137.「"取立て屋"体験・1」
私は学生時代の夏休みに、新宿歌舞伎町のナイトクラブで2ヶ月間程、ボーイのアルバイトをしたことがあります。
クラブのボーイなんて、素性の知れない連中の集まりだと警戒してはいましたが、未だ疑うことを知らなかった純朴な私は、その中の1人にやはり見事に騙されてしまいました。
私が勤めた"J"にはボーイが30人程もいたんですが、その半数は大学生のアルバイトで、残りの半数が専業者でした。
学生アルバイターには問題のありそうな人はいなかったのですが、専業のボーイには、素性の怪しい人がチラホラいました。
私がアルバイトしていた間だけでも、採用されてすぐに従業員のロッカーから金品を盗んで逃げたとか、家出してそのクラブで働いている息子を、母親がわざわざ地方から迎えに来たとかの事件がありました。
この家出息子は、家出してクラブに勤めたものの、すっかり里心がつき、とは言っても店を辞めるに辞められず、母親に連絡して迎えに来てもらったらしいのです。
又専業者には偽名や出身地不詳の人も多く、自己紹介の時にとっさに自分の名前の出てこない怪し過ぎる人もいました。
勿論学生アルバイトの中にも、夜の世界にどっぷりと浸かって、学生だか水商売だか、どちらが本業か分からなくなっているような人もいました。
毎晩の慌しい経過の中で、1人のアルバイト学生と親しく口を利くようになりました。
初対面の時に、彼は「こういう者だ」と言って私に某有名大学の"学生証"を見せたのです。
私も学生だし、私の友人関係も殆んどが学生でしたが、初対面の自己紹介でわざわざ学生証を見せる人に出会ったことは一度もありません。
学生の自己紹介なんて、「○○大学の○○です」で済むはずですが、彼は学生証をむしろ誇らしげに私に見せびらかすのです。
私はその時は、「彼は自分が有名大学の学生であることを自慢したいんだな」と思っただけでした。
ある日彼は、2〜3日中に返すから1万円程(現在の価値で)貸して欲しいと言ってきました。
専業のボーイだったら私も警戒して貸すのを渋りますが、学生証も見せられて、身元も確かな一流大学の学生ですから、何の疑念も差しはさむことなく貸すことにしました。
しかしその時私は現金で1万円の持ち合わせがありませんでした。
私は当時、故郷の母親の言いつけを守って、預金通帳と印鑑は、いつも肌身離さず、胸ポケットに入れて携行していたのですが、どうしても今日中にお金が必要だと懇願する彼の熱意にほだされて、預金通帳と印鑑を彼に預けてしまいました。
ATMが未だ普及していない時代ですから止むを得ません。
その通帳には、今の価値でで換算すると、約10万円ほどの預金額があったはずですが、その時の私は詐取されるとは夢にも想いませんでした。
翌日夕方の勤務時刻になっても、彼は出勤して来ず、その日彼は店を休みました。
イヤな予感がしました。
私は翌朝一番で銀行へ行って、通帳がないので行員の女性に頼んで預金残高を調べてもらいました。
予想通り預金はすべて引き落とされていました。
私は直ぐにその足で、"学生証"で見て知っていた○○大学の学生課を訪ねて行きました。
事務の人に事情を説明すると、彼は奥の方へ行って暫く何かごそごそしていたんですが、1枚の写真を持って出てきました。
「あなたのおっしゃる人はこの人ですか?」
写真の顔は、私から大枚を詐取した男とは似ても似つかぬ別人でした。
写真本人の学生証は、随分以前に"紛失届け"が出されていました。
落とすか盗まれるかしたんでしょう。
私は意気消沈してすごすごと、その大学を退散せざるを得ませでました。
あの詐欺男は、いかにもヒトの良さそうな(?)私を見て、私をカモにすべく狙っていたのです。
"学生証"を見せびらかしたのも、その為の"布石だったのです。
この手際の良さは、とても出来心とは思えません。
多分彼は詐欺の常習者だったのでしょう。
その日から丁度1年ほど経ったある日、私は新宿駅西口の雑踏の中をひとりで歩いていました。
その時、私の30メートル程前方を、小学校低学年ぐらいの女の子と手をつないで歩いて来るあの持ち逃げ男の姿がいきなり私の視界に飛び込んできました。
私は歩いてくる彼の前にいきなり立ちふさがりました。
彼は一瞬驚いたようでしたが、もう逃げ隠れできないと観念して、私に促がされるままに、雑踏を避けて道路の端に寄りました。
まだ幼いとはいえ、随伴者がいる前で、「お前にお金を騙し取られた」とはとても言えません。
「分かってるよね」と私は一言だけ言いました。
詐欺師というのはこういう時になってもあれこれと、見え透いた言い逃れをします。
私も事実関係をあらわには口に出せないもどかしさの中で、とげとげしい話し合いをしていたのですが、事態をただごとではないと察知したその女の子が突然、「お兄ちゃんに何をするのよ!」と叫んで、両手を広げて私の前に立ち塞がりました。
慌てたのは私です。
道行く人達が一斉に振り返りました。
中には、ことの成り行きを見極めようと立ち止まる人まで出てきました。
片や可愛い盛りの女の子、片やくたびれた風体の若者(私)、到底勝ち目はありません。
誰が見ても、チンピラが幸せそうな親子連れ(実際は年の離れた兄弟)に言いがかりを付けているようにしか見えません。
余りにも不条理です。
詐取されたお金を返して欲しいと懇願する善意の私が、貸したお金を取り立てる"取立て屋"みたいな立場に立たされてしまいました。
余談になりますが、この"取立て"というものに、私はまんざら縁がないわけでもありません。
と言うのは、ボーイのアルバイトをしている時に、クラブのナンバーワンの"お姐さん"(とびっきりの美人)から、お客さんの"ツケ"の回収を頼まれ、確か現在のお金で1万円程を握らされて、のこのこと取立てに出向いて行ったことがあるんです。
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平成15年11月19日