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随 想
1.秋 祭 り
平成14年10月10日
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子供の頃は祭りが楽しみだった。祭りの季節になると学校の教室も落ち着か無くなった。地域の大部分が祭りに関係していたから、学校もそのような雰囲気に飲み込まれるのであろう。
 
現在住んでいる調布市の秋祭りが最近行われた。家の前の旧甲州街道を交通止めにし、太鼓や神輿が何度も通過し賑やかだった。都会の小さな祭りとしては頑張っていると思う。ただ町内の世話役や警察は世相を反映して安全にはとても神経を使っていた。

神輿の行列や一般通行人が怪我をしたら大変である。見ていると、参加している大人や子供達は、盛り上がる瞬間はあるが直ぐに醒めて普通の顔になっていた。子供に付き添っている親は、地域社会に溶け込んで生活をする必要性があることを子供に教育している雰囲気もあった。

ここ調布市は元々の住民と転勤族が入り混じった町であり共存共栄の生活をしているが、祭り参加者は明確な層があり地元住民だけである。町内全体が盛り上るには限度があろう。祭りに付き物の酒も町内会の人は適当に飲み、夜は8時になると解散していた。


日本3大祭りの「長崎おくんち」を見た。これは盛り上る祭りである。360年以上の歴史を持つ祭りで、市内の各町は7年に1回、踊り町として参加する事が出来る。そのため各町は財政的あるいは人的に7年間の準備期間があり、満を持して出場する。

「おくんち」に参加すると言うと会社も無条件に休暇を認めざるを得ないとの事、「おくんち馬鹿」と言うらしい。この祭りは動的なので面白い。龍踊りにしろ船の引き廻しにしろ、体力の限りを使っている。中国が起源なのでそこら辺も影響しているのだろう。

ただ120kgの傘鉾を一人で担いでぐるぐる廻るのは、町内会だけでは担ぎ手も減り近隣の農漁村の力持ちに応援を頼むことがあると言う。これも世相であろう。
 
この祭りを大都会で行ったら観光客が多く集まって大変なことになる。カメラを撮る場所な
ど確保出来なくなるだろう。

しかし長崎は東京や大阪から遠いので観光客はそれほで多くなく、結果として地元参加の割合が増える。これが祭りの雰囲気を出している最大の要因と思う。観光化した祭りは絢爛豪華ではあっても、爆発するエネルギーの無い醒めた見世物である。

 
数年前に見た伊予西条の祭りの盛り上がりはもっと凄かった。私が見た祭りでは最高である。愛媛県の東部は元々柄が悪い地域とは聞いていた。「だんじり」の囃子と掛け声が街中に響き、各町は見栄を張って豪華な化粧を「だんじり」に施す。

その「だんじり」50数台が河原に集結しての「かき比べ」はまさに興奮である。大人も子供も酒を飲んでいる。私が到着する少し前に「だんじり」に轢かれて一人死亡した。だけど祭りの勢いはそんなことでは収まらない。

私の子供の頃の祭りも怪我は当たり前だった。神輿同士がぶつかって池に落ちたこともあった。伊予西条は長崎以上に観光客より地元関係者が多く盛り上っている。

知性ある観光客の醒めた見物ではいくら集まろうと爆発するエネルギーは生じない。伊予西条の人に知性が無いと言っては失礼だが、知性だけではこの盛り上がりは無理であろう。だけどこの雰囲気は今も受け継がれているのだろうか。


   平成14年10月10日 記 
 




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