
が・・・ちょっと考えれば分かりそうなもんだったんだよな。
あんなに早く、バタ足だけで泳げるはずないじゃん。
爺さん、足ヒレつけてたんだ。
プール専用の小さな足ヒレ・・・バタフライの練習をするのに使うやつだ。
ちぇ・・・びっくりして損した・・・。
かように、頭の中は真っ白である。
 
ああ、馬鹿がどんどん加速する。

Posted by mamedi5047604 at 17:46


2006年9月25日
活字中毒失格

最近、暇があればプールに通う・・・という生活をしているせいで
読書が一向に進まない。
Q州在住の縄文人様のサイトに触発されて
生まれて初めて「ミステリー」分野の小説を読み始めたのだが
あと2冊で、買い求めた本を読了・・・という段になって
ぴたりと止まってしまった。
桐野夏生氏の作品・・・合計18冊中、16冊までいったのだが・・・。
 
盛り上がっているときには
どんなに分厚い作品でも
一晩で読み切ってしまうくせに
乗らないと1ページめくるのがやっと・・・という有様。
 
今は米原万里氏のエッセイを
ちまちまと読んでいるのみだ。
活字中毒失格だ。
しかしね、これがなかなか面白いのだよ。
「旅行者の朝食」という本・・・。
 
「人は生きるために食べるのではなく
食べるためにこそ生きる」というモットーのもと
彼女が食べて、食べて
食べまくる・・・。
もちろん、拘って拘って、拘りまくる。
笑える。
激しく共感出きる。
時に、それは違うだろっ、と突っ込める。
まだ見ぬ料理や菓子に生唾を飲む。
 
米原氏は元々、ロシア語の通訳者であるが
ヨーロッパ全般の食文化に精通していて
ひじょうに興味深い内容となっているのだ。
 
この本を読んで
俄然、ギリシア料理を勉強したくなった。
世界三大料理の一つ、トルコ料理の源とされるものだ。
(一説には中国、フランス、ギリシアだとか
中国、イタリア、トルコだとか
中国以外の国はあまり特定されていないらしいのだけれどね)
 
これが運のいいことに
ギリシアに詳しい友人がいて
その話をしたら
初歩的なギリシア料理の本を見つけてくれたと言う。
嬉しいなぁ〜〜〜♪
 
で、そうそう、活字中毒の話なんだけど
今度、火が付くのは何時のことかしらねぇ。
本はどんどん溜まっているのだ。
文庫本だけで40冊・・・どうすんだ?
ま、おつりの人生だけど
もう少し残っていそうなので
お楽しみはとっておく、ってことで・・・。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 16:44


2006年9月24日
糞詰まり1号

ナオトが糞詰まりで腹痛を起こし
救急車で夜間救急医療センターに運ばれ
不機嫌な医師に浣腸一発ぶち込まれて
ケロッと治ったことの顛末は
「もの喰う・・・」に記した通りである。
 
赤ん坊じゃあるまいに
便秘で腹痛を起こして
トイレでのた打ち回るなんざぁ
大袈裟にもほどがある・・・。
いかに痛みというものが
人によって感じ方は違うものだとしても
あまり同情する気にはなれない。
 
しかし・・・友人が
「どうしてそんなドラマティックな事件ばかり起こるの?」と
コメントを寄せてくれたように
我が家では、この手の話題に事欠かないのは何故だろう?
 
実は、シモネタ・・・と言うか
糞詰まりネタは
ナオトが初めてではないのだ。
ナオトは糞詰まり2号なのである。
 
まぁ、それが「ドラマティック」かどうかは疑問なんだけど・・・。
以下、完璧に「シモネタ」なので
そういう話題はどうも・・・と思われる方は
どうぞご覧になりませんように!
 
それは数年前の朝。
来客M(匿名希望)がトイレに入っているときのことだった。
トイレの前にスリッパが脱いであったので
彼がトイレに篭っていることは知っていた。
しかし、わたしは洗濯をしたり、後片付けをしたり
バタバタと動き回っていたので
始めのうちはそう気になることもなく見過ごしていたのだ。
恐らく・・・1時間くらいは経っていただろう。
トイレの中から微かな呼び声がすることに気づいた。
 
「真理さん・・・真理さん・・・。」
ん?なんだ?
「はい、はい。呼んだ?
どうしたの?ペーパーがない?」
「違うの・・・。」
いつもは馬鹿がつくほど大きな声で喋るMが
まるで蚊のなくような声を出している。
「何?どうしたのっ?」
ちょっと焦る。
「あのね・・・うんちが・・・詰まっちゃったの・・・。」
 
ぎゃっ!
 
いやね、こう言われた瞬間はさ
トイレがうんこで詰まっちゃったのかと思ったのさ。
実は、そういう苦い事件も過去にあったもんだからね・・・。
(ほんと、色んなことがあるのね、うちって・・・)
 
「まじっ?」←ちょっと怒気を含んだ声
「うん・・・。」←益々、消え入りそうな声
 
「お尻の穴のところで
詰まっちゃって・・・
出ないし、引っ込まないし・・・痛いし・・・苦しい・・・。」
 
はぁっっ??
 
「ど・どういうこと?」
「だからさ、ちょっと便秘ぎみで・・・
なかなか出ないから気張ったら・・・出てきたんだけど・・・
少し出たらそこで止まっちゃって・・・1センチくらいかなぁ・・・
で、切れないしさぁ・・・これ以上、踏ん張ったら切れちゃいそうでさぁ・・・。」
 
ぎゃはははははは!
なんじゃぁ〜そりゃぁ〜〜〜!
 
「俺・・・どうしていいか・・・分かんない。」
 
ひぃ〜〜〜、く・苦しいよぉ〜〜〜〜!
ひゃひゃひゃひゃ
 
「真理さん・・・笑い過ぎだから・・・。
俺、まじだから・・・。」
 
ああ、そっかそっか・・・そりゃ悪いことをした・・・ひぃひぃ
しかし、わたしだってどうしたらいいか・・・へへへ
分かんないよぉ・・・ふふふ
 
「だから・・・俺、マジだって・・・。」
泣き出しそうな声で窮状を訴えるM。
 
「じゃさ、水分を取って押し出すっつ〜のはどぉ?」ひひひ
 
「うん・・・。」
 
「牛乳なんか効きそうだよね?」ほほほほ
 
駄目だ、笑いが止まんない・・・。
 
トイレの前になみなみと注がれた
ジョッキいっぱいの牛乳。
「置いたからね。」
「うん・・・。」
 
30分が経つ。
「どう?なんか変化あった?」
「・・・駄目・・・。」
あら・・・駄目かい。
「俺さ、泣きそう・・・。」
泣くな、泣くな。
 
「踏ん張って出しちゃえば?
切れるったって、たいしたことないよ。」
「・・・人事だと思ってるでしょ?・・・」
だって人事じゃん・・・。
そんな状況、我がことのように考えられるかっ!
 
「まさか、救急車呼ぶわけにいかないでしょうよ。」
「そんなことしたら、俺、死ぬ。」
死ぬな、死ぬな。
お願いだからうちのトイレで死なんでくれ。
 
「どうする?」
「・・・分かんない・・・」
トイレのドアー一枚隔てて会話は続く。
 
「あのさ、もうしょうがないから
うんこ挟んだまま出てくれば。
で、波が来るのを待って、もう一度チャレンジしてみればいいじゃん。」
「・・・やだ・・・。」
げ・・・。
「何がやなの?」
「うんこ挟んだままっていうのがやだ。」
「わがまま言っても仕方ないでしょう?」
「これって我がままなの?」
う・・・。
 
よしっ!こうなったら奥の手だ(?)
「じゃぁさ、ビニールの手袋(薄手のゴム製)置くから
これで穿り出しなよ。
使い終わった手袋さ
新聞紙とゴミ袋も置くからきっちり包んで縛ってよ。
それならどう?」
「・・・」←迷っている
「・・・」←悩んでいる
「他に何か案でもあるのっ!」
「・・・真理さん・・・怒んないで・・・」
「いや、怒っちゃいないけどさ。」
「じゃぁ、やってみる。」
 
これね、延々2時間やってたの。
 
結果、何とかトイレから出ることが出来たM。
本当に泣いてたことが判明。
わたしは死ぬほど笑った。
 
「真理さんってひどいよね。」
「え〜〜〜〜〜っっ!なんでよっ!
恩人でしょ〜よ!」
「・・・。」
「それに、会社でならなくて良かったよねぇ。」
「げ・・・。
俺さ、ゴムの手袋・・・携帯しとこうかな・・・。」
 
ぎゃははははははは!
ばっかでぇ〜〜〜〜!
 
これは誇張も歪曲もしていない・・・
むしろ薄めてあるくらい・・・の実話である。
 
やっぱ恩人だよね?わたしって・・・。
 

Posted by mamedi5047604 at 10:25


2006年9月23日
人生50年

ほんの少し前まで
人生は僅か50年で完結していた。
天下泰平の世でさえ、そうだったのだから
人の命は真に儚いものだったのだねぇ。
 
そうするってぇ〜と、わたしなんか
もう、完璧におつりの月日を生きていることになる。
 
環境汚染やストレスなど
生きにくい現代社会を考えると
平均寿命の長さは医学の進歩に拠るところが
いかに大きいものであるかが分かる。
 
昔の人って、つまらないことで
あっけなく死んじゃったりしてたんだろうね、きっと。
そうだよ、だってさ
100年にも満たない前には
結核は「死」の病だったんだからね。
 
それでも、世界で一番最初に全身麻酔による手術を行ったのは
日本人なんだって知ってる?
華岡青洲という和歌山出身の医師が
乳癌の摘出手術をしたのだよ。
西洋医術のエーテルを使ったそれより
40年も早くのことだったそうだ。
あ、プチ情報ね。
 
でさ、つまり
人間って普通に生きていると
50年で使用期限が切れるってことよ。
だから、40年を過ぎたら
自分の体はしっかりメンテナンスするべきだと思う。
 
確実に体力は落ちているはずだ。
容姿・・・見た目だって違ってきているよね?
体の中だって、きっとくたびれたり傷んだりしている。
自分で出来ることはやるしかないけど
出来ない部分に関しては
専門家に任せるしかないんだよ。
 
今、どんなに健康に自信があったとしても
元気だったとしても
一年に1回は有効な検査を受けて
チェックをして欲しい。
エックス線による検査には賛否両論があって
わたしもどれを「受けるべき」なのかよく分からない。
が、細胞をちょっと取って調べる検査や
血液で判断できる検査は
是非、受けて欲しい。
 
この時期になると
4年前のことを思い出すのだよね。
 
わたしが自分の「病気」のことを
くどくど書いているのは
同情を引こうとか
慰めて欲しいとか・・・そういうことじゃなくってさ
(もちろんそういうことが嬉しい時もあったりするかも知れないけれど)
自分が犯したミスを繰り返して欲しくないからなんだ。
わたしという見本があるのに
同じ過ちを繰り返すなんて
馬鹿馬鹿しいじゃない?
 
面倒臭い、恥ずかしい・・・そのうち、いつか・・・
自分だけは大丈夫・・・
その結果がわたしだった。
癌になったら、もう面倒くさいどころの話じゃないからね。
恥ずかしいなんて言ってらんないよ。
痛いし、苦しいし、怖いし、悲しい。
必ずしもなるとは限らないが
なる確立はほぼ半々。
誰がなっても可笑しくないんだから。
 
癌に限らず、血糖値やら血圧やら
調べなきゃならないことはいっぱいあるよ。
 
どうせ生きていくなら
楽しく愉快に生きていこう!
 
まぁ、癌になったって
楽しく愉快に生きてはいるけど・・・
それなりに苦労や努力もしてるのよ、これが・・・まじで。
 
あ、行きなさいよ、検査!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 19:38


2006年9月21日
秋です♪

どんなに忙しくても
週に一度はプールに出かける。
片道30分・・・ほとんど信号もない道のり。
平日の日中は人影すらない。
稲刈りの終わった田んぼには
あぜ道にぐるりと彼岸花の紅色が燃えている。
 
中伊豆は天城の山間にある小さな村落である。
狩野川の支流と本流沿いに温泉街が点在している。
その合間を埋めるように田園が広がっているのだ。
 
焚き火の薄煙がたなびいている。
都会では禁じられるそれが
この辺りでは当たり前の風景だ。
名残の百日紅、カンナの鮮やかな色も
ちょうどいい具合にくすんで
周囲の色合いと溶け合う。
 
風がその翼を休める里・・・
金木犀の甘い香りが蜜のように満ちて溢れ
時さえもたゆたう。
 
プールのある建物の中にも
秋の長い日射しが入り込んで
水中に美しい光を投げかけている。
 
昼下がり・・・
アキアカネの群れに風が流れ始める。
 

Posted by mamedi5047604 at 20:38


2006年9月20日
ドライブ

美しい秋晴れの朝。
隣のこととは関係なく
家にじっとしている気分じゃぁない。
カメラを担いで外に飛び出した。
伊豆スカイラインを走って箱根まで。
 
空を映して芦ノ湖の湖水も深い蒼に染まっている。
仙石原のススキも紅葉にも
まだ随分早すぎたけれど
爽快な風に吹かれて
気持ちの良いドライブだった。
 
美味しいお蕎麦を食べて
お土産を買って帰ってきた。
 
人にはそれぞれの価値観があって
幸福感があるのだろう。
それは誰かと比べるものではない。
が・・・それでもやっぱり・・・
ヒッキー君は幸せじゃないと思う。
 
わたしは幸せだよ。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 16:44


2006年9月19日
お久しぶりだね、ヒッキー君

ここのところ、毎週末来客が続き
バタバタと忙しく過ごしている。
平日はプールに通っているせいもあって
9時過ぎになると舟を漕ぐことも珍しくない有様だ。
が、来客となると平気で2時3時まで話し込んでしまう。
わたしも好きねぇ〜。
 
で、すっかり隣のヒッキー君のことを忘れていた。
 
忘れた頃になると、ヒッキー君は
己の存在を証明するかのごとく
自己主張をしてくれるわけだね。
やってくれるねぇ〜。
 
ことさら賑やかにしていたつもりもない土曜日
深夜1時にチャイムが鳴った。
外を伺うと赤灯が回っているのが見える。
パトカーである。
「出たっ!」
玄関のドアーを開けると
警察官が一人立っていた。
 
「お隣のTさんから通報がありまして
お宅の話し声が煩いから注意して欲しいとの苦情で
まぁ、どんな様子なのか、と思ってお話を伺いに来ました。」
またかよ・・・。
ちょっとうんざりしながらも
一から事情を説明する。
隣が警察に通報するたびに
違う警察官が来るものだから
毎回、何もかも初めから説明しなければならない。
出来れば詳細を記録しておいてくれれば有難いのだが・・・。
 
今度、自分で今までの経過を文書に作成して
プリントアウトしておこう。
 
「で、多分、うちの様子を暫くの間見ていただいたと思うんですけど
そんなに煩いですか?」
「いえ、ちょっと話し声が漏れているな、という程度なんですが
なんせ、この辺りが静かなもんで
気になる人には気になるかな・・・っていう感じですか。」
「それって常識の範囲内ってことですか?」
「ええ、まぁそうですけど・・・常識って言いましても
人によって違いはありますし・・・。」
まだろっこしい警察官だった。
まぁ、いいけど・・・。
 
で、ふと思いついたのだけれど・・・。
パトカーを呼ばれるのは
あまり気持ちのいいものではない。
てめぇが呼んでんじゃねぇよっ!くらいの思いもある。
が、案外今の状況の中では好ましいことなのではないのか、ということ。
ヒッキー君がうちに敵意を持っているのは
明白な事実だ。
そして恐らく、彼の標的はわたしだ。
正しくはわたしの笑い声だ。
 
日々、わたしは大いに笑う。
来客があろうがなかろうが関係なく
天真爛漫に笑う。
その声が多少人より大きいことは知っているけれど
自宅にいて、そんなことまで他人に規制される覚えはない。
しかし、その声にヒッキー君は憎悪を燃やしているのかも知れないのだ。
むっとするけど、ぞっともする。
それでも彼が直接的に我が家に押しかけてくることを想像すると
警察署に電話をかけてパトカーを呼んでくれた方が
「安全」のように思えるのだ。
 
警察官に苦情を言い募ることで
蓄積させた鬱憤を晴らし
少しでもガス抜きをしてくれるなら
それに越したことはない。
もしかしたら、うちへの苦情を口実に
警察官を呼びつけて自分の話しを聞いて欲しいのかも知れない。
 
「お隣には、お宅と隣接する部屋に寝ないで
寝室を移すことを勧めてみますね。
お宅ももう少し話し声のボリュームを落とすように
努力してみて下さい。」
 
興ざめしてその夜はそれで休むことにした。
随分長い間、パトカーは隣家の前に停まっていたが
どんな話しをしていたのか・・・。
 
翌日、斉君が名古屋に住むヒッキー君の母親に電話をかける。
「引っ越す話しはどうなったのか?
病院には行っているのか?」
かなり強い調子で詰問したらしい。
のらりくらりと逃げ口上の母親に対して
今回は期限付きで回答を求めることにした。
 
何が正しいとか、間違ってるとか言うつもりはないが
警察官にも言った言葉通り
「わたしは加害者にも被害者にもなりたくはない」
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:59


2006年9月18日
出産騒動記 X 最終章

「案ずるより産むが易し」とは
よく言ったものだと思う。
 
出産は確かに命がけの大仕事だと実感した。
が、それでも尚、人が子を産み続けるということにも
納得したのであった。
 
特筆するべきは出産の瞬間である。
あの爽快感、達成感、脱力感は
決して他では得ることの出来ない「快感」だった。
だからこそ、あんなに痛い思いをしても
また、女は次の子を産むことが出来るのだ。
 
子を孕むということ
出産をするということ
この二つだけで済むなら後何人でもいけるな・・・。
本気でそう思った。
けれど、わたしにとって「子供」の存在は
そう簡単に抱えきれる重さではない。
それはよくよく認識していた。
全ての人に平等に与えられるリスク。
それを受け入れる自信がわたしにはなかった。
出来損ないで未熟なわたしという人間には
一人の子供を産み育てることだけで身に余る。
それだって、上手くやっていけるかどうか・・・。
 
やっと新生児室でわが子と対面してきた元夫が
病室に移されたわたしの元へやって来た。
「ご苦労様。」
「うん。」
「男の子だったねぇ。」
「うん、そうだったね。
ひっどい顔してたでしょ?」
「うん・・・ひどいな、ありゃ・・・。」
「エビさん(元夫)そっくり。」
「げ・・・俺、あそこまでひどくないよ。」
「けけけ。」
「でさ、名前、どうする?
女の子の名前しか考えてなかったじゃん?」
「ああ、ねぇ。」
 
独りで歩むで「ひとみ」
かなり無理やりだけれど、わたしたちは女の子が出来たら
そう命名することに決めていた。
もちろん、自分の子供の名前は自分たちで決めるものと考えていたので
他の選択しは全く念頭になかった。
また、神頼みも仏頼みも、とにかく他の一切の力を借りる気も毛頭なかった。
 
「男の子なんだからさぁ
そのまま「どっぽ」でいいんじゃない?」
「だねぇ。」
 
拘ってるんだか、ないんだか
分からない夫婦である。
 
恐らく、わたしは「拘らないことに拘る」タイプで
元夫は本当に何にも「拘らない」タイプだったのだ。
 
幸いにして溢れんばかりの母乳が出たおかげで
息子は離乳まで他の栄養を必要とすることなく順調に育ち
その後も、取り得と言えば「健康」と
胸を張って応えられるような子供に成長したのであった。
何が有難かったかって
本当に「健康」であったことは
感謝の一言に尽きる。
そういう場合、何に感謝をするのか?と言えば
もちろん「わたしの神様」にである。
 
追伸
退院時、花束を抱えた助産婦卵20人が
わたしたち親子を盛大に見送ってくれた。
ちょっとした有名人になった気分・・・。
それは秋晴れの美しい日であった。
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 11:34


2006年9月17日
出産騒動記 W

 
「Eさん、頑張ってるね。
さすが、母は強しだなぁ。」
呑気な医者の声がする。
「いやぁ〜、立派ですよぉ、Eさんはぁ。
みんながこんな妊婦さんだと
わたしたちも助かるんですけどねぇ。」
 
仕切りなおしって言われても
なかなかすぐにってわけにはいかない。
少しの間、インターバル・・・
「で、どっちが欲しいの?」
股の間から本物助産婦が顔を覗かせる。
どっから顔出してんだっちゅうのっ。
「女の子ですね。」
自分でも意外なほどはっきり答えた。
「そう、じゃぁ、もう一踏ん張り。
頑張って!」
よっしゃ・・・
 
ふんがぁ〜〜〜〜っっ!
むっぎゅ〜〜〜〜っっ!
頭の血管が爆発するような感じ。
痛い!
しかし、この痛みから早く逃れるには
ひりだしてしまうしかないっっ!
う〜〜〜〜〜むっ!
 
「はいっっ!力を抜いてっっ!」
ぬるりんこ。
出た・・・
ふんぎゃ、ふんぎゃ。
全身脱力感・・・。
 
「あぁら、残念。
男の子だわぁ〜。」
「ははは・・・。」
シュールな助産婦さんなのねぇ〜♪
 
暫くして後産がきて胎盤も無事出産。
知らない間に医者がきてサポートの処置をしたらしく
縫合をして・・・全てが終了。
 
「お母さん、見てください。
こんなに可愛い赤ちゃんですよ。」
卵たちが白い布に包まれた生まれたてのほやほやを
わたしの目の前に差し出す。
 
げ・・・
 
「赤ん坊少女たまみじゃん・・・」
(梅図かずお著)
 
卵たち、感激のあまり涙ぐむ。
母(わたし)、冷静にがっかりする。
だって、まじで、可愛くないんだもん!
 
間もなく産湯を使わせてもらった息子は
幾分ましな状態でわたしの目の前に現れた。
しっかし、不細工なやっちゃなぁ。
男の子で良かったかも・・・。
 
「お父さん、お見えになってますけど
お呼びしますか?」
「あ、いいです。待たせておいて下さい。
どうせ会社も早退してきたんでしょうから。」
「あら、そうなの?ふふふ」
 
とにかく疲れた。
2時間ほど安静を保ったままここにいなければならない。
眠い・・・。
 
で、結局、わたしが踏ん張り始めて
15分で生まれちゃったらしいんだけど・・・
腹筋は鍛えておくもんだねぇ。
 
痛かったけど
思ったほどではなかった。
出産の痛みを揶揄して
「鼻の穴からスイカを出すような」と言うのを聞いたことがあるけれど
鼻からスイカを出す方が
絶対に痛いと思う。
だって鼻腔には痛感があるもんね。
産道にはないんだよ。
これ、ほんと。
 
蛇足になるが
初めての出産を見学した卵たち
よほど興奮したらしく
廊下で待っていた元夫と弟の前を素通りして
新生児室に赤ん坊を連れて行ってしまったそうな。
 
「俺・・・無視された・・・。」
 
あらら・・・。

Posted by mamedi5047604 at 09:40


2006年9月16日
出産騒動記 V

さすが大病院である。
分娩室も6部屋ほどあって
今まさに出産に挑んでいる人も何人かいるらしい。
と、いうのも
分娩室にはドアーがなく
カーテンのようなもので目隠しをしてあるだけなので
中の気配と言うか
声や音がかなりはっきりと聞こえてくるのだ。
 
「これに着替えて下さい。」
と看護師に渡されたのは
薄いブルーの分娩着(?)だった。
本当の名前は分からない・・・が、
あれは分娩のために作られた着衣に違いない。
促されて分娩台に横たわる。
まだ、普通に横臥していて良かったので
部屋をしばし観察。
思ったより部屋は広い。
奥には緊急手術用の金属器具が
台車の上に整然と並べられている。
「ほへぇ〜〜。」
妙に関心して見ていると
女性の叫び声が耳に飛び込んできた。
 
「いやぁ〜〜〜っっ!痛〜〜〜い!!
お母さぁ〜〜〜〜ん!!」
げ・・・
な・な・な・・・
「なに言ってんのっ!あんたがお母さんになるんでしょっっ!
頑張んなさいっっ!」
凄みのある助産婦の声。
うわ・・・修羅場だな。
人事ながらどきどきしてしまう。
後の声は聞き取れない。
無事、生まれたんだろうか?
 
自分のことは・・・と言うと
陣痛は既に3分間隔くらいになってきている。
我慢しなくちゃいけないと思って
歯を食いしばって横になっていた。
そこへ静々と助産婦の卵たち登場。
胸にノートを抱きかかえ
揃いの看護服を着ている。
これがメンソレー○ムのマークの看護服と同じで
可愛いったらありゃしない。
紅潮した顔で「宜しくお願いします。」と挨拶をして入室。
「こちらこそ、宜しくねぇ。」などと愛想良く挨拶を返す、が・・・
え?・・・ぞろぞろ、ぞろぞろ・・・何人いんのよっっ!
広く思えた部屋は
助産婦卵でいっぱいになってしまった。
 
本物助産婦が来て
お腹に様々な器具を装着する。
「陣痛の状態を測りますからねぇ。」
ほいほい。
 
「ちょっと宜しいですか?」
「ん?いいですよ。」
2人の卵が傍に寄ってきて
陣痛を測る器械を見る。
「はい、ここで問題です。
今の陣痛の間隔は何分でしょうか?」
い?ここでお勉強?
「ん〜〜〜っと・・・ちょっと待って!
答え言わないでよ!」
おいおい・・・
 
「あのぉ、汗拭きましょうか?」
「あ、ありがとう。」
別の卵である。
だが、まだ特別汗はかいていない。
 
「お腹空きませんか?」
また別の卵が剥いたバナナを差し出す。
「い・いや、今は結構です。」
 
「あのぉ・・・。
お産は初めてなんですか?」
「はい。」
「わたしたちも今日が初めてなんですぅ。」
「あ・あ、そうなのね。」
「なんかどきどきしますね。」
「う〜〜〜ん。」
 
「あのぉ・・・。」
 
うるさぁ〜〜〜い!!
お前らは静かにしておれんのかぁ〜っ!
思わず口に出しそうになったところへ
本物助産婦現る。
「Eさん、ちょっと様子見せてねぇ〜。」
内診をする本物。
覗き込む卵たち・・・。
「ん〜〜〜。ちょっと待っててね。」
 
医師が呼ばれてやって来る。
「どうしようか、Eさん。
陣痛がね、少し弱いようなんだよね。
子宮口が硬くてお産が進んでいないんだ。
このままじゃ、赤ちゃんが辛いからさ
手術しよっか?」
がびぃ〜〜〜ん!
医師が本物助産婦に何か耳打ちして立ち去る。
 
「あ・あの・・・。
我慢しないで、いきんじゃっていいんですか?」
「え?我慢って?」
「自分で出しちゃっていいんですか?」
本物が笑い出す。
「Eさんって愉快な人ねぇ〜。
自分で出せるものなら出しちゃってぇ!」
「はい。じゃ・・・。
う〜〜〜〜ん。」
「え?」
 
なぁ〜んだ、我慢しなくていいんじゃん。
思いっきり腹筋に力を込める。
一気にいきみが来る。
なんて言うのかなぁ・・・ビックウェンズデーって言うより
そうだ!ディアフタートゥモローの津波みたいな感じ
(分かりにくっ!)
 
ぐはっ・・・
来た、来た、来たぁ〜〜〜っっ!
 
「凄い!Eさん、凄いわよっ!」
 
と、その時だった。
 
ガラガラガラ、ガッシャ〜〜〜ン!
耳を劈くような金属音。
卵たちが、怖気づいて後ずさりなんかしたものだから
手術道具一式を床にぶちまけてしまったのだ。
 
「あなたたちっ!
何やってんのっ!
すぐに手配して用意しなさいっっ!」
「すみませぇ〜〜〜ん!」
 
うるさぁ〜〜〜いっっ!
ったく、どいつもこいつもっ!
むくっと起き上がったわたしは言った。
「すみませんねぇ〜。
ちょっと静かにしてやって下さい。
赤ちゃんが恥ずかしがって出てこなくなっちゃいますから。」
 
・・・・・・・・・
 
「あはははは!
Eさん、ごめんなさいねぇ〜。
仕切りなおしましょう!」
 
再度、いきみに挑戦。
 
って・・・これでいいのか?
 

Posted by mamedi5047604 at 12:25


2006年9月15日
出産騒動記 U

つい・・・なのか、うっかり・・・なのか?
とにかく、出産の参観を承諾してしまったわたくし・・・。
ただね、あえて弁解をさせていただけるならば
陣痛が始まってる妊婦に
冷静な状況判断なんか出来ませんから。
お産っていうのは、集中力!
そして、生物学的な必至さ。
 
個だとか、女であることとか
そんなもん、どっかに飛んでっちゃってる。
 
それに・・・まさか・・・
助産婦のインターンが
1クラス分、全員来るなんて思わなかったんだもん・・・。
20人だよ、20人。
 
「Eさん、それでは産室に入る前に
浣腸しますから
壁の方を向いてリラックスして下さい。」
「はぁっ?浣腸っっ??」
 
聞いてないっ!
なんだって浣腸なんかするんだよっ!
 
「お産になると、皆さん、いきんで出ちゃうんですよ。
だから、今のうちに腸の中を綺麗にしておきましょう。
赤ちゃんがう○こ塗れになったら
可愛そうでしょう?」
 
ぶ・ぶゎ〜〜かっ!
だったら、昼飯なんて食わせるんじゃないよっ!!
しかも、う○こ塗れだなんて
嫌過ぎるぅぅぅ〜〜〜!
 
「Eさんは浣腸は始めてですか?」
「当たり前でしょ〜!」
「あぁら、そうでもないですよぉ。」
え??どういう意味?
浣腸ってそんなにポピュラーなものなの?
 
しっかし!
運ばれてきた点滴台にぶら下がっていたのは
超特大の瓶になみなみと入った液体。
なぁ〜に考えてんだよっ!
こんなイタイケナお尻にそんないっぱい・・・
入るわきゃないだろう〜がっ!!
 
「大丈夫ですぅ〜。
案外、腸って長いんですよぉ。
それに全部入れなきゃいけないってわけでもないですからぁ。」
えーん、えんえん。
だから、入らないってば!
 
案の定、半分も入らないうちに
わたしの腸はギブアップ!
 
「それじゃぁ、出来るところまで我慢して下さい。
我慢できなくなったら
トイレへ行っても構いませんからね。」
 
う・・・うぅぅぅう・・・
激しい便意が、襲ってくる。
ビッグウェンズデーだぁ〜〜っっ!
だが、出来るだけ我慢って・・・何処まで我慢すればいいんだ?
嫌〜な汗が出てくる。
鳥肌も立ってきた。
もぉ、限界だぁ〜〜〜〜っっ!
 
ダッシュでトイレに駆け込む。
ふぅ〜〜〜〜〜〜
 
カチャ・・・「あ!」
なんと隣の部屋とトイレは繋がっていたではないか・・・。
「失礼しましたぁっ!」
えーんえんえん・・・
知らなかったんだよぉ〜。
 
踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂。
 
が、便意に触発されて
更に陣痛が強さを増したようだ。
いでででで・・・
 
「Eさん、それでは分娩室へ行きましょうか?」
 
へいへい。
前かがみながら、自分で歩いて分娩室へ向かう。
この後、どぉなんの?

Posted by mamedi5047604 at 17:33


2006年9月13日
小豆近況

あと2ヶ月もすると
小豆は満一歳になるはずだ。
保護された当時の体重は250グラムと小さく
低体温に陥っており
しかも風邪を引いていて
目やにと鼻水に塗れた汚い子猫であった。
蚤にも感染していたから、多分貧血もあったんじゃないか、と思われる。
何時死んでもおかしくないような状態だったが
スポイトで与えるミルクをよく飲むことが救いで
とにかく家族中で真綿に包むようにして育てた。
 
その結果があれだよ・・・。
 
足袋との関係が未だ改善されないのも
間違いなく小豆のせいだと誰もが思っている。
 
確かに頭はいい。
一度、叱られたことは2度としない。
しかし、それは学習という形で小豆の中にインプットされるのではない。
性格的な執念深さに他ならないのだ。
執念深さは復讐となって現れる。
その証拠に気に入らないことがあると必ず
ベッドの上の枕や布団を床に蹴落とす。
壁紙をはがす、ポスターをはがしてびりびりに引き裂く
まめぢのトイレ用シーツをボロボロに噛み砕く・・・。
家中のゴミ入れを転がして中のものを散らかす。
これがいつでも、じゃないところが怖い。
遊びが過ぎてついやっているのではないのだ。
 
小豆の気に入らないこと・・・爪を切る。
斉君が抱く。
わたしが遊んでくれと言っているのに無視する。
和室に入れてやらない。
トイレに入れてやらない。
風呂場に入れてやらない。
ベランダに出してやらない。
すると小豆はぷいっと2階へ上がって
まずはベッドの上の枕落としに取り掛かるのである。
 
どこまでやっているか、で
小豆の不機嫌度合いが分かる。
 
夜中になると、小豆は文字通り悪魔と化す。
部屋を抜け出して
手始めに足袋と金ちゃんの部屋の前で嫌がらせを始める。
ドアーをカリカリと掻いて自分存在をアピールするのだ。
足袋が猛烈に腹を立てて唸り、悶え、ドアーをガジガジに齧るのを
外でほくそ笑みながら聞いているのだ。
それからおもむろに
家中のドアーを開けにかかる。
丸いノブで開けられない風呂場以外の部屋は
全部開けないと気がすまない。
ナオトや斉君が鍵をかけてあろうものなら
執拗にドアーに飛び掛り、引っ掻き
泣き喚き
開けろ!と要求する。
で、2人が根負けしてドアーを開けたからと言って
何するわけでもない。
ドアーが開くと満足してわたしの部屋に戻ってくる。
暫く毛づくろいなどして
もう一度、同じことを繰り返しに出て行く。
あまり煩いとまめぢが叱りに行ってくれるのだが
そのとばっちりは確実にわたしに返ってくるのである。
鳩尾へのジャンピングアタックである。
無防備に寝ているところへ
1メートル80の高さ(ベッド脇の本棚)から思いっきり猫に飛び降りられたら
声も出ないほど驚き、声も出ないほど苦しい。
 
今日、小豆の体重を量ったら
3,2キロもあった・・・痩せて小さく見えるが
思ったほどでもなかった。
3キロの塊が僅か直径2センチ程度の円二つに全体重をかけ
1,8メートルの高さから落下してくると
その二つの円にはどれくらいの力が働きますか?
物理の得意な方、計算してみて!
 
月齢的にも体重的にも
小豆は条件を満たしているはずだが
彼女は未だ少女のままだ。
悪魔にさかり(繁殖期シーズン)はないのだろうか?
んなこと言ってる場合じゃないかもな。
病院に行ってくるかね、小豆姫さん。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 09:38


2006年9月12日
水泳日

睡眠不足でくったくただった前日・・・
早寝して水泳に備える。
嵌ってるねぇ。
 
家事を済ませたら、思ったより時間を食ってしまい
プールに着いたのは正午だった。
 
エルグランドが入院中なので代車の軽自動車で行った。
軽自動車をこれだけの距離
運転するのは初めてだったので
ちょっと緊張した。
が、思ったより快適。
軽自動車って燃費いいんだねぇ・・・驚いた。
有料自動車道の通行料金も安いしね。
バイクと同じ料金だよ!排気量の問題なのね。
 
いやぁ〜、まじで考えちゃった。
ちょい乗りには「軽」だろっ!って感じ。
小回りの良さに惚れ惚れ。
代車は660CCのセダンタイプなんだけど
これさ、880CCだったら
完璧なんじゃないかなぁ。
エルグランドは何度も言うけど
シェルター兼ホテルなので
乗り換える気はサラサラないのだが
普段乗りにはどうにも重い。
燃費は悪いし、無駄にでかいし・・・え?わたし?
 
夏休み明けのプールは空いていて
一人1コースという贅沢なスペース配分。
キック、ブレスト、バック、フリー・・・このパターンで
50メートルずつ泳ぐ。
3キロを2時間が目安。
フリーを入れたのは、変化をつけたかったから。
さすがにバタフライは・・・ちょっと・・・。
試してないけど、出来ないだろうなぁ。
現役の頃から苦手だったし。
100メートル泳ぐのがやっとだったもの。
 
同じペースで長い距離を泳ぐのが主流のプールで
一人ダッシュ25メートルをひたすら繰り返すワタクシ。
人目なんかないから気にすることもない。
ダッシュのいい点は
頭の中が空っぽになること。
本気で筋肉使ってる時って
他のことは考えられなくなるものだ。
インターバルにキックを入れる。
難点は・・・あんまり頭が真っ白になり過ぎて
自分がどれだけ泳いだのか忘れてしまうこと。
3000メートル泳いだのか
3300なのか、2700なのか・・・あれ?
 
帰りに農家の直売所に野菜を買いに行く。
これも楽しみなんだよね。
きゅうり、プチトマト、しし唐・・・どれも香りが素晴らしい。
 
キリギリス一日目、楽しかった♪
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 22:51


2006年9月11日
反戦の日

5年前の今日
アメリカは戦場となった。
近代2度目の
そして本土初の・・・。
 
戦争は国家的テロである、とわたしは思っているから
反せばテロは戦争行為に他ならない。
 
現にあの後、アメリカは
アフガニスタンに軍隊を送り
多くの人命を奪った。
タリバーンからアフガニスタン国民を解放する、という
大義名分を掲げてはいたが
あの戦争は明らかに
「9.11」の報復である。
 
いかなる理由があっても
許されていい戦争はない。
テロも然り。
どちらも憎むべき殺人に他ならないのだ。
 
「9.11」テロの根は深い。
30万の失われた命が
残された数百万の憎しみとなって
世界中に散らばっている。
何処で起こっても不思議ではない。
もちろん、日本であっても・・・。
 
憎しみは憎しみしか生まない。
しかし、憎しみの連鎖を断つのは
貧しい国、貧しい民には難しい。
ましてや難民となっている人々には尚のこと。
 
以前にも書いたが
「グランド・ゼロ」はあそこではない。
あの地点を人類の「グランド・ゼロ」だと
考えるのはアメリカの傲慢さだ。
人類が本当の意味で
「グランド・ゼロ」と心に刻んでおかなければならないのは
この日本の広島と長崎なのだ。
 
「繰り返しません」という誓いを
忘れた世界に
平和は決して訪れないだろう。
 
「9.11」を直前にして
アメリカは核実験を行った。
それにどんな意味があるのか。
かの民たちは、どんなメッセージを読み取るか・・・。
 
「9.11」犠牲者の遺族の中に
平和と反戦を訴える声のあることが
微かな希望だ。
 
全ての戦争で失われた命に合掌!
いつの日か、世界に平和の時がやってくることを!
 

Posted by mamedi5047604 at 18:09


2006年9月10日
恋人募集中

来客と飲み明かしたり、語り明かしたりすることは
毎度のことながら
わたしの楽しみのひとつである。
で、この度も明け方近くまで
「恋愛について」などを論じ合ってしまった。
 
覚めた見解のわたしに対して
妻子ある来客の方がロマンティックで
それがちょっと可笑しかった。
人はいくつになるまで
自分の可能性を前提にして「恋愛」を
語ることが出来るのだろう?
そんなこともふと、頭を過ぎった。
 
「本当に好きな相手が現れたら
考えているようにはいかないよ。」
あまりに現実的なわたしに
来客が言う。
 
まぁ、確かにそうかも知れない。
いや、そうに違いない。
そうでなければつまらない。
 
ただね・・・
恋に恋するような恋愛
恋している自分を見るのが好き・・・みたいな恋愛は
若い頃に腐るほどしたので
かったるいからいらない。
心の温度差が大きくて
悲壮感が漂うような恋愛も
時間の無駄だから欲しくない。
恋愛に全く縁のない今でさえ
一日が24時間しかないことに不満なわたし。
そんな無駄なことをしている暇はない。
 
とびっきり楽しくて
面白くて知的で・・・
そんな素敵な恋愛なら
いつだってしてみたいけれど。
 
以前、たぁちゃんに
「真理は理想が高すぎる。
求めるものが大きすぎる。」
と言われたのを思い出した。
それは少し違う、とその時に思ったのだが・・・
つまりはそういうことなのだ。
 
やりたいことがいっぱいあって
出来ることからどんどんやっている今、
それを中断してまで夢中になれる相手が
現れないだけのことなのだ。
 
少なくとも・・・
読みかけの小説の本を
閉じさせるだけの魅力のある男
随時募集中!
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 17:12


2006年9月8日
25年前

ふと25年前の今頃のことを思い出す。
わたしは若く、今よりずっと怖いもの知らずだった・・・
(なんて恐ろしいことっ!)
 
臨月の大きなお腹を抱えて
暑さに負けてひぃひぃ言っていた。
出産予定日まではまだ間があったが
もう、何時出てくれても構わない気持ちになっていて
毎日、当時住んでいた井の頭公園を
せっせと歩き回ったものだ。
 
どうしてまた、自分のDNAなんぞを
この世にひり出そうと考え付いたものだろう?
いかに怖いものなしのわたしであったとしても
そこまで向こう見ずだったとは思えない。
そうだ!
元夫が、一人くらいは自分の子供を見てみたい、などと
言い出したからだった。
 
どうせ産むなら・・・わたしは女の子供が欲しかった。
今、思えばわたしに似た女の子なんかが出てきたら
それこそ過酷な運命が待っていただろうから
男の子で良かったのかも知れない。
それも元夫似で本当に良かった。
であれば、彼の望む正しく彼の子供を産んだことになる。
 
わたし:「もし、顔があなた似で性格がわたし似の女の子が生まれたら最低だね。」
元夫:「どうしてさっ!失礼ね!」
わたし:「しかも身長が180くらいになっちゃうの。」
元夫:「うぅむ・・・それは有り得るかも・・・。」
わたし:「駄目だ・・・そんなことを考えたら産む勇気がなくなった・・・。」
元夫:「いやいや。大丈夫。案ずるより産むが易しと言うじゃない。」
わたし:「ああ、芥川龍之介の『河童』みたいにさ
子供が生まれるか否かを選べればいいのにねぇ。
そうしたらもっと気楽に子供が産めるだろうに。」
元夫:「普通、出産間近の妊婦がそういうこと言う?」
わたし:「普通じゃないもん。」
元夫:「確かに・・・。」
そんな会話が夫婦の間で頻繁に交わされていたものだ。
 
わたしたちには「誓い」があった。
例え、どんな子供であっても親として受け入れること。
育児は2人で協力しあうこと。
この誓いはおおむね守られたかね。
 
パパにそっくりな息子はそう言えば元気にやってるのかしら?
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:38


2006年9月7日
筋肉化運動実施中!

6日の「伝言」は少々酔っ払って書いたので
文面に乱れが・・・
誰がいつ「控えめ」だったというのだろう?
 
週末、仕事が入っていると
木曜日までに献立を決めて仕入れに行くのが
いつもの行動パターンなのだが
仕入れの時間を逆算して
何とか2時間くらいは自由に使えると思ったら
プール熱がムズムズと動き出した。
因みに、喉が腫れるあの「プール熱」じゃないからね。
 
よっしゃ!行くぞ!
 
着実に筋力と体力が回復しているらしい。
3000メートルを前回より15分も短縮して泳ぎきった。
腹筋と背筋がしまってきたのが
見た目で分かる。
あとはケツっぺただな・・・引力に負けないだけの筋肉をつけねば・・・。
 
膝や腰に負担をかけず、全身運動をするなら
やっぱり水泳が一番だと思う。
もし、泳ぐのが苦手なら
水中歩行でも良い。
わたしの通うプールには
車椅子に乗った人が何人か水中歩行に来ている。
 
痩せるかどうかは別にして
確実に筋力アップは望める。
体重は減らなくてもサイズダウンは可能だ。
手術以降、禁煙がきっかけで増え続けた脂肪が
どんどん燃焼していく感じ。
 
ウェストが64センチまで増えていたのが
60センチに戻った。
これは大きい。
張り切っちゃう理由が分かるでしょ?
 
で、夜はまた9時台でダウンだ。
駄目、起きてらんないっ!

Posted by mamedi5047604 at 09:55


2006年9月6日
伝言

友達から電話があった。
わたしは自分から電話をするのが苦手で
いつもかけよう、かけよう、と思いながら
かけず仕舞いで終わってしまうことが多くて
タイムリーに気持ちを伝えられずに
時間から取り残される。
 
もちろん、それがちょうど良かったりするから
結果オーライなんだけどね。
喋り始めたら自己主張、強いしさぁ。
 
これだけキャラクターが濃いと
よっぽど控えめに行動しても
充分、目立ってるしね。
 
久しぶりだということもあって
みっちり2時間話し込んでしまった。
 
今度、近いうちに呑もうよ!
馬鹿っぱなしもたまにはいいもんだよ!
って言うか、馬鹿の相手もたまにはして下せい。
宜しくお願いしますだよ。

Posted by mamedi5047604 at 22:05


2006年9月5日
3キロの壁

中伊豆のプールに通いだして10回目。
目標は月に30000メートル=30キロ・・・なのだが
そう都合よく時間が取れない。
週に3回行ければ、1回2500メートルで
月に30000メートルに軽く達する計算になる。
が、実際は一日か二日行くのがやっとだ。
 
それで1回3000メートルを目指すことにした。
 
2500メートルまでは無理なく泳げるので
3000メートルは決して「挑戦」というレベルのものではない。
 
いきましたよ、3000メートル。
 
ブレスト、バック、ブレストキックを織り交ぜて
ひたすら泳いだ。
途中、休んだりするのでどうしても2時間はかかる。
それでも泳ぎきった時点では
いつもと変わらない疲労感で
達成感もあいまって心地よいくらいだった。
 
が、しかし・・・帰宅してからが大変。
 
いやいやいや・・・恐るべし3000メートル!
9時には睡魔が襲ってきた。
 
毎回、行くたびに顔を合わせる同年輩の女性がいるのだけど
恐らく彼女たちは毎日通っているものと思われ
しかも、少なくとも毎回2000メートルは泳いでいるはずで
そのバイタリティーに改めて感心させられたのであった。
みんな連続して泳いでいるからねぇ。
わたしのようにダッシュで25メートル刻みで泳いでみたり
流しでタラタラ泳いだり
遊んでないもんなぁ。
 
よしっ!2時間以内3500メートルを目指すぞ!
 
ん?
どこへ行こうとしてるんだ?自分・・・

Posted by mamedi5047604 at 13:02


2006年9月4日
エルグランド入院決定

むずがる(?)エルグランドを運転して日産へ出向く。
ショールーム兼事務所になっている営業所に入ると
皆、忙しそうに打ち合わせをしていた。
顔を上げてわたしと目が合ったのは
先日も応対してくれた整備担当の青年だった。
 
「また、来たよ・・・」ってな表情だね。
(こっちだって来たかないわい!)
しかし、今回は前回のように簡単に引き下がるわけにはいかないのだ。
なんてったってETCが作動しなくなってしまったのだから。
 
「ETCが突然作動しなくなったんですよね。」
「はぁ。」
なんとも気のない返事である。
 
わたし(実際):「ETCの通過ゾーンに入る直前に
ランプが点灯していないのに気づいたんで
大事には至らなかったんですが・・・。
もし、仮にそのまま通過しようとしてバーにぶつかったり
バーが開かないことで急停車して後続車に追突されたら
大事故に繋がる可能性もあったわけですよね?」
整備の兄ちゃん(心):「なに、大袈裟なこと言ってんの、このおばはん。」
整備の兄ちゃん(実際):「まぁ、そうですね。」
 
わたし(実際):「そういうことになったら
責任は誰にあるかってことじゃないですか。
もちろん、ETCカードを差し込んで作動するかどうか
確認を怠ったわたしに責任があることになる。
車って正常に動くことを前提に運転しなきゃ
人間の力では制御できないもんでしょ?
少なくともわたしには、こんな大きな車のコントロールは出来ない・・・
普通に動いてくれなきゃね。
だから、不具合が生じたことに気づいたら
どんな小さなことでも
先日、あなたが言ったように
『ちょっと様子を見ながら運転』するのは危険だと思ったのね。
そういうのってディラーにも責任あると思うしね。
でも、もし死亡事故にでもなったら
取り返しがつかないんだよね。
誰も責任なんか取れないの。
分かる?」
整備の兄ちゃん(心):「わ・わ・わ・わ・わ!」
整備の兄ちゃん(実際):「は・はい!」
わたし(実際):「三菱の件もそうだし、パロマの件もそうでしょ?
おかしい、と思ったらすぐに原因を調べて
直すところはちゃんと直さなきゃね。
死んでからじゃ、どうしようもないもの。
ねぇ?」
整備の兄ちゃん(心):「ぞぞぞ〜〜〜〜!」
 
兄ちゃん、ばたばた走り回る。
 
整備の兄ちゃん(実際):「では、点検整備のためにお預かりしますんで
代車を手配しますから暫くお待ち下さい。」
整備の兄ちゃん(心):「え〜〜ん、おっかねぇ〜よぉ〜。」
 
整備の兄ちゃん(実際):「ETCの作動しない原因は分かりましたが
どうしてそうなったか、はお預かりして調べてみないと・・・。
で、今、部品がないので修理できていませんから
ETCは使えませんので、使わないで下さい。」
そりゃ、使えないんだから使わないわな。
 
何らかの原因でシガーライターがショートし
電源のヒューズが飛んでしまったらしい。
ETCの電源もシガーライターと同じところから取っているので
動かなくなってしまった、という次第。
因みに、シガーライターに市販の携帯充電器を繋ぐと
機種によってはショートの原因になることもある、とのこと。
 
心当たりがないくもないが・・・。
 
使っちゃ駄目って何処にも書いてないじゃん!
 
整備の兄ちゃん(実際):「そ・それはそうなんですが・・・。」
 
てなわけで、エルグランドは金曜日から入院である。
 

Posted by mamedi5047604 at 10:49


2006年9月3日
仕事の合間にダイビング

インストラクターのダイバーKが
富戸のダイビングショップで講習をしているので
わたしさえその気なら
午後から一本潜らせてくれると言う。
もちろん、講習生と一緒だが
わたしだって技術的には何ら変わらないのだから
その方さえ了解してくれれば
願ってもないことだ。
 
これは前日のナオト・・・画像
かなり余裕ぶちこいてるじゃないのさっ!
わたしには、こんなおチャラケは無理。
 
それでもダイビングスーツを
自分ひとりで上手く着ることが出来るようにもなった。
水泳で体力をつけてきたおかげもあると思う。
 
台風12号のうねりが来ていて
近隣にある海洋公園のダイビングポイントがクローズ
(ダイビング禁止)
になったとのことで
富戸の湾内は芋の子を洗うような混みようだと言う。
エントリーポイントに行ってみると
なるほど、物凄い混雑だ。
「これでも午前よりは随分ましになったんだよ。」
 
今回は初めて、初対面の人たちと潜ることになった。
講習生とその友達2人。
2人のうち一人はかなりのベテランで
もう一人は数ヶ月前に南伊豆でライセンスを取ったらしい。
講習生は午前に海洋講習で一本潜っただけの新米。
わたしの方がちょびっとだけ上級者(って言うか?)
 
「午前より海面の波立ちは治まったけど
充分注意して・・・レギュを装備してロープ沿いに潜って。」
ダイバーKが講習生に付くことになったので
期せずしてわたしは、介助なしで潜ることになってしまった。
まぁ、いつまでも「お姫様」でもないし・・・仕方ない。
これが案外上手くいくもんなんだね。
耳抜きも問題なし。
 
画像
画像
前日の画像だけれど
こんな風に小魚の群れが
うわぁ〜〜〜っと泳いでいるのだよ。
 
わたしと講習生がダイバーKのお尻にくっついて
その後ろを経験者ダイバーがついてくる。
クマノミもいたし、ウツボも、べらの仲間たちも・・・
いつもの魚たちが出迎えてくれる。
途中、ハリセンボンもいたのだけれど
ダイバーKが膨らませようと傍へ寄ったら
一目散に逃げていってしまった。
ハリセンボンは河豚の仲間だから
怒らせるとぷ〜っと膨らんで
身体の針が立ってなかなかユーモラスな姿なのだ。
 
ざざざざ・・・という音がして
潮が流れている。
バランスを取るのが難しい。
それでもなんだかワクワクして面白い。
砂地から磯場の方へ向かおうとしたときだった。
中正浮力が上手く取れなくて
砂地に手を置こうとした途端
右手に激痛が走った。
げっ!!
すぐに砂地に目を凝らすが
何も見えない・・・「ん?なんだ?」
しかし、痛い。
半端じゃないってばっ!
急いで先を行くダイバーKのフィンを引張る。
 
「どうした?」
水中で使えるホワイトボードを取り出して
ダイバーKが聞いてくる。
「何かに刺された」
「ガンガゼ?(雲丹の仲間)」
「違うと思う」
「グローブ脱いで」
掌に一つと中指と人差し指の間に一つ
小さな傷があって血が出ている。
海の中って赤が緑に見えるから
なんか不気味ぃ〜。
いやいや、痛いって・・・。
「我慢できそう?」
う〜〜ん・・・悩んでいたら大丈夫と判断されたらしく
ダイバーKが泳ぎ始めた。
え〜〜〜〜〜〜〜〜っ!
 
しかし、ここでわたしが「駄目」になると
みんなも上がらなければならなくなるのだよね。
心臓がバクバクするわけでもないし
どこにも痺れが出てないし
気分も悪くなってないし
まぁ、我慢できないこともないから
続行するか・・・
多分、普通の人だったら
我慢なんかしないんだろうなぁ。
だって痛いもんさ。
 
いつものアオリイカの産卵場所に行ってみると
まだ数匹のアオリイカたちが
カップリングしていた。
そこへどんどんダイバーが流されてくる。
わたしも自分の身体を同じ場所に維持することが出来ない。
ダイバーKが押さえてくれる・・・と言うより
重しになってくれている。
アオリイカが近づいてきて
目の前10cmのところに漂っている。画像
なるべく大きな気泡を吐かないようにゆっくり呼吸する。
画像
 
ああ、手が痛くなかったらなぁ〜。
 
エキジット(上陸する)ポイントで
経験の浅い方の人が浮上してしまったので
ダイバーKがサポートに行ってしまい
わたしと講習生は自力で上がった。
やれば出来る子だ!
 
「これだけの流れでダイビングしたのはいい経験だよ。」
ダイバーKが講習生に言っている。
それよっかさぁ〜、手が痛いんですけどぉ〜!
グローブを脱いでみたら
右手の半分が倍くらいに腫れあがっているではないか!
ぎょへ!
掌なんかまめぢの肉球みたいになっている。
「流水で洗ってきて!」
痛いよぉ〜!
 
なんとかダイビングショップまで行ったら
オーナー夫人が怪しげな薬を出してきた。
「これね、近所のお婆さんにもらったんだけど
良く効くのよぉ。
マムシの焼酎漬け。
5年ものなの。
けど臭いのよねぇ。」
 
あの・・・なんに刺されたのか分かんないのに
そんなもっと分かんないものつけて大丈夫なんでしょうか?
 
「スズメバチやムカデに刺されたのにも効いたんだから。」
うぅぅぅ・・・信じるしかないか・・・。
 
みんなに「臭い!」と鼻つまみものになりながら
マムシの焼酎漬け汁を傷につける。
暫くすると、あら不思議!
さっきより痛みが引いた気が・・・。
 
「けど、それ
きっと腕まで腫れると思うから・・・」
うそ!やだ!
「しょうがないですよ。
お父さん(ダイビングショップのオーナー)も
そんな傷口の刺され方は見たことがないって・・・。
あのグローブを貫いて
掌も貫通してるなんて
イモガイの一種しか考えられないなぁ。」
何がしょうがないのか、納得出来ないが
傷が貫通していることで
毒が身体の中に取り入れられなかったらしい。
不幸中の幸いか?
 
