139.「"アンコールワット"見聞」
ここ数年来、一度は絶対に観ておきたいと切望していた、カンボジアの"アンコールワット遺跡群"の観光ツアーへ行って来ました。
2004年10月15日の夕方に我がツアグループ12名は、成田を飛び発って6時間半後にはタイのバンコクへ到着。
カンボジアへの直行便が未だないので、どうしてもバンコク経由にならざるを得ません。
その日はバンコクのホテルに一泊したわけですが、空港には旅行会社が手配したタイ人のガイドさんが出迎えてくれ、ホテルまでのバス移動の小一時間を達者な日本語で、首都バンコクの諸事情を面白おかしく語ってくれました。
バンコクの夫婦は殆どが共働きで、子供を親に預けて働きに出ます。
バンコクでは妻が家で食事を作って家族そろって食事をするという習慣が殆どなく、朝昼晩とも夫婦別々に屋台で食事をするのが一般的で、バンコクではそれが当たり前なので、何の違和感もないそうです。
小中学校にもお昼時になると校庭に屋台が出て、生徒はそこで食事を済ませるとのことで、私は一瞬「本当?」と疑いましたが、到着したばかりの日本人観光客に向かってガイドさんが、大嘘を吹き込むわけもなく、信用することにしました。
因みにそのガイドの奥さんも屋台を営んでいるそうで、平素から奥さんの仕事ぶりを見ているガイドさんは、「日本人の皆様は、くれぐれも屋台で食事をしないように。不潔ですから」と正直に語ってくれました。
翌日早朝、バンコクを飛び立ち、1時間弱でアンコールワットが所在する「シェムリアップ」の空港に到着。
早速空港に出迎えてくれた日本人の女性ガイド"菊 佳織"さんの案内のもと、アンコールワット観光の第一日目が始まりました。
余談ですが、"菊 佳織"という出来過ぎた名前は芸名みたいですが、それは本名で、カンボジア在住5年の、なかなか美人の未婚女性でした。
先ず市場に案内されたんですが、まあその汚いこと、臭いこと。まさしくスラムの様相です。
巾1メートル程の通路を挟んで両側に生鮮食品や衣料品、アクセサリーの店が、無秩序に多分100軒以上も並んでいるんですが、地面は舗装されてなくて土のままで、至る所に水溜りができており、足元には生ゴミが散乱し、腐ったような異臭が市場全体に漂っています」。
欧米からの観光客は、露骨に鼻をつまんで見学していました。
私は元々、食にはうるさい方ですが、どうしても納豆を食べられない在日外国人の気持ちが、その時始めて痛いほどに分かりました。
その日から、ホテルやレストランでのカンボジア料理に添加された香草の類いに、市場の異臭と似通った臭いを感じ取った私は、すっかり食欲を失くし、カンボジア滞在の4日間は、朝食のトーストや果物を除いては、殆ど食事が喉を通らない状態に陥り、食事に関してはトホホの状態で過ごしました。
初日は、アンコールワット周辺の遺跡群(アンコールワットより古いもの)を3ヶ所見学し、夕方は雨季には琵琶湖の11倍(乾季は3倍)の大きさになると言われる「トレンサップ湖」でクルーズを楽しみました。
翌2日目も朝から1日をかけて、矢張りアンコールワット周辺の遺跡群を7箇所見学。
3日目は午前中に「アンコールトム」、午後からは念願の「アンコールワット」の見学です。
「アンコールトム」というのは小規模な遺跡の集合体ですが、「アンコールワット」は単体の巨大遺跡です。
最終の4日目も午前中は周辺の遺跡群を5箇所見学し、午後「シェムリアップ空港」から首都の「プノンペン空港」、そしてタイの「バンコク空港」へと飛行機を乗り継ぎ、直行だったら7時間ぐらいの行程を、15時間かけて無事に成田へ帰って来ました。
「アンコールワット遺跡群」については、書くことが多過ぎて、このスペースでは書き切れませんので、敢えて書きませんが、要するに「アンコールワット遺跡群とは、12世紀前半のクメール王国時代に建造された石造りの寺院遺跡である」ということです。
印象に残ったのは、遺跡群のひとつの回廊の柱に残されている「日本人の落書き」です。
落書きは、1632年 最初にアンコールワットに訪れた日本人 "森本右近太夫一房"さんという方が書き残したもので、「寛永九年正月ニ初而此処来ル生国日本肥州之住人藤原之朝臣森本右近太夫・・・・」と墨書されていました。
資料によると、内容は「千里の海を越えて来た」とか「仏像四体を奉納した」といったことらしいです。
森本右近太夫の直系の子孫の方も近年見学に来られたそうです。
すでにカンボジアのクメール王国が衰退して、密生した樹木に覆われて、ジャングルの中に埋没する廃墟になっていたアンコールワットは、1860年、フランス人博物学者アンリ・ムオーの調査によって発見」されたと言われていますが、その145年も前に既に、"森本右近太夫"さんが訪ねていたということになりますと、その当時はそれ程の廃墟ではなく、地元では知る人ぞ知るの構築物だったのかも知れません。
そうでなければ、探検家でも研究者でもない"森本右近太夫"さんが、そこへたどり着けるわけがありません。
それからカンボジアは電力事情が非常に悪く、世界遺産でありながら「アンコールワット遺跡群」には、電気が来ていません。
日が沈むと公衆トイレなども暗くて手探りになります。
というわけで、「遺跡群」の話しは程ほどにして、シェリムアップ町の道路状態が悪いのには驚きました。
もともと車の走行量は少なく、バイクと自転車の走行が圧倒的に多い町ですが、結構大きな町にもかかわらず、交通信号はここ1年ぐらいの間に設置された2ヶ所だけで、しかもそのうちの1ヶ所は長い間壊れっぱなしで復旧の兆しもないとのことでした。
従って交差点などへの車、バイク、自転車の進入は、早い者勝ちということになります。
運転手がやたらにクラクションを鳴らすのも特徴です。
又道路も、主要な幹線道路以外は舗装されておらず、車道と分離された歩道も土のままのガタガタ道で、あちこちに水溜りができていました。
遺跡群のあちこちに警備の警察官が立っていますが、彼らのある者は身分を証明する為の警察手帳を示しながら、警察官の金バッジ(本物らしい)を買わないかと持ちかけてきます。
それは警察官のアルバイトととして現地では有名だそうで、ガイドさんからも絶対に買わないようにと事前に注意されていました。
私も2度誘われて断りましたが、中にはマニアがいて買う人もいるから、こういうアルバイトが成り立つのでしょう。
カンボジアでは水道水は、不衛生で全く飲めませんので、1本1ドル(約100円)のミネラルウオーターに頼ることになりますが、1日当たりの稼ぎが2〜3ドルにしかならない現地の人にとってはずいぶん高価な水だと心配していましたら、ガイドさんが、地元の人は4分の1の値段で買えると教えてくれました。
という訳で書きたいことは他にもいろいろあるんですが、とりあえず未だ覚めやらぬあの感動を胸のうちに納めてペンを置きます。
平成16年10月29日