138.「"取立て屋"体験・2」
<前頁から続く>
ご存知のように、客からのツケの未収金は当然ホステス本人の負担になりますから、ホステスさんは夜は店で愛嬌を振りまいてサービスに努めていても、昼間はツケの回収に心を砕いている訳です。
何百万円という未集金を抱え込んでいるホステスも珍しくはありません。
どうしても回収できない悪質なツケの場合は、とりあえずベテランの専業ボーイに回収を頼むようですが、何かの理由で2〜3ヶ月入金が遅れただけで、しかも未だその客との縁をつなぎとめておきたいような場合には、私みたいなちょっとタヨリない、誰が見ても真面目そうなアルバイトボーイに回収を頼むことになります。
最初から取り立てにピッタリの風体の人が訪ねて行くと、ひょっとしてこいつはあのホステスの"ヒモ"じゃないかと疑われて、かえってマイナスです。
ここだけの話ですが、金額が多額で、回収が不能と判断した場合は、怖い所に債権を売り渡すケースもあります。
その場合は、頬っぺたに傷のある怖い人が取り立てに伺うことになります。
私は渋谷の某大手建設会社の受付に出向いて行きました。
受付で、「○○観光の者ですが」と名乗り、ツケの本人を呼び出してもらいました。
すると中年の男の人が慌てて階上のオフィスから降りて来て、受付の前で、そこに私が立っているにも拘わらず、キョロキョロと辺りを見回していましたが、訪問者が私であると分かると、ホッとした顔になり、私をロビーの片隅に導くと、「2〜3日中に必ず払いに行くからよろしく言っといて」と手を合わせて頼みました。
帰りがけに、「お茶でも飲んでいって」と、千円札を握らせてくれたのは嬉しかったですね。
クラブやバーなどのツケの集金に行く時は、店名を名乗るのではなく、その店を経営している法人名を名乗るのが鉄則です。
たいていの場合は、"観光"とか、"興業"とかが、○○の後ろに付いています。
その数日後あのホステスさんから、「あの人が来てくれて"ツケ"は払ってくれたわよ、又お願いするわね」と挨拶がありましたから、私も一応は、"取立て"の重責は果たしたことになります。
「ホステス相手じゃ、挨拶だけじゃ済まなかっただろう。ヒツヒツヒツヒツヒ……」ですって?
イヤラシイ想像はしないで下さい。
それ以外に何もある訳はありません。私はホステスさん達からは当時、"坊や"と呼ばれていたんです。
誰も好んで、小僧の相手なんかしません。
と話が大きく脇道に反れてしまいましたが、道行く人々の好奇の目に晒されてピンチに立った私は、窮状を打開すべく彼のアパートへ私を案内させることにしました。
彼の自宅の電話番号は聞き出したのですが、そんなものは信用できません。
現に、最初に住所を訊いて、暫くして又同じことを訊いたら、違う番地を言うんですから。
こうなったら住まいの確認が不可欠です。
相手は、私に言わせれば、名うての詐欺師です。
顔は一見"ヤサオトコ風"ですが、幼い妹がそばにいなければ、私に向かって暴力も振るいかねません。
新宿からバスに乗り、"○○横丁"というバス停から直ぐの所に、いかにも日当たりの悪そうな彼の安普請のアパートがありました。
"○○横丁"という変わった地名は、その時に初めて知ったのですが、今でもこの地名を耳にすると、その時のことが反射的に思い出されます。
ドアを開けて玄関先(とは言っても、台所の土間)に入ると、彼は奥の部屋に入って誰かとボソボソ小声で話しているようでしたが、暫くして足を引きずりながら歩く、いわゆる"身障者"の、30歳前後の女性が出て来て、「姉です、ご迷惑をおかけしました」と丁寧に謝ります。
私は一瞬気勢を削がれましたが、毅然として、「貸したお金を耳を揃えて全額返して欲しい」と要求しました。
姉は、「一遍に全額は返せないので、分割で返したい」と懇願します。
この決して楽そうではない姉一家の暮らし向きに同情して、結局は、日を決めて、月に1万円づつ、10回で返してもらうということで同意しましたが、 その間中、当事者の"詐欺男"は奥に引っ込んだまま全く出て来ず、その後も2度と彼に会うことはありませんでした。
どうやら彼は、ここに住んでいるわけでもなさそうでした。
その後毎月、決まった日に集金に出かけることになるんですが、いつもその足の不自由な姉が、お金を茶封筒に入れて必ず準備していてくれました。
でも妙なものですね。
集金訪問の回を重ねるごとに、自分の態度がどんどん卑屈になって、「どうもすみませんね」と、まるで自分がお金を借りに行くような態度に陥っていきます。
ある時約束した日に行けないことがあったんですが、「お約束の日にお伺いできなくて申し訳ありません」と謝りながら、電話口でぺコペコと頭を下げていました。
後で、「何で俺が謝らなきゃならないんだ」と憮然としたものです。
9回目のお金をもらった後で私は、「これが最後です。長い間ご迷惑をかけました」と丁重に挨拶しました。
「もう1回あるはずですけど」という姉に対して、「いいんです。私はもう十分過ぎるほど払っていただきました」と、前の晩に寝ずに考えた台詞に自分で酔いながら、そのアパートを後にしました。
「ありがとう。助かります」という女性の感謝の言葉を背中で聞きながら、私は幸せな気持ちでいっぱいでした。
それにしてもあの"詐欺野郎"は、姉に全てを押し付けて、怪しからん奴です。
ひょっとしたら、毎月の返済金1万円も、彼女が苦しい家計の中から自分で捻出していたのかも知れません。
平成15年11月21日