でもねぇ、やっぱり面白かった。
一晩中、冷やして寝たら翌朝には腫れも引いてきたし・・・。
結果オーライってことで。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 17:19


2006年9月2日
蟻んこ生活

このブログの熱心な読者であり
ダイバー組の生き字引と言われ
(飲酒しないので宴会時の記憶も全て覚えている)
ご多分にもれず独身で
しかもまっさら・・・な
ダイバーしげが、弟の息子を連れてやって来た。
甥っ子は小学5年生。11歳である。
 
ダイバー組の特徴として
自分に子供がいないので
甥っ子や姪っ子を溺愛する、という傾向がある。
子供たちも心得たもので
親に言っても買ってもらえないものなど
上手におねだりしているらしい。
 
今回は叔父が甥っ子を連れて来てやった・・・という図式ではなく
「お利巧にしていたらゲームを買ってやる。」と
おもちゃで釣って着いてきてもらったようなものだ。
なんだかな・・・。
 
ダイバー組の中でまっさら独身にはもう一人
ヨッパちゃんがいるのだが
ダイバーしげに言わせると
「僕はヨッパより数歩リードしている。」
のだそうだ。
「いつ、俺を抜かしたんだよぉ〜。」
当然、ヨッパちゃんは口を尖らせて抗議するのだが
「だって僕は真理さんちに
女の子を5人も連れて泊まりに来ているんだからね。」
確かに・・・友達以上恋人未満みたいな感じの女性は
何人か連れて来たような・・・。
もちろん二人きりってことはなかったんだけどね。
「ヨッパは1回もないでしょ?」
うん、ない・・・。
え?けど・・・それでリードになっちゃうのぉ?
どぉいう価値観しとるんじゃい。
まぁ、それでも
「一緒にご飯を食べる相手」くらいは
ちゃんといるんだ、と鼻を膨らまして威張っていたから
それはそれで見上げたもんだ。
ただ、今回うちに誘ったら
「そういうところに泊まりに行くのは時期尚早。」と
断られたそうだ。
うひゃひゃひゃひゃ。
 
で、急遽、甥っ子ちゃんがピンチヒッターになったってわけ。
 
ついでにナオトを押し付けて
ダイビングを見てもらった。
なんか子守をしに来たみたいで・・・
お疲れ様でございました。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 16:10


2006年9月1日
夏を見送って・・・

余りにもあっけなく
夏が終わってしまった・・・。
 
別れを決めた男がいてさ
けど、なんか後引きそうで
気が重いなぁ、なんて思いながら
話しを切り出したら
「そっか、じゃ、仕方ないね。」なんて
あっさり手を振って背中を向けられた・・・って感じ?
去って行く後姿を見送りながら
「やられたな!」みたいな・・・。
経験はないけど、似たようなシチュエーションはあったかな?
 
どんな比喩なんだろ?
 
気温はまだ30度を越えているようだが風は涼やかだ。
右足に弾性ストッキングを装着している身としては
有難い季節になったわけだ。
けど、まだもう少し夏に居て欲しい。
もっと海で遊びたいから・・・
まめぢと海に行く約束をしているから。
 
昼間の蝉の声がまばらになって
夜の庭は賑やかだ・・・
う・うるさい・・・
風流?侘び?寂?
ご冗談を!
 
蟋蟀(こおろぎ)、クツワムシ、クサキリ、そのお仲間たち
恐らく1000匹はいらっしゃるかと・・・。
大宴会だねっ!

Posted by mamedi5047604 at 09:03


2006年8月31日
山中湖へ行く

夏中、休みなしで働いていた斉君が
久しぶりの休日で
山の方にドライブに行く、というので
便乗することにした。
 
ところで、山って何処の?
 
インターネットで調べてみたら
山中湖のほとりに、お花畑があるという。
しかも、コスモスが満開だってさ。
此処にしよう!此処に!
富士山をバックに満開のコスモスが撮れたら最高じゃん。
わたしは自分のことしか考えてないが
山の方なら何処でもいい、という斉君も
快く同意してくれた。
目的意識みたいなのって・・・
そういうのないのね。
とにかく面倒くさいことは一切考えないのが
斉君のポリシーなのだ。
 
雑音バツバツ言いながら
エルグランドも軽快に走る。
 
「これさ、絶対おかしいから
修理に出した方がいいよ。」
「うん。」
だってこいつってば
ディーラーに持っていったら
うんともすんとも言わなかったんだぜ。
 
1時間半で山中湖到着。
昼食タイム!
花畑の手前にある和食の店に入る。
桜鱒の押し寿司と塩ほうとうを注文する。
どちらもこの店のオリジナルらしい。
ほうとうは味噌味が一般的なのだけれど
鯛のアラでとった出汁を使って
塩味のほうとうを編み出したのだそうだ。
注文した品が出てくるまで
メニューの説明書きを読む。
 
桜鱒の押し寿司は
山中湖特産の桜鱒を
山梨ワインのソミューズ液に漬け込み
軽くスモークしたものを使う。
山椒の実を炊いたものと
桜葉の塩漬けを極細かな千切りにしたものを
ご飯と鱒の間に挟みこんであり
これがアクセントになっている。
ボリューム満点でなかなかの味だ。
 
塩味のほうとうも面白い。
手羽先を塩焼きにしたものも入っていて
いい出汁が効いている。
野菜と塩味は相性がいい。
手打ちのほうとうも歯ごたえがあって旨いじゃないか。
 
初めて入った店だったけど
大当たりだった。
おまけに公魚の天ぷらも食べちゃった。
 
期待していた花畑は
思ったより広大な土地で驚いた。
が、コスモスは半分もなく
ヒャクニチソウがほとんどで・・・ちょっとがっかり。
ヒャクニチソウって、なんとも頑丈そうで
どんなに日に当たっても色あせしない
派手な花だから、あんまり好きじゃない。
それでも富士山が見えていたら
少しは気分も変わったかも知れないが
晴天なのに富士山だけ雲の中。
どういうことよ。
 
まぁね、そんなこともあるって。
 
河口湖まで足を伸ばしたけど
結局、1回も富士山は微笑んでくれなかった。
珍しいこともあるもんだ。
 
早々に引き上げることにする。
今回も花より団子パターン。
なんか最近、こんなんばっかだな・・・。
 
途中、エルグランドのETCが作動しなくなっていることに気づく。
げ・・・。
お前ってヤツはよぉ〜。
月曜日にディーラーに押し付けることに決定。
みっちり調べてもらいなさい!
 
こうして8月最後の日は過ぎていったのだった。
夏が終わる・・・。

Posted by mamedi5047604 at 17:18


2006年8月30日
南伊豆に行く

南伊豆のひまわりが気になって仕方がない。
しかし、さすがにまだ8月中。
国道はそこそこ混んでいる。
多分、夏中働いた人たちが
最後のバカンスを楽しみに来ているのだろう。
 
中伊豆を経由して稲取の先に出て
下田を回ってみよう、と思い立った。
国道135号線を迂回する形になる。
これが大当たり。
中伊豆はがらがらでいつも以上に空いている。
伊豆と言えば海、という発想なのかも知れないし
夏の終わりだからこそ海、なのかも知れない。
 
天城の山の中は静まり返ってひんやりと佇んでいる。
途中、浄蓮の滝の傍にある
小さな喫茶店で休む。
その店は手作りのログハウスで
少しずつ少しずつ建て増しされている。
今回は裏手に石焼ピッツァの焼ける設備を作り
貸切のバーが設えてあった。
トレーラーハウスに宿泊も出来るようになっていた。
 
自家栽培のハーブティーとケーキが美味しい。
ケーキは素朴なガナッシュとベイクドチーズ、シフォンの3種類。
シフォンケーキとアイスミントティーを注文する。
ストローが本物なのだ。
そのつど、麦の茎を切ってグラスに刺す。
なんとも涼やか。
ゆったりと時間が流れる。
店内では手作りの小物も販売している。
どんぐりで作ったイヤリングを発見。
思わず買ってしまった。
耳元で小さな秋が揺れる。
くすっ・・・。
照れ笑い。
 
ループ橋を渡って海へ向かう。
此処まで降りてくると予想通り、車の量も減っている。
かつては、伊豆で最も人気のあった白浜も
半分はサーファーに占領されているような有様だ。
 
それでも、掌よりも小さな布で出来ている水着を着て
ティーンエイジャーの女の子たちが
わらわらと群れて歩いているところが白浜らしい。
なんとも言えない色に染め上げた長い髪と
びっくり箱から飛び出てきた人形のような化粧。
顔の大きさにそぐわない貧弱な身体つきまで
まるでそっくり同じ。
個性ってなんだっけ?
腰まで落としたハーフパンツを履いた
これまた没個性の少年たちが
品定めをするかのように彼女たちを眺める。
が、昨今は逆もあり。
少女たちも容赦なく少年たちを物色している。
これもまた青春なんだろう。
いい思い出を作れよぉ〜。
おばさんは心の中でそう思う。
 
南伊豆のひまわりは待っていてはくれなかった。
残念。
もしかしたら・・・という期待は儚くも消えた。
仕方ないね。
花より団子といきますか。
 
石釜焼きのピッツァ。
以前、ここか「もの喰う・・・」で紹介したことがある店へ行く。
夏野菜のピッツァがたまらんっ!
お腹が満ちればたいがいの悩みは解消される。
便利に出来ているのだ。
ひまわりに逢いに来たことも忘れ、すっかり満足して帰路につく。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 16:41


2006年8月29日
晴れたね♪

朝から美しい天気だ。
空は青く澄んでおり
所々に綿飴をちぎったような雲が飛んでいる。
 
正しく「晴れ女」のわたしは
こんな日が嬉しくてたまらない。
例え、昨晩うつっぽくて眠れなかったとしても
全然平気。
鼻唄まじりで家事を済ませ
プールへ行く用意をする。
 
片道30分ほどかかるのだけれど
行きは水着を着ていく。
今日び、小学生でもプールに行ってから着替えるのに・・・。
色気もへったくれもないね。
しかも、ついでに大室山の麓にある公園に
コスモスの写真を撮りに寄ってから行こうというのだから呆れる。
だって、Tシャツから水着の肩紐、見えてるんだよ。
いいんだもん♪
まぁ、いっか。
 
どこまでも自分に寛容になれるのも
こんな天気ならでは!
 
生憎、コスモスは終わりかけで
たいした写真は撮れなかったけれど
公園に人影はなく
茅の茂る大室山には
さやさやと風が遊んでいた。
アキアカネが気持ち良さそうに泳いでいる。
トンボって飛ぶっていう感覚より
泳ぐっていう感じじゃない?
 
山を下り、中伊豆へと向かう。
 
夏休みも終わりとあって
(中伊豆は28日始業式だったようだ)
プールは空いていた。
水温が低く感じられる。
しかし、身体は正直だ。
此処のところ、継続した睡眠が取れないので
思うように水に乗れない。
重い。
それでもひたすら泳ぎ続ける。
頬が熱く火照ってくる頃に
やっと水に馴染んできた。
3000メートルまでいきたかったけど
この調子では2500メートルどまりだな。
無理をする必要もないし。
 
今夜は良く眠れるかも知れない・・・
 
でさ、9時には寝ちゃったわけ。
そしたら、3時に目が覚めた・・・当たり前だっちゅうのっ!
 

Posted by mamedi5047604 at 16:18


2006年8月28日
裏切りものぉ〜!

月曜日はプールの定休日である。
そこで諸々の用事は月曜日に済ませることにしている。
わたしの住んでいる別荘地は
大変静かで居心地の良いところだが
(あ、隣のヒッキーとか、ちょっとした問題点はあるんだけどね)
何しろ便が悪い。
歩いて何処かへ行くということが出来ない。
 
もちろん、実際に不可能だというわけではない。
猪の徘徊する山道を30分以上歩いて
海側の県道に出て更に小一時間歩いて最寄の駅に行くことは可能だ。
運が良ければ1時間に一本のバスにも乗れるかも知れない。
が、バス代は2人いればタクシー代の方が安いという料金設定。
若しくは、歩道のない国道を命がけで30分歩いてセブンイレブンに行くことも出来る。
 
でも、どちらも試してみたくない。
 
歩くことは基本的にとても好きなのだけれど
子連れの雌猪に遭遇することを考えると
さすがのわたしもちとびびる。
それに猪よりも、人通りの全くない山道で
人間に出会う方がより怖い。
 
信号がなくなって人家が途絶え
緑の中を緩やかなカーブが続く別荘地下の国道は
絶好のドライブロードになっていて
自然と車のスピードが上がるポイントだ。
見ず知らずの運転者を信じて
歩道のないこの道を歩く度胸も
わたしにはない。
しかも、この辺は自爆事故多発地帯なのだ。
 
だから自家用車は必需品。
何もエルグランドである必然性はないのだけれどね。
(だぁかぁらぁ、エルグランドはシェルターなのっ!)
郵便を出すのも銀行に行くにも
ちょっとした買い物も
全て自家用車を発動しなければならない。
無駄にガソリンを消費したくないので
外出は計画性を必要とする。
なるべく週に1回
月曜日にまとめて片付けてしまおう、という作戦なのだ。
 
1ヶ月くらい前になるだろうか。
エルグランドのエンジンをかけると
電源がオフになっているのに
スピーカーから耳障りな雑音が聞こえてくるようになった。
バツン、バツンと音量も大きい。
ひどい時には、CDやMDもかからなくなってしまう。
忙しい時期はディラーに持ち込む時間が取れなかったので
やっと点検してもらおうと出かけて行った。
 
整備の人に一通り状況を説明し
それでは辺りを一周して実際に聞いてみよう、ということになって
わたしが助手席に座り
整備の人が運転者になって
店の周囲をぐるりと走る。
 
あれ?
「全然、なりませんねぇ。」
「いや、そんなことはないはずなんですが・・・。」
うろたえるワタクシ。
ではと、わたしが運転してみる。
が、やはりエルグランドはうんともすんとも言わない。
静かなもんだ。
当然、CDもMDも普通に作動する。
「お・おかしいなぁ。」
「おかしいですか?」
「ええ、おかしいです。」
 
ほんとだってば!
本当に変な音がしてたんだってば!
え〜ん、わたしが嘘ついてるみたいじゃないかぁ〜!
 
しかし、この日、エルグランドのスピーカーからは
ただの1回も雑音は発生しなかったのだった。
 
「じゃ、申し訳ありませんが
暫く様子を見てくれませんかねぇ。
聞こえないんじゃ調べようもないんで・・・。」
冷たく笑う整備の青年。
 
この裏切りものめぇ〜!
すごすご退散するしかなかった。
 
けどね、翌朝、エンジンをかけたら
ブツッ!バツン!バリバリッ!
それが挨拶かっ!
このやろ!
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:25


2006年8月25日
ユウキ滞在す

そうは言っても、この兄弟・・・
なかなか愛嬌があって、憎めない。
幼い頃から知っているということを抜きにしても
可愛いやつらだと思う。
 
わたしが、親でも言えないようなことを言うのは
・・・親が言うべきことを言えないからっていうのもあるけれど・・・
わたしが彼らのことを本気で考えられる人間の一人だと
自負しているからに他ならない。
躾ける必要がないから気が楽・・・と、以前記したことがある。
その気持ちは変わらない。
それでも、多分、わたしは彼らをある意味「愛して」いるんだろう。
まぁ、彼らがどう感じているか、は知らんけどね。
 
どっからどう見ても、未だ中途半端にしか見えないユウキではあるが
彼にはお付き合いしている彼女がいる。
「まだ、9ヶ月目っすよ。」
だ、そうであるが・・・生意気だ。
甘え上手だからなぁ。
23年間、玉砕し続け未だ一人の彼女もいないナオトとは大違いだ。
・・・我が息子もどうだか分からないんだけどね・・・
(例の「彼女が出来たんじゃないか?説」は今やデマだったというのが定説)
実家へも何度か連れて行ったことがあるらしい。
「それが、父さんは絶対に同じ部屋に寝ちゃ駄目って言うんです。」
お泊りだけでも、ちょっとびっくりなのに
同衾させろって言うのはどぉよ!
「だって、父さんと母さんたちだって
同じことをしてたわけじゃないっすか。
何を今更って感じっすよ。」
お前、日本語間違ってるあるよ。
「あのねぇ、家には思春期の妹もいるんだし
相手の親御さんに対する気遣いっていうのもあるでしょ?
やりたきゃ、他んとこでやりなさい。」
わたしもわたしだ・・・けどさ、20歳を過ぎた男女のことって
誰にも止めらんないものだよね。
「ああ、そうっすね。
そういうもんかも知れないっすね。」
因みに、ユウキは彼女をとても大切に思っているし
尊敬もしているので
しごく真面目なお付き合いをしていることを
ここにお断りしておく。
彼女は幾つか年上だし
ユウキなんかより遥かにしっかりしているそうなので
まぁ、大丈夫だろう。
なにが?
それは、なにだよ。
 
子供って親のことを意外とシビアに見ているもので
当時は理解しえないことも
ある程度の年齢になると
「ああ、そういうことだったのね。」と
分かっちゃったりするものなので
皆さん、覚悟しておきませう!
 
来客があったりして
充分もてなすことも出来なかったけれど
こうしてユウキの伊豆滞在は過ぎていったのであった。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 11:56


2006年8月24日
ユウキがやって来た

ユウキはナオトの2歳違いの弟だ。
わたしが初めてユウキを見たのは
まだ彼がおしめをしていた2歳の頃だった。
その当時から、彼の体格はナオトを追い越さんばかりであった。
今や追い越すどころか、その身長差20センチ。
高校時代は北海道でもトップクラスの水泳選手で
鍛え抜かれた肉体は実際よりも彼を大きく見せていた。
 
大学に入って水泳をやめて
札幌の生活にすっかり馴染んだ頃
彼の方向性が少しずつ揺れ始めた。
DJに憧れたり、レゲエに嵌ったり
果ては、運転免許証を取って仲間と日本一周をするんだ!と宣言したり。
まぁ、そんなことは若い子供たちにはありがちで
特筆するべきことでもないのだが・・・
 
その頃、一度我が家に遊びに来たことがあって
耳の複数のピアスのみならず
鼻ピアスだの口ピアスだの
「お前は部族か?」と問うた記憶がある。
筋肉が落ちた身体はだぼだぼの服の中で泳いでいた。
しかし、問題はその後・・・
彼は親に無断で大学を辞め、実家に戻ってしまったのだ。
 
実家には父と歳の離れた妹が暮らしていた。
(母親は彼が高校3年生の秋、癌で亡くなった)
自由を叫んで大学を辞めたなら
のこのこ父親を頼って実家に帰ってんじゃねぇよっ!と
わたしは思ったのだけれど
「母親が生きていたらしてやっただろうことを
僕は子供たちにしてやりたい。」と
父親は彼を受け入れたのだった。
なんとも健気な親心・・・が、こういう親心は
時としてガキを甘やかせてしまうものだ。
 
「教師になるために大学を受験し直す。」
ユウキの大義名分である。
もちろん、そうは言っても
彼は地元でアルバイトをしながら
ぶらぶらと日々を送る。
心配し小言を言う父・・・煩がる馬鹿息子。
札幌の友人の家にプチ家出を繰り返し・・・ただ遊びに行ってるだけなんだけどね・・・
更にもつれる親子関係。
挙句にユウキは「今しか出来ないことをしたいんだ!」という決まり文句を吐いて
何回目かのプチ家出。
アホか・・・やりたいことをしたいなら
ぐだぐだ言ってないでやりゃぁいいじゃん。
父親から相談を受けてわたしはユウキに言った。
ユウキは父親からの電話にも出ず
バイトも無断欠勤していた。
 
「うざいこと言ってんじゃないよっ!
自由にやりたいなら、やりゃぁいいだけのことじゃん。
お前の人生なんだから好きにすればいい。
けど、それなら父親のスネを痩せさせるような生活は
今すぐにでも止めるべきだ。
友達の部屋を渡り歩くような中途半端なことも
いつまで続くわけもないんだからきっぱり止めな。
だいたい、その友達だって自立してるわけじゃないんだから
結局、お前のやってることは
他人のおこぼれを貰ってるだけなんだよっ。
だっせぇ!
何々がしたい、やりたい、って言うなら
やるためにはどうすればいいのか
何をなすべきなのか、考えろよ。
たかだかバイトさえ全う出来ないヤツが偉そうな台詞
吐いてんじゃねぇっ!
要は金だろ?
夢だとか、今しか出来ないこと、とか言ってんじゃねぇよ。
金がないからいらついてるだけなんじゃん!
働けっ!
金が欲しかったら、働くしかないんだよっ!
 
大学受験とかほざいてるんだって?
国公立だって?
ざけんじゃないよ。
一度でも模擬受けてみてからものを言え。
お前みたいなのが受験するなんて100万年早いって言うのっ!
全国数万人の受験生の皆様に申し訳ないって言うんだよっ!!」
 
「あの時、親父はあんまりなんも言わなかったんだけど
真理さんがその分も全部言ったなって感じ。」
 
ああ、そうでっか・・・。
 
今、彼は父親の勧めで
通信大学に編入試験で入学し
教師の資格を取得する道を歩んでいる。
で、この度、夏のスクーリングで東京にやって来た、というわけだ。
一ヶ月のスクーリングで得たものは大きかったと言う。
それはそれでいいことだ、けれど、が、だ・・・。
う〜〜ん、なんか釈然とせんのだよねぇ。
 
ユウキよ!
君の自由は何処へ行ってしまったの?

Posted by mamedi5047604 at 10:27


2006年8月23日
ひまわり

伊豆半島には
わたしが把握しているだけで
2箇所の「ひまわり畑」がある。
一箇所は南伊豆の下賀茂にあり
もう一箇所が中伊豆の
例のプールに行く道すがらにあるのだ。
 
で、先日満開が近づいたのを確認したので
カメラを担いで行ってきた。
が、天気はうす曇。
なんだかなぁ。
 
ひまわり自体も
なんだかしょぼくれている。
とにかく今年は色々変だ。
霧が多かったし
湿度も異常に高かった。
何枚か写真を撮ったので
時間を見つけてHPにアップしたい。
 
山の上にある
蕎麦の店に寄った。
此処は自家製蕎麦を手打ちで食べさせてくれる。
蕎麦は旨い。
が、つゆがイマイチ・・・。
山の幸・・・山菜やキノコ、自然薯料理など
お手ごろ価格で食べさせてくれるので
お気に入りではあるのだが・・・。
つゆって難しいよね。
 
ひまわり、と言うと
ゴッホの絵を思い浮かべる。
あの燃えるようなひまわりの表情が好きだ。
 
それと、ソフィアローレン、マストロヤンニ主演の映画。
ロシアのひまわり畑の中を一人立ち去っていく
ソフィアローレンの姿がたまらなかった。
女っぷりがいい、って言うのかね。
女はああじゃなくっちゃ!と思ったのだった。
そして反戦映画として、素晴らしい作品だということも付け加えさせて欲しい。
 
もう一つおまけ。
わたしは、塾の講師をしていた遥か彼方昔。
生徒たちから「ひまわり」と呼ばれていた。
理由・・・でかいから・・・。
おそまつ!

Posted by mamedi5047604 at 16:56


2006年8月22日
案の定

まめぢの誕生日はころっと忘れられたのであった。
 
プールに行って2500メートル泳いできた。
こう、頻繁に通っていると
自然、顔なじみが出来てくる。
因みに例のナンパ親父にはあれっきり逢っていない。
どうも、多くの皆さんは
あのプールで開催しているスイミングクラブのお仲間らしく
かなり綺麗なフォームで泳いでいらっしゃる。
地元の方言が共通語だ。
わたしは今のところ、挨拶を交わすだけの関係なのだけれど。
 
プールを管理しているのは
伊豆市だから
職員は市の公務員なのだろうか。
みんな揃いのアロハを着ている。
いつも元気よく挨拶をされるので
わたしもつい釣られる。
 
わたしはこう見えて
(どう見えて?)
シラフの時には
見知らぬ人と気軽に話すタイプではない。
どっちかって言うとかなりシャイ。
だから
叔母ちゃんたちが
わたしの顔をちらちら見ながら
話しかけたそうにしていると
もう、ビクビクもん。
「お願い!一人にしておいてぇ〜〜!」
 
それで一時も休まず
常に泳ぎ続けている・・・。
話しかけられる隙を作ってはならないのだ!
インターバルを取るときにも
ビート板でキックをしながら。
すると、皆さん、益々わたしに興味を覚えるらしい。
やばい・・・。
ただでさえ、身体がでかくて目立つっちゅうに。
 
中には、わざわざわたしがスタートするのにあわせて
同時に泳ぎ始め
競争しようとする人まで現れた。
しくしくしく・・・。
 
日本語が分からないふりしようっかなぁ。
んでも、他の国の言葉は喋れないしなぁ。
タモリみたいにやってみようか?
いやいや・・・どっからどう見たって
思いっきり、モンゴリアンだもんなぁ。
中国か韓国が限度だけど・・・
そうだっ!モンゴル人っつ〜のはどぉ?
などと、馬鹿なこと考えた一日であった。
 
話しかけられたら
失礼がないように
お返事いたしまする。

Posted by mamedi5047604 at 16:33


2006年8月21日
まめぢの誕生日

8月22日はまめぢの誕生日である。
今年で7回目を迎える。
毎年、特別なことは何もしてこなかった。
いや、当日ころっと忘れて
「おめでとう」の言葉すらかけてやらなかったこともある。
わたしが何か行動を起こさなければ
我が家の住人は、自分の誕生日すら忘れるようなやつらなので
まめぢの誕生日を覚えているはずがない。
 
今年も何事もなく過ぎていくのだろう。
朝、わたしがまめぢに
「お誕生日おめでとう!」と声をかけてやって
まめぢがパタパタと尻尾を振って
それでおしまい。
 
しかし、あっと言う間に7歳になってしまった、という感がある。
 
あんなに落ち着きがないと嘆いた日々はもう遠い。
一日のほとんどを
まめぢはゴロゴロと寝そべって過ごしている。
大好きなフリスビーも
20回も投げてやれば満足してしまう。
食欲は相変わらずだし、元気がないわけじゃないのだけれど
確実に歳をとっているのだ。
顎の周りはいつからか
白髪の方が多くなってしまった。
 
そんな風に考えると
胸がきゅんと締め付けられる。
ペットの死を看取るのが飼い主の務めだと
覚悟は出来ているはずなのに・・・。
女々しいな。
 
秋になって人影もまばらになってきたら
また、海へ行こう。
まめぢを久しぶりに泳がせてやろう。
エルグランドにまめぢを乗せてちょっと遠出してもいいかな。
うん、そうしよう。
夏の間は出来なかった色んなことを
まめぢと一緒にしようと思う。
 
夏がそろそろ終わろうとしているんだな。
 

Posted by mamedi5047604 at 17:22


2006年8月20日
第二次世界大戦とわたし Y

第二次世界大戦によってPTSDを抱えたのは
もちろん子供たちだけではない。
戦地から命からがら生還してきた人々も
心の傷を負っていた。
自分たちだけが生き残ってしまった、と言う自責の念も
長い間、彼らを苦しめ続けた。
中には、同じ部隊に配属された知人の家族に
「うちの子が死んで
どうしてあなたは生きて帰ってこれたんですかっ!」と
涙ながらに責められた人もいたと言う。
理不尽なことではあるけれども
そんな話しは珍しいことではなかったらしい。
 
敗戦によってもたらされた新しい価値観。
今まで聞いたこともなかった
個人の自由、権利・・・民主主義。
全体主義に飼い慣らされていた人々にとって
それらに適合することは果たして簡単なことだっただろうか。
 
廃墟と化した町は確かに再建された。
日本は高度成長期を迎える。
しかし、そのきっかけを作ったのは
皮肉にも隣国に起こった戦争であった。
あれほど、戦争によって痛めつけられたはずの日本という国は
他国の戦争によって復活を遂げるのだ。
わたしが生まれて更に9年後
東京オリンピックが開催される。
首都高が走り、新幹線が開通する。
街角で物乞いをしていた傷痍軍人の姿も消えた。
そしてわたしたちは「戦争を知らない子供たち」と歌われる。
 
まともな子供時代、思春期を送ってこられなかった親世代は
まともな家族を築いてこれただろうか?
まともな社会を構築してきただろうか?
わたしたちはまともに育ってきたのだろうか?
 
今、わたしたちの世代は
子供たちの復讐の標的にされている。
引きこもり、少女売春、親殺し・・・復讐はエスカレートしていく。
 
過去があって現在があるのだとしたら・・・。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:51


2006年8月19日
第二次世界大戦とわたし X

第二次世界大戦がもたらした功罪は
計り知れないほど大きい。
物心つかない乳幼児・・・遡って胎児にまで
その影響は及んだものと思われる。
妊娠中の母親に極度のストレスを与えると
何らかの形で胎児にも負荷がかかることは
広く知れている事実である。
また、乳児の頃に充分な栄養を与えられず育った子供も
障害を持つことが多い。
戦争末期から続いた飢餓状態は
野坂昭如著の「ほたるの墓」、妹尾河童著「少年H」など
当時、思春期だった少年の視線で記された書物にも登場する。
 
そんな状況の中
青少年に対する教育も
混乱を極めていた。
戦争末期にはまともな教育そのものが
存在しえなかったと言っても過言ではあるまい。
加えて敗戦による価値観の激しい変革は
大人たちにも衝撃を与えていた。
神と崇め奉られていた者が「人間宣言」をし
コーンパイプを咥えサングラスをかけたままの
白人(鬼畜米英と罵っていた相手)の脇で
こじんまりと一枚の写真に納まる・・・
それは、昨日まで黒だったものを今日から白だ
と、言っているような出来事だった。
 
わたしたちの父や母は
何を考え、何を感じていたのだろう。
彼らの独自性や自己認識・・・所謂、アイデンティティーは
どう確立されていったのだろう?
それとも生き延びることに必死で
「自分探し」どころではなかったのだろうか?
そう考えることの方が自然だという気もするのである。
 
10年後、「いまや戦後は終わった」と
呑気な言葉がもてはやされ
人々はすっかり立ち直ったフリをした。
未だ、大陸には取り残され、捨てられた多くの人々がおり、
シベリアに抑留されている元日本兵たちは
過酷な状況下、重労働の日々を送っていた・・・のに、だ。
原爆の後遺症で突然血を吐き死んでいく人々も
まだ後を絶たなかった。
のに、だ。
 
結局、日本という国は
アジアのみならず
自国民に対しても
まともな戦後処理などしてこなかったのではないだろうか。
 
父と母は、出会い、恋に落ち、結婚する。
母の「自由恋愛」に祖父は激怒したというが
若いウェディングドレス姿の母は
父に抱きかかえられて
セピア色の写真の中で晴れやかに笑っている。
心の片隅に押し込められた
戦争の傷跡はどうなってしまったのだろう?
 

Posted by mamedi5047604 at 10:30


2006年8月18日
第二次世界大戦とわたし W

母の脈絡から・・・
 
戦前、母の家では、祖父母を「パパ、ママ」と呼ばせていたのだそうだ。
多分、そんな家庭だったのだ。
 
戦争が始まった頃、母は小学校低学年の子供であった。
4歳年上に兄、下に3人の妹がいる。
末の妹は敗戦前、1944年昭和19年に生まれている。
産後の肥立ちが悪く
寝付いた祖母の代わりに
母は一家の主婦として家事全般を取り仕切らなければならなかった。
母たちの住む神戸もまた
激しい空襲に見舞われた。
 
ある夜、空襲警報が鳴った。
床から起き上がるのが億劫だった祖母は
母たちを防空壕に促し
自分はここで寝ていると言い張った。
母は末の妹を負ぶって
他の妹たちの手を引きながら
一旦は防空壕に入ったが
妹たちによくよく言い聞かせ、一人家にとって帰し
渋る祖母を無理やり防空壕に引きずって行った。
 
夜が明けて危険の去った後
家に戻ってみると
張り紙のしてあった家中の窓ガラスが割れ
祖母の寝ていた布団に
掌大の鋭い破片が無数に突き刺さっていた。
「もし、宮ちゃん(母の愛称)があの時引き返してくれなかったら
わたしは死んでいたと思う。」
晩年、祖母はそう言っていた。
「宮ちゃんは命の恩人なんや。」
 
しかし、当時の祖母は健康が優れず
母にとっては常に不機嫌できつい物言いをする存在だったようだ。
「へぇ、そんな風に思ってたんだ・・・。」
祖母の言葉を伝えたときの母の反応である。
 
「近所の防空壕に焼夷弾が直撃して
火達磨になって転げ出てくる人を何人も見た。」
「防火用水に飛び込んで息絶えた人がいた。」
「逃げ惑う女の人の負ぶっている赤ん坊の首がなかった。」
「壁に吹き飛ばされて潰れて死んでいる人もいた。」
思春期だった母の記憶は生々しい。
食べるものがなくなっていくことも
育ち盛りの子供には辛いことだったに違いない。
 
母は家にあった祖母の着物や宝石を抱えて
近郊の農家へ米と引き換えてもらうために何度も通ったそうだ。
13,4歳の子供は足元を見られ
いつも悔しい思いをしなければならなかった。
その時の思いは、恐らく生涯母から離ることはないだろう。
何故なら、未だに根に持っているらしいから。
 
母の一家は、金沢の祖母の実家に疎開した。
そこでの生活もあまり心地よいものではなかったようだ。
母から金沢での思い出話で良い話は聞いたことがない。
お風呂屋さん帰りに空襲にあって
橋から末の妹が落ち
手桶に頭からすっぽりはまって助かった・・・ことが
一番「まし」な記憶だと言う。
 
戦争後もすぐに元通りの暮らしが出来たわけではない。
とにかく食べるものがなかった。
ひもじさと不衛生との闘い・・・。
特に、南京虫や虱には悩まされたようだ。
「どんなに髪をすいても、服を消毒しても
どこからか湧いてくるねん。」
母には耐え難い出来事だったと見え
その話しになると決まって眉間に皺を寄せる。
「思い出すだけでぞっとするわ。」
 
それでもやっと神戸に落ち着いた頃
親戚の家に預けておいた末の妹を迎えに行ったときのこと。
満員の電車の中・・・
はぐれないようにしっかり繋いだ妹の手が
ともすれば離れてしまうほど車内はすし詰め状態だった・・・
母は急に腹痛に襲われる。
ろくなものを食べていなかったから
栄養失調による下痢は日常茶飯事だった。
しゃがむことも出来ない・・・ただ耐えるしかない・・・
が、母は下着を汚してしまう。
途中下車をしたら
次の列車まで数時間は待たねばならない。
しかし、16になるかならないか・・・多感な少女だった母は
妹と一緒に見知らぬ駅に降りる。
構内の陰で下着だけ急いで脱ぐと
冷たい井戸の水を汲んで洗ったそうだ。
「寒い冬の夕方でね。
涙を堪えながら一生懸命洗っているとね
なっちゃん(叔母の愛称)が小さな手を擦り合わせながら
わたしの傍で泣くのよ。
『お姉ちゃん、寒いよぉ、お姉ちゃんひもじいよぉ。』 
ごめんな、もう少し待っててな・・・って言っても
『お姉ちゃん、寒いよぉ。』って・・・
あの時の小さな小さななっちゃんが忘られへんねん。」
気の強い母は、その話しをするたびに涙ぐむ。
 
母は完全に自分を被害者だと思っている。
もちろん、それは正しい。
しかし、誰も同情し優しく慰めてくれる人はいなかった。
みんなが辛い時代だったから・・・
だから「仕方がなかった」
そんな風に片付けられてしまった子供たちの心の傷は
本当にそれで癒えたのだろうか?
 
わたしは「殺された」人を見たことがない。
もし、現実にそんな光景を目の当たりにしたら
きっと一生忘れないだろうと思う。
 
母も忘れてはいない。
 
この8年後、わたしはこの母から生まれる。

Posted by mamedi5047604 at 13:38


2006年8月17日
第二次世界大戦とわたし V

父の脈絡から・・・
 
祖父は秋田から大阪に出て
一代で財を成した人である。
商売は手広く、雇い人も多かったと聞く。
しかし、ある特定の食品を取り扱っていたことから
戦争中の営業は難しかったと思われる。
 
大阪の大空襲で一家は裸同然で焼け出された。
誰一人欠けることなく傷つくこともなく
生きて逃れられたことは
不幸中の幸いであったと言うべきか。
しかし、この後
祖父はひどく落ち込んだそうだ。
被災のショックによって極度のうつ状態になることは
珍しいことではなかったらしい。
加えて、そのドサクサで
保証人になっていた知人に裏切られ
祖父は破産する。
それが故意の裏切りであったかどうかは不明である。
誰もが命を守ることすら危うかった時代だ。
戦後、すっかり厭世家と化した祖父は
滋賀の山奥に隠遁する。
父の一家は離散同然となった。
 
長子であった父は既に大学に在籍していたので
何とか自力で卒業は果たしたものの
希望していた法曹界への道は諦めねばならなかった。
祖父の破産が原因であった。
 
父の弟妹はもっと苦労を強いられた。
生活そのものに困窮したからである。
 
父のすぐ下の弟は
幼い頃に名古屋の祖母の姉の家に養子として出されていた。
彼は跡取り息子として縁組されていたので
父の兄妹の中で唯一
苦労を知らずに済んだらしい。
 
三男は大学進学を希望していたが
経済的理由から叶わず
それでも苦学して夜間大学を卒業した。
 
四男は高校をやっとのことで卒業したものの
ちょっと斜めの道に進み
売れっ子芸者と恋仲になる。
金もない若造と売れっ子芸者の恋・・・等と言うと
ドラマか小説の中の世界のようだが
周囲のものは大変だったようだ。
後に叔父一家はアメリカへ移住することとなる。
よんどころない事情で日本から脱出したと聞いた。
 
末妹は幼くして一家離散の憂き目に会ったので
家庭というものを知らずに育った。
祖母は彼女の手を引いて
大阪近郊に済む縁故者を頼って転々と流浪の生活をしていた。
そうまでして滋賀の山奥に住む祖父の元へは
行きたくなったと見える。
母子の経済的なバックアップは
主に父が行っていたようだ。
 
新婚当初、給与の三分の一を祖母に仕送りしていた、と
母から聞いたことがある。
それでも「自分たちだけ幸せになって・・・」と
叔母からは随分、恨みがましいことを言われたらしい。
その時の手紙を
母は未だに持っている・・・。
 
父は戦争中の話しをあまりしたがらない。
これらは、そんな父から漏れた僅かな言葉を繋ぎ合わせたものだ。
また、本人の体験談としては以下のエピソードがある。
 
一度だけ、父は機銃掃射に狙い撃ちされたことがあるそうだ。
地面に伏せた父のわき腹数センチのところを
弾丸が走って行ったという。
「あの時は。もうあかんと思った。」
父は笑っていた。
 
敗戦の知らせは、学徒動員で出征した青森の駐屯地で聞いた。
明日、外地へ向かうという日だった。
「やったぁ〜〜〜!」
父は心の中で叫んだそうだ。
マインドコントロールされ、誰もが軍国青年だった時代
なんとも不謹慎な・・・いや、ばれたらリンチで
殺されかねない非国民的思考だと思うが
「これで死なずに済むと思った。」というのは
20歳の若者として正直な発想だとも思える。
因みに、この話題は数回聞かされた。
よほど印象に残った出来事だったのだろう。
 
さて、ここに挙げたものは
戦争中の出来事として
特別な悲惨さもない
ごく「当たり前」のことにしか感じられないかも知れない。
だが、僅かでもいいから
想像力を働かせていただきたい。
 
雨のように降り注ぐ焼夷弾。
焼け野原の街。
人生をかけて築き上げた全てを一夜にして失うこと。
狂う歯車・・・打ち砕かれた希望。
それだけで
人は一生心に残る傷を負うものではないだろうか?
 
誰かに死んでもいいと、殺してやろうと、思われた事実・・・。
 
これがわたしの父だ。
そして、あなたの父にも
このような・・・いや、もっと切羽詰った
戦争体験があるかも知れない。
 
それは、その子供であるわたしたちに
果たして無関係と言えるだろうか?
 
 

Posted by mamedi5047604 at 08:51


2006年8月16日
第二次世界大戦とわたし U

15日付け記述の補足。
第二次世界大戦における日本人のPTSDについて
記された文献や研究情報を見たことがない、というのは
少し言葉が過ぎた。
幾つかの戦争体験談や自伝的小説等に
それらが登場することは認めている。
が、わたしが言いたいのは
実は大変深刻な問題であるはずの戦争PTSDを
広く国家全体の視野に立って研究した文献であるとか
その後の対処にまで及んだ資料は見たことがない、ということなのだ。
 
心に深い傷を負ったまま放置された人々・・・
特に多感な思春期に受けたPTSDは
その人格の上に長きに渡って・・・若しくは一生・・・暗い影を落とすことは必至だ。
もし、それが自分の親であったら?
その子供であるわたしたちに無関係であろうはずはない。
 
わたしたちの親の多くは
1920年代から30年代・・・昭和初期・・・に生まれている。
戦争末期、彼らはまさに思春期真っ只中であった。
 
そして、もう一つ。
戦後、日本にもドラッグが蔓延し
社会問題となった時期が存在した、という事実。
但し、このドラッグ・・・覚せい剤であるが・・・は
戦中から売薬として一般人が簡単に薬局で購入できたものだ。
商品名を「ヒロポン」と言う。
まんま「覚醒剤」として売られていたという。
戦中は軍、特に空軍に広く用いられていた。
夜間飛行の視力が上がる、という点が注目されたのである。
また・・・かの特攻隊の青年たちに配給されたのであった!!
 
政府がヒロポンを劇薬指定にし
一般への販売を禁止するのは
戦後数年経ってからであった。
 
詳しくはここをクリックし
目次から歴史を選択しクリック。
そこをご覧いただきたい。
 
不思議でならないのは
相当な社会問題を引き起こしたに違いないこの事実も
大きく取り上げられたことがないことだ。
 
これらのことを自分たちには関係のない
遠い過去の出来事・・・と思ったら大間違いだ。
何故なら、わたしたちの親、または祖父母は
確実にこの時代を生きてきたからである。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:00


2006年8月15日
第二次世界大戦とわたし T

わたしは以前から
戦争におけるPTSDが
第二次世界大戦を経験した
多くの日本人の心を蝕んでいるのではないか?と
疑問視し続けてきた。
それはごく当然の発想だと思えるのだが
そういったことに関する文献や研究情報を未だかつて目にしたことがない。
・・・単にわたしの検索不足が故なのかも知れないが・・・。
 
好戦的な国家である某大国は
自国が戦場となったことがないにも関らず
度重なる戦争の後遺症で
社会の土台から病んでいることは知られるところである。
兵役に採られ最前線に送られる兵士のほとんどは
低所得者階級の人々であるが
彼らを犯すPTSDによる精神障害や神経症は
・・・薬物やアルコール依存症も含めて・・・
ジワジワと社会全体に広がったのである。
 
これが、10代半ばから40代前半までの
健康な男子全てに兵役が課せられていた日本であれば
尚のことその影響力が強大であったと考えるのは自然だろう。
まして、最後の半年
日本は本土が戦場であった。
 
無差別に繰り返された殺戮の日々を
非戦闘員であった幼い子供たちも
多感な少年や少女も
皆、体験したのである。
 
直接、戦災を目の当たりにせずに済んだ者達も
大切な父や夫、息子や兄弟、愛人を失ったのだ。
 
「あの当時はみんなそうだったのだから・・・。」という意識・・・
自分たちだけが被害者ではない、という意識は
その後、日本人の心を覆う隠れ蓑となったが
深く刻まれた傷を癒すものではなかったはずだ。
傷を抱えたまま、人々は生活を立て直し復興し
やがて日本は高度成長期に突入していく。
それは確かに日本人を経済的に豊かにはした。
が・・・その成功は果たしてPTSDを克服することとイコールであったか?
 
わたしの両祖父は
第二次世界大戦中既に45歳を過ぎていたため
戦場に駆出されることはなかった。
父も学徒動員で出征したものの
日本国内にいる間に敗戦を迎えた。
だから、わたしの近い親族に
兵士として亡くなったものはいない。
 
しかし、大阪と神戸に住んでいた両親とその家族たちは
大規模な空襲による被害から逃れることは出来なかったのである。
 
わたしは「戦争を知らない子供たち」と呼ばれた一人だ。
裕福ではなくても清潔な環境に育ち飢えを知らない。
それでも敢えて、わたしは思う。
第二次世界大戦の影は
敗戦後10年経って生まれたわたしたちにも
射しているに違いないと・・・。
そしてもしかしたら
わたしたちの子供にも何らかの影響があるのではないか?
 
わたしは、この敗戦記念日にあたって
わたしの父や母が語ってくれた
僅かな戦争の記憶から
自分と第二次世界大戦の関りを見つめてみたいと思う。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 13:42


2006年8月14日
さぼっているわけではない

ほんの一休み。
 
あの嵐のような雷雨のあと
風が涼しくなったと感じるのは気のせいか?
 
今朝は東京を中心に大規模な停電があったらしい。
地下鉄やゆりかもめが止まったそうだ。
これがお盆休みでなかったら
通勤ラッシュにかかって大騒ぎになっていたことだろう。
それでなくても都内のマンションでは
大変だったようだ。
 
まず、エレベーターが動かなくなる。
例の事故から、エレベーターの信頼性が失われている昨今
閉じ込められてしまった人々の恐怖は
どれほどだっただろう。
パニックによる二次災害などがなかったことを祈る。
 
次に水が出なくなる。
マンションの多くは電気ポンプを使って一括給水し
各部屋に配水を行っているからだ。
知人の家もそうだったと
先ほどメールをもらった。
水が出なくなることの不便さは
嫌というほど知っている。
(この別荘地の断水騒ぎは、これまで何度も話題に出したので
ご存知の方も多いはず)
飲み水はコンビニにでも走ればなんとか確保出来るだろうが
トイレや洗面の水となると
ミネラルウォーターを使うわけにもいかない。
 
もちろん冷房も効かなくなるし
この暑いのにシャワーも浴びられない。
伊豆と違って都会の暑さは半端じゃないからねぇ。
赤ん坊やお年寄りには危険ですらある。
 
オール電化の家なんて
どうなるんだろう?
何か一つのエネルギーだけに頼るのは
止めたほうがいいのかも知れない。
都会の便利さが砂上の楼閣であることを
浮き彫りにしたような事故だった。
 
田舎だって電気に頼っているものは
少なくないのだけれどね。
 
ああ、鈴の音の降るごとく
蜩(ひぐらし)の声響く・・・
木漏れ日和らぎて風心地よし
 
さてさて
本番突入ですかな。
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:59


2006年8月13日
復讐!

今朝、遅い朝食に起きてきたナオトに
例の小豆失踪事件の顛末を話して聞かせた。
どれほどわたしが心配したか
どれほど必死になって捜したのか
ほぼ半日に及ぶ心労でグロッキーになったこと
小豆もわたしも熱中症になりかかったことも・・・。
 
そ・そしたら・・・あの、クソガキはぁ〜〜〜っっ!
 
「ああ、真理さん。
そう言えば、僕、小豆がクロゼットの中に入るとこ
見てたんですよね。
けど、忙しかったし、バタバタしてたんで
そんなことすっかり忘れちゃってドアを閉めちゃったんです。
僕にメールくれれば、すぐに分かったのに。
なんだかなぁ。」
 
呆れ果ててものも言えないとは、こういう時のことを言うんだと
改めて実感した。
多分、悪いことをした、とは思っているんだろう。
やばいっ・・・とも、感じているに違いない。
それが上手く表現できないのも
この1年の付き合いでよく分かっている。
素直に自分の非を認めて謝ることをしないのも
性格だから仕方がないのかも知れない。
 
だっがっ!
それで済ませるには
あまりに腹立たしいではないか!
わたしはそんなに広い心の持ち主ではないのだ。
それを思い知ってもらわなければっ!
とは言え・・・何をどうしたらいいのか・・・。
う〜〜ん。
怒りは既に呆れに代わってしまってるしなぁ。
暇じゃないしなぁ。
 
とりあえず仕事しようっと・・・。
では!
 

Posted by mamedi5047604 at 14:01


2006年8月12日
お天道様はお見通しよっ!

だと怖いなぁ。
 
今朝も霧が出ていた。
今年の夏は、霧に始まる一日が多い気がする。
こんなことは今までになかった。
湿度の問題だけじゃないよね。
気圧の変化だとか温度差だとか・・・海流の関係とか・・・
色んなことが絡んでこういう結果になっているのだと思う。
確かになにかが今までとは違っている。
 
夕方、雷雨になると予報が出ていたので
どうしようか?と迷ったが
プールに行ってきた。
2000メートルをさくさく泳いで急いで戻った。
ぎりぎりセーフ!
 
帰宅して洗濯物を取り入れ
一息ついていると
満天俄かに掻き曇り・・・という表現そのものの情景が展開。
まるで夜と見まごうばかりの黒雲に
閃光が走る、走る!
大気を引き裂く音が耳を劈き
地響きとともに振動が伝わる。
あまりの衝撃音にわたしでさえ鳥肌ものなのに
我が家のペットたちは実に落ち着いている。
落雷にびびらない犬は盲導犬や介助犬に適しているんだってよ、まめぢさん!
 
停電になる。
すぐに復旧したが、直後にとてつもなく大きな落雷があった。
近くはなかったが、途端にテレビが消えた。
どうやらケーブルに影響が出たようだ。
ケーブル会社に電話したら、修復作業はしているので
少し待ってくれとのこと。
それが夜になっても復旧しない。
 
まだ帰宅しないナオトからメールがくる。
途中でJRが運転見合わせで動かないらしい。
「○○(テレビドラマ)を録画しておいてください。」
「残念でした。落雷でケーブルに障害。テレビ映らない。」
「え〜〜〜〜〜っっ!そんな馬鹿なぁ〜!」
 
それどころではなかった。
万一のことを考えて、電源をすべて遮断しておいたパソコンを
天候の回復後に立ち上げてみたら
インターネットが繋がらないのだ。
プロバイダのサポートデスクに電話をして
助言に従い、色々試してみる。
結局、モデムとパソコンの間に繋げてある
ナオトのパソコン用の機器(ルーター?ラン?)をはずして
初期設定をやり直したら繋がった。
だから、今現在、ナオトのパソコンは
インターネットが出来ない環境設定となっているのだ。
明日またごちゃごちゃと面倒臭いことになりそうだ。
 
どうもADSLそのものにも障害が出ているような気もするのだが。
 
午後10時過ぎ、やっと電車が動き出したようだ。
ドラマの録画は斉君が友人に依頼したらしい。
二人とも好きだねぇ。
 
テレビが観られないなら・・・と、DVDを観た。
「海猿」
「愛と青春の旅立ち」とか、そこいらへんのをごっちゃにして
和風味に仕立てた作品だった。
 
さて、ナオトの帰宅を待たずに寝るか・・・。

Posted by mamedi5047604 at 08:17


2006年8月11日
わたしを泣かせた男

霧に包まれた朝だった。
こんな日はどんよりと暑い1日になる。
 
いつもの時間に斉君が出かけ
いつもよりほんの少し遅くナオトが出かけた。
 
ナオトは今夜、仕事が終わってから
東京にある本社の「暑気払い宴会」に出席するため
職場からそのまま行くことになっている。
さすがに作業着ではまずいから
スーツと靴を持って行かなければならないのだ。
もちろん昨晩から用意しておくようなナオトではない。
朝、出かける直前になってバタバタと揃えたに決まっている。
その証拠に
「僕の革靴知りませんか?」と玄関の靴箱を
焦って引っ掻き回していた。
毎度の事ながら、本当に段取りの悪いやつだ。
それでいつもの時間より出勤が少しばかり遅れたのである。
 
二人を見送って
洗濯機を回しつつ
キッチンの片付けに取り掛かる。
なんだか頭が重いのは
今朝方ぐっと冷え込んだのに
肌がけもかけず寝ていたせいかも知れない。
 
暫くして日が高くなってくると
霧はどんどん晴れて思いのほかいい天気になってきた。
修善寺の紅葉狩りで知り合いになった看護学校の学生たちが
今日、富戸で体験ダイビングをする予定になっている。
遊び熱心なダイバーKは
会社を休んでインストラクターに来ているはずだ。
今回のポイントは城ヶ崎海岸にある海洋公園だ。
本当はダイバーKに
「真理さんも一緒にどうですか?」と誘ってもらったのだけれど
看護学生が9人も来るとのことなので遠慮した。
けど、内心、断らなければ良かったかな?と思い始めていた。
 
それともプールに行こうか?
 
うだうだ考えながら2階のベランダに
洗濯物を干しに出る。
アブラゼミもためらいがちに鳴くような暑さが
森に充満している。
 
するとふと足元が寂しいことに気が付いた。
いつもなら、わたしがベランダに出たら
必ずまめぢと小豆が一緒のはずなのだ。
まめぢは日射しが眩しいのか目を細めながら
舌をべろりと出して喘いでいる。
けれど小豆がいない。
暑さに弱いまめぢが来ないなら話は分かるが
小豆がしゃしゃり出てこないのはおかしい。
 
「あじゅ?あじゅ?」
家の中に呼びかけてみる。
「・・・」
返事がない。
「あーたん!あーたん!」
まめぢが「どうしたんですかい?」とばかりに
尻尾を大きく振りながらまとわり付いてくる。
「いや、お前はいいから・・・。」
まめぢを押しのけ家の中に入る。
 
うちの犬猫は、どの子も呼んだら返事をしてすぐに寄ってくる。
よほど眠いときにでも
これだけ呼べば、だるそうにでも面倒くさそうにでも
とにかく見えるところまでは出てくるのだ。
特に小豆はわたしの呼び声に敏感に反応する。
いや、わたしの行動に反応すると言った方が正しい。
 
「あじゅ!あじゅ!」
返事が聞こえない!
 
あずきを最後に見たのは何時だっただろう?
そうだ、ナオトがまだ食事をしている時に
わたしのベッドで長々と寝そべっているのを見たんだ。
毎日のことなので、家事に勤しんでいる間
小豆のことは忘れていた。
どうせベランダに出て遊んでいるか
どこか涼しい場所を見つけて寝ているか・・・
そんなところだろうと思い込んでいたのだ。
 
「あずき!あじゅ!」
部屋という部屋をくまなく探しまわる。
入るはずのないトイレや
足袋や金ちゃんの部屋まで・・・
わたしの声がだんだん甲高くなっていくので
まめぢと足袋と金ちゃんが落ち着きを失っていくのが分かる。
 
「あーたん!」
にゃぁー・・・えっ?いや違う足袋だ!
金ちゃんもだ。
 
30分・・・滴り落ちる汗をぬぐいもせず
ひたすら探し回った。
しかし、小豆はいない・・・。
いない、いない、いない!
 
そんな・・・2階のベランダから落ちた?
虫を獲ろうとして・・・あるいは張り出している桑の枝に飛びついた?
もうそれしか考えられない。
けど、もしも外に落ちたら
あの子は絶対にわたしを呼ぶはずだ。
怪我をしたんだろうか?
 
隣のヒッキーなんか頭から消し飛んで
庭に出る。
小豆の名前を呼びながら
一帯を探し回る。
うっそうと茂った桑の木の下草に
血のあとがついてやしないか?
家の裏手に積んである枯れ草に
落ちた痕跡はないか?
 
