【ああ両国】
元禄14年(1701年)9月、吉良上野介(きらこうずけのすけ)は呉服橋からこの地に引っ越しました。

同じ年の12月、吉良は朝廷関係のとりまとめ役である高家を引退し、隠居しました。

それから1年後、赤穂浪士たちは吉良邸に討ち入ったのです。
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