教会に出入りする人が怪訝そうな顔でわたしを見ている。
 
「すいません、猫を見かけませんでした?
黒と白の猫なんですけど・・・まだ小さい・・・。」
「さぁ、見ませんでしたが、どうされました?」
のんびりした返答にもどかしさを感じつつも
此処はより多くの目が必要だ。
「見えなくなってしまって・・・
もしかしたらベランダから出ちゃったかも知れないんです。
もし、見かけたらご連絡いただけませんか?」
「ええ、もちろん。
大変ですね。」
 
まめぢを連れて別荘地をうろつく。
出来るだけ落とした声で小豆の名前を呼ぶ。
緊張した声色を猫は嫌うから・・・。
それでも2時間呼び続けると
喉を搾り出さないと声が出なくなってくる。
 
蝉の声がこれほど煩く感じたことはない。
もしも、小豆が鳴いても聞こえないじゃないっ!
 
家に入ってもう一度捜す。
無駄だと分かっていてもじっとしていられない。
「ねぇ、まめ、あーちゃん何処?
あじゅ、捜して。」
まめぢはゲームだと思うらしく喜んで2階へ上がって行く。
アテにはしていないけれど
おろおろとまめぢの後ろについて行く。
まめぢはわたしのベッドの周りの匂いを嗅いで
嬉しそうに尻尾を振る。
「そうだねぇ、此処にいたんだよね。」
 
駄目だ・・・涙が出てきた。
泣いたってどうしようもないと分かっているけど
涙が溢れて汗と一緒に頬を流れおちる。
ベッドに座り込むと
まめぢと足袋と金ちゃんが心配そうに
身体を摺り寄せてくる。
 
「小豆がいなくなっちゃったよぉ〜。
どうしよう?
何処へ行っちゃったんだろう。
えーん、えーん。」
子供のように声を出して泣き出してしまった。
びっくりして足袋がわたしの顔を見つめる。
金ちゃんはちゅぱちゅぱを止めてしがみつく。
まめぢはひたすら尻尾を振り続ける。
 
どれくらいの間、そうしていただろう。
 
もう昼過ぎだ。
朝ごはんしか食べていない小豆はお腹を空かせているだろう。
ベランダから落ちたショックで
闇雲に走って逃げて
パニックになってしまったのかも知れない。
崖から滑り落ちて国道に出てしまったなんてことはないだろうか?
外の世界を少しも知らない子だから
迷子になったら家に戻ってこれないかも知れない。
 
もう随分大きくなったのだから、と
たかをくくってベランダに自由に出られるようにしたのがいけなかったんだ。
 
人生はバランスって昨日は言ったけど
このバランスは何処でとるって言うんだよっっ!
 
あの時、もしかしたら
神頼みじゃなくて
悪魔と取引してもいい・・・くらいに思った。
 
いや、落ち着け!
小豆は絶対にわたしを呼んでいるはずだ。
そうだ、あの子はわたしを本当の母親だと思っているんだから。
不安だったり怖い思いをしているなら
辛い状態になっているなら
絶対にわたしを呼ぶはずだ。
小豆の声が聞こえないということは
小豆が安全で無事だという証拠ではないか!
何を馬鹿みたいに泣いているんだ!
まめぢや足袋や金さんだって
こんなに穏やかな顔をしているじゃないか!
 
そうだ、こんなことでわたしがパニックになってどうするっ!
 
と、突然
微かに、本当に微かに
小豆の声がした・・・ような気がした・・・。
 
ナオトの部屋だっっ!
 
鍵がかかっているから入れるはずはない。
それでも何回も捜した。
ベッドの下も見た。
何処にもいなかったのだ。
 
「んんみゃ・・・んんみゃ〜〜〜〜!」
 
うそっっ!
ベッドでふさいであるクロゼットの奥から
小さく小さく小豆の鳴く声が聞こえる。
 
がばっっ!
ベッドをどかしクロゼットの扉を開ける。
「にゃぁ〜〜〜〜〜っっ!」
小豆が胸の中へ飛び込んでくる。
 
あじゅ〜〜〜〜〜〜っっ!
 
今度は嬉し泣きで涙が出てきた。
小豆がわたしの顔中を舐める。
 
あのクソガキっっ!
慌てていたんで、クロゼットの中に小豆が入ったのに気づかず
スーツを出してそのまま扉を閉め
ベッドを寄せたんだなっ!
だから密閉された状態で
小豆の声が聞き取りにくかったんだ。
この部屋を捜したときに気づかなかったのは
もしかしたら、足袋や金ちゃんが反応して鳴いたので
紛れてしまったのかも知れない。
 
ナオトよ!
明日、帰ってきたら
まじでぶっ飛ばすから・・・楽しみにしておれ!
わたしの貴重な一日を奪った罪は重いぞっ!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:27


2006年8月10日
なんつって、台風一過

今日は朝から爽快な天気で
機嫌なんていっぺんに直っちゃった♪
単細胞なのねぇ〜〜〜。
 
午前中に家事を片付け
3日ぶりに泳ぎに行ってきたのだ。
伸び伸びと2000メートル。
どんどん水に身体が馴染んできて
インターバルを入れながらでも
1時間ちょっとで泳いでしまった。
ふぇふぇふぇふぇ
この分で行くと、3000メートルも楽勝かな?
 
プールのちょっと先に
農家のお祖母ちゃんが出している露天があって
露地ものの野菜を並べて売っている。
手作りのコンニャクや味噌、梅干なんかもある。
形は不ぞろいだが、香りが強くて美味しい。
これは大発見!
嬉しいオマケが付いてきた。
得した気分だね。
 
(ああ、昨日とは別人だ!)
 
友人が口癖のように言ってたけど・・・
きっと人生ってバランスなのだ、と思う。
わたしのように
「嫌なことはしないっ!」
「我慢なんてしないっ!」
と、清々と言ってのけて本当にしないで済んで
好き勝手に自由に生きている人間を
野放しにするほど人生は甘くないのである。
脳天気に楽しいことだけ見つけて
ほじくって食べてるような生き方は
許されないのだ・・・のか?
まぁ、だから、時々ちょっとした痛い事件が勃発して
わたしはほんの少しだけ大人しくなる。
って言ったって、考えてみればたいした問題じゃないから
すぐにスキップスキップで飛び出しちゃうのだけれど・・・。
 
どうにかなるさっ!
 
さて・・・本日は伊東のお祭り。
安針祭である。
ウィリアム・アダムスというイギリス人が
江戸時代に日本に漂流して流れ着いた。
徳川家康はこの男の様々な能力や技術を重んじ
身柄を保護し
伊東で造船の仕事をさせたのだそうだ。
それにちなんだお祭りらしい←あんまり分かってない。
で、海岸線に沿って3箇所から打ち上げ花火が上がるのだ。
これは見ものだよ。
但し、物凄い人出で人ごみの嫌いなわたしは
一度しか見に行ったことがない。
 
そして、もうすぐ
敗戦記念日がやってくる。
広島に続いて長崎に原子爆弾が落とされ
南の島々と沖縄は焦土と化し
ロシアが国境を越え中国を解放して
日本はついに連合国軍に無条件降伏をした。
敗戦国が悪で戦勝国が善だなんて
単純な話しじゃない、という人もいるけれど
あの時の日本が間違った国策に走っていたことだけは事実だと思う。
 
自由な発言を許さず
子供たちを見殺しにし
若者に敵を殺して死んで来いと命ずるのは
絶対に正しくない。
死者を弔うことに反対はしないけれど
戦争で死んでいった者たちを英霊と崇め奉るのは
正しくなかった国の在り様を
反省せずにカモフラージュしていると捉えられても
仕方ないんじゃないのだろうか。
幾万の若者たちは、無駄に殺されていったのだ。
あの当時の日本という国に犬死させられたのだ。
それはしっかりと認識するべきだ。
 
他国にとやかく言われることに嫌悪感を持つ政治家がいるが
自国の中にもまやかしに気づいてる人は大勢いる。
 
彼らの死を本当に悼むのなら
玉ぐし料を包むその手を
もっと他に差し伸べて
2度と同じ過ちを繰り返さないという誓いを
大きな声で世界に発信していくべきだ。
そういう声が微かにしか響かないのは何故だろう?
そりゃ、そうだわな。
平気で尻馬に乗っかってるんだもん・・・。
 
日本を愛するってどういうことなのか
考える日がやってくる。
 
 
 

続きを読む...
Posted by mamedi5047604 at 14:58


2006年8月9日
中途半端はやめて

台風が微妙に伊豆半島を掠めて通ったので
風雨はたいしたことがなかった割には
電車も止まったし、道路も次々通行止めになって
後で分かったところでは
国道も海岸線で封鎖されていたらしい。
 
こういう日に出歩いて
飛んできた木の枝かなんかで
車でも傷つけたひにゃ洒落にならん!と
吝嗇なことを考えたわたしは
一日、家に閉じこもっていたのだった。
ここんとこ続いている事件が
わたしをケチな野郎にしてしまったのだ。
 
能動的に一人家の中で過ごす場合
それはそれで楽しいのだが
なんだか無理やり閉じ込められているような気分は
大っ嫌いなんである。
好物の読書もする気にならない。
しかも熱帯低気圧の親玉は
締め切った窓から湿気だけを忍び込ませるから
床がべたついて不愉快だ。
おまけにまめぢの抜け毛が大量に散乱しており
憂鬱な気持ちにまとわりつく。
 
うぉ〜〜〜〜〜〜っっ!
叫びだしたい気分だよ。
 
海でも見に行けば良かったかなぁ。
荒れ狂う海は好きさ。
 
そういった訳で
大変邪悪な生き物と化したワタクシ。
焼肉の食べすぎで胸焼けしたせいなんじゃない?とか
胸焼けのせいで昼ごはん食べなかったから
夕方、お腹が空いて機嫌が悪くなったんじゃない?とか・・・
そういう全うな意見は却下っっ!
 

Posted by mamedi5047604 at 14:42


2006年8月8日
ああ無情!

プロパンガス会社の人が
ボイラーの点検に来てくれた。
色々調べてみたけれど、うんともすんとも言わないのだそうだ。
それはどういうことか?と言うと
通電していないか、基盤が壊れてしまったか・・・
いずれかなのだと言う。
結局、電気が通っていることは確認が取れたので
基盤そのものに問題があることになった。
 
「一応、貸し出し用の基盤に付け替えて行きます。
で、これを(壊れたうちのやつ)会社に持って帰って
メーカーの人に来てもらって修理をするか
新しいものにするか・・・どちらか、なんですけど・・・(ちょっと余裕こいている)」
 
はぁっ?
このボイラーってまだ新しいはずだよ?
 
「そうなんですよねぇ。4年しか経ってないんですよね。
けど、保障期間は1年なんで修理はどうしても有料になっちゃうんですよ。
うちで直すことは出来ないもんで
メーカーに連絡して来てもらうしかないんですが・・・
そうすると派遣料とか技術料とか・・・4万円くらいはいくと思うんですね。
新品に交換すると6,7万なんで、修理の方が安いには安いんですが・・・
(そういうこともあるってば)」
 
そんなぁ〜〜〜〜っ!
原因はなんなのっ?
何がいけなかったって言うのっ!
 
「さっぱり・・・(困ったな)」
 
な・なにをっ!
 
「いや、昨日の段階で見てれば
もしかしたら、すぐに直ったかもしれないんですけど・・・
今朝方、物凄い雷が鳴ってたじゃないですか。
基盤がやられちゃうのって、落雷によることが多いんですよねぇ
(しどろもどろ)」
 
じゃ、昨日の段階で直してもらってても
壊れる運命にあったってことじゃん!
 
「こればっかりは自然現象なもんで・・・(しょうがねぇじゃん)」
 
え〜〜〜んえんえんえんえん!
だからって、選択肢は二つに一つなのよねっ?
 
「そうなんです・・・(うわっ、おっかねぇ)」
 
鬼っ!
あんたは鬼よっ!
きぃ〜〜〜〜〜〜っっ!
 
とは言わなかったけどさ・・・
どうしろっつ〜のよ。
洗濯機、冬のボーナス払い(しかもわたしにボーナスはない)で
買ったばっかりなんだよ。
自業自得とは言え、車の修理費
コツコツ返してるところなんだよ。
そんでもってこの上、ボイラーの修理費も出せってか?
 
うちは貧乏だから
一括でそんなお金払えないよっ!
 
「ああ、それは分割でも構いませんから・・・(少し怯えている)」
 
だいたい7万もするもので
保障期間が1年しかないのっておかしいよね?←完全に八つ当たり
 
「はぁ・・・(苦笑)」
 
原因をきちんと調べて教えてもらわなきゃ
納得出来ないよね。
 
「そ・それは、メーカーの人によく言っときます(逃げ腰)」
 
いつごろ?
 
「お盆が重なるんで・・・ちょっと・・・。
貸し出し用のやつは、いつまで使っててもらっても構わないんで・・・
えっと・・・直ったら連絡しますんで・・・(玄関ににじり寄る)」
 
こういうものって、素人には全然分からないじゃない?
専門家の言うことを信じるしかないわけよね?
 
「はいっ!僕が責任を持って担当しますんでっ!(お願い帰して!という目)」
 
ふんがっ!
 
「ひぇ〜〜〜!失礼しましたぁ〜〜!」
 
今日は、台風で天気が悪くてプールにも行けなくて
テンション低かった上にこんな事件が起こって
あたしゃ、機嫌が悪いのさっ!
 
「雨の中をどうもご苦労様でしたぁ〜。」
「いえいえ、失礼致しました。」
実際はにこやかに商談は進んだのだよ・・・見た目はね。
 
くそっ!
今日は焼肉のヤケ食いだなっ!

Posted by mamedi5047604 at 16:54


2006年8月6日
プール事情あれこれ

学君はそこそこ泳げるが、息継ぎが出来ない。
以前から教えて欲しいと言われているのだけれど
そんな機会はなかなかないものだ。
この度、中伊豆の温水プールに通いだしたので
その話しをしたところ
是非、同伴したいということになった。
 
さて・・・プールに到着し、着替えてプールサイドで落ち合う。
日曜日のせいか、いつもより混んでいる。
1コースめはウォーキング専用。
2コースから4コースまでが泳ぎ専用で5,6コースが自由と決まっている。
「1回、軽く流そうよ。」
どのコースにも先客がいるが、一人、二人なら問題はない。
真ん中のコースを選んで入る。
わたしにとって50メートルをゆっくり泳ぐことが
準備運動の代わりなのだけれど
「準備体操とかした方がいいんじゃない?」
学君は律儀にプールサイドで首を回したり、ストレッチを始める。
「ああ、ね。じゃぁ、わたし流してくるね。」
50メートルをブレストで泳ぐ。
 
折り返して戻ってみると
学君はまだストレッチをしている。
「ねぇ、もういいんじゃない?」
 
待っているとビート板を持って入ってきた。
「ビート板から始めた方がいいと思ってさ。」
「好きにしていいけど・・・まずは水に馴染むことが先決だと思うから
泳げるところまで、ちょっと泳いでみてよ。」
「え・・・いいけど・・・。」
渋々、泳ぎだす学君。
フォームはそれほど悪くない。
ただ、全体的に力が入りすぎている。
20メートル付近で息が切れたのか立ち止まる。
 
「あのさ、もっと力を抜いてリラックスしてご覧よ。
そんなガチガチになって泳いでると身体が浮かないよ。
浮かないと進まないから、余計力んじゃうでしょ?」
 
「けどさ、息継ぎさえ出来れば泳げてるでしょ?」
「うん、まぁね。」
「だから息継ぎ教えてよ。」
「息継ぎしようと顔を上げると沈むんだよね?」
「そうなんだ。なんでかなぁ。」
「だからさ、力が入りすぎてるからなんだってば。」
「・・・。」
かなり不満げだ。
教えて欲しいと言う割には
こちらの言うことを素直に聞く気はサラサラないらしい。
 
本人の強い希望でビート板を使って息継ぎの練習をする。
ビート板を使っているのに顔を上げようとすると全体が沈む。
アップアップの状態だ。
しかも腰から下がだんだん下がってくるので
キックの力が水底に向かっていくことになり
前へ進まなくなってしまう。
 
「ねぇねぇ、ブレスト出来る?」
「え?平泳ぎ?」
「そう。」
「う〜ん・・・水泳の基本ってやっぱクロールじゃん。」
「・・・(かっこつけてる場合かよっ!)
そうかも知れないけどね、ブレストの方が息継ぎし易いかと思ってさ。
キックだけでもいいから、ちょっとやってみてくれる?」
 
げ・・・
全く前に進まない。
足は完全に下がりきっており
床を蹴っているようなものだ。
ビート板も沈んで見えないので
水面にぽっこり出ている頭だけが
竿先に付いた浮きのように
上下に浮いたり沈んだり・・・。
 
「あの・・・学君・・・もういいや。」
「え?あれ?全然進んでないじゃん。」
「うん。だって足が下がりきってるんだもん。進むわけないよね?
胸をそらして腰を水平に保たなきゃ、キックの意味がないんだよ。
分かる?」
「・・・。」
 
「真理さんさ・・・。」
「ん?」
「笑いすぎだよ。」
「・・・。」
 
だって、可笑しいんだもん。
 
やっと100メートルばかり泳いで
(その間にわたしは500メートルほど泳いだ)
コース下に立った学君が
全く動かなくなってしまった。
「どうしたの?」
「いや、頭が痛い。」
「え?」
「酸欠かも知れない。」
「ま・まさか・・・。」
「いいよ、暫く休んでまた練習するからさ。
真理さん、泳いでれば?」
「うん。」
 
15分経過。
それでも動こうとしない学君。
「ね、大丈夫?」
「だからさ、頭が痛いんだってば。」
苛立っているらしい。
あれ?
ゴーグルが顔にめり込んでいる・・・。
「ちょ・ちょっと、学君!ゴーグルはずしてっ!」
 
学君の目の周りは殴られた後のように
うっ血して紫色に変色している。
「頭も痛くなるってばっ!
自分に合うようにゴムを調節しなかったの?」
「だって教えてくれなかったじゃん。」
「ばっかじゃないの?
そんなの教えなくたって常識でしょうよ!」
「うるうるうるうる・・・」
泣くなっ!
 
「だって真理さん、笑いすぎ・・・。」
 
面白すぎるっ!
 
どうなることか、と思ったが
うっ血は引いてゴーグルの後だけが残った。
これも浮腫みが消えたら自然に治まるだろう。
 
「学君さ、もっと力まずにキック出来る様に
壁に摑まって練習してみてくれる?」
コースが混んできたので
学君のように止まり止りの泳ぎ方では他の利用者の迷惑になる。
学君はうな垂れながら、25メートルプールの脇にある子供プールへと移動。
可愛そうだけれど仕方ない。
「真理さんは好きに泳いでいていいからね。」
当たり前じゃっ!
誰が壁バタ足に付き添うかっつうんじゃ。
 
180センチの大の大人が
壁バタ足というのも不憫な気がしないでもないが
同情は禁物だ。
 
黄昏た学君を気にしつつも
わたしはいつものように気持ちよく泳ぐ。
元々の種目だったバックとブレストは
余裕をもって楽々とおよげるのだが
フリー(クロール)はバランスがとれなくて
思うようなフォームになっていない。
「別に普通に泳げてるよ。」
学君に見てもらったら、そう言ってくれたが
どうもイマイチ納得がいかないのだ。
 
まぁ、まだ4回目だもんな。
おいおい慣れてくれば元のように泳げるようになるだろう。
 
わたしのコースには、いかにも我流で泳いでいる年配の女性と
股に浮きを挟んでアーム(腕)だけで泳いでいる中年男性の3人。
中年と言っても多分わたしより若い。
アームだけで2キロは泳いでいる。慣れたものだ。
隣のコースはスイミングクラブに通っていると思われる小学生の兄妹が
本格的な練習をしている。
もう片方のコースでは、綺麗なフォームで悠然と泳ぐ30代の男性と
泳ぎなれている年配の男女。
みんな黙々と泳ぐ。
 
すると、同じコースで泳いでいた中年男性が隣のコースに移動した。
 
ブレストを泳ぐとキックが他の人に当たるのではないか、と
少し気を遣って泳いでいたので
内心、しめた!と思う。
調子に乗って、不得意なフリーで泳ぐ。
 
「いつもいらっしゃるんですか?」
い?
隣のコースへ移動した男性が待っていて声をかけてきた。
「いえ、まだ4度目なんですよ。」
「あの・・・思うんですけど・・・」
「へい。」
「フリーのとき、上半身が上がり過ぎてる気がするんです。
だから抵抗が大きくて水と喧嘩してるみたいになっちゃってる。」
「あ、はい。
自分でもバランスが取れてないのは気が付いてるんですけど・・・。
そんなに崩れてます?」
「いや、そんなことはないんですが・・・
それさえ直せば、完璧だなぁって・・・。
自分なんか我流ですから、そんなふうに泳ごうと思っても出来ないけど・・・。
だから惜しいなぁって思っちゃって。
すいませんね、余計なこと言っちゃって。」
「いえいえ、どうもありがとうございます。」
「ほんと、綺麗なフォームで羨ましいですよ。」
「あ・・・ははは。」
 
おいおい・・・。
なんだ?
君、嬉しそうな顔して話しを盛り上げようとしてるね。
うぅむ・・・。
 
会釈をしてブレストで100ほど泳ぐ。
時々、男性がこちらをチェックしているのが分かる。
げ〜〜〜っ、まっじぃ〜〜〜。
ふと学君を見やると
子供プールで相変わらず上下している頭が見える。
あんな状態で水に浸かりっぱなしじゃ
そろそろ冷えて唇の色も変わる頃だろう。
上がり時だな。
 
学君が顔を上げるのを待って
ジェスチャーで上がろうと指示をする。
「あ、もうお帰りですか?」
「ええ、お先に失礼します。」
 
案の定、学君は寒そうだ。
「熱いシャワー浴びてきなよ。」
「うん。」
 
帰りの車で声をかけられた話をする。
「え〜〜〜〜っっ!まじ?
やったじゃん、プールナンパだぁ〜〜っっ!」
なんだ?お前は?
「なに、喜んでるの?」
「ふへへへへ、そりゃ酒の肴になるネタじゃんか。」
「そぉ?
けど、なんか喜びすぎじゃないの?」
「ひゃひゃひゃひゃ。
そうですかぁ〜、真理さんもまだまだいけるってことじゃないっすかぁ。
プールナンパとは参ったね、どうも!
すぐに言ってくれれば、俺、別に帰っても良かったのにぃ〜。」
 
馬鹿か、お前は・・・。
 
平日の午前中にしか行かないから
もう、逢う事もないだろうがね。
 
帰宅後、斉君やナオトが揃うと
早速その話題にもっていく学君。
ドラマを作るのが好きな斉君は
人物設定を始める。
「その人さ、一言言わずにはいられない性格でさ
古株の人たちには鬱陶しがられてるてるんじゃない?
すでに有名人でさ。
新人の真理さんを見つけたもんで
嬉しくて寄ってきただけなんじゃない?」
「いや、絶対、プールナンパだって!」
喧々諤々・・・。

はいはい、勝手に言ってなさいよ、あんたたちは・・・。

「浮きには言われたくないんですけどぉ。」
「・・・。」

ぎゃはははははは!
ナオトが一番笑ってた。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 12:07


2006年8月5日
ちょっと一服

仕込みと掃除が終わって
来客を待つのみとなった午後のひと時・・・
さてシャワーでも浴びようか?
けど、ちょっと一服させておくれよぉ〜、なんつってね。
タバコをやめて早2年と9ヶ月。
トマトジュースを一気飲みしてPCに向かっている。
 
タバコをやめて何が良かったって・・・なんだ?
なんだろう?
きっと少しは肺が綺麗になったんじゃないかな。
歯の裏も白くなったんじゃないかな。
どちらも確認してないから分からないけれど。
 
以前から食欲は人一倍あったし
何でも美味しくいただくことが出来たし(美味しいものは)
味覚も嗅覚もそんなに変わってない気がする。
ああ、食欲は人3倍くらいになったかも知れない。
こんなに太るとは思わなかった・・・。
 
それからカラオケで
馬鹿デカイ声を出しても息切れしなくなった・・・いいことか?
 
周囲に気兼ねをしなくて済む(してなかったくせに)
 
まぁ、何はともあれ
百害あって一理しかない、と言われる喫煙癖が治ったのは
悪いことじゃないに違いない。
そうあって欲しい。
 
今朝午前2時頃
国道135号線、伊豆川奈付近を何回も流して走ってた
バイク小僧!
うっせぇ〜んだよっ!
つるむ仲間もおらんのかっ?
仲間がおったらもっと煩かっただろうけどね。
事故るなよ。
大人になれば分かることもある。
 
ツクツクホウシがもう鳴き始めた。
昔、この声を聞くと
夏休みが終わりに近づいたんだなぁ、って
妙に寂しかったことを思い出す。
クマゼミも鳴いているから
ごっちゃになっちゃてるのかしらんね、最近は・・・。
 
とりとめもないことを書きつつ
頭では夕飯の段取りをチェック。
さて、本番に入るかっ!

Posted by mamedi5047604 at 17:25


2006年8月3日
だって馬鹿なんだもん!

しようがないじゃない。
 
安っぽい演歌の歌詞みたいだけれど・・・。
本当にそう言いたくなるようなニュースが
巷に溢れかえっている。
 
朝、テレビをつけると
ダラダラと熱したコールタールのような
毒々しい事件の報道が
止め処もなく流れ出てくるからたまらない。
 
どれもこれも、全部大人が悪いっ!
 
子供が暴走するのは
その子供を育んだ環境が劣悪だからだ。
子供が不幸なめにあうのは
その子供を取り巻く社会が間違っているからだ。
そんな簡単なことが分からないのは
やっぱり馬鹿としか言いようがない。
 
子供をきちんと育てられない国家は
いつか滅びるのだぞ。
子供が安心して生きていける社会というのが
人間が形成するべき基本的な社会の在り様なんだぞ。
 
とすると・・・子供たちの復讐が始まってるのかね?

Posted by mamedi5047604 at 14:34


2006年8月2日
いい加減だなぁ・・・

誰?って自分・・・
 
今日、中学時代の学年同窓会幹事の方から
封書が送られてきた。
写真在中という表書き。
出席しなかった者にこういう気配りはさすがだな、と感心しつつ
(彼女は中学時代から面倒な役員をこまめにやるタイプであった)
封を開ける・・・。
?????
それはクラス別の集合写真で
14人のクラスメイトが写っている。
分からない・・・中央の白髪頭の老人が担任であること
幹事の女性二人、時々連絡を取り合っている友達二人・・・
あ、こいつは!・・・で、半分は判明。
あとは・・・え?誰?
2年間も一緒に過ごしたクラスメイトのはずなのに
覚えてないっっ!
しかも男子(男性)は19歳の時に一度逢っているのにさ。
 
同窓会のHPがあるとのお知らせが入っている。
パスワードを入れると300枚近い同窓会のスナップ写真が
見られるようになっているのだ。
どれどれ・・・うぅむ。
ほとんど分からない。
まぁ、13組もあったんだから無理もないか。
それにしてもなぁ。
 
濃密だのなんだのって書いたわりには
水泳部のクラブ写真だって
半分も名前が言えないんだから呆れる。
 
っとにいい加減なヤツなんだなぁ、わたしって。
 
BBSが設置されているではないか。
ざっと流し読み。
げ・・・わたしのHPのキーワードを尋ねているやつが・・・
まじ?
あいつ、喋ったな・・・。
余計なことを!
 
35年ってやっぱり長いんだなぁ。
しみじみ思う。
わたしのいい加減さもさることながら
みんなの変貌ぶりも大きいのだ。
わたしも「誰?」とか言われちゃうのかな?
 
うっへ〜〜!
 
自分だけ変わっていない訳はないんだものね。
50歳の同窓生の写真を眺めつつ
己を見つめなおす渋い一日となった。
実に渋い!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:17


2006年8月1日
丹下猫・・・

例の傷んだ猫が今朝は何処を捜しても見当たらない。
旅の途中だったんだろうか?
まさか・・・ね・・・。
猫のテリトリー範囲はそれほど広くない。
今まで見かけなかったということは
この別荘地に住んでいる猫ではないということだ。
薄汚れていたから
長い間、外で暮らしていたものと思われる。
 
この別荘地に入るには
通行量の多い国道を渡って
向かい側の山からやって来るか
猪の生息する東斜面を蜜柑園を通って登って来るか
はたまた遠路はるばる漁港のある部落からやって来るか・・・。
 
先住の雄猫は「はなでかぁ〜まん」だけのはず(本名不明)
雌猫は何匹かいる模様だが
うちの方まで上って来ない。
我が家は、常在している住宅の列より
山の上に位置している。
猪が頻繁に現れる地域なので
臆病な猫たちは好んで此処までやって来ないようだ。
まめぢを放して散歩したりもするしね・・・。
 
他にも別荘にやって来る人の中には
大型犬を連れて来るひともいるから・・・。
 
安住の地ではないと判断されたのかも知れない。
 
以前、この辺を縄張りとしていた
雄猫2匹(兄弟)、チビタとチビコ(雄なのに・・・)は
ある日、恐ろしい喧嘩をして
流血騒ぎを起こしたっきり
いなくなってしまった。
あいつら・・・可愛かったのになぁ。
 
そう言えば、ヒッキーの父親がまだ健在だった頃
チビコに触ろうとして引っかかれたとかで
怒り狂っていたことを思い出した。
あのジジィ・・・なんかしたんじゃあるまいか?
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
 
さて、本日も山を越え、行ってきました中伊豆。
週に2回行ければベストかな?と思っているんで
行けるときに行く。
裾野スイミングクラブの子供たちが
夏休みの合宿とかで20人ほど
2コースを貸し切って練習していた他は空いていたので
またもや余裕で泳げたのだ、ラッキー♪
ラスト30分は一人でコースを使えたので
バックもいっぱい泳いじゃった!
あっと言う間に1600メートル。
25メートルプールはインターバルをおくのも楽だし
壁を蹴って距離を稼げる分もあるので
いくらでも泳げてしまう。
調子に乗ってもっと泳ごうかと思ったが
陸に上がったときの脱力感を思い出して
2000への挑戦は次回に残した。
 
「コーチ!午後からのメニューは?」
「75メートル50本だけだよ!100分。楽勝でしょ?」
げ・・・
 
よし!目標は4キロ、4000メートルに決定!
今年中に一回4キロを目指して泳ぐぞ。
ガキに負けてられっか!
2時間はかかるな・・・
 
帰宅すると小豆とまめぢがベタベタ寄ってくる。
いやいや・・・お前たちを見捨てたわけじゃぁないんだ。
おいちゃんはね、行かなきゃならないんだよ・・・って、誰?
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 16:20


2006年7月31日
プールな気分と傷んだ猫

昨晩は熟睡かっ飛んだ。
(どういう日本語でしょ・・・)
まめぢがベッドの上に乗ってきて
添い寝してくれたところまでは覚えているのだけれど
その後、朝まで記憶喪失。
けたたましいと評判の携帯アラーム(B'zのライヤライヤ)が鳴り響くまで
ぐっすりと眠ってしまった。
めでたし、めでたし。
 
しかし、予想通り
朝起きたら、身体のあちらこちらが痛む。
いでででで・・・婆ちゃん、骨バキバキ・・・。
水泳は全身運動だ。
普段の生活では使わない筋肉も使う。
さて、この筋肉痛に有効なのがストレッチだ。
多少の痛みは我慢して
ゆっくり呼吸を整えながら
全身の筋肉を伸ばしていく。
あだだだだ・・・
やっている間は地獄の苦しみだが
終わった後は、とっても楽になっている。
 
本当は今日も泳ぎに行きたいところだが
生憎、本日週に一度の休館日ときた。
残念・・・とか言いながら、しっかり明日の準備をするワタクシ。
 
「真理さんってほんとっに、泳ぐの好きなんだねぇ〜。」
呆れた顔で斉君が言う。
「うん、ほんっとに好きなの!!」
満面の笑顔でわたしは答える。
だって好きなんだもん。
 
ずっと昔・・・何十年も前のこと
わたしは部活の顧問にスカウトされて
水泳部に入部した(本ブログ3月12日記載参照)
小学校の頃は選手として市の大会に出たりしてたから
もしかしたら早かったのかも知れない。
けど、いざ本格的に練習となったら
わたしのやる気は全く失せてしまった。
そんなことだから大会に出ても
平凡な記録しか出せない。
地区大会どまりの三流選手・・・。
期待はずれのわたしに顧問の対応は冷淡だった。
「なぁ〜にを優雅にお姫様泳ぎしてるんっすか!」
皮肉をたっぷりとこめてそんな風に言うのだった(拡声器でよっ!)
そう言いながら顧問はデッキブラシでプールの中のわたしの頭を
気軽にコンコン叩いたもんだ(何様だっ!?暴力教師めっ!)
ただ、これはお返しなんかしなかったよ。
 
消毒カルキの匂いを嗅ぐといつも思い出すんだよね。
あの夏のプールでの色んな出来事を・・・。
顧問はむかつくヤツだったけど
からかって遊んだことの方が多かったし
プールサイドでは恋の花も咲いちゃったし
とにかく面白くて楽しいこともいっぱいあったのだ。
いや、多分、面白くて楽しいことだらけだったのだ。
プールの煌く水面と水しぶきとカルキの匂いと強烈な日差し・・・。
どんな青春ドラマより
素晴らしく輝いていた日々だった。
濃密だったなぁ〜。
 
え?あの日に戻りたいか?って・・・
それはやだな。
あのシーンだけ切り取って
思い出のページに貼り付けておくのは構わないけれど
戻りたいとは思わない。
過去は過去だからこそいいんだよ。
 
思い出は思い出として・・・
わたしは多分、あの頃も泳ぐことは好きだったんだと思う。
小学校の頃は夏休みになると
午前中に学校のプールに通って
午後から市営のプールに行くのが日課だったくらいで・・・。
部活もあんなに厳しかったけれど(最低10キロは泳がされていた)
結局、毎日行ってたんだから
きっと泳ぐことは好きだったんだ。
けど、自由に泳ぎたかったんだね。
優雅と馬鹿にされようが、お姫様泳ぎと揶揄されようが
好きにさせて欲しかったわけ。
それが今は出来るんだから
夢中になるのも分かるでしょ?
 
誰にも邪魔されず、余計なことは何も考えず
好きなスタイルで自分のペースで
ずっとずっと泳いでいられる・・・。
ああ、快感!!
 
と、浮かれこいていたら
玄関脇の茂みに見知らぬ猫が一匹、潜んでいるのを発見した。
かなりひどい面構えだ。
ぶっさいく・・・。
片方の目が潰れかかっている。
元気もない。
しかし、近寄ろうとすると
思わぬ俊敏さで逃げていく。
どうしたんだろう?
 
人様にはお見せできない格好でストレッチをしていたら
ベランダから覗き込む目あり。
ぎょっ!
あの猫だ。
痩せているようにも見えるので
取り合えずキャットフードを置いてみる。
食べには来ない。
確認するとまた玄関脇の茂みで丸くなっている。
 
ふぅむ・・・。
 
暫く様子を見てみよう。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 12:37


2006年7月30日
水泳再開!

精神が傷んでいる人・・・っているよね。
 
心が傷つく、という言葉があるけれど
人って言うほど他者の言動によって傷つくものなのかな?と
疑問に思う。
みんなそんなに弱くは見えないけどな。
傷つき易い、と自称する人に限って
鈍感そうなのは何故?
 
わたしは、幸いなことに
かつて、他人に傷つけられるようなことはされた覚えがない。
 
親くらいだな。
わたしを本当の意味で傷つけることが出来たのは・・・
多分、親だけだったような気がする。
それももう無いだろうから・・・。
 
プライドを傷つけられることはたまにあるけど
その場合は、戦闘モードに突入するから・・・
自分の傷が気にならなくなるくらい
相手に痛手を負わせると思う。
たちわるっ!
 
けど、そんなわたしにも傷んでいるところは
やっぱりあるわけで・・・。
それは、自分の内面から膿み出てきた毒素で
自ら傷んでしまった傷なのだけど
精神が傷んだ人を見ると
そんな自分の傷が共鳴するのか
心が疼いてやり切れない。
むかむかするんだよね。
 
こういうささくれ立った気持ちを
ずっと抱えていることにわたしは慣れない。
苦手だ。
 
先日、ネットで調べて見つけておいた
中伊豆の屋内温水プールに行ってみることにする。
心がしぼみそうなときにはね
身体を動かすに限るのだ。
原始的発想だけど
試す価値は大いにあると思うよ。
 
仕事でせっかく楽しい思いをしたのに
傷んだ人のせいで
その余韻を消したくないんだよね。
 
距離としては車で片道30分のところに
そのプールはある。
去年、合併して出来た「伊豆市」の市営プールだ。
以前、通っていた宇佐美中学の
伊東市立プール(一昨年の台風で潰れてしまって再建のメドは立っていない)と
5.6分しか変わらないのだけれど
有料道路を通らなくてはならず
迂回路は山越えで選択肢としては考えられないから
その通行料が馬鹿にならないのだ。
で、ちょっと躊躇していた。
市民以外の利用も可能で料金も一律。
一回400円で営業時間内自由に泳げる。
2000円分のプリペードカードを買えば
更に割引で340円とは格安だ。
ガソリン代も込みで一回通うと1500円というところか。
あたたた・・・。
 
併設されているジムも利用できて
フリーパス券が一ヶ月4000円なんだけど・・・
どうしようか迷っているところ。
設備は充実しており
清潔で使い勝手も良く
すっかり気に入った。
 
久しぶりなので1時間かけて
ゆっくり1000メートルを流し泳ぎした。
きっもちいい〜〜〜〜〜っっ!
もぉねっ!
嫌なことなんか全部吹っ飛ぶね。
距離は少しずつ伸ばして
2000メートルが目標だな。
インターバルにビート版でキックだけの泳ぎも入れる。
以前は腱鞘炎でアームがほとんど遣えなかったのだけれど
今回は大丈夫。
ブレスト、バック、フリー・・・バタフライは傍迷惑だし
多分、もう出来ない。
いやいやいやいや・・・気分は最高っ!
 
「家に着いたんですけど・・・」
げげげ!
ナオトが帰ってくるの・・・忘れてたっ!
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 16:40


2006年7月28日
プレゼント

今回の来客はお子様連れで
夏休みごとにこれで3回目の来訪となるのだが
本当に他人の子供の成長は早い。
 
長男は今年3歳。
昨年までは傍若無人な破壊童子だったのが
今年は照れたりびびったり・・・
隙あらば悪戯してやろうと
目は忙しく常に何かを企んではいるが
ちゃんと大人の顔色を観察することも忘れない。
一人前に空気を呼んで
話題を提供したりもする。
それが明らかなだけに微笑ましくて
見ていて飽きることがない。
親の愛情が行き届いているせいで
本当に何時も上機嫌。
ああいう子供を見るのは気持ちの良いものだと改めて思う。
相手をして欲しいときに
むっちりとした手でわたしの腕を引き
「もう少しここにいてちょうだいよ。」なんて言われたひにゃ
もうメロメロですな。
「かぁ〜〜〜わいいぃぃぃ〜〜〜っ!」
 
ナオトまでが
「可愛いにもほどがある!」と呟いたくらい。
 
「自分の子だとそうもいかないのよぉ。」
育児真っ最中の母親が苦笑する。
そりゃそうかも知れないけどね。
こんな可愛い子をたまに見ることが出来るだけで
得した気分になれるんだよね。
 
お姉ちゃんは今年小学2年生。
ちょうど少女の入り口に立ったところ。
この子がまた、愛らしくて・・・
将来が約束されている、というのは決して大袈裟な表現ではない。
しかし、小学生ともなると
学校で遣っている流行言葉を口にもするし
生意気なことを言って親に反抗してみたりもする。
もちろんまだ全く罪がない。
恥じらいを覚えて、はにかんだ表情が
「お姉ちゃんになっちゃったんだなぁ。」としみじみ思わせるのだ。
父親(友人)は大変だろうなぁ。
 
それがね、パパったらば
娘を溺愛してしまうことを警戒するあまり
引き気味に対応しようとしている姿が涙ぐましいのよ。
本気で対抗してる部分もあるんだけど・・・大人げない・・・。
 
そのお姉ちゃんが
到着直後、もぞもぞと持ってきた箱・・・
「真理さんにプレンゼントなんですって。」
母親が笑う。
 
果物か何かが入っていた紙箱に
チラシに画を描いたものをラッピングしてある。
「?はてな?おみやげボックス?」
色鉛筆で賑やかに彩られている。
「なんだろ?
開けてもいい?」
こっくりと深く頷くと
彼女は逃げるように走っていってしまった。
「最近、照れることを覚えてねぇ。」
 
ラッピングをはがすと
中に手紙の包みが入っていて(それも不動産のチラシなんだけど)
「いずのおばちゃんへ  ○○より」
ウィンクして両手ブイサインで踊っている女性の絵←いずのおばちゃん
 
包みの中には様々なビーズを繋げて作った
ネックレス(「○○ちゃんが、首飾りを作ったんだよ。」と3歳児君が教えてくれた。)が
入っている・・・。
 
この仕事をしていると
色々な人とお逢い出来て
それはもう本当に素敵なことで
楽しくてたまらないのね。
(掃除だけは好きとは言いがたいけど)
それだけでも有難いこと・・・
こんな仕事にめぐり合えて、
超ラッキー♪だって本気(まじ)で考えてるわけ。
おまけにさ、時々、小さなお客様から
心のこもった手作りのプレゼントをいただいちゃったりするとね
実はうるうるなの・・・涙もんなのよぉ〜〜〜〜っっ!
 
ナオト流に言えば
「嬉しいにもほどがあるっ!」
 
「多分、あの子が誰かに自分からプレゼントしようなんて思いついたの
生まれて初めてじゃないかしら・・・。」
一生大切に持っていよう!
 
「あ、伊豆のおばちゃんはやめるように!
真理さん、と教えるようにね!」
親への注意は忘れないワタクシではある・・・。
 

Posted by mamedi5047604 at 13:35


2006年7月25日
ダミアンの呪いは続く

取り急ぎ・・・
昨日、夜勤明けで帰宅したナオトに
庭の草刈を依頼した鬼のようなワタクシ。
「この雨の中をですかぁ〜?」
「ぶゎ〜か!雨が降ってるからいいんじゃん。
炎天下だったら死むよっ!」
「ぶーぶー。」
それでも、職場でもやり慣れているナオトは
あっという間に仕事をこなす。
 
我が家の草刈とは、草払い機で一気に雑草を一網打尽にしてしまうこと。
 
さすが!
やれば出来る男じゃん!
 
ご褒美に、風呂上りの冷たいスイカを用意して
労をねぎらう。
ここポイントね!
 
ところが・・・
 
「いきなり職場から呼び出しですよ。」
「え?なんで?」
「普通、僕の勤務体制って日勤じゃないですか?
それを職場の人の都合で、夜勤を代わって上げたんですよね。
そしたら、職場に本社の人から連絡がきたみたいで
『なんであいつは休んでるんだ?』って・・・まぁ、それは職場の人が
説明してくれたからいいんですけど・・・」
「じゃぁ、問題ないじゃん。」
「それがですね・・・。」
ん〜〜〜〜〜!!じれったいなぁ〜〜〜!
「1月に起こしちゃった事故があったじゃないですか。
あの事故については、僕はもう処分も終わって
あとの処理は保険屋に任せるってことになってたんですが・・・。
どうもそれが上手くいってないようで・・・まだ示談が成立してないらしいんですよ。
示談だけに頭突きしちゃうぞ!・・・なんつって・・・。」
「・・・」
 
「それで本社の人がもう一度、被害者に事情を聞いて
頭を下げに行ったほうがいいんじゃないかっていうことになりまして・・・。
今日、これから熱海に来るから迎えに来いって・・・。
で、一緒に行こうっていうことになったんです。
はぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 
1月の事故は不可抗力の部分も大きい
まことに運の悪い事故であった。
(もちろん運転者としてナオトの責任は重大だが)
凍結した路面に軽トラックが滑り、
ガードレールに軽く当たってしまったのだが
その際に歩道を歩いていた中学生の女の子が
はずみで路肩の田んぼへ落ちてしまったというものだった。
直接、軽トラックとの接触があったのかどうか
被害者も認識していないということと
幸いなことに被害者の怪我が軽い打撲で済んだので
全てが穏便に進み
ナオトの罰則も減点5という人身事故にしては最低レベルだった。
あとの保障問題は保険屋に任せると被害者サイドからの同意も得ていた。
これ以外に、ナオトは本社からの見舞金などを持参して
何度か見舞いにも行っている。
またその姿勢を汲み取っていただいて
被害者も納得してくれていたはずだったのだが。
何があったというのだろう?
 
「眠いよぉ・・・しくしく・・・」
 
仕方ないね。
(ちょっぴり胸が痛いが・・・草刈をやらせてしまったので・・・)
「運転に気をつけていってらっしゃい!
それにしても・・・神輿を担いで厄払いしたはずだったのにね。
あんたに憑いている悪霊は強力なんだねぇ。」
「悪霊って・・・。
けど、まだ前厄ですから。」
「だから怖いよね。
これで本厄になったらどんなことが起こるんだろう?」
「・・・」
 
続き
 
夜遅く帰宅したナオト。
「どうだった?」
「それがですね・・・」
「うん。」
「留守だったんですよ。」
「え〜〜〜〜〜〜っっ!
電話して相手の都合を聞いてから行ったんじゃないの?」
(信じられん!)
「はい・・・僕もそれはどうかと思ったんですが・・・。
でも、留守だったことは想定内でして
名刺と菓子折りを玄関先に置いて
一応、誠意は見せたということで・・・後日、また改めて
伺うことにするというですね・・・。」
 
なんだかなぁ。
それで誠意って伝わるもんかねぇ。
夜の訪問ってそれなりに気を遣って然るべきなんじゃないのかなぁ。
まぁ、両親とも働いていて
夜でなけりゃ不在の可能性が高いとしてもさ。
 
全てにおいて、「運が悪い」とか「ついてない」とか
悪霊とかダミアンとか厄がどうとか・・・
関係ないんだよね。
50年生きているけど、本当に運の悪いやつなんて見たことがない。
本当はみんな気づいてるはずなんだ(よね?)
ろくでもないことが身の回りに起きるのは
不注意だったり、自覚が足りなかったり
段取りや詰めが甘いからだってことをさ。
それって、本人が一番分かってると思うからさ
敢えて突っ込むのも酷かな?って
運のせいにして「ついてないね。」って慰めているだけなんだよ。
ほとんどの事象には原因ってあるもんなんだ。
その原因をきちんと見極めて反省なり学習なりしていかないと
ずっと「ろくでなし」のまんまだぜぃ。
 
生きてるだけで儲けもん・・・いまだ見ぬ人生の大先輩のお言葉だけど
今、ここに存在しているだけで
滅茶苦茶「素晴らしい運」の持ち主なんだ。
ふんがっ!
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:19


2006年7月22日
久しぶりのダイビング

久しぶりにダイビングをする。
今回もナオトと一緒。
この時ばかりは、ダイバーKにべったり依存のワタクシ。
と言うか、彼についていてもらわなければ
わたしたちヒヨッコダイバーは潜ることが出来ない。
いつかナオトは独り立ちするのかも知れないが
わたしにはその気がさらっさらないので
どこまでも「女王様ダイビング」をさせてもらうつもりだ。
今のところ、ヨッパ、マンボとナイト(?)の控えも揃っている。
ダイバーKはインストラクターだし
ヨッパ、マンボもマスタークラスの経験と技術を持っているから頼もしい。
 
実は、去年ナオトの取ったライセンスは
オープンウォーターというもので
今はそれが最低レベルなのだが
20年前には、ベーシックライセンスという
それより1ランク下のライセンスが存在していた。
で、わたしが持っているのはそのベーシックというやつで
マスタークラスの人と一緒じゃなきゃ潜っちゃ駄目よ、というものなのだ。
「真理さんもオープン発行しますか?」
と、ナオトの講習の時にダイバーKに聞かれたのだけれど
お金がかかるから遠慮した。
機材も顔見知りのダイビングショップでほとんどただで貸してもらえるから
基本中の基本と言われる3点セットも買う気はない。
(シュノーケル、マスク、フィン)
いいのさ、お気軽ダイバーで。
 
今回、ナオトは度付きのマスクを作った。
シュノーケル付き。
9000円も値引いてもらったのにこっそり一言。
「たかっ!」
度つきレンズだもの、あったりまえじゃん!けけけ
 
レンタルのウェットスーツを選んでもらう。
これが体型をもろに確認させられちゃうんだよ。
前回のスーツは確かにちょっときつかったんだけど
我慢できないこともなかった。
けど今回着てみたら見るからにきつそうだったらしく
「もう1サイズ上のだな。」と
申告する前に変えられてしまった。
げ・・・
ダイエット撲滅運動・・・やめようかな・・・。
 
前回、潜ってから時間が空いているので
エントリーする前にシュノーケリングの練習。
霧のかかったはっきりしない天気だったが
海の中の透明度は抜群だ。
「残念だなぁ〜。これで日が射してきたら最高なんだけどな。」
ダイバーKが悔しがる。
いえいえ、この季節にこの透明度。
これ以上望んだら、そりゃぁ贅沢ってもんでさぁ。
「それに今日に限ってカメラ忘れてきちゃうしさぁ。」
うん、それはミスったね。
写真は撮って欲しかった。
 
水面には漂流したゴミがいっぱい浮いていた。
潮の流れのせいらしい。
理髪店のモデル用の頭だけのマネキン(男)が
顔半分焼かれて流されていたのが不気味だった。
こわっ・・・。
ナオトは巨大フナムシに怯える。
え?そっち?
 
しかし、海の中は美しかった。
ソラスズメダイのコバルトブルーがきらきら光る。
鯵の群れが横切っていく。
うつぼが不機嫌な顔でわたしたちを見送る。
 
水深20メートル近くでサーモクラインという現象を見る。
冷たい潮が流れ込んできている境界だ。
ゆらゆらとガラスの破片のような陽炎が一面にはりついている。
綺麗だ。
が、次の瞬間からだがきゅんと緊張する。
「つべてっ!」
17℃
透明度もいきなり上がる。
 
何処までも続く砂地。
小さなカレイの仲間(コウベダルマカレイ)を発見。
オキエソが偉そうに獲物を待って胸をそらしている。
ミノカサゴが優雅にむねびれを広げながら舞っているのも見える。
最高水深24.4メートル。
 
ダイバーK曰く、その先に急勾配の斜面があって
水深30メートルくらいまで潜ると
時々、トビエイが見られるのだとか。
「まぁ、まだ真理さんたちを連れて行くわけにはいきませんがね。」
ああ、そーですか。
 
けどね、正直言うと、わたしは魚がごちゃごちゃいっぱいいる
磯場のほうが好きなのだ。
水深7〜8メートルのところで放っておいてくれていいんだけど・・・。
「そんなわけにはいきませんっっ!」
ありゃ・・・。
 
イソギンチャクの中にラブリーなクマノミを見つけた。
南洋のカクレクマノミを主人公にしたアニメーションがあったが
実物も本当に愛嬌たっぷり!
馬鹿ナオトが追っかけまわして逃がしてしまう。
ったく!
クマノミちゃん、ごめんね。
 
41分でエキジット。
ダイバーK:「腰がいてぇ〜〜〜!
タンクが腰の傷に擦れるんですよ。」
わたし:「自業自得。
羽もないのに、飛ぼうとするからだね。」
ダイバーK:「しくしく・・・。
どうして飛ぼうとしたんだろ?
飛べる気になったんだよなぁ〜。」
知るかっ!
ダイバーK:「1週間も経つのにこんなに痛むなんて
相当重症なんだな・・・。」
わたし:「いや、歳ってことなんじゃない?
気をつけたほうがいいよ。
腰は大切だからねぇ。」
ダイバーK:「・・・」
ナオト:「またなんか言われてるんですか?」
そう言うナオトも肩の痣が痛々しい。
これは神輿を担いだ勲章だから誇らしげではあるが・・・。
 
2本目。
透明度が幾分下がるが、それでもダイバーの数が減ったので
魚影が濃くなってくる。
大きなひらめが砂を舞い上がらせ逃げていく。
う・うまそっ!
かなり小さいけれどエイの仲間もいた。
 
圧巻だったのはアオリイカの交尾と産卵のシーンだ。
シーズン的には少し遅かったのだが
年々ずれ込んでいるとのことで見ることが出来た。
海底に沈んだ流木の周囲を
雄雌一対になったアオリイカが取り囲んで泳いでいる。
それが10組ほどいるだろうか。
アオリイカは甲烏賊の一種で
ヒレが身体の全体をぐるりと囲むように付いている。
泳いでいるときは常にそのひれを
ひらひらと羽衣のように翻しているのだ。
最大のもので30センチいや、40センチはあるだろうか。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<マリンダイビングより転載>
 
息を潜めて静かに静かに近づいていく。
烏賊たちを驚かせてはいけない。
ぴったりと寄り添いながら泳ぐアオリイカたちは
身体の色をめまぐるしく変化させながら絡みあい睦みあう。
そして用心深く流木に卵の房を産み付ける。
その房が白い葡萄のように集まってゆらめいているのだ。
 
時間的に他のダイバーたちが上がってしまって
わたしたちしかいなかったことが幸いした。
水温が低かったので寒かったけど
ずっと見ていたい幻想的な光景だった。
でもね、心のどこかで・・・美味しそうだなぁ〜って・・・
ええ、ええ、思いましたともさっっ!
 
海の中まで晴れ女♪

Posted by mamedi5047604 at 16:30


2006年7月12日
匂い

そう言えば、先日新聞かアエラで
昭和懐古主義に物申す・・・といった内容の短い記事を読んだ。
 
「あの当時をいくら再現したつもりになっても
匂いまで付けるわけにはいかないから
それは完全じゃない。
あの濃厚な生活臭が漂っていても尚
人々は昭和30年代を賛美するだろうか?」
 
そう言えば・・・
トイレは汲み取り式だった。
バキュームカーが現れたのはわたしが小学校に上がってからで
それまでは、カトチャンよろしく農家の方が
桶を天秤棒で担いで汲み取りに来てくださっていたのだ。
トイレ・・・いや、便所の方があっているな・・・の汲み取り穴の周囲は
時々、糞尿で汚れ
石灰かなんかを撒いて虫が湧くのを防いでいたような気がする。
便所の中は当然いつも糞尿の匂いが充満しており
消毒薬を撒いたり、虫除けのボールみたいなものをぶら下げたりしていたけれど
夏場はかなり強烈だったはずだ。
はずだ・・・というのは、それほど覚えていないからだ。
便所での印象は視覚的なものの方が大きくて・・・あれは今でもちょっと怖い。
蝿さんの幼虫ね・・・。
 
換気扇がつく前は、調理の排気などはどうしていたんだっけ?
台所に行くと決まって色々なものがない交ぜになった匂いがして
それが当たり前だった。
これはよく覚えている。
あの頃、団地というものが出来て
そこでは最新式のシステムキッチン
(というにはあまりにお粗末なものだったと思うが)が取り付けられて
話題になったものだ。
ステンレス製のシンクが欲しいと母が言っていたのを思い出す。
我が家はタイルであった。
排水はそのまま流しっぱなしだったから
道の脇を流れるどぶは
いつだって強烈に匂っていた。
そこにはまって落ちたなんてことにでもなったら
大騒ぎだったのだ・・・経験者は語る。
冷蔵庫は見掛け倒しで要領が小さかったから
食べ遺したものを何でも入れておくというわけにはいかなかった。
よって、台所からは匂いの途切れることはなかったのだ。
 
ゴミは自宅の庭や、空き地で燃やしていた。
だから夕方になると決まって煙の匂いがした。
あれは、干した布団や洗濯物に煙の匂いが移らないように
時間を考えていたものだろう。
 
風呂だって、今から思えば
信じがたいほど汚れた湯に浸かっていたのだ。
毎日、お湯を取り替えるなんて
一般家庭ではありえなかった。
2日か3日は同じお湯を沸かしなおして使っていたのだ。
風呂屋もそうだったのではないだろうか。
決まって緑色の入浴剤を入れていたと記憶する。
あれは汚れ隠しだったに違いない。
 
きっとあの当時の日本人は
バリ島で集団発生したコレラになんか
感染しなかったんだろうな。
日本人だけに発症したらしいが
理由は日本人があまりに清潔だから、だそうだ。
 
鼻垂れ小僧は本当にいたし
それも青っぱなだった。
それを服の袖口で拭くのを見咎めたりするようなやつはいなかった。
ティッシュなんかなかったもの。
 
匂いの濃さは不潔さでもあったわけだね。
 
東京オリンピックを境に日本は大きく変わった。
生活臭はどんどん消えて
暮らしは清潔になっていった。
あの頃の生活に戻れるかなぁ。
無理だろうなぁ。
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:36


2006年7月11日
暮らし

昨日のことをちょっと引きずると・・・
ペットの発想でペットを飼うというのは可笑しな話だ、と思い返す。
人間はあくまでも人間として思考しつつ
ペットを飼うべきなのだ。
 
我が家の猫はネズミを見たことがない。
そうは言っても、見つけたら直ちに捕獲しようとするに違いない。
特に足袋は本領を発揮することだろう。
が、家畜として彼らを飼っているわけではないわたしは
きっとそれを止めるのだろう。
昆虫くらいのレベルなら
黙って猫たちの好きにさせておくけれども
ネズミクラスの大物だと
病気やウィルスや・・・そして確実にダニやら蚤は
彼らの体に寄生しているからだ。
うつされたらたまったもんじゃない。
なんと言う過保護!
しかし、それは違う。
わたしの場合、猫たちの危険を考えて、というだけの発想ではない。
その後の始末をしなければならない鬱陶しさが嫌なのだ。
少なくともそれは大きな要素となっている。
多分、一事が万事・・・。
 
夏恒例の別荘地内草払いが始まった。
一日中、草払い機のエンジンの音が聞こえている。
それに加えて
新しい子供が入園したのか裏向かいの教会の
ベビーホテルで赤ん坊の泣く声が
これまた一日中聞こえる。
 
ヒッキー君対策で去年はずっと窓を閉め切っていたのだが
今年は開き直って窓を全開にして風を入れることにした。
エアコンはどうにも苦手だし
第一、電気代も馬鹿にならない。
願わくば、ヒッキー君が「切れない」ことを祈る。
「痴漢撃退スプレー」が何故か手元にあったりして・・・。
 
それで外の音がダイレクトに聞こえてくるのだが
なんだか懐かしい生活音に感じる。
ちょっと前、1950年代後半から60年代にかけてを
賛美する映画やら何やらが流行ったけど
わたしが物心ついた当時は
住宅街にも結構色んな音が溢れていた。
そこかしこで上下水道の工事が盛んだったし
道路を舗装し始めた時期でもあった。
エアコンなんて付けている家はなかったから
みんな窓を開け放して
音は筒抜けに響いていた。
音と匂いでその家々の生活が
なんとなく分かったものだ。
 
そう言えば、匂いも今よりずっと強烈だったよね。
 
音も匂いもどんどん薄れて・・・
人の存在感も薄っぺらになったような気がするなぁ。
 
いつの間にか子供たちが
教会の前の駐車場にビニールプールを出して
水遊びを始めた。
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 11:05


2006年7月9日
呟き

わたしの住んでいる別荘地は
全体が小高い山になっており
植林された林と自然の雑木林が混然となって森を形成している。
そこには実に様々な生物が暮らしていて
昆虫の次に多いのが小鳥たちだ。
一年中を通して、実に様々な小鳥たちが
賑やかに囀り交わしている。
特に早朝から午前10時頃までの間と夕方の数時間は
食事時とあいまって姦しい。
 
我が家の雑然とした・・・と言うより、うっそうとした・・・庭には
大きな2本のオオシマサクラの木と
桑の木があって
毎年、今頃の時期はたくさんの実をつけて
小鳥たちの餌場となる。
そこへ台湾リスもやって来るから大騒ぎだ。
台湾リスの鳴き声は甲高く
ヒヨドリとの場所争いは正しく喧騒である。
メジロが巣立ちを始めたようで
親子連れで桑の実をついばむ様子は見ていて微笑ましい。
 
桑の木は洗濯物干しと隣接しているのだが
いまだかつて一度も糞害にあったことはない。
これは助かる。
せっかくのいい関係を壊すのは忍びないから。
 
人間の方が明らかに侵略者なわけだが
こちらも生活がかかっているので
全部を譲るわけにもいかない。
申し訳ないとは思いつつも
こちらの便利を優先させてもらっているのが現状だ。
 
ただ、わたしにはどうしても
木を切る・・・という行為が正しいものとは思われないのだ。
裏手にある大きな椎の木は
何度も知人に
「切った方がいい。家が傷むよ。」と忠告されたにも関わらず
枝打ちしたのは、家の外装工事をする時に
邪魔になるから、と業者に言われて渋々承諾したときだし
電線にかかって危険なので桜の枝を一部切らせて欲しいと
東京電力に頼まれたときも
本当に嫌々だった。
 
わたしは枝を張り巡らせた
古く大きな樹木が好きだ。
まだ若いであろう我が家の桜や桑の木も
もっともっと大きく成長していって欲しいと願っている。
100年、200年とこの地に根を生やして
豊かな森の一部となって欲しい。
 
時折、あまりに野放図な我が家の庭を見かねて
「もうちょっと何とかすれば?」と言う人もいるが
わたしはにどうも、庭を綺麗に整備して草花を植えようとか
家庭菜園でもやってみようなどという気はまるで起こらないのである。
第一、家事労働の中で掃除よりも嫌いなのは
草むしり・・・庭弄りというくらいだ。
(掃除だって毎日、半べそをかいてやってるのだ)
草むしりなどは10分もすると
飽きあきして放り出してしまう。
あれほど非生産的で不毛な作業はない、とさえ思う。
来客に体裁が悪いから・・・という理由がなければ
原っぱぜんとしている今の状態で構わない。
草むらにしゃがみ込んで虫の動向を追っている方が
よほど面白いのだ。
しかし・・・そうもいかないので
近々、斉君かナオトに草払いを依頼せねばならないだろう。
 
きっとわたしは狩猟採取民族の縄文人の末裔に違いない。
まめぢと森の中をずんずん歩いていく度にそう思う。
いつか定住農耕民族の弥生人に淘汰されていくんだな、きっと・・・。
 
「草むしりするのが面倒くさいだけで
よくそこまで能書きが言えるよね!」
げ・・・
 

Posted by mamedi5047604 at 09:31


2006年7月5日
会員制ストア

町田のはずれ、多摩境という駅のすぐ傍に
アメリカ資本の超大型会員制ストアがある。
年間4200円の会費を納めると会員になることが出来て
そのストアでの買い物を許されるというシステムだ。
一枚の会員証で3名までが入場できるのだが
会員証がないとそれが出来ない。
つまり店内を見て回ることすらNGなのである。
 
食料品が中心だ、と聞いて
わたしの好奇心がムズムズと動き出した。
貧乏生活に4200円はきついけど
やっぱり見に行かずにはおれない。
 
入り口に数人のスタッフが待ち構えている。
会員証の提示を求めているのだ。
持っていないと、新規会員申し込みのブースへと案内される。
門前払いを食らわされて文句を言いながら帰っていくひとたちも
ちらほら見かけた。
早速、会員証を作って店内に入る。
平日というのにかなりの客入りだ。
アメリカンサイズのカートを押しながら広大な店内を回る。
体育館のような、倉庫のような・・・そんな建物をイメージして欲しい。
異常に高い天井にすずめが何羽か飛んでいるのが可笑しい。
 
ダンボールから出しっぱなしの陳列棚。
どれも特大で、一般家庭には馴染まないかも知れない。
価格は、比較的安価に設定してあるが
目玉商品は、業務用の食材に多い。
さすがに輸入品は安い。
 
太白ごま油(白)2リットル、エキストラバージンオリーブオイル2リットル
ゴールデンヨット(強力粉)5キロ、オイスターソース1リットル
スィートチリソース750ml.食器洗い機用洗剤1キロ、
アイムスラムアンドライス15キロ、アイムスチキン毛玉ケアー3キロ
丸大豆特選醤油2リットル、ピエダングロアチーズ一個
フランクフルト2種
弾性ストッキング2足
お買い上げぇ〜〜〜♪
(40色サインペン入りの塗り絵セットが欲しかった・・・)
 
店内の飲食はもちろんホットドッグとかピザとか
そんなものなのだが・・・これが安い。
ソーダ類のみ放題で、ビッグサイズ(オニオン、ピクルス載せ放題)のホットドッグが
270円弱・・・これだけで充分な質量だ。
 
因みにダイソンの掃除機が
価格コムで調べた最低価格より
セール中だったこともあって13000円も安かった。
買わなかったけどね・・・。
 
この日、本当は斉君が使い捨てコンタクトレンズを町田に買いに行く、というので
ついて行くことにしたのだった。
「わざわざ町田まで?」
そう、その通り。
何故なら、町田まで行かないと
(厚木にもあるかも知れないが・・・小田原にはない)
使い捨てコンタクトを安売りしている店はないのだ。
同じメーカー品で定価8000円の品が
安売りの店に行くと4700円で買える。
使い捨てコンタクト(一日)は3ヶ月までまとめて買えるので
交通費を使っても町田に買いに行った方がお得というわけ。
で、昼食に「台湾料理」を食べよう!という計画だった。
ところが・・・コンタクトレンズの店に行ったら・・・
「本日定休日」の看板が・・・。
「え・・・」
 
コンタクトを買うときには
必ずその前に眼科医の定期健診を受けなければならないのだが
その診察券に
「定休日水曜日」と大きな文字で明記されているではないかっ!
「なんだよぉ〜〜!」
いや、それはわたしの言う台詞・・・。
 
注)伊東から町田まで高速を使って2時間半かかる。
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:45


2006年7月3日
そりゃ婆にもなるわ・・・

我が家の金食い虫(って自業自得なんだよぉ〜ん)
そして、災害シェルターでもあるエルグランドが
先日発表されたニッサンのリコール対象車になっていたので
予約問い合わせの電話を入れたら、今すぐに出来るとのこと。
ブレーキの部品を交換するとかで、1時間ほどの工程らしい。
暇でもあるし、読みかけの米原氏の本を一冊携えて
鼻唄まじりに出かけた。
 
営業所に着いて車を降りようとすると
前に停まっている古いグロリアの傍らから
作業服を着た男の人がこちらに近づいてくるのが見えた。
わたしはてっきり日産の整備工場の人だとばかり思って
「あ、先ほどお電話しましたぁ・・・。」と、営業用の声でそこまで言ったら
「へっへっへっへ。真理さん、なぁに言ってんのぉ〜。」
 
ん?なんじゃ?その慣れ慣れしい笑顔は??
「わっ!忠重じゃん!」
そう、それは消防署の制服に身を包んだ一人の見知った青年だったのだ。
けど、整備工場のお兄ちゃんが来ている作業服に似てるよ、それ・・・。
「どうしたのぉ〜?!」
「真理さんこそ、どうしたの?」
お互いに目的を言い合う。
彼は、消防署の車が故障したので修理を依頼しに来たと言う。
「もう、何年ぶり?
5年くらいにはなるよね?余裕で・・・。」
「なによ、真理さん、変わってないじゃん。」
・・・あんた、変わったわね・・・
「随分、大人になったじゃんか。」
「だって、子供が小学校の上が3年生で下が1年生になるんだよぉ。」
な・な・なんとっ!!
 
彼は、わたしが以前やっていたペンションで
アルバイトとして働いてくれた地元の高校生の一人だ。
どういうわけか、うちで働いてくれたアルバイトは
伊東市内のとある高校の陸上部員と決まっていた。
一番学年が下の彼は
みんなのマスコット的存在で
尚且つ、全国高校陸上の選抜選手になるほどの実力の持ち主だった。
高校を卒業すると
推薦の話もあったのに大学への進学はせず
一度は神奈川の自動車部品工場に就職して町を出て行った。
が、その後市内の消防署職員試験に合格し
地元に舞い戻ってきたのだ。
結婚するまでは、ちょくちょく我が家にも遊びに来ていたのだが
家庭を持ち、子供が生まれた頃くらいから
徐々に足が遠のいていった。
 
しかし、人懐っこい笑顔は確かに昔のままだ。
斉君の一つ下だから、今年35になるはずだ・・・げっ!35ぉ〜〜〜っっ!
あの、可愛らしかった「くり坊」が・・・。
小学生の父親になってること自体信じがたい・・・。
よく見ると、目じりに深い皺が刻まれていて
この辺でよく見かける、所謂「漁師顔」をした親父に
少し近づきつつあることが見てとれた。
 
「最近、サーフィンやってる?」
「いや、近頃は釣りに嵌ってるさぁ。」
おお、やっぱり・・・なんだい、なんだい、正しい伊東の親父じゃないか。
「真理さんも釣りやってたよね?
今も行ってる?」
「ううん、ここ3年はちょとやってないなぁ。」
「そうなんだぁ。俺、今、イサキやってる。」
 
彼と一緒にやってきた上司を放ったらかしにして
二人で近況報告会。
アイスコーヒーも出ちゃうし・・・。
1時間はあっと言う間に過ぎていった。
「猫とか犬とか、どうした?」
「いるわよぉ〜。見る?」
携帯に取り込んだ犬猫の画像を見せる。
「これなに?」
「あ、足袋ちんがトイレでうんちしてるとこ!」
「はははは!」
 
「また、遊びに行くよ。」
「うん、おいで、おいでぇ〜!」
 
久しぶりの再会で楽しいひと時を過ごした。
けど・・・忠重が変わったくらいにわたしも変わったのかなぁ。
自覚の問題じゃぁないのか。
いぃぃぃ〜〜〜〜〜・・・。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 18:02


2006年6月29日
地震対策

テレビで地震対策の特集番組を放映していた。
幾つかの設問にゲストが答え
その解答に点数をつけて
「巨大地震の際の生存率」を出す、というものだった。
過去の巨大地震の被害状況から割り出したものらしいが・・・。
 
けどねぇ・・・関東大震災クラスの地震が起きたら
生存率なんて言っていられないんじゃないか?と、わたしは思う。
関東大震災は、双子地震と呼ばれ
東京付近直下と神奈川西部にマグニチュード7以上の地震が
僅か数秒の時間差で起こったものだった。
しかも余震で震度6はあったというから
耐震強度偽装マンションじゃなくても
充分に倒壊の危険性がある。
だって、その余震が一日中続いてたって記録に残ってるんだよ。
いやぁ〜、無理っっ!
どんなに頑丈な建物でも
ほとんど原型はとどめていないものと思う。
 
そうして沿岸部を襲った津波も
半端なものじゃなかったらしい。
因みに伊東市もすっからかん・・・瓦礫と化してしまったらしい。
ここに貴重な当時のビデオ映像がある。
ちょっとご紹介。
http://edu.city.sasayama.hyogo.jp/video/kensaku/kantodaisinsai.html
これ観たら、何をやっても無駄なんじゃないか、とさえ思う。
もちろんそんなことはないわけで
こんな地震が起こる方が珍しいんだから
阪神淡路大地震や中越地震クラスのもので
命を落とさないように生き残るべく
日々、注意を怠らず
防災の心構えをしておくことは
とても大切なんだと声を大にして言っておきたいのだが・・・・。
 
先日の川奈沖群発地震で
わたしはかつてないほど大きな揺れを経験した。
震度5強はあったと認識しているが(一部では、ある一帯において
確かに震度6弱はあったんじゃないか、という噂が現地に流れている)
木造住宅の場合
「とにかくまずは屋外に逃げること」って言うけど
動けないってば・・・。
しゃがむとか伏せるとかいう行動は出来るだろうけど
移動するなんて無理、無理。
ベッドの上に起き上がることすら出来なかったもん。
まめぢだって、伏せたままひぃひぃ鳴いているばかりで
小豆だけがオシッコ漏らしながら部屋の中を飛んでいた。
 
「うちにはさ、シェルターはあるんだから
生き残ったら困るのは水だから
水だけは確保しておこうよ。」
ついに斉君までエルグランドをシェルターと認知した夜・・・。
「そうだね。食べ物はドッグフードとキャットフードが売るほどあるもんね。」
そうか、そうだったのか・・・ドライフードって非常食にもなるんだね。
 
伊東の漁師から聞いた話
関東大震災の日、ちょっと沖まで出て漁をしていた。
夕方、港に戻ろうと陸地に近づくと
おびただしい木片、家財道具、諸々が海に流されていて
ただごとではないと思った。
陸地が見えるところまで来てみると
何も残っていなかった。

Posted by mamedi5047604 at 12:23


2006年6月28日
祇園祭り

わたしにとって4回目の祇園祭が近づいてきた。
今年は、自分の不注意が原因で
車の修理をしなければいけない事態が生じ
思わぬ出費をしてしまったがために、危うく行けないところだったのだが・・・
捨てる神あれば拾う神あり・・・この例えは絶対間違ってるぞ、おい・・・
何とか参加可能となったのだった。
 
素直に喜ぶわたくし。
 
今回の祇園祭は、ナオトもデビューさせていただくとのことで
ちょっぴり保護者気分もあったりする。
神輿の部では、いつも最初と最後だけの見物を決め込んでいたが
担ぎ手たちの「ちゃんとサポートしてよ!」との声に
今年は4時間あまり、神輿について歩かねばならない。
冷たいお絞りや、ミネラルウォーター、ちょっと一口摘めるものも
用意しなければならないようだ。
しかし、不注意、不運はわたしだけではなかった・・・。
祇園祭のリーダーとも言えるマンボがゴルフのバンカーに落ち骨折。
G.Wのダイビングでヨッパちゃんがぎっくり腰。
2人も欠場者が出てしまったのである。
あらあら・・・。
せっかく「木札」がもらえることになっていたのにねぇ。
 
5年連続で神輿を担ぐと
首にかける「木札」がもらえるのだ。
錦の法被に真っ白な晒し、そこに木札がぶら下がっていたら
もう完璧!
だったはずなのにねぇ・・・残念。
 
祇園祭というと山鉾巡業、というイメージが強いが
実は夜の八坂神社から出る神輿の神事がメインであることは
純粋に「神事」であったがために
あまり知られていない。
観光化されていなかった、ということだ。
最近は、ちょっとメジャーになってしまい
地元の方々には、大変不評をかっている。
「地元のお祭りやのにぃ〜。」という声を耳にすることが多い。
すんません・・・。
 
色々な神輿を観てきたけれど
八坂神社の神輿が一番しびれるな〜。
女人禁制なんだけど、女人に向けて男たちが担ぐ、っていうのが
なんか気に入っちゃってるわけ。
http://web.kyoto-inet.or.jp/org/yasaka/mikosi.html
神事故、詳しくは書けませぬが・・・。
 
中には「三社祭」の神輿に比べたら・・・とか言う
無粋な輩も見かけるが
祭りを比較すること自体ナンセンスで
だったら来るな!とわたしは言いたい。
三社祭の勢いで、こんな大きな神輿が担げるわけないのだ。
何トンあると思ってんだ、っつうこったね。
担いでみりゃ分かるんだろうけど・・・
もちろん、そうそう担がせてもらえるものではない。
 
「お上」とは関係のない
庶民の力だけで続けてきた祭りだっていうところにも
わたしは惚れちゃってる。
コンチキチン・・・もう、頭の中で鐘の音が・・・ん?耳鳴り?
 

Posted by mamedi5047604 at 14:33


2006年6月23日

わたしが花の写真を撮り始めたのは
デジカメとの出会いがあったからだ。
それは行き着くところパソコンである。
パソコンがなかったら・・・わたしは何をやっているだろうね・・・今頃。
 
それまでのわたしは
写真にも花にも特別な関心はなかった。
それが証拠に、普通のカメラしか持っていなかった頃の
まめぢの子犬時代の写真は数枚しかない。
アルバムを覗いて見ても
花の写真なんか一枚もないのである。
 
デジカメの良さはなんと言っても
画像がその場で確認できることだ。
また、パソコンに移せば、見ることも出来るし保存も修正も出来る。
プリントアウトすれば好みの写真があっと言う間に手に入る。
失敗した画像は惜しげもなく捨てることが可能だ。
だから、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる方式で
思う存分バシャバシャシャッターを切ることが出来るのである。
 
そんな気軽さがあって
恥ずかしげもなく花の写真を撮る、などという暴挙に出たわたしだった。
 
嬉しいことに、花はどれもみな、飛び切りべっぴんで
素晴らしいモデルたちなので
撮り手が下手でも何とか見られる写真になってくれる。
そうしてバインダー越しに花たちの表情を見ていると
ひょっとした仕草に「誰か」のイメージをだぶらせている自分に気づく。
 
それは例えばフリージア・・・
あざみ・・・菜の花・・・薔薇・・・紫陽花・・・
 
最近は花に限ったことではなくなってきたのだけれど。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 13:06


2006年6月22日
土用に休む鰻や

下田の港町の端っこに小さな鰻やが一軒ある。
創業は昭和に入った間もなく・・・東京神田。
その後、日本橋に移り
2,26事件を契機に下田へ移住してきたものという。
狭い間口の引き戸を開けると
こざっぱりとした椅子席が十ばかりと
奥に6人も座ればいっぱいの上がりがあって
2階に畳敷きの客席があるだけの店だ。
 
小柄だががっちりした骨格の
70は過ぎたであろう親父が
「いらっしゃいっ!」と歯切れの良い声で迎えてくれる。
 
「待つのも楽しみ」と書かれた色紙が一枚。
どうやら此処は、正しい鰻を食べさせてくれる店だということが分かる。
 
メニューはシンプル。
鰻重、松、竹、梅。肝吸い付き。
白焼き。
柳川。
肝煮。
お新香。
ご飯。
肝吸い。
以上。
飲み物はビール、日本酒、自家製梅ジュース。
 
早速、鰻重の竹を注文する。
松竹梅の差は鰻の大きさ、目方の差だ。
店と厨房を仕切る真ん中にタライの置かれた流しがあり
水をかけ流しにしてあった。
タライの中には鰻がのたくっている。
件の親父がやって来てこれと選んだ鰻を
器用に掴んで持ってきた手桶に入れる。
客の注文を聞いてから鰻をしめるのは鰻やの常識だ。
う〜ん、正しい!
 
さて、鰻がさばかれ、炭火で炙られ
蒸されて更に炭火で焼かれるまでの間
ビールを一本と肝煮、お新香で凌ぐことにする。
 
この肝煮が旨い。
時雨煮とはないので
しょうがなどの臭み消しは一切入っていないのだろう。
なのに生臭みなどとは程遠い。
薄く淡く醤油できりっと煮あげている。
肝が新鮮だからぷりぷりして
口の中を逃げ回るほどだ。
粉山椒を振ると旨味が一層増すのは良く出来たものだと思う。
お新香はみな浅漬けで、旬の蕪が美味しかった。
 
ゆっくりゆっくり待つこと30分。
「お待たせして申し訳ありやせんね。
もうすぐ出来ますんでね。」
いかにも頑固そうな親父が笑うと
なんとも愛嬌のある顔になる。
そこからもうちょっと待って
やっと現れた鰻重。
 
鰻はふっくらとあくまでも柔らかい。
タレは濃くなく辛口だ。
しっかりと脂が乗って香りの高い鰻だが
口に入れた瞬間にほろりと溶けてなくなってしまう。
そのくせ切れがいいと言うのか
後味がさっぱりとしていくらでも入る。
タレの甘みを抑えている分、
鰻本来の甘みが充分に分かるという寸法だ。
ご飯の加減もちょうど良く、これも絶品。
いやぁ〜、嬉しいねっ!
 
で、この店。
一年のうち3日しか休まない。
正月元旦2日の二日間と「土用の丑の日」
なんとも粋じゃねぇかいっ!おいっ!
 
こういう店を見つけると
とっても幸せな気分になるのだった・・・うふ。
え?何て名の店だって?
自分で探すのもおつなもんでござんすよ。

Posted by mamedi5047604 at 09:15


2006年6月21日
紫陽花公園

伊豆半島の突端に下田という町がある。
美しい砂浜が有名な白浜海岸のすぐ先だ。
御用邸と水仙の群生で知られる爪木崎も下田市内にあたる。
ペリーが黒船で来航した地として歴史にもその名を残している。
温泉場としても名高い観光地だ。
と、まぁ・・・そんなところかな、下田の説明って・・・。
 
黒船や露西亜の船の来航は
鎖国していた当時の日本にとって大事件だったはずだから
江戸末期は話題の発信地だったのだと思う。
それらにまつわる様々な事件や出来事が
史跡として保存されているので
ぶらり散策するのも面白い。
唐人お吉の話なんか知ってるかなぁ?
興味のある方はどうぞ↓
http://www.i-younet.ne.jp/~hofukuji/
いやはや、男尊女卑が大っぴらにまかり通っていた時代に
生まれなくて良かった・・・杞憂だけどね・・・。
 
そんな下田の港を見下ろす岬に
昔、海賊城があったのだそうだ。
海賊と言っても所謂盗賊の類ではなく
北条氏の命を受けて海の見張りを担っていた。
今は石垣だけが残り、城址公園になっている。
そこに150万株の紫陽花が植えられているのだ。
後日、本HPに画像をアップしたいと思っているが
数百万の紫陽花は圧巻であった。
 
紫陽花と言えば・・・わたしの心にいつも思い浮かぶのは
フリップ・フランツ・フォン・シーボルトのことである。
彼は江戸時代末期、オランダの商船に乗って長崎の出島にやってきたドイツ人医師だ。
まぁ、詳しいことはhttp://www5a.biglobe.ne.jp/~kaempfer/k-hanashi/shiborut/shiborutjiten.htm
子供にも分かり易くシーボルトの紹介をしている。
ここでも語られているように
シーボルトは日本で「おたき」という女性と暮らしていた。
やがて二人の間には「いね」という娘も生まれるのだが
シーボルトはある事件をきっかけに国外追放になってしまう。
母国に帰ったシーボルトは日本で集めた様々な資料を編集する。
そのひとつに「フロラ・ヤポニカ」という植物図鑑がある。
中でシーボルトは紫陽花に「ハイドロジャオタクサ」(おたきさんの花)と名づけ
紹介しているのである。
もっと早く、シーボルトより15年ほど前に
イギリス人の誰それが日本から紫陽花を持ち帰り
ヨーロッパに広めたという事実があるにせよ
そういう因縁があって、わたしは紫陽花を見ると
シーボルトにまつわる逸話を思い出してしまうのだ。
 
シーボルトの娘おいねは
後に日本初の女医となる。
そして30を過ぎた頃に
再び日本の地を踏むこととなった父、シーボルトと再会を果たす。
それまでの経緯を綴った「オランダおいね」という物語は
テレビドラマにもなったので知っている人がいるかも分からない。
正式な医師とはならなかったものの
彼女は明治天皇の第一子の出産にも立ち会っている。
おたきもシーボルトも、その後別の人と結ばれ
それぞれの家庭を築くこととなるが
シーボルトは最期まで
おたきといねの頭髪を入れたロケットを大切にしていたという。
そんな話を過去にHPで紹介したとき
わたしはその末裔に繋がるひとと知り合う。
縁とは不思議なものだ。
 
また、シーボルトは日本にピアノをもたらした人でもあった。
以前、舞台「ピアノのはなし」をHPの掲示板でしたことがあるが
そのピアノの原型はなんとシーボルトのピアノだったという。
縁の深さを改めて思う。
因みに原作は「ピアノは知っている」という物語なので
興味のある方はご一読を。
 
「オランダおいね」も「ピアノのはなし」も心に残る話だとわたしは思う。
 
というわけで・・・あなたのために紫陽花を今年も撮ってきましたよ。
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 13:12


2006年6月19日
田舎暮らしU

Tでは、田舎暮らしのマイナス面ばかりを書いた・・・と
思われているかも知れない。
が、実はそんなことはないのである。
だって、でなかったら
わたしがこんなに此処の暮らしを愛してるわけないでしょ?
 
前回も書いたように
ある一定の条件さえ満たせば・・・
またはその条件を越える要素が何かあれば
田舎で暮らすことは素晴らしく居心地の良いものだ。
 
まず、わたしは自分の家を持っている。
田舎で暮らすためには自分の持ち家を所有する、ということが
大変重要なポイントとなる。
それも地元民が多く暮らす集落から離れた別荘地に・・・だ。
たまたま隣にヒッキーが住み着いてしまったが
そうでなければ、こんなにのんびりした場所はない。
隣近所からの好奇心に満ちた目がない。
詮索することもされることもないのだ。
ゴミ屋敷にしてしまったら問題だろうが
庭に雑草を生やし放題にしてたって
誰にも文句を言われない。
 
地元民の集まる飲み屋を一つ二つテリトリーに入れて常連になっておけば
飲み仲間というのは案外気さくに付き合ってくれる。
程ほどの距離・・・程ほどの付き合い。
これが「ちょうどいい」
 
空気は美味しいし、水も美味しい。
一日中、小鳥の囀りが聞こえ
一年中、花が咲いている。
窓を開ければ居ながらにして森林浴が出来るし
散歩がてら数十歩歩けば
富士山が見えて海も見える。
時間があって天気が良ければ
釣竿を車に積んで海までひとっ走り。
日がな海に釣り糸を垂れるのもいい。
ここでは渓流釣りも出来るから楽しい。
釣った魚の刺身は格別だ。
天ぷらも旨い。
(滅多にそんな大物は釣れないが・・・)
 
わたしには全くその気はないけれど
庭に作物でも植えれば
野菜くらいは賄えるだけ収穫できるかも知れない。
 
海から登る月を眺め
夕焼けに染まる稜線を見る。
満天の星空・・・ミルキーウェイ・・・
流星群に憧れなくても
一晩中、星空を仰いでいれば
星屑はいくつも流れては消えて行く。
詩人でなくても詩的になれる。
 
誰にも逢わないから装う必要がない。
(但し、地元民女性は都会人よりもばっちり化粧をするので念のため)
 
桑の実を摘んでパイを焼く。
あるいは山椒の実で佃煮を煮る。
晴耕雨読も思いのまま。
もちろん僅かだが生活していけるだけの収入があるから・・・。
 
何より、この地を愛しているってことが全てだと思うけどね。
伊豆の透き通った海が
何処にいてもわたし視界に映っている・・・くらいに・・・。
だって、いつか死んでしまったら
当然だけど伊豆の海に散骨してもらう予定だから!
骨を埋めるんじゃなくて沈めるのだ。
そういう場所があったら、それだけで人は幸せになれるんだと思う。
∴わたしはとても幸せなヤツに違いない。
 
しかし、それって田舎じゃなきゃ駄目なんだってことも
ないような気がするなぁ・・・。
 
蛇足
田舎に暮らすなら
ゴキブリの一匹や二匹にガタガタ騒がない。
毛虫が空を飛んできて洗濯物にくっついてのたくってても
笑って払うくらい出来なきゃならん。
車に鳥の糞がくっついていようと
玄関を出ただけで蜘蛛の巣が顔に貼り付こうと
掌サイズの昆虫がごちゃまんといようと・・・
そんなことでビビッてはいけない。

 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:32


2006年6月18日
田舎暮らしT

友人の夫君が
田舎での自給自足の生活に憧れている、という。
この場合の田舎って
どれくらいのレベルなのか、ちょっと分からないのだけれども
わたしは今住んでいる此処・・・東伊豆伊東市郊外・・・を
充分に田舎だと理解しているので
それを踏まえた上で
田舎暮らしの実態を紹介してみたいと思う。
 
まず、田舎に暮らす人々が
のんびりしている、という定義は
全くの誤解であることを先に述べておきたい。
都会に比べて・・・という比較論もナンセンスである。
生活ってそんなに甘いもんじゃない。
それは何処にいたって同じなのだと思う。
 
確かに都会よりも田舎の生活の方が金がかからない、かも知れない。
しかし、それは「そういう生活をすれば」という前提があってのことで
ティッシュやトイレットペーパー、洗剤などは
同じ品なら競争の激しい都会の方がはるかに安いことの方が多い。
自給自足と言っても、そういった生活必需品は
やはり現金がなければ買えないのだ。
井戸水使ってたって、今日びポンプで汲み上げるのが常識。
ポンプは電気で動くのだよ。
電気やガスを全く使わないで生活するのは
並大抵の労力ではない。
ダッシュ村が本当に日々、ああいう生活をしているのだとしたら
若い労働力がめいっぱいあるからなのだと思う。
田舎暮らしでも現金収入は重要な比重を占める。
でなきゃ、出稼ぎなんてしませんって。
(しかも現金収入を得られる場所が近所にないのも田舎)
 
確かに、田舎は人口の少なさゆえにごみごみしてることはない。
空気も水も綺麗だ。
静かで自然に触れる機会も多い。
わたしがここの暮らしを愛しているのも
そういった理由からだ。
しかし、人口が少ないからこそのデメリットも大きい。
まず、まともな医療を受けようなどと思ったら大間違い。
これは体験上からも言えるが
健康でなければ田舎での暮らしは無理と心得るべし。
都会から僅か2時間の、この伊東でさえ
緊急手術ともなれば山一つ越えた大学付属病院へ行かなければならないのだ。
交通手段も自家用車が頼みだ。
バスなんて1時間に一本だし、最終は8時に行ってしまう。
老人パスでも持っていれば別だが
そうでなければバス代も高い。
田舎暮らしに運転免許は必需品。
もちろん自家用車も必需品。
逆エコロジー。
 
田舎の人がのんびりしているというのが誤解なら
田舎の人が「みんな素朴でいい人たち」だというのは錯覚。
人の善し悪しは、純粋にその人格によるものだ。
都会の人間関係に疲れた、という理由で田舎に来る人がいるけれど
たいてい「田舎に住む都会人」になるに過ぎない。
田舎の地元民からすれば
ただのものめずらしい「よそ者」なのだ。
都会の人間がどんなものか好奇心丸出して近寄ってくるだろうが
親切心だけではないと予め肝に銘じておいた方がいい。
田舎暮らしに不慣れな都会人に親切にしてくれるのは
都会人に指導できる優越感に浸れるから、という本音も
ないわけじゃないんだからね。
それが証拠に従順さを欠いたら
恐らくそこに住んでいることは難しくなるだろう。
人間関係の濃密さは血縁関係ともあいまって
「八つ墓村レベル」だと言っても過言ではない。
 
わたしから見たらモロに地元民に見える
ある友人の話・・・。
彼の一家は40年ほど前に伊東にやってきた。
地元の中学、高校を出て(大学は東京だったが)、地元の女性と結婚し
地元の漁業組合に勤めている。
にも関わらず「俺はよそ者だからさ。」と言う。
「ここの連中はね、3代住まなきゃ地元民とは言わないんだよ。」
江戸っ子かいっっ!
わたしのように、いかにも「地元じゃないもんねぇ〜。」と生きているならまだしも
地元に根付いて生活しているように見えてもそうなのだ。
そして此処は、農業を中心とした町ではないから
まだ「開放的」な方なのである。
山の民はもっと閉鎖的だよ。
地べたに固執しなきゃならんからねぇ。
 
因みに・・・田舎には通り魔的殺人事件はないだろうが
一家惨殺、一村皆殺しの確率は高いのだよん。
 
のんびりゆったり田舎暮らしをエンジョイするには
そういう暮らしを維持するだけの現金収入があること。
(現金そのものでも可)
健康で病院にかかる心配がないこと。
誰とでも人間関係を上手く繋げていける柔和な人であること。
プライバシーなどというものに無頓着で
鍵をかけない暮らし(いつ何時他人に上がりこまれても気にしない〜♪)が
平然と出来ること。
 
そして田舎が楽園などとは決して思い込まないこと。
・・・世界的に見ても日本は自殺率の高い国なのだが・・・
その日本国内の自殺率トップランキングベスト10は
都会を抱えていない「田舎」と呼ばれる県であることを付け加えておこう。
 
いいとこなし?
ううん。
いいよぉ〜、田舎は・・・。
わはは
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 12:43


2006年6月16日
もの想う雨上がり

ご連絡
明日の午前中、サーバのメンテナンスで
このページが一時閉鎖されるらしい。
ご了承下さいまし。
 
ものごとに囚われないひとは自由でいい。
逆に信念を持って生きるひとも
きっとその心は自由なのだと思う。
わたしのようにどっちつかずの人間は
自由に憧れているだけで
結局、少しも自由ではない。
 
本当に自分のやりたいことを目指すなら
下らない拘りなど捨て去るべきだ。
つまらないことに囚われず
確固たる目標を持って
自由に生きることが出来たらどんなに素晴らしいだろう。
 
小市民だからなぁ・・・。
 
つい足元のぬかるみを気に病んでしまうわけよ。
目先の欲に目を奪われるとも言うしね。
 
突然、どうしたのか?と問われれば
まぁ、たまには自省も必要かな?と思ってね。
因みに、落ち込んでいるのとは全く別の精神状態なのでご心配なく。
仕事でござる。
でわっ!
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:00


2006年6月15日
ネタに事欠かないナオト

先日から楽しみにしていた(その割には初戦に間に合わなかった)
サッカーワールドカップ、日本代表の公式ユニフォーム。
何故か玉田・・・なんだけどね。
ネットで買ったんだそうだ。
1万5千余円もしたのだそうだ。
今日、宅配便で届いた。
「これでクロアチア戦は勝ったも同然!」
早速着用して一言。
お気楽なやつだよ、お前は・・・。
 
いつになく機嫌が良く
リビングに居座って喋り続ける。
ユニフォームがよほど嬉しかったのだろう。
 
「初心に帰ってカミカゼ特攻隊でいこうか、なんて
考えてるんですよね。」
え?
話の脈絡が全く分からん。
いい加減に聞き流していたとは言え
そりゃ、お前唐突過ぎるというものだ。
「ん?なに?」
 
「いや、ちょっといいなって思って・・・。」
 
え?え?なに?
「何処のひと?」
 
「K(市内にあるホームセンター)の人でですね
時計とかカメラとか売ってるカウンターの中にいるんですけど・・・。」
「そんな可愛い子いたっけ?」
「いや、だいたい僕がいいなぁ、って思う人は
みんなに言うと『え〜〜?』って言われちゃうんです。」
「だってあんたって伊藤美咲が好きだったんじゃ・・・。」
「そんなの追っかけてたら永久にチャンスなんてありませんよ。」
あれ、現実的なのね・・・。
 
「あ〜〜〜〜っっ!分かったぁ〜〜!
結構、細くて小柄な子でしょ?」
「あ、そうそう。髪の毛が黒い子ですよ。」
「うんうん。てきぱき働いてる子。」
「そうそう。でへへへ。」
「へぇ〜〜〜〜。
でも年上じゃない?」
「うん、そうかも・・・。それにああいう人って
だいたい僕のようなのはあんまり好きじゃないんですよね。」
ぼ・ぼくのようなのって???
ぎゃはははは!
いやね、ここでツボにはまっちゃたんだね。
おばさんは大爆笑しちゃったよぉ。
もぉ、苦しくて苦しくて・・・笑い死むかと思った・・・。
 
時々、むかつくこともするけど
これだけ笑わせてくれるヤツもいない。
 
「けど、いきなり話しかけたら引いちゃいますよね?
僕だとしても引きますもん。」
大笑いしているわたしに気を悪くすることもなく
照れ笑いをしながらナオトは続ける。
「だねぇ〜。」
「はぁ〜〜・・・こういう場合
やっぱカミカゼ特攻隊しかないんですかねぇ。」
「玉砕覚悟?」
「・・・」
 
こういうのって本当に久しぶり・・・話に聞くのもさ。
高校以来なんじゃない?
名前も知らないちょっと見かける人に
恋心を抱くなんてさぁ・・・完全に過去の遺物と化してたよ。
なんだよナオト、青春しちゃってんじゃん!
 
いやぁ〜〜〜、なんか面白いことになってきたぞぉ〜〜!
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 21:38


2006年6月14日
愛国心

わたしは日の丸も君が代も趣味じゃない。
それは嗜好の問題であって、誰に迷惑をかけているわけじゃないのだから
とやかく言われる筋合いはないと思っている。
ああいうものって権力に無理強いされて拝んだり、謳ったりするもんじゃない。
そもそも権力って何よ?ってことだ。
最近、学校教育の場で、おおっぴらに強制がまかり通ってるみたいで薄ら寒い。
「どこの国でも国歌と国旗は国家の象徴として尊ばれている。」
はぁ?
日本は日本でいいじゃん。
そもそも独自のプライドで日本は生き残ってきたんだからさ。
 
そう、あの大戦から
がむしゃらに立ち直った日本って凄い。
色んな意味で凄い・・・。
 
であっても、わたしの胸のうちには
はっきりと愛国心が満ち溢れている。
それは国家ではない。
どうしてもカタチや名前をつけなければならないのなら
「祖国」というものだろうか?
気温、湿度、匂い、空気、景色・・・。
そして、このいい加減さ。
そうこのいい加減さがいいんだよねぇ。
「肌」に合うっていう言葉がぴったりくる。
 
わたしは地域社会に根ざして生きたことが一度もないし
これからもないだろう。
じゃぁ、何処にいたって同じじゃないか・・・。
そうかも知れないけどね。
違うんだなぁ。
 
あ・・・もちろん食べるものが重要ポイントであることは
言うまでもなくっ!
水の美しい国だからこそ、生魚を食せるのであり
それは山葵の自生にも関連し
これほど生魚を多食しても滅多に中毒を起こさずに済むのだ。
昆布と鰹の出汁だって水ありきだからね。
 
それに日本酒!
日本酒は日本じゃなきゃ出来ない酒なのだっ!
つまり、わたしも日本酒みたいなものなわけ。
日本に生まれ、日本に醸され
日本の風土気候でここまで育ち熟成しつつある。
ああ、やっぱり日本が好きだぁ〜〜〜!
 
これを愛国心と言わずして何と言おう?
 
と、真昼間からちょいと一杯ひっかけたため
何を吼えてるのか分からなくなってきたが
日本酒は旨いっつーことで
お後が宜しいようで・・・。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 16:19


2006年6月13日
やっぱサッカー話題だよね

日本大好きなわたくしは(国家という意味じゃないよ)
根っからのサッカーファンに
「所詮俄かのエセサッカーファン」と揶揄されようと
平気の平左でテレビの前に陣取って
ワールドカップ日本代表を応援してしまうのだ。
野球のときもそうだったし、オリンピックのときだってそうだった。
それがわたくし的正しいスポーツ観戦のあり方なのである。
 
全ての選手に声援を送り
日本の選手が活躍すれば手を叩いて喜び
残念な結果に終わればちょっと悔しがってもみる。
世界のトップレベルの舞台に立つ選手たちは
どの顔も皆、誇りに満ち溢れた顔をしていて眩しい。
それを眺めているだけで気持ちのいいもんだ。
 
昨夜の試合は残念なことに最後の最後で崩れてしまい
勝利を手にすることが出来なかった。
体の大きな相手国オーストラリアの
ラフともとれるプレッシャーにあいながら
それでもよく闘った・・・と思う。
もっと・・・だったら、もしも・・・だったら・・・。
それは当事者である選手たちがこれからの課題にしていくことなんだろう。
 
けど、あれだけボールをコントロールされていたことを考えると
オーストラリアの方が実力が上手だったということなのかも知れない。
キーパー川口の活躍ばかりが目立ってたもんねぇ。
 
きっとわたしのような
この時ばかりのサッカーファンも含めて
昨夜のNHKの視聴率は大変なものだっただろう。
寝不足の人も多いに違いない。
本物のサッカーファンを自負するナオトは
日本の絡まない試合も観戦しているので
ワールドカップの期間中はずっと睡眠不足だ。
通勤に車を使っているのでくれぐれも事故には注意してもらいたい。
仕事中に舟でもこいでるんじゃないか、といらぬ心配もする。
機嫌も悪いしよぉ〜。
これで昨日勝ってたら、法悦状態だったんだろうな。
 
ああ、残念だった・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 15:38


2006年6月12日
エルグランド退院

昨日、突然ニッサンから電話があって
エルグランドの修理が終わったとのこと。
 
当初の話では部品がいつ揃うのか分からないので
予定が立たないと言われていたのだ。
アッセンブリ交換(そのパーツ全体の交換)しかないかも・・・と言われていた前部分の部品も
想定より随分早く来たことになる。
それより何より、作業の早さに驚く。
たまたま空いていたということもあったんだろうけど・・・良かった。
 
交換した部品の説明をしたいのでご足労願いたいとの依頼。
ちょうど学君がいたので同席してもらうことにした。
実は何を隠そう、学君はこのメーカーの設計関係の仕事をしているのだ。
車種は全く別なのだけどね。
 
営業所の裏手にある整備工場に行くと
大きな部品が綺麗に並べられていた。
それを一目見た学君が目を剥く。
「こりゃ、ひでぇ〜〜や!」
 
一番大きな部品は後部のプロペラシャフト。
その太いパイプに大きな凹みが出来ている。
ジョイントにも歪みが生じていた。
クロスバーという防護のためのパイプもくの字に曲がっている。
もう一本パイプがあったな。これも歪んでいた。
オイルパンにも傷がついていて取替え・・・。
前の部分はセットパーツしか取り寄せ出来ないところ
そこから必要な部品だけ取ってくれて
交換してくれたのだそうだ。
 
「いったいどんな石踏んだの?」
「だぁかぁらぁ〜、車の外観に傷ないでしょ?
下にすっぽり入るくらいの石だったんだってばぁ〜!」
 
見積もりでは20万円・・・それをなんと15万円までに落として修理してくれた。
まぁ、本人知らないでニッサンカードを作っていたので
その会員割引で10パーセントもおまけしてもらったんだけどね。
「いやぁ〜、すっごい良心的な価格だと思うよ。
こういう修理は絶対ディーラーに任せた方が安心だし。」
 
確かに5万円も浮いたのは嬉しい・・・って、別に浮いちゃいないけど・・・。
 
それにしてもわたしにとって15万円は大金だ。
はぁ・・・これから節約生活が始まるのねぇ〜〜〜っっ!
昨日の夜のニュースで
26歳のフリーターの女性が
700万円をひったくられたと・・・7・7・700まんいぇ〜〜〜んっっっ!?
普段から生活費を200万円くらいは持って歩いていたんだってさ。
フリーターって何?
わたしは誰?此処はどこぉ〜〜〜〜〜!
ちょっと取り乱した。
 
貯金残額ゼロ・・・手持ちの金、数千円・・・
ひったくれるもんなら、ひったくってみろっっっ!!
 

Posted by mamedi5047604 at 13:37


2006年6月11日
ナオトねた

ナオトが懲りてショボンとしているんじゃないかって?
とんでもないっ!
天真爛漫、学習能力薄し・・・。
まぁ、そこがヤツのいいところなのかもしれない。
 
先日から始まったサッカーのワールドカップを観戦するために
職場の人から某有料放送のアンテナとチューナーを借りてくるという。
「壁に穴を空けるわけにはいかないんで(あったりまえだろー!!)
網戸にコードを通す穴を空けてもいいですかね?
もちろん終わったら網戸は綺麗に張替えますから、僕が。
(あったりまえだろーー!!!)」
 
当初は簡単に取り付けが出来るということであった。
 
が、吝嗇なナオトは少しのお金をケチって
一ランク細めのコードを買ってきたことから
延長コードがなかなか上手く繋がらないという事態に陥った。
「ビニールテープで止めたら上手くいくかも知れない・・・
真理さん!ビニールテープってありましたっけ?」
それがたまたま切らしてなかった。
「じゃ、ガムテープでもいいかなぁ。」
作業を眺めていた学君が一言。
「ガムテープは絶縁体じゃねぇぞ。」
機械類には滅法詳しい学君。
ナオトのまだるっこしい手つきに首をすくめながら
「ナオトってぶきな。」(不器用なんだな)
 
「本当にそれで出来るのぉ?」
「大丈夫ですっ!
こういうことは自分でやらなきゃ覚えないもんだしね。」
意地っ張りで偉そう・・・。
しかし、ナオトの言うことにも一理ある。
じゃ、頑張りなさい。
「けどビニールテープは買ってきたほうがいいんじゃない?」
 
いよいよ自分の部屋にあがって
アンテナの取り付けと調整の作業に入る。
「真理さぁ〜〜ん!」
なんだよ・・・自分でやるって言ってたんじゃないんかいっ!
プライドは低い・・・。
 
「僕がアンテナを動かしますんで
画面の数値を見ていて下さい。
反応したら数値が上がるはずですから。」
へいへい。
しかし、画面の数値はゼロのままだ。
「全然、動かないよぉ〜。」
「おっかしいなぁっ!
真理さんっ!本当にこっちが南南西なんですかっ?」
おいおい・・・今度は八つ当たりかよ・・・。
 
「あのさ、貸してくれた人にもう一回説明聞いたほうがいいんじゃない?
それと・・・マニュアル読んだ?」
「いえ・・・。」
おまえってヤツは・・・。
 
持ち主に電話をかけて聞くも拉致があかないらしい。
マニュアルも読んだが、どうにもアンテナが受信してくれない。
「明日職場からテスター持ってきて
コードの状態を調べるしかないかなぁ・・・。」
そんなこんなの一部始終を見ていた学君がやっと腰を上げた。
もうそろそろ手伝ってもいいと踏んだのだろう。
 
「ちょっと貸してみ。」
 
ものの30分で衛星放送はテレビの画面いっぱい
(っつってもナオトの自室のテレビは14インチ)に
映し出されたのであった。
 
「あんたさ、学君に感謝しなきゃねぇ。」
「はい♪」
ゲンキンなやっちゃ。
 
暫くしてルンルンのナオトがリビングに下りてきた。
わたし:「お前さ、貸してくれた人にちゃんと設置できたこと連絡した?」
ナオト:「あ、忘れてた・・・。」
学:「お前よ、ほんとっ、自分のことしか考えてないのな。
もうちょっと周囲の人のことも考えて行動しろよなっっ!」
やーいやーい!
って・・・学君がそんなことを言うなんて・・・大人(42歳だけど)になったんだねぇ。
 
そう言えば・・・
学君が我が家に来たばかりの頃・・・21歳の初夏・・・
どうだったっけ?
ナオトより学習能力はあったような気がするけど・・・う〜〜〜ん。
 

Posted by mamedi5047604 at 10:49


2006年6月10日
たまにはね

わたしはナオトの教育係ではない。
未成年の頃ならいざ知らず
成人に達し、尚且つ社会人になった「大人」を
躾ける義務や責任を負うのはごめんこうむりたい。
と、言うよりそんな権利もないしね。
 
だから気楽でいいんじゃん。
 
基本的にわたしとナオトは対等なはずだ。
しかし、子供時代から知っているナオトに対する愛情はあるわけで
それがナオトとわたしの関係における基本形なんじゃないか、と思っている。
そこら辺から出てくる「意見」や「忠告」は当然でしょう!
 
我が家には、幾つかのルールがあると
以前、結構デフォルメして面白おかしく書いたことがあるけれど
このルールには全て明確な理由がある。
例え血の繋がりがあろうとなかろうと
人と人がともに生活する上に於いて
最低限守らなければならないルールは必要だと確信する。
もちろん、箇条書きにして壁に張り出すような類のものではなく
互いに尊重しあい、思いやっていれば
自然に発生してくるといったものだ。
 
外出したら帰宅の際には必ず、
外出先を出るときに「帰るメール」をすること。
これも我が家のルールの一つだ。
 
一人で過ごす時間が、わたしにとって唯一のプライベートタイムだ。
その中でこまごました家事もこなすのだが
そのスケジュール配分はわたしの好き勝手というものだ。
余計な口出しはしないで欲しい。
誰か一人でも別の人間が家の中にいたら
大袈裟に言えば、わたしはパブリックな顔になる。
苦であるはずもないが
一人になったときにしかしたくないこと、出来ないこともあるということだ。
わたしが外出した場合は留守の人に同様のメールをする。
これも当然だ。
 
携帯でメールをすること・・・しかも毎日同じ文面であれば
どれほどの手順で送信できるものかくらい
わたしだって知っている。
決して「負担」になるようなものではないだろう。
それがナオトには出来ない。
 
まぁ、ついうっかりということなら
仕方ない、で済ませてもいい。
が、いくら待ってもメールがないので
一応、「風呂入っちゃうからね。」とメールまでしてお断りしておいたにも関わらず
「なんでこの時間に風呂に入らなきゃならないんですか!」と
玄関を開けるなり、非難めいたことは言われたくない。
しかも帰宅前までに上がってるんだしね。
 
「お前がメールしてこないのが悪いんだろ。
前の時も言ったよね。
職場出るときにメールしてねって。」
「それはそうかも知れないけど・・・(どうせ一日中暇なんでしょ?)」
飲み込んだ言葉の方が大きく聞こえるんだよっ、ばぁ〜か!
「それってルールでしょーよ。
鍵持って出てる斉君だって
毎日、必ずメールしてきてるの知ってるでしょ?
鍵を持って行かないあんたがしてくるのはあったりまえじゃん。」
「・・・」
それでむっとした顔して部屋に消えるってどぉよ。
 
こっちもちょっとむかついた。
「そうそう、今日、学君がメールしてきたけど
あんた、学君に頼んでおいたデータ
メールしてもらったのにお礼も言ってないんだって?」
背後射撃!ずどどどどど・・・
「あ・・・それは・・・はい。」
「気を遣う必要はないけど
着いたっていう一言は返信するのが常識なんじゃねぇの?
そういうことしてると自分が損するよっ。」
ドッキュ〜〜〜ン!
 
それで「肉叩き」に至るわけだ(「もの喰うわたくし」参照)
威嚇砲火!ドスッドスッドスッ!
 
ナオトはちょっとルーズなところがある。
就寝時の電気のつけっぱなしにしてもそうだし
洗濯に出す服のポケットを空にしておけ、と言っても
油断するとティッシュが入っていたりする。
ゴミも言うまで出さない。
トイレのドアをノックせず開けようとする。
脱衣所の鍵を閉めないで平気で入浴する。
数え上げたらきりがない。
 
これまでの生活環境が違っていたのは言われるまでもなく知っている。
甘えている部分があるのも了解している。
だから口うるさく言う気もない。
それでも我が家の人間関係を絡めた付き合いは
ルーズであって欲しくはない。
しかも、ナオトへのクレームは全てわたしのところへ来るのだ。
 
加えて、注意や指摘に対するナオトの言動も
最近、少し鼻につき始めていたのは確かだ。
彼は必ずと言っていいほど
「言い訳」「弁解」をするのだ。
 
どうしてそういう状況になったのか?なんて
別に聞いちゃいない。
それに結果を見ればだいたいの経過は分かる。
言い訳や弁解をしなければならないような大事でもないのだ。
 
暫くするとリビングに下りてきたナオトが
いつものごとく弁解を始める。
「僕は友達でもそうなんですけど
ちょっと距離をおいちゃうと連絡とるのが億劫になるって言うか
あんまり自分からしなくなる方で・・・。」
「いや、それと頼んでおいたことをやってもらったお礼をするのとは
全く問題が違うから。」
「あ、はい。そうなんですけど・・・。
いや、一応ですね、返信の画面まで出したんですよね・・・。」
「けど、文面を考えているうちに
今度にしようって思っちゃったって言うんでしょ?」
「あ・・・はい・・・。」
 
集中砲火!
「あのさ、あんたがどういうタイプの人間か?なんて関係ないんだよね。
やってもらったことと、それに対してお礼を言うの
どっちが面倒だと思う?
メールが出来なかったら、ほとんど毎晩電話かかってくるんだから
その時、一言言えばいいんじゃないの?
それすら出来ないなら人にものを頼むなよ。
それにね、あんたがだらしのないことをすると
学君に限らず、みんなわたしにクレームを訴えてくるの。
わたしはあんたを躾けるつもりはない!本人に言ってくれ!って言うけどね。
感じてると思うけど、みんなあんたを可愛がってくれてるし
甘やかしてくれてると思うよ。
けど、それに甘えっぱなしっていうのはどうだろ?
最低限の礼儀くらいわきまえなきゃまずいんじゃない?
それから、あんたってなんか言われると必ず言い訳するけどさ。
それやめた方がいいよ。
我が家ではみんな「素」だから
どうしようもないアホオヤジに見えるけど
彼らは社会の第一線できちんとやってる「大人」なわけ。
あんたがやることくらい、言い訳なんか聞かなくたって
ちゃんと見えてるわよ。
何か言われたら、どうしても納得出来ないこと以外
素直に謝って、次に繋ぐってことのほうが大事なんじゃないかな。」
「はい・・・。」
「済んじゃったことはもうどうしようもないから
今度から気をつけることだね。
みんな、いい人たちだから、次回がきちんとしてたら
それなりに評価してくれると思うよ。
ま、みんな上に立ってる人なんだしね。」
「はい・・・。」
「それからわたしのことなんだけど
うるさく言うのってすっごく嫌いなんだよね。
不愉快なんだ。
言ってる自分も言わせる人も。
だからできれば、何回も同じことを言わせないでくれるかな?
ストレスだからさ。」
「はい・・・。」
 
さて、この効果がいつまでもつのか・・・
1週間かなぁ・・・。
 

Posted by mamedi5047604 at 08:11


2006年6月9日
所詮ひとごと・・・

一連の様々な事件は
この鬱陶しい空模様と相まって
わたしの気持ちを重く滅入らせるには充分だ。
どんよりと垂れ込めた雲のように
気持ちも仄暗くはっきりしない。
しかし、じゃあ落ち込んでいるのか?と言えば
それほどでもないようだ。
 
気圧の関係で腱鞘炎が少し痛むし
頭の働きもいつも以上に遅い・・・
しかし、ただそれだけのことだ。
 
それって結局、全ての事柄を
わたしが心のどこかで「ひとごと」として
捉えているからではないだろうか。
別に悪ぶるつもりはないけれど
きっとそういうところって在るんだと思う。
 
自分の足元が100パーセントではないにしろ
安全圏内にいるという漫然とした安心感。
少なくとも「当事者」ではないという傍観。
 
いくら想像力を逞しくして
社会の事象から何かを学び取ろうとしても
所詮ひとごと・・・同じ痛みを味わうことは出来ない。
妙に冷静に、時に批判的に・・・それを「客観的」であると嘯いて
安穏とした日常に浸かっている。
 
だってさ、偽装構造建築のマンションの話や
欠陥エレベーターの話の次に出てくる台詞って
「やっぱり高層住宅って怖いね。」だもん、正直言って・・・。
それに、今のわたしの中で一番大きな問題は
車の修理代のことなんだよね。
そう考えると、自分ってちっぽけな人間なんだなぁ〜って
つくずく思い知るわけさ。
小市民なんだよね。
 
アメリカ人の半分以上が日本に原子爆弾を落としたことを
戦争を早く終わらせるためには必要だったんだ・・・
なんて平気で言ってるのも
きっとこうした「ひとごと」意識に支配されてるからなんだろう。
 
安全圏から抜け出して
取り合えず「現地」に行って
「当事者」に近づこう。
そういう発想と実行力って凄いんじゃないのかなぁ。
それを「自己責任」だと非難轟々した世論。
そんなこともあったよね。
わたしは世論寄りではなかったけどね。
けど立ち位置は世論と何ら変わらなかった。
 
どうしてこんなことを考えてるのかっちゅうと
香田氏を殺害したグループのリーダーが
アメリカ軍に殺害されたニュースを見たからなんだな。
テロ組織って一方的に断言しているマスメディア。
国際法ってなんだっけ?と思ってる自分。
でも、熱い紅茶を飲みながらバター菓子を摘んでるんだ。
 
こういう驕った生活の罪滅ぼしに
一日一善・・・なんかしてこよっと・・・。
あ・・・仕事だ、仕事。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:57


2006年6月8日
なんだかなぁ・・・

わたしがごく個人的(自業自得)な貧乏に泣きべそをかいている間に
世間では実に様々な出来事が起こり
あまりのめまぐるしさにわたしは時流に乗り切れないでいる。
いったい何なんだろうね。
日常的に人殺しが行われ
不正な確信犯的行為が横行し・・・
朝のニュースでさえ観るのが嫌になってしまう。
 
今、最も世間を騒がせている事件の一つが
秋田の児童殺人事件だろう。
単純なわたしは、ここにくるまで
容疑者に対するマスコミの過剰なまでの取材に同情していたくらいだ。
 
被疑者が確定しても尚
はっきりとした物的証拠が出てこない限り
第3者が事件を騒ぎたてるのは宜しくない、と思っている。
長野松本サリン事件はいったいどんな教訓になっているというのだろう。
 
今朝の新聞記事では「全面自供」の文字が躍っていたが
当然発見されるはずの凶器が出てこない限り
事件は解決したと言えないのではないか、と思う。
容疑者に関しては1ヶ月前に「事故死」とされた娘の件でも
調べが進められているそうだから
警察も慎重に捜査を進めているのだろうが。
 
この秋田の能代ってさ
わたしが日本酒の蔵巡りをするときに滞在する町なんだよね。
あの川も何度も渡っているんだよね。
あんな事件で有名になっちゃって・・・複雑な気持ちでいっぱいだなぁ。
能代の人たちの懐っこい笑顔や温かさは
そりゃもう文化財レベルだと思っているからさぁ。
 
富んだものが更に強欲に金を求め
挙句に法を犯してしまった事件もあったが
あれは経済界における「出る杭は打たれる」という印象もあり
スケープゴートになった男の茶番劇に
打つほうも打たれる方も役割分担を心得ているんだろうなぁ、と
白けた気持ちになった。
 
エレベーターの事故は、つい先日話題になった
不法建築のマンションと同じような構造になっており
欠陥エレベーターを製造販売している会社は
世界でトップクラスのシュアーを誇示していても
訴訟ケースもトップクラスに抱えているらしい。
そんなもん、入札に参加させること自体おかしい。
公営のマンションなんだからさ。
ついに本社の社長が謝罪とも受け取れる内容のコメントを発表したが
日本支社は相変わらず
公団側が求める説明会にも出席していないようだ。
世界トップクラスの訴訟を抱えているっていうから
裁判ではっきり結果が出るまでは
絶対に自分たちの非を認めるつもりはないんだろう。
 
ヒッキーが両親を殺した事件も
立て続けにあったような・・・
口論になった高校生男女を同じく高校生が
電車の入ってくるホームに突き落としたとか・・・
 
ちょっと前までドラマよりドラマティックな事件が
平塚で起こって
これまた容疑者が数奇な運命を生きた女性だっていうんで
大騒ぎしてなかったっけ?
 
世界的なテログループのリーダーが
アメリカ軍の攻撃で「殺戮」されたんだってさ。
ふぅ〜ん・・・。
昨日もイラクではテロで数十人が死んだんだってさ。
へぇ〜〜・・・。
 
鈍磨していく心。
入梅だ・・・。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:39


2006年6月7日
へらへらへら

週に一冊・・・
そう決めないと、健康を害するほど活字中毒で
徹夜してでも読了しないと気が済まないほど
読書にのめり込んでしまう傾向がある。
だから、そう決めてこれを守ってきた。
が・・・引きこもり同然の生活をせざるを得ない今日この頃・・・
そのルールを破りつつある。
ええのか?それで・・・
 
本日、猫のトイレ用の砂(?)がなくなったので
どうしても買いに出たかった。
檜の木屑を固めて作ったもので
一袋398円・・・これは安い。
先日、売っている店に行ったら売り切れで
予備のものがなくなりそうになったら
もう一度来てみようと思っていたのだ。
そうしたらエルグランドがあんなことになってしまって・・・
 
さて、斉君が仕事休みで
頼めば車を出してくれそうだったのだが
これが・・・
斉君の乗っている車・・・愛車・・・
「俺はこの車に乗りたくて免許を取ったんだ!」と言わしめた車・・・が
三菱JEEP
昭和53年度バージョン
 
えっと・・・車??
 
路面をこれほど適格に捉える乗り物は
ねこくらいか(マニアック)
 
晴天ではドアをはずして運転するのが斉君的乗り方なんだそうで
デンジャラスだっちゅうの・・・
 
「シートに寄りかかって乗ると腰がずれるから
バーを持って前かがみで・・・そう!
乗馬する感じ?って馬には乗ったことないけど・・・。」
あたしゃ、乗馬の経験はあるが
こんな感じじゃなかったわい!
 
歯を食いしばってバーを握り締め
往復30分のドライブ。
ゴムの焼けるような匂いにも参った。
この車の何処がどういいのか
全然分からない。
申し訳ないが、もぉあんまり乗りたかない。
 
昼頃、ナオトよりメールあり。
「ワールドカップの間だけでもスカパーか
衛星BS加入はありって感じですよね?」
わたし・・・しかと。
加入したきゃすれば?
冷たい?だね。
だって所詮俄かサポーターなもんでね。
ナオト帰宅後
「メールに返信がないんで諦めました。
けど、僕は本気っすからね。」
どうやら、日本が絡んでない試合も彼は観たいらしい。
うんうん。
君が観ることには全く異議はないのだよ。
「え〜〜〜〜〜っっ!!」
これには斉君もわたし同様の反応だったようで
ナオト無念。
自分でなんとかするようだ。
 
ナオトの弟ユウキが、通信大学のスクーリングで
夏の間、北海道から上京してくるらしい。
此処にも何回か来るという。
これがまた風変わりな男で・・・。
我が家はまたまた色んなことが起こりそうだ。
 
平凡ってどういうことなのか
多分、わたしは知らない。
けど、わたしの知る限り
「平凡」に生きているひとなんて
何処にもいないんじゃないのか?と思うのだが・・・
まぁ、これがわたしのヘラヘラ日常。
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 22:39


2006年6月6日
その後・・・

げ・・・後方プロペラシャフト周辺だけじゃなかった。
「下回り全部なんですけど・・・。」
ニッサンの担当者と修理について話し合っていたときのことだ。
あれぇ・・・。
 
「それで20万で済むなら安いもんですよ。」
しょせん人ごとのナオトはしゃあしゃあとのたまう。
「下回り全部なら普通5,60万はいきますよ!」
ぶゎ〜〜〜〜か!
50万も60万もかかったら、まじで泣いてるからね、あたしゃ!
って、だから?って話なんだけどさ。
 
実際、わたしが泣いたって一文にもなりゃしないのである。
ちっ!
 
しかも1週間という修理期間が2週間に延びた。
車がなければ身動きのとれない土地だ。
どぉせいっちゅうんぢゃい。
代車は週末にならないと手配できないそうだ。
どうしようもないので家に篭っている。
けど、それほど不自由ではないんだな。
閉塞感もない。
 
パソコンと本と・・・
何よりまめぢ、足袋、金ちゃん、小豆のおかげだ。
4匹と本気で付き合おうと思ったら
一日はあっと言うまだ。
別にとりたてて何かをやってるわけじゃないけれど
なんと時間の経つのが早いこと!
 
こういう時、活字中毒は退屈になったりしない。
楽しみのための「読書用」はたっぷりあるし
勉強のための「料理本」に関しては
質量ともに自信あり!・・・それに
雑誌アエラ、新聞、漫画(コミック)・・・
飽きないねぇ。
 
あと3日でサッカーワールドカップが始まる。
サッカー小僧のナオトに付き合って
テレビの前で俄かサポーターもやらなきゃね。
 
庭の雑草には全く目もくれず・・・
まじまじと見たら凄いことになりつつある!
脳天気だよな、全く。
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 22:06


2006年6月5日
貧すれば鈍する

それはまさしく今のわたしだ。
全部、貧乏が悪いんだぁ〜〜〜っっ!
 
いや、もちろん不注意な自分が悪いんだ。
そんなことは百も承知だ。
それでもちょっとだけ言ってみたかったりするわけさ。
 
吝嗇な根性しか持ち合わせていないから
修理代に消えて行くお金が惜しくて惜しくて堪らない。
これがどこかに旅行に行くんだとか
素晴らしく美味しいものを食べるんだとか
旨い酒を仕入れるんだとかに使うんだったら
どんなにいいか知れないのに・・・。
それもこれも、全部自分が悪いのだ、そう思うと
どうにもこうにもやり切れなくなる。
自分にムカムカしてくる。
(おっと出ましたっ、自己嫌悪)
あ〜〜〜なんでわたしってこうドジなんだろう。
そんな今更なことをメビウスの輪のように考え続ける。
 
と、こんな風に書くと大袈裟に過ぎるかね。
 
もう、今日は食欲も戻り
オヤツにケーキまで食べちゃった。
ま、反省はしても後悔はしない。
あとは野となれ山となれ(?)
明日は明日の風が吹く(??)
さてと、夕餉の支度をしようかなっと!
 

Posted by mamedi5047604 at 15:26


2006年6月4日
しくしくしくしく・・・

入梅にふさわしい気分の落ち込みようである。
あいたたたたたたた・・・である。
本当に泣いちゃいたいくらい。
くそ・・・泣いちゃおうかな・・・。
 
来客を伴って修善寺にある虹の里へ
久しぶりに鮎を食べに行くことになっていた。
当初はヨッパちゃんのサファリで行くことになっていたのだが
帰路の運転をナオトに頼むことにしたので
急遽、我が家のエルグランドを出動させることになったのだった。
鮎を食べに行くということはイコール飲酒をするということ。
ナオトにはおごるから、という条件で運転手を引き受けてもらった。
 
ヨッパちゃんは友達付き合いをしていると言っても客人である。
その車をナオトに運転させて万が一のことがあってはいけない。
それにエルグランドなら、
先日も静岡から自宅まで運転した実績がナオトにはある。
後にナオトの実家の車はなんとサファリだったと思い出すのだが
そんなものは後の祭りだ。
(つまり慣れという点ではサファリの方が運転し易いとナオトの弁)
 
エルグランドを出す準備をしていなかったので
3列目のシートをセッティングすることから始めなければならなかった。
これが持ち主であるわたしにはさっぱりで
ヨッパちゃん、ダイバーK、ナオトの3人が
悪戦苦闘汗だくで作業をする羽目になった。
3人もわたしと同等程度の知識しかなかったから(つまり全然知らないということだ)
何回も間違ってはやり直し
ついに左側のシートを無理やり押し込んで
動かなくしてしまった。
これがミソのつきはじめだった。
わたしは自分の車を壊されたとかなり不機嫌になり
ヨッパちゃんとダイバーKは疲れで切れそうになり
他の客は引いて引いて・・・ナオトおろおろ。
「もう、しょうがないからこのまま行っちゃおうよ。」
ヨッパちゃんのこの無責任な発言にむっとしたまま
わたしは往路のドライバーとなったのだった。
 
中に車に弱い人がおり
運転にはちょっと気を遣って
丁寧なブレーキングを心がけたつもりであった。
 
無事虹の里に到着。
わたしは鮎料理の店の常連客ということで
店の主から特別に入場許可証をもらっていて
従業員専用の駐車場から入場する手はずになっていた。
不慣れだったために入り口を見過ごし行き過ぎてしまった。
するとせっかちなヨッパちゃんが
イライラと声をかけてきて
やれ、そこでユーターンしろだの
なんであそこでユーターンしなかったのか、だのと煩く騒ぎ始めた。
内心、うるせぇ〜な〜、と思ったが
無視して自分の納得できるところまで行ってユーターン。
すると今度はダイバーKが
「あ、まだ車来てるからねっ!まだまだっ!」と
バックするわたしにぎゃーぎゃー命令し始めた。
あのね、わたしにも左右の車はしっかり見えてるっつーのっ!
わたしの運転は絶対に無理をしない、が基本だ。
遠回りをしても広い道路を走る。
それが彼らにはまだるっこしいと映っていたのかも知れない。
が、そんなことは大きなお世話だ。
運転の延べ時間はあんたらよりよっぽどあるわいっ!
 
やっと従業員専用口のゲートまでたどり着いた。
ナオトにゲートを開けてもらって車を中に入れる。
フロントミラーでナオトがゲートを閉めるのを確認。
ナオトを乗せて、さあ発進・・・と、その時だった。
がっくん、という感じで車が何かに乗り上げた。
しかし、たいした段差ではないように感じる。
あれ?段差なんてあったっけ?
フロントミラーを見ていた一瞬に右端にあった石を見逃したのだ。
それは一抱えほどの大きさの石で
バンパーを傷つけることもなく車の下へと巻き込まれていった。
が、バンパーは傷つかなかったが
下回りを傷つけてくれちゃったのである。
後部のプロペラシャフトとその周辺を
思いっきり痛めてくれちゃったのだ。
が〜〜〜〜〜〜ん!!!
 
石はまんまと車の後ろから出てきたが
車はガタコンガタコンと大きな音をたてる。
走らせると音と同時に僅かだが振動も感じる。
ひぃ〜〜〜!
 
結果、ジャフに依頼してレッカー移動。
伊東のニッサンまで追加料金前払い。
必死で働いた儲けが一瞬にしてパー。
虹の里では一応、みんなと会食したが
気分は果てしなくブルーだ。
しかし、人の不幸は蜜の味。
ダイバーKとヨッパちゃんは
大はしゃぎで揶揄しまくる。
むかつくなぁ〜〜〜!こいつらっ!
 
それでもタクシー代を割り勘で出してもらわなければ
家に帰れないのだから
偉そうなことは言えない。
いや、むしろ迷惑をかけてしまったのだから
謝って然るべきなのだ・・・が、あんだけからかわれたから謝らん!
 
目の玉が飛び出るほどの修理代が見積もりで出された。
 
車にそれほどの執着はない。
自分の不注意で起こした事故だから仕方ない。
物損や人身の事故ではなかったのだし不幸中の幸いだった。
だが、だが、だが・・・
修理代がぁ〜〜〜〜〜。
 
計画していたイベントは全て中止にしなければならないようだ。
貧乏って・・・貧乏って哀しい・・・。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:12


2006年6月1日
晴れたのね・・・

昨日、入梅前の最後の晴れ間・・・等と書いてしまったけれど
予報に反して本日も・・・と言うより
本日はより、美しく晴れ渡った一日だった。
東伊豆に流れる風は透き通っていて
ひんやりと素肌に心地よい。
 
まめぢを外に連れ出すと
風に向かって鼻をひくひくさせ
目を細めて匂いを嗅ぐ仕草が好きだ。
犬は人間の数千倍の嗅覚で様々な情報を記憶する。
風はまめぢに何を伝えたのだろうか?
わたしも目を閉じて鼻に神経を集中させてみる。
 
これは蜜柑の花の匂い。
微かに潮の香りもする。
甘く切ない香りは何だろう?
熟れた桑の実の匂いもしてくる。
 
目を閉じると
音にも敏感になってくるのが分かる。
さらさらと触れ合う木々の葉の囁き。
小鳥たちの声・・・
教会の子供たちが自作自演で唄を歌っている。
小さな諍いのあと誰かが泣き出した。
 
蚊取り線香の匂いがしてきた・・・
 
ふと懐かしい想いがよぎる。
目を開けると眩しい光が溢れて
瞬間、遠いいつかに戻った気がした。
あれはきっと・・・
 
さて、山椒の実を摘みに行きますか。
 

Posted by mamedi5047604 at 15:35


2006年5月31日
不如帰(ホトトギス)

皐月の晦日。
入梅前、最後の晴れ間・・・という気象予報士の言葉にふさわしく
まことに美しい一日であった。
風はどこまでも爽やかに緑だった。
 
朝方はサッカーのドイツ戦を観んがために
ごそごそと起き出したナオトの気配に目覚めさせられたが
夕暮れ時には遠く近くに不如帰の呼び声を聞いた。
 
目に青葉山不如帰初鰹
 
不如帰は初夏の鳥として知られている。
キジバトに似たカッコウ科の夏鳥だ。
しかしまた、不如帰が必ず鴬(ウグイス)と同時期に共存することは
あまり知られていないように思う。
何故なら、不如帰は巣を持たない鳥だからである。
他の鳥の巣に卵を産みつけ
孵化させ育てさせることを托卵という。
不如帰は鴬の巣に好んで托卵するのだ。
 
生涯のうちほとんどの時間を単独で過ごす不如帰が
相手を求めてひたすら呼びかける声は
どこか物悲しく必至に聞こえる。
 
上手く鳴けずに小首を傾げながら
木々を渡る鴬の愛らしい声は讃えられることが多いけれど・・・。
 
鴬の夫婦がうっかり巣を留守にした隙に
不如帰は卵を産み付けていく。
その卵は先に生まれたどの卵より早く孵化する。
生まれたばかりで、まだ目も開かぬ不如帰の雛は
誰に教えられるともなく
育ての親のいない間に
まだ孵化していない卵を一つ残らず巣から落としてしまうのだ。
その為に不如帰の雛の背中には小さな窪みがあるという。
その窪みは他の卵がすっぽりと収まる大きさだ。
自分の背に卵を背負って不如帰の雛は卵を落としていく。
 
鳥は孵化して真っ先に目にした動くものを親と信ずるそうだ。
だから不如帰の雛は鴬の夫婦を本当と親と信じて育つのであろう。
自分の身体よりも大きな雛にせっせと餌を運びながら
鴬の夫婦が少しも疑問を持たないのが不思議でもあり面白い。
やがて不如帰は巣立ちを迎える。
そして育ての親を忘れるのである。
 
托卵する鳥は他にカッコウなどが知られる。
ひとの中にはこういった鳥の習性を
あさましいとか哀れだと言うが
わたしはそうは思わない。
それはあくまでも人間が自分の尺度で考えたことに過ぎない。
自然界はもっと冷然として明確だ。
全ての生態に意味がある。
刹那的にして衝動的なのはもしかしたら人間だけだ。
 
鳴かぬなら殺してしまえ不如帰
鳴かぬなら鳴かせてみせよう不如帰
鳴かぬなら鳴くまで待とう不如帰
 
不如帰は繁殖の僅かなこの時期にしか鳴かない。
と、ひとり突っ込みを入れる閑人・・・。

Posted by mamedi5047604 at 17:37


2006年5月30日
訃報

訃報が続く・・・。
著名な映画監督、美しい老俳優、そして翻訳家であり通訳であり作家であった女(ひと)
 
最後に記した女性は米原万里さんという。
ロシア語の同時通訳の第一人者であった。
晩年はエッセイストとして活躍されていた。
 
わたしが彼女を知ったのは
愛犬家向けの月刊誌の連載であった。
長く母上の介護をされ見送られたあと
鎌倉の自宅に数匹の愛猫とともに
飼育放棄された大型犬を引き取って暮らしている様子を綴っておられたのだ。
 
いや、実はもっと以前に
テレビのニュース番組のコメンテーターとして
鋭い切り口の発言をされている姿を
何度も拝見していた。
その当時から、好もしいひとだと思っていたのだった。
 
彼女が卵巣癌の告知を受けていることは
そのエッセイのなかで知った。
手術、放射線、抗がん剤による
所謂3大治療を拒否され
自己リンパ球療法という方法で癌と闘っていらっしゃった。
まだ癌の治療法として確立されているとは言い難い治療法ではあったが
身体への負担が大きい3大治療の代替として
注目されているものだったらしい。
その後、手術による摘出を余技なくされたそうだ。
 
卵巣は静かなる臓器で
癌に侵されてもすぐには症状を現さない。
だから、癌が発見されるのは
癌細胞が大きく膨れ上がり
または卵巣から溢れ出して
他の臓器を圧迫、浸潤することによってという場合が多い。
「卵巣癌は手術してから、初めて本当の治療が始まる」
わたしは入院中、度々その言葉を耳にした。
わたしの知る卵巣癌患者さんたちも
ほぼ100%、手術のあと抗がん剤治療を受けていた。
それだけ卵巣癌は早期発見が困難で
手術だけで完全に取り除くことが出来ない癌である、ということだった。
 
米原さんがどの程度の段階で
卵巣癌に気づかれたのか知らない。
だが、手術が遅い時期に行われたのだとしたら
転移、再発は免れなかったのかも知れないと思う。
 
米原さんが、あんなに愛してやまなかった猫や犬たちは
今頃、主を失ってどうしているだろう?
ただ、ぼんやりとそんなことを思った一日だった。
 
追記
彼女の著書を衝動買いした。
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 12:58


2006年5月29日
最期

先月、学君の職場の仲間が
登山スキーに出かけ雪崩に巻き込まれて行方不明になった。
それは各マスメディアにも取り上げられたが・・・
捜索は複数災害も予想され打ち切られたのだった。
僅かな身の回りのものが何点か発見されたに止まった。
恐らく、ご遺体が発見されるのは
夏頃になるであろうと・・・推測された。
 
先週、幾人かのご遺体が発見された、という報が入った。
親族と会社の上司が現地に赴き
遺体の確認作業が行われた。
 
こうなっちゃうと「作業」になっちゃうんだね。
 
身に着けていた装飾品で本人と確認されたそうだ。
 
ひとはいつか必ず第一線を越え、あちらに逝かねばならない。
不公平にも公平にも
これだけは全ての生命体に与えられた運命だ。
 
どういう逝き方が望ましいか・・・どういう生き方がしたいのか・・・
思うところは人それぞれなんだろう。
しかし、生き方はどうにかコントロール出来るにしても
逝きかたを決めることは難しい。
例えば自ら死に赴くのであっても
己の想うような死が必ずしもやってくるとは限らない。
 
わたしはまだ死にたくない。
若い頃には「死にたい」と能動的に考えたこともあったが
今は、死にたくないと実感する。
人間は本当に「死ぬ」んだ・・・ということを
何度も、何度も、何度も、見てしまったから・・・
「生きたい」と願う気持ちが無残に打ち砕かれてしまうのを
幾度も幾度も見てしまったから・・・。
 
それだけじゃないような気もするが・・・。
 
それでも死を迎えねばならないのなら
出来れば迎えたい、とは思う。
突然、人生から追いやられてしまうのは切ない。
その方が楽っちゃぁ楽なのかなぁ、とも思うけどね。
 
長く周囲の人々に面倒をかけるのも気が引けるけど・・・
生きる自分を把握するのと同じように
死ぬ自分を把握できればよいな、と思う。
 
しっかし、この世はパラダイス。
当分、楽しんでいたい!
どんな自分でいたいのか・・・それっきゃないでしょ?
 

Posted by mamedi5047604 at 22:56


2006年5月28日
厄払い

4月9日の記事に書いた友人まんぼ(あだ名)が退院した。
丸1ヶ月の入院だった。
今は松葉杖をつきながら通勤しているらしい。
「これが不便で!」
そりゃそうだろうねぇ。
 
大変喜ばしいのは、退院後も禁煙を続行させていることだ。
やれば出来るじゃん!
 
骨折の方はだいぶ回復したらしいが、
靭帯断裂の足首内側はまだ紫色に変色したままだった。
歩くようになって浮腫みも少し出てきたという。
マッサージとリハビリに余念がない。
 
「いやぁ〜、真理さん。
入院してみると人間健康が一番なんだなって
本当につくずくそう思いますよ。」
「やっと分かった?あははは。
けどさぁ、まんぼの口からそんな台詞が聞けるとは
努々思わなかったわよぉ。
じゃ、今回のこともまんざら無駄じゃなかったってことだねぇ。」
「なによぉ〜、それ・・・へへへ。」
 
因みに彼のニックネーム「まんぼ」は彼の体型からきたもの。
縦にも横にも大きな男である。
 
彼を除いたほかのメンバーは
G.Wに行ったパラオダイビングの反省会(?)が名目だ。
 
今回のパラオダイビングはトラブルが続いたらしい。
多分、みんな「歳」なんだね、ってことと
「働きすぎ」で疲れてるんだ、ってことが原因。
一人は体調不良で、一人は軽くぎっくり腰。
そして一人は減圧症になってしまったのだ。
6人のうち半数が不具合を起こしたことになる。
体調不良とぎっくり腰は、メンバーの中にマッサージ師がいたおかげで
何とか凌いだものの
減圧症を起こしてしまったS氏は
急遽、現地の病院に入院して処置を受けなければならなかった。
言葉もあまり通じない海外での入院は
さぞ不安だったことだろう。
ジャイカでパラオに滞在しているグループと知り合って
随分、助けてもらったそうだ。
帰国してからも日々病院に通って
一日5時間「チャンバー」という減圧器に入って治療を続けている。
「まだ、脚にしびれが残ってるんですよね。
だから走れない。」
一日も早い回復を祈るばかりだ。
ただ、彼も彼の妻も明るいのできっと大丈夫だ。
 
このメンバーの中で夫婦者は彼らだけである。
 
「ほんと、今回のパラオでは考えちゃいましたよ。」と
体調不良だったシゲちゃん。
「なに?そう言えば、S氏に寄り添う妻の姿を見て
ああいうことになったら自分は一人なんだなぁって
しみじみ語ってたって噂は耳にしたけど・・・。
結婚もいいもんかも知れない、って言ったんだって?」
「え〜〜〜〜っっ!?」
反応が早いっ!こいつらっ!
「やっとその気になったか?」
って・・・あんたらも同じ穴の狢でしょうがっ!
 
ぎっくり腰のヨッパちゃん(あだ名)は
なぁ〜〜んも考えていない。
で、乾杯の音頭は「厄払いっ〜〜!」
 
反省会じゃないじゃん・・・。
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 13:45


2006年5月26日
ぐずってたのねぇ〜♪

そりゃ年中ご機嫌っちゅうわけにはいかないわよね。
けど、昨日は久しぶりに顔に出たからね。
ほほほほ
 
さて、仕事モード全開だ。
ではっ!

Posted by mamedi5047604 at 15:47


2006年5月25日
機嫌わりぃ〜のだ

本当は粗大ゴミを出すはずだった。
市役所の美化環境課に電話して
引き取り書を送付してもらい
2週間も待ってやっと当日を迎えたというのに・・・
カレンダーにもデカデカと書き込んであったのに・・・
ころっと忘れた。
古くなったベッドのマット2枚。
丸めて玄関脇に置いといた。
始めは邪魔で仕方なかったが
2週間も経ったらすっかり見慣れた光景になっちゃって
しかも小豆姫お気に入りの昼寝用マットになってて・・・。
夕方、掃除機をかけるまで全然気づかなかった。
 
誰が悪いって自分なんだけど
なぁ〜〜んだかなぁ〜〜〜。
 
もぉね、ご機嫌は斜めどころか直滑降よっ!
来客があるまでに片付けられると段取り踏んでたのにさっ。
それでぷりぷりしながら掃除機かけ終わり
夕食の準備をして・・・。
普通、乾杯をしたら持ち越さないことをルールとしていたはずなのに
己からルールを破る駄目駄目女・・・自分。
 
機嫌が悪いと黙々と作業に打ち込む癖がある。
仕事ははかどるかもね。

Posted by mamedi5047604 at 10:58


2006年5月24日
ガタが来る

どんなに丈夫なものでも
40年間もフルに稼動させていれば
どこかに不具合が生じてもおかしくはない。
ましてそれが生身の人間だというのだから尚更だ。
なのに人というのは、どうして大きく躓かないと
それに気づかないのだろう?
 
わたしの若い友人たち・・・それは
塾の教え子たちであったり
教習所で知り合った高校生だったり
ペンションを手伝ってくれたスタッフだったり
様々なのだけれど・・・
皆、30代後半から40代になってしまった。
 
いつまで経っても可愛い子供たち・・・とは言えない年齢だ。
 
先日も「不死身の男」と仲間内から言われ続けたタナマン(あだ名)が
高血圧と胃潰瘍で緊急入院してしまった。
今年41歳になる。
若い頃からどちらかというとがっちりタイプだった彼は
いまやその身体に二周りほどの脂身をまとい
「20キロ痩せれば血圧も20下がりますよ。」と医者に言われたそうだ。
わたしの身の回りには
どういうわけか独身の40男がごろごろしているのだが
(独身だからごろごろしているのかも知れない)
彼もその一人で
休みの日には朝から酒を呑んで
ぐだぐだ時を過ごしているらしい。
加えてヘビースモーカーなのである。
 
見舞いを友人に言付けて
メールを出したら
電話がかかってきた。
「あんたさぁ、少しは節制しないと
大変なことになるよ。
ころっと死ぬなら楽でいいかも知れないけど
あっちこっち痛んだままずるずると生きるのって辛いよ。
無駄に医学が発達したから
そういうケースが増えてるんだからね。
一人暮らしなんだし、ちょっとは今回のことで懲りなさい。
入院中くらいはタバコやめて・・・
って、まさか吸ってないよねっ?」
「ぐへへへ・・・」
「ばっかもぉ〜〜ん!!
ほんとっに駄目人間なんだからぁ〜〜!!」
「いや、もう無くなったから吸いませんってば・・・。」
「てめぇ、いい加減にしないと本当に痛いめにあうよっ!」
どっかの姐御と三下の会話のようだが・・・
これくらいのことを言わないとヤツには効かないのだ。
 
予定より短い期間で退院できたと
昨日メールが来た。
心配である・・・
つくずく思うけど一人で
ちゃんと生きるのって難しいんだよね。
家族がいれば別なんだろうけど・・・。
もちろん、きちんと生活している人もいっぱいいるんだけどね。
 
不死身なだけに・・・長生きはしそうなんだけどなぁ。
 

Posted by mamedi5047604 at 16:08


2006年5月19日
あっという間に・・・

5月も半ばを過ぎてしまった。
歳を重ねるごとに時間の流れは加速度を増す。
残りがそんなにないんだからさぁ・・・もそっとゆるりとお願い!
 
とりたてて何か特別なことをしているわけでもないのに
一日が瞬く間に過ぎていく。
気が付くと遣り残したことが山のようにあって
あれも出来なかった、これもしなきゃいけないのに・・・等と
ちょっと言ってみたりする。
仕事が入っていない日は、やらなきゃいけないことなんて
あんまりないんだけどね。
 
スケジュールがびっしり埋まっていないと
落ち着かなかったのは何時の頃だっけ?
どうしてあんなに忙しかったんだろう?
あんなに急いで何処に行こうとしてたんだろう?
結局、行き着くところは決まっていたような気がする。
 
わたしがわたしである限り
きっと此処にたどり着くしかなかったんだよ。
 
でも、此処に来られて良かった。
 
あとは・・・みんなが早く追いついてくれて
わたしと一緒にお茶でも飲んでくれたら最高なんだけどな。
もちろんお酒でもいいけど・・・。
飛び切り美味しい紅茶を淹れてお待ちしてます。
 
さて・・・夕餉の支度に取り掛かるか・・・
 
あ!今日は手抜きだから!
 
追記
先週の徹夜に懲りて
読書は1週間に1冊と決めた。
自分に課した決め事は守る主義・・・。
週明けにうっかり1冊読んでしまった。
だから・・・暇なんだよね。

Posted by mamedi5047604 at 17:34


2006年5月18日
いじめU

がっかりした・・・
けど、それを口に出すことが
果たして正しいことなのかどうか・・・
逡巡した挙句、黙ることにした。
 
ああ、お利巧な大人になっちゃったんだなぁ。
そういう自分に出会うといつもそんな苦い想いを飲み下す。
 
結局、知人の娘は
担任の処遇にダメージを受けたという理由で学校を休み
知人は「担任と行き違いがあったようで参っているので休みます。」と連絡したそうだ。
放課後、駆けつけた担任と親子は話し合いを持ったらしい。
「自分が間違っていた。」と担任が謝罪したことで和解。
相手の子供への今後の対応に関して娘は「気長に待つよ。」と言ったそうな。
 
え?いじめたことを反省するんじゃなくて?
 
「やり方」に間違ったところはあったけど
噂を流した方にも「原因」はあったのだから。
これが結論らしい。
 
そのやり方が「いじめ」なんだろう?
ははぁ〜〜ん。
こうやって「いじめ」の温床は育まれていくわけか。
多くの場合、いじめてる方にその自覚がない、って
どこかで読んだ覚えがあるけど
こういうことか。
つまり、いじめる方にそれなりの「正当」な理由があるなら
その行為は許される、ってことだもんね。
 
トイレに呼び出されて
5人もの子に囲まれて・・・
相手の子は本当に怖かったんだと思う。
泣くしかなかったのは
「泣いて誤魔化そう」としただけじゃないんじゃないか?
「泣いてばっかりで話になんない!」と言われ
「うざい!」「きもい!」と
顔を合わすたびに罵倒されて・・・。
悪い噂が何なんだか知らんけど
多勢に無勢でやられたらきついでしょうよ。
 
陰口とか噂とか・・・そういうものに翻弄されないこと
っていう教訓もないんだね。
 
そりゃ、陰口や噂を流すのも
一歩間違えれば「いじめ」ではあるかも知れないのだけれど。
 
テレビの番組で
「状況の力」を実験しようとした心理学者の体験ドラマを放映していた。
優位的集団心理は弱者に対して支配的残虐的になっていく傾向がある、という。
特に権力に裏づけされた場合、状況の力は驚くべき速さで集団に浸透していく。
まさに、いじめがどんどんエスカレートするメカニズムと同じだ。
 
今回の件がどのような結末を迎えるのか・・・
不登校だった相手の子も通学してきたようだ。
折を見て教師が双方の子供たちを呼んで和解の場を提供し
ちゃんちゃん♪の手締めをしておしまいなんだろう。
本当におしまいになればいいけどね・・・。

Posted by mamedi5047604 at 09:28


2006年5月17日
いじめU

先日からわたしがここで思いつくままに駄文を書き付けると
何かそれに関連した事件が起こって世間を騒がせたり
身近にそういう出来事が発生する、という
奇妙な現象が続いているのだが・・・。
 
「いじめ」に関して
「いじめられる側」のことは話題になるが
「いじめる側」の話が聞こえてくることは少なく
「いじめる側」の意見というものをもっと聞いてみたいものだ、と書いた。
そうしたら昨日、知人のブログで
中学2年生になる娘が「いじめ事件」の渦中にいるという書き込みがあった。
いじめる側の主謀者とみなされているらしい。
本当にタイムリーな内容であったので興味深く読んだ。
 
学校からの連絡で、事件を知った知人は
すぐさま娘に問いただしたという。
これは順当な対処だろう。
娘は意外なほどあっさりと事実を認めたらしい。
 
さて、そこでだ・・・
知人は「何の理由もなく娘がそんな行為をするはずはない。」と考える。
そこで「いじめ」に至った「理由」を娘に聞いた、というのだ。
これも娘を信頼している知人にしてみれば
当然の行動なのかも知れないと思う。
が・・・この場合、「理由」と「弁解」は同意語なのではないのか、
とわたしは考える。
また、娘の述べ立てる「理由」如何で
娘の「いじめ」という行為は正当化されうるのだろうか、という疑問を持つ。
 
次に知人は、事件の経緯を娘に聞く。
娘の答えを知人は「事実」として認識し
情報を収集している学校側・・・担任にそれを伝える。
これにははっきりと疑問を感じる。
娘の供述は彼女にとっては真実かも知れないが
客観的な事実とは異なる可能性がある。
娘の言葉はあくまでも「情報」の一つに過ぎない。
学校側はそのように対処したらしい。
それが知人には納得がいかないようだ。
 
「いじめた娘は悪い。
が、娘にもそれなりの言い分があって
いじめにも理由があった。」と言うわけだ。
つまり、いじめられた側にも問題があるのではないか・・・。
言葉に表してはいないが、そういうことなのだろう。
 
いじめられた側の少女は現在、不登校の状態にある。
いじめた側の娘を含む5人の少女は通常通り通学しているそうだ。
 
客観的に考えるなら
一番優先的にされるべきは
いじめを受け、不登校になっている少女への対応である。
彼女が学校に出てこられる環境を整えることが
担任を含め学校側が重きをおく問題だろうと思う。
 
いじめを認めた娘は
いじめに関する自分の行動に対しては
反省と謝罪の意思を表明している。
しかし、問題はそこで終わりではない。
いじめられた子の、自分に対する不快な行為・・・
いじめの原因となった問題に対しては
「許して」はいないのだ。
きっかけはいじめられた子を発信源と推測される
悪意ある噂話だったという。
いじめも物理的な力の行使はなかった。
 
ニュースになるほど大事ではないにしろ
だからこそありがちな事件ではあると思う。
 
もしもわたしだったら・・・わたしが親だったら・・・
そう考えて理論を組み立てるのが一般的だろう。
う〜〜ん・・・けどねぇ・・・。
 
かなり乱暴だが、すごく乱暴だが・・・わたしなら
まず、いじめを認めた段階で
自分の子供をぶっとばしていると思う。
それは息子がいじめという問題を認識した時点で
常々、言い聞かせてきたことだ。
弁解を聞いたとしても、あくまでもいじめという行為は
許されるものではないのだから当然だ。
そして、不登校になっているという子供に謝罪に行かせる。
この場合、学校との連絡は二の次だ。
他に数人の子供が関わっているとしても
個人としての責任は個人が担うものだ。
わたしも自分の親としての監督不行き届きを謝罪する。
 
もっとも噂ごときことで
右往左往すること自体
わたしには子供を叱責するに値する事柄だ。
「真実は自分の中にある」
例えどんな噂を流布されようと、自分を自分が知っていれば
惑わされることはない。
だいたいそんな馬鹿馬鹿しいことで
傷ついたとか言ったら
我が家では笑いものである。
それが「いじめ」の原因だなんて「弁解」にもならない。
 
自分がされて嫌なことは他人にしない。
最低限の想像力を持っていれば「いじめ」は起こらない。
その想像力を身につけさせるのが
親の責任なのだと思う。
まぁ、言うは易しだ。
 
しかし、いじめる側の論理を垣間見た気がして複雑な心境ではある。
いじめた知人の娘は見知った子で
明瞭快活な良い子だ。
知人も生真面目で努力家で誠実な人物なのだ。
どうなっていくのかなぁ。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:34


2006年5月16日
第2の思春期

以前からわたしは45歳〜50歳の年代を
第2の思春期と提唱し続けてきた。
 
第1の思春期は誰もが知っているように
10代の始めから後半に至るまで嵐のように駆け抜ける。
わたしたちは人生という荒波の中に漕ぎ出していく小さな船だ。
自己の何たるかを知るための船出・・・そうしていよいよ大海に旅立つ日のために・・・
生きることに対するウォーミングアップ・・・それが第1の思春期なのだとわたしは考える。
 
しかし、やがてわたしたちは老いを迎える。
充実し、たぎったエネルギーを鎮めるときが来る。
風を孕んだ真帆を収めるのだ。
人生のクールダウン・・・それが第2の思春期なのだと思う。
 
しかし、思春期とはボーダーラインを越える葛藤の時だ。
第1の思春期に吹き荒れた熱帯低気圧は
第2の思春期では吹雪となって吹き荒れる。
衰える体力、萎える気力、抗う心・・・。
 
もちろん航海に成功したものたちは悠々と港に錨を沈めるように見える。
が、果たしてそうだろうか?
 
焦ることはない。
畏れることもない。
 
わたしたちは第1の思春期よりはるかに賢くなっている(はずだ)
きっと多くのことを学び、強くなっている。
無駄な時間などないのだ。
見果てぬ夢に浮かされることがない分
もっと上手にわたしたちは「時」と付き合っていける(はずだ)
 
風が止むことはない・・・
本当は・・・そういうこと・・・
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 21:13


2006年5月15日
親子

親子関係は、子供が最初に経験する基本的な人間関係だ。
この関係が上手く結べていないと
その後、子供の人生に大きな影を落とすことは想像に難くないだろう。
子供を儲けたからと言って、必ずしも「親」となるわけではないのが
親子関係の難しいところだ。
生殖機能があれば、誰でも子を産み、産ませることは出来る。
だが、「親」であることはその延長線上に当たり前に存在するのではないということだ。
 
わたしは、「親」となるにはある程度の資質が必要であると考える。
 
まず自分の感情をコントロールすることが可能であること。
容易く傷ついたり落ち込んだりしないこと。
他者を許容する容積が大きいこと。
人と信頼関係を構築することが出来、精神的に自立していること。
 
怒りの感情を抑えることが出来ない。
パニックを起こすことがある。
フラストレーションに弱い、ヒステリーを起こし易い。
こういう人は要注意だ。
つまり人間的に成熟していないことを意味する。
 
また、自分は感受性が強く、物事を深刻に捉えることが多いと
自覚する人も適格ではない。
情緒が豊かであることと傷つき易いことは全く別である。
こういう人は被害妄想的なことが多く
事態が悪化したことを自分以外に転嫁しがちだ。
 
血縁という繋がりがあるとは言え親と子は間違いなく他者同士だ。
子供という他者を自分の中に受け入れることが出来なければ
親子関係は成立しない。
子供を自分の作り上げた枠の中でしか受け入れられないとしたら
それは子供にとって大変不幸なことである。
 
親が以上の条件を満たしていないとき
その子供は何らかの問題を抱えることになるだろう。
これは親との関係が上手く結べなかったわたし自身の経験を踏まえて
考察したものである。
 
付け加えるならば、自分が親に正しく愛されたと思えない人の子供も
かなりの確率で子供の問題に悩むことになるだろう。
 
だからさ、努力するしかないわけよ。
 
親は子供に「頑張れ!」って言うけどさ
頑張らなきゃなんないのは親の方もなんだよ。
子供を見れば自分の問題点も見えてくる。
子供は自分の鏡だ。
 

Posted by mamedi5047604 at 17:10


2006年5月14日
交通博物館

今朝、新聞を広げたら
東京神田にある「交通博物館」が閉館になると出ていた。
東京大空襲の際にも焼け残り
その当時、10ヶ月間休館しただけで
70年あまりもの間、運営され続けてきたのだそうだ。
 
小学校低学年の頃、上野動物園に行ったついでに立ち寄ったのが、
わたしと「交通博物館」との出会いであった。
その後、上野動物園、科学博物館、交通博物館のコースが
わたしのお気に入りになった。
今もそうだが、入館料が子供でも払える金額であるというところが嬉しい。
それだけ人気もなかったということなのかも知れないが
混雑することもなく、じっくりと中の展示物を見学したり
実体験できる施設も多かったから、体験したり出来るのだった。
わたしは特に電車に興味があったわけではなかったが
そういうことに関係なく楽しめるテーマパークであったと思う。
息子を連れて行ったのも思い出深い。
 
最後に行ったのはいつだっただろう。
4年前に上野動物園に行ったときは
そのまま浅草に足を延ばしてしまったし
その次、神田の藪蕎麦から秋葉原へ寄ったときも
行きそびれてしまったから
もう10年になるだろうか。
なんだか寂しい。
 
建物の老朽化が理由だそうだ。
 
展示物の一部は埼玉に出来る施設に移転されるらしいが
あの味わいのある雰囲気は失われてしまう。
 
行きたかったな。
今日は何故か2度寝しちゃったんだよな。
滅多にないことなんだけどな。
 
今日、何のイベントもなく静かに閉館するそうだ。
「交通博物館」らしい最期なのかも知れない。
 
追記
ほとんどしたことのない2度寝をしたおかげで
たくさん夢を見た。
それが結構えげつないものから
現実?と見まがうものまで・・・。
此処に集まる友達の何人かがご出演下さったのも面白かった。
しかし、疲れた・・・。
夢を見すぎると疲れる。

Posted by mamedi5047604 at 13:33


2006年5月13日
雨の日

雨の日は苦手だ。
ずっと前には、嫌いだと思っていたけれど
好みの問題ではなくて
相性の合う合わないではないのか、と思い当たった。
 
今時の言葉を借りて言うならば
モチベーションは上がらない
テンションは下がる・・・
気分が滅入って何もやる気が起こらない。
 
ここのところ梅雨のような雨が続いていて
わたしは不貞腐れぎみである。
湿気を含んだ外気が心の中まで沁みこんできたようだ。
好きな読書でもすればいいのだろうが
今週は徹夜という前科を作ってしまったので
当分、読書は自粛すると決めている。
 
幼い頃、雨が降ったら外へ出してもらえなかった。
傘も満足にさせない・・・傘を振り回して壊す・・・服を泥だらけにする。
長靴に水を入れる、というのもあった。
洗濯物が乾かないことを思えば
無駄に汚れ物を増やすことはない、というわけだ。
 
あの頃は、雨の日だろうが何だろうが
天気や季節を
これほど気にしただろうか?
 
雨の日は一日が早く終わるような気がしてならない。
今日もあっと言う間に過ぎてしまった。
気が付いたら5時を回っている。
あ〜あ〜、掃除機かける時間がないじゃん・・・
え・・・ばれた?
そう、苦手な日に苦手なことをして
自分を追い込むこともないかなぁ〜なんてね。
 
雨の日にロマンティックな気分になれる人は
きっと誰かに恋をするのも上手なんだろう。
そんなことを意味もなく考える。
例え恋をしたとしても
「あばた」は「あばた」
決して「えくぼ」と勘違いをしないタイプのわたしは
やっぱりすかっと晴れている日がいい!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 17:04


2006年5月12日

昨年、中伊豆の修善寺にある
虹の里という公園に紅葉狩りに行ったときのこと・・・
それはライトアップされ
幻想的でこの世のものとは思われないくらいに美しかったのだが
わたしと仲間たちはすでにべろべろに酔っていて
恐らく周囲から顰蹙を浴びたのではないか?と思われるほど
ご機嫌に騒いでいたのだった。
 
園内にある鮎料理専門の店は「もの喰う・・・」にも度々登場しているので
ご存知の方も多いと思うが馴染みの店である。
店主がわたしたちのために特別に猪鍋を用意してくれるというので
夜の部が開園する前からスタッフのふりをして潜り込んで呑んでいた。
もちろん店主の計らいがあったればこそなのだが・・・。
花より団子ならぬ、紅葉より猪鍋。
いよいよ閉園時間が迫ってきたとき
「やっぱり見てきたほうがいいよ。」と店主に促されて
フラフラ園内の散策に出かけたのだった。
 
わたしは酔っ払うとシラフ時の何倍も
フレンドリーになってしまう癖がある。
袖触れ合うも多少の縁どころの話ではない。
その日も紅葉の写真を携帯カメラで撮っている
青年の一群をナンパしてしまった。
「ねぇねぇ、その写真頂戴!」
誰だ?あんたは・・・
 
酔っ払うことが分かっている席にカメラは持参しない。
これがわたしのポリシーである。
酔った自分を全く信用していないのだ。
大切なカメラを酔ったわたし=大馬鹿者に持たせるなんて
そんな危険な真似はしない。
シラフで考えることはまともだ。
 
けれど、紅葉があまりにも綺麗だったので
どうしても写真が欲しかった。
ナオトの携帯カメラの画像はあまり画素数がないので
映りがイマイチだ。
その点、彼らの持っている携帯は
かなり綺麗に写っていたのだ。
この時はもう見せてもらってたのね・・・。
「いいですよ。」
気のいい青年たちだった。
もしくは酔っ払いのおばさんの迫力に恐れをなしたのか。
聞けば新潟の看護専門学校に通う学生だと言う。
試験休みを利用して伊豆までドライブ旅行に来たのだそうだ。
で、最後は携帯のアドレスを交換したのであった。
「夏休みには東伊豆にも遊びにおいで!
格安料金で泊めてあげるよっ!ウィ〜♪」
全く調子のいいおばさんである。
 
そんな彼らから今日メールがきた。
「夏休みにみんなで行く予定です。」
ほぉ〜〜〜。
まんざら恐れをなしていただけでもないようだ。
 
こうしてわたしは行く先々で飲み食いし
酔っ払ってはナンパ(か?)を繰り返し
友達を増やしていく。
今年の夏もまた楽しい出会いがありそうだなぁ〜〜るん♪
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 16:31


2006年5月8日
安息日

ハリネズミはなかなか愛嬌のある動物であることが分かった。
が、この環境で飼うことは難しい。
あづきやまめぢにしょっちゅう覗き込まれていては
ハリネズミも気が休まらないだろう。
足袋や金ちゃんは論外だ。
彼らにハリネズミを家族だと理解させることは不可能である。
(足袋なんかあづきでさえ、家族と認めていないのだから・・・)
 
そこで、後ろ髪を引かれる思いではあったが
予定通りシャボテン公園に保護してもらうことにする。
 
イギリスの郊外では、
「ガーデニングを完璧にやるなら庭にハリネズミの一匹もいなくては!」と
いうのだそうだ。
けれど此処は日本。
元々、日本に生息していない動物を放すのは生態系を壊すことになる。
我が家の周囲でも頻繁に見かける台湾リス
みかん農家の間では問題になりつつあるらしい。
被害は年々増え続けている。
近い将来、台湾リスは害獣として駆除される運命だろう。
外来生物が何故、異常に繁殖するのか、と言えば
日本の気候に順応さえすれば、天敵がいないからである。
そして、増え続けた彼らは餌に窮し、しばしば人間の生活圏を荒らしにくる。
また、既存生物の食体系を著しく崩してしまう。
餌食にする場合すらある。
スポーツフィッシングのために放流されたブラックバスが
全国の湖で問題になっているのはその点だ。
 
卵の黄身が好物と聞いたので与えてみる。
食べた!

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
うふ・・・らぶり〜♪

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
つぶらな瞳がなんともキュート!
野生で繁殖した個体と思われ
大きい方(画像には映っていない)が母親であろうと推測される。
子供の方がやっぱり適応力があるなぁ。
大きい方は籠から出ようとしない。
排泄のときだけ、誰もいないのを見計らって籠から出てするようだ。
 
しかし・・・ダニが凄い・・・。
飼うのだったらフロントラインの猫用を使うといいらしい。
なんて・・・往生際が悪いのねぇ〜〜〜。
 
シャボテン公園ではこの手の届出がかなりあるようで
専用の書類まで用意されていた。
そこに必要事項を書き込みハリネズミとともに提出。
お別れだ。
「2匹は珍しいですね。」とのこと。
たった二日間だったけど、ちょっと寂しい。
係りの方に話を伺ったところ
最近では、我が家のある地区でも時折ハリネズミが発見されているのだそうだ。
 
名前、付けなくて良かった・・・。
 
ついでに、伊豆高原にある動物病院に寄る。
まめぢの健康診断と狂犬病の予防接種をしてもらうためだ。
健康診断では体重、体温を測り、血液検査をする。
異常がなければ、予防接種を受け
フィラリアのクスリを処方してもらう。
待合室には様々な犬猫が順番を待っていた。
臭いを嗅ぐことが生きがいのまめぢにとって
またとない情報収集のチャンスだ。
フンガフンガ、鼻を膨らませて喜ぶ。
診察室では完璧な優等生である。
血液検査のときにはちゃんと前足を差し出して
注射してもらっている。
下手な人間より人間らしい(?)
 
結果、今年も異常なし。
体重の維持を誉められる。
「数値もこれだけ安定しているラブは珍しいですよ。」
そーだろ、そーだろ・・・鬼呼ばわりされても
食餌の管理を徹底的にしてるもん!
フィラリアのクスリが始まった。
もう、夏が来るんだねぇ。
 
清算するときに、ペットコーディネーターの資格を持つ看護師の方に
足袋とあづきの相談をしてみる。
「雄、雌関係なく、仲の悪いのは悪いわねぇ。
相性の問題だから・・・。」
え・・・そうなの・・・。
じゃぁ、あづきのシーズンが来るのを待っても無駄ってこと?
う〜〜〜ん。
「それにしてもまだシーズンが来ないなんて変ねぇ。」
やっぱり?・・・
 
あづき、お前はどうしたんだい。
幼い頃の栄養状態が今も影響しているのだろうか。

Posted by mamedi5047604 at 12:51


2006年5月7日
緊急報告っ!

我が家・・・と言うか・・・わたし・・・と言うか
何か事件や騒動が、憑いているとしか思えない。
が、そんな毎日がちっとも嫌じゃないんだな。
 
実を言えば、隣のヒッキー君のことだって
嫌悪感だけで見てるわけじゃないし・・・。
 
さて、昨日深夜のことだった。
庭で猫の鳴き声がする。
うちの猫の鳴き声じゃないことはすぐに分かった。
以前は近所の外猫や、半野良猫が
うちの庭に入り込み、モグラを取ったり
中にはベランダまで上がって来て餌をねだることもあったが
まめぢが来てから、我が家の庭に猫が入り込むことはぱったりとなくなった。
猪もうちの庭だけ避けて行く。
大型犬の臭いはそれだけの威力があるらしい(まんまに臭いけどね)
本犬は全くの根性なしだが・・・それは関係ないのだ。
だから、珍しいこともあるものだ、と気になった。
しかも猫はずっと鳴き続けている。
すると、2階で寝ていた斉君も同じだったようで
下に降りてきた。
「子猫じゃないみたいだけど・・・。」
ちょっと普通の鳴き方じゃない。
確かめてみようということになった。
斉君が懐中電灯を持って庭に出る。
猫は鳴きやむ・・・家の中に入る・・・また鳴き出す・・・。
そんなことを数回繰り返して
「隣とうちの境目にいるみたいなんだけど
俺が出て行くと逃げるんだ。」
 
なんだろう?
 
家の中で様子を伺ってみる。
猫は戻ってきて鳴く。
 
意を決して斉君が庭を見回り始めた。
と・・・
「真理さん、真理さん、ちょっと来てっ!」
斉君の指差すところにいたものは・・・これ
隣の庭の際に丸くなって2匹。
 
これがウワサのハリネズミだっ!
 
伊豆高原の山の方で
遺棄されたペットが自然繁殖し増えていると聞いていた。
天敵がいないこと
日本で繁殖した個体のため寒さに強いこと
いざとなったら冬眠すること・・・等で
動作の緩慢なわりに増殖し続けているらしい。
しかし、伊豆高原から此処までは車で10分ほども距離がある。
また、その間には国道が横たわる。
とろいハリネズミの歩みで
どれほどの時間をかけて此処にたどり着いたのだろう。
 
猫はこの奇妙な動物に反応して鳴いていたのである。
 
獲物だと思って近づいたものの
丸まって針を向けられたら手も足も出ない。
困りきって鳴いていたのだろう。
 
早速、保護することにした。
可愛いをしている。
しかし、どうしたもんだろう?
こういう時、ネットは心強い味方だ。
様々な情報を得ることが出来た。
衣装ケースを使って臨時のゲージを作成。
こういう感じで落ち着いている。
餌はキャットフードやドッグフードをふやかしたものでも良いとのことで
用意してみた。
少し食べたようだ。
糞尿はしっかり出ている。
臭いは案外気にならない。
 
ハリネズミは食虫目・・・つまりモグラの仲間だそうだ。
 
方々に手を尽くした結果
シャボテン公園で保護してくれるとの解答を得られた。
明日、持って行こうと思う。
面白いけど・・・飼うわけにはいかないもんなぁ。
 
猫、犬に囲まれていたんじゃ
ハリネズミも生きた心地がしないだろう。
野生化したものだし、これから飼ってもなつくとは思えない。
一日、楽しませてくれた「訪問者」だった。
 
追伸
大きな画像は「お遊び部屋」に掲示してありますので
是非、ご覧下さい。
画像をクリックすると表示が拡大します。

Posted by mamedi5047604 at 18:13


2006年5月6日
ナオトの悲劇

ゴールデンウィークも終わろうとする日
ナオトが散髪に出かけると言う。
最近、この田舎町にも「1000円カットハウス」なるものが出来た。
ナオトは既に2回通っている。
「今回はちょっと短めにしてこようかと思ってるんですよ。」
ほぉ。
「久しぶりにヘアダイを買ってきたから染めたいし。」
ふぅん。
「どうぞ、ご自由に。」
「・・・。」
 
彼が出かけるのを待って、わたしも買い物に出た。
さて、そろそろ帰路につこうかという時に携帯にメールが入った。
「やっちゃった!まじ、やばい!」
いひひひ
あいつめ、さてはカットに失敗したな。
 
帰宅する。
玄関を入ったところでナオト発見!
「ぎゃはははははは!!!」
 
それは、白くて真ん丸いぽちゃぽちゃした大福顔に
つんつるてんの坊ちゃん刈り・・・ナオトの変わり果てた姿だった。
いや、顔は変わってないんだけどね。
 
「真理さんっっ!笑いすぎですっ!
隣のヒッキーが暴れますよっ!」
しかし、笑いは止まらない。
「だって、本当におかしいんだもん!」
 
15年前に戻ったみたいだ。
 
それから髪を染め、茶髪にしたものの
ただの赤毛の坊ちゃん刈りになっただけで
おかしさに変化はない。
「いいんですよ、これで当分カットに行かなくて済みますからね。
それに何ですよ、祇園に向けてさっぱりしたと思えばいいんですよ。」
「なに、自分で自分を慰めてんの?」
「誰も慰めてくれないからですっっ!」
ぎゃはははははは!
「ばっかでぇ〜〜〜!
ありえない!
ネタじゃぁないの?」
「ぶ〜〜〜〜〜っ!
なんで我が身を犠牲にしてまで笑いを取らなきゃならないんですかっ!」
 
ふくれっつらのまま自室に引きこもるナオト。
が、暫くするとまたリビングに下りてきた。
「真理さん、乾いてきたら両脇が膨らんできたような気がするんですけど・・・。」
「うん、確かに膨らんできたね。
ますます、坊ちゃん刈り度がアップしたんじゃない?」
容赦ないわたしの指摘にナオトはうなだれる。
「これワックスかなんかで抑えられないですかね。」
「さぁ。」
「つ・つめたい・・・。」
 
「大丈夫なんじゃないの?
お前が思ってるほど
だぁれも、お前のヘアースタイルなんて気にしてないよ。
こんなに笑ってくれるのはわたしくらいなもんだよ。」
 
「・・・。」
 

Posted by mamedi5047604 at 13:40


2006年5月2日
震源地レポート Y

この日(今日は6日)、地震波はベクトルを北東に向けた。
震源地のずれは僅か15キロでしかないのに
熱海、神奈川西部に大きな揺れがあったようだ。
我が家の揺れは震度2〜3程度に過ぎなかった。
一時は電車も止まったらしい。
急に報道が活発化した。
 
ゴールデンウィークの客足に影響が出ることは間違いないだろう。
 
出来れば、このまま沈静化してくれることを願う。
神奈川西部の断層にリンクしませんように!
 

Posted by mamedi5047604 at 12:01


2006年5月1日
震源地レポート X

昨日の熱海震度5の地震について
気象庁から正式な発表があった。
同じ伊豆東方沖地震という名称で呼ばれているが
先日まで我が家を脅かしていた地震とは
震源地が北北西に15キロほどずれ
別のものである可能性が高いという。
どうりで、いつものようなお尻の下から突き上げてくるような揺れではなかったはずだ。
少し離れたところから「伝わって」きた、という感覚があった。
まめぢも落ち着いていたし
わたし自身も冷静でいられた。
視界の片隅でナオトがおろおろと2階へ非難しようとする姿が見えて
ちょっと笑えた・・・あいつは頼りにならんな。
 
最も震度の大きかったのは網代で
熱海と伊東のちょうど真ん中辺りの地点だ。
先日の地震ではあまり揺れなかった伊東市街地も揺れたらしい。
しかし、我が家のある川奈地区は恐らく震度3もないような状態であった。
熱海市内でも湯河原寄りの方では震度2であったという。
車で走れば僅か30分以内で駆け抜けられる範囲でこの差だ。
 
今回の地震はマグニチュード4.4であった。
先日わたしが、震度4という気象庁の発表に大いに不満を漏らしていた地震は
マグニチュード5.6もあった。
伊豆の地震の伝達範囲は狭い、という仮説を立てるならば
震度計のある伊東市街地では震度4だったかも知れないが
川奈では震度5強であっても不思議はないと言える。
 
もちろん、これはこの一連の伊豆東方沖地震においてのみ言えることであって
他の地域における地震には全く当てはまらない。
 
また、震源地が微妙に動いていることが気にかかる。
このまま移動を続けると
神奈川西にある巨大な断層に少なからず影響を及ぼすことは必至だ。
もし、あの断層が動いたら・・・う〜〜〜ん
怖くて想像したくない。
 
地震に対する防災の心構えを
今一度確認していただきたいと切に願う。
 
さて、予定よりも早く着いてしまった引き出し式食器棚を
何とか所定の位置に運び入れて
来客に備える大作戦は2日間に渡って決行されたのであった。
結局、今までの食器棚(ガラス扉のものと引き出し式)2台から
全ての食器を出して・・・家具を大移動させ・・・食器を入れなおし
ガラス扉の食器棚に漫画本を入れる・・・作業の大半は
わたしが一人でやったのだった。
さすがにガラス扉の食器棚を移動させることは
斉君とナオトに任せたが・・・。
もうね、婆ちゃん骨バキバキ。
と、いうより、フルに活動できる自分に驚いた。
思った以上に体力が戻っているじゃない。
 
わたしは本に対する執着心が強い。
一度読破した本でも、気に入れば何度でも読み返す。
だから、滅多なことで本を委棄するようなことはない。
で、本はどんどん溜まっていく一方だ。
本のジャンルは問わないから中には「漫画」も含まれる。
今回、2階の書庫(?)からガラス戸だなに移したのは以下の漫画本である。
もちろんこれは一部に過ぎない。漫画だけでこの2倍はある。
かなり偏った趣味だけど分かるかな?
全部、読んだことのある人は・・・あなたも「お仲間でしゅかい?」
 
ドラゴンボール全42巻
カジカ
鳥山明○作劇場全3巻
ネコマジン
 
ONEPIECE〜41巻
ウォンテッド
 
どいつもこいつも
出直しといで全6巻
花田少年史全4巻
ハッスル全6巻
魚人荘から愛をこめて
ピアノの森〜11巻
 
失踪日記
 
風呂上りの夜空に全5巻
 
ダーリンは外国人〜2巻
ダーリンの頭の中
 
ショート・ピース
ハイウェイスター
気分はもう戦争
童夢
さよなら日本
彼女の想い出
 
ア・ホーマンス
 
夕凪の街・桜の国
 
パイナップルアーミー全8巻
MASTERキートン全18巻
MONSTER全18巻
別冊MONSTER
プルートー〜3巻
 
おせん〜11巻
 
家栽の人全15巻
 
スラムダンク全31巻
 
Dr.コトー診療所〜18巻
 
ウォーキング・オン全2巻
 
Dr.くまひげ全5巻
 
動物のお医者さん全12巻
 
代打屋トーゴー全25巻
チャイニーズ・エンジェル・カンパニー
 
人魚の森
人魚の傷
Pの悲劇
メゾン一刻全15巻
 
どろろ全4巻
 
裂けたパスポート全7巻
俺の空
 
首切り朝全10巻
 
ろくでなしブルース全42巻
 
湘南爆走族全16巻
スローニン全4巻
 
遥かなる甲子園全10巻
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 08:31


2006年4月30日
震源地レポート W

13時10分、北緯35度、東経139.1度で
マグニチュード4.4の地震が発生した。
気象庁の発表では熱海網代で震度5弱だったとのこと。
テレビ等で速報を知った方々から
ご心配の電話やメールをいただいたが
我が家はほとんど揺れなかったのである。
伊東市街地はかなり揺れたとの情報があるが・・・
多分、我が家は震度3くらいだったのではないだろうか。
地震というのは実に微妙なものだということが分かる。
恐らくプレートのずれる方向で伝わり方に差が生じると思われる。
 
お見舞いを頂いた方々、本当にありがとうございます。
 
さぁ、天皇賞まで掃除ぢゃ、掃除!

Posted by mamedi5047604 at 13:43


2006年4月29日
忙しい

昨日までと打って変わって忙しい。
ゴールデンウィークの準備でただでさえ忙しいのに
予定外に昨日の夜
引き出し式の食器棚が届いてしまったのだ。
来月配達のはずだったんじゃ・・・などと
言ってみても始まらない。
門扉から玄関までの階段を
一生懸命運んでくれた運送会社のお兄ちゃんたちに
「ご苦労様」以外の言葉は出ないしね・・・。
 
さぁ、大変だ。
収める場所に収めないと玄関は足の踏み場もない。
幅120センチ、奥行き45センチ、高さ83センチ。
もちろん一人じゃ運べないから
明日、ナオトと斉君が仕事から帰ってきたら
手伝ってもらうことにする。
が、それまでにやっておかなければならないことが
山のようにあるのだ。
古い引き出し式の食器棚(同じ大きさ)の中身を
一旦全て出して、30センチほど移動させる。
まぁ、それくらいはわたしにでも出来る。
で、ガラス式食器棚の中を全部出しておく。
ガラス式食器棚を設置する予定の階段下を整理して掃除する。
引き出し整理箪笥2台も全て空にして
ガラス式食器棚の引き出しに入っていたものを移動させる・・・。
家事はいつも通りあるし、仕入れに行ってこなきゃならないし。
パソコンに向かってる場合じゃないだろっ!
 
ああ、そうだった。
 
っつ〜ことで、暫くお暇を頂きます。
では・・・。
 
追伸
あづきを何とかしてくれ・・・

Posted by mamedi5047604 at 11:22


2006年4月26日
萌え・・・

流行り言葉とは違う。
今、伊豆はまさに「萌えている」
 
この世には、こんなにたくさんの緑色があったんだ・・・
初めて伊豆の初夏に出逢ったとき
わたしはそう思った。
 
雑木林の多い伊豆半島の初夏は
落葉樹の芽吹きが一斉に始まる。
わたしの稚拙な表現力や言葉の羅列では到底表すことが出来ない
それはそれは美しい色彩の世界だ。
 
悩ましいことに
庭の雑草たちもここぞとばかりに
元気よく顔を出し始める。
最初が肝心・・・と勇んで庭に出るが・・・
どうもわたしは「農耕民族系」ではないらしい。
草むしりが苦手でいけない。
 
我が家の庭の片隅に
2本の山桜が抱きあうように並んでいる。
花見の季節には雪のような白い花を咲かせ
萌え木の季節には毎年小指の頭ほどの小さな実をつける。
真紅に熟して落ちたものを拾って食べれば
それは甘くて美味しいのだが
いかんせん小さすぎるし
落ちた傍から虫がたかるので
人間様のおやつにはむかない。
それでも拾った実を蒸留酒に漬け込めば
ガーネット色の美しい果実酒になる。
 
この樹の下で一日を過ごすことが
この時期は楽しくてたまらない。
これから南の島に旅立つ小鳥たち・・・あるいは
やっとたどり着いた渡り鳥・・・
そんな様々な鳥たちが忙しく囀りながら
まだ翡翠のように硬いサクランボを啄ばんでいるのだ。
 
ヒヨドリ、イカル、四十雀、
ヤマガラ、鴬、メジロにエナガ
イソヒヨドリにオオルリ、ブッポウソウ
未確認ながらもっと多くの鳥たちが
すっかり茂った緑の中で
忙しく情報を交換しあっている。
実は、オオルリとブッポソウに関しては
まだ確かな証拠を掴んでいない。
今朝、葉陰にちらりと見えた
あの美しい瑠璃色は
オオルリだったんじゃないか?
サイトで泣き声を確認してみると
それらしく聞こえるのだが・・・。
一時も目が離せない。
 
ほころび始めたツツジの花に
クマンバチがくぐもった羽音を響かせて
蜜を集めに集まってくる。
クマンバチの巣の中には
ヒラズゲンセイの幼虫が寄生するのだよなぁ。
家の縁の下深く
きっとあるだろうクマンバチの巣を想像しながら
わたしはうっとりしてしまう。
本当はヒラズゲンセイの成虫すら見たことがないくせに。
 
と、まぁ
当初の目的とはかけ離れたところで
夢中になってしまうから
草むしりは一層はかどる気配もない。
って、はなっからやる気が全然ないんだけれど・・・。
 
そよぐ風まで薄き緑に染まりつつ
遠くホトトギスの初音聞く・・・

Posted by mamedi5047604 at 22:11


2006年4月25日
横浜のメリーさん

先日、新聞の片隅に
「横浜のメリーさん」が亡くなった、との
投稿記事が載っていた。
実際には昨年1月に郷里の岡山にある老人ホームで
亡くなっていたそうである。
横浜に住んでいたことのある人なら
一度くらいはこの名前を耳にしただろうと思う。
そして、1990年以前の横浜を知っているなら
伊勢崎町か横浜駅西口で
その姿を見かけたことがあるかも知れない。
横浜のメリーさん。
 
金髪に脱色した髪を結い上げ
真っ白に白粉を厚塗りした顔にアイラインと口紅を
デフォルメしたように大袈裟に引き
純白のドレス(時に他の色のドレスのこともあった)を着て
真っ赤な靴を履いて夜の街角に立っている・・・。
噂でしかないが
70歳を過ぎても現役の街娼だったそうだ。
そう、彼女は売春を生業としている女性だった。
 
戦後まもなく家族を養うため
神戸でアメリカ将校相手の娼婦となり
その後、一人の米兵の愛人となる(オンリーさんと言う)
米兵の転勤に伴って東京に移り住む。
米兵が帰国するまでは幸せだったという。
高級ホテルに住み優雅な暮らしをしていたらしい。
その後、横須賀を経て流れ着いたのが横浜だった。
横浜に来た当時、メリーさんは40歳を越えていたそうだ。
警察に検挙されること20数回。
それでも彼女は夜の横浜に立ち続けた。
詳しくは検索していただければ
メリーさんについて書かれたサイトは多数存在するので
参考にしていただきたい。
 
わたしが彼女に初めて逢ったのは
横浜駅西口にある天理教ビルの最上階。
今から30年も前のことである。
そこには、今は馬車道に移ったが横浜瀬里奈が在った。
あの店のつくりは少し変わっていて
エレベーターを降りると小さなホールになっており
ソファーが置かれていた。
店に入らなくてもそのスペースは外部の者が
自由に使って良いのだった。
店の入り口の両脇に男女それぞれのトイレがあって
そこも出入りは自由であった。
 
メリーさんはそこにいた。
トイレで着替えて化粧するのである。
(一般的には伊勢崎モール街の入り口にあった
森永ラブというハンバーガーショップで化粧すると言われていた)
大きな紙袋をいくつも持って彼女はトイレから出てくる。
初めて逢ったときは、その異様な姿に一瞬声を上げそうになるほど驚いたものだ。
あまりに目立ち過ぎるメリーさんの姿に
周囲の誰もがジロジロ無遠慮に視線を送るが
彼女は一向に気にする風もなくあくまでも優雅に立ち居振舞う。
暫く、ソファーで寛いだあと
メリーさんは夜の街に消えていった。
好奇心ではち切れそうになりながら
わたしは翌日、学校で情報を収集した。
知らないものはいなかった。
「それ、メリーさんだよ。
アメリカ兵相手の売春婦だったらしいけど
病気をうつされて頭おかしくなっちゃったんだって。」
あの容姿を見たらそう思われても仕方なかっただろう。
 
しかし、メリーさんは決して頭がおかしくなったのではなかった。
 
晩年を過ごした老人ホームでは
ごく普通の老女として静かに暮らしていたそうだ。
 
数奇な運命をたどったメリーさんの物語は
舞台、映画、ドキュメンタリー番組と様々な形で発表されている。
何が真実なのか、わたしには分からない。
だが、メリーさんが狂人扱いされながらも
75歳まで横浜の街に立ち続けたのは事実だ。
その後、何回が遭遇したが
彼女の表情にはいつも何か人を寄せ付けない厳しさがあったように思う。
 
日本語を忘れた元日本兵がロシアから一時帰国している。
20歳まで日本に生まれ、日本で暮らした人が
祖国の言葉を忘れてしまうとは
どんな生活を送ってきたのだろう。
80を越えた老人は、喜びに満ちた顔で
親族と抱き合っている・・・が
わたしは彼の表情に、メリーさんに見た
あの厳しさを感じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 12:26


2006年4月24日
震源地レポート V

昨夜未明に一度、震度2程度の有感地震があって
それ以降、静まっているかのような群発地震。
震度4強1回、震度3数回・・・
プレートのストレスもこれで収まってくれるとありがたい。
一昨日ついに朝刊全国版にこの地震のニュースが掲載され
ゴールデンウィークの客足に影響が出そうな気配だ。
宿泊業には死活問題となるだけに
関係者は報道のされ方に戦々恐々としていることだろう。
しかし、万が一のことを考えると悩ましい。
 
何かが壊れたり、負傷者が出ない限り
何の保障もされないから住民はただ耐えるしかない。
保障という形で考えられるのは火災保険に付随する地震保険がある。
伊豆半島は地震危険区域に入っているので
保険額は全国の最高額(因みに神奈川、東京も同額だが)である。
加入するにはかなりの負担だ。
またローンを払い終えていない家は加入対象外となる。
よって我が家は地震保険に加入出来ない。
(あと4年でローンが終わるので、そうしたらもちろん入る予定ではいるのだが)
それにしても、食器が数枚割れるような些細な金額では
保障の対象にはならないだろう。(免責額というのが設定されているはず)
自己防衛しかない。
 
ここで群発地震について
ちょっと説明しておこうと思う。
わたしの記憶の範疇で言えば
そもそもの始まりは日本の総理大臣がまだ中曽根氏で
ロシアのエリツィン元大統領を川奈に迎えた年のことだった。
あの年のちょうど今頃。
川奈沖2キロの付近を震源地とする地震が発生したのである。
それから数年、毎年同じ時期に群発地震は起こった。
それ以前にも火山性の群発地震はあった。
伊東の目と鼻の先にある海洋に
手石島という小さな小島が浮かんでいる。
その周辺は豊かな漁場となっているのだが
此処に海底火山が存在するのだ。
1989年の噴火は記憶に新しい。
1986年の大島三原山の噴火は目の当たりにした。
・・・ありゃ、凄かった。
ああ、間近でこんなに噴火するような火山が密集してるんじゃ
地震が起こるのも当たり前だ!
震源地に密接していると地震の伝わり方はダイレクトだ。
揺れる、というより一瞬浮く、あるいは落ちる、といった感覚が近い。
有感地震は震度1からカウントされるようだが
敏感な人が船酔い状態になるような無感地震は
一日中続いている。
先日は2200回を記録したそうだ。
だから、ずっと揺れていると言っても過言ではない。
それはまるで眩暈にも似ている。
決して気持ちの良いものではない。
今回の群発地震は火山性ではないようだ。
伊豆東方沖地震と言われるもので
知られているものでは1980年の地震で
震度5強を記録し被害も多く出た。
数日前には川奈の岬に2センチのずれが発表されたが
震源地と見られる海底に60センチの亀裂も新たに発見されたらしい。
 
伊東に住む人たちの中には
群発地震が起こっている間は
大きな地震がくることはない、と信じている人もいるのだけれど。
確かに小出しにストレスを吐き出してくれていれば
大きなエネルギーが溜まることはないようにも思うが
どうなんだろう?
震度4であっても、揺れる時間が長ければ
先日のようなことになるのだし
過去に震度5強の地震があったことを考えると
あまり楽観は出来ないように思う。
昨今話題になっている偽装建築のマンションなら倒壊するかも知れないのだ。
 
わたしの持論・・・もちろん元ねたの研究があってのことだが
日本の一箇所に起こる地震は、他の箇所の地震に連鎖する。
日本に関わるプレートはどれもどこかで関係し合っているのだから当然だろう。
先日、豊後水道、宮城沖で地震があったことは
決して無関係ではないと思っている。
特に環太平洋に関連するプレートのずれは
明らかに連鎖するものと断定する。
 
日本の何処に居ても地震の脅威から逃れることは出来ない。
いたるところに存在する断層は
何時ずれを生じても可笑しくはないのだ。
伊豆の群発地震を対岸の火事と考えないで欲しい。
 
今、わたしは外の物音
特に鳥の声には敏感になっている。
涎をたらしてだらしなく昼寝をしているまめぢや
意味もなく家中を走り回っているあづきは
何の参考にもならないだろうが
自然界に住む生き物たちには予知能力があるのではないか
と感じるからだ。
 
今朝方から、カラスがうるさく鳴いているのが気がかりではある。
まぁ、鶯もイソヒヨドリも四十雀も
やかましく囀っているけど・・・。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 09:54


2006年4月22日
震源地レポート U

一日経って、落ち着いて
昨日の地震について検証してみる。
 
わたしは、気象庁が発表した「震度4」の数値が
過少だと騒いでいたが
伊東の観測所の発表も同じで
どうやら「震度4」は間違いがなさそうな雲行きとなってきた。
そこでわたしなりに
マグニチュード5.6の大きさの地震が
沖合い2キロ(つまり我が家から5キロ圏内)
深さ10キロ前後(比較的浅いところ)で起きると
伝わる速度や臨場感などから
場所によって体感が違うのかも知れないと納得することにした。
 
それにしてもだ。
今までの地震と比べて
どうして大きな地震と感じたのか?
震度5強の地震よりも大きく感じたのは何故か?
何かもっと科学的な根拠があって然るべきではないのか。
 
それは地震の長さにあったのではないか。
と、思いついたのは昨夜のことだった。
 
震度5強の地震のときにも
食器はいくつか割れ、冷蔵庫も開いた。
(その時は食器棚の扉を紐で固定していた)
箪笥の上の小型テレビも落ちたし
外壁も少しはがれてしまった。
が、地震の起きている時間は短かった。
一瞬の出来事だったように思う。
コンビニに陳列してあった商品が落ちて散乱している画像が
繰り返しテレビで放映された地震である。
 
観光で成り立っている町ということで
損害や被害をあまり公にしたくない地元意識の中
それ以上は話題にならなかったが
怪我や人命に関わる被害、
また家屋倒壊などの大きな損害こそなかったものの
県道の地崩れやガラス類の破損は
そこかしこで報告されていた。
 
今回はどうか。
箪笥が倒れてきて頭に軽い怪我をした人1名。
ブロック塀の倒壊、がけ崩れ数箇所。
食器等の損壊多数。
同程度の状況だ。
 
思い出してみると
地震に気づき目覚めてから
まめぢに声をかけあづきを確保しようとし
あづきの失禁に気づき・・・
その間中、地震は続いていたことになるから
やはり随分と長い間揺れていたことになる。
あっと言う間の出来事ではなかった。
 
震度4でも、長い間続く地震は震度5強レベルの影響をもたらす。
これが今回の結論だ。
 
震源地はこの別荘地の山から見える海の底にある。
僅か2センチのずれが
関東海浜地区全体を揺るがす。
地球って凄いねぇ。
 
100円ショップに
冷蔵庫などのドアー開閉ストッパーが売っていた。
粘着シールもあった。
あまり売れている様子ではなかった・・・
既に防災の準備は万端なのか
それとも伊東の皆様が呑気なだけなのか・・・
 
今朝方も震度3の地震が何回かあった。
その度にまめぢはちょっとびびっている。
あづきは平然と悪巧みを遂行している。
 

Posted by mamedi5047604 at 09:23


2006年4月19日
疲労困憊

今日は寝坊した。
全く身体が始動しなかった。
明け方にあづきもまめぢも部屋から追い出し
泥のように眠り込んだ。
地震で目覚めたら8時を廻っていた。
斉君、ナオト・・・ごめん。
 
そう言えば・・・昨日
ほんの5分程度だったが
母が我が家に寄ったのだった。
「思っても口に出して汚いと言わないなら来てもいいよ。」と
あらかじめ条件を出しておいたので
母は黙っていたが・・・
座りもしなかったところを見ると
本当に汚いと思ったのだろう・・・。
だって、来るとは思わなかったから
掃除機もかけていなかったんだもの。
で、まめぢも足袋も金さんもあづきも
みぃ〜〜んな季節ガラ
物凄い抜け毛で・・・
獣をお飼いの方なら充分理解して頂けるとは思うが
そりゃもぉ、目を覆うような有様だったのさっ!
けっ!
もちろん、礼儀上それでも座ってお茶を飲む、なんてことを
母がするわけはない。
 
しかし、そこで大変面白いものを
観察することが出来た。
 
母を見た我が家のペットたちの反応である。
 
まず、金ちゃんは・・・
玄関のドアーを開けたわたしを見るなり
出迎えに走り寄って来たのであるが
視界に母を捉えると踵を返して逃げ出した。
いつもなら、初対面の人にも動じることなく
わたしに甘えようとするのに、である。
母の強烈なオーラにびびったか?!
 
逆に足袋は・・・
初めての客には強い警戒心を示すのが常なのだが
興味津々の風体で近寄って来て
母のスカートの裾の匂いを嗅ぐ、嗅ぐ。
香水に反応したのかも知れないが
家の守り神としての使命を果たしてくれたのではないだろうか。
 
まめぢは・・・
玄関を入るときには吼えなかったのだが
母の顔を見るとひどく驚いた様子で
わたしの後ろに回りこみ
小さな声で「ゎぅ」と鳴いた。
母が「あら、なによ!」と威嚇したので
更に怯えて「ゎぅ」と2度鳴いた。
一応、匂いを嗅ぎに近寄ったものの
すぐにわたしのところに逃げ帰ってきた。
森の中で猪と遭遇したときにも
こんなに怯えてはいなかった。
「真理さんの様子がいつもと余りにも違っていたから
まめぢもびびったんじゃないの?」
とは、斉君、学君、共通の見解である。
なるほど・・・納得。
 
あづきと言えば・・・
何を思ったのか
すぐにお腹を見せて
伸びのポーズ。
なんだ?お前は・・・。
 
そして、伊豆半島から母はいなくなった。
とにかくわたしのテリトリーにはもういない。
地震はずっと続いているけれど
もう安全だ。
 
後は、今日「呪いの牛肉」が届く予定になっているので
それが着いた礼の電話をかけることと
頼まれた伊勢海老と鮑の詰め合わせを
送った日にその連絡をすれば
着いたという電話があって一段落だろう。
ふぅ・・・これで当分、親に脅かされることはない・・・はずだ。
 
ふと、窓の外に目をやると
美しい萌黄色の世界が広がっていた。
小鳥の囀りが聞こえる。
ほぉ・・・・・っ!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 11:43


2006年4月18日
天変地異ぢゃっ!

昨夜、母から電話がかかってきた。
無事に城ヶ崎に到着したらしい。
「明日12時半に迎えに来て!
お昼は一緒に食べるから。」
え・・・。
そ・そんな一歩的な・・・なんでもう決定なの?
しくしく。
本当に涙が出てきた。
 
お昼食べるったって何処に行きゃいいのよっ!
ネットで目ぼしい食べ物屋を検索する。
行き着けのところには連れて行きたくない。
さりとてまずいところやセンスの悪い店は論外だ。
 
憂鬱さを通り越して疲労困憊。
精神的にかなり痛んでしまった。
 
やっと眠りに入った深夜・・・地震だ。
それも何度も何度も。
「あ・・・群発地震だ・・・。」
震源地が近いのは長年の勘で分かる。
何年ぶりだろうか。
東伊豆恒例の群発地震が始まったらしい。
 
伊豆の大地よ!
お前らにもわたしの気持ちが分かるのかい?
『知らん、知らん』
 
げ・・・あと1時間しかないっ!
 
つづく
 
つづきだ・・・
 
一応、生還は出来たらしい。
まだ、自分が自分だという実感がない。
嗚呼!希薄だっ!
猫脱がなきゃ・・・もぞもぞ・・・。
 
約束の時間に伊豆高原に着いた。
当初、伊東でと言っていたくせに
昨日、急に「伊豆高原」に待ち合わせ場所は変更となったのだ。
携帯の番号を教えてしまったが(痛恨の極み!)
メモした手帳を持ってこなかったとかで
「もう少し早く来るように電話しようと思ったのに!」
と苛立ったようにまくし立てる母。
ってね、あぁた・・・
そういうことは、もっと前に連絡くれなきゃ無理に決まってるでしょ?
それに、メモを忘れてきたのはわたしでなく
あなたなのよ・・・って言いたかったが
「はははは」と馬鹿っぽく笑うワタクシ。
(馬鹿でぇ〜〜〜すぅ)
まぁまぁ、ととりなす母の友人たち。
 
どうも、皆様は一本早い電車にお乗りになる予定だったのが
わたしに逢いたいからと
時間をわざわざずらして待っていて下さったらしいのだ。
(誰が頼んだよぉ〜、そんなことぉ〜)
母はそれが全部わたしのせいだと言いたいらしい。
(んなわけねぇだろぉ〜〜!知るかよぉ〜〜)
その次の電車というのも
8分後に出るという。
(やったっ!ラッキ〜♪)
挨拶も早々に、皆様改札口へと向かわれる。
「じゃ、来年ね!」
母を除いた4人は、神戸に帰るのだ。
「来年は湯布院ね!」
(ええのぉ〜)
 
いつまでも振り返り振り返り
名残惜しそうに手を振る婆5人。
阿呆のように母の後ろでペコペコしてるワタクシ。
(阿呆でぇすぅ〜〜)
 
さて・・・皆様の姿が消えると
急に母は母親の顔になる。
(ひぃ〜〜!)
 
ずるいよなぁ。
祖母の葬式以来、3年ぶりに逢った母は
すっかり歳をとっていた。
シャネルのスーツを着て
ヴィトンのバッグにシャネルのトート持って
格好は派手で74歳には見えないけど
やっぱり歳をとっていた。
あの高慢な顔つきやきっとした姿勢は
老婆のオブラートに隠されてしまっている。
少し太ったせいもあって
栗色の柔らかなショートヘアーでふんわりと包み込んだ頬は
わたしの猫より遥かに効果的じゃないかよっ!!
いつまでも「鬼婆」でいてくれないと
わたしの気持ちの持って行き場がないじゃないか。
薄いダークピンクのスモークが入った老眼鏡をはずした母の目は
なんだか黒くきょとんとしていて
意地悪さが消えていた。
もう地獄の底まで見通すような眼力はなくなってしまったのか?
 
いやいやいやいや
騙されちゃ駄目だぞ!真理!
 
緊張の3時間は過ぎていった。
全身に呪いをかけられて・・・精気を吸い取られた。
抜け殻よ・・・抜け殻。
 
群発地震は続いている。
ずっと揺れている感じが
船に乗って揺られているようで
ちょっと気持ち悪い。
震源地は例によって川奈沖だそうだ。
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 11:03


2006年4月17日
憂鬱だっ!!

先日、まんまと携帯番号を母親に吐露してしまった大馬鹿者→わたし。
ついに本日、母親ご一行様は伊豆半島に上陸あそばす。
いや、既に城ヶ崎海岸付近に到着していることだろう。
 
半径10キロ圏内に母親がいるかと思うと
気分は鉛のように重い。
 
明日は、女学校時代の友達と伊豆高原の近辺を観光し
伊東駅で皆と別れたあと
娘と逢う予定にしている我が母。
なんか急用でも出来て早く帰宅しなきゃなんないようなこと
起こらないかなぁ。
あ・・・携帯電話持ってないから
ゴルフに行き腐っている親父になにかあっても
連絡のとりようがないぢゃんか・・・。
 
74歳の婆様5人・・・と侮ってはならない。
全員身長160センチ以上はあるのだ。
長身であるが故に、徒党を組んだのだから彼女らは・・・。
神戸じゃ知らない人のない
天下の某女学校出身。当然、元お嬢様。
高慢ちきちきマシーン(ふるっ)の婆様たちなのだっ。
始末が悪いのだっ。
きっと観光地には不釣合いな偉くエレガントな(派手な)格好をし
関西弁とはちょっと違う神戸弁を巧みに操り
「ええ歳晒して」きゃっきゃ、きゃっきゃと
はしゃいでいるに違いない。
ああ、そう考えただけで死にたくなってくる。
 
もしかして全員に逢わなきゃならんような非常事態・・・
ありえないよねぇ。
まさか、そこまで空気が読めない母ではない・・・は・ず。
 
しょうがない。
腹くくるか・・・。
風呂入って・・・猫の着ぐるみかぶらにゃ。
飛び切り素直で親身な「真理ちゃんバージョン」
 
しかし、往生際の極めて悪いわたしは
今晩ずっとうだうだ言い続けることだろう。
 
やだやだやだやだやだやだ!
え〜〜〜んえんえん。。。

Posted by mamedi5047604 at 16:56


2006年4月9日
お見舞い

友人が足首を骨折し、靭帯を断裂させた。
栃木のゴルフ場でのことだ。
バンカーに入ったボールを出して、自分がバンカーにはまった・・・。
恰幅の良い体格を支え続けた足は
45年の重みに耐えかねたのか
簡単にぽっきり折れてしまったらしい。
簡単に折れた骨は簡単に付くようだが
靭帯のほうはそうはいかない。
これから辛いリハビリが始まる。
 
ヘビースモーカーで大酒飲み。
営業職だからほとんど毎日のように接待と称して飲み歩いていた彼が
青天の霹靂で禁酒禁煙の日々を余儀なくされたわけだ。
しかし、見舞いに訪れてみると
普段よりずっと顔色が良いことに気づく。
それはもう、誰が見てもそうなのだ。
「あんた、このまま当分入院してなさい。」
そう言いたくなった。
真新しいギプスにコメントを書いてくれ、と言う。
「清く正しく美しく!」
この1ヶ月で身体の中を浄化しなさいな。
こういう時、独身であるということは
気楽なものなのかも知れない。
 
長く母親と二人で暮らしているのだが
嫁いで家を出た妹二人も駆けつけ
寂しさはないようだ。
母親の友達・・・近所の叔母ちゃん連中も集合し
病室はむしろ賑やからしい。
病院は横浜の繁華街に隣接しており
通い慣れたクラブのお姉ちゃんたちも
顔くらいは出してくれるだろう。
狭い病院のベッドからはみ出しそうな身体を揺すって
「いやぁ、これが案外厄落としになったりしてね!」と
本人はあくまでも大らかだ。
 
しかし・・・いいのか?それで・・・。
 
独身男は気ままで我がままだ。
その上、年を重ねるにつれ
どんどん頑固になっていく。
誰かと折り合いをつけて暮らしていくということをしないから
我を曲げることを容易にしない。
自分の稼いだお金と自由な時間を
好きなように使えるのが当然と思っている。
今更、他の誰かと分かち合うことなんて
出来ないのかも知れない。
20代の半ばから、ずっと彼を見続けてきた。
結婚したらきっと上手くいくタイプだと思っていたのが
僅か3ヶ月で結婚生活にピリオドを打った時には驚いた。
その後、仕事にのめり込んで生きてきた。
おかげで同期の中では出世頭にはなったけれど・・・。
 
どうせ晴天の霹靂が下るなら
彼の伴侶となるべき女性が
何処からか降ってでも湧いてでも現れてはくれまいか。
人様におせっかいを焼く立場でもないので
偉そうなことは言えないが
ふと、そんな風に思ったのだった。
 
すでにギプスが取れ(15日現在)
リハビリが始まったという報告あり。
まだ禁煙してるとのこと。
よしよし・・・退院後の一服は旨いぞぉ〜!
 

Posted by mamedi5047604 at 10:26


2006年4月6日
活字中毒

入院中は自分が活字中毒であることに
どれほど感謝したか知れなかった。
ちょっとくらい辛い治療も
一人でいることの寂しさも
病気の恐怖からも
読書はわたしを救ってくれた。
 
因みに、わたしはある意味で
ひどく人見知りをする。
相通ずるものを感じない人には
愛想笑いをするのも苦痛だ。
当たり障りのない世間話も苦手だし
更に、そういう人たちに自分のことを詮索されるのは
大嫌いだっ!
よって、集団は苦手である。
入院中も個室に入っていた。
そのくせ、極度な寂しがりやでもある。
矛盾・・・というより自己中心的なのだろう。
現実逃避の手段・・・にも大いに活躍してくれる・・・活字中毒。
 
が、別に逃避しなくても良い状況の場合、
または、逃避しちゃまずいだろう?という場合、
この病気が出ると、わたしは窮地に立たされる。
一冊の本に没頭し始めたら
わたしは現実の世界を生きなくなるからだ。
まず、食欲、睡眠欲、あろうことかアルコール欲(?)まで
失せてしまうのである。
他の欲なんて「あったの?」ってなもんだ。
(排泄欲は読書をしながらでも出来るもぉん)
自分のことに関してさえそうなのだから
他のことはおして知るべし。
とにかく、片時も本から目が離せない。
 
さすがに半世紀も生きてきただけあって
最近はやっと自己制御が出来るようになってきた。
日常の業務に支障が出るような真似だけは
しないようになった・・・と思う。
加えて退院後すっかり進んだ老眼のせいで
本から離れていたのも事実だった。
 
が、読み始めたら・・・視力まで復活してきちゃった・・・。
どぉするよ、おい!
 
わたしの読書はイコール
ビジュアルな世界を体感するということだ。
文字、文章を把握し理解するのではない。
目だけは文字を追っているが
頭の中には文章が表した世界が再現されているのだ。
完全に同時進行する本の世界に
わたしは溶け込んでしまう。
 
実は、わたしには匂いを想起出来るという能力がある。
これは特異な能力だそうだ。
これがビジュアルにリアルさを添える。
 
わたしがミステリーやサスペンスものを避けていたのは
簡単に人が殺されたりレイプされたり
猟奇的な人間が当たり前のように闊歩したり・・・
そういう映像を好まないからであった。
しかし、嵌ったら抜け出せない。
だからこそ「活字中毒」なのだ。
 
今週はこれ以上、読むのを止めよう・・・昨夜午前1時
4冊目を読み終わって
固い決意の元、ベッドに潜り込んだ。
今朝5時半・・・
手は5冊目に伸びていた。
この手が悪いのねっっ!!この手がっっ!
 
まじで・・・やばい・・・
 
 

Posted by mamedi5047604 at 09:55


2006年4月5日
春だから?

わたしは自分が
他の人とはちょっと違うということを
充分、認識している。
しかし、その違いは実は同じテーブル上のものであって
価値観といった基準となるものには
ほとんど差はないということも知っている。
ある部分でわたしはごく一般的な常識で動いているし
不器用ではあるが、それなりにバランスをとって暮らしているとも思う。
たまさか面白いことに貪欲だったり
面倒くさい人間関係を思い切って捨ててしまっているだけに過ぎない。
もちろん「負けず嫌い」な気質は明らかに
突出しているのだろうが。
 
そして春だ。
わたしの周囲が俄かに動き出した。
それはわたしの意思とは関係なく
しかし、全く関係ないとは言いがたい程度に
静かにわたしを巻き込んでいく。
 
遠くに住んでいた友人一家が
横浜に転居してきた。
今後、付き合いは益々親密度を増すことだろう。
 
男友達がゴルフの最中に足首を骨折した。
どうしたらゴルフで骨折が出来るのか?
しかも全治3ヶ月の重症だ。
腱が断裂してしまったらしい。
骨折よりもそちらの方が大変なのだそうだ。
体重がかなりあるのでリハビリにも苦労するだろう。
今月中に見舞いに行かねばならない。
彼に連れて行かれた綺麗なお姉ちゃんのいるクラブのそばの
病院に入院しているそうだ・・・下心ありあり。
 
別の友人にまたぞろ虫が発生したらしい。
昨夜、骨折した友人の件で電話をかけてきて
それとなく仄めかしていた。
かなり酔っていたのでつい口に出してしまったのだ。
彼はいつもそうだ。
自分のこととなると言わずにはおれないところがある。
しかし、バイタリティーはあるよな。
前のことから半年空かないところが凄い。
今朝、再度電話をかけてきて
「昨日、電話しましたっけ?
何か話してました?」
なんだそりゃ・・・。
「あんまり変なもの拾わないでよね。」と釘を刺しておいたが・・・。
どうなることか。
 
たぁちゃんの次女が名古屋に転勤になった。
たぁちゃんの行動範囲が広がる。
 
まだまだ、何か起こりそうな気がする。
 
 
 追記
いやぁ〜、ここんとこちょっとある作家に嵌ってしまって
先週から続けて4冊もその作家の本を読んでしまっているものだから
(しかもミステリーもの!)
ブログの調子もそんな感じになっちゃった。
4冊目読んでる最中に書いたからね。
 
今、読了したところ。
ミステリーものはあまり馴染みがないので・・・
怖いねぇ〜。
一人でトイレに行けなくなりそ!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 17:15


2006年4月4日
衝動

タイトルは過激だけど内容はたいしたもんじゃない。
 
先週は平日から仕事が入っていたので
桜を愛でる暇もなく過ぎ
満開との情報を耳にするたびに
「今年も駄目かなぁ。」と
ため息をつきながら半ば諦めかけていた。
 
それと言うのも昨年
ちょうど桜のこの時期に
わたしは急性A型ウィルス性肝炎で
2週間もの入院生活を強いられていたからである。
いまだ何が原因なのか判明していないのが不満だが
放射線治療や抗がん剤による
免疫力低下が関係していることは間違いない。
元来は丈夫に出来ているはずのわたし、
医師も驚くハイペースで回復したが
桜の花を満喫することは出来なかった。
まだふらつく足取りでカメラを抱え
花吹雪の写真を撮るのがやっとだった。
 
確かに今年の桜の開花は早かった。
が、それからの気温がそれほど上昇しなかったことが幸いし
花の持ちは良かったようだ。
先日の夜桜に続き、昨日は伊豆高原の桜並木で
花のトンネルをそぞろ歩くことが叶った。
 
桜の上には突き抜けるような青い空が広がっている。
しかし、トンネルの中は仄暗く
時折吹く風に花びらが狂ったように舞い落ちる。
週末で人出のピークは終わったと見え
車も人通りも鬱陶しいほどではなかった。
メインの通りから折れて
伊豆高原ホテルの方まで足を延ばしてみる。
この通りの桜は背が高くて樹が古い。
花も少し大振りに感じる。
花で埋まったアーチの下を
のんびり歩を進めて行く。
坂道故にトンネルの終わりが見えない。
何処までもこの並木道が続いていくような錯覚を見る。
 
ホテルの前に着く頃にはTシャツの袖を捲し上げ
額の汗をぬぐうような陽気になった。
赤いポストの上にリスが乗って餌を食べていた。
ここら辺りの別荘には野鳥やリスを呼ぶための
餌場をよく見かける。
野生の動物に餌を与えることの是非は意見の分かれるところだが
あまりに可愛い仕草に思わずシャッターを切る。
むろんわたしは反対派なのであるが・・・。
 
すっかり満足して帰路についた。
 
と、前夜までの強い風のせいか
目の前に見える富士山の綺麗なこと!
気温が高くなると霞がかって
こんなにくっきりと見えることが少なくなってくるのだ。
 
富士山をバックに桜の花を撮ったら
きっと綺麗だろうなぁ・・・そう思ったら
ハンドルは中伊豆の方角に切られていた。
溜まったシーツの洗濯も
猫と犬の毛が舞っている床のことも
買い物をしないと碌なものが入っていない冷蔵庫も
全部、うっちゃっておいて
わたしは駿河湾を西に下っていた。
1時間半後、富士宮で焼き蕎麦を食べているわたし・・・。
 
朝霧高原まで行ってみたが
途中で桜の花が蕾に変わっていくことに気づく。
まだ、梅すら満開になっていない。
どうやら桜前線を越えてしまったようだ。
再度、富士宮まで降りてくる。
見事な桜はいくらでも咲いているのだが・・・
特に浅間神社の桜は圧巻だった。
けど、この町はとにかく
電線だらけなのだ・・・。
見るだけなら充分に楽しめるが
被写体としては興を削ぐ光景。
 
富士という山の圧倒的な存在感と
順序は逆になったが
蕾から花吹雪までの桜を充分に味わって
一日が暮れた。
家の中は汚いし・・・食卓もイマイチだったけど
心の中は満たされていた。
衝動もいいもんだ。
 

Posted by mamedi5047604 at 12:24


2006年3月28日
金縛り

友達のサイトの掲示板で
金縛りの話題が出ていて・・・
それで思い出した。
わたしは金縛りに遭っているひと(現在進行形)を
目撃したことがあるのだっ!
 
それは、わたしが一回目の結婚生活を
送っているときのこと。
とある休日・・・。
休日はだいたい昼近くまで寝ているのが
わたしたちの習慣だった。
先に目を覚ましたわたしは
寝床から起き上がってぼんやりとしていた。
すると、隣の布団の気配に
ただならぬものを感じたのだった。
視線を移すと
夫の寝顔が異様にこわばっているのに気づいた。
夫は仰向けに寝ていた。
伏せた瞼の裏側で
眼球がぐるぐると忙しく動いているのが分かる。
しかも歯を食いしばっているようなのだ。
「ひきつけ?(熱性痙攣)」
もっとよく見ようとにじり寄る。
 
夫の額には玉のような汗が噴出していた。
こわばっているのは顔だけではなかった。
どうやら全身が硬直している。
「え・・・金縛り?」
ひきつけを起こすには歳が喰い過ぎている。
わたしは夫に声をかけようか、どうしようか迷った。
もし、金縛りならことの顛末を見届けたい。
心配より好奇心の方が勝った・・・。
 
夫の眼球は激しく動き続けている。
時々、うっすらと瞼が開いているようにも見えた。
どれくらいの時間が経過しただろう。
恐らく5,6分だったのではないか。
布団に入っていた夫の両腕がゆっくり
ゆっくりと胸のほうに上がってくる。
握り締めた拳がわなわなと震えている。
「どんだけ力はいってるんだよっ!」
金縛りに遭っているであろう夫に突っ込む妻・・・。
 
やがて、夫の口が
酸素不足で溺れる寸前の鯉みたいに
ぱくぱくと開閉し始めた。
「ん?」
何か言葉を発しようとしている。
耳を近づけてみる。
「は・・・ひ・・・は・・・ひ・・・」
途切れ途切れに夫は何かを訴えようとしているだ。
なんだ??
 
「は・・・ひ・・・」
げ!もしかしたらわたしの名前を呼んでいるのでは?
 
うぅぅむ・・・ここで知らん顔をするのは・・・。
さすがのわたしも気がとがめた。
つまんないなぁ、もうちょっと見たかったのにぃ。
 
「○×ちゃん!○×ちゃん!」
呼びかけながら肩を揺する。
がばぁ〜〜〜っっ!!!
何か仕掛けでもあるかのように夫は跳ね起きた。
「はぁっ!はぁっ!・・・」
荒々しい呼吸でしばし絶句する夫。
「どうしたの?」あくまでも白々しい妻。
 
「い・いまね、俺さ、金縛りに遭ってたんだ!
苦しかったぁ〜〜〜!」
「え!そうなの?」(やっぱりっ!!)
「部屋の中に怖い何かがいっぱいいてさ・・・」
「ふんふん。」(わたししかいなかったよん♪)
「それがご〜〜って襲い掛かってきて・・・」
「へぇ〜〜。」(あんだけめん玉動かしてりゃ何か見えても不思議じゃないわ)
「動けなくなったんだ。」
「ほぉほぉ。」(力はいってたもんなぁ)
「苦しくて、苦しくて・・・」
「うんうん」(苦しそうだった)
「そしたら、遠くで真理の声がして・・・」
「へ?」(やべ!突っ込んだときの声か?)
「それで必至に呼んでさ・・・」
「あ〜ね〜。」(ほっ・・・)
「聞こえたの?」
「え?」(ぎくっ!)
「だって起こしてくれたじゃん。
ほんと、助かったよ。ありがとう!!」
ひしっ!泣きそうになって抱きつく夫。
後ろで舌を出す妻。
 
根が正直なわたしは(実は喋りたくて我慢できなかっただけ)
後日、ことの次第を夫に打ち明けた。
もちろん夫は怒っていた。
しかし、これが原因で別れたわけではないので念のため。
 
いやぁ、あれはいい経験だった。
わたしも何度か金縛りに遭ったことがあるが
客観的に見ることは、そうないと思う。
多分、金縛りのほとんどはあんなもんなんだろう。
 
あ・・・電話だ!
 
「呪い」の電話だった・・・。
え〜〜〜んえ〜〜〜ん
祟りだよぉ〜〜〜!
気の小さいわたしは・・・つい・・・
自分の携帯番号を母親にゲロしてしまった・・・
嗚呼!
金縛りの怨念だろうか?
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 11:36


2006年3月27日
自信の萎えた日・・・または瞬間

がさつでいい加減なわたしだから
自身に多くを求めるような無謀な真似はしていないつもりだけれど
時々、気持ちが萎んでしまうことだってあるわけで・・・。
もちろん、いつもいつも
自信満々でいられても目障りなだけだろうとは思うが。
はぁ・・・何やってんだかなぁ。
普通に自信が萎えている。
 
やることなすこと下らなく思えて
・・・いや、実際下らないしね・・・
こんなことしてる場合かよっ!とも感じられ・・・
自分の在るべき姿を見失ってしまう。
わたしってどんなやつだっけ?
 
ん?
 
どんなやつだと思ってたんだろう?
 
・・・・
 
多くを求めないとか言いながら
実は過大評価してたんじゃないの。
そうだ、そうだ。
きっとそうに違いない。
今更、付加を増やそうなんて
強欲に過ぎるというものだ。
今在る自分の中でやりくりしていくしかない。
がはははは!
 
一升徳利はどんなに頑張ったって
繊細で華奢な酒器にはなれんのだっ!
しかぁ〜し、大は小を兼ねることもある。
そうそう!ものは考えよう。
 
と、自信が萎えてから立ち直るまでの
30分間の葛藤であった・・・みじかっ!!
 
こういうのを
開き直りと言うのだろうか?
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:43


2006年3月25日
悩めるナオト

「真理さんっ!
やばいことに気が付いたんですけどっ!」
落ち着きのない様子でリビングに入ってくるナオト。
落ち着きのないのはいつものことか・・・。
じゃぁ、いつも以上に。
 
「なぁに?」
どうせ、たいしたことじゃないと
はなから相手にしていないわたし。
 
「30日ですね、うちの親が来るじゃないですか。」
 
そうだ、そうなのだ。
30日にナオトの父親が末の娘さんを連れて
我が家にやって来る。
春休みを利用して、妻の墓参りをするために
北海道から東京の実家に帰省してくるのである。
以前、東京に来ることがあったら
是非、足を延ばして伊豆にも来るように
誘ってはいたのだが
ナオトが下宿していることもあって
この度、それが実現することになったのだ。
ナオトの父親はI君という。
わたしとはI君がナオトの母親と交際をしていた頃からの知り合いだ。
 
「うん、そうだね。」
「それでですね、Hさん一家も来るじゃないですか。」
Hさん一家は会員さんである。
去年の祇園祭りにご一緒したので
ナオトとも面識がある。
「うん、いらっしゃるよ。」
「やばいんですよ。」
「何がやばいのよ。」
「全日本の試合があるんですよっ!」
 
そう言えば、仮想ブラジルとして話題になった
エクアドルとの試合が
近々、行われることは耳にしていた。
それが30日だったのか・・・。
「それで?」
「ここでテレビ観ちゃまずいです・・・よね?やっぱ・・・。」
「うん、まずいねぇ。」
「・・・真理さんはどうするんですか?」
「仕事に没頭しますよ、もちろん。」
「僕、2階に観に行っても問題はないですかねぇ?」
「さぁ?それはあんた自身の問題なんじゃないの?」
「え・・・。う〜〜〜ん・・・。」
 
先日もお話したとおり、ナオトはサッカー小僧だ。
子供の頃からのサッカーファンで
Jリーグはもとより、世界のサッカーにも注目している。
一度は部屋の壁一面に
サッカー選手のポスターを貼っていたくらいだ。
わたしが画鋲の使用を認めなかったため
両面テープで貼ったのですぐにはがれ落ちてしまったが・・・。
だから、全日本の選手が出場する試合を
見逃すわけにはいかないのだ・・・というのが
ナオトの言い分である。
分からなくもないけどね。
 
「はぁ〜〜〜。
親って僕がいるから来るんですよね?」
「まぁね。
けど、前からうちに遊びに来るようには
言ってあったんだよ。
今回はあんたがいるから、きっかけにはなったかもね。」
「それで、僕が食事を一緒にしないのはまずいですよね?」
「だねぇ。まずいって言うか、なんて言うか。
あれじゃない?あんたが家族の存在をどう思ってるかってことじゃない?」
「え〜〜〜〜!!なんですかそれぇ〜〜〜!」
「けけけ、冗談、冗談。」
「お父さんは、僕がサッカー好きなことは知ってますからねぇ。
大丈夫だとは思うんですよ。
ただ、場合が場合だけに・・・なんだよ、って言うかも知れないなぁ。」
「そりゃ、大人だから空気は読むよねぇ。」
「・・・。」
「けどさ、どうせ何がなんでも観に行くつもりなんでしょ?
だったら、悩んでるふりなんかしないで
さらっと『どうしても観たい試合があるんで』って言って
観ればいいんじゃないの?」
「まぁ、そうなんですけど・・・。」
 
ほかに選択肢を持っていないのだから
どうしようもないではないか。
ビデオ録画したのなんて「話にならない」と言い切っているんだし。
 
童顔に騙されてはいけない。
ナオトはあれでいてなかなか頑固だ。
正確には「頑迷」という。
特にわたしの指摘には耳を貸そうとしない。
我を通すほど、自分の考えに自信があるわけでもないくせに
素直にわたしの意見に従うことをよしとしない。
ならば、勝手にすればいいのだ。
自分の考えるとおり行動し
その責任をとればいい。
簡単なことである。
わたしは求められれば意見を言うが
それに従わないからと言って不機嫌になったりもしない。
それでもわたしに相談事を持ちかけるのは
甘えているんだろうかねぇ。
「やばいかも」と思っている自分の考えを
わたしに少しばかり支持して欲しいのだろう。
あわよくばサポートしてもらおうと思っているのかも知れない。
こういうのを「甘える」というのか・・・なるほどねぇ。
最近ではナオトの手口も見え見えなので
わたしもいい加減なところで聞き流すことにしている。
 
ぶつくさ言いながら2階に上がっていくナオトを見送って
きっと何とか上手い言葉を見繕って
みんなの前でナオトをフォローしている自分の姿が見えた気がした。
ちぇっ・・・案外、見透かされてたりしてね。
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:57


2006年3月23日
ちょっと触れちゃおう

一昨日、朝一番でコンビニに行った斉君。
抱えて帰って来たのは、手に入るだけのスポーツ新聞。
そう・・・先日、WBCで優勝した
王ジャパンの記事満載のスポーツ新聞だ。
「これはね、永久保存版にするの。」
更に
「野茂のノーヒットノーランも
広島の優勝のも
全部とってあるんだ。」
へぇ〜。
そんな趣味があるとは知らなかった。
仕事の関係で実況中継を観る事が出来なかったことが
残念でたまらない様子だ。
「録画しとけば良かったですね。」とナオトは言うけれど
もう、後の祭り・・・。
「あ〜〜あ〜〜
ワールドカップも奇跡が起きて
日本が優勝しないかなぁ〜〜〜!」
いや、それはちょっと難しいと思うぞ。
 
斉君はプロ野球ファンだ。
広島生まれで広島育ちらしく、根っからのカープファンである。
が、野茂投手には随分前から興味があったようで
彼が大リーグに挑戦したとき
かなり熱くなって応援していた。
話の相手をさせられるのはもっぱらわたしであるから
わたしも自然と野茂投手の情報を耳にしてきたわけだ。
プロ野球の話はいくらされても
特にセ・リーグにはちっとも興味が沸かず
聞き流すか鬱陶しがるか、なのだが
野茂投手のときは、わたしも一緒になって
いや、斉君以上に
彼の行動に批判的な
日本のメディアや野球関係者に腹を立てたものだ。
彼が大リーグで「トルネード」旋風を巻き起こしたとき
まるで友達でもあるかのように鼻を膨らませて
「どんなもんだいっ!」と誇らしかった。
 
それはイチロー選手のときもそうで
まだ彼がやっと仰木監督に見出されて
才能の片鱗を見せ始める頃から
チャーミングなアスリートだなぁ、と思って見てきた。
間もなく彼はどんどん有名になっていき
それと引き換えにマスコミに追い回されるようになって
野茂同様、表情が硬くなっていく過程は痛ましかった。
有名税とでも言うのだろうか。
アスリートとしての活躍だけではない部分・・・
私生活の細かなあれこれまで取りざたされるのは
ある程度までは仕方のないことかも知れないが
取材する側にももう少し節度があっていいのではないか。
それを求める多くの人がいる、ということが不思議で仕方ない。
 
今回のWBC大会は第一回目ということもあり
運営側の問題点も多々見聞するが
とにかく開催まで漕ぎつけたことに意義があったのだと思う。
今後、サッカーのワールドカップのように
世界のWBCになるためには
険しい過程を経ていかねばならないだろうが
野球がオリンピック種目からはずされてしまうことも考えると
是非、継続していって欲しいと願う。
ヨーロッパではマイナーなスポーツだからなぁ・・・野球って・・・。
 
わたしが、こんなにWBCに思い入れをするのは
紆余曲折はあったにせよ
日本が優勝戦に絡んだ(いやね、優勝しちゃったんだけどね)
というからだけではない。
やっぱり王監督なんだな。
分かる人には分かると思うけど・・・。
選手も選手なんだな。
分かる人は頷いてくれると思うけど・・・。
そして、2次予選からは本当に好ゲームの連続だった。
あんなに面白い試合なら
野球もまんざら捨てたもんじゃない。
日本のプロ野球が何故つまらないのか。
いやいや、これはプロ野球ファンなら誰しも知っていることだろう。
俄か野球ファンのわたしが敢えて触れることもあるまい。
 
ナオトはサッカー小僧である。
これから、やつの熱い季節がやってくる。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 09:54


2006年3月18日
常識

世間一般で言うところの常識とは
「健全な社会人なら持っているはずの
若しくは持っていることが要求される・・・
ごく普通の知識、判断力」という風に
辞書には載っている。
が、この「普通」というのが曲者で
その社会において何が普通で何が普通じゃないのか、ということは
ほとんど、その数によって、または支配する力によって
決定されている事柄なのである。
 
例えば、大雑把に過ぎるかも知れないが
地球的な規模で言えば
北半球と南半球の常識は明らかに違う。
 
人種、民族、宗教、国家、文化とことんやれな・・・
もう色々な要素で常識などというものは
違ってきてしまうのだ。
もちろん状況によっても・・・。
 
重い話をする気はないが
紛争、戦争下において相手方の軍関係者の殺人、
及び建築物への破壊行為は
ある意味「常識」として認められているのである。
まぁ、戦争をすること自体、健全であるとは言いがたいが。
 
こんな小さな島国日本でも
地方によって慣習が違えば常識も様変わりする。
 
つい、食べ物の話題にいってしまうが
大阪でキツネと言えば
味付けされた油揚げが乗ったかけうどんのことであり
タヌキは同じ状態のかけ蕎麦を指すが
東京でキツネは「うどん」か「蕎麦」のどちらかに
揚げの乗ったものであり
タヌキとは天かすの乗った「うどん」か「蕎麦」なのだ。
大阪では「常識的」に天かすと葱はサービスだ。
だから、単なるかけうどんや蕎麦を注文しても
天かすは付いてくる。
ところが、東京ではかけを注文しただけでは天かすは付いてこない。
お金を足して天かすを買わなければならないのだ。
ね?違うでしょ?
「肉じゃが」の肉も
大阪は「牛肉」が当たり前だが
他の場所では「豚肉」だという情報もある。
 
人によることもあるけれど
大阪で商品を購入するとき
黙って定価で買い物をする大阪人はまずいない。
オマケを要求することも当たり前だと考えている場合もままある。
デパートで商品を値切ったことのある東京人が
いったいどれくらいいるだろう?
もしかしたらいないんじゃないか?
簡単に大阪、東京の例を挙げてしまったが
これが九州ではまた違うかも知れないし
北海道でも沖縄でも
そこでは当たり前の常識が
他の地域では全く通用しなかったりするのだ。
 
では、もっと範囲を狭めてみよう。
各家庭の家族の単位ではどうだろう。
 
我が家では、夕食事の際に必ず全員揃って
「乾杯」をしてから始めるというルールがある。
これは既に習慣化しており
その中で育った息子にとっては「常識」となっているだろう。
今頃は、外の世界に多く触れ
そんなことをしている家庭の方が少ないと
認知しているかもわからないが。
先日、ナオトが「乾杯」をし終わった後に聞いてきた。
「○○(息子)がいたときも
いつもこうやって『乾杯』してたんですか?」
「そうだよ、当たり前じゃん。」←出た!当たり前!
「へぇ〜〜〜〜〜。」
 
そうか・・・わたしが「常識」を作る側になっていたんだなぁ。
今更ながらしみじみと思う。
 
大昔、わたしが小学校3年生の冬
我が家に洋式トイレが導入された。
それまで、わたしも弟も洋式トイレを見たことはあっても
使ったことがなかった。
さて、使用に当たって
父による洋式トイレ使用法の講習会が
実演とともに実施された。
(実演だよっ!ありえねぇ〜〜!)
 
「まず、トイレに入ったら
下半身は裸になるべし。
洋式トイレのドアーには必ずフックが付いているはずだ。
このフックは何の為にあるのか?
それは履いていたズポン、パンツ等をかける為である。
万が一、外のトイレでフックの付いていないところに入ってしまったときは
それら衣服はきちんとたたんで
膝の上に置くべし。」
当時、わたしにとって、多分弟にとっても
父は「常識」の源であった。
 
わたしと弟は随分と大人になるまで
全ての人がこうやって洋式トイレを使用しているものだと
信じて疑わなかった。
そして今でも弟は、下半身裸にならないと
洋式トイレ(大)を使えないでいる。
つまり、だから弟は
トイレの途中で電話に出なければならなかったとき
下半身、何も身につけていなかったのである。
股間に挟んだトイレットペーパー以外には・・・。
 
また、実家ではトイレは読書の場でもあった。
衛生的な面で言えば、どうだろう?と思うが
わたしは未だにトイレに本を持ち込む癖がある。
息子も幼い頃から絵本を持ってトイレに入っていた。
始めは「きったねぇ〜なぁ〜。」と言っていた斉君も
今では「ね、ワンピースの3巻知らねぇ?」と
トイレ本を探すようになった。
 
友人の家にお邪魔して
トイレに書棚が備え付けてあると
思わずにんまりしてしまう。
 
いつも「当たり前」だと思っていること
「常識」だと思っていることも
ちょっと視点を変えて
考え直してみると面白いかも知れない。
頭を柔らかくすることは大切だ。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:03


2006年3月15日
映画に行く

今日は車で1時間かけて三島まで行った。
映画を観るためだ。
伊豆は本当に住み易く、良いところだと思っているが
文化施設が少ない点がどうも気に入らない。
映画館が一軒もないなんて・・・伊豆の人間は映画を観ないのか?
 
長い休みになれば「伊東観光会館」(市営の公民館)に
「ドラエモン」「ワンピース」くらいは廻ってくる。
それも一日だけね。
息子が小学生の頃は、よく連れて行ったもんだ。
映画館用に作った設備じゃないから
子供騙しが精一杯なんだけど・・・。
時々、器械が不具合起こして中断なんかするんだもん。
 
わたしがいつも行く映画館は
規模はとても小さいが、
サービスデーが何パターンか設けられており
それを狙って行けば、だいたい一人1000円で観られる。
いくら小さいと言っても
音響設備を含めて「やっぱり映画館だよなぁ。」
 
今回は「ナルニア国物語」
さすが、ディズニー作品だ。
文句なく楽しめる出来である。
スタッフに「ロードオブザリング」のメンバーが多数参加している。
春休みに子供連れで観に行くひとも多いのではないかな。
戦闘シーンも子供向けにソフトに出来上がっているので、ご安心を。
すでに、第2章も進行しているらしい。
ハリーポッターの二の舞にならないことを祈る。
 
ああ、それにしても・・・
伊豆半島に映画館をっ!!
それと・・・センスのいいライブハウスをっっ!
 
 

Posted by mamedi5047604 at 17:51


2006年3月12日
ああ暇だ・・・

年度末はいつもこんな調子だ。
みんな仕事で忙しいと見える。
家族連れも子供がどんどん成長してしまい
親と行動をともにすることが少なくなって
春休みだから「家族旅行」に行こうか・・・などと
そんな話も出ないようだ。
予約の「よ」の字も入りゃしない。
 
年度末は卒業シーズンでもある。
 
そう言えば、先日
町田で卒業式を終えたと思しき集団と遭遇した折
斉君と話したことを思い出した。
「ねぇねぇ、卒業式で泣いたことってある?」
返事はわかっていた。
斉君が卒業式ごときで泣くはずがないからだ。
「ま・まさか、真理さん、泣いたくち?」
「ぎゃははは!まっさかぁ〜!
泣くわけないじゃん。
卒業したって逢いたい人には逢えばいいんだし
泣く理由が分からん。」
「だと思った。
俺なんかさ、卒業式の間中、眠くて眠くて
あくび連発しててさ
それで涙目になっちゃって
泣いてるんじゃないか、って誤解されるのが怖くて
参ったよぉ〜。
卒業式って眠いよね?」
「いや・・・それも分かんないけど・・・。」
 
だいたい、在校生だった頃には
学校やら教師の悪口を
拠ると触ると言い合っていた連中が
しかも「こんな学校、一刻も早く卒業しちゃいたい。」くらいのことを
公言してはばからなかったようなやつらが
肩を抱き合いながら大泣きしていることほど
鼻白む光景はなかった。
そんなわたしを見て友人たちは
「真理って本当に冷めてるよね。」と言ってたが
「冷めてるんじゃなくて覚めてるんだよっ!
なぁに、自分に酔ってんだよっ!」と笑い飛ばしてやったものだ。
 
いや、真面目に学校に通って真面目に学校を愛し
卒業というセレモニーに際し、
感極まって涙する生徒には
もちろん、そんなことは思いもしなかったよ、ほんとに!
 
今から35年前(げっ・・・)
わたしは「ある意味」生涯忘れないであろう卒業式を経験した。
 
わたしの通った中学は
全校生徒がどれかの部活に所属せねばならず
それは強制的なものだった。
わたしは剣道部に入ったが
後、部活の顧問に請われて水泳部に入部した。
つまりはスカウトされちゃったわけね。
その割には、タイムも伸びず
当て外れの生徒だったのだけど・・・。
 
ある日、部活が終わって帰り支度をしている時
下級生の一部が話し合っているのが聞こえた。
それは主だった大会が終わり
水泳のシーズン(夏休み)も過ぎようとしている頃だった。
「県大会に出られる子たちばっかりプールで練習してて
うちら全然プールに入れなくてさ
なんのために毎日学校来てるのか分からないよね。
タイムが遅いから練習したいのに・・・。
わたしたちだけで市営プール行って練習しようか?」
 
プールのコースは限られている。
県大会に出場できる選手が泳ぎこみをするには
コース一杯使わなければならない。
予選に落ちてしまった生徒は
水に入ることも許されず
ただプールサイドで声援を送ることを命ぜられていた。
他の競技と違って水泳はプールに入ってなんぼ・・・
陸上トレーニングがあるじゃないか、と言っても
やはり泳いでこそ結果が出るスポーツだ。
予選に落ちたとは言え
やる気のある生徒はいるわけで
自分たちも練習がしたい、
という気持ちがあっても不思議ではなかった。
その年は、才能のある選手が2人いて
県大会でも優勝を狙えるというので
顧問は彼らにかかりきりだった。
また、彼らを加えたリレーでも結果を出せそうだったので
そういった選手だけがプールを独占していたのである。
 
市営プールが開いている時間帯は
部活の時間帯と重なる。
つまりは部活をさぼる、ということとイコールだった。
それでも屋内プールなどというものが滅多になかった時代だ。
シーズンを逃したらプールでの練習は出来なくなってしまう。
みんなの気持ちは切実なものだった。
部活をさぼったら、それなりの制裁は予想できた。
 
上級生として、やり過ごせる内容の話ではなかった。
 
「どうした?」
と声をかけ、最初から彼女らの話を聞く。
どうしたものだろう・・・。
選手の練習を邪魔するつもりは
彼女らにも毛頭ないのだ。
ただ、泳ぎたい・・・それだけなのだ。
「ね、一応さ、顧問に相談しようよ。
黙って部活さぼるのは、やっぱり良くないと思う。
わたしたちの意見をきちんと聞いてもらって
それからだよ。」
おお、なんという模範的回答!
「わたしが顧問に言ってみるから。
それまで勝手な行動しちゃ駄目だよ。」
 
で、どうなったか、って?
 
わたしは生意気なことを言ったという理由で
顧問に叩かれ
「お前のような生徒はいらない!」と言われて
退部させられたのだった。
ありゃりゃ・・・。
 
「わたしがこの部の顧問なんです。
わたしに意見するなんて100年早い。
もしも、男だったら殴ってるところです。」
ここで断言するが、わたしは決して失礼な態度などとらなかったし
理路整然と下級生の気持ちを代弁しただけだ。
叩かれた瞬間、わけが分からず
「先生は今、何故叩かれたのですか?」と聞いてしまった。
「むかついたからだ。」の後にその台詞を投げつけられたのだった。
むかついたのはわたしの方だっちゅうのっ!
「むかついた、という理由で人に暴力を奮ってもいいと
先生はおっしゃってるんですよね?」
「あったりまえです!」
まぁね、ここで「そうですか、では教えに従います。」って
先生を叩き返しちゃったんだけどね。
退部は仕方ないかね。
 
そして月日は過ぎ・・・卒業式。
顧問は次期教頭と決まっていた。
偉そうな顔をして取り巻きの教師たちに囲まれていた。
するとその中の一人がわたしのところに来て
「校長室まで来い。」と言う。
実は、この顧問に反発して部活をやめた生徒
また、わたしのように退部させられた生徒は
何人もいたのである。
校長室の前にはそんな生徒たちが
怪訝そうな顔をして並んでいた。
「何が始まるんだ?」
「知らない。」
一人、一人
名前を呼ばれて校長室に入る。
と、出てくるときにはみんな泣いているのだ。
それも感激して泣いているといった感じなのである。
え?なんだ、なんだ?
一番最後がわたしの番だった。
部屋には数人の取り巻き連中と
なんでかよく分からないけど校長の椅子に座った顧問がいた。
(校長でもないくせに・・・)
「卒業おめでとう。」にこやかな顧問。
こいつがこんな笑いかたするのを初めて見た。
(なにへらへらしてるんだよっ。
あんたになんか言われたくないんだよっ!)
「いやぁ、あの時は、先生も本当につらかった。
苦渋の決断だったんです。」
(はぁ?なんのこと?)
「しかし、教師としては仕方なかった。
君はとても優秀な生徒だ。
そこらへんのことは充分理解できると思う。
卒業を機会にあの時のことは水に流そうじゃないか。」
そして、こともあろうに
手を差し伸べてきたではないか!!
 
あたま、おかしい?
 
「はぁ?何をおっしゃっているのかさっぱり分かりません。
教師として絶対やってはいけないことをやっておきながら
よくそういうことが言えますよね。
水に流すどころか
わたしは一生、あなたのことは忘れませんから。
いいんじゃないんですか?
生徒に忘れられないっていう意味ではまさにその通りなんですから!
では、失礼します。」
 
笑顔のままで顧問は凍り付いていた。
引くに引けなくなった顧問の右手だけが
行き場を失って宙に浮いて見えた。
 
なにが信じられないって
あんなお為ごかしの演技で
騙されて泣くやつらがいたのが信じられなかった。
「先生も悪いひとじゃなかったんだ。
自分たちのことを考えてくれてたんだ。」
ってねぇ・・・
んなわけねぇべっ!
やつは自分の保身のため
こんな茶番劇をやっただけなんだよっ!
 
当時、日教組問題等で教師全体が揺れ動いていた時代だったのだよね。
少しでも足元を見られたくなかったんだろう。
後で、仲の良かった教師に聞いたところでは
どうやら「お礼参り」も恐れていたんだそうな。
けっ!肝っ玉のちっさなやつっ!
 
もっとも、中学生の分際で
こんな生意気な女生徒もあんまりいなかっただろうけど。
これも負けず嫌いのなせる業かねぇ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 12:08


2006年3月11日
反抗期は終わったろ?

北海道に住むナオトの父親から電話がかかってきた。
彼は小学校の教師をしている。
春休みを利用して、末の娘を連れ
東京にある実家に帰省するという。
そのついでに伊豆まで足を延ばしたいのだが・・・
という内容であった。
もちろん喜んで迎えるとの返事をした。
その後、すぐそばにナオトがいたので
電話を代わった。
(わたしのパソコンでゲームソフトを購入していた。
ミスの連続で彼は未だに自分のパソコンが自由に使えない)
 
正直、驚いた。
いつものナオトとは別人の
不機嫌で生意気な「がき」がそこにいた。
「なに?来るんだって?
ばあちゃんに聞いたけど
車で来るの?なんで?
頭悪いんじゃない?だよね?」
 
はぁ〜〜〜〜〜〜っっ!?
 
誰?こいつ・・・。
何だかとても居心地が悪くて
わたしは席を立ってしまった。
 
時期を見計らって部屋に戻ってみると
ナオトのほうから話しかけてきた。
「真理さん、都内はディーゼル車乗り入れ禁止ですよね?」
 
要約すると、父親はサファリという大型の
4輪駆動車に乗っているのだが
その車はディーゼル仕様なのだそうだ。
乗用車であれば都内乗り入れも可能だが
登録によっては規制がある。
「1」「4」「8」ナンバーだと引っかかるらしい。
また、日程のことを考えると
フェリーを利用すると言っても
飛行機より往復に時間がかかるのは分かりきったことで
そういった諸々のことを考え合わせれば
車で来るのは得策ではない、と
ナオトは思っていたようだ。
「ばあちゃんに話を聞いてから
ずっとそう考えてたら
声を聞いた途端、思ってたことが
ストレートに出ちゃったんですよね。」
わたしの反応が気になったのか
言い訳を始める。
「あんたってさ、いつも親に対してああいう物言いするの?」
「ええ・・・。」
「へぇ〜〜。で、それに対してお父さんはどういう反応するの?」
「そりゃ、あんな言い方されたら
誰だってむかつきますよね?
当然、むっとしてましたよ。」
「だろうねぇ。」
「けど、他の人にはあんなこと言いませんよ。」
「あったりまえじゃん。
あんな話し方してたら
友達出来ないって!」
「まぁ、なんて言うんですかね。
家族だからって言うか・・・。
あんまりきついこと言った後は
自分に馬鹿馬鹿って思うんですけどね。
夏に帰省したときも大喧嘩ですよ。」
「ほへぇ〜〜〜〜。」
 
先日、ナオトがあんまり可笑しかったので
「あんたの家族っていつも笑いが絶えなかったでしょう?
こんな面白い子が家の中にいて楽しかっただろうね。」と言ったら
「そんな風に考えてんのは真理さんだけですよ。」と
妙に白けた顔をしてナオトが答えたのを思い出した。
 
もちろん、我が家において
ナオトはまだまだ気を遣っているのだと思う。
しかし、それは「当然」・・・「お互い様」の範疇で
神経をすり減らすような類のものではないはずだ。
 
いやいや、もしかしたら
必至になってわたしたちに合わそうとしているのかも知れない?
そりゃ、ないな。
だったら、こんなにべったり家に居るわけないもの。
(週休2日のほとんどを家で過ごしてる・・・因みに昨日、今日も)
 
わたしは親に「タメ口」をきいたことがない。
反抗的な言葉すら吐いたことがない。
(別にそれがいいと思っているわけではない)
息子もまた、わたしに対して
乱暴な物言いをしたことがない。
だから、たまに
来客の親子が
特に子供の方が親に対して
きつい言動をするのを見ると
先ほどのような居心地の悪さを感じてしまうのである。
そして、それ以上に
そういう子供に親が「普通」に接しているのを見て
心底びっくりしてしまうのだ。
 
わたしだったら・・・
子供がどうしてそんな態度をとるのか
理由を問いただすと思う。
明らかに相手に不愉快な気持ちを与えることが分かっていて
自発的に行う言動なのだから
そこには何らかの原因や理由があるはずで
それはわたしにとって
見過ごすことの出来ない重大事なのだ。
犬猫ではないけれど
人間だってその場その場で対処しなければならないことがあると思う。
一言で「反抗期」と片付けてしまうなら
それは日常的な当たり前となっていくのかも知れない。
しかし、親子であっても
思いやりがあって然るべきなのではないか。
わたしは誰にも理由なく不愉快な思いをさせられるのは好まない。
それは息子にも言えることだ。
反抗期とて例外ではない。
 
「わたしは超能力者じゃないから
意思表示をしてもらわなければ
お前の心の中なんて分かりようがない。
だから秘密を作ることも出来るのだし
だから知って欲しいと思うことは伝えなさい。」
へへへ・・・と、我が愚息は笑っておったが・・・。
どうも「超能力者」というところがツボに嵌ったらしい。
 
しかし、ナオトって反抗期というには
とうが立ち過ぎてないか?
「それじゃさ、お父さんたちが遊びにきたときに
いつもみたいな対応でナオトと喋っちゃまずいの?」
「そんなことないですよ・・・(歯切れが悪い)」
「なんか気を遣っちゃうなぁ〜〜!」
「大丈夫ですってばぁ〜。」
 
しっかし・・・お前に馬鹿呼ばわりされるなんて
お父さん、きっと心外だと思うぞ。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 08:57


2006年3月10日
冬眠

珍しく頭の芯がずきずき痛む。
頭痛なんて風邪で発熱した時以来だ。
いつものように起きて
弁当を作り、朝食の準備をして
体を動かしたのに
エンジンがかからない。
熱を測ってみると
34.6度・・・お〜〜い!
生きてますかぁ〜〜〜〜!
 
駄目だ、死んでる。
ということで、寝ることにした。
いつもならゴロゴロしていても眠れない時には眠れないものだが
うとうとではあるけれど
眠り続けた。
やっぱりどこか具合が悪かったんだろう。
夕方、35.7度まで体温が上がったので起きてみた。
頭痛も治っていた。
 
虫でさえ這い出してくるという季節に・・・冬眠だもの。
 
まぁね、これで冬が終わるのかなぁ、って感じかね。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 12:00


2006年3月9日
人間ウォッチング

伊東の街には2種類の人種しかいない。
観光客か地元民か。
別荘族も観光客の部類に入れてしまえば
これはほぼ80パーセントを占める。
わたしたちのような、そのどちらにも属さない人間は
ごく珍しいのだ。
以前はペンション族と呼ばれる人種もいたのだが
最近はめっきり減ってしまった。
わたしなんかその残骸なんだけれどもね。
もう20年も住んでいるのに
未だに「何処から遊びに来たんですか?ご旅行?」などと
聞かれてしまうのは
わたしが一目で地元民じゃない、と分かるからだろう。
 
だから観光シーズンをはずした伊東の街中は
誰もみな似たり寄ったりの格好をして歩いているのだ。
同じ気候風土の中で生活していると
似たような顔つきになってしまうのだろうか?
狭い土地柄、どっかで血が繋がっているのかも知れない。
苗字が偏っているのが、その証拠だろう。
 
その点、町田辺りでも
本当に色々な人種(正しくという意味も含めて)の坩堝だと思う。
きっとほとんど地元民なんかじゃないんだろう。
近隣の大学の卒業式シーズンで
しっくりこないスーツを着た青年や
艶やかな袴姿の女の子たちが
ぞろぞろと賑やかに歩いている。
大きなスーツケースをゴロゴロ転がしている子供もいる。
ティッシュを配るバイトの子
裏路地にあるアメリカンショップの呼び込みの子
キャッチセールスをしている怪しげなお兄ちゃん
ちょっとお洒落な中年のカップル
わっ!本当にいるよっ!のメイドコスプレ
こういう人たちは絶対に伊東ではお目にかかれない。
珍しさにきょろきょろしてしまう。
 
「真理さん、真理さん
思いっきり田舎もののお上りさんだからっ!」
 
へへへ
だってそのまんまじゃん。
 
もう同じ顔の人たちの中にいる方が
楽になっているのかなぁ。
久しぶりに群集の中の孤独を見たような気がした。
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 11:19


2006年3月8日
ご機嫌斜め

「もの食う・・・」にも書いたけど
わたしはご機嫌斜めである。
原因は分かっている。
馴染みのダイニング割烹が「ハズレ」だったという
理由だけではもちろんない。
それほど意地汚くはない・・・いや・・・
充分、意地汚いことは認めとかなきゃ嘘になるな。
けど、それと同じくらいに不愉快なことがあって
わたしは斜に構えてしまっているのである。
しかし、わたしがどんなに機嫌が悪かろうが
事態が変わることもなさそうなので
じゃぁ、そういう気分でいるだけ損じゃん!と
益々、不機嫌になるという悪循環。
 
自分にも全く責任がないわけじゃないんだから・・・
と言い聞かせるワタクシ。
 
笑わせてくれる人たちが周りにいてくれて
良かった♪
 
食い物と同じレベル?っていう突っ込みなら
それって、わたしにとっては
結構大きなことなんだよな、ってボケておこう。

Posted by mamedi5047604 at 11:05


2006年3月4日
だらだらと・・・

昨日の話はとりとめもなくて尻切れトンボで・・・
ごめんなさい。
いやね、よく考えてみたならば
とも子ちゃんの後日談って
あんまり笑えない話なのだよね。
 
結局、彼女の家庭は当時から
両親の不仲が決定的で
ちょっと歳の離れたとも子ちゃんの兄は
もうすでにぐれ始めていたそうな。
世間体は取り繕っていたらしいけれど
家庭内は滅茶苦茶で崩壊寸前だった。
その中にあって幼いとも子ちゃん一人が
何とかみんなを繋ぎとめようと
一生懸命優等生をやっていたわけだ。
なんとも健気で哀しい話だ。
本当の意味でとも子ちゃんは
「いい子」だったんだよねぇ。
後に兄は千葉でも名だたる暴走族のヘッドになり
両親は離婚。
とも子ちゃんも、優等生の役を演じる必要がなくなって
そりゃぁ〜迫力のある凄まじい「スケバン」になったという。
何回が補導され、少年院に送られ・・・それを繰り返し・・・
今は誰も彼女の行方を知らない。
そういうオチなわけ。
 
母の頼まれごとを引き受けて
10数年ぶりに以前住んでいたところの
ご近所さんに挨拶に行って耳にした噂だ。
とも子ちゃんは、その辺では知らない人がいないほど
有名人になっていた。
 
わたしが感じた仮面の裏は
やっぱり在ったのだけれど
もう、そんなことはどうでも良かった。
それよりも、完璧な優等生の仮面の裏で
とも子ちゃんがどんなに必死で助けを求めていたか
もがき苦しんでいたか
緊張で体中がこわばっていたか・・・
そういった想像される全てが
胸に突き刺さって痛かった。
 
もしかしたら・・・
わたしがとも子ちゃんに
わけの分からない闘争心を燃やしたのは
彼女が発する憎しみのオーラを
わたしが感じ取ったからじゃなかったのか。
とも子ちゃんは
みんなと公平に仲良くする良い子を演じながら
きっとみんなを公平に憎んでいたに違いない。
みんなにはそれが伝わらなかった。
何故なら、みんな「愛されることが当たり前」の
ある意味「良い子たち」ばかりだったから。
 
本音を分かち合うことが出来たら
とも子ちゃん
わたしたちは友達になれたかも知れなかったよね。
 
鏡よ、鏡よ、鏡さん
世界で一番、心の美しいのは誰?
 
白雪姫はとも子ちゃん
悪いお妃はわたし・・・。
 
なんてね・・・暗いでしょ?
 
ああ、なんか明るい話題を探しに行こうっと!
そーだ!
ナオトをいじめよう!
 

Posted by mamedi5047604 at 09:14


2006年3月3日
ひな祭りの思い出・・・か?

今朝は予定通り、朝いちで
河津さくらの咲いているポイントまで行ってきた。
雲ひとつない晴天だったのに
こういう時に限って天気予報が当たる。
現地に着く頃には曇ってきて
思うような写真は撮れなかった。
けど、まだ6分咲きといったところだったので
咲き終わる頃まで頑張ってみるか。
メジロにリスにイカルに四十雀・・・
桜に集まる彼らの姿もカメラに収めたいのだけれど
超望遠のレンズじゃないと
難しいんだよねぇ。
そんな財力のないわたしは
ひたすら桜の幹(花じゃないよぉ〜だ)の一部になって
彼らが警戒心を解いてくれるのを待つ。
意外なことに一番小柄なメジロが一番大胆で
ほんの数枚、撮ることが出来た。
シーズン終わりまでに気に入った写真が撮れるといいなぁ。
 
今日はひな祭りだ。
この頃になると、何故か思い出す出来事がある。
とっても恥ずかしくて、酸っぱい思い出・・・。
 
それは小学校2年生のことだった。
多分、卒業生を送る会か学芸会か・・・そんなところだと思う。
クラスごとに出し物を演じることになっていた。
うちのクラスは劇をやることになった。
 
演題は「白雪姫」
キャスティングはまず立候補。
ここで自ら手を挙げるものはいない。
次に推薦。
大方の予想通り、主役の白雪姫は
学級委員長の「とも子ちゃん」に決まりだった。
とも子ちゃんは、容姿もさることながら
絵に描いたような優等生で知られ
非の打ち所のないヒロインであった。
 
のはずだった・・・ところが・・・
何を血迷ったのか
わたしは自分が「白雪姫」になれると
思い込んでいたのである・・・。
今考えると
そりゃもう恥ずかしくて
どの面下げてそんなことを思いついたもんだか
図々しいにもほどがある・・・
自分で自分を引っぱたいてやりたいくらい。
けど、子供の思い込みというのは一途なものだ。
そう信じてしまったのだから仕方ない。
 
なのに、と当時のわたしは思った。
とも子ちゃんが満場一致・・・正確には
わたしを除いた全員の一致で
主役の座を奪ってしまったのだ。
さすがにわたしも、それを口に出すことはしなかった。
ただ、その瞬間に
だぁ〜〜〜〜〜っと大粒の涙を流して
泣き出したのである。
事態はもっと悪いか・・・。
 
担任はうろたえた。
どうして泣いているのか
始めは理解に苦しんだようだ。
クラスメイトに至っては
パニック状態。
なんせ、男子を泣かすことは数知れずあっても
男女(おとこんな)のわたしが泣くなんて!!と、いうわけだ。
もちろん、担任はすぐに察したらしい。
きっと大爆笑したかったろう、と思う。
よくぞ堪えたものだ。
 
体の大きさもさることながら
態度の大きさもそれに匹敵するくらいでかく
どんなに注意をしても
年がら年中男子と取っ組み合いの喧嘩をし
生傷の絶えないような子供が
こともあろうに「白雪姫」になりたい、とは!
 
「この子もやっぱり女の子なのねぇ・・・。」
もし、担任がそう思ったのだとしたら
それは違う。
恐らく、担任には
わたしが何故、「白雪姫」になりたかったのか、
その本当の理由までは
分からなかったことだろう。
 
ここで一つ説明しておかねばならないことがある。
何故、「なりたかった」という願望に過ぎなかったものが
「なれる」という根拠のない確信に変わってしまったのか?
それはひとえに
わたしの妄想癖によるものだった。
いくら「お馬鹿」なわたしでも
自分が「白雪姫」に推薦してもらえるとは
思っていなかったのである。
しかも、わたしはそういう意味で「お馬鹿」ではなかった。
だが、どうしても「白雪姫」になりたかった。
「悪いお妃」にはなりたくなかった。
そして、とも子ちゃんには負けたくなかったのだ!
叶うはずもないことを考えているうちに
わたしの頭は現実逃避を始めてしまった。
いざ、とも子ちゃんが主役に決定する瞬間まで
わたしは妄想の世界にいたのだ。
 
わたしが「白雪姫」になりたかった本当の理由。
それは前述したとおり
「悪いお妃」役になりたくなかったのと
とも子ちゃんに対するライバル心だった。
 
当時のわたしたちの中にあった
「白雪姫」のビジュアルイメージは
ウォルトディズニーのアニメーションそのものである。
背の高いキャストと言えば
女性では「魔法使いのお婆さん」になる前の
鏡に向かう「悪いお妃」、ただ一人・・・。
現に、その後、わたしはその役に推薦されるのであるが・・・。
 
因みに、わたしが生まれて初めて観たアニメーションが
この「白雪姫」であり・・・3歳頃か?・・・
映画館でわたしは
悪いお妃が毒林檎を作るシーンで泣き叫んで
館内から強制退去させられる、という
悪夢のようなトラウマを抱えていたのであった。
だから、絶対やりたくなかったのだ。
 
そして、とも子ちゃんは知らなかったと思うが
わたしは一方的に彼女をライバルと
決めていたのである。
それは、彼女の余りにも完璧な
優等生ぶりに向けられた闘争心だった。
成績に関しては
科目によってはわたしの方が出来たので
それは良しとした。
が、生活態度において
どんなに頑張っても
彼女のレベルには到底追いつけるものではなかった。
それが悔しくてならなかったのだ。
 
きっかけは、その冬のことだった。
自他共に認める健康優良児のわたしが咽頭炎になった。
熱がなかなか下がらず
母はわたしを病院に連れて行くことにした。
それは珍しいことだった。
その頃、咽頭炎になるとお尻にペニシリン注射をするのが
唯一の治療法だとされており
当然、わたしにもその診断が下ったのである。
別に注射が怖かったわけではない。
注射ごときでびびるような子供ではなかった。
が・・・お尻・・・に注射・・・というのが
わたしの恐怖感を煽ったのだと思う。
わたしは全身全霊を込めて抵抗を試みた。
それは凄まじいものだったようで
看護師、母、二人がかりで押さえこんでも
収まるどころの騒ぎではなかった。
ついに堪忍袋の緒が切れた母が
わたしを叩いた。
ふんぎゃぁ〜〜〜〜〜っっ!
熱に浮かされていたこともあったのだろう。
わたしは泣き出してしまった。
呆れた医師が言った。
「じゃぁ、君からやっちゃおう。」
 
ん?君?
 
すると、いつの間にか
そこにはとも子ちゃんがいたのである。
とも子ちゃんも咽頭炎になっていたのだった。
そして、一人で病院に来ていた。
そしてそして、声一つ立てずに
大人しく注射を打たれ
涙の一粒もこぼさず
パンツを上げた・・・。
 
大暴れしているわたしの惨めだったこと。
そして母は言った
「まぁ、とも子ちゃんはお利巧ねぇ。
それに比べてあなたって子はっ!
とも子ちゃんがちゃんと出来るのに
あなたは出来ないの?恥ずかしいっ!」
いつも、うちはうち、よそはよそとか言ってるくせによぉ!
追い討ちをかけるように看護師が続ける。
「本当にとも子ちゃんは偉いんですよ。
まだ2年生なのに一人で来れるんですものねぇ。」
とどめの一発は医師だった。
「誰かさんとは大違いだなぁ〜。わっはっは!」
 
うぅぅぅぅ〜〜〜〜。
そこからは悔し泣き・・・。
叩かれたからだったのか、泣きすぎたのか
頭がズキンズキン痛んだ。
診察室から出ていくとき
とも子ちゃんはわたしの方を見ずに
きちんと一礼をし
「ありがとうございました。」と言って帰った。
あくまでも完璧だった。
 
わたし?
もう手負いの野獣みたいなもんよ。
結局、その後随分と無駄に暴れた後
わたしのお尻にもペニシリン注射は打たれた。
 
どういうわけか、わたしはとも子ちゃんの完璧さには
裏があると感じていた。
完璧な優等生の裏側には
わたしと同じハチャメチャなところが眠っていると・・・。
だから彼女には負けたくないと
その時に思ったのだった。
 
後にわたしの勘は当たっていることが判明するのだが
10年も経ってからだった。
 
悪いお妃が嫌なら、もっと他にも
役柄はいくらでもあったと思うのだが
それは今だから言えることで
最終的にわたしは「悪いお妃」役に決まった。
 
しかし、わたしもとも子ちゃんも
舞台に立つことはなかったのである。
練習が始まるという翌日
わたしも(知らなかったが)とも子ちゃんも
二人とも麻疹にかかり長期休学してしまうのだ。
そのまま春休みを迎え
劇のことなどみんな忘れかかった頃
わたしは復学した。
クラス替えもあって
わたしはとも子ちゃんと
それからあまり逢うこともなくなった。
程なくしてわたしは転校し・・・
それから長い間、とも子ちゃんのことを思い出すこともなく
わたしは何回かひな祭りを過ごした。
 
10年後、ひな祭りの頃に
あの地に戻ってとも子ちゃんのその後を聞くまでは・・・。
 
ま、なんだね。
発熱すると興奮して泣いちゃうんだろうね、わたしの場合。
 
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:23


2006年3月2日
万年金欠病

天気の回復が遅い。
ほとんど1ヶ月遅れで河津さくらが咲いたという情報が入った。
今年も是非、写真を撮りに行きたいと思っている。
が、出来れば青い空の下
可憐に咲く薄紅色の花を撮りたいと思う。
技術の未熟さを光の力を借りて補おうという
せこいが、的確な判断である。
発色が違うんだよねぇ。
 
シーズン中は恐ろしい数の人々が
河津の町に押し寄せてくるから
写真を撮るには
早朝、まだ人影もまばらな時間帯に
現地にたどり着かなければならないのだ。
去年、別の場所にこの桜を見つけたので
そちらを狙おうか、とも考えている。
そこなら、花に群れるメジロの写真も撮れるかも知れない。
 
パソコンもそうだけれど、カメラ撮影にこんなに嵌るとは
思ってもいなかった。
銀塩カメラでは、多分こうはいかなかっただろうと思う。
何故なら、現像するのに
時間も費用もかかり過ぎるからだ。
自分で暗室を作るほどのめりこむ前に
面倒くさくなってしまっただろう。
その点、デジカメは便利だ。
撮ったその場で画像が確認出来る。
家に帰ってパソコンに繋げば
更に正確にチェックできる。
簡単な修正まで自分で出来てしまうのだ。
そして、もう一つ。
これが一番大きな理由なのだが
ホームページを通じて
みんなにその写真を見てもらうことが出来るということ。
拙い写真だということは充分承知しているが
だからこそ、モデルは最高のものをと心がけている。
綺麗なものや素晴らしい景色を見た感動を
少しでもみんなと共有することが出来たら、
こんな素敵なことはない。
この楽しみがあればこその撮影なのである。
 
今、欲しいのはレンズ。
広角レンズだ。
キャノンFE-S10−22というレンズに
目をつけている・・・が、付けてるだけ・・・。
つい目先の欲望に負けて
あっちこっち遊びまわっているので
ちっともお金が残りゃしない。
ネットで安い通販の店を見つけては
はぁ〜〜とため息をつきながら指を咥えている。
いつかゲットしてやるぞぉ!
 
河津さくらは遅れたけれど
他の桜は10日ほど早く咲くとの予報が出た。
ニュースの出所が気象庁なので
大いに疑問視しているが
信じないときに限って当たるから始末に悪い。
今年も信州伊那谷へ
高遠小彼岸さくらと、
気のいい仲間たちを尋ねて出かけるつもりなのだが
さてはて、何時に照準を合わせれば良いのだろう。
予報通りなら4月頭・・・例年通りなら4月の半ば。
 
ああ、そうしてまたお金が消えていくのねぇ〜〜〜。
けど・・・広角レンズは信州には間に合わせたいぞ。
むむむむむ!
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:48


2006年3月1日
老いるということU

先日、話題にした友人の母親が
2年間の意識不明状態から
永眠された、との連絡が先週の末に入った。
 
つい最近も、ネットで知り合った友人の親族が
長い介護の末に亡くなられたと
メッセージボードに書き込みがあったばかりだ。
 
こういうことって続くよね。
 
故人のご冥福を心からお祈りしたい。
 
どちらも「内心ほっとした。」というのは
正直な気持ちだろうと思う。
わたしも関わった全ての人たちに「お疲れ様でした。」と
心からそう思った。
 
以前に比べると、確かに「死」はわたしの身近になった。
それはわたしが「老い」というものに
近づきつつあることと同意語なのだろう。
老いるためのクールダウン・・・第2の思春期と・・・
自覚はしていても
それを丸ごと受け入れられるか?と言えば
なかなかどうして往生際は良くない。
 
もしも、癌という病気にならなかったら
今頃、わたしはもっと傲慢に時間の流れを
突っ走っていたに違いない。
口では「歳だよねぇ。」などと言いながら
衰えつつある気力体力に思いっきり鞭打つ生活を
続けていたに相違ないのだ。
だから、わたしに限って言えば
癌になったこともマイナスばかりとは言えない一面が
あるのかも知れない。
もちろん、良い子の皆さんは決して真似をしてはいけません。
 
ただ、老化現象の全てが「その後」にやってきたので
「老い」を認めることより「癌」のせいにするという
好ましくない癖がついてしまったのだけれど・・・。
 
まず、老眼がやってきた。
45を過ぎてピントロスが始まったことは分かっていた。
遠くのものから近くのものへ
またはその逆へ
急に視線を移すと焦点が合うのに
僅かだが時間がかかるようになったのだ。
それは1秒にも満たないロスタイムだったが
視力の抜群に良かったわたしには
鬱陶しいものだった。
それでも入院中は裸眼で読書が出来ていた。
疲れ目になることもなかった。
それが退院して間もなく
薄暗がりでの視力が著しく低下し
やがて、時刻表などが明かりに関係なく
判読しにくくなった。
今は新聞の文字がやっと読める程度だ。
それも疲れるので「老眼鏡」のお世話になっている。
これは手元に焦点を合わせてもらい、あつらえた。
もし、今まで視力に問題がなく
検査を必要としてこなかった人は
是非、この機会に視力検査をお勧めする。
今までメンテナンスをしてこなかった目に
思わぬトラブルが発生している可能性があるからだ。
わたしは左右に視力のばらつきがあったので
それに合わせてレンズを作ってもらった。
もちろん、市販の老眼鏡で間に合うのかも知れないが
合わない眼鏡は様々な症状を誘発する原因になる。
肩こり、頭痛等・・・なったことはないけど
なりたくはない。
 
眼鏡をかけるようになって初めて
自分がいかに視力に頼って生活してきたかを知った。
しかも、老眼というのは
手元以外の離れたものは
以前と変わりなく見えているのだから
眼鏡をかけっぱなしというわけにはいかない。
小鼻のところまで眼鏡をずらしてかけると
便利は良いが
はっきり言って「ばばくさい」
婆であることと、ばばくさいのは違うからね。
これは避けたい・・・となったら
いちいちかけたりはずしたり。
煩わしいことこの上ないのだ。
 
おまけに・・・わたしは
眼鏡の似合わない顔立ちをしている・・・。
鼻が低くて平べったい。
これは哀しい現実だが・・・仕方ない。
 
2年目にして
やっと眼鏡は顔の一部です〜♪
の心境になった。
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:49


2006年2月28日
寝坊

疲れているのが
病院に行ったものなのか
二日間飲んだくれてたからなのか
わたしの場合よく分からないんだけど
とにかく疲れていたので
本日は正々堂々と寝坊をさせていただいた。
正直に言ってしまうと
わたしの周囲はわたしに甘い。
 
病院に行くことだけを目的に
行動するのは絶対に嫌なので
必ずお楽しみイベントを設けることに決めているから
帰宅後はヨレヨレのボロボロになっていることがほとんどだ。
しかし、この疲労感が回復する頃には
病院への不快感も忘れてしまっているから
「これでいいのだ!」
 
今朝、布団の上にあづきが落ちてきて驚いた。
本棚から飛び降りたものらしい。
わたしに対して、人間と犬は甘いが猫は甘くないことを思い知らされる。
食事の要求だ・・・。
あんた、また大きくなってない?
みぞおちに入ってたら、当分起き上がれないところだった。
まめぢはベッドの脇でじっと我慢していた。
午前9時・・・わたしの寝坊ってこれが限界なのかね・・・。
 

Posted by mamedi5047604 at 14:54


2006年2月23日
老いるということ

昨日の夜・・・
さて、そろそろ寝ようか、と寝室へ引き上げようとした、その刹那
携帯のメール着信音が鳴った。
こんな夜更けに誰かしら?と訝りながら
発信者を確かめたら友人からだった。
ふむ・・・何かあったんだろうか?
 
飲み仲間の父親の訃報であった。
 
この歳にもなれば
親の訃報はたいして珍しくもない。
語弊があるかも知れないが
それほど動揺することはなくなったと思う。
我が父もそろそろ平均寿命を過ぎようとしていることを考えれば
わたしたちもそういう歳になったんだ、ということなのだ。
 
だが、知人の父親は自死であるという・・・。
投身自殺。
ショックだった。
定年退職されて悠々自適の生活を始められたばかり、と聞いていた。
一度、「いつもの散歩道」で紹介した、おたまじゃくしのいる原っぱで
まめぢと遊んでいるときに
知人と二人、仲良く散策しておられるのを見かけたことがあった。
「お父さんを湧き水のところまで連れて行ってあげようと思ってさ。」
その時、知人の脇でにこやかに会釈される姿を
何故か今でも覚えている。
 
飲み仲間である知人は
40を過ぎたというのに定職にもつかず
フリーターでその日、その日を凌いでいる、どうしようもないヤツだ。
せっかく彼女が出来たのに
そんな有様だから結婚も出来ず
最近は「金欠だぁ〜!」と飲む機会も滅多になかった。
が、何処か憎めないところがあって
周りの仲間たちも何かあると
彼に声をかけずにはいられないのだった。
父親は真面目一筋で料理人として働いてきた人だったから
そんな息子を情けなく思ってはいたようだが
そうやって寄り添って散歩をするところは
仲睦まじい親子そのものだった。
が、退職後すぐパーキンソン病を発病されていたそうだ。
パーキンソン病は原因不明の進行性麻痺である。
脳内のドーパミンが何らかの原因で不足し
不随意の痙攣を起こす麻痺症状を伴って
緩やかに筋肉が萎縮していってしまう病気だ。
それが不安で辛くて、近年うつ状態になっていたらしい。
あの原っぱの散歩も
そんな父親の気分を晴らそうと
彼が連れ出したものであったのだろう。
 
昨年の秋には首を吊ろうとしたところを発見され
家族もよくよく注意はしていたらしい。
心療内科にも通い
うつ症状の手当てもしていたそうだ。
毎日、マッサージをし、家族も手を尽くして
病気の進行を遅らせようと必至だったと聞く。
が・・・
最近は寝返りをうつことも一人では困難になり
近い将来、自分は寝たきりになるんじゃないか・・・死にたい・・・
そんなことを漏らすようにもなっていたという。
 
家族がふと目を離した隙に・・・不自由な体をおして外へ出て
最後の力を振り絞ったのが
「あの」柵を乗り越えることだったとすれば
なんて哀しいことだろう!
 
知人の落ち込みようは
傍で見ていられないほど激しいそうだ。
 
人間、生きていれば当たり前に老いていく。
誰だって、生きている間は
健康で元気でありたいと願う。
だが、数十年も休むことなく働いたからだは
多かれ少なかれ、どこかにガタがきて
どこかが痛んでくるだろう。
それもまた、当然のことなのではないのか。
寿命が延びれば延びるほど
そのリスクは高くなる。
先日も書いたが、人間80歳まで生きると
30パーセントもの確率で癌になるという。
 
もう、なっちゃったから言うわけじゃないけど
体のどこかが欠損したり
動かなくなったり
不自由になったりしたら
駄目なのかい?
人間失格なのかい?
 
寝たきりになるって、そりゃ辛いことだと思う。
想像を絶するような日常だろう。
介護をするほうも、されるほうも
地獄なんだと聞いたこともある。
綺麗ごとなんか言ってる場合じゃないだろう。
けど、じゃぁそうなった人間は「死んじゃった」方がいいのかい?
 
その人は
大切な人じゃないのかい?
 
もう自分で死ぬことも出来なくなってからでは遅い。
みんなの重荷になってはいけない。
それは正しいのか?
美しいのか?
自分がそうなることが許せなかったのかい?
 
 
2年間、意識もなく痛感反応もない母親を
看取っている友人がいる。
容姿も変わってしまった母親はただ強制栄養の管に繋がれて
生きているだけの状態だそうだ。
「毎日、母を看ているとね、この姿が当たり前になって
元気でいた頃の母を忘れてしまいそうになるのね。
なんかそれが嫌でね。
痛くも痒くもないって言うから、それだけが救いかなぁ。
危篤だって言われるたびに
『もう、楽になっていいよ』って言ってるんだけどねぇ。」
それでも自発呼吸をし生きている母親には
生きている意味はないのだろうか?
 
 
分からない・・・
自死をした知人の父親の気持ちを
否定する自分と
本音のところで肯定しそうになる自分・・・
友人の母親が
亡くなることで楽になるんじゃないかと言う友人に同意する自分と
生きていることに意味があるんだと正論を吐く自分・・・
自分の親が、痴呆で徘徊でぐちゃぐちゃの滅茶苦茶になっても
そんなふうに考えられるのか?
自分が将来そうなってしまう、と分かったときも
生きることを続けていけるのか?
 
答えは決まっているはずなのに
わたしの心は揺れ動く。
 
老いるということは罪なのか?
そんなわけないじゃんねぇ〜
そう思いたいのに
心が重い・・・。
 

Posted by mamedi5047604 at 10:54


2006年2月22日
菜の花

今日は朝から天気が良く
かねてから計画していた
「菜の花畑撮影会」(っつっても一人っきり・・・)を
決行することにした。
 
それは南伊豆の弓ヶ浜に注ぐ青野川沿いにある。
春は一面の菜の花・・・
夏は見上げるようなひまわり畑になる。
本ページに毎年のように写真を載せている
あの花畑である。
 
菜の花にはちょっとした思い入れがあって
どうしても撮りに行きたかった。
 
わたしは仕事柄
多くの人と出会う機会に恵まれ
老若男女問わず様々な方と接する。
どの方も皆、個性豊かで愛すべき人々であるのだが
わたしも人間・・・どうしたって「お気に入り」が出来てしまうことは仕方ない。
「その少女」の笑顔は、わたしにとって心に忘れえぬ面影を残した。
そして彼女のイメージが菜の花なのである。
毎年、わたしは菜の花の写真を撮る。
わたしの腕前はたいして上達もしないが、モデルが良いので
いつも綺麗な何枚かが撮れる。
 
それをホームページに公開して
「その少女」にメッセージを送る。
 
「あなたの笑顔が
決して曇ることのありませんように
春雷に打たれることがあっても
晴れやかな青空を信じ
太陽の日射しを集めて
凛と輝きますように・・・」
 
菜の花の黄色は春の色・・・
心の芯まで温かくなるような
柔らかで懐かしい色。
 
菜の花畑は湿った土の匂いと
ミツバチのくぐもった羽音に満ちていて
眠たくなるような幸せを感じた。
もう・・・春だ!
 

Posted by mamedi5047604 at 22:50


2006年2月21日
反抗期

昨日の話を少し引きずりつつ・・・
 
子育てとは本当に難しいものだと思う。
たいていの場合、子供と対峙する時間が
圧倒的に長いのは母親の方であり
その負担は人生そのものを左右するほど重い。
人一人を育てるのだから
それくらいは当たり前だ、という人がいたら
「あなたは独裁者にもなれるだろう!」と言いたい。
実際、自我を捨てて子供を育てることを美徳とするのは
前世代的発想であり
現代においてそんなことをしても
誰にも喜ばれることはない。
間違いなく子供からも疎まれることだろう。
 
社会を形成して生きる人間という動物は
全ての事柄において
共同作業を行うように出来ているにも関わらず
プライベートを重視するあまり
家庭内のことに他人が踏み入ることを
拒否し続けた結果
様々な弊害を生み出したことは事実だけれども
前世代的発想が是だということは断じてない、とわたしは思う。
 
特に子供の思春期反抗期における
母親の葛藤は神経をすり減らすほど大変なことだ。
周囲の人間が、少なくとも家族全員が
母親をフォローして然るべきなのではないだろうか。
 
わたくしごとで恐縮ですが・・・
わたしの息子には顕著な反抗期がなかった。
もちろん、母親と連れ立っての外出を嫌がった時期もあったし
極端に言葉数が少なくなったこともあった。
しかし、わたしに突っかかってきたり
口答えをするようなことは一回もなかったのだ。
 
理由はいくつか考えられる。
まず、息子の性格の資質によるところは大きいと思う。
彼は諍いというものをほとんど見ることなく成長してきた。
一人っ子の特性でもあるが
わたしたち家族は決して争いごとをしなかったのだ。
度々議論することはあったが
いかにその議論が白熱したとしても
諍いとは明らかに一線を画するものであった。
だから、彼は他者との軋轢を嫌う傾向が強かった。
 
そして、繰り返し記しているが
わたしが怖い存在だったことも確かにある。
思い返せば、父親や学君辺りに
反抗的な態度をとっていた記憶がかすかにあるからだ。
わたしは彼にとって、最終的砦ではあるが
常時甘えられる存在ではなかったのだろう。
 
もう一つ。
わたしが明確なルールを明示することで
自分も楽になろうとしたことと
彼も楽になったことだ。
「自由に行動しなさい。
善悪の判断は出来るはずだし、
その点については信頼しているから
自分の考えで判断し行動しなさい。
相談には乗るけど口出しはしない。」
この方針は徹底して貫いた。
勉強しろ、とか何々しろ、とか一切言わなかった。
聞かれなければ意見もしなかった。
それで成績が落ちようと
入る高校がなくなろうと
それはそれで彼の行動の結果だと思った。
 
黙っていてもいざとなったらやるべきことはやるものだ。
時間はいくらでもある。
出遅れたってかまやしない。
そう腹をくくった。
何とか地元の公立高校に潜りこんだが
みんなと歩調をあわせるなら
「今度からはもう少し早めに行動を起こさないとやばい。」
と気づいたようだった。
つまりは反抗するべき材料が乏しかったんだと思う。
 
「家は家族みんなのもの」なので
わたしの部屋に彼が出入りするのも
彼の部屋にわたしが入るのも自由だった。
見られたくないものは隠しておく。
年頃になったらエロ本やら何やら欲しくもなってくるだろうが
見られたくないなら見えないところにしまっておきなさい、と言ってあった。
だから、彼にもわたしにも
家族全員にも平等に
一人になれる空間は風呂とトイレだけだった。
彼の部屋を自由に掃除できるので
そういう意味でストレスはちっとも溜まらなかった。
彼もそういうものだろうと思っていたようだ。
 
要は親が子供に約束したことは何があっても守ることが
ポイントなんじゃないかと思う。
約束を守れなかった言い訳はしない。
何に対しても人のせいにしない。
逃げ場はなかったかも知れないが
こうして息子は反抗できずに成長していった。
 
常連のある男性に
「●●はさ、反抗とかしないの?
家出しようと思ったことくらいあるんじゃない?」と聞かれて
「え?なんで?」と答えていた息子。
今はしっかり一人暮らしに馴染んで
滅多に連絡もしてこない。
別にたいした学歴もなく、
名前も聞いたことのない小さな会社勤めをしている。
多分、そういう意味ではこれからも「勝ち組」になることはないだろう。
けど、親もそうなので勝ち名乗りを上げてもらっても困る。
 
中学高校を通して
部活を最後までやり通したことと
皆勤賞を取ったことは誉れだ。
それを「お母さんが駅まで送り迎えをしたおかげだ!」と
偉ぶる母親に苦笑いをする・・・
いや・・・本人にも言うけど
こんな馬鹿母に育てられたにも関わらず
変に曲がらず大人になってくれてありがとう。
彼のおかげで大人になれたのはわたしの方だった。
 
だが、しかし、もう一度子育てをしたいか?と聞かれたら
迷わず答える。
「ワタシには荷が重過ぎます。」
反抗期がなかったからと言って
決して平坦な道などないのが子育てなのである。
 

続きを読む...
Posted by mamedi5047604 at 16:16


2006年2月20日
子殺し

楽しい旅から帰って来て
いきなりこんな話題から入るのもなんだが・・・
 
また実の親による「子殺し」事件が起こった。
(他人の子供を惨殺するという凄惨な事件もあったが
それは今回の話題からははずしたい。)
一気に気持ちが暗く沈む。
 
自分の子供を虐待する事例はあとを絶たない。
「子捨て」「子殺し」は何も今に始まったことではない。
始まったことではないが、
だからこそ成熟した社会であれば
親に捨てられた子供たち、親に虐待される子供たちを
救うことはいくらでも出来るんじゃないか、と思うのだ。
 
「親なら子供を育てられて当たり前」という概念が
既に全くの勘違いである、ということに
社会全体がもっと気づいて
子供たちを守る方向に意識を高めていかなければ
このあまりに痛ましい事態は減少しないだろう。
 
子供を産んで育てる、ということが
比較的スムーズに行われるのは
本能に基づいて行動する動物になればなるほど多く
社会性を持って生活する動物になるほど少ないのは
動物学者の間では知られるところである。
学習する能力のある動物ほど
学習していないことは出来ない。
猫は人間に育てられても人間になることはないが
狼や猿に育てられた人間の子は
狼や猿になれるのだ。
そして人間に戻ることはほとんどないのである。
 
どだい、赤ん坊を身近に見たことがなく
触れたこともなく
世話をしたこともない人間が
赤ん坊を産んだという事実だけで
母親になれると考えるほうが不自然なのだ。
ましてや、自分が産みもしないのに
父親になるということはより困難だろう。
更に、自分自身に親から愛され慈しまれ
育てられたという実感が希薄な場合
どうやったら子供を愛せるか、分かるはずがないではないか。
 
少子化はやがて大きな社会問題となるだろう。
その中で尚、「子殺し」「子捨て」が
個人的な問題として放置されるなら
益々、親となるものは少なくなっていくに違いない。
「子殺し」をした親は鬼でもなければ畜生でもない。
彼らもまた「見捨てられた子供」たちであったのだ。
彼らを鬼畜にすることで、問題を解決した気になってはならない。
 
子供を守る為の機関、施設の徹底した充実と
権限の強化を早急に検討するべきだ。
今回の事件も、児童相談所の連絡ミスと
判断の甘さがなかったら
子供は死ななくて済んだ・・・
また、子供を社会全体で育成するという取り組みも
これからは必要になっていくのではないだろうか。
 
自分たちの生活水準を高めることばかりに夢中になり
基本的に「ただ生きる」ということが
ないがしろにされているのは
哀しいかな現実だ。
将来、自分の子供も親になる・・・その時
子供は自分がやったように子供を育てるだろう。
そういう想定で自己を顧ることは必要なのではないか。
 
では、わたしは自分のような人間が母親だったら
子供としてどう感じただろう?
実の親よりはマシというレベルか・・・。
情けない・・・。
 
芥川龍之介の「河童」という小説がある。
物語の中で、河童の赤ん坊は自分が生まれ出るかどうか
自分で選択することが出来るのだ。
「この世にはこんなことがあって、あんなこともあって
お前の親はこんなやつで
家はこういう状況で・・・」
母親の胎内から出る直前に親河童から説明を受けた赤ん坊は
「じゃ、やめとくわ」と出産拒否も出来るのである。
人間にはそんなことは出来ないのだから
産むほうが責任を持って産まなきゃ・・・。
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 14:23


2006年2月16日
遊んでますっ!

南伊豆まで車を走らせた。
今年の冬は思わぬ寒さが続き
いつもならほころび始める河津さくらが
まだ一分咲きという有様で
「河津さくら祭り」が開催されているというのに
花のない桜並木に提灯が寒々しく揺れていた。
それでも観光バスはやって来る。
思ったより道が混んでいるのだ。
昨今流行りの「日帰りバスツアー」や「温泉巡りツアー」のようだ。
 
イベント盛りだくさんの「日帰りツアー」は
中伊豆でのイチゴ狩りも企画に入っているのだろう。
桜は咲いていなくても
露天で土産物を買ったり、甘酒かなんか飲んだりして
賑やかに語らいながら中高年の女性たちがそぞろ歩いている。
それはそれで楽しいのかも知れない。
出来れば可憐な桜の花も観て行って欲しいものだけれど。
 
わたしが伊豆に移り住んで間もなくの頃は
まだこの祭りも小規模なもので
出店する露天も少なく、
名前も知られていなかったのではないだろうか。
川の土手に咲く、菜の花の中に座りこんで
ビール片手に寝転んで桜を愛でることが出来たものだ。
なんとなく当時が懐かしい。
 
最近は南伊豆にある菜の花畑が
この季節のお気に入りだ。
夏にはひまわり畑になるところだ。
昨年は思いもかけず急性A型肝炎になんぞなってしまったもので
花の写真を撮るチャンスをことごとく逃がしてしまった。
今年は花の時期が大幅にずれ込んで
まだ満足のいく花にめぐり合えていない。
自然が相手だからそういう難しさもある。
 
週末は吹雪だという北の国へ向かう。
酒蔵を見学に行って来るのだ。
もう3回目だから・・・新酒を飲ませてもらいに行く・・・というのが
正しいのだろうか。
 
彼らの前で暴れたことなんか一回もないのに
「暴れたら飲み屋に置いて帰るからねっ!」などと宣告されている。
雪の中で行き倒れにならなければ、旅の報告が出来ると思う。
本当は来て欲しいくせにぃ〜〜〜!
 

Posted by mamedi5047604 at 15:32


2006年2月15日
春?

暖かいを通り越して
汗ばむような一日だった。
天気も良い。
こんな日に、部屋の中でじっとしているなんて
わたしには出来ない。
と言うわけで、外に飛び出した。
南伊豆の菜の花畑で
菜の花が満開になっていると聞いたので
写真を撮りに行こうか、とも思ったのだが
以前から是非一度、挑戦したいと考えていた
陶芸の体験教室に出かけることにしたのだった。
 
こういう施設がお手軽な価格でいくつか在るのは
観光地の利点だ。
鼻歌まじりに、車を走らせること15分。
目的地に到着。
窓を全開で走らせてちょうどいい気温だった。
 
電動ろくろのコース、手びねりのコース
他、兜、鯉のぼり、ランプ、燭台・・・等メニューは盛りだくさん。
電動ろくろが見た目格好良かったので
ちょっと心が動いたけれど
初めてのことなので手びねりを選んだ。
1900円(焼き代込み)で1キロの粘土を使い自由に創作する。
時間は無制限。
観光客と思しき人々で結構賑わっている。
意外だった。
 
スタッフが湯のみと皿の作り方を実演しながら説明してくれる。
簡単そうに見える。
「作るものは決められましたか?」
突然話をふられて動揺するわたし。
え・・・
「箸置き・・・。」
一瞬、スタッフの顔に困惑の表情が浮かぶ。
(そんなもん作るんかいっ!)
 
実は我が家には、陶芸を趣味とされるお客さまがいて
ぐい飲みや皿は余るほど頂いたものがあるのだ。
その方は著名な陶芸家に習っておられ本格的・・・
今更、わたしがちょこちょこっと作った器など
必要ないのである。
しかし、箸置きは別で
気に入ったものがなかなか見つからないし
いいな、と思うと値が張る。
本当に欲しいと思っていたのだ。
(ちっ!いいじゃんかよ。何作ったって!)
心の中では舌打ちしながらも
照れ笑いをしてみせる・・・卑屈だなぁ〜。
 
自分の席に戻って
ちょっと剥きになった。
よぉし、酒器を作ってやろうじゃないか!
さて、濡れタオルにくるまった粘土を取り出す。
(糸をピンと張り粘土を切るんだったな・・・)
粘土切断用の糸を粘土に当てる。
が、全然思うようにいかない。
スタッフのやったように真っ直ぐなんかに粘土は切れてくれないのだ。
何とか切った粘土を手動のろくろに乗せる。
あら・・・少なすぎたみたい。
と、まぁ、全てがこんな調子で
酒器は湯のみのようになり、小さな臼のようになり、
どんどん薄くなってしまって
「5ミリの厚さにして下さいね。でないと、割れる可能性がありますよ。」
と、うろついていたスタッフに注意される。
しくしく・・・
「あのぉ、失敗したのはどうすればいいんですか?」
「一度失敗したものは粘土の中に空気が入ってしまうので
お皿しか作れません。あ・・・箸置きも大丈夫ですよ。」
げげ〜〜〜ん!
なんという屈辱!
 
それから、ちまちまと残りの粘土で箸置きを作る。
惨めだ・・・。
「裏に今日の日付とフルネームで名前を書いて下さいね。」
「え〜〜〜〜っっ!」
 
「こんなに小さくても?」
「そう、どんなに小さくても!」
にっこり微笑むスタッフは、しかし、きっぱりと断言した。
・・・鬼かっ!お前はっ!
 
わたしの箸置きは
箸置きにしては大きすぎる何とも言えない代物になった。
1ヵ月後、焼きあがるそうだ。
地元なので直接取りに来ることにした。
 
今度はもっと上手くやろうっと♪
 
またやるの??
だって、楽しかったんだもぉ〜〜ん!
 
 
さて、先日のブログを書くに当たって
わたしはちょっと逡巡したことを此処に打ち明けようと思う。
元来、「豚もおだてりゃ木に登る」タイプのわたしは
「頑張ったね」とか「偉いね」とか
誉めてもらうのが大好きだ。
が、ええ格好しぃでもあるので
「自分はこんなに頑張りました」「こんな辛い目に会いました」と
同情を買うようなことを大っぴらに
公表するのもどうだろう?と思ったのだ。
みっともなくないか?
けどね、やっぱり自分の体験は
無駄にしちゃいけないと思ったのだよね。
 
まじで痛かったり、恥ずかしかったり、苦しかったり
怖かったり、哀しかったり、寂しかったり、辛かった。
あのね、こんな思いはね
誰もしちゃいけないって思ったんだよ。
するべきじゃない。
ほんと、泣きそうになるよ。
 
もし、癌になっちゃっても早期に発見して簡単な治療だけで済むなら
楽勝なわけさ。
失うものより得たものの方が大きい・・・と
言わなきゃやってらんないけど
失うなわないで済むものならそれに越したことはない。
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 11:02


2006年2月13日
ストレス解消法!

今朝もうだうだと行動を開始し
かったるい一日が始まった。
もぉね、ノリが悪いったらありゃしないわけよ。
けど、こういうときって必ず
救いの手が差し伸べられるんだな。
 
広島に住んでいる2号チャン(ペンション時代の2代目スタッフ)から
電話があったのだ。
実に久しぶり・・・なんと昨年秋からだから
4ヶ月ぶりくらいになるだろうか。
 
近況報告から始まって
この数ヶ月にあったことあれやこれや・・・
なんと延々3時間20分!
二人でかわるがわる喋る喋る!
いやぁ〜、なんだろうねぇ。
一緒に住んでいた頃も
毎日、よく話題が尽きないと思うほど話したものだけれど・・・。
 
作夏、我が家に一家揃って来てくれて
その時の話でこの春
夫が横浜に転勤になるとのことだったのだが
それが本決まりになって
子供の転校の準備など等
忙しい毎日を送っていたらしい。
 
今月の末にも横浜に来て
転居先を決めるそうだ。
落ち着くまで色々と大変だろう。
念願の関東地方転勤である。
 
彼女は結婚するまで横浜に住んでいた。
今も実家は横浜にある。
要するに地元復帰というわけだ。
(実は、彼女の実家とわたしの実家は近い・・・。)
 
彼女には申し訳ないが
溜まりに溜まった心の澱(ヘドロ)を
全部吐き出してすっきりしたっちゅうか
ふんづまりの便秘が一気に解消したって言うのかねぇ。
少なくとも心身ともに軽くなったような気分。
ははははは
(元々、頭は軽いけど・・・)
愚痴と分かって聞いてくれてありがとう!
 
ちょっと元気になっちゃった♪
 
明日はバレンタインデー。
わたしにとっても特別な日だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 20:29


2006年2月12日
うっしゃぁ〜!とは言ったものの

と言うわけで、掛け声は勇ましいが
そう簡単に這い上がってこれるほど
現実は甘くない。
ふっふっふっふっふ
 
が、わたしは知っている。
ちゃんとお腹も空くし
トイレにも行くし
ナオトに「ばーか、ばーか、ばーか!」と連呼もするし
三谷幸喜のエッセイを読んでクスリと笑えもする。
炊事、洗濯、掃除なんかも(嫌々だけど)こなしている。
日常業務に支障がないなら、まだまだ序の口の落ち込みようということだ。
 
第一、冬季オリンピック観る気満々。
ナオトと二人で新聞の番組予定表にマーカーでライン引きしちゃったもんね。
 
それで落ち込んでるの?
そう、これでも落ち込んでるの。
 
落ち込んでいないときのわたしが
いかに楽天的であるか!
正直な話、一寸先に何かわくわくすることが待っていることを
本気で信じているってなもんだ。
それがちっともわくわくしないから
これはどう考えても普通じゃない、というわけだ。
 
多分、我が家の中で
わたしが一番脳天気なのだと思う。
(今、辞書を引いたら、脳天気=常識はずれで軽薄なこと、と書いてあった。
いやぁ〜、それほどでもぉ〜!)
 
反対に非常にバランスのとれた常識派は斉君だろう。
以前はとんでもなくスットコドッコイだったが
大人になったんだねぇ。
 
まだまだ足りないところだらけのくせに
妙に頭が固く、頑迷なのがナオトだ。
若いくせに固定概念に囚われ
いっちょまえの意見を言い(たいてい的を外している)
人の話を聞かず
ちょろちょろしては失敗を繰り返す。
だから毎日のように「ばーか、ばーか、ばーか!」と言われるのだ。
 
けど・・・そう言えば
斉君も、学君も
ナオトと同じくらいの歳で我が家に来たのだった。
斉君19歳。
学君21歳。
ナオトが22歳だから、もっと大人であっても罰は当たらないはずだが・・・。
いや、そうでもないかなぁ。
 
学君も子供だったよなぁ。
なんか斜めに歩いてたもんなぁ。
今でも充分、子供っぽいし・・・。
「俺は大人になるつもりはない。」と逆に開き直ってるくらいだ。
 
斉君だって、息子と本気で喧嘩して泣かしていた時期もあったのだ。
「だってDが、裏技ばっかり使ってずるいんだもん!」
(格闘技系のゲームやって負けたのね・・・)
「Dが言うことを聞かないっ!」
(同じレベルで怒ってちゃ言うことなんか聞かないよ)
「Dは我がままだっ!真理さんが甘やかすからだっ!」
(おいおい、とんだとばっちりがきたよ。
どっちもどっちだと思うけどねぇ。)
 
その話をすると、斉君は決まってこう言う。
「俺もまだいたいけな少年だったのよねぇ。」
(誰がいたいけなんだよっ!!)
 
どいつもこいつもってやつなんだな、きっと。
 
ナオトが以前
「僕もブログ書いてみようかなぁ。
題して「真理さんちのひとびと」
ここに集まる色んな人たちを書いていくんです。
奇人変人ばかりだから・・・面白いですよぉ。
きっと出版社から本にしないか、って申し込みがきますよ。
付録は相関図。
袋とじは学君の章にしよう!」
と、わけの分からない独り言を言っていた。
彼の独り言はだいたいわたしに聞こえよがしである。
 
「お前さ、文章なんて書けるの?
箇条書きじゃ駄目なんだよ。
それに、言っとくけど自分のことも書かないと許さないからね。
あんただって充分奇人変人なんだから。」
するとナオトはニコニコしながら
「はい、分かってますって!」
気のいい馬鹿だ。
が、もちろん安心していい。
ナオトにそんな能力はないから。
 
最近、息子も大人になった。
気が利かないのは相変わらずだが
立ち居振る舞いが随分と変わってきたように思う。
可愛い子には旅をさせろ、とは良く言ったもんだ。
世間が息子を育ててくれたのだろう。
 
この中でわたしが責任を持たなければならないのは
息子ただ一人である。
あとの連中は大人になるも子供のままでいるも
好きにすればいい。
本人の自由である。
 
我が家にいると鍛えられる(?)とみんなが言う。
それは何?
わたしのお守りをしなきゃいけないから?
 
今、暇潰しにリビングに現れたナオトが
耳かきで耳をほじほじしながら
「僕、高校まで耳かきのこと、耳掘りって言ってたんですよぉ。」
まったりしてんなぁ、お前・・・。
 
「へぇ〜、中学では気が付かなかったの?」
「中学で耳かきの話なんか普通します?」
「いや・・・けど高校で耳かきの話なんか普通するか?」
「・・・」
あれ、そっちのほうに突っ込んで欲しくはなかったのかな?
 
「家の誰かがそう呼んでたとか?」
「う〜ん、それは覚えてないんですけど・・・」
これもはずしたかな?
 
「けど、まぁ、あんたは高校生になるまで
耳かきを耳掘りだと思ってたわけだ?」
「そーなんですよぉ〜。」
え?そっち?
「部活で耳掘りって言ったら
みんなが『え〜〜っ!』って・・・へへへ。」
なんかよく分からないが
それが「オチ」らしい。
 
おめでたいやつだ・・・。
 
 
 
 
 
 
 

続きを読む...
Posted by mamedi5047604 at 15:46


2006年2月11日
反省するだけなら・・・わたしにも出来る

最近のわたしの気分的な低迷について・・・
 
実は、その根本的原因はわたしの自覚するところなのである。
それは「今更」取り返しのつかない喪失感であり
「今」考えてもどうにもならない不安だ。
全てはそこに起因し、集結する。
なんにしても自分の力の及ぶ範疇ではないのだから
潔く諦めて現実のみに対峙していれば良いのに
往生際が悪いと言うか、人間が未熟と言うか・・・
自分自身の感情を上手くコントロール出来ずに
「へたれ」ているのである。
そんな自身が歯がゆくて
苛立ち、不快感を募らせ、果てには落ち込む。
この悪循環を断つべく
じたばたあがいてはみるものの・・・
・・・いや、わたしだって落ち込むことはあるんですってば・・・
 
以前はどんなことで落ち込んでいたんだっけ?
・・・だから、人並みに落ち込むこともあったんですってば・・・
ふと、パソコンを始めるに至った時点を思い起こしてみる。
 
あれは2002年、ちょうど今頃のことだった。
46歳という年齢・・・自分的には第2の思春期と呼んでいたが
それが始まったちょうどそのときだった。
10代における思春期が
大人になるためのウォーミングアップであるなら
40代後半における思春期は
老人になっていくためのクールダウン・・・
そんな風に考えたものだ。
その過程においての葛藤・・・それが思春期である。
そう、頭の中では理解出来ていたのだ。
 
精神的に、まだまだ若いつもりでも
(実際に未熟さという点で20代とそう大差はなかった)
肉体的な能力が加速度的に落ちてきて
ついには、そういった諸々の退化を
自覚せざるを得ない状況に達していた。
若さを失うことイコール人生が終わることではないにも関わらず
抑えきれない焦燥感がわたしの中には在った。
恐らく、20年間の結婚生活にピリオドを打ったこと
子育ての終了など等・・・
前後して起こった様々な事柄が
少なからず影響していたことは否めない。
しかし、それらは自ら選択した結果がほとんどであり
「落ち込む」ことの言い訳にはならないことばかりであった。
・・・ま、この日本で他人の責任に出来る人生なんて
生きてる人の方が少ないと思うけどね・・・
 
30代半ばまでのわたしは
自分をたいした「繊細」神経の持ち主だと錯覚していた。
「自分は勝気に見られているけれども
実際は芯の脆い傷つき易い人間だ・・・
求められるキャラクターを演じているけど
本当の自分は違う・・・」いやはや・・・お恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
どの自分も自分であって
それら全てを統括した人格が自分だという責任感が
わたしにはなかったのだ。
 
その反省から
自分にはなるべく「冷静で客観的」であろうと心がけていた。
 
「悲劇のヒロインぶってんじゃないよ!
どっちかって言うと通行人Aなんだから・・・」
そりゃ誰だって、
自身の人生において自分はヒロインでありヒーローだろう。
けれど社会に生きている限り
自分の存在意味(若しくは価値)など
たかだか通行人程度のちょい役に過ぎない。
それを踏まえた上で
なくてはならぬ「オンリーワン」であることに変わりはないという自覚。
これね!
 
で、「落ち込む」言い訳にならない事柄で
うつ傾向にずるずる落ちていく自分を
奮起し覚醒するために
今まで全く触れてみたこともない世界に飛び込んでみよう!
と、思い立ったわけである。
もっとも布石として友人が遡ること1年前から
パソコンを始めていたっていうこともあったんだけれど・・・。
 
「ホームページ」を作ってみたい。
これが大義名分だった。
 
そして自分の心情を文字にすることで
また、ネットという世界にそれを公開することで
頭で理解していたことを
自分の全てに納得させようと
模索していたのである。
通行人Aであっても、形に残せるという点で
ホームページという存在は大きい。
 
それにしても、あの頃のわたしは
何とも贅沢で傲慢な問題に
躓いていたことだろう。
もう少し、ほんのちょっとだけ視点を変えることが出来たら
全く平坦な道を歩んでいることに
容易に気づいたのではないか。
・・・後悔はしてないけど、反省は大切だよ。
 
わたしは「自己陶酔」を人前に晒すことは嫌いだ。
酒に酔っても
自分の台詞に酔っちゃなんねぇ。
それが「言葉」を発散し続ける自分に課した命題だ。
時々、ほろ酔い気分に浸ってることもあるけれど・・・。
 
それでも敢えて言葉にするなら
繰り返し「日々の暮らし」に書いてきたこを
今一度思い出し
不甲斐ない自分自身に問い直そう。
 
「家族がいること
・・・帰る場所があるということ
待っていてくれる誰かがいること・・・
朝、自分の部屋で目を覚ますことが出来るということ
窓を全開にして深呼吸が出来ること
 
歩いて行こうと思えば
ずんずんと歩いて行けるということ
道端に咲いている花や
空に飛ぶ雲の形で
季節が実感できること
 
泣くことも笑うことも自由だということ
そう、笑うことが・・・努力せずに笑うということが
自然にできるということ
 
他の誰にどう見られようが
どう思われようが
自分が自分を許せるということ
 
眠ることが怖くないと思えること
明日のことを1週間後のことを
1ヵ月後のことを
思い描いて楽しみに出来るということ
 
生きていることに希望があること
 
そして
これらが決して当たり前に与えられたものではないという事実」
 
名前は失念したが、著名な作家が作詩したフレーズと
ちょっと似ている点は
レベルが違い過ぎるということで大目に見て欲しい。
 
よっしゃっっ!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 13:15


2006年2月10日
昨日の検証・・・そして今日

昨日の「厄日」を検証してみたい。
まず、朝・・・寝過ごした。
これは数日間の睡眠不足の影響と思われる。
明らかに自分の責任であるのに
わたしの機嫌は悪い。
いつまでも「あ〜〜、寝坊しちゃったぁ〜。」とぐずる。
 
バタバタと家事をこなしながら
幾分気持ちが和らいできたところで
猫のトイレの砂を変えようと
スーパーのレジ袋に汚物を取っていたら
袋に穴が空いていた・・・。
レジ袋を保存しておく時には
くれぐれも袋に穴がないかチェックするように、と
みんなに申し渡してあるのに。
袋の確認をすると、わたしではない。
かなりむっとする。
 
たかだか数分もかからない作業・・・
こぼれた砂を掃除機で吸い取り
新たに穴の空いていない袋を取りに行く・・・
が、えらく無駄な動作に思えて仕方ない。
 
前日から報道されるニュースにも眉をひそめる。
この10日間にあった色々なこと・・・特に
あまり愉快とは思えないことをグジグジ考える。
 
掃除機をかけるため猫たちを部屋に入れようとすると
どういうわけか足袋が逃げ回って部屋に入らない。
追いかけたら「ふゎ〜〜〜っ!」と言った。
むかついた。
「てめぇ、いつか覚えてろよっ!」と毒づいてみる。
 
金ちゃんはすぐに抱っこされる・・・
「金ちゃんは天使のようだねぇ。」
頬ずり、頬ずり。
 
あづきがリビングを荒らしまわっていた。
もう気違いのように暴れまわる。
わたしの身体を自由自在に駆け上り降りる。
まめぢがそれを見て興奮する。
「ちょっといい加減にしなさいっ!」
2匹とも聞く耳持たず。
しかとで騒いでる。
 
夕飯の用意をしていたら
あづきがテーブルの上に乗り
平気な顔してポテトサラダを食べている。
「あじゅっ!いけませんっ!」
言っても知らん顔・・・耳だけこっちに動かす。
実力行使!
引っつかんで鼻面をスパンク!
心底驚いた顔のあづきを見て
「ざまぁ〜みろっ!」と言う。
まめぢもびびってオロオロする。
それが余計に癇に障る。
 
と、実にくだらない、取るに足らない事柄に
一日不愉快さを募らせていたわけだ。
で、極めつけの断水。
 
因みにこうして文字にしてみると
いつもだったら、こんなことで
イライラしたりしないよな、わたし・・・と思う。
全て、笑って済ましてるはず。
だから「厄日」なんだね。
 
あづきとまめぢといつものように寝る。
あづきは布団の中で朝まで大人しい。
昼間、大騒ぎをするのは仕方ないことかも知れない。
 
今朝、水は普通に出た。
水道管理の仕事をしているナオトが
今度、チェックしてみようか、と言っていた。
それも一つの選択肢ではある。
 
何事もなかったように足袋が餌をねだって
足に擦り寄ってくる。
 
「厄日」かどうかは、感じ方ひとつで決まるものだ。
それは充分承知している。
他の事柄はいつもとたいして変わることなく
流れているものなのだ。
 
穏やかな気持ちだけを持って暮らすということは
こりゃ、途方もなく難しいものなのだなぁ。
 
 
 
前日からのニュースに想う
 
全てのひとは、生まれながらにして「高貴」であったり
「卑しい」ものであったりしてはならない。
それを認める社会は間違っている。
 
加えて・・・男と女の性差というものは明らかに存在するが
ひとという基本において同等の権利を有する。
 
結論を言うとそういうことだ。
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 10:38


2006年2月9日
厄日

何をやっても上手くいかない・・・どっかで歯車が狂ってる。
ちょっとしたことなんだけどなんかむかつく。
いつもなら気にもかけないことが、やたら癪に障って
とにかくそこら辺中に八つ当たりしたくなる。
 
こういう日ってあるよね。
多分、肉体的、精神的
若しくはどちらもが
疲れているんだろうね
 
いらいらするから余計に
小さな失敗を繰り返し
益々、苛立つ心はささくれ立って
ほんのちょっとした刺激で
飛び上がるほど痛みを感じる。
 
こういう時の自分って
どうしようもなく情けなくって
哀しいほどみじめだよねぇ。
 
夕暮れ時には疲れ果てちゃって
泣き出しそうな気分になってる。
 
こんなとき、どうしてる?
 
それでも何とか一日を終え
晩酌で気分を和ませて
ゆるゆるとした時間に漂っていこうとした矢先・・・
 
まただよ・・・
水道が出ない。
あ・・・切れそう・・・
堪忍袋の緒。
 
これには
私設水道の問題が
諸々あってね。
詳しいことは省くけど
管理を地主から委託されている
老夫婦の扱いをどうするかっていうことも絡んでて。
この老夫婦、耳が遠いんだよね・・・
水が止まったのに
気が付かないで
寝ちゃったら呼べど叫べど起きやしない。
「年寄りだから可愛そう。」
そういう問題じゃないだろう・・・って、わたしは思うんだけど。
 
市役所にも相談したし
地主に個人的に抗議もしたんだけど
一向に埒が明かない。
同じことの繰り返し・・・。
 
自治会の会合に出て
きちんと責任を追及したほうがいいんじゃないか・・・と
ごもっともな意見を斉君から頂戴する。
はぁ〜〜〜〜。
 
隣のエキセントリック兄ちゃんじゃないけど
今夜のわたしはヒッキー気分だ。
 
こういう日を厄日って言うんだろうな。
 
一応、なんとか処置はしたようなので
あとは待つしかない。
ったく、どいつもこいつもっ!!
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 21:23


2006年2月8日
しらふじゃないっす

夕飯以降、わたしの思考は停止する(まさに今)
ただでさえ緩慢な脳細胞の活動が
アルコールによって完全にストップしてしまうのだ。
スイッチを切ってしまった日常に扉を閉め
ゆるゆるとした時の流れに身を委ねる。
この瞬間がたまらなく好きだ。
 
なんかね、どうでもよくなっちゃうんだよね。
許せないものも許せる気になれる・・・
それは自分自身も含めてね。
色んなものに縛られている自分を解放出来る。
こんなわたしでも自縛する葛藤みたいなもんはあるわけですよ。
 
アル中かよっ?って問われたら
そうなのかも知れないなぁ、って思う。
だってほぼ毎日だもんね。
それでも、たまぁに風邪引いて熱出したり
具合が悪くなると不思議と呑めなくなるから
健康のバロメーターなんだろうと勝手に解釈してるんだけどね。
去年の春先みたいに2週間の入院生活でも
その後、1ヶ月間のリハビリ生活も
全然呑みたいとは思わなかったし・・・。
「あれ?意外と平気なんじゃん。」
なんて思ったわけさ。
 
酒を呑まない夜はどうなのか?
だいたい何かに没頭しているときは呑めない。
その作業に集中している。
そうなるとたいていの場合徹夜になることが多い。
大変、不健康だ。
呑んでるのとどっちが不健康なんだろう?
 
誰にでもストレスはあるんだと思う。
そのストレスをどういう形で回避するか
または解消するか
これは人生において実はとても重大なことだ。
わたしはストレスを上手く回避することが出来ない。
ま、ぶっちゃけ「馬鹿」だ。
ストレスを強く感じるタイプを
繊細な人間だと思い込んでいる人たちがいるけど
それは違う。
最大限良く言って「不器用」なだけ。
で、そのストレスを抱え込まないようにしなけりゃいけないのに
発散するのも下手くそだときてるから始末に悪い。
加えて、その自覚も乏しい。
知らぬ間に溜まったストレスに
ある日寝込みを襲われる・・・。
ピロリ菌のせいもあるけど
十二指腸に穴が開く。
痛い・・・。
2回もやったら少しは懲りる。
 
酒を呑むときくらいは
全てに緩くなろう!
そう思ったら
楽になった。
だいぶくたびれてきてるんだから
ちょっとはだらしなくたっていいじゃない。
それから、酔うと記憶が飛ぶようにもなったな。
若い頃はどんなに酔っても「しらふ」のようだって言うのが
自慢だったんだけど・・・。
 
まぁ、酔っ払いは酔っ払い。
ゆるゆるふにゃふにゃ酔うのがいい。
 
自棄酒は飲んだことがない。
いつも旨酒、ご機嫌な酒。
楽しくなるためじゃなきゃ、ストレス解消にゃならんでしょうが。
けどね、酔っ払いたくて呑んでるわけじゃないからね。
出来ればどんなに呑んでも芯のところで覚めてるってが理想なんだけど。
ま、無理だね。
 
と、いうわけで
よっぱでござんした。
ご機嫌だよ〜〜ん♪
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 22:01


2006年2月6日
恋愛

昨日、とても哀しい電話があった・・・
正確に言うと
とても哀しいひとから電話があった。
 
わたしは
その人の言葉を遮ることしか出来なかった。
否定しかしなかった。
そうして、わたしから吐き出されたのは正しい言葉だけだった。
きっと一晩中泣き明かすであろうその人を一人にして
電話は切れた・・・
 
久しぶりに苦い酒だった。
軽く二日酔い・・・
 
 
 
わたしはリアルの世界でもネットでも
恋愛について話題にすることはしてこなかった。
せいぜい昔話かおちゃらけ話に乗るくらいで
自ら話したことは皆無だと思う。
何故なら、
今更という照れと
ちゃんちゃら可笑しいという気恥ずかしさがあるからだ。
 
自分の恋愛の話なんて
オートロックの閉まるドアーの前で
裸同然でホテルの廊下に取り残された失敗談をするより恥ずかしいのだ。
 
独身なのだから
自由に恋愛をする権利はあるし
それを公にしても何ら障害はないのだけれどね。
もちろん、相手も独身であることが前提だが・・・。
まぁ、間違ってもわたしは妻子ある男性を対象に
恋愛関係に陥ることはないだろうから。
理由は明白。
人と同じものはいらない。
若しくは人のものはいらない。
 
付け加えるならば
母親である以上
息子に申し開きの出来ない行動はしたくない。
偉そうに「ひとにされて嫌なことは自分もするな。」なんて
言ってきたんだからさ。
ルールブックとしてのプライドだね。
そして何より、わたしが優先するのは
自分のプライドであるわけだ。
 
そうなんだよね・・・プライドなんだよ・・・。
 
恋愛にルールなんかないんだろう。
どんなに貞操を叫んでも
何の意味も成さないのだろう。
制御不能、予測不能な感情の暴走。
浸ればその甘美さに酔い
我を忘れ
誰もがヒロイン、ヒーローになれる。
そんなこたぁ、分かってる。
プライドなんか持ってちゃ恋愛なんか出来ない。
それも承知してますよ。
けどさ・・・
自分も周囲も傷つくことしかないような恋愛は
やっぱり切り上げた方がいいと思う。
 
この歳になると
20代の頃のように
無邪気に恋愛をすることは難しくなってくる。
プラトニックラブなんて
わたしにアルコールを我慢しろ、と言ってるようなもんだし
相手に配偶者がいる確率は高いは
残り物にはそれなりの癖があるは、だ。
自分もそうだからこそ分かることだが
独り者には相当の理由があるんだよね。
こうして間口はどんどん狭くなっていく・・・
 
しかし、人間は寂しい動物だ。
その寂しさを温めあう相手が欲しい。
最期は一人だと分かっていても
そうではないと錯覚したい。
結婚に幻想を抱くことはなくなっても
恋愛に覚醒はしたくない。
 
馬鹿なんだよね、きっと・・・。
そしてそんな馬鹿さが嫌いじゃないんだよね。
 
だが、しかし・・・
誰かを不幸にする馬鹿を許しちゃ駄目だ。
少なくとも、自分に許しちゃ駄目なんだ。
傍からどう思われようと構うことはないが
自分の目から逃れることは出来やしないんだよ。
 
思いを断ち切るのは苦しいかも知れないが
失恋の苦しみなんて湯船の中でこいた屁のようなもんだ。
泡沫なんだよ。
綺麗に言ってみせるかどうかだけの差なんだ。
 
第一、生きている限り「これが最後の恋」なんてありゃしないんだ。
 
分かってくれたかな・・・。
 
因みにこういう表現はしませんでしたよ、さすがに・・・。
 
 
 
いつまでも恋はしていたいわよね、と誰かが言った。
そうだね、とわたしは相槌を打つ。
でも、本音は違う。
恋愛に注ぐパワーとエネルギーがあったら
ほかのことに使いたい・・・。
まじで・・・。
 
だって、ラストシーンの決め言葉は
「これでいいのだっ!」なんだよ。
 
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 13:42


2006年2月5日
これでいいのだ!

勝ち組、負け組という言葉が
一時期流行っていたような気がする。
気がする・・・というのは
わたしが興味を示す前に
既に死語化しつつあるからだ。
 
最近の流行の移り変わりは速い。
わたしたちの時代の倍は速い。
そう感じるのは自分が歳をとったからだ、とも考えたが
過去に遡って検証してみても明らかに
加速度を増しているのである。
 
で、話は戻るが・・・勝ち組、負け組
調べてみたらどうやらこれは
収入に基づく価値観のようで
年収1500万以上だと人は自分を勝ち組と意識するんだそうだ。
それでびっくりしたのは
年収600万以下だと「やや負け組み」だってさ、おい!
わたしなんか完璧に
正真正銘「負け組」じゃん。
え〜〜〜〜・・・
知らないうちにわたしは誰かに「負け」ていたらしい。
負けず嫌いでは定評があるわたしだけれど
勝負をしているつもりもないのに
敗北者扱いされてもなぁ・・・。
だからもちろん、悔しくもなんともないのだけれどね。
 
そりゃ、頑張って働いたらその分見合った収入は欲しい。
けど、それって誰かと競うようなものじゃないと思う。
 
どちらが先に言い出したんだろう?
勝ってると思ってる方?負けてると思ってる方?
 
もっとも、これからどうあがいたって
わたしが「勝ち組」になる可能性はない。
宝くじの最高額を引き当てでもしない限り不可能なのだ。
けどまぁ、この現状を招いた責任のほとんどは
自分自身に他ならないと思うので仕方がないか。
 
もっと収入の多い仕事に就きたかったら
必死になって勉強して、親にも逆らわないで大学に行って、資格を取って・・・
どれも自分が努力すれば何とかなった範疇だもんな。
あの時、こうしていればああしていれば・・・と悔やんだことはないから
いいんじゃない?
 
少なくともわたしは「幸せ組」(かの国の喜び組とは似ても似つかない)だと思う。
何が「幸せ」なのか?と聞かれたら
「全部!」
だって幸福感っていうのは誰かと比べるものじゃなく
絶対的価値観によってのみ得られる充足感だ。
だから自分がそう感じられればそれでいいのだ。
 
おお!
まさしく「ばかぼん」のパパ的発想だ。
偉大なる漫画家、赤塚不二夫氏はそれを言いたかったんだよなぁ。
エンディングシーンではこの決め台詞をびしっとね!
これでいいのだ!
 

Posted by mamedi5047604 at 12:30


2006年2月4日
占い

朝6時45分・・・
リビングのドアーを開けて
2階に向かってナオトの名を呼ぶ。
だいたい2回から3回くらいで
眠そうなナオトの返事が聞こえる。
 
多分、「うっせぇなぁ〜!」くらいのことは
思ってやがんだろうな・・・。
 
のそのそとナオトがリビングに入ってくる。
「おはようございます。」
「おっはっよっ!」
低血圧のわたしだが、
寝起きから1時間以上も経てば既にテンションは上々。
最悪の顔をしたナオトの機嫌を逆撫でするような笑顔を振りまく。
 
「さっき、起きてすぐに付けたテレビで
目覚ましテレビだったかな・・・
おひつじ座は最高でしたよ。」
朝食を食べながら、おひつじ座のナオトが言う。
「へぇ。じゃ、さそり座は?」
「さそり座になる前に下りて来ましたから・・・
あとでもう一回やりますよ。」
「ふぅん。別にいいや。」
ついでに聞いてみようと思っただけの、さそり座のわたしは話を切る。
「・・・。」
 
ナオトは占いみたいなものが好きらしい。
以前は占いコーナーのある朝の番組を
はしごして観ていたそうだ。
「全部チェックしてましたから!」
そうそう自慢げに言うほどのことでもなかろうと思うのだが・・・。
 
我が家では、わたしの好みで占いのない番組を観ている。
別に占いが嫌いだからという理由で
そうしているわけではない。
元々、信心のないわたしとは言え
実際、新聞や雑誌に出ていれば
ちょっと覗いて見たりもするし、
例の「初詣鶴岡八幡宮おみくじ大凶事件」以降も
何度かおみくじを引いてもいる。
知人のHPにネットの占いが紹介されていれば
クリックしてやっちゃうしね。
運勢が良ければ「ラッキ〜♪」
あまり良くなければ「気をつけよっと。」
そんな程度の受け止め方で
3歩歩けば忘れるかなぁ。
占いというものは、そうやって
軽く楽しむものだと思っている。
 
ただ、目に触れるだけでも不愉快なのは
人の運命をさも見てきたように決め付ける
昨今流行のエセ占い師。
何が「はっきり言ってやろうか?」だよっ!
お前の世話にはなんねぇよっ!
あ、いやいや・・・ああいう人を持ち上げて話題にする
マスメディアの意図が理解出来ない。
まぁ、好みの問題だけどね。
 
それと、血液型性格判断。
これだけは本当にむかっ腹が立つ。
よって出来るだけ遠ざけているのだが・・・。
時々、来客が話題にするので辟易する。
あれは科学的根拠もへったくれもないのに
なかなか下火にならないから性質が悪い。
日本、韓国、台湾限定の傾向だという。
因みに韓国、台湾に持ち込んだのは日本だそうな。
元凶は日本か・・・。
もっとも他国では自分の血液型を知る人の方が少ないらしい。
人種によって型の偏りもある。
 
たった4種類の赤血球の型だけで
人の性格を「判断」することの非合理性。
どうせするなら白血球の型も含めて
3600通りの分類くらいやってみろっちゅうの!
もちろんそれで、人の性格を判断するのは間違っている。
こんなことは言うまでもないが
人を判断するということは
実際にその人と対峙し
自分自身がどう感じるか、で決めるべき問題だ。
人間関係はそんなにお手軽なもんじゃない。
 
HLAの型が適合すると骨髄液の移植が可能になることは
知られているところだが(つまりは白血球の型)
A型の人がB型の人から移植を受けることも可能で
そうするとA型の血液型がB型になってしまう。
骨髄液移植という大きな手術をした人の人生観に
大きな変化があることは容易に想像できるが
突然、性格が変わったりすることはない。
少数民族やネィティブインディアンには
一種類の型しかない場合があるが全員同じ性格であろうはずもない。
 
発達心理学を学ぶとしばしば引用される事例であるが
DNAの同じ一卵性双生児が違った環境で育てられると
成人に達したときの職業は
その生育環境によってのみ大きく影響される。
これはアメリカで実施された追跡調査の結果である。
血液型のみならず、生年月日が同じ一卵性双生児であってもそうなのだ。
 
しかし、一番の違和感はそういった
レベルの低い非合理性などではない。
人を生まれながらに変えることの出来ないことがらで
「この人は何々型だからこういう性格」という決め付けが
わたしには極めて不快なのである。
何故なら、それは紛れもなく
「差別」の根幹を成す発想であるからだ。
 
加えて、全てを肯定するという前提で血液型性格判断が使われることは少ない。
 
血液型を口にするなら
年に2回以上は献血しろよっ!
もちろん骨髄バンクにドナー登録してるんだろうなっ!
 
まぁ、価値観の相違ではあるよな。
 
 
 
 
 
 

Posted by mamedi5047604 at 13:48


2006年2月2日
呪いの電話

食後、暫くして関東地方にちょっとした地震があった。
 
数年前に何年間か連続して
伊豆川奈沖群発地震を経験しているわたしは
「震源地は茨城、震度は5くらいだな。」と直感した。
実際は千葉北西部の震源で震度は4であったが
まぁ、遠からじだ。
なんてったって、震源地に住み
一日に600回、それを数週間という体感地震に晒されていたのだ。
歩く震度計と呼んでくだされ。
幸いなことに、最大で震度5強程度の地震が2〜3回くらいだったから
特別大きな被害を出したことはないのだけれど。
 
わたしのパソコンでゲームソフトのオークションをやっていたナオトは
びびって立ち上がるとあづきを抱いたまま
部屋をおろおろ歩き回る。
「大きいなと思ったら、テーブルの下に入りなさい。」
「はい。」
斉君は風邪ぎみだというので
早くから自室に引き上げていた。
覗きに行ってみると既に寝ていた。
 
間をおいてテレビに地震速報のテロップが流れる。
「千葉だったかぁ〜。
ま、震度4じゃそう大きな被害はないでしょ。」
「僕、あんまり地震にあったことがないんで・・・
嫌ですね、地震は・・・。」
 
すると家の電話がなった。
ナオト:「僕、出ましょうか?」
わたし:「うん、けど、誰?」
ナンバーディスプレイに名前が出ている。
「●○谷・・・」
「げっっ!
わたしが出るっっ!」
 
以下その後の会話である。
()内はわたしの本音・・・。
 
母:「もしもし、あ、真理?わたし」
(分かってるって!)
わたし:「あ、ママ?」
(白々しい・・・自分)
母:「どう?その後元気なの?」
わたし:「うん、元気だよ。ありがとう。」
母:「今、そっちに地震があったでしょ?」
わたし:「え?こっちじゃないよ。震源地は千葉じゃない?
横浜の方が揺れたんじゃないの?」
母:「あぁら、そうなの?」
(こいつ知っててすっとぼけてやがんな)
母:「パパがね、テレビ観てて、伊豆に地震があったって言うから・・・」
(嘘こけ!テレビでは震源地は千葉だって、最初から出てたわ!)
わたし:「こっちは大丈夫だったよ。」
(そっちのことは聞かない)
母:「まぁまぁ、あなたが元気でよかったわ。」
(むっ・・・話をすり替えようとしてるな)
母:「パパもね、最近元気になってね。」
わたし:「そう、それは良かったねぇ〜。」
(それ、去年の電話で聞いたってば!)
母:「一時期、ほら、膀胱のことがあったでしょ?あれで56キロくらいに痩せちゃって。
どうなることかと心配してたんだけど、やっと60キロに体重も増えてね。」
わたし:「60キロ?それでも痩せすぎじゃない?」
(やべっ!話に乗っちゃったよ!)
母:「でしょ?わたしもそう思うんだけど、お医者様がそれくらいに抑えておけって。
血圧の関係もあるからねぇ。」
わたし:「なるほど・・・」
母、エンジンがかかり調子に乗って喋りだす。
 
母:「ここのところゴルフにも出かけてるのよぉ。」
わたし:「へぇ〜。良かったじゃない。」
母:「そうなのよ。」
さらに喋りだそうとする母。
遮るように
わたし:「痩せたって言ってもあれでしょ?具合が悪くてって言うんじゃなくて
精神的にってことででしょ?」
母:「そうそう、ほらパパってあれで気が小さいとこあるから。」
 
父は今から5年前、前立腺がんが発見され
ホルモン療法と抗癌剤の服用で治療している。
年齢が80歳であることも考慮され
摘出手術は受けていない。
もちろん、5年間に何処にも転移していないし、浸潤もしていないのだから
治療は成功していると思われる。
腫瘍マーカーも数値はコンマゼロ以下だという話だから
ほとんど治っていると言っても過言ではない。
また、1昨年には膀胱に小さな腫瘍が認められ
やはり癌であることが判明した。
これは前立腺がんからの転移ではないため
膀胱に直接抗癌剤を注入する独立した治療が施され
効果を表しているとのことだ。
が、父は母の言う通り
自分のことには滅法気が弱く
すっかり落ち込んでしまって一時期食欲を失ってしまったのだ。
って、ここまでは昨年12月の電話で了解済みなんだって!
改めて一から話すなよぉ〜〜!
 
わたし:「まぁさ、転移もしてないようだし
パパから聞いた腫瘍マーカーの数値も心配ないみたいだし大丈夫だよ。」
母:「けど、手術はしてないのよねぇ。」
わたし:「必要とあればすると思うよ。」
母:「そうかしらね。
もう歳だしねぇ〜。」
(ほっ・・・話は終わるな・・・)
母:「そうそう」
(げっ!!なんだよ!まだあんのかよっ!)
母:「T本さんがね・・・ほら、女学校時代の・・・」
わたし:「ああ、ママのお友達ね。」
母:「そうそう、松蔭時代のお友達ね。」
(いちいち学校名出さなくても分かってるって!)
母:「年に2,3回、逢って旅行とかしてるんだけど、今度伊豆に行きましょうって。」
(ぎゃぁ〜〜〜!!)
母:「Y根さんのお嬢さんが△菱電気に勤めてる人と結婚して」
(いいって、そんな話)
母:「べちゃくちゃべちゃくちゃ」
(うんざり・・・早く黙れっ!)
母:「そしたらきっとT本さんが、真理ちゃんのとこ行きたいって言うと思うの。」
(言わんわい!言ってもお前が断りゃいいだけだろ!)
わたし:「いつ?」
(週末であれ!たのむっ!)
母:「○月×日」
(ああ!平日だぁ〜〜〜〜!)
母:「あなたのとこ、行ったことないじゃない?
最寄の駅ってどこなの?」
わたし:「いや、伊東まで来たら車で迎えに行くよ。」
(げっ!馬鹿馬鹿!何言ってんだ!自分!おい!気は確かかっ?)
母:「あぁ〜〜ら、そぉぉ〜〜〜?」
(しくしく・・・)
わたし:「でも、うちって大型犬と猫3匹いるから汚いよ。」
(最後の抵抗・・・)
母:「犬は何匹?」
わたし:「一匹・・・」
母:「まぁ!」
(なんの「まぁ!」なんだよっ!)
母:「猫は?チンチラ?」
 
母は猫嫌いである。
わたしが幼いころ、猫を拾ってくると
「元のところに捨ててらっしゃい!!」と言うような
鬼ばばぁだったのである。
が、以前わたしがチンチラペルシャを飼っていた頃
それを見て妙に気に入ったらしく
「チンチラは可愛いわぁ〜。」とのたまう。
 
わたし:「いや、全部雑種!」
母:「あぁら・・・全部?」
わたし:「あ・・・一匹だけスコティッシュっていうのが混ざってる。」
(なんてやつだ・・・お前にはプライドっちゅうもんがないのかっ!自分っ!)
母:「あ!知ってるぅ!まんまるなお顔してて、耳がぺちゃんこのね!」
(ちぇ、なんで知ってるんだよ、そんなこと・・・)
母:「あれも可愛いわよねぇ〜。」
わたし:「じゃぁ、また時間とか分かったら連絡して。」
母:「そう。けど、わたしって携帯も持ってないからねぇ。」
(いいじゃん。電話で充分だよっ!)
 
地獄の17分36秒・・・呪いの電話は終わった・・・
 
50になった今でも
自分の親をパパ、ママと呼び
普段では考えられない女言葉を遣う自分が嫌だ。
しかも母親のご機嫌をとるようなマネをする
卑屈極まりない自分が嫌だ。
ああ、それよりも何よりも
伊豆に来るんじゃねぇ〜〜よぉぉ〜〜!
オヤジよ!申し訳ないが具合が悪くなっちゃくれまいか?
頼むっ!
 
そうか、そうだったのか・・・ここ数日の不眠は
わたしの動物的第6感がこのことを予知して
わたしに知らせていたに違いない。
けど、分からなかったら意味ないじゃん!
 
もう立ち直れないくらい落ち込んでますから・・・。
 
 
 
 
 
 

続きを読む...
Posted by mamedi5047604 at 13:51


2006年1月29日
へこむなぁ

「もの食う・・・」にも書いたが
仕事上で失敗をした。
来客を迎えるにあたって
少なくとも4日前には献立を考え
3日前には仕入れを済ませ、段取りを決め
2日前から仕込みに入る(必要な場合はもっと前から始める)
家の構造上、厨房と言っても単なるキッチンで
そんなに広い方ではないし
仕込みや段取りは何より重要なのだ。
それだけ時間をかけ、準備したものが
不発に終わることほどへこむことはない。
 
自分に全ての責任があることで
救われているのだとは思うが・・・。
 
もちろん、わたしにとって
来客を迎えるということは
料理だけに止まるものではない。
気持ち的にもテンションを高めて
本当の意味で心から来客を歓迎する
心の準備もしておかなければならない。
そして、見送りの時点まで
それを持続させることが求められているのだと信じている。
それが、途中の失敗でへこんでいまうと
厳しい状況に追い込まれるのは想像に難くないだろう。
 
そんなに自信に満ちた人間じゃぁないしね。
 
一つの失敗はさらに続けて失態を産む。
 
それでもなかなかめげないのは
天真爛漫な性格の故か?
嫌なことは3歩歩くと忘れるけどね。
 
後悔はしても始まらない。
反省は次へのステップと心得て
次回に備えよう。
そうしよう!

Posted by mamedi5047604 at 12:22